毎年7月にギャラリーせいほうで企画していただいている個展も今年で8回目になりました。自分のホームページに展示風景を毎年掲載しています。今年は初日に懇意にしているカメラマンが来て撮影をしていただきました。ギャラリーせいほうで展示された作品は、ギャラリーの空間も含めてひとつの世界を形作っています。ここの空間をある程度念頭に入れて毎年制作しているので、作品と作品を取り囲む空間の関わりが作品の主題になっていて、これを見て欲しいと思っているのです。ギャラリーせいほうは彫刻専門の画廊で、搬出入しやすい1階にあり、しかも大きな空間をもっています。彫刻を展示するには好条件の画廊です。ホームページのEXHIBITIONでは8回分の展示風景が見られるようにしてあります。EXHIBITIONに入るには、このNOTE(ブログ)の左上にある本サイトのアドレスをクリックしてください。扉の画像が出てきますので、EXHIBITIONをクリックしていただけると入れます。ご高覧いただけると幸いです。
「渦巻紋と輪廻転生」を読み始める
2013年 8月 20日 火曜日
「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)を今日から読み始めました。装飾古墳に描かれた渦巻紋は、今夏から研究しようと思うテーマです。著者は機械工学を極めた人で、PCによるデータ分析によって統計づけた理論を展開しています。本書の表文によるとこれは数理考古学の範疇に入るようです。目次に「縄文芸術は前衛派芸術」という項目を見つけ即刻購入となりましたが、そこに直弧紋に関する論述があって興味が湧きました。先日まで読んでいた九州土俗面に関する書籍にも縄文時代へ筆を走らせる箇所があって古代への興味は尽きません。自分の陶彫による作品が発掘出土品を彷彿とさせるイメージがあるので、ここにきてようやく学術的な興味関心が出てきたのです。自分は学者ではないので、まず創作が出発点になり、その創作を深めるために古代史を学ぼうとしているのです。本書は比較的読みやすい論文に見えます。まず、通勤時間に読めるようなものであるかどうか確かめながら読んでいきたいと思います。
10‘RECORD12月アップ
2013年 8月 19日 月曜日
遅ればせながら2010年の12月のRECORDをホームページにアップしました。RECORDとは一日1点ずつ葉書大の平面作品を作っていくもので、毎晩食卓で下書きや仕上げをやっています。1点ずつカメラマンによって撮影され、ホームページにアップしていますが、撮影日にまとめて撮影し、しかも自分が月ごとにコトバを添えているのでアップが遅くなってしまうのです。気持ちに余裕がある時にはRECORD制作は楽しいものになりますが、気持ち次第で一頓挫をきたし困難極まりないものになってしまいます。いつまで頑張れるのか、また水準をどう保っていくのか、今は密度のある画面にするため雁字搦めの状態で制作をしていますが、もう少し気楽に考えてもいいのではないかと思い始めています。継続することで自分の創作活動の証を示しているので、今後も命ある限り続けていこうと思います。
週末 新作の雛型作り
2013年 8月 18日 日曜日
来年の個展に向けて新作に取り組んでいますが、地を這うカタチは順調に進んでいます。もうひとつの塔を形作る集合彫刻は、構造体になる木組みを考えなければならず、紙で雛型を作ってから取り組むことにしました。雛型は簡単なものにしようと思います。構造だけ把握できればいいので雛型に凝ることはしません。雛型は雛型として展示可能な作品になると自分は思いますが、今回作る雛型はあくまでも制作メモのようなものとして考えるつもりです。ただ、時間があれば凝った雛型を作りたいと以前から思っていて、雛型を中心にした立体造形小品展を将来やってみたいのです。大きくした作品をイメージしながら作る雛型の楽しさ。自分勝手な広場の設計や街路に置かれた幻想的な造形を満喫できる雛型の楽しさ。今日雛型を作り、そこから材料を割り出し、そろそろ実作に入りたいと考えて、雛型は10分の1サイズで作りました。紙で斜めになった長細い台形をいくつも作り、それを部品として円錐状に取り囲む構造にして、円錐の先端は敢えて作らないイメージにしました。絵画で描かれたバベルの塔のように塔建設を中断した状況を作ろうとしているのです。雛型から割り出した厚板は16枚あります。実寸の厚板材は当然乗用車では運べず、店でトラックを借りることにしました。ギャラリーへの搬入を考えると台形の板材16点は分解できるようにしようと思います。それぞれの厚板に陶彫部品をボルトナットで接合していく予定です。いよいよ塔の制作に動き出しました。
週末 墓参りのエピソード
2013年 8月 17日 土曜日
