週末 新たなテーブル彫刻の制作開始

週末になりました。今月の制作目標に従って、今日から新たなテーブル彫刻の制作を始めました。新たなテーブル彫刻として、昨年制作し7月にギャラリーで発表した「発掘~曲景~」の対を成す作品を作ろうと思っています。「発掘~曲景~」は曲面を多用した作品でしたが、今回の新作は尖った平面を多用するイメージです。基本となる形態は三角形で、テーブル部分の加工は昨年のうちに終わっています。今日はテーブルになる厚板2枚を接着して乾燥させることにしました。テーブルの上には陶彫部品を3点配置しようと思っています。一番大きな新作である屏風に接合する陶彫部品はどれも曲面を生かしたものばかりで、これは「発掘~曲景~」にヒントを得たものです。テーブル彫刻は矩形による立体にするので、今までとはちょっと勝手が違います。これも大いに楽しんでいこうと思っています。今日は朝から工房に篭っていましたが、染めのアーティストが久しぶりに顔を出しました。首都圏が新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて緊急事態宣言を出したため、暫く彼女の家で制作するとのことで、道具や材料の運搬のために自分の車でやってきたのでした。彼女は工房では何かと仕事を手伝ってもらっている大事なスタッフなので、大きな空間が必要なときは再びここに来るように伝えました。その他工房に通ってきているスタッフは高校生たちなので、新型コロナウイルスの騒動が一段落しないと、工房には来させられないと思っています。彼女たちはどんな過ごし方をしているのかなぁと時折思いを巡らせていますが、私は暇を持て余すことはなく制作に没頭しています。いろいろな意味で創作活動をやっていて良かったと思えることがあり、また創作世界の構築のイメージが広げられたり、自分の中で思索をすることで、こんな緊急事態の窮屈な時ほど、メンタルが助けられているのではないかと感じることもあります。明日も制作は継続ですが、夕方には亡き母の用事も控えています。

4月RECORDは「紅」

4月のRECORDを「紅」にしました。と言っても今月のRECOERDはまだ1点も色彩を使っておらず、下書きに色彩のメモを記入してあるだけです。一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けて10年以上が経ちました。それを全てRECORD(記録)と称していますが、制作は夜に限られています。自宅のダイニングで古新聞紙を下敷きにしてアクリルガッシュで彩色しています。時にペンで仕上げをする場合もあります。毎晩RECORDの制作をやってきたのですが、現在は自宅のリフォーム工事でダイニングが使えません。旅行に出た時も下書きだけをホテル等でやっていて、仕上げは自宅に帰ってからやっているのです。制作場所として決めてきたダイニングが使えない状態では、RECORDが一向に進まず、今後どうなっていくのか不安は募ります。今はRECORD史上最大のピンチとも言えます。そんな中でもテーマを決めて、下書きだけでも蓄積することにしました。テーマとした「紅」は「くれない」と読み「呉の藍」の音が変化したもので、日本文化特有の色彩感覚に基づいた色です。染料で言えばキク科の紅花で染めた濃い赤で、外来の色彩とは少々異なり、日本人の繊細なセンスが受け継がれています。そうは言ってもRECORDはアクリルガッシュで彩色するため、微妙な雰囲気は出せないかもしれません。「紅」のことを調べようとネットを検索すると「XJAPAN」のメジャー曲が出てきたり、宮崎駿監督の「紅の豚」が出てきます。今では「紅」は案外ポピュラーな色彩なのだろうと思っています。ダイニングが整ったら、RECORDの遅れを取り戻すべく頑張っていこうと思っています。

新しいキッチン設置

自宅1階のリフォーム工事が進んでいます。室内全体にクロスを貼るところまできたようですが、今日はシステム・キッチンが搬入されました。2人の業者がキッチンの組立てを行いました。私たちにとってキッチンがない生活はなかなか大変で、煮炊きや食器洗いが思うようにできないことがこんなにも辛いことかと思っていました。現代生活の利便さを謳歌している私たちは、基本的な生活として身についてしまっている習慣があって、そんなことで疲弊感を覚えてしまうのです。嘗て外国で暮らしていた私は、生活日用品の不足を何とか補ってやっていましたが、あの頃とは雲泥の差とも言うべき現在の感覚に我ながら驚いています。災害があって困窮した生活を余儀なくされている人たちは、こんなにも不自由な生活を送っているのかと改めて思いを巡らせた次第です。ましてや私たちは先が見えない生活ではないので、我慢も期限付きです。キッチンは明日から使えますよと業者は言っていましたが、部屋の壁が出来ていない状態では、いくらガスや水道が繋がっても即刻使う気分になれないものです。今日、私は忌引きの休暇を取得して自宅にいました。葬儀等に使うお金は家内が銀行に行って引き落としてきました。自宅に業者が入っている関係で、私か家内のどちらかが自宅にいなければならず、毎日家内が自宅に待機していたので、今日くらいは外出をして駅前の銀行に行ってもらったのでした。自宅にいると業者が出す騒音があまりにも凄いのが分かりました。設置の際に電動工具を使っていると、こんな騒音が出るのかと思い、私も工房で似た施工をしているのに気づきました。これを毎日家内が聞いていたのかと思うと、申し訳ない気持ちになりました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で外出自粛と言われても、自宅待機がストレスという場合があるなぁと思いました。こんな状況なので葬儀の準備も夫婦で出来ず、どちらかが行なっているのです。

4月の制作目標

昨日、母が亡くなり、私は生きることの意味を考えていました。終焉があるからこそ生きる素晴らしさがあると感じていて、その生きた証としての創作活動が自分の中では重要な意味を持つと結論付けることに至りました。私にとって現行の制作を進めていくことが自分の人生を謳歌することと思っています。そんなことを含めて、改めて今月の制作目標を考えてみたいと思います。先日、カメラマンに連絡し、図録を作るための作品撮影日を5月31日(日)に計画しました。それまでに個展に展示する作品は全て完成させていこうと思っています。先が見えてきたので、この2ヶ月で何をするべきか明確になりました。まず一番大きな新作は6枚の厚板を屏風に仕立て、そこに接合する陶彫部品と屏風の前に置く陶彫部品を繋げて成り立つ集合彫刻です。これは残りの連結する陶彫部品を作っていけば完成となります。そろそろこの新作の題名を考える時期になったなぁと思っています。もうひとつの新作はテーブル彫刻で、屏風の作品に比べてやや小さめです。この作品のテーブル部分の厚板加工は終わっています。そこに砂マチエールと油絵の具塗装、テーブルに設置する陶彫部品、テーブルを支える柱の数本をこれから作ります。今月の制作目標はこのテーブル彫刻が中心になるかなぁと思っています。さらに毎年作っている「陶紋」と呼んでいる小品数点をこれから始めていかなければなりません。陶彫は乾燥に時間がかかります。早めに作っておかないと撮影日に間に合わなくなります。陶彫による立体作品は以上ですが、気になっているのはRECORDです。今月いっぱい自宅のリフォーム工事が入るために、ダイニングテーブルが使えず、下書きは出来ても彩色や仕上げが出来ません。改めてRECORDも陶彫と同じように制作場所に左右されることを痛感しているところです。下書きだけが進行するのは今までもありましたが、仕上げまでどのくらい時間を要するのか、ちょっと絶望的な気分になっています。それでも諦める事はせず、何とかしたいと考えています。

