休日出勤日に思うこと

毎週末を創作活動に充てている私は、自分の中に一定のリズムが出来ていますが、それでも休日にいろいろな用事があるため、休日出勤に関しては抵抗がありません。寧ろ代休を月曜日に設定しているので、勤務管理のない雑多な用事よりは歓迎出来るところです。休日出勤で有難いのは、他の職場や方面別事務所から連絡がないため、溜まった仕事を片付けられる利点があるところです。整理が苦手な私にとって有効な時間と言えます。来年度人事を考えていると、迷宮に入り込んでしまうので、逆に時間があるのは辛いかなぁとも思いました。創作活動もいくらでも時間があれば良いというものではなく、作品に主張を語らせる思索や表現方法があって、それに向かって集中して制作できれば、自分のイメージ通りの世界が作れると思っています。密度のある時間を過ごすために、自分なりの手枷足枷を課す場合もあります。少なくても私はそうした条件があった方が集中力が増すのです。どうしたら創作の世界に自分を持っていけるのか、私の場合は普段からのトレーニングでしか考えられません。二足の草鞋生活は、社会的に必要とされる昼間の仕事と、社会的ニーズのない創作活動を巧みに組み合わせることで成り立っています。普通に考えれば創作活動を蔑ろにしてしまうところですが、私は物事の優先順位をつける時に思い切った発想をするようにしています。昼間の仕事に押され、また必要とされる昼間の仕事を言い訳にして創作を怠ることがないように、生涯に後悔を残さないために、大きな視野で捉えた結果として創作活動を第一に考えているのです。昼間の仕事は嫌でもやらなければならないものであるならば、自分が生涯を賭けてやりたい創作活動を最優先にすることで、二足の草鞋生活のバランスが取れるのです。余裕のある休日出勤日に思うこと、それは現在の仕事と週末の創作活動の兼ね合いをどうとっていくか、暫し立ち止まって考えることが出来たことです。

勤務終了後に地元の美術館へ

一昨日、地元にある横浜美術館で会議を行っていました。神奈川県全土から関係者を集めて開催した大きな会議でしたが、そこでウィークディにも関わらず、美術館の企画展に多くの鑑賞者が来ていたことを知り、私も企画展が見たくなっていました。会議中に抜け出して見に行くことは、主催者側の人間としてさすがに不可能でしたが、日を改めて行こうと決めていました。多くの美術館は金曜日に夜間延長があって、仕事帰りに立ち寄ることが出来ます。横浜美術館も例外ではなく、夜8時まで開館していて有難いなぁと思っています。週末に陶彫制作をしている私にとって、勤務時間終了後に人気の展覧会に立ち寄ることが出来るのは、本当に良い機会を与えてもらっていると感じています。今晩、勤務時間終了後に横浜美術館で開催中の「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展に行ってきました。やはり夜間は鑑賞者もまばらで、ゆっくりと鑑賞することが出来ました。同展は印象派が中心ですが、現在通勤中に読んでいる「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)に登場する画家たちの作品が、オランジュリー美術館からやってきていたので、興味を持って見ることができました。モディリアーニも数点の油絵が来日していましたが、本展の目玉は何と言ってもルノワールだったと思いました。詳しい感想は後日改めます。日本人は本当に印象派が好きなようで、現代アートに比べるとさまざまな年齢の人が訪れていました。仕事の後で、瀟洒な未来都市であるみなとみらい地区にある横浜美術館に来るのは、何と贅沢なことか、美術館を出るとイルミネーションが輝いていて、観覧車も美しく彩られていて、夜の散策には絶好の場所だなぁと思いました。これで明日は週末の制作に突入できれば最高なのですが、明日は私の職場では休日出勤日に設定していて、通常通りの仕事が待っているのです。やれやれ。週末の制作はちょっとお預けで、もう一日仕事に頑張ろうと思います。

