週末 陶彫制作続行

週末になりました。来年の5月に完成を目指している新作は、のんびり休日を楽しむ余裕を与えてくれず、休まず、焦らず、制作工程に則って作業を進めていくしか方法はありません。手間がかかることは承知で、陶彫部品による集合彫刻をやっているのです。毎週末に一所懸命取り組んでいるモノは、彫刻全体から見ればほんの一部に過ぎませんが、手を抜くことはできません。全体に緊張を漲らせるのは丹念に作り込んだ部分の集積なのです。ウィークディの勤務時間のように週末も時間を決めて制作をしています。気分に左右されることはありません。芸術家は気分次第という定説がありますが、一年を通して勤勉を貫く芸術家もいます。今日は工房に懐かしいスタッフがやってきました。数年前にここで油絵を描いていた人で、現在は結婚をして川崎市に住んでいます。結婚前はよく工房に通っていて、私の個展の搬入搬出を手伝ってくれていました。生活が落ち着いたので、また工房に絵を描きにくるようです。現在は旦那さんの会社の社宅にいるそうで、そこではなかなか絵は描けないのかもしれません。私は成形の終わった陶彫部品2体に彫り込み加飾を施していました。その後、先日練っておいた陶土をタタラにしました。明日はタタラを使って成形をやります。不具合のある土錬機を交換することに決め、新しい土錬機を滋賀県甲賀市信楽の会社に注文しました。土錬機は注文を受けてから製造するため、出来上がるまでに1ヶ月くらいかかると言われました。先日練った陶土を使い切ったら、制作目標である成形の個数を変えなければなりません。幸い乾燥の進んだ陶彫部品があるので、今年は先に窯入れをしていこうかと思っています。例年なら12月前後に窯入れをしていくのですが、こればかりは仕方ありません。夕方まで作業をして自宅に戻ってきました。ソファに横になったら起き上がれなくなりました。これも習慣ですが、身体の衰えを感じるようになったら嫌だなぁと思っているところです。

「八大童子立像」について

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」には、圧倒的な量感に富む仏像が多く、会場を巡っていると私の全身が眼になって、舐めるように見つめてしまいます。理由として、自分の学生時代に力が及ばず、人体塑造に納得出来なかった理想の姿が運慶の仏像に認められるからです。力瘤が目立つ仏像の中で、比較的可愛らしい群像に目が留まりました。「八大童子立像」と題名にありましたが、運慶作と言われる童子6体が展示されていました。鑑賞者はその中でも「制多伽童子立像」に群がっていて、彼が一番愛嬌のある風貌をしているため、人気のほどが伺えました。6体の立像は童子というより青年の体躯をしているかなぁとも思いました。当時の運慶工房がどのくらいの実力を備えていたか、図録の解説から拾ってみます。「八大童子は着衣の彩色文様もひじょうに丁寧で、特にこの時代には截金で表すことの多い地紋様も細い筆で描く点に特色がある。こうした色彩について運慶の指示もあったはずだが、それを実現する力量をもった絵仏師が工房にいたことがわかる。玉眼、銅製装身具の製作も専門の工人がいたはずである。銅製装身具も運慶の像は独特で、厚く、文様に立体感がある。」(浅見龍介著)以上が工房の仕事ぶりを示すものですが、群像そのものについては「本群像は、『秘要法品』に説かれた図像を原則的になぞりながらも、張りのある肉付き、軽快な動作、微妙な表情が、じつにたくみに表現されている。人間の目を再現した玉眼の効果、ひるがえる裳裾や風をはらむ天衣の自然な動きが、まるで生きている童子であるかのような現実感をもたらしている。」とありました。まさにその通り、今にも動き出しそうで喋り出しそうな童子たち。「キモ可愛い!」という中高生の言葉を借りれば「ツヨ可愛い!」と言うべきか、強いキャラに惹かれてしまう鑑賞者も多いはず、と思ってしまった「八大童子立像」でした。 

「無著菩薩・世親菩薩像」について

東京上野の国立博物館で開催されている「運慶展」のほぼ中央の大きな部屋に「無著菩薩・世親菩薩像」があります。像の前に立つと惚れ惚れするような写実を極めた精神性が感じられて、まるで像が生きているような錯覚に陥ります。図録の解説によると「運慶が遥か昔のインドの高僧像をここまで写実的に造ることができたのはなぜだろうか。~略~眼窩、頬骨、顎などの骨格を把握した上で肉付けをしているので生きた人間のように見えるのである。世親は前頭部が盛り上がり、目の上、頬、顎に肉が付いている。何かを見つめる視線で、話し始めそうな口元である。無著は額に血管が浮き出て頬骨も目立ち、肉が少し落ちている。穏やかな目だが、黙して語らずという口元で包容力が感じられる。」とあります。まさに「無著菩薩・世親菩薩像」は目の前にモデルがいて木彫したのではないかと思わせます。身に纏った衣に大ぶりな襞が彫られていて、頭部の微細な写実に比べると大胆な印象です。これを見て咄嗟に私はロダンのバルザック像を思い起こしました。洋の東西も年代も異なるのに、「無著菩薩・世親菩薩像」とガウンを纏ったバルザック像とは比較の対象になりませんが、ロダンがバルザックその人を研究するうちに、衣の抽象化・象徴化を進めていき、そこに文豪の思索を語らせる新たな彫刻表現が誕生したことを思えば、「無著菩薩・世親菩薩像」の精神性も共通しているように思えてなりません。仏師であった運慶は、彫刻の概念がなかったはずですが、現代に生きる私がこの仏像を見て、近代彫刻の父であるロダンの作品に思いが飛んでしまうことが、運慶の抜群の表現力を物語っていると思うのです。

上野の「運慶展」

10代の終わり頃から西洋彫刻を学んでいた私が、仏像に興味関心を持ったのはいつ頃だったのか、今では思い出せませんが、その契機となったのが運慶だったことは覚えています。運慶の筋骨隆々とした木彫に西洋彫刻を重ねて見ていたというのが正直なところです。私にとって仏像は今も信仰の対象ではなく、彫刻として鑑賞すべき美術作品なのです。そうした自分の過去を再認識したのが、現在東京上野の国立博物館で開催中の「運慶展」です。運慶または運慶工房で作られた仏像は全部で31体あるという現在の見解だそうですが、そのうち22体が博物館に展示されているようで、まさに圧巻で迫力のある展示空間が広がっていました。運慶の仏像と言えば、写実的で動きがあって定型に拘らないというのが私の印象です。図録に仏師と彫刻家の違いが述べられている箇所があって、その認識に惹かれました。「仏像は彫刻の一種であるが、仏像の姿形は仏教の経典や儀軌の定めにより、制約がある。~略~仏師は、同時代の価値基準によって評価が決まる。これに対し、彫刻家の評価は、どのような独創的な活動をしたかによって決まる。~略~運慶は定型を繰り返すということがなかった。常に自分の独創的な像を造るという意識があったように思われる。日本の古典に学んで創り上げた面もあるが、写実の追求が感情、精神といった内面にまで及んでおり、極めて独創的である。」(浅見龍介著)この文章で言えば、運慶は優れた仏師であり、独創的な彫刻家でもあったわけです。自分が運慶を仏像理解の契機にした理由はこんなところにあるのかもしれません。展示は運慶の父であった康慶の仏像から始まり、運慶の初期から晩年に至る仏像と、運慶の子どもたちによる仏像がそれぞれ時代を追って部屋を与えられていました。どれも緊張した空間があって、甲乙つけがたい作品の数々でしたが、自分の好みで言えば、「無著菩薩・世親菩薩」の存在感が印象に残りました。「運慶展」についてはまた機会を改めて述べてみたいと思っています。