母が他界した日

私の母が他界しました。享年94歳。大正15年生まれで、大正、昭和、平成、令和の4つの時代を生きた人でした。数年前から介護施設にいて、昨晩体調が悪化して病院に救急搬送され、その時家内と見舞ったのが母の最期の姿になりました。今日は職場に出勤していた私に家内から連絡が入り、急遽病院に駆けつけたのでしたが、11時16分心拍停止、呼吸停止で臨終となりました。いろいろな原因による死因を医師が説明をしてくれましたが、決して流行の新型コロナウイルスではなく、老衰による自然死というのが私の理解です。私は無意識ながら残念に思い、身体の力が抜けましたが、94歳という年齢を考えると悲しみはありませんでした。母の安らかな顔を見ると大往生ではなかったかとも思いました。母は東京蒲田の生まれで実家は和菓子屋を営んでいたそうです。店の向かいに映画館があったというのですから、言うなれば都会育ちでした。その母がまだ田畑が広がる横浜の片田舎に嫁に来たのですから、その文化的な衝撃はさぞ大きかったことでしょう。その証拠に介護施設では介護士を相手に同じ昔話を繰り返していたと聞いています。昨日のことを忘れているのに若い頃のことは鮮明に覚えているのが認知症の特徴なのかもしれません。鞄から取り出した何気ない紙を使って母の顔をデッサンしました。父が亡くなった時も同じことをしていました。写真による遺影などより、鉛筆によるデッサンのほうが生々しい記憶が刻まれるようです。対象をデッサンできる絵画力が自分にあることを嬉しく思いました。横たわる母の姿を見ていると、死とは何かを考えてしまいます。父の時よりもさらに自分の中で死生観が培われていくのは、自分の年齢によるものかなぁと思いました。人は死に向かっていくからこそ生きる意味を探すのかもしれず、自分の創作活動における思索の意味もそんなところにあると感じました。感染症の影響で葬儀も家族葬になってしまい、交友関係が広かった母にしてみれば残念に思うかもしれません。

縮小した儀礼的イベント

私の職種では年間に2回、儀礼的なイベントが開催されます。新年度の出発式とも言えるイベントで、本来なら地域に開放し、来賓を招いて行うものなのです。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの職種にも影響を及ぼし、本日は縮小したイベントとなりました。爆発的な感染を防ぐため必要な措置ですが、この職種で私は初めてのことが多く、内心混乱もしています。職員の中にはこうした危機的事態にさまざまな工夫を凝らせる能力を持った人が複数いて、私は随分助けられています。今日の式典は縮小ながら無事に終わり、新年度の一歩を踏み出しました。早く通常勤務になってほしいと願うのは私ばかりではないでしょう。年間行事の見直しも必要になってきました。全職員と打ち合わせながら追々やっていきたいと思います。私の公務員最後の1年間はイレギュラーなことばかりで、判断に迷うことが多々あります。落ち着いた1年間を過ごしたいと考えていた私は出鼻を挫かれた格好になりましたが、今までも経営的な戦略を立ててやってきたわけで、守りに徹することはなかったかなぁと思っています。緊急事態宣言が出されても大きく変わるわけではないと考えていて、公務が滞らないように仕事をしていきます。

週末 工房の環境を考える

新型コロナウイルスの感染拡大が心配される昨今ですが、自宅にいるように政府が呼びかけています。不要不急の外出は避けるように言われていますが、そんな時だからこそ自宅の傍にある工房の環境を考えてみたいと思います。工房は自宅から歩いて1分くらいの植木畑の中にあります。密閉、密集、密接の3蜜状態を作らないようにニュースで言われていますが、工房は3蜜に当たりません。私が自宅と職場の行き来を自家用車で行なっているため、職場でコロナウイルスに感染しない限りは大丈夫と思いたいのですが、感染経路が判明できない人が増えている現状では、大丈夫とは言い切れないのです。新型コロナウイルス感染の最初は風邪に似た症状が現れると聞いているので、手洗いやうがい、基本的な生活習慣はきちんと守っていきたいと思っています。そんな不安を抱えながら、今日は新作の陶彫制作をやっていました。工房は丘の上にあるので風が爽やかに吹きわたり、今日は私一人でしたが、複数の人がいたとしても、それぞれがかなり離れて制作をしているので、工房はまだ安全な場所ではないかと信じたいのです。私は通常通りの創作活動を展開していこうと思っています。今月の制作目標に従って、今後予定されている図録の撮影や東京銀座の個展も例年通り行なっていく所存です。7月個展の頃は新型コロナウイルスはどうなっているのでしょうか。個展に人は来ていただけるのでしょうか。私の創作活動を多くの人に観てもらいたいと願っているのは山々ですが、それよりも創作は自分との精神上の闘いでもあるのです。自分が掘り下げた思索の具体が自分の中でどのくらいのものなのか見届けたいと考えていて、それが私に創作に向かわせる動機なのです。個展は自分の納得のために開催しているとも言え、人に見せるための表面上の鼓舞とは少々ニュアンスが違うと思っているところです。

週末 ロフトへの荷揚げ作業

昨年春に工房ロフトの拡張工事を行いました。私の作品は陶彫による集合彫刻で、それぞれ分割して木箱に入れて保存してあります。その梱包された量が半端なく、既に1階倉庫は木箱で溢れかえり、その一部が作業場に迫り出してきています。そこで昨年ロフトを拡張したのですが、工房には空調がないので、夏は蒸し風呂状態になり、とてもロフトに長くいられるものではありません。昨年夏に開催した個展の作品がまだ1階の作業場にあるため、今日の午後はそれら木箱をロフトに揚げる作業を行いました。今日は気持ちの良い春日和の天気になり、ロフトはやや気温が高かったものの作業には適した気候でした。今日集合してくれたのは、それぞれの場所で活躍している男性アーティストが2人、いつも工房に通ってきている染のアーティストと美大受験を考えている高校生2人、それに私を加えて、男性3人、女性3人の合計6人でした。荷揚げ作業には適度な人数と思いました。時間は午後2時から4時までの2時間くらいと見積もっていましたが、まさにその通りでした。狭かった工房の作業場が広くなって、快く制作が出来るようになりました。手伝ってくれた皆さんに感謝です。工房は一般的な貸し工房ではなく、私に関係した人たちが自由に使える空間として機能しています。最近は染めのアーティストが頻繁に使っていますが、彼女は清掃や片づけまでやってくれていて、工房管理者として役割を果たしてくれています。私もそうですが、大きな作品だったり、周囲を汚す素材を扱っていたりする場合は、自宅ではなく完全に独立した工房が大変便利で、その環境が創作活動を後押ししてくれます。私の作品も彼女の作品も工房があればこそ誕生した作品と言えるのです。明日は通常の制作に戻ります。今月の制作目標を考えながら進めていきたいと思います。

