モーセ出生の見解

現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)では、著者フロイトが起稿した動機が冒頭に語られています。「ある民族が同胞のうちでもっとも偉大な人物として誇っているような人間の存在を否定することは、やってみたくなることでもなければ、軽々とやれることでもあるまい。とくに自分自身がその民族の一員であるばあいはなおさらのことである。とはいうものの、いかに先例があっても、民族的利害と思われることのために、あえて真実を伏せておく気になるものではない。そのうえ、事態を解明しさえすれば、われわれの洞察にとってプラスを期待することもできるのである。」自民族の源泉を辿り、その真実を暴こうとする精神分析学者フロイトは、批判覚悟で自らの論理を展開しようとしたようです。「モーセという名をエジプト語だと認めた多くの学者のうちのだれかが、エジプト語の名前を帯びている人は、それ自身がエジプト人であったとする結論を出すか、ないしは、すくなくともそのような可能性を考えたかもしれないということは、当然期待してよいであろう。」モーセは実のところエジプト人だったのではないかとする出生の見解が名前から導き出されています。その根拠となる論考がさらに肉付けされていますが、そこは省略します。「モーセにまつわる棄児神話を解釈すると、モーセは本来エジプト人であったが、民族の要求によって故意にユダヤ人にされたという結論にならざるをえない、とつけ加えたのであった。また、その論文の末尾のところで、モーセがエジプト人であったという仮定からは、重大かつ広汎な推論がみちびきだされるが、私にはそれを公然と弁護する用意がない。というのは、その推論がただ心理学的確率にもとづいているだけで、客観的論拠を欠いているからだ、と述べておいた。」学者はまず個人的な推論を述べておいて、その後付けとして旧約聖書を初めとする他学者の参考文献を挙げて、推論の根拠を伝える方法を採りますが、あまりにも古い歴史のため調査が行き届かず、定説とされていたことが覆されることに社会的な反発があることは、当時でも現在でも当然と言えます。私も興味関心が湧いているにも関わらず、今ひとつしっくりきていません。モーセは何者だったのか、謎が謎を呼んでしまうことに胸躍る思いがしています。

信仰とは何かを考える②

前回のNOTE(ブログ)の続きです。自分は本当の意味で信仰をもっているのか、信仰がどういうものか理解しているのか、という素朴な疑問があります。神に対する従順と信頼は、自分には怪しいもので、そこを問われると答えに窮します。信仰は自分で意図的に身につけるものなのか、意図せずに生まれてくるものなのか、自分にはわかりません。キリスト教は、とりわけカトリックは、荘厳にして華麗な教会装飾により、自分の感覚とは異なる文化に溢れていて、そうした意味で芸術や学問としてこれを学ぶとしたら、大いに興味関心の尽きぬ世界です。でも、これは信仰とは違います。聖書の中にある諭しにも一定の理解と納得はしていますが、これも信仰とは違うと思っています。極論すれば、日本のような秩序が保たれた先進的な社会にあって、宗教の必要性を問いたくなるのは無理のないことかもしれません。社会全般が不安定で生死の境を彷徨っていれば、何かに縋りたくもなるし、超絶的存在に依存したくもなると思います。ただし、この問題は社会全般として片付けられるものではなく、個人の内面に拠があるので、信仰の自由はあって当然です。自分にも何かしら信仰が宿っていると感じることがあるのです。験を担いでみたり、縁起の良いことをしてみるのも信仰の現れと言えます。人間はどこか脆弱なところがあり、社会を形成するために何かしらストレスを抱えています。フロイトの言う超自我は、外に向けて自分を保ち、内向きで弱い自分を見せないような要求をしてきます。信仰とはそんな自分の中でバランスをとるための欲求かもしれません。前述の導入文の答として、人間を超えた存在が希望を叶えてくれるかもしれないという他者依存の現われが信仰だと私は思っています。それがたとえ宗教でなくても、信仰は思考したり感受したりできる人間に本来備わっているものではないかという解釈をしているのです。

信仰とは何かを考える①

民族と宗教との関わりを考えはじめた動機は、現在読んでいる「人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)によるものです。自分にとって宗教は生活全般の中でも大した影響はなく、冠婚葬祭の時に触れる程度のものなのです。祖父母、両親から受け継いだ寺社に対する感覚は、精神性を伴わず、至って形骸化した儀式であると思っています。生きるための心の支柱としては、宗教ではなく家庭教育や学校教育による道徳観や倫理観にあると言っても差し支えありません。日本の一般家庭に生まれて育ったほとんどの人の場合、親が余程宗教に入れ込んでいなければ、自分と変わらない前述の薄っぺらな宗教観をもつ人が多いのではないかと思っているところです。自分にとって宗教は哲学と同じように学ぶもので、与えられるものではありません。まだ宗教学に一歩踏み込んでいませんが、20代の頃に滞欧生活で経験した西欧の街に点在するカトリック教会の果たす役割や、東欧の木造教会で祈りを捧げる村人たちの真摯な姿勢に胸が打たれ、民族と宗教との関わりが頭を過ぎったことがありました。宗教は彼らの生活と密接で、与えられるものという概念がありました。その時は宗教と言うより人間が心の拠としている信仰について考えていました。キリスト教では神に対する従順と信頼があります。神は絶対的で超絶的な存在で全知全能の創造者とされています。神に従う代わりに救済を求めて、善い行為が死後に報われるという図式があります。契約社会が生んだ信仰の在り方で、西洋的とも言うべき弁証法が感じられて、自分が今ひとつそこに踏み出せない要因がこれではないかと思っています。信仰は特定宗教に入れ込んでいない自分にもあります。何をもって信仰しているのかわからないのですが、人間本来の脆弱さを補う何かかなぁと思っている次第です。曖昧模糊とした自分には西洋的な明晰な宗教観と相容れないものがあると感じます。

芸術と社会との関わり

国際規模のトリエンナーレ等を見ていると、人間社会がもつさまざまな課題に向き合っている作品が目立ちます。それは一昔前からあって、街路に出て行ってパフォーマンスをしたグループに、芸術至上主義を否定した脱芸術としての行動があり、当時は社会問題化もしていました。美意識が広がり、芸術は絵画や彫刻、工芸という括りの中では語れないものになっています。芸術行為は価値転換を図る思索の産物であり、それを鑑賞者に提示してみせることが現在も続いています。現代アートは新しいものを創りだすことではなく、新しい価値観を見いだすことなのかもしれません。社会と自分の表現をどう関わらせるか、その視点を持つことが現代アートとして認められるかどうかを判断できるのではないかと考えます。現代作られているものは全て現代アートといった開き直った意見もありますが、自己完結をしてしまう旧態依然とした表現と、社会に対して明確な主張をする表現とは、かなり隔たりがあると思います。翻って自分の表現はどうなのか、自問自答するところですが、陶彫を媒体にしていることで自然環境の中に出ていって、他者との関わりを演出できる契機を内蔵していると自負しています。今はギャラリー空間の中で、自己完結しているように見えますが、さまざまな展開は充分に可能です。今後も社会との関わりを考えた作品を作っていきたいと思っています。