今日は菩提寺に母と家内と3人で墓参りに行きました。昨晩、私が墓参りをしようと言い出したので、家内は私が言い出すなんて珍しいと言っていたのでした。墓場に行くと墓石の前に置かれていた亡父の愛用していた茶碗が割れていました。長男である私が先祖に呼ばれたのは割れた茶碗のことがあったのではないかと家内が言っていました。割れた茶碗の原因は突風で煽られて落下して、どなたかが割れた茶碗を元の場所に戻してくれたのかもしれません。不思議なことはまだありました。それほど大きくもない相原家の区画された墓地に、まるで蝋燭が灯されたように左右に2本のケイトウの花が1メートルも伸びていたのでした。墓石の下から根を張って出ているので引き抜くことが出来ませんでした。これはこのままにしておこうと母が言っていました。他の雑草は見当たらず、ケイトウの花だけが目立っていました。持ってきた花束や線香を供えて墓石を掃除してきました。今日のエピソードは吉か凶か3人で話題になりましたが、平穏に生きていられると私達が感じているので、余計なことは考えないことにしました。午後は工房に行って制作三昧となりました。明日はそろそろ新作として考えている塔のイメージをまとめてみようと思っています。今月も中旬を過ぎたので塔の構造体に挑もうと思います。
「豊饒の神・境の神」読後感
2013年 8月 16日 金曜日
「火の神・山の神」(高見乾司著 海鳥社)に続いて、「豊饒の神・境の神」(同)を読み終えました。副題に「九州の土俗面考【2】」とあるように、本書は現場の取材から導き出した土俗面伝承の論考が中心となっていますが、著者が各地で実感したことや体験談も織り込まれていて紀行文としても楽しめる内容になっていました。偶然出会った女性との旅のエピソードは、堅い論文にない艶っぽさもあって、神々の降臨伝説と相まって不思議な地域に足を踏み入れたような錯覚を持ちました。本書で中心となっているのが祭礼を先導する猿田彦伝説で、文中にある「猿田彦が出雲で生まれて伊勢で死んだ」という仮定を基に、猿田彦の経由した道を追い、「ニニギが、製鉄と稲作の技術を携え、渡来してきた民族の代表者であり、猿田彦が先住民の代表的存在であるという定義もゆるがない。ニニギの一行と猿田彦との出会いの場面は、渡来系の弥生文化と土着系の縄文文化との出会いと融合の場面であったのだ。」と考察をしています。土俗面に関する定義では「すでに私は、猿田彦に象徴される『鉾麺』の系統が、日本列島における民間仮面のもっとも古い形を有するものであること、そしてそれが中国古代・春秋戦国時代ごろを始源とするアジアの祭祀芸能と連環するものであることなどをつきとめている。」とあるように古代日本では、沖縄や中国大陸からの渡来文化との融合があったとしています。最後に縄文文化に触れた一文が印象に残ったので引用します。「国家が形成され、権力闘争が繰り返され、戦乱が相次いだこの時代(弥生以降)は、科学文化のめざましい発達をみた時代でもあったが、自然破壊と人間性の喪失とが同時に進行した時代でもあった。比べて、女性を中心とし、狩猟と採集文化を生活の基調とした縄文時代は、自然と共存し、戦いのない平和な時代であったといえよう。その時代はおよ1万年も続き、列島の上に比類なく美しい縄文文化を花開かせた。」
横浜で「iSAMU」観劇
2013年 8月 15日 木曜日
KAAT神奈川芸術劇場で今日から「iSAMU」が始まるので前売り券を申し込んでいました。副題には「20世紀を生きた芸術家イサム・ノグチをめぐる3つの物語」とあり、イサム・ノグチに憧れる自分は、どんな物語が展開するのかワクワクしながら公演を楽しみにしていました。私は随分前に「イサム・ノグチ」(ドウス昌代著 講談社)や「評伝イサム・ノグチ」(D・アシュトン著 白水社)を読んでいて、彼の生涯は自分の記憶に刻み込まれているのです。そうした眼でみた「iSAMU」は、よく練られた脚本と巧みな舞台演出に支えられたドラマでイサムの生涯のエピソードを網羅しているように思いました。印象に残ったのは、母ギルモアから0の無限を教わる少年イサムの場面、広島原爆慰霊碑制作に心底打ち込んでいた彫刻家イサムに齎された行政的な結論、女優山口淑子との結婚生活の破綻、の3つで確かにイサムの生涯で取り上げる劇的なエピソードとして、これ以上のものはないと思いました。ただ、自分が感じた残念なことを挙げると、劇が巧妙さゆえにあっさり終わってしまった感があったこと、エピソードを多く入れるために舞台転換を余儀なくされ、舞台を4つに区切ったことで、劇がこじんまりとしてスケールを失っていたように思えました。見方を変えれば、舞台美術の転換をスムーズにし、映像を加えることで緊張感を持たせることに成功しているのですが…。演劇を初めとする表現活動は、見終わった後の印象が全てと思うのは私だけでしょうか。人々の感動を勝ち取るには巧妙さだけではない何かが必要であるし、役者が小さく仕切られた舞台で小さな演技していた印象が拭えないのです。スケールのある芸術家の生涯を描くのは難しいと感じた一夜でした。
生活の豊かさを問う
2013年 8月 14日 水曜日