自宅キッチンの解体工事

自宅のリフォーム工事が始まって2週間目に入っていますが、和室を洋室に替えていく工事に完了の目途が立ちました。さらに隣接するダイニングの改修工事が今日から始まりました。ダイニングには30年前に入れたシステムキッチンがあり、これを最新式のものに替えていくのです。当然料理が出来ない日々が続くことになるので、食事はコンビニ弁当に頼らざるを得ません。数日前より私たちはダイニングにある食器棚の整理に追われていました。解体前夜であった昨日は家内が夜通し食器の断捨離を行っていました。私は深夜0時で翌日の仕事のことも考えて就寝しましたが、家内の徹夜の頑張りに感謝です。私がこの家を建てた頃、私は陶彫による作品を試作していて、陶芸家の友人を訪ねて栃木県益子や茨木県笠間によく出かけていました。陶土を吟味したり、陶肌をよく見てくる目的で、日本有数な陶芸の産地に出向いていたわけですが、友人の作品も含め、気に入った陶器を買い求めてきました。それは所謂作家ものと言われる1点ものの器ですが、長年にわたって収集してきたため、食器棚には私の思いの詰まった器が溢れているのです。それら器の数々は断捨離が出来ずに、自分の美的感覚を刺激するものとして、どうしても保存したいと思っています。古新聞紙にひとつずつ器を梱包し、段ボールに入れてダイニングの改修工事が終わるまで別の場所に置いておきます。今や自宅は引っ越しでもするような荷物で溢れていて日常生活にも影響を及ぼしています。リフォームが完成したら素晴らしくなることを信じて、今は耐えていこうと思います。

C・トムキンズとP・チャンによる導入

「アフタヌーン・インタヴューズ」(マルセル・デュシャン カルヴィン・トムキンズ聞き手 中野勉訳 河出書房新社)は、前衛芸術家マルセル・デュシャンにインタヴューを行なったカルヴィン・トムキンズの記事が中心になった書籍ですが、その導入としてピーター・チャンによる対話が掲載されていました。C・トムキンズがデュシャンに対して、どんな印象を持ったのか、気軽に語っている場面が想像できました。私は先入観でデュシャンは気難しい人ではなかったのかなぁとさえ思っていたところ、彼の自然な振る舞いに拍子抜けするところもありました。本当にデュシャンはどんな人物だったのでしょうか。C・トムキンズが語ったこんな台詞が印象的でした。「一番重要な要素の一つは、全面的に自由であること、というこの状態だと思います。伝統から自由であること、種類を問わず、ドグマというものから自由であることです。それから、絶対に何かを当然視しないという彼のあり方。自分はすべてを疑った、すべてを疑う中で、何か新しいことを思いついた、そういうことを話していました。~略~すべてを、アートの本性そのものまで含めて疑問視しなければというこの必要、この情熱ですね。レディメイドの本当の要点というのは、アートとはこういうものだと定義づけてしまう可能性を否定することだった。アートはどんなものでもありうるんだ。物体でもないし、イメージですらない、ひとつの精神活動なんだ、と。かつ、こういう考え方は彼の仕事に一貫してあるわけです。それまで誰もやったことのなかったいろんなことを彼がやったのは、自分自身のために、ひとつの自由を見つけることができたからだったんですね。」全てにおいて自由になれるというのは、西洋美術の基礎を学んだ者にとっては、易しいようで難しいものなのです。私は彫刻の概念に囚われていて、空間に対して自由な考え方が出来ているとは言えません。そんなことをマルセル・デュシャンから学んで、自分の意識改革ができればいいなぁと思っているところです。

5年目の再任用管理職

新年度になり、私は5年目の再任用管理職として現在の職場を率いることになりました。再任用管理職としては最後の1年間になります。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、新年度のスタートがしっかり機能できない部分もあるのですが、可能な範囲で頑張っていこうと思っています。今年度は初任者を2人、私の職場に迎えることになり、本来なら横浜の某所で辞令交付式があるはずが、感染症の影響で辞令を各職場で交付することになったのでした。私のワーキングパートナーである副管理職も新しい人に代わりました。新しい組織がきちんと機能するかどうか、それもこれも最終責任は私にあるので内心緊張していましたが、徐々に打ち解けていく職員を見て、少しばかり安堵しました。明日は新しい人も含めて全職員が揃います。昼食会に私はシチューを作って職員をもてなそうかなぁと考えています。新型コロナウイルス感染が一刻も早く収まってくれることを信じて、実りのある令和2年度になれば幸いです。私にとっては公務員として最後の奉仕です。創作活動に関しては4月の目標を立てていきたいと思っています。新作は屏風とその前にある床を使って陶彫部品が連結した集合彫刻になりますが、もう1点サイズとしてはやや小さめの陶彫作品を作っていこうと思っています。この作品はテーブル彫刻になる予定です。さらに小品を数点、これも今月中にやっていかなくてはなりません。それもウィークディの仕事の合間を見て頑張ろうと思います。5年目の再任用管理職、まだ横浜市が私を必要としているのであれば精一杯努力するのみです。

令和元年度末の最終日

今日で3月が終わります。年度で言えば令和元年度末の最終日になります。私たちの職種は年度で変わるので、今日は職場を支えてくれた人たちの何人かとお別れしなくてはならない日になりました。職場で難しい課題が生じた時に、その人たちが真摯に対応してくれたことが印象的でした。また私は職場の責任者として感謝もしています。私も書類等の片付けに入りました。明日から新年度になり、新しい人たちとの出会いがあります。相変わらず新型コロナウイルスの感染拡大の影響があって、新年度がきちんと始められないもどかしさもありますが、新たな気分でやっていきたいと思っています。今月を振り返ってみると、創作活動では新作の見せ場のひとつである屏風が出来ました。厚板を2層にして格子模様を彫り込み、そこに砂マチエールや油絵の具を滲みこませていきました。今月の制作目標は屏風の完成だったので、スタッフの手を借りながら何とか目標の達成は出来ました。今月は自宅のリフォームが本格的に始まり、日々不自由な生活を送っています。その影響があってRECORDの彩色や仕上げが出来ません。下書きは続けていますが、自宅での生活が落ち着かないと、RECORDに手がつけられなくなることが判明しました。下書きが山積みになることは今までもありましたが、今回は勝手が違っていて、その遅れをどう取り戻せばよいのか見当がつきません。リフォームが一段落したら、どこかの場面で頑張るしかないと思っています。鑑賞は新型コロナウイルスの影響で美術館や映画館に足を運べず、外からの刺激を得ることは出来ませんでした。美術館や映画館は閉館しているところも多くこれは仕方がない状況です。その分、今月は読書に時間を割きました。「奇想の系譜」の著者による神仏に関する楽しい書籍を読みました。それにしても普通の生活は何と幸福なことか、改めて平和で安定した生活に戻りたいと願うばかりです。