週末 撮影前の日曜日

来週の土曜日が図録用の撮影日になっている関係で、今日は朝から工房に行って、その準備に追われました。台座20点は完成し、陶彫部品の窯出しもしました。まだ万全という訳ではなく、細かな仕事が残ってしまいました。ウィークディの夜に工房に通って、印貼り等の準備を進めたいと思います。「発掘~環景~」は、まだ全体を並べたことがなく、イメージとしてはこんなカタチになるだろうという見通ししかありません。今日から梅雨入りで雨が降っていたため、野外工房に台座と陶彫部品を持ち出すことが出来ず、予定変更を余儀なくされました。今までも撮影日に漸く全体を設置出来ることがあって、その時初めて全体像を把握していました。今回も珍しいことではありませんが、イメージ通りかどうか心配なところもあります。現在進行形の作品は、常にハラハラドキドキしていて、それが精神的な緊張を孕み、ゴール前のパワーに繋がっていると思っています。やりがいのある仕事だと思っていますが、撮影が終わったら、多少休憩を入れないと倒れてしまうかもしれません。今日は久しぶりに中国籍の若いスタッフが来ていました。彼女は大作に挑むらしく大きなパネルを作っていました。週末の工房には誰かしら制作をやりに来ています。環境的には複数のアーティストが工房を利用していて活気があると思っています。

週末 現在進行形の楽しみ

週末になって朝から制作三昧です。来週末は図録用の写真撮影があるので、制作に拍車がかかっています。今日は朝8時半から夜の8時半まで12時間の制作時間となりましたが、精神が覚醒しているため疲れを感じないのが不思議です。陶彫の他に折り畳み式の台座20点を作っていて、これも作品の重要なパーツなのです。気分が高揚しているためか、時間が過ぎるのが早く感じられます。大学院生の若いスタッフが今日も来ていて、野外工房で木彫の表面を滑らかにするため電動工具を使っていました。自分は彼女に背中を押されている感覚があって、お互い良い刺激になっているように感じます。作品は制作途中の現在進行形がいいんだよねと話し合いながら制作を進めていました。確かに作品が仕上がり、個展会場に持っていくと、もはや作品は自分の手を離れてどこかへ歩き出していってしまいます。作品は自分の手許から、まさに生まれでようとする瞬間がいいと思っていて、現在進行形の楽しみは作家でないと味わえないものです。自分の次なる新作のイメージは、現行作品を作っている最中に出てきていて、常に作り続けていくことが可能です。ずっと現在進行形のまま制作時間が過ぎていくことが、自分の満足を充たすものではないかと思うのです。作品完成と同時に、あるいは完成前に次の作品制作がスタートしているのが自分の制作方法です。休憩は完成して取るものではなく、制作途中に取っています。現在進行形の楽しみを生きている限り味わっていきたいと思うこの頃です。

6月RECORDは「ながれる」

今月のRECORDのテーマを「ながれる」にしました。RECORDとは、一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っていく総称で、ホームページにもアップしています。今年のテーマはひらがな4文字によるもので、毎月ごとにその時々の気持ちを表すコトバをテーマに据えています。「ながれる」は具象としては水に関するイメージが思い浮かびますが、広義に捉えればさまざまな事象が考えられます。そろそろ梅雨の時季を迎えるにあたり、潤う自然やその反対に増水する河川もあって、私たち日本人の生活と水は切り離せない関係にあります。滔々と流れる大河を眺めていると心が解放される一方で、氾濫すると甚大な被害を及ぼすこともあります。田畑を潤し、農耕の実りをもたらす水が、時として牙をむく時があって、自然のコントロールに人は無力を感じることも暫しあるのです。「ながれる」は懸案だった課題を水に流すという解決手段にも用います。言わばリセットです。そんな意味を含めて、今月のテーマに取り組んでいきたいと思っています。制作中のRECORDを飼い猫トラ吉に台無しにされると、それを水に流すのが苦しいので、そこは予防策を講じて頑張りたいと思います。

開港記念日 台座制作

今日、横浜は開港記念日で、職場関係の仕事が縮小されたため、私は年休を取りました。朝から工房にいて、「発掘~環景~」の台座を制作していました。この作品は20体の陶彫をリング状に配置するものです。そのひとつひとつに台座が必要で、椅子のような台座に背面と上部と前面にそれぞれ陶彫部品を接合するのです。ひとつの台座に3個の陶彫部品がついて1体になります。台座は折り畳めるように作っています。個展の後、工房のロフトで保管する際に折り畳んでコンパクトになると場所をとらないからです。陶彫の色合いに馴染ませるために台座にも彩色しました。今日は台座の部品を塗装して、工房の床に所狭しと置きました。次の週末に組み立てていこうと思っています。台座制作と同時に陶彫部品の仕上げや化粧掛けを行い、夕方になって窯入れをしました。明日の夜の工房は電気の関係で使えません。今日は大学院生のスタッフが工房に来ていました。彼女も自らの修了制作に必死に取り組んでいて、野外工房で木材を削っていました。勇ましい姿勢になってグラインダーの音を響かせていました。横浜は好天気に恵まれ、野外制作を進めるには絶好の機会でした。工房内では陶彫、工房外では木彫をやっていて、今日の工房はフル稼働している状況でした。次の週末も継続です。

6月は完成・梱包を目指す

6月になりました。今月11日(土)が2回目の図録用撮影日、7月17日(日)が個展搬入日、翌日18日の海の日から個展オープニングという先々の予定を考えると、いよいよ制作が切羽詰まってきたなぁという感じです。今月は何が何でも「発掘~環景~」の完成を目指します。撮影が終わったら、個展搬入のため陶彫部品をそれぞれ梱包しなければなりません。今月は新作の完成と梱包が大きな仕事です。ウィークディの公務員としての仕事では関西方面への出張が控えていたり、絵画コンクールの審査員にも抜擢されていて、先月に続いて今月も多忙感がありますが、何とか乗り切っていこうと思っています。RECORDも継続します。RECORDは先月調子が良かったのですが、今月はどうなるのかわかりません。調子がどうあれ一所懸命やっていきます。鑑賞の面でも、美術展や映画等の情報を得て、可能な限り足を運びたいと思います。読書は引き続きフロイトの著作を読んでいきます。そろそろ梅雨に入り、湿っぽい季節になりますが、体調に気遣いながら、今月も頑張っていきたいと思います。