窯出しの夜に思うこと

月曜日の夕方に新作第1号となる大きめの陶彫部品を窯に入れました。毎年やっている制作工程最後の作業ですが、同じ作業にも関わらず毎回緊張をしてしまいます。3日間陶彫部品を窯に入れ放しにして、今晩窯出しをしました。焼成中は毎朝出勤前に工房に行って、窯の温度を確認していました。私が所有しているのは電気窯で、温度が自動調整されているため、焼成中はずっと窯を見ていなくても大丈夫なのです。二足の草鞋生活を送っている私は、薪窯やガス窯のように温度調節が常に必要な窯は持てません。茨木県笠間に住む友人が窯内のゼーゲルコーンを見ながら一晩中温度調節をしている様子を見て、羨ましいなぁと思ったことがありました。また、酸化と還元を使い分ける手法にも私は憧れを持っています。私は自作では釉掛けをしません。昔、釉薬のテストピースを作る実験をしたことがあったので、ほんの僅かな釉薬が工房に置いてありますが、20年間まったく使っていません。釉掛けをしないのは陶芸として魅力が半減していますが、私はあくまでも彫刻の素材として陶土を選んでいるので、釉薬や焼成方法には拘りがないのです。私が作る陶彫が陶芸ではないもうひとつの特徴は、窯入れする時の窯内体積を考えずに作品を作ってしまうことです。窯内にはぎっしりと作品を詰めることが経済的にも有効ですが、陶彫は扱いにくい形態をしているので、たった1体で焼成をすることも多々あります。贅沢な窯内空間の使い方をしているなぁと思っていますが、こればかりは効率を考えるより、カタチ優先の陶彫では仕方がないことです。今年も漸く焼成が始まりました。陶彫の醍醐味でもある焼成は、人の手が及ばない工程ですが、それだけに不思議な魅力に惹かれてしまう自分がいるのです。

11月RECORDは「拡散の風景」

一日1点ずつポストカード大の平面作品を作っていくRECORD。文字通り日々のRECORD(記録)で、その日のさまざまなことが記録されていきますが、時間がない中で制作をしているため、その効率を考えて5日間で絵柄が展開するようにしています。そうであるため通常の日記とは違い、内容がその日の気分に左右されることがありません。只管日常から離れてイメージに遊ぶのです。今月のテーマを「拡散の風景」にしました。現在のICT社会では、ネットによって個人情報が拡散していく恐れが常につき纏います。そんな悲惨な状況を描きたいと思ったのが最初の動機ですが、「拡散の風景」には私の個人的な別の動機もあります。私が20年以上も前に辿り着いた彫刻表現は、エーゲ海沿岸に残存する遺跡を礎に、古代出土品のような陶彫を組み合わせて表現するものでした。言わば集合彫刻だったわけで、都市構造は単体では表現できないと思ったのでした。それ以来、私はずっと集合彫刻をやってきました。陶彫部品をボルトナットで連結して、それによって大きな塊を構築してきました。現在の新作も集合彫刻です。最近、私は相反する要素もまた空間を解釈したり、演出する方法としてあるのではないかと思い始めていて、それなら集合の相反する要素として拡散も考えてみようと思っているのです。拡散彫刻、これは陶彫部品をバラバラにして空間に配置するもので、旧作では「構築~瓦礫~」と「構築~楼閣~」がそれに当たります。これをもっと大きなスケールでやってみたいと思っているのです。そのためのアイデアを今月のRECORDでやってみようとしています。明快なイメージはRECORD制作を容易にしてくれます。このところ調子の良いRECORDを楽しみながら継続していきたいと思っています。

