週末 管理職仲間と浅草散策

昨日の勤務時間終了時から管理職仲間5人で東京に出かけ、親睦を深めながら浅草で一泊しました。昨晩は浅草寺の周辺を散策し、予約してあった料亭で舌鼓を打ち、東京スカイツリーのライトアップを堪能しました。今日は寒い強風の中を歩き回り、やはり美味しい昼食をいただいて帰ってきました。5人とも職場はバラバラですが、思いや悩みは一緒で、そうしたことを分かち合える幸せをかみ締めました。慰安旅行というような大げさなものではなく、ちょこっと散策といったものでしたが、気持ちは充分に発散できました。1年1回のことで、お互い腹を割って話し合い、助け合える関係作りがいいと思っています。 

「ゲーテの美術論集成」を読み始める

ドイツの文豪ゲーテは美術にも造詣が深かったことは私も知っていました。たまたま書店で「ゲーテ美術論集成」(J・W・フォン・ゲーテ著 高木昌史編訳 青土社)があったので購入しました。翻訳に加えて解説があるので、それを手掛かりにゲーテの美術論を紐解きたいと考えました。美術評論には客観的分析や考察はもとより詩魂も重要な要素で、詩人の中に美術評論を手掛ける人が多いのは、偶然ではないような気がしています。美術を論じるためには数値や論理で割り切れないものが多く、詩人としての資質が問われるようなところがあると思います。そういう意味ではゲーテの美術論は必読かなぁと思っています。じっくり深読みしながらゲーテの文豪たる所以を味わいたいと思います。それに伴いゲーテが論考している北方ルネサンスの画家について、さらに自分でも学んでいきたいと思っています。ミュンヘンにあるアルテ・ピナコテークは自分がヨーロッパに行った時、最初に訪れた美術館でした。中世の絵画の質量に圧倒されて頭が混乱してしまったのを覚えています。願わくばもう一度出かけ、ゆっくり時間をかけて個々の画家について鑑賞したいと思っています。ゲーテや他の評論家による美術論を手掛かりとして…。

工房にプロパンガス搬入

相原工房を建てた時に蛇口から湯が出るようにプロパンガスの設置をしていましたが、実際にプロパンガスの契約はしないで今までやってきました。ウィークディの夜の制作で手が悴むことが多く、先日業者と契約をして新しいプロパンガスを置いてもらいました。このところ夜の制作を続けていて、蛇口から湯が出ることで寒さから手が守られています。ストーブで手を暖めるより、湯で手を温める方が快適です。夜はほとんど手の感覚がなくなってしまうことが多く、足湯ならぬ手湯で回復を図りながら作業を続けています。工房は農業用倉庫として建てたものなので住居としては厳しい環境と言わざるを得ません。外から打ち付けた壁だけで断熱材も内装もありません。家庭用の大きめのストーブだけでは周辺しか暖かくならず、それでも首都圏に工房が持てる幸運を感じています。自宅では蛇口から湯が出るのが当たり前の生活になっていますが、工房では改めてその便利さに感謝しています。

「マチスの肖像」の読後感

「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)を読み終えました。マチスは画集「ジャズ」やヴァンス礼拝堂という晩年の作品が自分にとって印象的な画家ですが、生い立ちから修行時代、不遇な時代を経て、ロシアやアメリカのコレクターに認められ、ピカソとともに20世紀を代表する巨匠に上り詰めるまでを本書は分かりやすく綴っています。マチスは色彩によって絵画の価値観を変え、構成も抽象化・平面化していきました。これは後に続く芸術家たちの非対象作品への道を切り開いたものであったように思います。マチスが愛したアラベスクは、自分も影響され、洋の東西を問わず世界各地の文様の素晴らしさに目を瞠るようになりました。マチスの洗練された線描も、自分が美しいと感じるデッサンのひとつとなっています。次にマチス自ら著した「画家のノート」がどこかの書店で見つかれば、これも読んでみたいと思っています。本書の最後に掲載されていたマチスの言葉で締めくくります。「私は忍耐強く木のマッスが、それから木そのものが、幹、枝、葉…がどのようにできているかをつかみ取らなければならない。木と一体化した後、私は木に似た対象を創造しなければならない。つまり木の記号を。」