5月を振り返って…

新作「発掘~環景~」が、6月11日の撮影までに間に合うかどうかという綱渡り状態が続いていますが、今月を振り返ってみると、そんな精神状態が緊張を孕み、制作一辺倒の1ヶ月だったように思えます。連休を含む週末は、時間が許す限り工房に籠もって制作をしていました。橫浜市公務員と彫刻家という二足の草鞋生活で、双方とも一日も休んでいない現状があって、倒れそうになる時もありました。頑張った自分を評価したいと自負していますが、今もって余裕のない制作工程であることに変わりはなく、来月も厳しい状況が続きます。凌ぎやすい気候になったおかげで、ウィークディの夜の工房通いも定着しました。焼成中で電気が使えない日以外は、よくぞ工房に通ったなぁと思っています。今月は管理職としての各種総会出席とそれに続く夜の懇親会も数多くありました。歯の夜間診療にも通っていて、昨日治療がやっと終了しました。自家用車の車検もあって、勤務時間終了の夕方になってディーラーに車を持って行ったこともありました。その夜も工房に行っています。鑑賞では横浜美術館の「複製技術と美術家たち」展と国立西洋美術館の「カラヴァッジョ展」に出かけました。映画は「Spotlight 世紀のスクープ」を観ました。RECORDはこの多忙な中で唯一順調にやれていたのが不思議に思いますが、勢いがついて何がなんだかわからなくなっていたのかもしれません。読書ではフロイトの「夢解釈」と「幻想の未来」の読破、それに続く「人間モーセと一神教」を読んでいます。フロイトは面白いとつくづく思います。フロイトは来月も関わっていきます。こうして今月の行動を羅列して書いてきましたが、あれこれやっていたにも関わらず、あっという間に過ぎた感覚が残ります。5月は短かったなぁと思っています。

「人間モーセと一神教」読み始める

「宗教論ー人間モーセと一神教」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)を読み始めました。これはフロイトの生涯最期の論文のため、偉大な精神分析学者の遺書とも言えます。それにしてもフロイトは何という論文を書いたものでしょうか。フロイトはユダヤ人です。自ら出生の源泉を辿り、その宗教を問いただすとは自分には考えられない発想です。多神教の日本に育った自分には、日本でも影響を持つキリスト教にさえ馴染めず、20代の頃の滞欧時代は、西欧人の精神的風土についていけないと感じていました。当時、自分の周囲にいた美大生には敬虔な信者が少なかったので、気楽な付き合いが出来ましたが、下宿先の老夫婦の宗教感には辟易していました。西欧人にとって、神は理路整然とした哲学をもっていて、人間本能と対峙するような構図が見られます。しかも自己存在や心の情緒に至るまで神のコトバが浸透している社会において、自分は西欧全体は疎かユダヤ民族に関する知識さえ足りないと感じつつ、本書を読み始めています。これを契機にしてユダヤ民族を筆頭にした異文化理解を深めたいと考えています。かつて読破したシュペングラーの「西欧の没落」やショーペンハウワーの「意思と表象としての世界」、ニーチェの「ツァラトストラかく語りき」、ハイデガーの「存在と時間」等々、西欧文明や文化に関する書籍を思い出すと、自分のイメージとして西欧の精神世界を捉えることが可能です。20代の頃の5年間の滞欧生活も経験値としても何らか役に立ちそうですが、やはりこれは日本人の私にとって難しい問題であることに変わりはありません。今回の通勤の友は、自らの由来を求める旅に出た科学者の、魂の在り処を掘り下げる衝撃を含んだ外来の友と言えそうです。

週末 制作への姿勢と焦り

陶彫部品を組み合わせて作る集合彫刻が、私の長年関わっている表現方法です。一気呵成に作ることができないのがこの表現方法の特徴で、坦々とした労働の蓄積が素晴らしい成果を生むと、私は信じて疑わないのです。一気呵成に作ることが出来ない表現方法を選んだのは、橫浜市公務員との二足の草鞋生活をしている私の制作に対する姿勢によるもので、この計画的に進めていかなければならない制作方法が、ウィークディの仕事と創作活動を両輪で回す私にとって都合が良いのです。ところが、今の気持は複雑です。一気呵成に出来るものであれば6月11日の撮影に間に合わないことはないでしょう。昼夜を問わず制作すれば必ず完成するからです。陶彫には乾燥と焼成という待ち時間があります。制作だけ進めてみたところで自然乾燥と窯変する時間は短縮できるものではありません。そこが歯痒く感じるのです。焦りは常にありますが、今回ばかりは厳しいものがあります。現行の新作を作り始めた昨年の夏頃、自分は定年退職をするはずでした。4月からフリーになって時間が確保できると予想していましたが、まさかの再任用で予定が狂いました。いい訳を言っても始まらないので、完成を目指して制作していくしかありません。今日は2人のスタッフが来ていました。お互い社会的促進を図って頑張りました。ウィークディの夜も工房に通います。

週末 「環」に関する考察

今日の午前中は休日出勤になりました。職場の地域行事に私は関わっているため、数時間制作を休みました。その間、工房には朝早くから大学院生がいて、自らの修了制作に励んでいました。私も午後は制作三昧になりました。「発掘~環景~」の撮影日時が迫る中、焦りがあって胸中穏やかではないのです。そんな中で若いスタッフと昼食をとっていた折、輪状の形態に関する話になりました。彼女の漠然としたイメージに私が思索を加えるカタチになりましたが、偶然にも興味深い話題になったのでした。輪状の形態、つまり「環」はまさに私が今制作中の新作に関係するもので、自分にも関心のあるテーマです。「環」が円と異なるところは中心が見えないところで、外側の輪郭だけが存在する世界と言えます。中心点のある円は収まりのいい落ち着いた形態です。まとまり過ぎて退屈さえ感じられる形態ですが、中心点をなくし、そこにぽっかり穴を空けると、形態は忽ち空虚になります。空虚は見ている者の不安を煽ります。帰結する点がないので、視点が定まらず、「環」をぐるぐる回るように視界が誘導されてしまいます。「環」は出発もなければ終結もない状態です。まとまることのない永遠回帰はニーチェが提唱した哲学にありますが、人間の内面に潜む広漠とした不安に通じます。私たちは終わりのない旅をしていると言えるでしょう。死は肉体的な滅亡であって、終わりを意味するものではないと、誰かが言っていたように記憶しています。「発掘~環景~」にはそんな意味も含まれているのです。制作の合間のちょっとした話題でしたが、単なる作業だけではなく、こんなことを話し合えるのも創作活動の成せる業かもしれません。