映画「セザンヌと過ごした時間」雑感

私は芸術家が苦悶するドラマが大好きで、史実を踏まえたフィクションであっても、その気分に浸ってしまう傾向があります。そんな意味でフランス映画「セザンヌと過ごした時間」は必ず観に行こうと決めていた映画でした。先日、常連になっている横浜のミニシアターに出かけ、文豪ゾラと近代絵画の父と呼ばれたセザンヌの友情と葛藤を描いた「セザンヌと過ごした時間」を堪能してきました。2人の芸術家の生い立ちは環境的に正反対であったため、その交流は単純な友情とは違う微妙な感情に支配されていました。トンプソン監督のインタビュー記事には「興味深いのは交差する運命です。貧乏人の息子が裕福なブルジョワとなって地位と名声を築き、裕福なブルジョワの息子が貧しく自由奔放な生活スタイルのせいで軽んじられる…。」とあり、「友情は愛以上に面倒なものなのです。なぜなら基準点もルールも厳密な定義もないからです。」と映画で描きたかった本題を語っています。図録の解説も同じように「セザンヌがプロヴァンス訛りむき出しで、ぎょっとするような卑語や罵り言葉を連発するのに対し、ゾラは上品な口調に良心的知識人の風格を漂わせる。そんな両者が、『会えば5分で喧嘩』というのも当然と思える。しかも喧嘩をすればするほど切っても切れない縁が深まってしまう、お互いのことが気になって仕方がない二人なのである。」(野崎歓著)とありました。実際に2人が交流していたことは事実で、映画にあったゾラの新作小説「制作」で、自分がモデルになったことで、セザンヌは憤慨して絶交したことは、当時の手紙によって示されています。それでもお互いを心から締め出すことは出来なかったようです。芸術家同士の友情は果たして可能か、成功者と落伍者に運命が分かれれば、友情に影を落とすことは間違いありません。この映画は反目しあう2人が両者とも後世に名を刻んでいることが前提にあるからこそ、波乱万丈でも安心して観られるのではないかと思った次第です。

三連休 最終日は制作三昧

三連休の最終日になりました。映画や美術館に出かけていた三連休ですが、今日は朝から工房に篭りました。三連休にやろうと思っていた陶彫成形が進まず、ここは一気に挽回するつもりで、朝から作業に没頭していたのでした。以前から気になっていたことは土錬機の不具合です。2時間ほどモーターを回すと妙な音がして停止してしまうのです。8月に発覚して業者に相談をしました。土錬機の分解掃除や機械油を差すこともしましたが、調子は元に戻らず、今日の土練りの40キロを騙し騙しやって何とか次の成形分の陶土は確保しました。今日は業者に来てもらい、土錬機の不具合を見てもらいましたが、原因は判明せず、新しい土錬機に買い換えるしか方法はないのかもしれません。思えば私は20数年前にこの土錬機を買っていて、家電であればとっくに寿命になっているのではないかと思いました。土錬機はモーターに土錬用のスクリューが2つ接合された単純な構造です。鉄製の筒の中で2つのスクリューが回って陶土を混合させながら外へ送り出す機械です。モーターは修理するより買い換えた方がいいと業者に言われました。土錬機は数十万円する機械なので、何とかやり繰りして家計から捻出する予定です。今日の作業はタタラを4枚用意して、すぐに成形に取りかかりました。大きな成形ではないので、陶土が柔らかくても大丈夫なのではないかと判断しました。その結果、何とか3個目の成形が出来ました。2個目の成形と今日作った3個目の成形は、2つ合わせてウィークディの夜の時間帯に彫り込み加飾をやろうと思っています。今月の陶彫部品はいくつ出来上がるのでしょうか。

三連休 美術館&成形作業

三連休の中日です。今日も鑑賞と作業の二本立ての一日になりました。午前中は東京六本木の国立新美術館に家内と出かけ、自由美術展に出品されている池田宗弘先生の彫刻作品を見てきました。思えば師匠の池田先生には40年以上もお世話になっていて、先生の作品は漏れなく見させていただいています。ここ2年ほど長野県麻績の自宅兼工房「エルミタ」に伺うことが出来なかったので、先生の作品の進展状況を知らずにいました。昨年から修道士が悪魔に誘惑されている状況を彫刻にしている先生は、今年も真鍮直付けの技法で、修道士と悪魔の関わりを表現していました。今年の新作は悪魔が小さく可愛らしくなっていて、恐怖で圧倒する悪魔ではなくなっているなぁと思いました。先生の彫刻は、真鍮素材によって風景を切り取る情景描写に特徴があります。それはギリギリまで量感を削り、蜃気楼のような軽さを獲得していますが、逆に空間的な存在感は増していくように思えます。すっかり見慣れた先生の彫刻ですが、40年前に初めて見た時は衝撃を受けました。軽妙洒脱な先生の世界観と、自分のそれはまるで違う世界観になってしまいましたが、彫刻の本質は変わるものではないので、師弟関係が今も続いているのです。家内の演奏が午後あるので、午前中の早い時間に美術館を訪れたのでしたが、同館で日本を代表する建築家安藤忠雄氏が個展をやっていたので、見たい欲求に勝てず、家内も納得の上で「安藤忠雄展」を見てきました。安藤氏の代表的な建築である「光の教会」の実物が野外に設置されていて、度肝を抜かれました。図面と素材さえあれば建築は再現が可能であることを改めて認識しました。自分は昔から建築に関心が強いので、心が展示に吸い取られてしまいました。詳しい感想は後日に改めます。大急ぎで横浜の自宅に戻り、家内を演奏場所に車で送り届けてから、私は工房に出かけました。こんなこともあろうかと思って、今朝は6時に工房に行って陶彫成形を途中までやっていたのでした。今日も充実した鑑賞があったので疲れました。それでも成形の続きを日が暮れるまでやっていました。明日は工房で制作一本になります。