「われわれが捨てたはずの、過疎に喘ぐ、消滅寸前の『ムラ』が、なぜ『豊か』なのか。ムラこそ、都市の豊かさでもって救われなければならない存在なのではなかったのか。都市の豊かさとは、われわれ自身が捨ててきた、ムラの犠牲の上に立っているのであろうはずだから。だが、違うのだ。誇張を続けた都市は、今ではその機能をなかば喪失し、疲弊し、無機化し、衰退に向かいつつある。そこに住む人々は、虚ろな表情で、パラダイスであったはずの都市の消滅を予感し、同時に、故郷をも遠い昔に喪失していることを実感しているのだ。だからこそ、膨大な山脈があり、風や空気や水が清々と流れ、樹木や虫たちが群れ、大地から産物が得られる場所、すなわち『ムラ』への回帰を希求し始めたのだ。」(火の神・山の神 高見乾司著 海鳥社)読んでいた書籍の中から、こんな一文に気を留めました。現在、横浜駅という大商業エリアを抱える職場と、そこから遠からぬところに居住している自分は、都市生活者の範疇に入ると思っています。よく長野県や茨城県の緑深いところに住む知人に会いに出かけますが、そこで感じる自然環境に癒され、さらに憩えるのは、無機化した自分の生活環境が齎す弊害があってのことかもしれません。今の自分の生活を鑑みると、利便を求めた結果として、身体や精神に及ぼす悪しき影響はますます増大するように思われてなりません。本当の意味で生活の豊かさとは何でしょうか。生活の豊かさは生活者の心の在り処と密接に関係するものかもしれず、豊かさを感じる人それぞれであっても、決して物質的豊かさではないと思うのです。
偏りのある選書
2013年 8月 13日 火曜日
先日、仕事帰りに繁華街を散策し、書店を覗きました。職場は横浜駅近くにあるので、気軽に立ち寄ることが出来るのです。今夏の読書は日本の古代文様史と決めていて、その取り掛かりとして比較的平易と思われる書籍を購入しました。これを契機に文様史を勉強していこうと思っていた矢先に、美術書の棚でドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスに関する書籍が目に留まり、思わず購入してしまいました。どっちを先に読もうか思案中です。考えれば自分の読書には偏りがあって、造形美術を中心に民族(民俗)学、文学(主に詩)ばかりです。中学生の頃は海外の翻訳推理小説、高校で純文学と詩歌、大学では専ら美術評論に夢中になり、自分は妄想ばかりの頭でっかちの青春時代を過ごしたと思っています。その遍歴は今でも変わらず、創作活動がなければ頭の中だけで空振りを繰り返す理屈っぽい大人になっていたかもしれません。書店に入れば所謂売れ筋の書籍には目もくれず、いつ廃刊になってもおかしくないものばかりに注目してしまいます。価格は関係なしに購入してしまう癖は今でも抜けません。全集は揃っていないものが多く、興味関心だけで書籍を追いかけてしまうせいで自宅の書棚は混乱しています。偏りのある選書、アンバランスを修正するつもりもなく今日も書棚を眺めています。
8月RECORDは「棲」
2013年 8月 12日 月曜日
今月のRECORDは今夏の旅行を当てたテーマでやっていこうと決めました。長崎に行く前はイメージで絵を描き、軍艦島に行ってから撮影資料をもとにRECORDを作っています。長野県にも師匠の池田宗弘先生を訪ねたので、先生の隠れ家エルミタのイメージをRECORDに取り込みたいと考えています。「住」居を「棲」家とした理由は、人間に限らず動物全てにわたって居住空間を描いていきたい意図があるからです。人間もまた自然界に生息する動物で、環境に応じた棲家を得て暮らしています。軍艦島はそうした居住空間から人が離れていった無人島です。今月は「棲」というコトバのもつ意味を軍艦島を通じて考えたいという思いがあります。RECORDは一日1点ずつ小さな平面作品を作っていく総称で、毎晩自宅の食卓が制作場所になっています。彩色は週末工房でまとめて行うので、厳密に言えば一日1点の構想と下書きを完成させるというのがRECORD制作の正確なところです。今月もコツコツ頑張っていきたいと思っています。
週末 今夏で最も暑い一日 その2
2013年 8月 11日 日曜日
昨日の温度が36度。今日の午後に工房の温度計は37度を指していました。朝から工房で制作をしていると、見る見る汗が噴出してきてシャツはびっしょりになりました。今日も昨日に引き続き何度もシャツを替え、頭に巻いた手ぬぐいも替えました。昨日と今日は成形した陶彫部品に彫り込み加飾を施しています。土練りは肉体を使い、成形は神経を使うので、灼熱の工房で行う作業としては、単純作業を伴う彫り込み加飾が一番いいかなぁと思っています。体温並みに暑い場所で、肉体や神経を使う作業を行うとなれば病気になりかねません。それでも加飾をやっている最中にじんわり出る汗とは違う汗が出てきた時は、作業をストップし、車にエアコンを入れて避難しました。突如大量な汗が滴り落ちたので、これは何か変だなぁと思ったのでした。熱中症の初期段階かもしれないと判断しました。昼ごろは自宅で2時間程度休み、夕方再び工房に行って作業を続けました。2リットルのペットボトルでは足りないくらい水分補給をしたので、内蔵も疲れているように感じます。こういう日は不思議と作業が捗ります。例年厳しい気候の時に作品の全体イメージが見えたり、感じ取れたりするのは自分の性分なのでしょうか。明日から職場に復帰します。出来るなら明日以降も勤務時間後に工房へ行って制作の続きを行いたいと思っています。
週末 今夏で最も暑い一日
2013年 8月 10日 土曜日