形態のピカソと色彩のマチス

現在読んでいる「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)の中でピカソとマチスのライバル関係が浮き彫りになっています。自分の鑑賞遍歴から言えば、ピカソは自分にとって解りやすい巨匠で、青の時代からキュビスムを経て晩年に至る作品の数々に、自分は高校時代から刺激を受けてきました。自分がアカデミックなデッサンを学んでいる頃は、「青の時代」の痩せこけた人物に惹かれ、自分が抽象衝動に駆られた頃は、その後のピカソの作品に惹かれました。まさに形態を追求したピカソは自分の興味関心を寄せるに充分な巨匠だったと言えます。マチスは色彩によって世界を創りあげようとした巨匠で、ピカソに比べて平穏な画面構成が多く、若い頃の自分には理解できませんでした。マチス晩年の色面による平面的な作風に感動を覚えたのは、ずっと後のことで、マチスの作品が南国の太陽のように輝きだし、その斬新な構成に心が囚われてしまったのでした。とくにマチスのアラベスクから自分のレリーフ模様は生れたと言っても過言ではありません。形態のピカソと色彩のマチス。いずれ劣らぬ20世紀の巨匠で、今でも親しみつつ刺激をもらっています。

三連休最終日 制作振り返り

今日で三連休が終わりました。陶彫追加制作と木彫荒彫りに明け暮れた三連休でした。陶彫の追加分の方は何とかなりそうです。木彫の方はコツコツやっているにも関わらず、思ったより進まない状況です。昨年のように厚板に彫り込みを入れているのではなく、今年は木材の塊を彫っているので、思い通りにならないのはあたりまえと思うようになりました。イメージが先行していて鑿による彫りがついていかないもどかしさがあります。少しずつカタチが現れていますが、彫りを楽しむところまで到達できていません。カタチの各面が決まってくると面白くなってくるのですが、そこまでの表現に辿りついていないのです。木彫ではなく木材のままの状態では未だ全体構成の苦しさから脱却していないと言えます。今月いっぱいで何とかなるでしょうか。イメージが見えているので、後は作業あるのみです。また来週末に頑張ろうと思います。

三連休 陶彫追加&木彫荒彫り

三連休の中日です。朝から工房に行って制作三昧です。午前中は陶彫追加制作で成形をやっていました。陶土をドベで接着したり彫りこんだりしてカタチを整えていました。典型的なモデリングです。通常の彫塑と異なるのはカタチの内側ががらんどうで、乾燥や焼成に耐えるようにしてあるのです。追加制作を決めてから工程にない仕事が増え、いまだに成形が終わりません。明日も陶彫に多少は関わっていくことになりそうです。午後は木彫の荒彫り作業の続きで、これは典型的なカーヴィングです。鑿で木材を彫りこんでいきます。午前と午後は技法的には正反対のことをしています。さらに今後は絵画的要素も盛り込んでいくつもりです。大地に鼓動する命を表現するために何でも利用する気構えでいるのです。夕方遅くまで作業をして、そろそろ電動工具の音が近所迷惑になるかなぁと思って、今日は工房を後にしました。明日も朝から工房に行きます。

三連休初日 後輩たちのグループ展

今日は朝から工房で制作をしていて、午後は横浜市民ギャラリーで開催されているグループ展に後輩たちが出品をしているので見てきました。自分も以前はこのグループ展に出していました。仕事が多忙化するにつれてグループ展から離れてしまいましたが、当時一緒にやっていた仲間たちの成果を見て、自分の制作を振り返る機会にしています。とりわけ後輩にあたる2人の作家に注目していて、彼らの作品があるからこそ同展に出かけたと言っても過言ではありません。一人は彫刻家で二科展に出品しています。畝って広がる有機的な形態を木彫で表現しています。花弁のような開口部から現われるモノに命の息吹を感じさせてくれます。もう一人は画家で太陽美術展に出品しています。西欧の日常風景を丹念に写実する画風で、抑えた色調が醸し出す何気ない一瞬を捉えています。こうした若手作家のおかげで自分も活力をもらえると思っています。関内にある横浜市民ギャラリーは今年3月をもって閉館になりますが、若い頃から自分の作品を育ててくれた空間がなくなる一抹の寂しさを抱きながら、市民ギャラリーを後にしました。