三連休 映画&成形準備

10月の三連休になりました。昨日の「運慶展」もそうですが、秋は見たい展覧会や映画があって、時間をやり繰りしながら、陶彫制作と折り合いをつけていこうと思っています。鑑賞との兼ね合いを考えると、今月の制作目標に掲げた陶彫8個の成形や彫り込み加飾は厳しいかなぁと思っているところです。先月並みに4個が適当なのかもしれません。陶彫部品は先月制作していたものより多少小さくなったとは言え、成形の難易度は相当なもので、朝から夕方まで作業してやっと1体ができる程度なのです。三連休初日は映画鑑賞と陶彫の成形準備に当てました。観たかった映画は「セザンヌと過ごした時間」というフランス映画でした。交流のあった文豪エミール・ゾラと近代絵画の父ポール・セザンヌ。父がイタリアからの移民で貧しかったゾラと裕福な家庭に育ったセザンヌ。やがてゾラは名声を得て著作がベストセラーになりますが、一方でサロンに落選続きのセザンヌとの友情は、時に敬愛、そして愛憎に満ちていました。どこまで史実に沿っているのかわかりませんが、双方のキャラクターが浮き彫りになって映画としてのドラマ性は充分ありました。私はとても楽しめる内容でしたが、お互いの芸術を深めるというより、不器用な男同士の関わりを中心に描いているので、創作に対する格闘場面がある映画ではなく、生きざまを見つめる映画だろうと思いました。それでも主人公が作家であり、画家であったので、自分なりに時間をかけて考えてみたいと思いました。詳しい感想は後日に回します。常連の横浜のミニシアターの上映時間が朝9時20分からだったので、午後は工房に行って制作に勤しみました。今日も映画鑑賞に家内がつき合ってくれました。制作では大きなタタラを6枚作りました。明日は陶彫成形をやろうと思っているので、その準備をしたのでした。朝は肌寒かったのに午後は陽が出て暑くなりました。久しぶりにシャツが濡れるほど汗が出ました。三連休初日は充実していました。

金曜夜は仏像を楽しむ

東京の国立博物館や美術館は、金曜日に開館時間が延長されているので、仕事をしている者にとっては嬉しいシステムです。とくに大きな展覧会が企画されている秋の季節は、散策がてら東京に足を延ばすのも楽しいひと時で、私は一日のうちで芸術鑑賞があると、心が満たされて充実した時間が過ごせるのです。今日は勤務終了後に家内と待ち合わせ、東京上野の国立博物館平成館に行ってきました。生憎の雨天で散策には残念な夜でしたが、「運慶展」を見たい一心で雨の上野公園を歩きました。鎌倉時代の仏師の代表とも言える運慶の仏像が一堂に会する機会は滅多にありません。この企画を知った時から「運慶展」には絶対に行こうと決めていたのでした。学生時代、西洋彫刻に憧れていた私は、仏像には目もくれず、日本の古美術は退屈なものだと決めつけていました。近隣の寺院に鎮座する仏像は、線香臭い中で住職による説法の背後にある儀式の飾りくらいに思っていました。そんな不届きな私に開眼を促してくれたのが鎌倉時代の写実的な仏像たちでした。とりわけ運慶派の彫刻は西洋的な解釈が当てはまるくらい骨格や筋肉の在り方が見事で、その立ち姿に緊張感がありました。当時、日本には西洋のような解剖学はなかったはずですが、仏師の観察眼の鋭さは、私に驚きと感動を齎してくれました。その運慶の仏像を足掛かりに、私は白鳳や天平の仏像を理解し、自分が惚れ込んだ秋篠寺の「伎芸天」に辿り着いたのでした。世の中には美しい仏像があるものだと私は改心し、宗教としてではなく芸術作品として仏像を見るようになりました。その契機を与えてくれた運慶の仏像たち。まとまった作品群を見るのは初めてでしたが、圧巻という他は言いようがありませんでした。詳しい感想は後日に回します。今晩は仏像の迫力に押し潰される夢を見そうです。

横浜の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」

横浜そごう美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が開催されています。デパートの美術館は店の閉店時間に合わせているので、遅くまでやっていて、勤務時間が終わった後でも立ち寄ることが可能です。国公立美術館にない便利さがあります。昨日、家内と待ち合わせをして本展を見てきました。ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術家として、また科学者として優れた業績を残したことは余りにも有名です。その天才の手から生まれた発明品の数々を大型模型にして展示したのが本展です。夏休みから開催しているので、小中学生の興味関心を引こうとした意図もあるらしく、楽しい解説もあって、体験型の展示品にも驚きました。本展には図録はなく「ダ・ヴィンチ 天才の仕事」(二見書房)という書籍が本展の内容に最も近いのではないかと思います。それによると「レオナルドは機械のスケッチからいっさいの情緒を排除し、機械のある部品から生まれたエネルギーが伝達され他の部品を動かす仕組みを、つまり機械が動作する原理をスケッチのなかでシミュレートして考えた。レオナルド以前に、だれがこのようなスケッチを描いたであろうか。」(P・ガルッツィ著)とありました。本展を見て、私は空を飛ぶ機械に惹かれました。書籍にこんな文章がありました。「人間が空を飛ぶために、レオナルドは二つのことを考えていた。一つは人体(機械の動力である)の力学的可能性について。もう一つは、空を飛ぶ機械が制御しなくてはならない空気という物体についてである。~略~レオナルドは空気のことを、水とはちがって、十分な力で押さえつければ圧縮できるものと考えていた。~略~らせん状のスクリュー自体はありふれてたものだが、空気にスクリューを応用したのはレオナルドが世界で初めてだったことを忘れてはならない。」空気スクリューの大型模型が私にはとりわけ印象的でした。

中世の絵画工房について

「下絵はよく描き込まれており、筆で線が描かれている点は通常のボスの作品と同様である。描線は、ヴェネツィアにある《聖ヒエロニムス》の描線や《干草車》の人物の描線とも類似している。さらにX線写真もまた、この芸術家が常とする創作過程を示しており、ボス自身の作品との整合性が認められるのである。顔料についても、ボスの作品に通常使用されるもので、鉛白、カルサイト、ラック、赤土、天然アズライト、鉛錫黄、銅系緑色顔料(樹脂酸銅、緑青)、黄土、黒炭が見られる。顔料の層は、銅鉱石に富んだ硫酸カルシウムの地塗りの上に、場面によって、白色、灰色、薔薇色、青色の下塗りがされている。色彩は、卵の量は少量であるが著しく油分の多い油彩技法で塗られている。ベースの層は滑らかでグラッシによる上塗りがされているが、残念ながら、何らかの機会に失われてしまったようである。」(A・R・レドンド著)これはヒエロニムス・ボス工房が描いたとされる絵画「トゥヌグダルスの幻視」の説明文です。既に閉幕した「ベルギー奇想の系譜」展の図録にあった文章です。現存するボスの絵画は僅かしかありませんが、ボスの工房によって描かれた絵画は、ボスの監視の下で制作されたのでしょうか。この時代にボスの模倣作品が出回る中、どこまでオリジナル性を認めるか、素材から導き出される付加価値が作品を左右するとなれば、研究にも拍車がかかるように思います。中世の時代の絵画工房はどのようなものだったのか、欧州では都市にあったギルド(職人組合)から紹介を受けて、親方が営む工房に弟子入りすることが画家への第一歩だったようです。言うなれば徒弟制度で、工房では王侯貴族や富裕層の市民らの注文を受けて制作されていました。現代のように個人で作品を作り、自由に販売することはなかったので、巨匠直属の工房で制作されたものが今でも残っているというわけです。画家個人の制作と組織的な工房制作、当時は分けられるものではなかったのかもしれません。