「アフタヌーン・インタヴューズ」を読み始める

フランス生まれの現代アーティストであるマルセル・デュシャンは芸術に対する見方や考え方を根底から変革した巨匠です。変革者としてはピカソに匹敵するかもしれず、現代社会の中にさまざまなカタチでアートが取り入れられている現状には、デュシャンの影響も少なからずあろうかと思います。工業化された既製品を美術品として扱い、展覧会においてそれに題名をつけて展示したことは、美術関係者なら誰もが知る有名な事件ですが、それだけではないデュシャンの世界観を私は常々知りたいと願っていました。以前に東京国立博物館でマルセル・デュシャンの大掛かりな展覧会があって、デュシャンの生涯を概観する機会を持てたことは幸運でした。その時にギャラリーショップで購入したのが本書「アフタヌーン・インタヴューズ」(マルセル・デュシャン カルヴィン・トムキンズ聞き手 中野勉訳 河出書房新社)で、デュシャンがリラックスしてインタヴューされている様子が伺えます。今までデュシャンの書いたものや発したコトバを聞いていると、意味が判読できないものや矛盾も散見されます。そうしたことを全て含めてマルセル・デュシャンの全貌かなぁと思います。デュシャン没後に評論家がさらに深く世界観を洞察したものが出版されていますが、本書の方が生の作家に触れることが出来るのではないかと私は考えていて、今から読むのが楽しみになっています。現代の美術家もデュシャンの見方や考え方を推し進めている人が結構いると考えています。現代彫刻の中にもそうした考え方が入って来ていると感じます。改めて眼から鱗になることも期待しています。

週末 陶彫制作に拍車

今月最後の日曜日です。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、今日も首都圏では外出自粛という措置を取っています。ちょうど桜が満開を迎えていますが、桜は毎年咲くものなので今年は鑑賞を断念してもいいのではないかと私は思います。今は感染症にかからないために自ら行動を制御する方が大事かなぁと思っています。工房は自宅から僅かな距離にあるので、今日もそこで創作活動を行いました。今日の横浜は雪に見舞われ、午前中は周囲が白くなるほど雪が降っていました。そんな中にも関わらずいつもやってくる染めのアーティストが工房に顔を出しました。車で来るのは危険と判断し、公共交通機関を使ったとのこと。私もこの雪では車は出せないと彼女に言っていたのでしたが、作品の梱包作業のため雪も感染症も恐れずに頑張って工房にやってきたのでした。私は陶彫制作に拍車をかけていました。まだまだ陶彫部品が必要で、今日は3点の陶彫成形を終わらせました。午後になって雪はやみましたが、工房内は底冷えのする寒さになり、今日ばかりは時折ストーブに齧りつく作業になりました。彫り込み加飾は後日に回すことにしましたが、彫り込み加飾はかなり時間のかかる作業なので、ウィークディの夜にでも工房にやってこようかと思っています。今月は屏風を作り上げることにしか頭になかったので、屏風がカタチになってみると、次から次へとやらなくてはならないことが頭を過ぎり、焦る気持ちが湧き上がってきます。一難去ってまた一難というのが新作の制作工程ですが、ここまでくればやりきることしかないと思っています。ウィークディの勤務時間を何とかやり繰りできないかなぁと予定を見ながら検討しているところです。

週末 外出自粛における創作活動

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、首都圏ではこの週末に対して外出自粛という措置を取りました。海外の都市では非常事態宣言が出されているところもあり、閑散とした街の状況がニュースになっています。そんなことを考慮して工房は、毎週やってくる美大受験生を呼ばないことにしました。高校は休校になっていて、彼女は暇を持て余していると思いますが、感染が落ち着くまでの辛抱です。いつも通ってくる染めのアーティストは工房に来ていました。期限までに台湾に郵送する作品の仕上げと梱包があるためで、これは不要の外出には当たらないと判断しました。台湾の染料会社のスペースを借りて展示するようですが、作家は搬入に行くことができず、向こうの方々にお任せするしかないようです。外出自粛といっても工房は自宅から近いので私は気兼ねなく工房に行って創作活動が出来ます。今月の制作目標として掲げた屏風6枚の砂マチエール施工とそこに油絵の具を滲みこませる塗装作業は今日の午前中に終わりました。ドリッピングも4層降りかけたことになり、画面の色調を見て、ここまでにしようと思ったのでした。今月最後の週末となった今日で制作目標が達成したことを嬉しく思いましたが、午後は土錬機を回し、次の陶彫部品を作る工程に入りました。陶彫部品がまだまだ足りないことが分かったので、若干焦りも感じました。明日は一日中陶彫制作に勤しむ所存です。首都圏が提唱した外出自粛で、それぞれの家で退屈している人も多いと聞きますが、染めのアーティストや私にとっては外出している暇がないため、それは関係ありません。創作活動で一日があっという間に過ぎていきます。明日も創作活動は継続です。

「あそぶ神仏」読後感

「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)を読み終えました。著者の辻惟雄氏は「奇想の系譜」を著した人として、江戸時代に埋没してしまった稀有の画家を発掘し、私に近世美術の面白さを示してくれました。それからというものの辻氏に取り上げられた画家の展覧会に私は必ず出かけ、その表現力を堪能してきました。本書も本物を味わうため地方に出かけたくなる作品が多く取り上げられていて、本当に楽しく読むことが出来ました。本書のあとがきに意外なことが書かれていました。「正直にいうと、私は仏教美術が苦手である。仏像や仏画の魅力はむろん否定できないが、それを学問するとなると、儀軌や図像の複雑な迷路に分け入らねばならない。~略~だが、近世美術のなかで馬齢を重ねるにつれ、それが意外に宗教性の強いものであることに思い至るようになる。」また、別稿のあとがきのなかでこんなことも書かれていました。「僧の堕落と幕府の宗教統制によって、江戸時代の仏教・神道は低迷したといわれる。だが、円空・白隠など本書にあげた画僧や修験僧たちの活気と個性、それにユーモアあふれる仕事ぶりを見ると、低迷という言葉がむしろそらぞらしく、逆に意欲的であったというべきであろう。」本書の解説の中で矢島新氏が指摘している箇所にも気が留まりました。「昭和初期の柳宗悦による民芸の提唱や、戦後の岡本太郎による縄文土器の称揚も、『稿本(稿本日本帝国美術略史)』に代表される取り澄ました史観への反発ととらえることができる。木喰の発見者でもある柳は、はじめ西洋の心理学や宗教哲学を学び、文芸雑誌『白樺』の活動を通して西洋美術に親しんだという経歴を持つが、学生時代に日本の工芸史を学んだ経験はなかった。岡本は言うまでもなく前衛芸術家であり、パリ大学で民族学を学んだ経験はあったが、日本の美術史に関しては素人に近かった。かつて著者は柳や岡本の発見を『眼の革命』と呼んだことがあるが、専門分野ではなかった故に既成のフィルターを取り払って虚心にモノを見ることができ、そうしたある種の自由さが眼の革命につながったという面はあるだろう。辻の唱えた『奇想の系譜』も、眼の革命と呼ぶに値する革新的な主張である。柳や岡本の声が美術史学の外側からであったのに対し、近世絵画を専門とする研究者の立場からの、すなわちアカデミズムの内側からの異議申し立てだった点が意義深い。」本書を読んで感じたことは、まだ発掘されていない画家や彫刻家が地方にひっそりと隠れているのではないかということです。現代の造形価値観で見ると、こんな凄い人がいたんだという発見があると楽しくなるなぁと思っています。