朝は掛かりつけの動物病院に飼い猫のトラ吉を引き取りに行きました。旅行中ずっと動物病院に預けていたのです。トラ吉を連れて自宅に戻る時間には大変な猛暑になっていて、自宅の空調を点けっ放しにして自分は工房に行きました。工房は空調がなく大型扇風機2台で対応していました。自宅にいる猫のほうが涼しい環境にいて、主人である自分は蒸し風呂のような環境で制作をしていました。今日の横浜は36度あり、ほとんど体温と変わらない厳しい暑さでした。自分は汗かきで水分を人一倍摂取するため今まで熱中症になりませんでしたが、昼ごろ呼吸がやや苦しくなったので、昼食は近くにあるファミリーレストランに逃げこみました。そこで体調を整えてから、再び工房に戻って制作を再開、無理のない範囲で彫り込み加飾をやりました。今日は今夏で最も暑い一日だったようです。工房で身体に不調を感じたのは初めてでした。上着が汗でびっしょりになって何枚か着替えしましたが、その数も今まで以上でした。夕方早く作業を終えて自宅に戻りました。明日も工房は厳しい環境になりそうです。体調を考えながら作業を継続したいと思います。
長野旅行2日目
2013年 8月 9日 金曜日
今日は長野駅前のホテルから軽井沢方面に向けて出発しました。軽井沢へは随分昔に行ったことがあり、ほとんど忘れかけているので、この機会に軽井沢に点在する美術館が見たいと思ったのです。中軽井沢にあるセゾン現代美術館、千住博美術館、それから軽井沢にある脇田美術館を見てまわりました。セゾン現代美術館では野外設置された若林奮の錆びた鉄によって思索を誘発させる複数の彫刻、井上武吉の墓地を思わせる場の創出空間、篠田守男のワイアーを張った機械のような彫刻等々、久しぶりに自分の学生時代に刺激を受けた作品群に出会うことが出来ました。企画展「魂の場所」も見ましたが、感想は機会を改めます。千住博美術館では象徴的な滝をテーマに作り続ける日本画家の世界に触れることができました。ここでは美術館建築が面白く、曲面を多用した空間に惹かれました。脇田美術館では画家のアトリエを囲むように建てられたモダンな美術館が、とても心地よい空間を作っていて、その中でゆったりと絵画を鑑賞できるようになっていました。贅沢で快適な空間の中で現代美術を鑑賞する、これが軽井沢に点在する美術館から受けた印象でした。今週月曜日に出かけた長崎の軍艦島は、長い期間放置され、崩壊の一途を辿る空間にアートを感じました。今日金曜日に見た長野の軽井沢にあるモダンで開放感溢れる空間に置かれたアートは、軍艦島で感じたアートとは対極のモノでありながら、何か通じる感覚を持ちました。夏季休暇は今日で終わりですが、アートとは何かを考える良い機会だったと思っています。
長野旅行1日目
2013年 8月 8日 木曜日
今週は長崎旅行に次いで、長野県に出かけました。夏季休暇2日間をここで使い、今夏の休暇は全て終了です。朝から自家用車で中央高速、長野道を通って東筑摩郡の麻績へ向かいました。ここに師匠の池田宗弘先生が住んでいて、先生の住居兼工房エルミタを訪ねていくのが毎年恒例になっているのです。エルミタの住居エリアにキリスト教会の祭壇を先生自ら作られていますが、数年かけてもまだ完成していません。長崎市内の教会から依頼されている十五聖人像の制作が切迫していて、エルミタの祭壇に手が回らないといった状況でした。長崎市には既に舟越保武制作による日本二十六聖人像がありますが、彼の地で殉教したキリシタンは二十六聖人だけではなく、池田先生が制作している十五聖人像も再来年には山中教会に設置されるそうです。二十六聖人像はレリーフですが、十五聖人像は立体群像です。聖人一人ひとりの衣服や身につけている装飾品、表情まで研究して細かな作り込みをしていました。今のところ9体が完成していると言っていましたが、設置までの日程を考えると厳しいなぁと思いました。この師匠にしてこの弟子と考えるべきか、制作工程に追われているのは自分だけではないと実感しました。聖人像は全てブロンズ鋳造によるものですが、先生の面目躍如たる真鍮直付けの作品も同時に制作していて、これは依頼の仕事とは別にやっているそうです。70代半ばを迎えた先生のバイタリティを見習うべきと考えました。夕方エルミタを後にして、長野駅に向かい、駅前のホテルに泊まることにしました。例年日帰りでエルミタに行っていますが、道中が長くてつらいので今年はホテルを取りました。
軍艦島雑感
2013年 8月 7日 水曜日
軍艦島は極めて刺激的な島でした。1810年頃に石炭が発見されて以来、三菱が本格的な海底炭鉱として操業を開始した端島。人工が増え続け1916年には日本初の鉄筋コンクリートによる高層集合住宅が建設され、その後も住宅は密集し1974年に閉山するまで端島は幾度も埋め立てを行い、独特な景観を作り上げたのでした。端島は外観が軍艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになり、しかも現在はコンクリート廃墟群が並ぶ無人島として存在しています。端島は近代化産業遺産のひとつで、最近になって一部上陸が可能になったようです。島内は野晒しで崩壊が進む中、上陸可能な道が整備され、1時間程度の滞在が出来るようになりました。自分はここでコンクリートの素材感に圧倒されました。また剥落した壁や荒涼とした鉛色の風景に創造的なイメージが掻き立てられました。ロック歌手のミュージックビデオに使われたり、映画撮影に使われたりしたという説明を聞いて、今後もこの景観を利用するメディアが増えるのではないかと思っています。虚無感が美しいと感じる背景に、この島にも悲劇があったものの、原爆ドームのような絶対悪の遺産とは異なるエネルギー資源の変換という社会的状況があることで、まだ美学が入り込む余地があると自分なりに考えました。決して負の遺産ではないところで、そこにアートとしての価値を見いだせるのではないかと思います。