10月RECORDは「そよぐ」

一日1点完成させることを目標に、ポストカード大の小さな平面作品を作り続けて10年以上経ちました。この媒体をRECORDと総称しているのは日々のイメージの記録を刻みたいからで、どんな日でもどんな環境にあっても創るという行為を忘れないことを目的にしています。現在は仕事から帰って夕食を済ませた後、ポストカード大に切断したケント厚紙を取り出し、毎晩下書きを描いていることが習慣になりました。ただし、仕事で疲れた夜は彩色や仕上げまでいかず、下書きだけで終わってしまうことがあります。睡魔と闘いながらイメージを絞り出す作業は辛いものがありますが、それでも継続を誓っています。今月のRECORDのテーマを「そよぐ」にしました。秋が深まり、風が心地よい季節になりました。そんな空気感を伝えたいために爽やかなテーマにしたのです。天高く馬肥ゆる秋。晴れ晴れしたイメージを具現化するために毎晩苦しむのは可笑しな話ですが、今月も頑張っていきたいと思います。

10月の制作目標

新作のテーブル彫刻の制作工程は、現在のところ順調に進んでいます。陶彫は土練り、成形、彫り込み加飾、乾燥、化粧掛け、焼成という段階を踏んで制作が進むため、予め計画を練っておかないとならないのです。来年の個展は新作として4体のテーブル彫刻を予定していますが、そのうち一番大きなテーブル彫刻を現在作っているところです。一番大きなテーブル彫刻は、今年の7月に発表した「発掘~宙景~」の発展形です。テーブルの下に吊り下げられた陶彫部品に加えて床置きの陶彫部品があります。上と下から攻めていくイメージですが、床置きの陶彫部品には床に這わせる根を接合するための部分があります。根も陶彫で作り、四方に迫り出していきます。これも陶彫部品を連結していくつもりですが、全部で16個の部品が必要です。今月の週末だけで16個全てを作るのは不可能なので、とりあえず半分である8個の成形や彫り込み加飾を目指します。今月頑張らなければならないのはRECORDです。下書きだけが日々終わっている状態で、仕上げていない作品が増えつつあります。早いうちに仕上げたいと思っています。鑑賞は今月見たい展覧会や映画があるので、何とか時間を作りたいと思っています。加えて工房に出入りしている若いスタッフたちの大学で学園祭(芸術祭)があり、これにも行ってみたいと思っているところです。読書は継続ですが、故赤瀬川原平の過激な文章に先鋭的な面白さを感じています。今月も頑張ろうと思います。

週末 10月になりました。

10月になりました。今月の制作目標は後日書くとして、今日は新作の陶彫部品が次の段階に進みました。新作では大きなテーブル彫刻を作ります。テーブルの下に陶彫部品が吊り下がりますが、それは既に出来上がっています。テーブルから吊り下がる陶彫部品と床から立ち上がる陶彫部品があって、そこをどう繋いでいくかがこの作品のポイントになります。床から立ち上がる陶彫部品の一番下に設置する6個の部品は、成形と彫り込み加飾が終わっていて乾燥を待っている状態です。6個の部品から4本の陶彫の根を床に這わせようと思っていて、次の段階というのはその根の部分を作ることです。昨日まで作っていた6個の部品に比べれば、やや小さな部品になりますが、成形にかかる難易度や手間はなかなかのもので、今日は早朝から取り組んで、午後2時になって漸く1個目の成形が終わりました。彫り込み加飾はまたウィークディの夜になりそうです。根は一本につき4個の陶彫部品を連結する予定なので、4本の根を作るのには16個の部品が必要になってきます。今月はそれをどこまで作るのか、目標を立てる際に考えていきたいと思います。今日の午後は、工房に出入りしているスタッフの一人が多摩美術大学アートテーク・ギャラリーで開催している「ポガティブ」展に出品しているので、もう一人のスタッフを連れて見てきました。工房から車で1時間10分で、同大八王子キャンパスに到着、最近出来上がったばかりの新校舎の1階にあるギャラリーに向かいました。ギャラリーは広々とした美しい空間で、それぞれの作品が映えていました。彼女の作品は音響を視覚化した微細な空間を獲得していて、今までの染めの作品の発展形とも言える新作でした。まだまだ伸びしろがある若いアーティストをこれからも応援していきたいと思っています。日曜日でほとんどの校舎は閉まっていましたが、彫刻棟のあたりを散策しました。石材や木材が積んである工房を見て回ると、自分は意欲が湧いてくるのです。いい刺激をもらえた一日でした。

週末 9月を振り返って…

週末になり、朝から工房に篭りました。9月の制作目標であった大きな陶彫部品は、6個とも成形や彫り込み加飾まで到達しました。陶彫は窯に入れて焼成してみないと完成とは言えないのですが、何はさておき制作目標が達成したことを喜びたいと思います。次はその大きな陶彫部品に接続する一回り小さな陶彫部品を作らなければならず、来月の制作目標にしていこうと思っています。今日の工房での作業は、6個目の陶彫部品の彫り込み加飾の仕上げと、次の陶彫制作に備えての土練りやタタラ作りを行いました。秋になり工房の窓から涼しい風が入ってきて、心地よい中で作業をしていました。今月は週末だけではなくウィークディの夜にも頻繁に工房に出かけ、彫り込み加飾をやりました。週末は職員の結婚式に呼ばれて福島県に出かけたり、地域行事があったりして、全てを制作に充てられたわけではありませんが、それでも時間を有効に使って目標とするところまで辿り着けたのではないかと思っています。RECORDは再び厳しい状況になりました。一日1点のノルマはやはり大変で、今も下書きだけが日々終わっていて、少しずつ制作途中の作品が山積みされています。来月は早いうちにこれを解消していきたいと思います。ウィークディに工房に行ってしまうと、自宅に帰った途端に睡魔に襲われて、RECORD制作に支障が出てしまうのです。どうもひと昔前の自分と今の自分は疲労度が違っているように思えます。鑑賞は充実した1ヶ月だったように思っています。美術館は「アルチンボルド展」(国立西洋美術館)、「ベルギー奇想の系譜」展(Bunkamuraザ・ミュージアム)その他に「二科展」(国立新美術館)や知人・友人が出品していた個展やグループ展にも足を運びました。映画は「少女ファニーと運命の旅」「ウィッチ」「パリオペラ座 夢を継ぐ者たち」(全てシネマジャック&ベティ)の3本を観てきました。読書は故赤瀬川原平の初期の頃の著作集を楽しく読んでいるところですが、青年時代の原平氏は少々理屈っぽい人だったのかもしれません。こうして書いていくと今月は結構頑張っていたなぁと思います。秋が深まる来月は制作や鑑賞にさらに精を出そうと思っています。