「法悦のマグダラのマリア」雑感

東京上野の国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」で初公開された「法悦のマグダラのマリア」には大勢の鑑賞者が集まっていました。展覧会の目玉になる注目作には後光が差すような特別な雰囲気が漂っているのを感じるのは私だけでしょうか。「法悦のマグダラのマリア」はローマの個人蔵で、カラヴァッジョの真筆と認められた作品です。陰影のバリエーションはまさにカラヴァッジョの世界そのもので、その淫らとも感じられる姿態さえ、陰影に沈んだ頭部や手の表現によって、崇高な女性であるのを印象づけます。別の画家が同じポーズで描いたなら、きっと艶めかしくなってしまうところを、カラヴァッジョ流の深遠な闇が覆い、上向いた女性の風貌に光が灯ったように、私には感じられるのが何とも不思議です。「法悦のマグダラのマリア」は1606年の作とされています。これはカラヴァッジョが殺傷事件を起こした年と合致します。図録によると殺傷事件の後、逃亡先で本作を描いたものであろうと記されています。であるならば、本作を描いている時のカラヴァッジョはどんな心境だったのでしょうか。さまざまな宗教画を枢機卿に贈り、絶望の中で恩赦を求めていた画家の悲痛な叫びがあったとする一文が図録にあります。喧嘩が絶えなかった特異な画家ではあったけれども、カラヴァッジョは天から希有な才能を授かった画家でもありました。今日私たちが鑑賞することができる溜息が出るほど素晴らしい珠玉の絵画の数々は、決して長くはなかった画家人生の中で、不安と懺悔に駆られながら才能を開花させた命の燦めきなのかもしれません。

上野の「カラヴァッジョ展」

カラヴァッジョの肖像を描いた1枚の絵があります。見るからにアクの強そうな風貌ですが、没後に描かれたものらしいので、真実を伝えているものかどうか定かではありません。画家カラヴァッジョは、殺人の罪を犯したエピソードがあり、波乱の生涯を送った希有な画家と言えるかもしれません。東京上野の国立西洋美術館で開催されている「カラヴァッジョ展」には、教会に収まっていて移動不可能な絵画以外の、多くのカラヴァッジョの作品が集められていて、見応えとしては素晴らしいものがありました。カラヴァッジョには素晴らしい芸術活動の他にどうしても暴力沙汰に関するエピソードが付き纏います。「その画家は図体の大きな20歳か25歳くらいの不良青年で、黒いあごひげをほんの少しはやし、小太りで、まゆ毛は濃く目は黒かったです。黒い服を着ていて身だしなみはあまりきちんとしておらず、黒い靴下は少し擦り切れていました。前髪はとても伸びていました。」これは1597年の床屋の供述です。図録には「2週間ほど仕事をしたと思えば、剣を携え、従者を伴って、勇んで1、2ヶ月気晴らしに出掛けるのである。そして、球戯場を渡り歩き、議論をふっかけては、大喧嘩を引き起こすのを常とした。だから、彼と付き合うことのできる者は極めて稀だった。」とあります。また「1606年5月28日日曜日のこと、~略~数日前、トマッソ-ニ家がこの地区の顔役として大手を振っていることが原因で喧嘩をしたカラヴァッジョとラヌッチョは、この日の晩、決闘に及んだのである。ラヌッチョが倒れ込むと、カラヴァッジョは足(太腿)に致命傷を与えた。自身も傷を負った画家は逃亡し、ローマから消えた。~略~その後彼は逃亡と待ち伏せ、大胆な脱出に彩られた4年の亡命生活を送り、1610年7月18日にポルト・エルコレの病院で最期の時を迎えるのである。」という記述がある通り、カラヴァッジョの生涯は殺傷事件にまみれた波乱に満ちたものだったようです。しかし、芸術作品になると、逃亡生活をしていたと思えない静謐で荘厳な雰囲気が漂い、深い闇の中から立ち現れてくる物語に、暫し足を止めて見入ってしまうような表現力があります。絵画についてはまた別の機会に感想を述べたいと思いますが、たかだか画家として活躍した10年間に残した数々の作品は、今も鑑賞者の心を捉えて離さない圧倒的な魅力に溢れているのです。

「幻想の未来」まとめ②

「宗教論ー幻想の未来」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)を読み終え、昨日のNOTE(ブログ)で前編のまとめをしました。今日は後編のまとめをします。フロイトの科学者として視点からすれば、宗教は幻想に過ぎないという理論が導き出されたとしても不思議ではなく、次の引用はその論理を如実に物語っています。「宗教の教理は幻想であると知ったあと、ただちに生じるつぎの疑問は、われわれが尊重し、それにわれわれの生活を支配させているほかの文化財もまた、似たような性質をもっているのではないか、ということである。われわれの国家機構を規制している諸前提もまたおなじように幻想と名づけるべきではないだろうか。」文化そのものも宗教と同じく幻想ではないかという疑いの目を向けるフロイトの思索はどこへ向かうのか、ここで敢えて反対論者を登場させて、フロイトはその回答を先鋭化していく手法をとっています。反対論者は、文中ではですます調で語られています。「われわれの文化は、宗教の教理の上に築かれており、人間社会を維持するためには、人間の大多数がそれを真理だと信じることが前提になっています。全能で公正な神、神による世界秩序、あの世での生活などは存在しないと教えられると、人間たちは、文化の規制に服従する義務が一切なくなったと感じるでしょう。どの人も、だれはばかれず、心配なしに反社会的で利己的な衝動のままに動き、自分の力をふりまわしてみようとするでしょうから、われわれが数千年もの文化活動によって追放した混沌がまた始まるでありましょう。」このもっともな意見に対し、フロイトは信仰の自由を認めながらも、宗教とは何かを探っています。「宗教は、人類一般の強迫神経症であって、幼児の強迫神経症と同じように、エーディプス・コンプレックス、つまり、父との関係から生じたといってよい。この考え方から予測できるのは、宗教からの離反は、成長過程のもつ運命的な過酷さによって行わざるをえないし、われわれはいままさにその発達段階のまっただなかにあるということである。~略~何ものも長きにわたって、理性と経験に抵抗できないし、宗教がこの両者に矛盾していることはあまりにも明白なのだ。あの洗練された宗教的理念でさえも、人類の慰めとしての宗教内容をすこしでも残しておこうとするかぎり、この運命をまぬがれることはできない。」敬虔な信者からすれば、身も蓋もないことを言っていますが、これは宗教の何たるかを究明しようとする科学者の論理だろうと察します。これをもって「幻想の未来」のまとめにしたいと思います。