映画「ジョーカー」雑感

昨日、横浜市都筑区鴨居にあるエンターティメント系の映画館にアメリカ映画「ジョーカー」を観に行きました。ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞という話題もありましたが、何よりも衝撃的だったのは、アメリカ本国から伝えられた映画館周辺で警察が待機したというニュースでした。映画に共感した観客が犯罪に走るのではないかという不安は、映画を観ていて成程と思いました。舞台はゴッサム・シティという架空都市で、そこでは街が腐臭を放ち、貧富の差は拡大し、困窮者が暴力に手を染めていました。世界にそんな街が存在することは想像に難くないと思いました。主人公の道化師アーサー・フレック(ジョーカー)は、緊張すると笑いの発作が出る脳損傷があり、それでもコメディアンになる夢を捨てきれず、ピエロ派遣会社で仕事をしながら、その機会を狙っていました。同居の母親は心臓と精神を病んでいて、その介護もアーサーがやっていました。そこに出生に関わるさまざまな悲劇がアーサーを襲い、自分が養子であること、母の交際相手に虐待されて脳に損傷を負ってしまったこと等、動揺を抑えられない彼は入院中の母を窒息死させてしまいました。道化師の扮装のまま地下鉄に乗った彼は、さらに高慢な3人のビジネスマンに対して銃を発砲したのでした。街では富裕層を責めるデモが、3人を殺したピエロを英雄視して、一触即発の事態になっていました。いよいよアーサーがジョーカーになる動機や環境が整い、混乱した街の中で究極の愉快犯とも言うべき悪役が誕生したのでした。この映画の魅力は主役を演じたホアキン・フェニックスで、法を遵守する心優しい男が度々馬鹿を見て、その累加の上に法外の存在になっていく過程を見事に演じていたのではないかと思いました。監督のトッド・フィリップスの言葉に「この映画には、何もかも剥き出しにすることを恐れず、役柄に肉体と魂を捧げられる俳優が必要でした。」とあります。まさに主人公の身辺に起こる事柄がリアルと感じてしまうのは、俳優が役柄に真摯に向き合う力だと思います。映画には、近い将来バッドマンになるブルース・ウェインが子役で登場し、大富豪で実業家だった父と母がデモ隊のひとりに、ブルースの目の前で殺されてしまう場面がありました。アメリカンコミックの原作を所々辿りながら、荒唐無稽な闇のヒーローがどのようにして登場したのか、まさに勧善懲悪では伝えられない現代の問題を掘り下げていく内容を盛り込んだ映画だったと振り返っています。

三連休 新作の窯入れ&映画鑑賞

三連休最終日です。今日は文化の日の振替休日で、今月の三連休は今回だけです。因みに勤労感謝の日は土曜日に当たってしまうので、今年は三連休になりません。今日はまず朝8時から工房に篭りました。根の陶彫部品の3点目の成形を行い、昨日作った1点目の陶彫部品に彫り込み加飾を施しました。なかなか厳しいスケジュールでしたが、その分朝から集中して作業をやっていました。午後になって、第1ステーションの1点目の陶彫部品に、ブロックサンダーをかけて表面を整えて化粧掛けを行ないました。これは窯入れの準備です。新作の窯入れは今回が最初になります。新作の焼成第一歩はいつもながら緊張します。毎年同じ工程で、同じ素材を使っているのに毎回カタチが異なるので、上手くいくかどうか心配になるのです。窯入れをすると、明日から毎朝出勤前に工房に立ち寄って、焼成温度を確認して仕事に行きます。窯出しは木曜日になります。焼成は週2回やっていますが、今回は新作初の陶彫部品なので、まず1回目の窯入れをやってみて、その焼成具合を見ようと思っています。陶彫にとって、焼成は最終工程で窯出しをして完成となります。焼成ができていないとけじめがつきません。最後は人の手の及ばないところで、作品の良し悪しが決まるのです。今日は窯入れをしたところで工房を後にしました。夕方は家内を誘って映画鑑賞に行きました。常連にしているミニシアターではなく、今日はエンターティメント系の映画館に足を運びました。観た映画はいろいろ話題になっているアメリカ映画「ジョーカー」でした。悪役が主人公の映画とあって、犯罪に共感する人が増えるのではないかと、本国アメリカでは警察が出動する事態があったようですが、内容を観た感じでは犯罪を正当化するものではなく、貧困や格差社会を背景にした架空都市の物語でした。それでも現代に通じるものがあるために、荒唐無稽な演出ではなく、リアルな心理を描き出しているなぁと思いました。映画に関しては詳しい感想を後日改めて載せたいと思います。三連休は陶彫制作と映画鑑賞もあって充実していました。幸先の良い11月が始まったなぁと思っています。