長崎旅行3日目
2013年 8月 6日 火曜日
今日の長崎は朝から入道雲があって好天でしたが、気温がどんどん上昇して外を歩いていられない状況でした。ホテルから荷物を背負って駅前まで来るのに汗が滴っていました。今日は広島では平和記念式典が行われます。68年前の今日広島に原爆が投下され、多くの犠牲者が出たのでした。長崎でも68年前の9日に原爆投下がありました。そんなことがあって今日は原爆資料館に出かけることにしました。路面電車に揺られ、炎天下の長崎の街を行けば、68年前の当時もこんな様子だったのだろうと想像をしていました。野口彌太郎記念美術館に立ち寄り、その後原爆資料館を見ました。以前もここに来た記憶があります。また新たな記憶を刻んで資料館を後にしました。その後、彫刻家舟越保武による二十六聖人像が見たくなって、日本二十六聖人記念館に行きました。ここで隠れキリシタンとして弾圧された歴史を紐解く機会を与えられ、一度じっくりとキリスト教布教の史実を学びたいと思いました。師匠の池田宗弘先生が長野県で隠れキリシタンの足跡を辿る研究をしているので、自分には比較的身近な研究課題なのです。夕方の東京行きの飛行機に乗って帰宅しました。長崎旅行は充実した3日間だったと思っています。軍艦島と隠れキリシタンについての書籍を集めてきたので、追々研究していこうと思っています。
長崎旅行2日目
2013年 8月 5日 月曜日
今日も長崎は朝から小雨が降ったり止んだりしていました。「長崎は今日も雨だった」という歌謡曲がありますが、濡れた路面を見て長崎らしさを感じていました。今日の目的地は軍艦島です。軍艦島はネットでツアーに申しこんでいたのですが、天候が荒れると上陸できず、ましてや出航も危ぶまれる事態になると知って、直前まで行かれるのかどうか不安でした。桟橋で予定通り出航と聞いて安心しました。出航まで時間があったので、復元された出島を見てきました。埋め立てが進んで現在は街中に出島があり、また出島が以外や狭いのに驚きました。さて、軍艦島ツアーの時間になると太陽が顔をのぞかせ、かなり日差しが厳しくなってきました。家内は麦藁帽子をレンタル、私の頭に巻いた手ぬぐいからも汗が滲んできました。海上は凪でしたが、それでも外海に差し掛かると船はかなり揺れました。船の苦手な私は酔うのではないかと心配しましたが、軍艦島が見えた時は揺れる甲板にしがみつきながら、カメラのシャッターを夢中で切っている自分がいました。上陸すると廃墟となったコンクリート建造物に自分の心が奪われて、暑さも感じなくなっていました。詳しい感想は機会を改めます。軍艦島から帰って、午後の時間は長崎定番の観光コースに戻りました。亀山社中、眼鏡橋、新地中華街でちゃんぽんを食べて、唐人屋敷跡を散策してホテルに戻ってきました。A・ロペス展を開催中の県立美術館にも立ち寄りましたが、これは東京渋谷で見ているので、美術館カフェで休憩を取ったに過ぎません。美術館が妙に落ち着くのは職業柄かもしれないと思いました。夜は稲佐山展望台夜景ツアーに参加しました。海岸に山が迫る長崎ならではの景観があってこそ生まれた夜景は日常を忘れる美しいひと時でした。
長崎県へ…
2013年 8月 4日 日曜日
今日から2泊3日で九州の長崎県に旅行です。飛行機が長崎空港に着いたのが午後2時過ぎで、天候は小雨まじりの曇り。空港バスで長崎駅前に出て、駅近くのホテルに荷物を預けました。長崎県には10年以上前に家内と来ています。グラバー園と新地中華街、原爆記念館くらいしか印象に留めていませんでしたが、ゆったりと走る路面電車を見て、街の雰囲気を徐々に思い出してきました。まずは思い出に耽るためグラバー園に足を運びました。グラバー邸だけでなく今回は周辺の西洋館にも寄りました。昔に比べると西洋館はこんなにも開館していなかったのではないかと思っています。横浜や神戸にもこうした西洋館がありますが、いずれも小高い丘の上に建っていて和洋折衷建築なので、どこも同じような古びた匂いがあります。当時の西欧人の暮らしがどうだったのか、閉鎖的な日本の風土にあって結構厳しい生活を強いられたのではないかと想像しました。和洋折衷と言えば長崎には卓袱料理があります。前回来たときは食べずじまいだったので、今回は家内の希望で夕食に卓袱料理を味わいました。ネットで調べたら「浜勝」という割烹が手ごろと思えたので思案橋までタクシーで来ました。卓袱料理は和洋中の混在する料理で、江戸時代の鎖国にあっても出島でオランダや中国と交易をしていた長崎であったればこそ、こうした料理が生まれたと思いました。今日は長崎定番のコースを巡った感があります。明日はいよいよ長崎旅行の目的地である軍艦島へ向かいます。
週末 制作&旅行準備
2013年 8月 3日 土曜日
