Archives for the Month of 4月, 2008

「モデイリアーニ展」へ…

高校生の頃よりモデイリアーニの画業は知っていましたが、自分は今までモデイリアーニに親近感を持てずにきました。いったい何故と自分を疑います。モデイリアーニは自分がファンになる要素をたくさん持った芸術家であるはずなのに、今ま […]

日光・月光菩薩像の背中

昨日NHKの番組で特集していた「薬師寺展」。日光菩薩像、月光菩薩像が揃って薬師寺を出るのは初めてだとか。光背を慎重に取り外し、東京へ運搬する様子をカメラが追っていました。その影響もあってか東京国立博物館は開館前から長蛇の […]

GWアート&クラフト

自分が美術や工芸を観る時は、ほとんど体力の限りを尽くしてしまうので、一緒に付き合う家内は随分シンドい思いをしているようです。一日のうちで美術館4つに画廊が…とか計画してしまうと最後には気力も体力も尽き果てて、印象がごちゃ […]

RECORD・感情の表出

昨年2月より一日に一枚、ポストカード大の平面作品を作ることを自分に課して現在まで継続しています。HPにもアップしているRECORDです。昨年から今年の1月末までを一応区切りとして、現在は2シーズンに入っています。昨年のも […]

犬になった彫刻家

表題のタイトルの面白さについ魅かれて酒井忠康著「犬になった彫刻家」を購入してしまいました。この彫刻家とは今は亡き若林奮。自分が学生時代にキャンパスで何度かご本人の姿を見ていながら、若林先生に話しかけることが出来ず、でも個 […]

幻視体験未だなく…

長い会議が続き、そこで眠くなって見る夢はあるのですが、夜眠っている間に見る夢は最近はなくなりました。亡父や亡義母が夢枕に立つこともなく、金縛り体験もありません。家内は時々そんな体験を語ってくれるのですが、自分は人に見えな […]

頭の中のアトリエ

講演会などを聞いていて、ついうつらうつらと眠くなる時があります。講演の内容がしっくり心に入ってこない時は瞼が下がってきます。すると頭の中のアトリエの扉が開き、創作活動が始まります。最初に素材の感触がイメージされてくるのは […]

格子模様について

最近のRECORDは、格子模様の繰り返しの中に円形がある構成になっています。格子のカタチは自分の中でたびたび出現してきます。まず初めに格子を定規を使ってきちんと書き上げ、それをところどころ崩してみたりしています。格子模様 […]

和室の住まい方を考える

自分は建築家でも建築史家でもないので、和室に対する考察はきわめて表面的で、実直な感想しか持ち合わせていませんが、かねてより和室に対する関心はありました。我が家にも小さな和室があります。帰宅してすぐ寝転がる部屋が和室です。 […]

車の中から見える風景

職場からの行き帰りに車に乗っていると、自分が走っている感覚よりむしろ左右の風景がこちらに向かってやってきて、また過ぎ去っていく感覚に陥ります。現実の風景が、窓越しに何かの映像でも見ているかのような錯覚となり、通勤で見慣れ […]

家具の在り方を考える

久しぶりに教え子の美大生が作業場にやってきました。プロダクトデザインを専攻している彼女は家具制作の課題を抱えてきました。自分が制作している彫刻の現場に家具を持ち込んできたことが契機になって、家具の在り方を考えてみることに […]

封じ込めた時間

平日は公務があるので、週末になると気持ちが解放され、創作に没頭することが出来ると今まで考えていたのですが、はたしてそうなのか疑問を覚えました。今日という週末をいつものように木を彫って過ごしたのですが、実際の気分は解放とい […]

空間を変容させる装置

自分が作っている集合体による彫刻は、部品と部品を繋いで、ひとつの作品としていますが、それは物量として見せているのであって、単体でも同じものだと思っています。集合体の特徴はあるにしても、最終的にはひとつのまとまりにしている […]

哲学・詩作・そして実材

現代美術における彫刻の捉え方として、彫刻を設置することによって、その空間を変容させることが挙げられます。今まで見慣れてきた空間に対し、新しい視点を与え、また触覚的な要素を加えることで、新鮮な眼で世界を俯瞰できるようになる […]

原点としての「粗い石」

このブログを書き始めた頃に読んでいたブイヨン著「粗い石」。これの感想を2年前にブログに載せています。そこで再び「粗い石」です。再読を重ね、名も無き修道士たちのル・トロネ修道院建造にかかる話は、何度読んでも面白く、また自分 […]