三連休 根の陶彫部品を作り始める

三連休の中日です。今日は文化の日で明日が振替休日になります。今日は朝から工房に篭りました。新作の陶彫作品は次の段階に入りました。新作は屏風と屏風前の床の部分に陶彫部品を連結して設置する集合彫刻になります。床に設置する第1・第2ステーションは、既に成形と彫り込み加飾が終わって乾燥を待っている最中ですが、今日から第1・第2ステーションと屏風に接合する陶彫部品を繋ぐ新たな陶彫部品を作るのです。それを私は「根の陶彫部品」と呼んでいて、蒲鉾型の陶彫部品を複数作って次々と繋いでいくのです。根が這っていくような状態になるので、こうした呼び方をしています。根の陶彫部品を作り始めたのは、2009年の個展で発表した「発掘~赤壁~」からで、赤い壁状の直方体の上に乗せた陶彫が最初ではないかと記憶しています。それを応用した小さな照明器具も作りました。その後に作った「発掘~増殖~」は根の陶彫部品だけで構成した作品でした。根の陶彫部品を利用した作品を調べてみると、2013年制作の「発掘~地殻~」「発掘~連築~」、2014年制作の「発掘~層塔~」「発掘~増殖~」、2015年制作の「発掘~群塔~」、2018年制作の「発掘~根景~」、2019年制作の「発掘~双景~」で、私の集合彫刻の特徴になっていると言ってもよいと思います。陶土を一定の厚さにして蒲鉾型にするのは工夫が必要で、陶彫は内部ががらんどうになっていないと焼成が巧くいきません。そこで塑造板に切込みを入れていて、ある程度成形が出来上がってきたら、切込みを抜いて底に穴を開けます。内側から手を入れて、蒲鉾型の曲面を調整しているのです。内側から陶土を手で押さえつけ、外側から叩き板で叩いて陶土の強度も図っています。そんなことを試行しながら根の陶彫部品を作っています。今日は2点の陶彫部品の成形を行ないました。夕方自宅に戻って、RECORD制作の後、夜になって再度工房に出かけ、明日のためにタタラを数枚準備しました。今日は朝から晩まで陶彫制作に没頭しました。本当の意味で文化の日を体験しているなぁと思いました。明日も継続です。

三連休初日は地域行事参加&陶彫制作

今日から文化の日を含む三連休が始まりました。この時期は学校に限らず地域でも文化祭が盛んに行なわれていて、私が勤務する職場の地域でも文化祭があります。私は開会のセレモニーに呼ばれていて、午前中はそこで挨拶をしてきました。今月も休みになると用事がいろいろあって、週末全てを創作活動に充てられないことが少々残念です。今日は午後になって工房にやってきました。新作は屏風と床置きの連結した集合彫刻になる予定で、三連休は連結する陶彫部品を作り始める計画でいます。屏風に接合する陶彫部品、床に置く陶彫部品、それと屏風と床を繋ぐ陶彫部品のうち、まだ手をつけていない箇所は、屏風と床を繋ぐ蒲鉾型の陶彫部品です。根が這い出していくようなイメージなので、根の陶彫部品と称していますが、これは私の陶彫作品の大きな特徴でもあります。先月、栃木県益子町から届いた陶土に今日から手をつけました。土錬機を回し、陶土を混ぜ合わせ、そのうち数枚のタタラを準備しました。タタラは掌で叩いて座布団大に引き伸ばします。それをビニールで覆って、明日から始める成形に使うのです。成形はタタラと紐作りの併用です。午後の制作が始まると、漸く週末の定番の風景とも言うべき創作活動が自分の中に戻ってきます。今日はウィークディの疲労が残っていたためか、なかなか集中できずにいましたが、気持ちは楽しくなって、創作活動に充てられる貴重な時間を過ごしていました。思えば学生時代は時間が沢山ありました。贅沢な時間を贅沢とも思えず過ごしてきましたが、その頃は自己表現が定まらず、また将来に対する不安に苛まされていたので、贅沢な時間とは認識できなかったように思えます。先日出かけた美大の芸祭でも若い学生たちは、皆んな不安を抱えて制作をしているのだろうと察しました。自己表現が定まり、技法を獲得した今でも私には迷いや不安があります。学生時代とどこが違っているのか、私はどれだけ成長したのか、分からなくなることもあります。社会人としての仕事に就き、多忙になったことは結構なことだと思いますが、それを言い訳に自己表現が上滑りしているのではないか、何も考えずに効率ばかりを気にしている時に、私は魂の抜け殻のような作品を作ってしまうのではないかと思いを巡らすことも多々あります。そんなことを気にしながら、夕方まで工房にいました。にわかファンになったラグビー・ワールドカップの決勝戦が始まるまでに工房から自宅に戻って来ました。