キュビスムと葛藤するマチス

「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)を通勤途中に読んでいます。マチスが生きた時代に美術界を席巻したキュビスムに対して、マチスが自己芸術観と相容れないキュビスムと葛藤している様子が窺える箇所があります。「キュビスムが勝利を収めた時期は私にとって困難な転機だった…私はキュビスムという他の人たちが行っていた実験に加わらないほとんど唯一の人間だった。それは、ますます追隋者を増やしてゆき、これまで以上に評判を高めていた方向へ参加しない、ということを意味したのである…私は、実験、解放、色彩、力としての、光としての色彩の問題、といった自分の探求に閉じこもり、守りを固めていた。もちろんキュビスムに関心はもっていた。しかしそれは生命をはらむ線やアラベスクを大いに愛する私の深い感性には訴えかけなかったのである…私にとってキュビスムへ向かうことは私の芸術信条に反することとなったろう。」マチスが語ったコトバには時代の流れに惑わされない強い意志が感じられます。マチスは時代を変えるような大きな運動の中心にはならなかったし、また自身も芸術運動の牽引者とはなりませんでした。でも、マチスは絵画上の偉大な足跡を残しています。意志を貫く姿勢を感じさせる一文だと思いました。

詩の朗読CDを聴く

詩人の庄司利音さんから自作の詩を朗読したCDを借りてきました。これはライブを録音したもので、拍手の音も混じっていて、その場の雰囲気が伝わって快い気持ちになりました。劇伴音楽ならぬ詩伴音楽と言うべきギターの演奏が流れていました。これは奏者が作曲したもので、朗読より前に出ることがなく、詩の内容をさらに深く豊かに彩り、時に無音、時に情感が溢れて雄弁な楽想を感じることができます。利音さんは語りに抑揚があり、艶やかな響きとコトバの切り口に常々魅了されています。利音さんにお会いした時もその場で詩を朗読してくださいました。この人は声優にもなれそうだと思えましたが、自作だからこそ生きる語りなのかもしれません。コトバの威力を縦横無尽な表現をもって発揮する詩と音楽に、自分は憧れさえ抱くのです。

ウィークディの工房にて追加制作

新作「発掘~地殻」の陶彫部品追加を受けて、ウィークディの夜に工房に行って制作をしています。追加の決定前は夜の制作として木彫を考えていたのですが、陶彫の制作を優先させることにしました。ただ、昼間の仕事があるし、その仕事如何で夜の工房に出かけるのは辛い時もありますが、追加制作は早めに作りたいので、多少無理をして工房に行っています。仕事から自宅へ帰ると、心身ともぐったりしてしまいますが、そこを何とか気持ちを切り替えて工房に向かいます。工房に行ってしまうと昼間の仕事とは内容が大きく異なるので、創作への元気が湧いてきます。精神力ひとつで気の持ちようが変わるのが不思議です。言うなれば彫刻も精神の産物です。ただし、弊害となるものは自分の精神力と言うより冬の寒さです。こればかりはどうにもならず、今晩も手が悴んで身体に寒さを引き込んでしまうのではないかと思い、1時間足らずで工房を引き上げてきました。無理せず休まずやっていこうと思います。

2月RECORDは「築」

今月のRECORDのテーマを「築」にしました。今までも構築性の強いモノに興味をもってきた自分の得意とするテーマですが、イメージを出し尽くした感覚があって、さらにイメージを広げられることが今月の課題です。今月は写真資料を使って城の石組や柱など「築」に関する絵を描いていこうと思っています。RECORDのアーカイブを見ると、RECORDを描き始めた最初の年にギリシャ神殿の柱を描いたことがあります。これが面白かったので、今回もう一度描いてみようかとも思っています。さらに注目しているのは18世紀のイタリアで活躍した画家ピラネージの世界です。廃墟や牢獄を描いたピラネージは、RECORDで参考にしたい表象世界を持っています。洋の東西を問わず、今月は「築」を通して構築性の強いモノを学んでいこうと思っています。

背中の痛みに耐えかねて…

先月の雪が積もった朝、通勤途中の凍てついた路面で転倒して背中を打ちました。暫く湿布を貼っていましたが、痛みは既になくなっていて仕事にも創作活動にも影響はしていません。最近の木彫制作で腕や肩の筋肉を駆使しているため、そろそろ水泳をやって全身の調整をしようと思い立ち、今晩は近隣のスポーツ施設に出かけました。10分程度泳いでいたら忘れていた背中の痛みが次第に出てきて、しかも足が攣りそうになったので途中で止めて帰ってきました。大事をとってスポーツを止めましたが、事故から2週間以上も過ぎているのに、まだ身体にはダメージが残っているのが信じられませんでした。スポーツで体調を管理しながら創作活動を行うという従来のスタンスは、まだ時期的に早かったようです。気持ちはそうしたいのに身体が待てと言っているように思えました。