映画「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」雑感

常連になっている横浜のミニシアターには遅い時間帯に上映するレイトショーがあって、私は仕事から帰った後でミニシアターに行くことがあります。自宅から車で出直し、ミニシアター近くの駐車場に車を入れて、チケットを購入した後、レストランで夕食を取るのが習慣となっています。家内と一緒の時もあれば、一人の時もあります。「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」は家内と一緒に観に行きました。バレエに従事するダンサーやコーチ、振付家や芸術監督がそれぞれの立場で真摯に取り組み、映画全般を通してドキュメンタリーならではの鬼気迫る雰囲気がありました。エトワールとして選抜された上に立ち、それでも理想に近づけない葛藤があり、日々自己を追い込んでいくダンサーの姿勢は素晴らしいと感じました。稽古場に張り詰めた空気感は、彫刻制作にも通じるものがあり、精神的な意味で勉強になりました。パリ・オペラ座バレエ団は1661年のルイ14世の勅命によって創立され、ロシアから亡命した伝説のダンサーR・ルドルフが芸術監督を務めた時代がありました。この時に難解な技術と心理的解釈が取り入れられ、現在も踊り継がれているようです。現代的な音響や動きも取り入れられて、今やバレエはコンテンポラリーアートになっていると思いました。嘗て私がウィーンに住んでいた頃に国立歌劇場で初めてバレエを観て感激したことを思い出しました。その時はロシア・バレエ団が客演をしていましたが、身体が宙を舞う超絶技巧に時間が経つのを忘れました。映画「パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち」もあっという間に上映が終わった感じがしました。躍動する身体をずっと注視することにより、身体言語と言うべきか、私たち鑑賞者はダンサーの腕の角度や手の先のちょっとした動作に、訴えたい主張や表現を感じるようになります。滑らかに移動する身体は瞬時に変化し、ドラマ性をもつようになるのです。この映画でひとつ気になったことは、ダンサー各人がトゥシューズを自分で管理していたシーンでした。足首や足がバレエには重要な要素です。夢を継ぐために妙に現実的な仕草が印象的でした。

「オブジェを持った無産者」を読み始める

本書「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)は、1970年に現代思潮社より刊行された書籍で、2015年になって河出書房新社から再刊されたものです。私は今年の6月に出張で京都に行った折に、立ち寄った書店で見つけ、装丁が気に入って購入しました。故赤瀬川原平の造形から文書に至る多くの作品は、私に刺激を与え続けてきましたが、本書の中心的な話題は1966年にあった「千円札裁判」で、当時小学生だった私は、この前衛芸術が法的な裁きを受ける現場にも立ち会っていなかったし、事件すら知らなかったのでした。ずっと後になって美術家の道を志した私は、大学の先輩にこんな人がいて、初期の頃に芸術作品をもって検察に立ち向かった前衛作家の果敢な行為を知り、その作品を理解すればするほど魅力に抗えないようになりました。確か千葉で開催された回顧展の最中にご本人が逝去されたのではないかと記憶しています。赤瀬川原平の著作は自宅の書棚に数冊ありますが、「オブジェを持った無産者」は著述家赤瀬川原平としての出発点だったようです。日本に反芸術運動が起こって社会問題になった時代は、乗り遅れた世代の私には少々羨ましい時代でもありました。破壊と創造が解り易いカタチで眼前に広がる光景を見てみたかったなぁと今でも思っています。本書を読んで、少しでもその時代の空気に触れられたら幸いと思っています。本書を数頁捲ってみると、結構難解な箇所が目につきます。著述家赤瀬川原平の先鋭的な思想が表れた瑞々しいものではないかと想像するところですが、通勤の友にしていこうと思います。

「スーラとシェレ」読後感

8月はまったく読書をしなかったため、今日取り上げる「スーラとシェレ」(セゴレーヌ・ルメン著 吉田紀子訳 三元社)は7月25日から読み始めて、9月も終わりに近づく今になって漸く読み終わった次第です。遅読甚だしき言い訳として、「奇想の系譜」と「マルセル・デュシャン全著作」も同時に読んでいて、三つ巴の乱読があったためですが、この若い頃から続く私の癖はそろそろ止めようと思っているところです。「スーラとシェレ」は19世紀から20世紀に至る美術史の動向の中で、従来の絵画とポスターに代表される大衆美術との関わりを論考したもので、面白く読ませていただきました。著者ルメンに関して訳者が寄せている文章を引用すると「ルメンの研究に通底する手法を一言で述べるならば、未公開の資料として、これまで検証対象として扱われることの少なかった十九世紀フランスのポピュラー・イメージを貪欲に掘り起こして調査し、そうした実証的な手続きによる事実解明を、最新の文化研究の理論と対峙させるというものである。~略~モダニズムが等閑に付してきた、十九世紀の”純粋芸術”と”大衆芸術”との間で交わされたダイナミックなイメージの乗り入れを解き明かす作業が、この時期、美術史の新たな課題として浮上したのである。」とありました。ジョルジュ・スーラは新印象派の画家で、点描を考案したことはあまりにも有名です。ジュール・シェレはサーカスのポスターを数多く手がけたイラストレーターで、作品が大衆に迎合した媒体であったため忘却の一途を辿りましたが、シェレの視覚表現に斬新さを感じ、その要素をスーラが絵画に取り入れていたことは、私も知りませんでした。パフォーマンスの代表でもあったサーカスを通じて、2人の芸術家が結びついていた事実に、絵画表現を革新する動きは、思わぬところから始まっていくことを知った著作でした。

彫り込み加飾について

私の立体作品は窯に入れて焼成する陶の技法を用いています。彫刻、陶芸、絵画の3分野に跨る制作方法を取っていて、手間のかかる制作工程と言えます。まずは陶土を使って立体を作ります。これは彫刻です。立体の持つ構成や量感に重点をおいて作っているのです。立体の内側は空洞になっていて、これは焼成する際に壊れにくくするためで、陶芸では定番となっている方法です。陶土で作った立体の表面には彫り込み加飾を施します。これはレリーフですが、彫刻的な捉えをしていません。立体を際立たせる効果はありますが、あくまでも平面的な彫り込みです。文様を彫り込むことによって古代の装いを作品に付加するのです。いわば絵画性の強い装飾です。この彫り込み加飾は、やや硬化した陶土の表面に鉄筆で線を入れ、また線で囲んだ部分の陶土を掻き出していくのです。専用へラである深さまで削っていく作業によって、立体性と平面性を兼ねた表現が出てきます。矩形による規則正しい凹凸を加えることで、立体はその角度によって微妙な陰影を加えます。窯に入れ、炎神の威力によって陶彫は立体と平面が一体化した作品になっていくのです。そんな意味でも彫り込み加飾は重要な工程です。最近では彫り込み加飾をウィークディの夜にやっています。立体として全体を把握する必要がないので工房内を歩き回ることがなく、作業台に照明を当てながら、部分を削る作業をしているのです。夜の方が加飾に集中できるかなぁと思っています。