来週月曜日と火曜日に夏季休暇を取って、明日から2泊3日で長崎県に出かけます。目的は軍艦島で、全体が廃墟となった空間を見たいと思っています。これが創作に対する刺激剤になるのかどうかわかりませんが、公務員としての仕事ではオンとオフの切り替えをしたくて、気分は解放されるのではないかと思っています。軍艦島の感想は近いうちにNOTE(ブログ)にアップします。今日は旅行準備に併せて工房での制作もやっていました。朝晩やや涼しくなっていますが、昼間は相変わらず酷暑で、汗を滴らせながら成形作業に励みました。昨日と一昨日は夜工房に通っていて、彫り込み加飾をやっていました。昨晩は加飾に加えタタラも準備していて、今日の成形に備えていたのでした。陶彫の成形は何度やっても難しいと思います。タタラだけでは到底無理なカタチがあって、そこは陶土を紐状にして補強していきます。タタラと紐作りの混合作業というのが私の常套手段で、前日に準備したタタラは全て使い切らなければなりません。理由は乾燥の具合によるもので、タタラは半乾きでないと紐との接着が上手く馴染まないのです。ともあれ夢中になって成形を2点作り上げました。夕方になって飼い猫トラ吉をペットホテルに連れて行きました。ようやく気分が旅行に向いてきました。
「ET IN ARCADIA EGO 墓は語るか」展
2013年 8月 2日 金曜日
先日、東京小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催している表題の展覧会に行ってきました。「彫刻と呼ばれる、隠された場所」という副題が示す通り、古代から現代までの十数人の彫刻家・建築家による見えざる部分を造形の主体として提示する作品が並べられていました。企画の説明には「彫刻芸術の核心は感覚の及ばぬ=決して現実空間の延長として捉えることのできない場所、すなわち感覚されうる現実と切断された、感覚の侵入できぬ別の場所を匿うことにある。」とあり、さらに「彫刻芸術の逆理は墓のもつ二重性そのものと重なる。~以下略~」と続きます。自分はこのコンセプトが大変気に入りました。彫刻として可視不可視の境界を超えうる造形を自分は思索していて、表題の展覧会がまさにその具現化された空間を味わえる絶好の機会となりました。墓の観念でいけば、墓碑は目に見える表面上の立体造形を示し、死者を埋葬した空間は隠され覆われた内面としての空間を示すものです。墓の主体は死者の埋葬にあり、墓碑はその位置と地下に存在するもうひとつの世界を暗示するものです。まさに自分が現在展開している自作との関連を考えないわけにはいかない状況を感じ取りました。個々の作品にも言及したい欲求がありますが、それは稿を改めることにしたいと思います。
8月 制作目標を考える
2013年 8月 1日 木曜日
8月1日になりました。今日は生活習慣病検診があって、職免をいただいて午前中は病院に行きました。胃の検診でバリウムを飲むので、午後は職場に行かず、今日も昨日と同じ夏季休暇の半日分を取りました。自分はバリウムが苦手で、胃の検診の後は働きたくなくなるのです。午後は工房に行って、先日成形した陶彫部品の彫りこみ加飾をやっていましたが、あまりの暑さに頭がボーとしてしまいました。夜は懇意にしているカメラマンが自宅に来て、個展の撮影風景や礼状にする画像の打ち合わせを持ちました。「発掘~地殻~」の画像はなかなか面白いと感じました。視点を変え色彩を抑えた画像は、コンセプトを継続していく上で大変良い資料となるのです。さて、今月の制作目標ですが、公務員としての仕事がやや軽減される今月は、作品のことをじっくり考えられる1ヶ月になります。夏季休暇を利用して自分を解放できる機会を持つことにしました。今回は来週2日間ずつ2回に分けて休暇をいただこうと計画しています。前半は長崎県端島(軍艦島)へ、後半は長野県麻績へ出かける予定です。感想はNOTE(ブログ)に随時アップしていきたいと思います。週末は制作三昧を決め込んでいますが、ウィークディの夜にも工房に行って制作したいと考えています。具体的には陶彫部品の集合による円錐状の塔を、今月よりスタートさせたいと考えていて、雛型の完成と構造体になる木材の切断加工くらいは出来ないものか思案していますが、こればかりは当初のイメージを基に制作工程をいかに組んでいくか、によるので早急に結論は出ないかもしれないと思っています。いずれにせよ今月は時間をかけて新作に取り組んでいこうと思います。
半日休暇を取って遠方の美術館へ
2013年 7月 31日 水曜日
昨日見た幽霊や妖怪の展覧会の後で、墓に関する彫刻や建築の展覧会は夏らしい涼を感じさせるものですが、「墓は語る」という表題のついた展覧会は前から行こうと決めていたので納涼の意図はありません。同展を開催中の武蔵野美術大学美術館は、自分の職場や自宅から遠距離にあるので、今日は5日間ある夏季休暇の半日を使って見てきました。工房スタッフの一人が同大工芸工業デザイン学科に在籍しているので、大学が夏休みに入っているかどうかを確認したところ、まだ通信教育課程の授業をやっているというメールが返ってきました。今日は午前中は職場に行って、午後になって横浜駅から東京都小平市に向けて自家用車を走らせました。大学構内にはまだ一般学生の姿があって、制作に勤しむ学生も見かけられました。彫刻棟の1階にある木彫工房が開いていたので中を覗き込んできました。一人の学生が木材を運び込んでいましたが、天井は高く空間が広くて立派な設備に溜息が出ました。「墓は語る」展は大変面白くて気分的には満足しました。詳しい感想は後日にしますが、彫刻が土の中の隠された場所に存在するのは、自分の作品にも通じるものがあり、さらに言えば作家の死生観さえ感じることが出来る展覧会だと感じました。