めっきり寒くなった11月に…

11月になりました。朝晩めっきり寒くなった11月に、陶彫制作に闘志を燃やすのは何も今年に限ったものではありません。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、11月から窯入れを始めているようで、今年も例外なく窯入れをやっていこうと思っています。今月の陶彫制作は屏風と床置きのステーションを繋ぐ蒲鉾型の陶彫部品を作っていきます。今まで作ったものより多少小ぶりな造形になるので、1ヶ月で数多く作れるのではないかと期待していますが、果たしてどうでしょうか。屏風の木彫の最終デザインも決めていこうと考えていて、その壁のイメージを思い浮かべていくことも重要な仕事です。今朝は寝起きにふと壁のイメージが湧きましたが、まだ漠然としていてカタチが掴めません。私は紙上のエスキースをしないので、常に頭の中をイメージが去来しているのです。次第に霧が晴れてくるのを待っているような按配です。毎年のことですが、今月は昼間の仕事も多忙感がつき纏い、かなり厳しくなります。来年度の人事体制を考え始めるからです。私の場合は、いつもこの時期から公務員管理職としても、彫刻家としても神経も体力を使わざるをえないのです。ストレス解消としては美術館や映画館に行くことですが、今月はそれが出来るでしょうか。RECORD制作は今のところ調子が良く、自宅での集中力が増しています。この調子の良さは、疑似科学ではあるけれどバイオリズムの周期というものを信じたくもなります。慣れると緩慢になりそうでいて、そうでもないところで踏ん張っているRECORDが前よりも楽しみになっています。読書は相変わらずで、先月の継続になるかなぁと思っています。今月も頑張っていきたいと思います。

週末制作を全う出来なかった10月

今日で10月が終わります。月の最初のNOTE(ブログ)に書いた通り、今月は週末にいろいろな用事があり、なかなか制作時間が取れず、陶彫制作を全うすることができませんでした。今の職場の地域行事の参加や前職場の若手職員の結婚式参列、台風で壊れた自宅の雨樋修繕のための業者との打ち合わせ、母の介護施設への引っ越しの手伝いと、母の転倒による入院手続きとその付き添い、先週末に行った2つの美大の芸祭など、週末がやってくる度に制作時間を削ってきました。それでも第1、2ステーションの陶彫成形と彫り込み加飾の完了と、屏風を構成する6点の厚板に基本となるパターンの下書きを終えました。用事がなければ制作工程としては遅々として進まなかった状況ですが、これだけの用事がある中でよくぞここまでやったなぁという思いに駆られています。ただ、制作工程としては厳しくなっているのは確かです。来月に期待したいところです。RECORD制作は毎晩やっていて今月は及第点です。この調子で継続したいと思っています。最近賢くなったかもしれない飼い猫のトラ吉は、私が食卓でRECORDを制作している時は、ガラス扉越しにずっとこちらを見ていて、大人しく待っているようになりました。美術鑑賞は師匠の池田宗弘先生が所属している「自由美術展」(国立新美術館)、「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」(武蔵野美術大学美術館)へ行きました。映画鑑賞では「トム オブ フィンランド」、「イーダ」(いずれもシネマジャック&ベティ)の2本を観てきました。多忙な10月だったにも関わらず、これも陶彫制作同様まずまず良かったのではないかと思っています。読書は「モディリアーニ」をまだ読んでいます。職場には民俗学の書籍を持ち込んできました。朝晩めっきり寒くなってきた10月末ですが、来月も元気に頑張っていきたいと思います。