週末 迷い生じ陶彫追加

先日より懸念していたことですが、「発掘~地殻~」の全体構成を眺めていると、やはり陶彫部品が足りないと思いました。「発掘~地殻~」は陶彫と木彫を組み合わせたレリーフ状の作品です。まず陶彫部品を作ってから木彫に取り掛かっていますが、木彫でカバーできると思った箇所に、どうしても陶彫が必要と感じるようになり、それならば陶彫部品を急遽追加することにしました。今は木彫制作で精一杯ですが、新作には全体として最後まで拘りたいと思っているのです。実を言えば陶彫は土練りから始めなくてはなりません。陶土をすっかり使い果たしていて都合よく陶土が終わったなぁと思っていたのでしたが、結局は単身の陶土をそれぞれ倉庫から取り出し、多少多めに土錬機にかけて菊練りを繰りかえし、追加分の陶土を用意しました。木彫よりも陶彫は乾燥に使う時間や焼成時の失敗も考慮して早めに取り掛からねばならないのです。モデリング(陶彫)とカーヴィング(木彫)を行きつ戻りつする今回の制作は、今までになく苦しいものになってきました。陶彫の準備をしながら、焦る気持ちもあって木彫も併行してやっていました。前に師匠の池田宗弘先生から「相原はいつも全力投球だなぁ」と言われましたが、まったくその通りで、いつになったら余裕が出るのか皆目検討がつきません。今日も朝から夕方まで瞬く間に時間が過ぎてしまい、気がつけば身体はぐったりと疲れていました。ウィークディの夜に制作時間が取れるのかどうか、願わくば1時間でも制作が出来たらいいなぁと思っています。

週末 制作と高架下ライブ

午前中は工房に行って、木彫制作の続きをしていました。「発掘~地殻~」の6点から成る全体を眺めてみると、陶彫部品はこれで完了と判断していましたが、木彫との絡みからその判断が揺らいでいます。明日もう一度考え直してみようと思っています。ともかく今日も木彫に取り掛かり、全体にわたって木材を配置しました。仕事量の多さを考えると時間を無駄にしたくはないのですが、夕方に家内の従兄弟が横浜下町の高架下ライブハウスでライブを行うので聴きに行きました。こうした時間は決して無駄ではなく、自分の感覚を磨く濃密な時間なのです。横浜の黄金町にある「視聴室」に行ったのは今回で3回目。従兄弟の他に、自作のアニメーションと併せて自作自演の歌を披露した若者や、ギターやアコーディオンにのせて自作の詩を歌いこんだ人がいて、かなり楽しめる内容でした。自己表現の場を求めて、メッセージを発信する人たちに出会えて、今宵は良い時間を持ちました。

2月は木彫一辺倒

2月になりました。「発掘~地殻~」の制作が佳境を迎えています。今月は「発掘~地殻~」の木彫部分の制作に明け暮れる1ヶ月になりそうです。今まで作ってきた陶彫は可塑性のある陶土を使うモデリングで、成形するために土を加えていく足し算の造形です。逆に木彫は木材を削り取っていくカーヴィングで、引き算の造形です。ひとつの作品の中にモデリングとカーヴィングが混在するのが自作の特徴で、さらに言えば彫刻といえども平面性が強く絵画的な面もあると思っています。今月は出来上がった陶彫部品に組み合わされる木彫を作っていく予定です。週末は木彫一辺倒です。どこまで出来るのか遅々として進まない現状を考えると焦りますが、こればかりはひたすら作業をしていくしか方法がありません。ウィークディの夜も作業したいところですが、騒音の出る電動工具を使わない作業に切り替えてやっていくつもりです。木彫は今月の作業如何によって、その後の作業が大きく変わります。頑張っていこうと思っています。