「天龍道人源道の仏画」について

「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)のⅣ「天龍道人源道の仏画」についてのまとめを行います。天龍道人源道という名前を私は初めて聞きます。どんな人なのか紹介文を拾ってみます。「東方に南アルプスを望む美しい環境の山腹に、清林山浄玄寺という浄土宗の寺がある。この寺の本堂、経蔵、書院など、いたるところの壁や襖、天井は、特異な絵で埋め尽くされている。18世住持であった徳誉源道和尚(天龍道人、1852-1925)の描き残したものである。」天龍道人源道は江戸から明治にかけて生きた人だったことが分かりました。どんな生涯だったのか、そこに触れた文章を引用いたします。「伝記・逸話を通じて、われわれに与えられる源道のイメージは、農民の暮らしに密着し、彼らの心のよりどころとなって敬愛を一身に集めた、生涯独身、高徳の清僧である。~略~だが、かれの残した絵は~略~そうした清僧のイメージとはかなり異質なものである。」ここで浄玄寺障壁画を2点紹介しています。まず「釈迦成道図」。文章を引用すると「釈迦のイメージを、その生地であるインドに見出すという源道の思想傾向がそこに反映していると思われるのである。インドの仏画を思わせるような濃厚な装飾的色調のエキゾティズムもこのことに関連しよう。だがそれにしても、日本の仏画の伝統からかけはなれた自前のイメージであり、土着性に満ちたプリミティヴな表現である。」とありました。次に「浄土七宝蓮池図」。これは「観無量寿経」のうちの第5番「宝池観」によったものと推定されていて「柔らかな七宝でできた八つの池水に60億の宝石の蓮花がある。池水は如意珠王(あらゆる願いを叶える最高の珠宝)から生じ、分かれて14の支流となる。-珠宝からは、美しい黄金色の光が流れ出し、その光は化して百宝色の彩りを持つ鳥となる。相和して鳴く声は甘美優雅であって、常に仏を念じ、法を念じ、僧を念ずることを讃える」というものです。著者は天龍道人源道を、日本が近代化を進める世相の中で、どう見て評価していたのか、次の箇所でまとめとします。「明治の日本は、国をあげて欧米の文明を志向し、それまでの日本人が日常生活のなかで育ててきた伝統的イメージの価値を否定し捨て去ろうとした。源道の作画は、そうした状況のもとで地方の民衆がなお保ち続けた土着的な想像力と信仰のイメージを、力強く代弁できたおそらく最後の例として、改めて注目されるべきだと思う。民衆の生活に密着し、アマチュア画家天龍道人として終始した源道の絵には、絹地や金銀の箔を用いたものが滅多にない。絵具もたいてい泥絵具系の安価なもので、緑青、群青、朱などの高価な絵具は使わない。だがそうしたハンディが、表現の直截な力強さ、イメージの独自性と不可分につながっている。近代化の波のなかに埋もれた土の匂いのする珠玉である。奇は巧まずしてそこにあらわれた。」

年度末の大鍋コミュニケーション

職場として今日が年度末のけじめとなりました。実際には今月31日まで残務整理に追われるのですが、恒例として全職員で1年間の振り返りを行いました。感染症拡散を防止するため、いろいろな工夫をしてきた私たちの職種ですが、人と人とが密集しないような配慮をして、昼食会を開かせていただきました。食事のお供になる汁物提供は私が管理職になった時からやっています。昨晩家内とスーパーマーケットに材料の買い出しに出かけ、今日は豚汁を作ることにしました。朝から職場で担当していただける職員と私が寸胴鍋で調理をしていました。もう何回大鍋コミュニケーションをやっただろうと思い返していますが、これは職員同士が仲良くなれる職場経営に欠かせない重要なアイテムなのです。自宅ではほとんど調理をしない私ですが、本来は調理が好きなんだろうと思っています。フランスでは料理は芸術分野に属しています。日本でも懐石料理における美的感覚は素晴らしいものがあると思っていて、日本人に生まれて郷土料理に誇りが持てる優越感に浸っています。私にはそこまで高級な趣味趣向はないのですが、気軽に手に入る食材を使って、出来るだけ美味しいものを作ろうとする気合だけはあります。来年度も機会があれば大鍋コミュニケーションをやっていきたいと思っています。

HPに19’RECORD1月~3月をアップ

私のホームページに2019年のRECORDの1月分から3月分までの3ヶ月をアップしました。一日1点ずつ作り続けているRECORDは、文字通り毎日の記録です。私は公務員との二足の草鞋生活をしているため、RECORD制作との時間のやり繰りが大変で、そのための効率を考えて5日間で同じ絵柄が展開していくように設定しています。RECORDをホームページに載せるためにはデジタル画像にする必要があり、カメラマンに1年間分をまとめて撮影していただいています。その撮影日を毎年9月末から10月初めくらいに設定してあって、今回アップした画像は昨年の9月末に撮影したものです。2019年の年間テーマを「風景」に決めていました。毎月「~の風景」としてRECORDを作っていましたが、今までのRECORDも風景を想定したものが数多くあって、何も「風景」をテーマにしたからといって大きな変化はありません。ただし、陶彫も含めて私の創作する世界観が風景を基盤にしているものが多いため、敢えて「風景」というテーマを設定したのでした。1月は「浮遊の風景」、2月は「梱包の風景」、3月は「萌芽の風景」で、それぞれのテーマに対してコトバも添えています。今回アップした2019年の1月分から3月分までのRECORDをご覧になっていただけるのなら、私のホームページの左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にRECORDの表示が出てきますので、そこをクリックすれば今回アップした画像を見ることが出来ます。ご高覧いただけると幸いです。

自宅リフォームの開始

30年前に自宅を新築した時は、横浜市公務員としてはまだ駆け出しの頃で、勤務時間など関係なく無我夢中で仕事をしていました。当時は働き方改革という発想はなく、それでも仕事が面白くなっていたため、創作活動も途切れがちでした。20代を海外で好き勝手に暮らしていた自分は、帰国して社会人になるのが同年代の人たちより遅く、彼らに引け目を感じていて、その分一所懸命になって自分の力の無さを補っていました。給料も公務員として決められていたのでしたが、身分不相応な家を建てようとしていたので、その年齢からすれば大きな借金を抱えていました。私は公務員を定年まで絶対に辞めないと誓いを立てていました。そうすれば何とか定年までに借金が返せるという計算がありました。実際にその通りになりましたが、定年前に亡父が残してくれた植木畑に工房を建てることになるとは、当時は思いもよらなかったことで、再任用管理職である今も新たな借金を抱えています。築30年になった自宅のリフォーム工事は、退職金を切り崩して費用を工面することにしましたが、自宅関連の施工ではこれが生涯最後になるのではないかと思っています。それもこれも全て20歳の頃に夢見た彫刻家になるという希望に収斂していくようで、自分が生きた証を作っていこうとしているのです。さて、人生最後の施工である自宅リフォーム工事が今日から始まりました。業者が4人来て和室の解体工事が始まったようですが、私は朝から職場に出勤していて、その様子が分かりませんでした。家内は隣にあるダイニングの片づけまで一気にやらなければならなくなったようで、私が帰ったときはダイニングも多少きれいになっていました。業者の出す騒音が凄かったらしく、家内は2階に避難していました。これが1ヶ月以上も続くので、家内はストレスが溜まってしまうかもしれません。暫くの辛抱で快い空間が手に入ると考えて、私は家内をサポートしていこうと思います。