渋谷の「ベルギー奇想の系譜」展

昨日で終了した展覧会を取り上げるのは些か恐縮ですが、私は個人的に奇想の芸術が大好きなので、詳しい感想を述べさせていただきます。ベルギーという中央ヨーロッパに位置する国について私は深く考えたことがなく、20代の頃ウィーンに住んでいた時に、首都ブリュッセルと古都ブリュージュに立ち寄ったことがありました。ベルギーは緯度が高いわりに気候が穏やかであり、その歴史からすれば多くの周辺国の支配を受けていて、独立を果たしたのは1830年だったようです。絵画史で有名なフランドル地方はベルギーにあり、中世から伝わる写実主義描写に加えてキリスト教の神や悪霊の存在が信じられていて、その具現化に携わった画家ボスやブリューゲルはあまりに有名です。本展にはルーベンスの絵画も出品されていて、やや違和感がありましたが、図録の文中にその説明がありました。「ボスやブリューゲルの手により、いわば『フランドル的な』異種混同の悪魔に埋め尽くされていた『地獄』の情景は、巨匠ルーベンスによって、イタリア的な要素と結びつき、キリストの戦士たちの勝利を観る者に強く印象づけるバロック美術特有のドラマティックな構図へと生まれ変わっている。」(廣川暁生著)さらに本展には、近現代の画家マグリットやアンソールも出品されていて、ベルギー美術全体を俯瞰できる内容になっていました。現代に通じる部分に関してはこんな一文が図録に掲載されていました。「ベルギーのアート(とアーティスト)のヴィジョンは、世界で進行中の事象に対するほぼ地理的に持って生まれた受容性と、また、その覚醒した意識の武器=ほぼ生物学的に生来のアイロニーのセンスとして、定義することができる。」(伊藤伸子著)どこか覚めた感覚というか、乾いたユーモアをベルギー現代美術を見て私は感じましたが、宗教から離れた事象に関しても、奇想が現代社会に生きていて、それが芸術家を動かしているパワーになっていると思いました。

週末 6個目の陶彫成形

新作のテーブル彫刻の床に配置する陶彫部品は6個あります。今日は最終である6個目の成形を行いました。昨日は東京の美術館や画廊に出かけましたが、起床してすぐ工房に行ってタタラを準備していたのでした。そのちょっとした頑張りで、タタラはいい具合に硬くなっていて、成形がやり易くなっていました。因みに今日成形した陶彫部品は今までで最も大きなサイズでした。今日は朝9時から11時頃まで家内を演奏会場に送ったり、若いスタッフ2人を駅まで迎えに行ったりする予定があったので、それでは成形時間が足りなくなると判断し、今日も起床してすぐ工房に行って成形を始めていました。夕方になると緊張が解けてしまう傾向が自分にはあるので、早朝から作業を始めた方が効果が上がるのです。結果、夕方4時には成形が終わっていたので、見立ては合っていました。一日のうち出入りの時間があると集中力が細切れになり、強度のフロー状態になることはありませんでしたが、それでも順調に作業が進みました。この陶彫部品が仕上がれば、今月の制作目標は達成したことになります。彫り込み加飾はいつものようにウィークディの夜にやろうと思っています。私はおそらく人より週末の充実はあると思いますが、これによってウィークディの疲労とは別の疲労が残るような気がしています。季節の変わり目のせいか本当に毎日疲れています。何もしないで過ごす休日を経験したことがないので、疲労回復は通常の生活の中でやっていく他ありません。回復の一番の手段は睡眠を多く取ることです。このNOTE(ブログ)と日々のRECORD制作が終わったら、すぐ寝るようにしています。昔から制作漬けの毎日だったので、寝ても困難な制作に立ち往生している夢を見て、起きてしまうことがあります。滅多に見ない夢ですが、強迫観念があるのでしょうか。それともフロイトが言うような願望の表れなのでしょうか。

秋分の日は美術館・画廊を散策

今日は秋分の日でした。職場は週休2日なので、連休の実感はありませんでしたが、このところ秋の気配を感じているのは確かです。今日は早朝に工房に行って、明日の陶彫成形のために大きなタタラを7枚作りました。午前10時くらいに自宅を出て、東横線都立大学駅にある画廊に向かいました。茨城県笠間近くで陶芸をやっている佐藤夫妻が個展をやっているので見に行ったのでした。奥さんの和美さんにお会いできました。このところなかなか笠間に行けないことをお詫びして、最近の佐藤陶房の新作を見せてもらいました。相変わらず土臭いモダンさがあって気持ちが良くなりました。私とは同世代なので、お互い健康に気遣ってこれからも仕事を続けていきたいものです。次に東横線から日比谷線に乗り換えて銀座に向かいました。職場に私と同じ二足の草鞋生活を送っている職員がいます。彼はモダンアート協会に属し、例年仲間とグループ展をやっているのです。会場は美術家連盟画廊でした。私は連盟に所属しているくせに事務局に顔を出したことがなく、この機会のグループ展にお邪魔するだけになっています。彼のタブローは、消去された空間がますます冴えて切れ味が良くなった印象がありました。彼も私と同世代なので、ずっと創作活動を続けて欲しいと願って止みません。次に私が向かったのは渋谷でした。Bunkamuraザ・ミュージアムで明日まで開催中の「ベルギー奇想の系譜」展を、終了間近になって慌てて見に行ったのでしたが、会場は大変混雑していました。最近になってボスやブリューゲルの人気が高まり、加えてマグリット等近現代のアーティストの作品が展示されていたので、混雑していることは分かっていました。私は奇想の芸術が好きなので満足を覚えましたが、ベルギーという国を美術史の観点から見つめたことがなかったので、地域性を含めて考えてみたいと思いました。「ベルギー奇想の系譜」展の詳しい感想は後日に改めますが、展覧会が終了した後になってしまうことをご容赦ください。帰路に蒲田で画材を購入して自宅に戻ってきました。今日は秋分の日に相応しい芸術鑑賞の日になりました。明日は制作を頑張ります。

映画「ウィッチ」雑感

昨夜、常連になっている横浜のミニシアターに米英合作の映画「ウィッチ」を観にいきました。これは魔女に纏わる伝説や伝承を基に、1630年代に遡った時代を描いていて、場所は米国ニューイングランドに設定しています。敬虔な清教徒である一家が人里離れて暮らし、信仰心だけを頼りに生活を営む様子は、観ている私を始源的で魔訶不思議な世界に導いてくれました。それは時代考証に基づいた現実感溢れる生活環境を描いていて、その中でも周囲の大自然が持つ潜在的恐怖を感じさせてくれました。森に彷徨う姉弟に忍び寄る得体のしれない何か、幼い子らが口ずさむ謎のような童謡、夜の蝋燭や暖炉の炎、悪霊が登場するわけではないのに、ひしひしと伝わってくる生活の中に存在する恐怖は、映画全体の演出とも相俟っているようにも思えます。まず色彩がグレートーンで美しいと感じました。音響が不協和音に効果を持たせ、観客を中世の闇の世界に誘っていました。悪魔憑きを表現する子どもたちにも感心しました。とりわけ長女トマシンは宗教に溺れない強さを持っていて圧倒的な存在感がありました。演じたテイラー=ジョイの美しさにも魅了されました。映画を観終わった後、やはり私が理解できないのはキリスト教の宗教観でした。神との契約、それに対峙する魔女の図式がしっくりこないのは、私の成育歴で培われた感覚であろうと思います。家族の絆を、特定宗教を中心に据えて守り抜こうとした一家が、自然の畏怖を前にして、その心理反映を憑依という圧迫によって、次第に崩壊していってしまう、その過程を描いた映画なのかなぁ、私が下したこの映画の解釈ですが、いかがでしょうか。