横浜の「幽霊・妖怪画大全集」展
2013年 7月 30日 火曜日
今日の午後、出張があって職場を昼ごろ出ました。職場が横浜駅に近いので、そごう美術館で開催している表題の展覧会にちょっと立ち寄り、出張先に向かいました。夏休みとあって幽霊・妖怪見たさに訪れる親子が多かったのですが、展覧会の内容は決して子供だましではなく、本格的な錦絵や肉筆画が並ぶ見応えのある展覧会でした。大判錦絵では歌川国芳や月岡芳年の画面全体に漲る圧倒的な迫力、構成力に亡霊の涼しさなど吹き飛ばす熱気を感じてしまいました。歌川国芳の「相馬の古内裏」の巨大骸骨の出現シーン、月岡芳年の「和漢百物語」シリーズ、また墨画淡彩では河鍋暁斎の幽霊の細密な描写に惹かれました。その他では尾形守房の「百鬼夜行絵巻」の妖怪キャラクター、猫や狐の化けモノ等で充分に楽しめました。江戸時代や明治時代にはまだまだ幽霊や妖怪が棲む闇があり、語り継がれる伝説があり、それを子供の教訓教育に生かす家長制度が残っていたのでした。そうした社会的・世俗的な環境があって、当時の画家たちが想像力を働かせ、あたかも隣に居そうな霊を眼に見える絵画として創り上げたと言っても過言ではありません。現代では漫画や映像に魑魅魍魎の世界が継がれていますが、科学万能でITのネットワークが進んだ今だからこそ、創造世界の中に棲む摩訶不思議なモノたちに共感を覚えるのではないかと思います。
夜の作業で彫り込み加飾
2013年 7月 29日 月曜日
この時期は公務の仕事が若干減ることもあって心に余裕が出来ます。そのおかげでウィークディの夜に工房に出かけて制作をしようという意欲が生まれます。職場での仕事にも緩急があって、夏季休暇をそれぞれの職員がフレキシブルに取ることで、現在は仕事が少なめになっているのです。ウィークディの夜に工房に出かけられる幸せを感じながら、今晩は比較的単調な作業をやることにしました。陶彫における土練りや成形は長時間の確保が必要なため、時間を自由に使える週末に行い、彫り込み加飾は単調でありながら丹念に行う作業なので、夜でも可能と思っています。加飾はいつでも中断することができるし、蛍光灯の照明が緻密な作業を行うのに向いています。現在、地を這うカタチの彫り込み加飾をやっています。小さな矩形の繰り返しを彫っていて、ちょうど碁盤の目のような凹凸が出来ています。機会あるごとに夜の作業を続けていきたいと思います。
「地殻」からの展開を考える週末
2013年 7月 28日 日曜日
個展が終わり、来年に向けて気持ちを高めています。「発掘~地殻~」の世界をさらに煮詰めていこうと考えていて、一部制作を始めています。ギャラリーの床面を使った地を這うカタチと、斜めにした板材に陶彫部品を取り付けて、それらを円錐状に構成して大きな塔を形作る集合彫刻を考えています。そして陶紋数点を加えた作品群が、来年に向けたイメージで、ギャラリーせいほうの床面積を考えながら、その大きさを割り出しています。個展も9回目ともなれば、ギャラリーの空間がしっかり頭に入っているので、大きさを考えるのには好都合です。「発掘~地殻~」の展開は、曲面による陶彫部品に彫り込む文様加飾を、古代史を基にしていくことで、感覚としての象徴と知覚としての史実を融合させることで一歩先へ進めるのではないかと考えます。作品の発想の源を、自分の若い頃の記憶の断片から発展させて、古代民族のルーツの資料を礎にする方法へ変換していきたいと考えています。これは折に触れて、NOTE(ブログ)でも発信していきたいと思います。
週末 課題の克服へ向けて
2013年 7月 27日 土曜日
週末になると朝から工房に籠って制作三昧になります。陶彫は何年やっていても新たな困難に直面します。新作ごとにイメージしたカタチを作るので、その時その場面で新たな問題が生じるのです。成形上の定型がない故に起こる困難ですが、七転八倒して課題を克服し、何とか成形を終わらせます。最終的に焼成で駄目になれば万事休すですが、そこまでしても作りたい欲求があるので、毎週末になると闘いを挑んでいます。今日も例外ではなく、酷暑の工房で汗を滴らせながら成形をやっていました。ただ、成形は困難であるにも関わらず、作っていて一番楽しい工程でもあるのです。それは骨格を形成するカタチを決めていくので、彫塑としての面白さがあるからです。暑い、難しい、楽しい、の三拍子で明日へ継続していきます。
「豊饒の神・境の神」を読み始める
2013年 7月 26日 金曜日
「豊饒の神・境の神 九州の土俗面考【2】」(高見乾司著 海鳥社)を読み始めました。昨日まで読んでいた「火の神・山の神」の続編で、本書は「火の神・山の神」に提示された課題の補充を試みたものと思われます。目次には「猿田彦」に関する著述が多く、謎の仮面である「猿田彦」の分析解明に迫るところが予見され、今後の読書が楽しみです。ただ、自分は九州に行った時に見た他愛のない観光用神楽の印象しかなく、実際に村々で催される古い祭礼の雰囲気を味わったことがないので、著者の行動記録を読み解いて想像するしか方法がありません。私が生まれた頃の横浜も、周囲に田畑が広がり、近隣にある神社で五穀豊穣を祈る祭礼がありましたが、それも幽かな記憶の中でしか印象を留めていません。日本人の原風景とも言うべき農耕文化を改めて考える機会として、本書を読んでいきたいと思います。