ブールデルの構築性

東京上野の国立西洋美術館で開催中の「手の痕跡」展でロダンに並んで展示されている彫刻家ブールデルの塑造は、ロダンと比べると一層構築性に富み、堅牢な存在感を示しています。有名な「弓を引くヘラクレス」にしても極端なポーズの人体ですが、ロダンのような無理なポーズをしているようには見えません。粘土が流麗なリズムを刻むロダンは、ややもすると抒情に流れる嫌いがありますが、ブールデルは神話的なテーマを扱っていても記念碑的な象徴性を湛え、揺ぎ無い塊としての存在を感じます。自分の学生時代はまずロダンありきで、さらにロダンのもとで学んだ荻原守衛に憑かれていましたが、今となってはブールデルの構築性が好きなのです。ブールデルの方が現代性を持っているとも思えます。ブールデルの構築性を突き詰めていけば、やがて抽象化していくだろうと考えられるからです。現代彫刻の父と呼ばれるブランクーシは構築性が全てで、無駄を省いたカタチに重力を超えた軽やかさを感じます。逆にブールデルは重厚な雰囲気を湛えていますが、現代への道を切り開いた具象彫刻家だったと思っています。

グレコによる「無原罪のお宿り」

先日、東京都美術館で開催中の「エル・グレコ展」を見て、キリスト教の図像学も知らず根拠もないまま、その迸る表現に単純に圧倒されてしまう自分がいました。グレコはギリシャで生まれ、イタリアを遍歴し、スペインに至る道で次第に己の表現を極めていきました。今回来日した作品で最も巨大な作品は「無原罪のお宿り」です。縦3m以上、幅170cm以上の大画面に聖母マリアが曲がりくねって上昇するように描かれていました。複数の人体が縦に長く描かれているのは、天上へ視点を誘う意図であろうと思われます。この絵画は全体を同一視点で眺めるより、視点を変えて描かれた部分を見ていく方が相応しいように思えます。ドラマを紐解くように彫塑的な人体を下から上へと撫でるように見ていくと天上の光に到達するようになっています。人が罪を許されて神に導かれていくように思えてきます。今回の展覧会では最後の部屋に展示されていた「無原罪のお宿り」はグレコの集大成的な絵画であることに間違いはありません。

HPリニューアルのRECORDについて

自分のホームページがリニューアルし、作品や展覧会等のページが一新しました。RECORDのページにも新しい視点が加わりました。年月ごとに並んだ表紙のどこか1ヶ月を選んでクリックすると、1ヶ月分のRECORDが一つの画面になって登場します。今まで通り1点ずつの作品が右から左へ流れる仕組みになっていますが、とりわけ30日または31日分のRECORDを一挙に同一画面に羅列した最初の扉が今回リニューアルした目玉です。月によっては繰り返される織物の文様のようであったり、連続する作品が方向を持った流れを表していたり、1ヶ月全体を眺めてみると自分の感覚が浮き彫りになって、改めて自分を振り返る機会になります。自分は構図をまとめすぎる傾向があることもわかってきました。RECORDの制作中、時に緩慢になった作品は、小さくまとまってしまい自己破壊をしようとする意識が薄いことがあります。一旦作り上げた構図を壊すことはパワーが必要です。それは永年継続という中で、慣れによって齎されるものでもあり、表現したい意欲よりも先に手が動いてしまうことで、退屈な作品になってしまうのです。1ヶ月の作品全体を眺められるのは、そうした課題を見つけ出す契機にもなると思っています。

ホームページの全面リニューアル

このNOTE(ブログ)を含むホームページを全面リニューアルしました。作品を一層見やすくしたい要望があって、自分のホームページの管理や支援をしていただいているディレクターと何度も相談を持ちました。全面リニューアルなので扉にも内容にも変更があります。以前NOTE(ブログ)に書いた風景の中に陶彫を置いて撮影したLandscapeが新たにホームページに加わりました。これはカメラマンの意図によって詩情溢れる画像を作り出したもので、リニューアルの目玉とも言える仕上がりになっています。Galleryは全作品の一部を見せるモノクロの表紙に変わりました。作品をクリックしていただけると全貌がカラーで現れてきます。Recordは1ヶ月分の作品がまとまって見られるようになっています。これは自分にとって大きな意義を持っています。理由は機会を改めますが、大きく変貌したホームページを是非ご高覧ください。なお、ホームページにはNOTEの左上にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。よろしくお願いいたします。