ワーク・ライフ・バランスについて

私たちの職種は超過勤務が常態化していて、新聞等で指摘を受けることが少なからずあります。私が今まで転勤してきたどの職場でも、意欲的な職員が多く仕事だけが生きがいと思っている人がいる反面、過労死ラインを超えている人も見受けられました。これに関しては、国や市町村で対策を急いでいる現状がありますが、私たち管理職の勤務軽減努力も必要です。私も若い頃にこの職種に就いてから超過勤務が当たり前の生活となり、生涯の夢である創作活動との狭間で揺れてきました。自分自身を取り戻せたのは仕事に慣れて余裕が持てたからで、それまではこの職種はそんなものだろうと思っていました。管理職になった今は、若い世代の人たちにそんな思いをさせたくない気持ちで、私はワーク・ライフ・バランスを提唱するようになりました。私もワーク・ライフ・バランスを実践し、創作活動にも弾みがつくようになりました。余暇が楽しめるのは、ウィークディの仕事にも効果があると今では実感しています。残業せず職場をでて、私は帰りがけに美術館へ行くことがあり、その日は何とも言えない充実感がありました。今日は常連のミニシアターに行きました。観た映画は米英合作のダーク・ファンタジー・ホラーの「ウィッチ」でした。中世の魔女を現代的解釈を加えて描いた野心作で、敬虔なキリスト教信者の家族を、中世から残存する伝承を基に物語を紡いでいました。映像全体を通して色彩を控えた美しさが充満し、音響効果も際立っていました。詳しい感想は後日に回しますが、今日はワーク・ライフ・バランスとして充実した一日を送ることができました。

17‘新報掲載の評文より

「陶彫。『発掘』シリーズⅨ。巨大作2点。1つは4本柱の台に吊り下がる筒型板。もう一つは帯状文や四角い板などで構成された長大な台。発掘品みたいな古びた感じが特徴で、見処。だが以前に比べ、整理され、すっきりした印象を受ける。他に小さい筒型の置き物も5点。」ビジョン企画出版社が出している新報掲載の一文です。執筆者は瀧悌三氏で、個展の初日に来てくれました。図録を差し上げてお話をさせていただきました。思えば日本の古代遺跡である直弧紋について提言していただいたのも瀧氏でした。毎回作品を見ていただいて、率直な意見をいただきましたが、すっきりした印象という話には及びませんでした。1つの素材を使って長い間作品を作っていると、イメージ的にも思考的にも整理されてくる傾向があります。私の場合は緩慢に流れてしまうのを怖れていて、初めのイメージとそれを裏付ける思索をじっくり煮詰めていくことを何よりも大切にしています。その上に技巧があると考えているのです。陶技法も装飾性が目立つようになれば、それはもはや彫刻とは言えないと思っています。長く続けていればカタチが整理されてくるのは当然ですが、それならばより深い簡潔性を求めていきたいと考えています。彫刻の基本であるモノが存在する空間とは何か、私の場合はモノが発掘されて地表に出た時の驚き、発掘現場の空気の震えのような状況を見る人に伝えていければいいと思っています。

「国宝菁華」について

夏に台湾に出かけた目的は、國立故宮博物院の所蔵する宝物を鑑賞することでした。宝物はどれもが素晴らしく、すべての作品を目に焼き付けておきたいと思いましたが、その数の多さに圧倒されて、所蔵品の資料を求めてミュージアムショップに駆け込みました。ショップでは日本語に翻訳された資料の中で所蔵品を網羅している書籍がないものか探してみましたが、全所蔵品を一冊にまとめることは不可能だろうと思いました。おまけに日本語の書籍が少なかったので、自分が興味関心を覚えた分野に限ってショップに並んでいたものを物色していました。「国宝菁華」は日本語に翻訳された冊子の中で「器物篇」と「書画・図書文献篇」の2冊がセットになっていて、重厚な装いが気に入りました。これには主だった所蔵品が掲載されていて、図版も鮮明だったので購入してきました。今も「国宝菁華」を飽くことなく眺めています。自分が興味関心がある西周晩期の銅製品に彫り込まれた古代文字の美しさが目に留まります。古代文字を使ってどんなことが書いてあるのでしょうか。先月のRECORDは「ひびく」というテーマでしたので、心に響いたこれらの作品を描きました。水墨画では誇張されたところがなく、精密な写実に基づいた描写が目立ちます。日本のデフォルメされた世界とは違い、現実の生活を描いているように感じます。しみじみとした味わいが漂っていて、歴史に裏打ちされた確かな表現力が伝わってきます。私たちが考える東洋的で高いレベルを持った作品群がここにあります。

三連休 休日出勤&陶彫成形

今日は三連休の最終日でした。昨日と同じ理由で職場に出勤する用事があって、今日も全て制作に充てることは出来ませんでしたが、出勤の合間を縫って制作をやっていました。新作のテーブル彫刻の床に配置する6個の陶彫部品のうち5個目の成形を行いました。休日出勤があってもノルマとして自分に課した工程は、何とか今日一日で終えることが出来ました。今日は2人の若いスタッフが朝から工房に来ていて、それぞれの課題を夢中でやっていました。彼女たちがいることで自分の制作にも拍車がかかります。それぞれ各人が真剣になる時間がありました。私もフロー状態になり、周囲がわからなくなりました。作品の全体がよく見えているのに、それ以外の時間や空間が頭から飛んでしまうのです。極端な集中がやってくるのだろうと理解しています。自分は制作工程の中で、とりわけ成形の工程時間に集中することが多く、一日が数分のようにも感じるのです。今日は台風一過で、工房は真夏の再来のような暑さがありましたが、集中している時は暑さも忘れます。成形が一段落すると気持ちが解けて、暑さと疲労が襲ってきます。スタッフたちも暑さに耐えながら制作に打ち込んでいました。スタッフのうちの一人はグループ展の搬入が迫っていて、これから毎日工房に通ってきそうな勢いですが、私もウィークディは帰宅した夜に工房に通うつもりでいます。彼女とはすれ違いの作業時間になりそうですが、私は彫り込み加飾をやろうと思っています。先週も先々週も3日間ほど夜の工房に通いました。季節が朝晩涼しくなって制作には絶好の温度なのです。それには昼間の仕事の状況によりますが、想定外のことが起こらないように祈るだけです。