「幻想の未来」まとめ①

「宗教論ー幻想の未来」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)を読み終えました。中編くらいの論文なので、まとめを2回に分けたいと思います。フロイトが「幻想の未来」を書き始めようした動機が、最初の文章に綴られていました。「特定の文化のなかに相当の期間にわたって生活してきて、その文化の起源をさぐり、過去における発展の経路を跡づけようとつとめたことのある者なら、だれしも一度は、別の方向に目を転じて、この文化の未来に待ちうけている運命や、それがこうむらざるをえない変化を問題としてみたくなるものである。」これは精神分析学者フロイトによる総括的文化論です。ここでいう文化とは何か、その定義を捉えてみる必要があります。文化の側面をフロイトは次のように語っています。「文化は一方で、人間が自然の諸力を支配して、その財物を自分の欲求の充足に供するために獲得したあらゆる知識と能力を包括しており、他方では、人間相互の関係、とくに入手可能な財物の分配を調整するために不可欠な制度すべてを含んでいる。」人間は共同生活を可能にするために、文化によって要求される犠牲を、重圧のように感じるものだともフロイトは述べています。次に文化は社会的な機構や制度であって、この諸形式は不完全なもので、それを補う何かが必要になってくるという導入論理が登場してきます。それが宗教というわけです。ここから総括的文化論のなかで宗教に特化した理論が展開していきます。「道徳的なものが、ますます神々の本来の領域になるのである。いまや神々の任務は、文化の欠陥や損害をとりのぞくことであり、共同生活において人間が相互に加えあっている苦痛に気をつけることであり、また、人間があまりよく守らぬ文化の制約の実践を監視することである。文化の制約そのものは、神々に由来されるものとされ、人間社会をこえて適用されて、自然および宇宙現象にまで範囲をひろげるのである。」まとめ①は、ここまでにします。宗教と人間との関わりがまとめ②では刺激的な展開を見せますが、後日に回したいと思います。

建築家ル・コルビュジエについて

私は高校生の頃に、建築家になりたいと思っていました。当時は一握りのスター建築家を夢見ていましたが、理系が得意ではなかったせいか、それを即座に更新し、工業デザイナーを目指すようになりました。美術系の大学に入るため受験用デッサンを始めた折に再度方向転換し、結局入学したのは彫刻学科でした。大学を出て、ヨーロッパに渡り、ウィーン国立美術アカデミーに籍を置きました。ヨーロッパで自分を虜にしたのは街の景観で、最初は石を積み上げた構築性に憧れ、次に近代のシンプルな構造に美意識が移りました。ヨーロッパでは学校にいるよりも街の中を散策している方が楽しく感じられ、毎日旧市街を歩いていました。街の中のオットー・ワーグナーやアドルフ・ロースの建築に注目しました。そんな折にル・コルビュジエの機能的な建築のことを知りました。ル・コルビュジエがどんな功績を残した建築家だったのかは帰国してから知った次第です。滞欧中に理解があれば、ル・コルビュジエの建造物を訪ね歩いたはずでした。ル・コルビュジエ設計による東京国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されたのを契機に、ル・コルビュジエの業績を確認したいと思っています。ル・コルビュジエはペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジェンヌレ=グリと言います。日本で有名なフランク・ロイド・ライトとともに近代建築の巨匠の一人です。写真で見たことのあるサヴォア邸やロンシャン礼拝堂がありますが、ロンシャン礼拝堂は貝殻構造によるうねった屋根や厚い壁に穿った小さな窓が特徴で、重厚に見える屋根は軽く、重い壁を軽く見せる技法で知られていて、私も一度見に行きたい衝動に駆られます。ル・コルビュジエが言う新しい建築の5つの要点、それはピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面ですが、まさに近代以降の建築はここから出発したと言っても過言ではありません。画家として出発し、やがて建築家として成功したル・コルビュジエはずっと絵を描いていたようです。機能的であり、豊かな空間を獲得した建築は、画家の発想があってこそなのかもしれません。

週末 個展案内状の決定

今日は懇意にしているカメラマン2人が工房にきました。先日撮影した個展案内状用の画像が出来上がっているので、確認に来たのでした。数点の画像のうち1点を選びました。「発掘~表層~」を野外工房で撮影した写真のうち、樹木の影が落ちている画像にしました。個展案内状は大切な広報のひとつで、この画像を見て個展に足を運んでいただいている方も多いのです。新作を見せるファーストコンタクトなので、インパクトの強い作品を持ってこなくてはならないと思っています。このところずっと野外で撮影した画像ばかりを案内状に使っていますが、風や光を感じる野外は爽やかな雰囲気が漂い、案内状には格好のモティーフなのです。多くの写真を選ぶ中で、自分は決定が早いほうではないかと思います。予めイメージが出来上がっているのがその要因です。次は6月11日の撮影を終えて、全体の図録が出来上がってくる予定です。そのためには現在進行形の「発掘~環景~」を完成させなければなりません。今日もカメラマンが帰った後も制作に追われました。ここ数週間は心が休まる時がありません。身体も気を抜けば疲労が襲いますが、制作をしている最中は至って元気です。今日は若いスタッフが2人工房に来ていました。一人は昨日から油絵を描いていて、チェコの画家ミュシャのような繊細で装飾に充ちた画面ですが、テーマは初々しい少年です。退廃芸術を髣髴とさせるような空気感が漂います。もう一人は大学院の修了制作に着手していて、厚板を重ねて大きな凸状の円形画面を作っています。野外工房で鑿を振るっていますが、完全なる彫刻的仕事ではなく、先端芸術専攻なので単純なオブジェではないようです。パワフルな2人の女子に背中を押されて、私も陶彫成形や加飾、木製台座の制作等に精一杯取り組みました。今週もウィークディの夜に工房に通います。