週末 「発掘~地殻~」全体構成

昨日、「発掘~地殻~」の陶彫部品が全て完成し、今日はそれを6つのグループに振り分けました。「発掘~地殻~」は三双屏風として発表するので、それぞれ屏風となる畳大のパネルに陶彫部品をボルトナットで接合していくのです。畳大のパネルは、陶彫の他に木彫を配する計画です。6つに振り分けた陶彫部品全部を床において脚立の上から見渡してみると、全体構成はこれでいけそうな気がしました。ひょっとすると追加制作もあるかもしれないと昨日は思っていましたが、現在ある部品で何とかなりそうです。ひとまずホッとしました。今日の午前中は全体を見ながら、あれこれ思案していて作業は出来ませんでしたが、午後から木彫制作に取り組みました。木彫は鋸や鑿の他に電動工具も使用し、その発する音が尋常ではないため夕方までしか作業できません。工房のある場所は植木畑とはいえ、近隣には家が密集しているので、夜になって音を出すわけにはいかないのです。彫刻制作は近所迷惑な工程が多く騒音や悪臭に気を使います。まだ自分は金属や石材を使わないだけマシかもしれません。そういった理由で彫刻界の先輩達は地方の人里離れた工房で制作をやっている人が多いのです。自分の工房は横浜のど真ん中にあって便利とは思いますが、何かと近所付き合いをしておかないと駄目なのです。それは常日頃の家内の役目で、それによって自分は随分助けられています。木彫はまた来週末、日中のみの作業になります。

週末 「発掘~地殻~」陶彫部分の完成

「発掘~地殻~」陶彫部分の窯出しが全て終わりました。「発掘~地殻~」は今年の夏に東京銀座のギャラリーせいほうで発表予定の新作です。陶彫部品は昨年と同様に6点の屏風仕立てにして、その1点ずつに接合します。陶彫部品予定数が完成したと言っても、全体構成をしてみないと当初のイメージ通りになっているかどうかわかりません。今日は窯出しをして工房の床に並べただけで、全体構成は明日やってみるつもりです。場合によっては追加制作をしなければならなくなります。今日は陶彫ではなく制作工程に遅れが生じている木彫をやっていました。朝のうちに幅の広い丸鑿を研ぎ、荒彫りを進めました。木彫はなかなか思うように作業が捗ってくれません。時間がある時には、ひたすら彫り続けることに専念したいと思います。明日も彫ります。 

「マチスの肖像」を読み始める

「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)を読み始めました。画家アンリ・マチスはピカソとともに20世紀を代表する巨匠です。先日、鎌倉の美術館でマチス晩年の画集「ジャズ」を見てきたばかりで、光り輝く色彩による世界を堪能しました。マチスは自分の鑑賞遍歴とともに評価が変わっていった画家で、そういう意味では先日のNOTE(ブログ)に書いたエル・グレコと同じです。マチスはその強烈な色彩で野獣派と言われています。色彩が写実から離れ、物質的な色彩に移行していく過程で、カタチも象徴化・抽象化の一途を辿っていくようです。大作「ダンス」は大胆な構図と色彩で印象深く自分の脳裏に焼きついています。晩年の切り絵に至っては抽象そのものになり、単純にして豊かな表現を手に入れています。南仏ヴァンスの礼拝堂はマチス芸術の頂点をなすものと自分は思っているので、いずれ見に行きたいと願っています。マチスが線や面を単純化・本質化していく過程で、どのような思索をもち、深化発展していったのでしょうか。本書が楽しみになっています。

「一銭五厘の旗」読後感

暮しの手帖社から出版されている「一銭五厘の旗」は同誌編集長であり、表紙や挿絵も描いた故花森安治の、人柄を偲ばせる文章が満載された書籍でした。歯に衣着せぬとはこのことを言うのでしょう。滑舌のいい喋り口調で、当時の社会問題をバッサリやっていく独自のスタイルは、今読んでいても古さを感じさせないばかりか、現在でも通用する箇所がいたるところに見られます。身近な問題で言えば「8分間の空白」にあった消防車が到着するまでの時間が8分から10分、その間に発見者が初期消火をしなければならない、街が複雑さを呈している今は消防車の到着を待っていられない、という趣旨の文章でしたが、現在でもこれはそのまま通用する重大な危機管理だと思いました。その他にも数え上げればキリがないくらいの問題提起がされていました。大衆雑誌であるには違いない「暮しの手帖」ですが、人々に豊かな暮らしを提供するために商品テストや優れた論評を掲載した類稀なる雑誌であったことが窺える一面がありました。編集部の努力も垣間見える「一銭五厘の旗」でした。