「モディリアーニ」第7章のまとめ

「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第7章「モディリアーニの成功を夢見る男」のまとめを行います。「ポーランドの詩人レオポルド・ズボロフスキーはこの展覧会を訪れ、モディリアーニのずば抜けた才能に驚嘆した。ズボロフスキーは政府の給費留学生として文学を学ぶために戦前のパリにやってきたが、給費が途絶えたのでセーヌ河岸で本や版画を売って生活していた。~略~八年前にポール・アレクサンドルがモディリアーニを支援して以来、ズボロフスキーほど彼の作品に強い興味を抱いた人物はいなかった。~略~『彼のような画家がカフェテラスで作品を売らねばならないとは何とも惨めなことだ』~略~ズボロフスキーは契約の一部として彼に煙草を提供したほか、苦労してワインも手に入れてやった。今やグラス二杯か三杯のワインは彼の制作活動にとってなくてはならないものだったからだ。~略~ほんの少量の酒で彼が酔っ払えたというのは驚くべき事実だが、おそらくワインは彼の力を発揮させる触媒だったのであろう。彼の友人たちは皆、彼がどんなに酔いつぶれても手だけは正常で、ずば抜けた技術とセンスをもってスケッチすることができることを知っていた。」ここまでモディリアーニと彼の画商になったズボロフスキーの関わり合った部分だけをピックアップして書きましたが、モデルになった女性関係や戦時下の混乱した生活状態のことは省略させていただいています。最後にモディリアーニの人物画家としての特徴を書いた部分を引用いたします。「フィレンツェとヴェネツィアでの修行時代からモディリアーニは女性のフォルムを繰り返し熱心に学習し、パリにきてからも裸体画のクラスに通っていた。彼が描くほかの肖像と異なり、彼の裸婦は物憂げな雰囲気がなく、直接的で開放的、肉感的なフォルムを持ち、華やかな色彩が用いられている。顔の描き方は簡潔で、ほかの肖像のそれのような悲痛な面持ちは見られない。しかし、そうした肖像のモデルとなったのが皆、彼の芸術家仲間や作家の友人といった複雑な性格の持ち主であることを考えれば、心の奥底を暴き出すような苦痛の表情が描き出されたのも驚くにあたらない。かたや、裸婦のモデルとなったのはプロのモデルやメイド、ウェイトレス、乳絞り女といった肉体と性的魅力を誇示する若い健康的な女性たちであった。」