週末 益子より陶土が届く

陶彫を始めてから栃木県益子町にある明智鉱業に陶土を注文しています。かつて陶芸家の友人から明智鉱業を教わり、益子を訪ねた時は必ず店に顔を出しました。さまざまな陶土を使って混合実験をやっている時も、少量ずつ陶土を買って帰りました。道具もここで調達しています。複数の陶土の配合が決まってからは、それら陶土を大量に購入していますが、最近は横浜に郵送してもらっています。今回は400キロの陶土を相原工房に届けてもらいました。運搬業者から電話があったのに気づかず制作をしていたら、工房の扉をノックして運搬業者がやってきました。見覚えのある業者さんだったので、トラックをガレージ側に回して待機していました。陶土が残り少なくなっていて心もとない気分でいたところ、早めに届けてくれて助かりました。材料あっての創作活動です。今日は朝から工房に篭って、土錬機を回したり、タタラを作ったりしていて忙しく過ごしていました。「発掘~環景~」の台座も作り始めました。これは木製です。最終的には夜9時まで頑張り続けましたが、さすがに腰が痛くなり、作業を切り上げました。今日はイラストレーターをやっている若いスタッフが工房に来て油絵を描いていました。社会人になると生活のための仕事が大変になり、創作活動が疎かになりがちです。自分もその気分はよくわかります。好きなことだけやって食べていければ、それに越したことはありませんが、なかなかそうもいかず、時間のやり繰りに苦しむことになります。余程運がいい人以外は、誰でも通る試練の道で、その途上で創作活動を諦める人も少なくありません。工房に関わりのあるスタッフたちは、ぜひ継続して欲しいと願っています。

金曜日の夜は美術館へ

国公立美術館の金曜日は20時まで開館していて、仕事をしている者にとってこれは有り難い延長時間になります。週末を目の前にして、ぐったり疲れた身体を引きずって東京の美術館へ行くのは厳しいと思う面もありますが、少しでも非日常空間に浸ると、鋭気が甦ってくるのが不思議です。ただ、疲労に拮抗して、何となく立ち寄るという発想ではなく、展覧会を観たいという意思があって、東京まで足を運ぶことが多いと思っています。今日は出張の後に、最寄りの駅で家内と待ち合わせ、東京上野に向かいました。世界文化遺産に登録されたル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」に行ってきました。夜になっても鑑賞者は多く、犯罪者の烙印を押された特異な画家の、日本での人気が窺い知れました。「カラヴァッジョ展」についての感想は後日詳しく述べたいと思いますが、光陰の捉えの素晴らしさに以前から注目していた画家なので、今回まとまった作品が来日していたことに感動を覚えました。もうひとつ、国立西洋美術館を建築したスイス人建築家ル・コルビュジエにも私は注目していて、改めて美術館全体のデザインを見直す契機になりました。世界文化遺産に登録されるのは喜ばしいことで、これも別の機会に稿を起こしたいと思います。私は世界的な巨匠ル・コルビュジエを知ったのは、そんなに昔のことではありません。滞欧中に知識としてル・コルビュジエという名前を覚えただけでしたが、国立西洋美術館は学生時代からよく出入りしていた美術館でした。前庭にロダンの作品が野外展示されているので、前庭だけなら無料なので利用価値は高かったのです。学生時代に具象彫刻をやっていた私は、ロダンやブールデルは格好な塑造研究の対象でした。当時は同美術館がル・コルビュジエの設計によるものとは知らず、簡素な構造の美術館くらいにしか思っていませんでした。今になって漸くル・コルビュジエの足跡に気づき、機能的な美を再確認した次第です。今晩はカラヴァッジョとル・コルビュジエに酔いしれた特別な夜になりました。

「幻想の未来」を読み始める

「幻想の未来」は日本教文社が出しているフロイト選集8「宗教論」に含まれている論文です。「幻想の未来」という論文を読みたくなったのは、以前読んだ「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)によるもので、その時のNOTE(ブログ)に私自身が、「晩年のフロイトは宗教批判も厭わない論文を発表して、世間の酷評に晒されました。フロイトが精神分析の立場から人類史を総括したことに、私は興味が尽きません。『幻想の未来』、それに続く『人間モーゼと一神教』という論文が読みたくなりました。近いうちに書店で探してみようと思います。」と書いています。東京で本書を探し当てて、まず「幻想の未来」を読むことにしました。正確な書籍名は「宗教論ー幻想の未来」(フロイト著 吉田正己訳 日本教文社)です。日本での翻訳初版は昭和45年1月なので、文章を読んでいるとやや古い感じを持ちますが、活字の雰囲気と意訳の硬質な感じがとても心地よく、情報として読書をしているというより、活字を目で追う楽しみがあります。フロイトは晩年になって自ら研究してきた精神分析学を文化論に応用して、本書のような論文を発表しています。さらにフロイトがドイツのナチスに当時迫害されていたユダヤ人であることを常に考えていたはずです。ひとつの民族の存亡に関わることも百も承知で、このような宗教論を組み立てたのはどんな心境だったのだろうと思いを馳せてしまいます。ともあれ「幻想の未来」を読んでみることにしました。今回の通勤時間の友は人類史を俯瞰する壮大さをもっています。

5月RECORDは「まじわる」

毎晩、自宅の食卓で飼い猫トラ吉に邪魔されながら、小さなRECORDを制作しています。下書きや仕上げは、トラ吉が食卓に飛び乗って鼻先を私の描いている手にくっつけてきても問題はありませんが、彩色している時はトラ吉を部屋から閉め出しています。部屋に入れろとトラ吉が鳴き叫ぶのを無視して、絵の具の実験をやっています。RECORDは小さな宇宙に挑むイメージトレーニングのようにも感じるし、睡魔や忍耐と闘っている修行のようにも感じます。今年のテーマはひらがな4文字で考えています。5月RECORDのテーマを「まじわる」にしました。人と人との交わりや人と動物の交わり、そうした日常の触れ合いを抽象化して表現してみることにしました。RECORDはもう3500点に迫る制作点数で、過去にも同じような表現をした覚えがあり、技法が停滞化し、また硬直化している傾向もあります。新しい表現を獲得するには時間が足りず、多忙感に喘ぐこともありますが、ともかく毎日1点ずつ何が何でも制作していく姿勢を貫こうとしていて、継続が目的のひとつになっています。今晩もトラ吉に邪魔されながら、「まじわる」をテーマにしたRECORDを描きました。