ヨーロッパの記憶は遠くなり…

今年初めのNOTE(ブログ)に書いたことですが、ヨーロッパに昔住んだ記憶をもとに今日は書いてみます。1980年から85年までの5年間、自分はオーストリアの首都ウィーンにいました。1980年の夏、初めてヨーロッパに一人で降りたったのが旧西ドイツのミュンヘンでした。最初に訪れた美術館がアルテ・ピナコテーク。1週間後には南独の小さな町ムルナウで2ヶ月の語学研修を行い、オーストリアのウィーンに移りました。そこからの5年間はずっとウィーンにいました。一度フランスやスペイン、ポルトガル、イタリア等の南西欧に出かけ、ルーマニア、ハンガリー、旧チェコスロバキア、旧ユーゴスラビア等の東欧は幾度か足を運びました。引き上げる時に旅したギリシャとトルコ。ウィーンの旧市街とエーゲ海沿岸の遺跡が、自分の造形における発想の原点になりました。あれから30年が経とうとしています。ヨーロッパの記憶は次第に遠くなってきました。ただ、自分が5年間暮らしていたおかげで、その空気感だけはしっかり覚えているのです。観光した名所旧跡はあまり胸に刻まれていませんが、自分が仮住まいをしていた周辺の市場や銀行が時折夢に出てきます。もう一度ヨーロッパに行ける機会が訪れたなら、5年間とは言わないまでも暫らく彼の地に留まり、自分の原点とした風景を再度探りたいと思います。帰国前に見たウィーン美術史美術館。アルテ・ピナコテークのデューラーに始まり、ウィーン美術史美術館のブリューゲルで幕を閉じた5年間は不安と期待の入り混じった滞在期間だったと述懐しています。

「手の痕跡」が物語る塑造の数々

先日、東京上野にある国立西洋美術館で「手の痕跡」と題されたロダンやブールデルの彫刻展を見てきました。日本には松方コレクションを初めとするフランス美術の名作があり、とりわけロダン等の鋳造作品の数々は圧巻と言えます。自分は10代の終わりに工業デザインから彫刻へ志望を変えて大学受験に臨みました。最初の動機として建築的な立体造形に憧れていたのですが、大学に入ったら塑造の習得に明け暮れ、立体構造は塑造を通して学ぶことになりました。学生として最初に影響されたのがロダンで、次にブールデルやマイヨールでした。マンズーやファッツィーニ、ムアやジャコメッティ、抽象ではブランクーシやノグチ、カルダー等々がそれに続きます。もの派等の現代彫刻、インスタレーションへの道はさらにその先にありました。自分の学生時代はロダンのように流麗で逞しい塑造ができたらいいなぁという思いがありました。塑造の表面に残る手の痕跡を眺めながら、内部から外へ出てくる肉塊の表出、隆々とした筋肉に満ち溢れる緊張感、うねるように迸る抒情、そこに付随する文学性は好きにはなれませんが、それでも自分の原点を見るような思いで今回の展覧会を見て回りました。

エル・グレコに関する個人的遍歴

スペインを代表する画家であるエル・グレコ。この特異な画風を理解するのに自分はかなり時間を要しました。描かれた顔が小さく異様に伸びた背丈を見ると人体バランスがいかにも奇異で、しかもハイライトの強い独特な色彩を強烈な筆致で表す絵画は、具象であっても写実としては考えられない要素が多く、若い頃はその雰囲気に反発さえ覚えました。滞欧生活をしている頃、自分は一度スペインに行っていますが、ゴヤやベラスケスに比べるとどうしてグレコが巨匠として扱われているのか理解できませんでした。ところが突如グレコの絵画が理解でき、さらに表現の卓抜さに感銘さえ受けたのでした。何故なのか自分でも判りませんが、確かスペインのどこかの教会にグレコの絵画があって、その荘厳な輝きに圧倒されたのかもしれません。しかもそれは図版で見たのであって、実物ではありませんでした。人体バランスが奇異で強烈な筆致をもつグレコの世界が、マニエリスムではなく幻想絵画でもなく、その時は不思議なリアルさをもって迫ってきたのです。キリスト教世界を描いているにも関わらず、宗教の高尚さと人体の艶めかしさが融合し、感覚で描かれたように見えて、実は作者の綿密な計算があるとも自分には思えました。自分の芸術遍歴でグレコほど評価が変わった画家はいません。東京都美術館で開催されている「エル・グレコ展」を見て、その認識を新たにしました。晩年のめくるめく画面構成はグレコそのもので、追従を許さない特異な世界です。ある作品に関して、詳しい感想を書きたいと思いますが、これはまた機会を改めます。