三連休 休日出勤&土練り

昨晩遅く福島県から帰ってきて、かなり疲労が残る中、今日の午前中は仕事があったため出勤しました。三連休の午前中は今日も明日も休日出勤になります。台風の影響のせいなのか朝から雨が降り、肌寒い気温でした。午後は工房に行って、5点目になる陶彫作品の準備を行いました。陶土の塊を掌で叩いてタタラを作る作業は、なかなか骨が折れました。時折涼しい風が窓から入ってきて、心地よく感じましたが、昨日の長時間運転の疲労が回復せず、作業中は休憩ばかり取っていました。酢を使ったレモン味の飲料が美味しく感じられました。土練りは40kgの土を土錬機にかけて、その後に手で菊練りをしました。夕方、自宅に戻ったらそのままソファに寝てしまいました。肌寒いことと昨日の疲れが相俟って、眠くて仕方がなかったのでした。このNOTE(ブログ)も眠気に襲われながら、やっとの思いで書いています。明日は頑張ろうと思います。

三連休 職員の結婚式

三連休初日は喜ばしい一日となりました。私の職場で結婚式を迎える男性職員がいて、私が祝辞を述べさせていただくことになったのでした。彼は福島県出身で、3年前に横浜市の公務員採用試験に合格し、私の職場にやってきました。初任から有能な力を発揮し、今では職場全体を支える人材に育っています。彼がいなくては成り立たないイベントが数多くあります。結婚式場は福島県郡山市なので、私は首都高速や東北自動車道を使って、式場になっているホテルに向かいました。片道4時間という道のりでしたが、行程が苦にならなかったのは結婚のお祝いを一言伝えたい思いからでした。披露宴は盛大なもので、結婚式を簡略化する最近の傾向には珍しく、きちんとした立派なものになっていました。結婚式は当人たちのものではなく、周囲の関係者に結婚をしたことを伝えるものだと、嘗て私も言われたことがあります。日本の結婚式はその通りかもしれません。元同僚も含めて私の職場から3人が出席しました。その他の出席者は福島県の人が多かったように思います。結婚式を挙げた奥様も福島県出身で、奥様は福島県で就職し、彼は横浜に職場があります。よく言われる遠距離恋愛ではなくて、1年以上は珍しい遠距離婚になるのですが、週末だけ福島と横浜を往来する生活もまた一興かなぁと思っています。明日から彼は横浜で仕事が待っているため、横浜に戻ってきます。三連休はすっかり休めない職場の事情があって彼らには気の毒ですが、申し訳ない気持ちになりながら、私も2人の職場関係の人を連れて、高速道路を飛ばして横浜に戻ってきました。今日は行き帰りで8時間以上も車を運転していました。

何故奇想に惹かれるのか

私は創作活動を人生の中心に据えているためか、常識の範疇を超えたものに関心があります。一般的な非常識という意味ではなくて、人にとって不可視なもの、想像の世界に属するものに興味関心があるのです。そこをナンセンスと捉えるか、重要なポテンシャルと捉えるかで興味の対象は変わってきます。どうしてそうしたものに自分が惹かれるのか、考えてみると私は小さい頃から人智を超えたものに憧れてきた経緯があります。姿カタチの好き嫌いはあっても、不可思議な世界に親近感を覚えてきました。私が育った頃の自宅の周辺には、雑木林や田畑が広がっていて、夜ともなれば暗闇の支配する世界があちらこちらにありました。横浜と言えども、鎌倉時代に遡れば畠山重忠公の古戦場があって、茅が自生する野原に首塚が祀られていました。現在は万騎が原という地名になっていますが、幾万の騎馬が繰り広げたであろう戦さを伝える地名ではないかと思っています。50年以上前は、昼なお暗い木々の間に魑魅魍魎が潜んでいても不思議ではない雰囲気の中で、私たち子どもは小さな祠や神社で遊びに興じていました。現在、私が見つめる奇想の芸術作品は、どこか頭の中に刻印された記憶を呼び戻し、始源的な生命を燃え上がらせる効果があるように思えます。社会的な束縛からの解放もあるのかもしれません。私が作る彫刻作品も奇想の産物です。欧州からイメージを借りてきたにせよ、その根源は私の生育歴と密接に関わっているのではないか、黴臭い旧家の土間や米を保存しておく樽が記憶のどこかにあって、その印象を具現化したものではないかと思うのです。稲の刈り入れ時は、宮大工だった祖父も造園をやっていた父も仕事を休んで脱穀機を回していました。豊穣を祈るために稲荷に餅を捧げる風習が今も残っています。そこにはキツネの化身が棲んでいると祖母に教えられました。捨ててあった稲荷を先祖が拾って自宅の裏山に祀ったのだ、そのお陰で我が家は栄えたのだとも言っていました。妖怪が身辺にいるから自然な流れに逆らってはいけない、それは私に畏怖なるものを与えるに留まらず、芸術としての奇想にも影響を及ぼしたのではないかと述懐しています。

曾我蕭白を受け入れた頃

先日NOTE(ブログ)にマニエリスムのことについて書いた際、心に浮かんだ江戸時代の画家がいました。暫し忘却の彼方にあった画家曾我蕭白で、「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)に登場していました。極めて異端と言える世界は、その激しさ故に一目で忘れられない印象を残します。若い頃の私は曾我蕭白を受け入れることが出来ませんでした。品性に乏しく極彩色の執拗さにも嫌悪感があって、当時好きだった円山応挙の対極にいる画家だろうと思っていました。代表作「群仙図屏風」は見れば見るほど奇怪な人物たちの群像ですが、何を倣ったものなのでしょうか。「奇想の系譜」から引用させていただくと、蕭白の他の絵を評して「グロテスクという点では、日本の水墨人物画史上類を絶しており、狂態邪学派と呼ばれた十六世紀の明の浙派の人物も、これにくらべればはるかにまともといわざるを得ない。」とあります。中国でもこれほど奇怪な画風は見当たらないと言っているのです。本書では北斎との共通点が述べられた箇所があって興味が湧きました。「蕭白と北斎とは、似通ったタイプの画家といえる。扱う画題に保守的と同時代的の違いはあっても、鉱物質とでもいうべき乾いた非情な想像力、鬼面人を驚かす見世物精神、怪奇な表現への偏執、アクの強い卑俗さ、その背後にある民衆的支持、といった点が共通しているのである。」確かに葛飾北斎にもマニエリスム的な強調があると言えます。ところで蕭白を自分が受け入れた時期はいつごろだったのか、思い出すことにしました。初めて蕭白の絵を見た若い頃から数十年の時を経て、ボストン美術館が所蔵する巨大な「雲龍図」を東京で見た時ではなかったかと述懐しています。私は齢を重ね、絵画趣向の変遷を経て、今では蕭白を面白いと感じるようになっています。均整の取れた同時代の絵画がどれも退屈に思えて、日本のマニエリスムとも言うべき特異な世界に覇気溢れるものを見出しているからではないか、自分の妖怪好きも手伝ってその面白さに漸く気づいたのだろうと分析しています。