三連休 自宅リフォーム前日準備

三連休の最終日です。今日も朝から工房に行っていました。このところずっと染めのアーティストが工房に通ってきています。彼女と一緒に制作していると張り合いがあって作業が進みます。暗黙のうちにお互いを刺激しあっているのかもしれません。今日の私の制作は専ら陶彫の彫り込み加飾だけを集中してやっていました。床に所狭しと置いてある屏風は、砂マチエールや油絵の具が乾くまで暫く放置です。工房での制作のことより今日は明日から始まる自宅のリフォーム工事のことが頭から離れず、制作は早々に切り上げて自宅に戻りました。家内は新型コロナウイルスの影響で演奏会が全て中止になり、ずっと家にいるためリフォームの片づけをよくやっています。明日から始まるリフォームは最初に和室を洋室に改修していくので、和室にある荷物を持ち出すことから始めました。和室の中はほとんど家内のものばかりで、胡弓や三味線といった邦楽器や演奏に使う着物などをとりあえず2階のリビングに運びました。30年前に新築した自宅は長い間に荷物が増え、幾つものダンボールに衣類や小物を詰めました。足の踏み場もなかった和室はしだいに荷物がなくなり、夜には何もない状態になりました。その分他の部屋にはダンボールが積まれています。断捨離をしたため、ゴミが大量に出ました。決められたゴミの日に随時出していかないと玄関はゴミ袋に埋もれてしまいます。和室だけでもこれだけのゴミが出るのかと改めて知って、次から次へとリフォームをしていく中で、どのくらいのゴミが出るのか末恐ろしくなります。明日は月曜日なので勤務がありますが、自宅のことが気になって仕事が手につかないのではないかと思うところです。

三連休 制作&墓参り

三連休2日目です。今日も朝から工房に篭りました。染めのアーティストが今日も来ていて、昨日と同様それぞれの場所で制作をやっていました。私は昨日まで取り組んでいた板材の油絵の具塗装の作業は休んで、今日は陶彫制作に戻りました。新作の陶彫部品もまだ足りない状況で、陶彫には成形と彫り込み加飾の後、乾燥をさせる時間が必要です。不足している陶彫部品を急いで作らなければ乾燥時間の確保が難しくなるので、まず陶彫制作を優先しようと思ったのでした。朝から座布団大のタタラを数枚準備し、今日はビニールで包まず、そのまま放置しました。用事を済ませてからそのタタラを使うので、多少硬めにしておく必要がありました。用事というのは相原の菩提寺に墓参りに行こうと家内と決めていて、昼前に仏花を持って出かけました。家内も私も彼岸を忘れていて、姪に言われて気づいた次第です。罰当たりな子孫で申し訳ないと思っています。墓参りを済ませて昼過ぎに工房に戻ってきました。さっそく陶彫成形を始めました。床に置いた屏風の板材に絵の具を振りかける作業より、陶土を立体に立ち上げる作業の方が、自分としては気軽に取り組めてホッとしています。つくづく塑造が好きなんだなぁと改めて思います。夕方になって早めに自宅に戻りました。昨日から私は自宅の片付けに入っていて、今日も3時間ばかり片づけをやっていました。断捨離をしながら片づけをしていますが、過去のものが沢山出てきて、いろいろな思いに囚われてしまうので、この作業は創作活動とは異なる疲れを感じます。公務員管理職としては来年度人事を控え、彫刻家としては7月の個展に向けて制作が佳境を迎え、自宅ではリフォーム工事が目前に迫っていて、私は今や混乱の最中にいるといってもいいでしょう。夜7時に工房にいる染めのアーティストから連絡があり、私は彼女を家の近くまで車で送りました。感染症のこともあって公共交通機関を使わせないようにしているのです。明日も継続です。

三連休 制作&自宅断捨離の開始

三連休になりました。朝から工房に行きました。染めのアーティストも来ていて、彼女は近く台湾で発表する大作に挑んでいました。私の新作である屏風6枚と彼女の布が工房に広がっていて、いつもより工房が手狭に感じました。新作の屏風6枚は工房の床に置いてあって、砂マチエールを施工したばかりですが、そこに油絵の具を滲みこませていて、完全に固まるまではもう少し時間がかかりそうでした。それでも今日はそこに油絵の具を上から滴らせる作業をしました。ベースとなる色彩は既に滲みこませてありましたが、別の色彩を散りばめました。言わば巨大なドリッピングです。今日のところは3色を上に重ねていきました。例年なら赤錆た陶彫の色に合わせて、暗い色調にするところを、今回は明るいパステルカラーにしてみました。今日はここまでにして砂や油絵の具を固まらせるために放置することにしました。工房の床を広く使ってしまっているので、通行の邪魔になりますが、暫くは仕方がありません。ドリッピングはまだまだ続きます。昼からは陶彫部品に彫り込み加飾を施す作業に切り替えました。絵の具を使った作業の後で陶土に触れている自分は、平面と立体を同時に進めていて、何だか不思議な感覚を持ちました。夕方は早めに自宅に帰り、まるで家を引越すような荷物整理に追われていました。家内は昨日からずっとやっていて、自宅の床はダンボールが所狭しと置かれています。次の月曜からいよいよリフォーム工事が始まるのです。まず1階の和室を壊して洋室に変えていく工事になります。和室にあるのは家内のものばかりですが、そのダンボールをどこに置いたらいいのか、それは2階のリビングにしようと決めたので、リビングの片付けも必要になったわけです。1階は家内が片づけをしていて、2階は私がやっていました。片付けながら断捨離もやっていて、不要なものはゴミ袋に詰めました。断捨離を伴う片付けは明日も継続です。ゴチャゴチャになった自宅で今晩は過ごしています。

「北斎晩年の<ふしぎな世界>」について

「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)のⅢ「北斎晩年の<ふしぎな世界>」についてのまとめを行います。今や国際的な名声のある日本人画家といえば葛飾北斎の右に出る者はいません。西欧人にフアンが多いのは19世紀から20世紀初頭にかけて印象派の画家たちが挙って北斎の浮世絵からインスピレーションを受けたことによります。北斎を写実主義者というにはちょっと抵抗があり、晩年になるほど写実的な描写から離れ、独特で説得力のある象徴的な表現へと移っていきます。私は北斎のそうした晩年の作品に魅力を感じる一人です。北斎イズムと言われる不思議な世界について文中から拾ってみます。「一方には、自然や人間の形態、表情を鋭く観察し、それをユーモラスに再現することのできるリアリストとしての北斎があり、そして他方には、自然のかたちを奇妙な北斎イズムの世界に翻訳することに熱中するマニエリスト北斎がある。」具体的な例としていくつかの滝を描いた絵画を引き合いに出し、その表現に卓抜とした構成力が発揮されているのを私は確認しました。「この神秘感に満ちたイメージは、かれが滝の伝説をもとに、想像力を駆使してつくりあげた大いなる幻影といえるだろう。」滝の絵画に限らず、北斎には植物や動物の描写でも奇想的なイメージが付き纏っています。「こうした北斎の奇想は、70代になってあらわれたものではなく、若いころからすでに潜伏していた。化物を描くとき、その奇想は、他方のリアリストとしての資質と結び付いて衝撃的なイメージをつくりだしている。~略~かれは妖怪の実在を信じていたに違いない。それでなければどうしてこのような迫真的なお化けのイメージがつくれるだろうか。」北斎の眼と心に着目した一文もありました。「北斎が描く鳥や動物や魚は、草花以上に直接にかれの心を伝えてくる。その心とは人間である自分も動物と同じ霊魂を持ったとみるアニミスティックな心であり、その心を直接伝えるのは眼である。」北斎は画業一筋に長寿を全うした世界にも類を見ない画家でした。私も北斎の「ふしぎな世界」を日本人として誇りに思います。私が感銘を受けた北斎の作品はここに取上げられていませんが、有名な「神奈川沖浪裏」をさらに発展させた「男浪」と「女浪」です。本作品は、長野県小布施にあり、祭り屋台の天井図として描かれたものですが、荒れ狂う波だけで表現された世界に私は惹き込まれてしまいました。90歳で生涯を閉じた北斎でしたが、最後にこんな文章を引用いたします。「辞世の句は『ひとだまで、ゆく気散じや、夏の原』であった。自分の魂が体から離れて、夏の原を自由に飛んでいくーそれを北斎は『気散じ』ということばであらわしている。死を間近に控えてのこの余裕は、かれの戯作者としてのユーモアの精神をあらわすものだろうが、それ以上に、死後の霊魂の存在を確信する精神のしたたかさを感じさせる。」