週末 作業能率上がらぬ一日

今日は朝8時から夕方5時まで工房に篭って制作三昧でした。数日前に路上で転んで背中を打ったせいか、制作が今ひとつ乗りません。とりわけ木彫の効率が上がらず、四苦八苦しています。そこで、午後になって乾燥している陶彫部品の仕上げと化粧掛けを行い、窯入れの準備をしました。今週も2回の窯入れを考えています。まだ工房のある植木畑は残雪が多くあるため、ウィークディの夜の制作は無理と判断して、それならば水曜日に2回目の窯入れを行うことにして、今日は1回目の窯入れを行ってきました。作業能率が悪いのは困ったもので、木彫が進まないことには作品全体の構成が見えてきません。大まかな構成はイメージできているのですが、今回は細かい箇所に拘りたいので、何としても木彫を進めたいと願っています。とりあえず今日は3点目の木彫荒彫りに入りましたが、1点目や2点目もまだまだ中途半端です。やる気が空回りしているように思えて、もう一度頭を冷やそうと思いました。また次の週末に頑張りたいと思います。

週末 上野と青山の美術館巡り

今日は東京の美術館を巡って3つの展覧会を見ようと予定していました。工房はまだ窯入れしている陶彫部品があるため今日は使用できず、それならば美術館に行こうと決めたのです。まず、上野の東京都美術館で今日から開催されている「エル・グレコ展」。初日でしたが、朝から同展に出かけたので、混み具合は気になりませんでした。きっと徐々に混雑してくるだろうと予想できます。エル・グレコに関しては自分の鑑賞遍歴を振り返って感想を述べたいので機会を改めます。次に訪れたのは国立西洋美術館で開催中の「手の痕跡」展。ロダンとブールデルの彫刻をたっぷり鑑賞しました。自分にとっては大学時代に学んだ原点とも言うべき作品の数々。自分を振り返ることもあったので、これも別の機会に感想を述べます。午後になって向かったのは青山でした。伊藤忠商事が持つギャラリーで「五美大展」をやっていたので見てきました。相原工房に出入りしている若いスタッフが同展に参加しているのです。彼女はテキスタイル専攻の美大生で、黒の染料だけで色彩のバリエーションを生み出した作品と、墨や膠を使って溶解されたような世界を表出する作品を出していました。カオスの中で何かが蠢いていて、得体の知れない生命体の誕生を予期させるようなイメージを自分は持ちました。墨による幻視的な作品は、さらに展開し、拡大深化していけるように思えます。本人による思索も短文で述べられていましたが、まずは作品が雄弁に語ることを考えた方がいいでしょう。彼女の今後の活躍に期待したいと思います。

頻繁な窯入れと窯出し

例年なら夏に発表する新作陶彫の焼成は、既に終わっていて陶彫と組み合わせる木彫等の制作に入っているところです。今年も木彫が始まっているところは同じですが、陶彫部品の焼成がまだ終わっていない現状があります。これは陶彫部品のひとつひとつが大きいせいかもしれません。現在、週末が終わるごとに窯入れをしています。そのため週の前半3日間は許容電力の関係で工房が使えません。今週は雪のため工房のある植木畑に毎晩入っていけず、スタッフも来ないので、窯入れを2回やることにしました。頻繁に窯入れをしないと木彫にも影響が出るので、今後は窯をフル稼働させていくつもりです。1週間に2回の窯出し、窯入れは初めてです。

今年は健康を願う

NOTE(ブログ)のアーカイブを見ていると、昨年のこの時期に風邪をひいて喉に違和感があったようです。昨年の今頃は「発掘~混在~」の箱作りが始まっていて、週末は厚板に一所懸命彫り込みをしていました。喉の痛みを紛らわしながら制作をしていた記憶があります。今年は、まず健康でありたいと願っています。昨年の厚板に矩形を彫り込むのと、今年やっている無垢の木材の彫り込みでは、作業の進展具合が違います。今年の木彫は難易度がアップしていると思っています。そのためには体調を崩してはいられないのです。例年仕事の負担がこの時期になって身体に表れてしまうので、疲れを溜め込まないようにしたいと思います。でも、昨日のNOTE(ブログ)に書いたように、一昨日凍結した路面で転倒し、現在も背中に湿布を貼って過ごしている現状があります。動きにくいことが逆に身体を休めている結果になっていますが、病気も事故も含めて今年は健康に気遣いながら過ごしていきたいと思います。