「夢行程の心理学」(f)まとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(f)「無意識的なものと意識ー現実」のまとめを行います。「夢解釈」はこの(f)をもって完読となります。大著の最後にフロイト本人によるまとめの文章がありますので、最後にこれを引用いたします。まずはこの(f)の主題となる無意識的なものと意識について、その主意が書かれている箇所を引用します。「無意識的なものがより大きな圏域であり、そこにより小さな意識的なものの圏域が含まれる。意識的なものすべてに無意識的な前段階がある。他方、無意識的なものはその段階にとどまるが、しかしにもかかわらず、自らに心的な働きとしての完全な価値を要求しうる。無意識的なものが本来の現実的な心的なものである。その内的な性格は、外界の現実と同じく私たちにとっては未知であり、外界が私たちの感覚器官からの情報を通じて不完全にしか示されないのと同じく、無意識的なものは意識のデータを通じて私たちに不完全にしか示されない。」フロイトにとって無意識は夢解釈やそれに伴う神経症治療にとって重要なキーワードだったことが前述の文面で良く理解できます。最後にこの大著のまとめとする箇所を引用して、長きにわたった「夢解釈」読破のまとめにしたいと思います。「未来に関する情報を得るについて、夢には何か価値があるだろうか。もちろんそんなことは考えられない。その代わりに、過去に関する情報を得るには価値があると言えるだろう。夢はどんな意味でも過去に由来するからだ。夢は私たちに未来を示すという古くからの信仰にもなるほど幾分かの真理が含まれていないわけではない。夢は私たちに、ある欲望を充足されたものとして思い描かせる。そしてそのことによって、夢は確かに私たちを未来へと導く。しかし、夢の中で人が今現在だと受け取っている、この未来は、不壊なる欲望によってあの過去の似姿として形作られているのである。」

無意識が関与する創作動機

「たぶん私たちには、知的で芸術的な創作についても、その意識的な性格を極端に過剰評価する傾向があるのだろう。しかし、ゲーテやヘルムホルツのような幾人かのきわめて創作力に富んだ人々の報告から私たちが聞き知るところでは、むしろその創造における本質的で新たな部分はふと思い浮かぶといった具合に彼らに与えられ、ほとんど完成したものとして知覚へと来るのである。それと違って、すべての精神力が精力を傾ける場合に、意識的活動も助力するのは何らいぶかるべきことではない。しかし、意識的活動が関与するにしても、そのせいで他の活動すべてが私たちから隠蔽されてしまうならば、それは意識的活動の大いなる特権濫用というものだ。」(「夢解釈」フロイト著 金関猛訳 中央公論新社より引用)フロイトにとって「無意識」は重要な精神分析学的なテーマでした。創作活動における無意識が果たす役割として、創作動機がどこから来るのか、私個人としてはイメージの源泉を辿りたい意向があり、無意識に対する理解を深めたいと考えているところです。前述の引用は、創作イメージは無意識の範疇で齎らされるものというフロイトの主意が書かれています。私は新作の造形イメージは天から舞い降りてくるように感じられ、それは夢ではなく覚醒している時間帯に現れるモノなのです。イメージは意識的に意図して降ってくるモノではありません。文中の「ふと思い浮かぶ」という表現が何気なくていいのですが、天から降るのは「降誕」というコトバに憧れる私の個人的な要因があることも確かです。特定の宗教を持たない私が「神の降誕」という多分にキリスト教的イメージに支配されていて、どこかで見た図像が印象に刻まれてしまっているのだと思っています。それがイメージ出現にも無意識な反映をしていることが、フロイト流に自己分析すれば思い当たる節があるのです。今日は土曜出勤日の代休で、朝から工房で制作に没頭していましたが、「発掘~環景~」が来月中旬までに完成するかどうかの厳しい局面を迎えています。そんな時に次なるイメージがやってきています。フロイトが例に出した偉大な芸術家と自分は比較対象にならず、彼らの足元にも及ばないのですが、私ですらイメージは無意識のうちにやってきていて、意識的活動の中にスルリと入り込んでいると思っているのです。

週末 大がかりな制作

やっと工房で制作ができる日がやってきましたが、今日は先週の疲れが出て、気ばかり焦る日になりました。午前中は工房に出入りしている若い2人の女性スタッフのそれぞれの課題に協力をすることになりました。一人は大学院修了制作のための厚板が必要で、もう一人は大きなパネルを2点作ろうとしていました。私も必要なモノがあって、3人でレンタルトラックを借りて材料を購入してきました。工房に出入りしているスタッフは、2人とも可憐な乙女といっていいような女性ですが、彼女たちの作品はいずれも逞しくて巨大です。最近は女性アーティストの方がパワフルなのかもしれません。午後は私も含めて、それぞれが大がかりな制作を始めました。私は相変わらずタタラを用意して、翌日の成形に備えました。僅か2時間の制作時間でしたが、疲労に襲われ遅々として進まない作業に焦りを覚えました。彼女たちの真摯な制作姿勢を垣間見て、自分も鼓舞して今日のノルマを果たしました。このところ週末だけでは間に合わず、ウィークディの夜も制作しています。先週はさまざまな懇親会が続いたので、その合間を縫って夜の制作をしてきました。明日は土曜出勤日の代休になっています。朝から制作三昧です。

週末 休日出勤の日

漸く週末になりましたが、今日職場は休日出勤の日で通常通りの勤務をしていました。私がここの管理職になった時に、1年1回の休日出勤の日を提案して設定することになったのです。これは地域に開かれた職場環境を目指したい意向があったためで、今日は多くの地域の人たちが職場を訪れていました。その代わり月曜日を休みにしていて、休日がずれています。午後は地域を巻き込んだ会合も行われていました。今週、私は自分の専門に関する総会や懇親会が複数回続いたので、土曜日までの長時間勤務に若干の疲労を覚えますが、例年のことなので仕事として頑張るしかないと思っています。それでも今週は2回ほど夜の時間帯に工房に行って、陶彫の制作を続けました。窯もフル回転していて、焼成で夜の工房が使えない時を、職場や職場外研究会の懇親会に当たるように計画していたのです。公務員としての仕事と彫刻家としての創作活動の両立は、結構苦しい局面もありますが、それでも継続できているのは、自分が整えてきた仕事環境が大きいと思っています。自分の工房があるということは、どれほど自分にパワーを与えてくれているか計り知れません。どんなに疲れていても、夜工房に行くと普段とは異なる自分になれるのです。非日常空間が齎す不思議な感覚がそこにあります。明日と明後日は制作三昧ができる日です。精神を解放して頑張りたいと思っています。