劇作家の逝去記事を巡って

先日、新聞に劇作家であり童話作家でもあった別役実逝去の記事が載っていました。今月の3日に亡くなったという記事でしたが、私は20代の頃に演劇を観に、東京のあちらこちらに通っていた懐かしい時代を思い出しました。当時はアンダーグランド演劇がピークを過ぎた頃で、赤テント(状況劇場)の唐十郎、黒テントの佐藤信、天井桟敷の寺山修司に並んで鈴木忠志が率いていた早稲田小劇場にも足を運んでいました。早稲田小劇場では女優の白石加代子の鬼気迫る演技にも惚れ惚れしていました。そんな早稲田小劇場で観た演目が劇作家別役実のものだったと振り返っていますが、その日常に潜む不思議な感覚を齎す世界が今でも印象に残っています。空虚で乾いた世界というべきか、何か根底に怖ろしいものがあって、それを誇張するわけでもなく何気なくサラリと演じる役者に妙なリアルも感じていました。それは不条理演劇という分野に入るものらしく、理屈に合わない世界に無意味であっても無意味とは言い切れない新しさも感じていました。20代の私が日常とは何だろうと考える契機にもなっていました。別役実著の童話集「淋しいおさかな」も購入して読みましたが、その書籍は40年前に友人に貸したまま戻ってきていません。別役実には宮沢賢治の影響があったようで、中・高時代に宮沢賢治の詩や童話を愛読していた私は、宮沢賢治に似た世界観を別役実に見取って身近に感じていたのかもしれません。フォーク歌手の小室等が歌う「雨が空から降れば」も別役実の詞で、「雨の日はしようがない」というフレーズが不条理をそのまま受け入れて達観しているような気がしています。私にとっては青春の一幕ですが、アンダーグランド演劇の昂ぶりがなくなってしまっている今も、実験的な演劇活動が活況を呈して欲しいと願ってやみません。最近は映画には頻繁に行くけれど、演劇には足が遠のいている自分ですが、時間が出来れば昔のように演劇に心身ともに埋没したいと思っているのです。

「北斎の信仰と絵」について

「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)のⅢ「北斎の信仰と絵」についてのまとめを行います。葛飾北斎は国際的な名声を得た日本の画家として有名ですが、自らの画業を完成させるため、長く生きることに執着したことでも知られています。私が羨望の眼差しで葛飾北斎を見ているのは、独特な世界感や卓抜した表現力もそうですが、長い生涯を画業で全う出来たことによります。そんな北斎は仏教的解脱から遠い存在のように思われていて、生涯を紐解くと絵画に賭ける生々しさが伝わってきます。本当のところは果たしてどうなのか、本章はそこを探っていきます。「彼の友人の滝沢馬琴が、北斎の母の年忌に際し、彼の困窮を見かねて香典を包んだ。その日の夕方、北斎は馬琴のところへ来て談笑するうち、懐から紙を出し鼻をかんで投げ出した。馬琴がそれを見ると朝与えた香典の包みである。馬琴は大いにおこって、中の金は仏事に使わず他のことに使ってしまったにちがいない、親不孝な奴め、とののしると、北斎答えて曰く、たしかに、いただいた金は自分の口中にしてしまった。精進物を供え、僧を雇って読経させるようなことは世俗の虚礼である。父母の遺体はすなわち自分の一身なのだから、自分の体を養い、100歳までの寿命を保つのが親孝行ということにならないだろうか…」(飯島虚心『葛飾北斎伝』)これでは北斎は不信心だったと思われても不思議はないのですが、こんな一文もありました。北斎は「妙見(妙見菩薩・北辰菩薩)を信仰した。妙見菩薩は北極星・北斗七星を神格化したもので、延命、除災、とくに眼の病を救う守護神として平安時代から信仰されていた。~略~彼の号戴斗は、妙見信仰からきたものである。~略~このような北斎の信仰は、呪術に頼って除魔・除災といった現世利益を得ようとする江戸時代庶民の宗教感情を如実に反映したもの」ということで、北斎の信仰はなかなか独創的でもあったようです。北斎の肉筆画「西瓜図」には包丁が描かれていて、包丁についた白い点々がゴミではなく北斗七星であることも北斎の信仰を物語るものとして知られているようです。「西瓜図」は何とリアルで美味しそうに見えることか、改めて彼の画力に驚いてしまいます。

コトバによる現実逃避

昼間は公務員管理職として来年度人事に取り組んでいます。この時期が一番骨の折れる時期です。全職員の配置を考えながら、さらに組織の活性化を目指し、仕事がやり易くコミュニケーションがスムーズにいく職場環境を作ろうと私は朝から夕方まで悩んでいるのです。これが私の仕事と言えばそれまでですが、理想的な体制がなかなか組めず、ちょっとした休憩時間には、気分転換のために現実離れしたコトバで遊んでいます。まさにコトバによる現実逃避です。詩らしきものが生まれる時は、こんな時もあるのかなぁと思っていますが、どうでしょうか。造形による創作活動も、全て満たされたバランスの良い生活では緊張感のある作品は生まれないのではないかと思っています。気持ちのどこかに欠如したものがあって、それを補おうと必死に何かを作り上げる行為が、素晴らしい作品を生むと私は考えています。コトバも同じかなぁと思っていて、自分の魂が自分の身体を抜けて上空から私を眺めている場面を想像してコトバを紡ぎました。ついさっきまで頑張っていた私は抜殻になり、その頑張っていた気配だけがあって、上空にいる私はそれを優しく評価しているのです。また梱包された書類の束を見て、これは意味を失った抽象に過ぎないと私は思っていて、私がやろうとしている仕事は、梱包されたことによってアートになってしまったと、怠け者の私は頷いてみせたり、ふと窓の外の春めく風景を眺めて、萌え立つ新緑に自然の蘇生力を見取ったりしていました。おぉ、自然の蘇生力とは何と素直で朴訥なコトバだなぁと思いましたが、春の暖かさとぽっかり浮かんだ雲を見て、そこに捻りを加えることなど出来ないと感じていました。つまり現実逃避は創作活動の第一歩であると言い訳をして、そろそろ休憩時間を終えて真面目な仕事に戻らなければとならないと自分に言い聞かせました。