彫刻における「労働の時間」

故若林奮の彫刻に「100粒の雨滴」という奇妙なタイトルのついた作品があります。正方形の銅板を何枚も重ねた作品で、銅板には何かしら痕跡のようなものが施されています。自分は大学時代に校内でよく若林先生の姿を見かけましたが、難 […]

野島公園の散策

30数年前、自分は横浜市金沢区で高校生活を送っていました。今日は仕事のような遊びのような気分で、久しぶりに野島公園を訪れました。記憶の断片を繋げるように公園の周囲を歩きました。景観はだいぶ変わっていて、きちんと整地がなさ […]

芸術家の書簡

今晩のNHK新日曜美術館を見て、画家のルオーとマチスが長い間書簡のやり取りがあったことを知りました。数多くの手紙に芸術家同士の励ましや気遣いが感じられて暖かい気持ちになり、また創作への勇気を与えられました。異なる画風にも […]

「見る」と「見つめる」

自分の視界に入ってくるものを何気なく見ているのは日常のことで、よほどの注意を払わなければ、ただ呆然と見ていることが多いと思います。あの日あの時間に何を見ていたか、よく思い出せないこともあります。人の記憶は曖昧なものです。 […]

デッサンを学んだ後に…

デッサンは全体と部分の関わりやバランスを身につける方法として優れた効果があります。実際のデッサンには木炭、鉛筆、ペン、絵の具等を使った様々な技法があります。形態の取り方や陰影のつけ方には、ある程度の訓練が必要になりますが […]

造形活動と体力

まだ身体が動くうちは精一杯身体を使って作品を作りたいと思っています。もちろん現在は、一人ですべて作り上げる予定で制作工程を考えています。土を練ったり、木を彫ったりして、どのくらいのサイズのものまで可能かを判断しながら、長 […]

水の抵抗と流れ

近隣にあるスポーツクラブで水泳をしていて感じることは、腕や掌で水の抵抗を受け、それが前へ進む原動力になっている一方、身体を横位置に保ち、左右をローリングさせることで水の抵抗を減らしている基本的な原理です。水の動きを使い分 […]

都市の変貌を考える

自分の居住空間から職業に従事している空間までが自分に認識できる都市空間です。よほどの放浪者でない限り、自分が住まう都市の全貌を自分の足で確かめることはできません。自分は大きな都市機構の一部に加担して生活をしているわけです […]

ある日の幻影

それは夢だったのか、実際に見たものだったのか、遠い記憶を啄ばむうちにふとした情景が眼に浮かび、しばらくそれに囚われてしまったことがありました。砦のように高くそびえる壁の上に街が築かれていて、日が沈む頃になると頂上にある街 […]

構想と素材の関係

眼の中で、また脳内で、素材との制約を解かれて「何か」を探りたいと欲求することがしばしばあります。彫刻家なら誰もが一度ならず感じることがあるかもしれません。しかしながら構想するときは素材との関係抜きには考えられないのが現状 […]

構想と単純作業の蓄積

美術とは絵を描くことや彫刻を作ることではなく、人の眼が認識する形態や色彩に新しい意味や視点を与えることだと考えています。絵画や彫刻はそうして思考した結果を表現する方法・手段であると思います。構想の段階で全ての結果を出し、 […]

Hutzel brotに思いをよせて

表題はドイツ語でフッツエルブロートと発音します。乾燥した果物が入ったパンのことです。自分はこれに限らず、ずっしり果物が入ったパンが大好物で、クリスマスの時期には同種のStollen(シュトーレン)が日本のベーカリーでも出 […]

RECORDは「円」

4月のRECORDのテーマは「円」にしました。「円」は自分にとってお気に入りの図形です。彫刻のエスキースも「円」から始めることがあります。究極にまとまった図形ですが、これを崩していくところから創作を考える方法をとることが […]

大島紬の端切れ

先月末に出かけた奄美大島は大島紬で有名なところです。産地を訪ねて、染めや織りの工程を見てきました。なるほど大島紬が高価な理由がわかりました。絹と木綿で仮織りをして、何十回となく染め抜いて、仮織りを解き、絹だけを取り出して […]

4月に「構築〜解放〜」がアップ

4月になりました。横浜では桜が満開です。自分のホームページのギャラリーに「構築〜解放〜」をアップいたしました。木彫による2作目になります。昨年の「構築〜包囲〜」と今年の「構築〜解放〜」。この2点が対になるように計画して作 […]