映画「Spotlight」(スポットライト)雑感

第88回アカデミー賞作品賞&脚本賞受賞と言う栄誉に影響されて「Spotlight 世紀のスクープ」を観に行きました。見終わった後は、説得力のある脚本や俳優全員の迫真の演技に溜息が出ました。地味な映画という評判でしたが、実話を扱っていること、新聞記者たちが丹念な取材を積み上げ、衝撃の事実が証されていく過程に鬼気迫るものがありました。パンフレットの冒頭に「2002年1月、アメリカ東部の新聞『ボストン・グローブ』の一面に全米を震撼させる記事が掲載された。」とありました。神父による児童への性的虐待を、カトリック教会が組織ぐるみで隠蔽してきた衝撃の醜聞、しかもその半端ない数の多さに、映画を観ている私たちも愕然としました。私にとってカトリック教会は馴染みのある存在ではありません。欧米には歴史から言ってもキリスト教の信者は多く、聖域とされる部分もあろうと推察いたします。そこに報道のメスを入れるのは妨害や圧力もあったはずですが、よくぞ事実の積み重ねから告発に踏み切れたなぁと改めて思います。映画の中の台詞から引用すると、「貧しい家の子には教会が重要で、神父に注目されたら有頂天。自分を特別な存在に感じる。神様にノーと言えますか?」とあります。「これは肉体だけでなく、精神への虐待だ。信仰を奪われ、酒やクスリに手を出し、飛び降り自殺する者もいる。」と被害者の男性は告発しています。社会的モラルだけではなく、宗教と貧困の問題にも焦点が当てられています。既に決着している事実を映画化する際の難しさもあろうかと思います。あるいはまだ未解決の部分もあるのかなと勝手な思いを抱いてしまいます。ともあれ、「Spotlight 世紀のスクープ」は上映時間を感じさせないほど観客を引き込み、ジャーナリズムの正統な魂を伝えることに成功している映画と言えます。「これは面白かったなぁ」と思わず家内と頷いた映画でした。

橫浜の「複製技術と美術家たち」展

先日、地元の横浜美術館で開催されている「複製技術と美術家たち」展に行ってきました。複製技術と言えば版画等の印刷、写真やコピーのことですが、そうした技術革新によって、オリジナル性はどうなるのか、当時の美術家たちは複製技術をどう捉え、どんな思索をもって芸術を創作していったのか、私には興味関心のある分野です。アウラ(1回性、オリジナル性の意味)の衰退が及ぼす影響と、逆転の発想による複製技術を取り込んだ新しい芸術の潮流が、20世紀初頭から見られるようになりました。具体的には伝統的な写実性の強い絵画技法の概念を覆すダダやバウハウス、ロシア構成主義、シュルレアリスム、さらにポップアートの出現に至るまで、複製技術の登場により美術は革新性を増していったように感じました。ピカソによる絵画空間の解体、幾何学的構成を普遍的な様式に高めたバウハウス、印刷物や廃物をコラージュしたエルンスト、複製技術を表現の中心に据えたウォーホル等、時代が新しくなるにつれ、美の殻を打ち破り、旧態依然とした社会(鑑賞者)と闘ってきた美術家たちの軌跡がここにありました。どんな時代でも新しい美的価値観を提示するのは大変な労苦があったことだろうと思います。現代では歴史が認めている芸術運動も、誤解と無理解と罵倒や無視の中で展開していきました。現在でもそれは同じです。人工頭脳や3Dコピーが登場している現代は、人間は何を創造すべきかという、さらに先鋭化した課題が突きつけられている気がします。クリエイターが技術革新のスピードに追いつけないと、最近知り合ったばかりのアニメーション作家が言っていました。それは立体作家も同じです。「複製技術と美術家たち」展には他人事と片付けられない問題提起があったように思っています。

「夢行程の心理学」(e)まとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(e)「一次行程と二次行程ー抑圧」のまとめを行います。「夢解釈」は残すところ(e)と(f)の2つになりました。ここでは夢の仕事と神経症やヒステリー症との関連を洞察しています。論考の中心となる箇所を引用します。「私たちは、夢の形成には本質の異なる二種の心的行程が関与するという洞察に目を閉ざすわけにはいかないのである。一方の行程は完全に適正で、正常な思考と同価値の夢の想念を創り出す。もう一方の行程は、きわめて奇異で、不適切なやり方で夢の想念を扱う。~略~この後者の行程を本来的な夢の仕事として取りあげた。」ここで、一次行程と二次行程の違いが述べられていますが、不適正と判断した行程の統制下で、ヒステリー症状が作り出されることが次に続きます。「最初、私たちは完全に適正で、私たちの意識的な想念とまったく同等の価値をもつ一連の想念を見いだす。しかし、この形式におけるそうした想念の存在について、私たちは何の情報も得られない。~略~そうした想念は、圧縮、妥協形成を被り、表面的な連想を経由して、矛盾を覆い隠し、ときには退行を伝って症状へと引き渡されたのである。そして、夢の仕事の特異性と、精神神経症の症状に帰結する心的活動のあいだには完全な同一性がある。それゆえ、私たちは、ヒステリー研究が私たちに強いる推論を夢に当てはめるのは正当であると考える。ヒステリー学説から私たちは以下の命題を引き出す。すなわち、正常な想念の道筋にこのように不正常な心的加工がなされるということが起きるのは、その想念の道筋がある無意識的な欲望のー幼児的なものに由来し、抑圧状態にある欲望のー転移を受けている場合に限られるという命題である。」これをもって(e)「一次行程と二次行程ー抑圧」のまとめとしたいと思います。

若冲の「動植綵絵 池辺群虫図」

先日、東京上野の東京都美術館で開催されている「若冲展」を見てきました。伊藤若冲は江戸時代に京都で活躍した画家でした。細密な描写で異彩を放つ若冲ですが、最近になって再び注目を集め出しました。若冲生誕300年にあたる今年は、展覧会入場者数がどのくらいなのか気になるところです。私も入場規制がかかる中、もみくちゃになりながら若冲の絵画に触れてきました。圧巻は何と言っても「動植綵絵」のシリーズで、全30幅は一見に値します。その中に若冲が得意とした群鶏図や小禽図もありましたが、敢えて私は「池辺群虫図」に注目しました。蛙や昆虫等が池辺に集まり、そこに植物の葉や蔓が這っている情景を丹念に描いたもので、葉には虫食いの穴があり、葉を食している小さな虫も見受けられます。捕食される虫も捕食する虫もいて、自然の摂理が表現されているのではないかと思うところです。オタマジャクシや蛙の群集もいて、蛙の中には一匹だけ反対を向いて全体を俯瞰する姿が描かれていて、これが何を意味するのか、楽しい洞察を試みるのも一興かなぁと思います。遠近法を無視した自由な構成にも不思議な新鮮味を感じました。落款に「丹青活手妙通神」が捺印されていることで、この「池辺群虫図」を若冲が重要と考えていた節が認められます。「丹青活手妙通神」とは若冲が深く親交して敬愛していた僧の月海元昭こと売茶翁高遊外が、若冲に贈った賛辞を印にしたものです。通常の落款「若冲居士」の他に、これが捺印されるのは珍しいことで現状の作品では僅か数点しかないようです。そんなことも含めて若冲作品を鑑賞するのも楽しいのではないかと思っています。