週末 屏風の塗装作業

昨日は6人で砂マチエールの貼り付け作業を行いました。今日は引き続き新作屏風の油絵の具塗装作業を行うことにしました。今日のスタッフは一人だけでしたが、彼女は染めをやっているアーティストで、作業に対する手際が良く、私の作品に昔から関わりを持ってくれています。砂マチエールは完全に乾いていない状態でしたが、油絵の具にも硬化剤が入っているため、全体に滲みこませる作業に入りました。今日のところは一層目の下地を塗る作業だけにして一旦終えることにしました。新作の屏風の下地はグレートーンの淡い色彩にしました。砂マチエールを貼るため6枚の厚板は作業台に乗せていましたが、下地を塗装した後で厚板全てをビニールシートを敷いた床に移しました。二層目の塗装からは刷毛によるものではなく、油絵の具を上部から垂らす行為に変えるのです。油絵の具塗装作業での描写行為は行ないません。偶然に飛び散った色彩を次から次へと上乗せしていく方法を取ります。点描のような状況が微妙な雰囲気を醸し出して、そこに自らのイメージと合致させようとしています。今月中に何層も油絵の具を撒き散らして、当初のイメージに近づけていきたいと考えています。今月はウィークディの仕事も厳しい局面を迎えていますが、創作活動も佳境を迎え、いろいろな意味で精魂を傾けているなぁと感じます。夕方3時半ごろ疲労を感じ、自宅に戻りましたが、手伝ってくれたスタッフは自らの作品を作っていて、もう少し作業を続けたいと言っていました。彼女から連絡があったのは5時半頃でした。新型コロナウイルスのこともあって、彼女を車で家の近くまで送りました。公共交通機関を使ってスタッフが工房にやってくると、帰路は私が車で送る手段を取っています。それはウィークディも同じです。私が仕事から帰っても工房に明かりが灯っていると、私は工房に顔を出し、スタッフを車で送ることをしています。床に置いた厚板は暫く乾かすことにしました。

週末 砂マチエール貼り付け作業

今日は若いスタッフ4人、家内と私の合計6人を工房に集めました。スタッフは10代から20代の女性たちで、美術に関係した人ばかりです。今月の制作目標として一番に掲げているのが、砂マチエールの貼り付け作業で、新作ではここが見せ場になるところなのです。新作は屏風とその前の床を使って、陶彫部品を複数組み合わせ、自らの世界観を創出させます。言うなれば集合彫刻ですが、これは私のデビュー以来ずっと続けてきた表現方法で、その年によってテーブル彫刻であったり、塔であったり、また今回のような屏風であったりしています。今回の屏風は荒廃し風化した架空都市をイメージしていますが、抽象化を進めているため、観る人によってさまざまな解釈があってもいいと思っています。屏風は6枚の厚板を蝶番で繋げる計画で、その1枚1枚には格子模様を刳り貫いてあります。その単なる木材の状態をイメージ通りにするには画面全てに砂マチエールを貼り付けて、そこに油絵の具を滲みこませていかなければならないなぁと考えていて、砂マチエールと硬化剤を大量に画材店から購入していたのです。作業として大変なのは砂マチエールの貼り付け作業で、私一人ではどうにもならず、普段から工房に関わりのある人たちに声をかけていました。6人がかりで作業を進めたので、今日一日で砂マチエール貼り付け作業は無事終わりました。朝10時から夕方4時まで、昼食を除いて継続で作業をやっていました。作業をしてくれた人たちに感謝申し上げます。全員がボランティアですが、工房を使用している関係者ばかりなので、私としては気兼ねなく仕事をお願いできたわけです。一日乾かして、明日は油絵の具の塗装作業に入ります。手伝いスタッフは1人だけになりますが、ほとんど私だけでできる作業なので、明日以降も頑張っていこうと思っています。

砂マチエール大量搬入

今日、東京神田の文房堂から砂マチエール200mlを18本、硬化剤200mlを30本、合計48本が職場に届きました。自宅は不在にしていることが多いので職場に搬入してもらいました。今日は家内が自宅にいたようですが、職場の方が分かり易いこともあって、外商部の女性社員に伝えてあったのでした。文房堂の砂マチエールは私が陶彫作品でデビューして以来、ずっと愛用しています。砂マチエールも各社のものを使用しましたが、私の作品に合うのは文房堂の砂マチエール(マリーン)かなぁと思っています。東京神田の文房堂は、明治時代からある老舗の画材店で、大学生の頃より利用していました。初めは銅版画をやっている先輩に連れて行ってもらった記憶があります。版画用具の充実さでは他に類を見ないので、版画に興味のある私は今後も文房堂を利用するでしょう。砂マチエールは陶彫作品との相性が良く、砂に油絵の具を浸みこませると陶肌に近くなり、殺伐とした雰囲気を表現するのに最適です。砂マチエールを貼り付け、油絵の具で塗装した画面は、私は平面でありながら立体として意識しています。画面を作っている際に色彩を考えることがあり、そんな意味では絵画性にも拘っていますが、筆による描写はせず、油絵の具を画面に垂らしたり、無作為に散らしたりしています。アメリカ人芸術家J・ポロックのアクションペインティングのような按配ですが、荒廃し風化した世界を具現化するためにやっているのです。毎年のように砂マチエールを使って作品をつくっているので、工房の棚には砂マチエール専用の籠があって、在庫が少なくなると文房堂に注文をしているのです。予定では明日は砂マチエールを貼る作業をやります。明日は頑張ろうと思います。

疲労が溜まる日常

毎年この時期になると、私は夜中に目が覚めて職場のことをあれこれ考え込む癖があります。来年度の職場体制をどう動かしていくのか、人事をどう組んでいくのか、一人で考えるには限界もあり、副管理職や主幹の職員にも相談していきます。最終決定は私がするにしても職員一人ひとりの細かな情報が欲しいのです。人事面接はそろそろ終わりに近づいています。私たち管理職は人事を行なうためにいると極論を言った人がいましたが、まさにその通りだと実感する日々です。副管理職時代を含めると、私は11年間もこんな仕事をしています。これは毎年やっているけれども、決して慣れるものではありません。新しい年度を迎えるにあたって、職場が生まれ変わる節目となり、組織という生命の産みの苦しさを伴うものではないかと私は感じています。なかなか理想どおりにはいかないと思いつつ、職員全員が気持ちよく仕事をしてもらうために最善を尽くすのが私の使命なのですが、それでも全員の満足を得ることは不可能で、誰かにシワ寄せがいってしまいます。そこを説得して了解してもらって任務をやっていただくことが多々あり、私としては結構辛いなぁと感じていることも確かです。なかなか苦く感じる1ヶ月ですが、日常的に疲労が溜まる時期でもあります。週末の創作活動は、そんな職場での苦しい日常にどのくらいリフレッシュを与えてくれているのか、確かに気持ちが変わり、ある意味で心身ともに楽になることはあります。でも創作活動には創作活動なりの苦しさもあって、職場の苦しさと創作活動の苦しさがバランスをとっている按配です。苦しさの質が違うので、これで何とかやっていけるのですが、粘り強く課題と向き合うことが私の得意とするところなので、余力は充分あります。多くの人に支えられていることもあり、頑張っていこうと思っています。今日のNOTE(ブログ)は気持ちの吐露に終わってしまいました。乱文御容赦ください。