「火の神・山の神」読後感
2013年 7月 25日 木曜日
「火の神・山の神 九州の土俗面考【1】」(高見乾司著 海鳥社)を読み終えました。九州の土俗面考【1】とあるので、引き続き【2】を読んでいきたいと思います。本書は、湯布院にあった空想の森美術館の館長による土俗面を中心に据えた紀行文で、九州を中心に神楽等に使用される仮面の実態を、現地に出かけて調査に臨んだ行動記録になっています。著者はさまざま場面に遭遇し、そこで仮面の起源について思考し、また郷土史家の協力を仰いで一冊にまとめています。目に留まった箇所を抜粋します。「私たちの美術館に展示してある二百点を上回る仮面の謎を追って、九州の歴史と風土を探る作業を開始したら、たちまち中世という仮面史の限界を飛び越え、稲作文化の弥生時代をも飛び越えて、私は縄文文化の虜となってしまったのだ。」「日本の仮面史には空白期があるということは、すでに何度も述べた。すなわち、縄文時代の土偶の消滅から平安末期の仮面の出現までに、大雑把にみて千数百年の断絶があるのだ。この空白期を埋める手掛かりになるのが南九州に数多く残存する『土俗面』だと考えて、多くの事例を見る作業を私は続けているのだが、南九州が縄文文化の発祥の地であるという認識の上に立つと、ずいぶん、仮面の分析もしやすくなる。仏教彫刻の影響を受けた中世以降の仮面、能、狂言などの芸能面、宮廷文化を反映した伎楽面などを中央指向の仮面とし、『土俗面』を各地方独特の仮面とするならば、これらの個性豊かな土俗面こそ、その土地の歴史を背負った貴重な資料だということができるからである。」「『鬼』は古代製鉄民族、来訪神という性格を基本に、山の神、山民、修験者、猿田彦、さらに追われる鬼や制圧される鬼などの要素が互いに領域を重ねながら幾世紀にもわたって祭りや伝承の主役の座を占め続けてきたのである。鬼面の謎解きに挑むことは、日本の古代史の闇の部分に踏み込むことでもある。」
TV番組「時を紡いで」より
2013年 7月 24日 水曜日
昨夜、BSフジで伊勢神宮の式年遷都に関する番組をやっていて、こうした内容が大好きな自分は楽しみに番組を見ていました。内容は20年に一度新しい社殿を建て直すもので、伊勢神宮はこれを千年以上も繰り返しているという解説がありました。工法は昔のまま伝承され、20年前に前回の式年遷都の造営に加わった宮大工が大勢参加していました。若い大工を指導する立場の宮大工もいて、さらに20年後に工法が引き継がれていく様子が映像を通して伝わりました。檜は木曽などの「神宮の森」で育成されて、それが斧で伐採される様子も映されていました。伊勢神宮の周囲に広がる広大な森は、昭和初期に絶滅しかけたものを再生したということも知りました。将来は檜も全てそこで賄えるようにするという気の遠くなるようなプロジェクトがあるようです。伊勢神宮は何度か訪れたことがあるだけにとても身近に感じたひと時でした。
文筆家からの手紙
2013年 7月 23日 火曜日
今夏の個展に際して、作家中島敦の研究書を出版している文筆家笠原実さんから丁寧なお手紙をいただきました。笠原先生はかなりご高齢と思われますが、頭脳明晰で批評も鋭く、フェリス女学院大学で教壇に立たれていました。横浜では先生を囲む会などがあります。美術評論家以外の方によるご意見として、敢えてここで紹介させていただきます。「昨日、『陶彫の面白さ』のお裾分けをいただきました。六曲一双に構成された原始の世界の『佇む生命体』に触れ、現代の文化・文明、そして思想・宗教の何であるか、その意味合い、さらに自分の存在すら改めて考えさせられました。~略~ 都会の孤独が、貴君の手によって発掘された印象です。~以下略~」先生から過分なお言葉をいただいて恐縮です。今後も自分の作品を見ていてくださる方々のご意見・ご感想をバネにして頑張っていきたいと思います。
夏の研究課題を考える
2013年 7月 22日 月曜日
夏の研究課題とは、小・中・高校の夏休みに課せられるお馴染みの自由研究の名残のようなものです。自分はその習慣が抜けないまま歳を重ねていて、夏になると何か研究をしなければならないと思っているところがあるのです。私の課題なんて学生に比べれば提出期限もなく極めて気儘なものですが、生涯学習として捉えれば、決して悪しき習慣ではないと思っていて、この気分をずっと持ち続けていたいものです。この夏はどんなことを学ぼうか思案していたところ、個展の時に評論家の瀧悌三さんから、日本の古来から伝わる文様を研究してみたらどうか、陶彫の彫り込み加飾が銅鐸等に見られる古文様と結びつくと一層興味深いものになるのではないかと示唆されました。成程、これはやってみる価値があると考え、今夏はこれを研究課題にしようかと思っています。現在、土俗面に関わる書籍を読んでいて、ちょうど日本の古代史に興味を持ちつつあるので、いい機会かもしれません。