社会の鬱積からの解放

武蔵野美術大学美術館で開催中の「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」を見て感じたことは、国家が社会主義体制にあった時代に、その鬱積から心を解放したいと願って、密かに作品を作っている芸術家の姿でした。そうした国家に対し、時の独裁者に迎合し、その猛々しい銅像を作る芸術家もいれば、スタシス・エイドリゲヴィチウスのような芸術家もいることが、造形美術の広範囲なあり方を示すものだろうと思っています。ナチスドイツの時代には国家の権威権力に対し、それとは無関係な新しい美意識を追求した美術作品が、退廃美術という烙印を押され、多くの作品が処分されました。美術史の観点からすれば、日常生活を図像として記録した古代の出土品を初め、宗教的な導きを図示化したものや社会的世相、たとえば戦争の意気掲揚を謳ったものまで、さまざまな表現が人類史と共に現れてきました。そうした社会的な動向とは無縁の、美意識だけを創作の中核に据えたのは、漸く20世紀になってからではないかと私は理解しています。現代はさらに美意識さえも変革し、人間が何処へ向かうのか、どうなってしまうのかを問いかける造形美術が登場してきたと考えています。現状を楽観視する作品もあれば、社会的な不安を訴える作品もあります。もう造形美術という範疇では語れない作品も存在しています。価値の多様化は現代そのものであるし、そんな中でもアートがコマーシャリズムに乗って大衆に根付いてきたことは確かです。翻って自分は何をすべきか、今風のアートを身に纏うべきか、先端アートに身を置いても、私はコンセプトを続けることができないのではないかと思ってしまいます。「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」が私に齎せた影響は、まさに社会の鬱積からの解放ですが、国家というより、私の場合は極めて個人的な感情によるもので、公務員としての社会体制からの些細な解放とも言えるものかなぁと思っています。個人の事情を考えると、こうした考えはとても小さなものに思えますが、だからといって作品が纏う精神性が浅いわけではないと思っているところです。

東京小平市の「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」

昨日、東京都小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催されている「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」に行ってきました。リトアニア出身でポーランドで活躍する画家スタシス・エイドリゲヴィチウスは、なかなか覚えられない長い名前のためか、私はそれまでこの画家を知りませんでしたが、展覧会場に入るなり、その絵画の素晴らしさに思わず見惚れてしまいました。展示前半は私が日々作っているRECORDと同じサイズの小さな作品が多数並んでいました。どうしてそのサイズになったのか、理由は1974年当時に編入されていたソ連の兵役に就いていた時、彼は上官の目を盗んで、すぐ隠せるサイズの紙に絵を描いていたことがその根拠になったようです。しかも細密に内面世界を描き出す作品は、どれも完成度が高く目を見張るものがありました。私はRECORDを作る際の刺激を大いに貰った感じがしています。RECORDにはもう少し時間をかけなければならないと思いました。彼にとって絵画は解放区と言うべきもので、寓意と哀愁が漂いつつ、東欧の土俗性が根付いていて、その卓抜としたシュルレアリスム的世界観に、私は圧倒されていました。特徴としては顔の戯画化が多く、真ん丸な目がこちらを見つめているような錯覚を起こします。その目は人間の目ばかりではなく、鳥や動物の目のようにも感じました。彼はポスターや絵本にも着手していて、どこかで一度は手にしたことがある絵本も展示されていました。絵本では「ながいおはなのハンス」が有名かなぁと思いましたが、作者名を気にしたことはありませんでした。社会主義時代から体制が変わった時代を経験し、規制がなくなって自由に表現できる喜びを体現しているスタシス・エイドリゲヴィチウス。私のRECORD制作とはスケールが違いますが、私も昼間の公務員としての仕事から解放される喜びを表現しているところでは変わらないのではないかと自負しています。本展で明日への意欲と継続していく根気と勇気をもらうことが出来て、私にとって最高の幸せを齎せてくれたと思っています。しかも800点の作品が展示されていたことは特筆に値します。

週末 大学祭(芸祭)訪問②

昨日に続いて、別の大学祭(芸祭)に工房スタッフ3人を連れて行ってきました。今日出かけたのは武蔵野美術大学で、ここにも私の関係者が在籍しています。その子は空間演出デザインを専攻していて、ファッション関係の仕事に就こうかと話していましたが、昨日の子と同じく就職活動に消極的でした。武蔵美は何より私の母校で、ここにやってきた理由が2つあります。ひとつは武蔵野美大美術館で開催している「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」が見たかったことと、自分の創作活動が始まった原点を確認したかったことでした。ポーランドを代表する画家スタシス・エイドリゲヴィチウスは現在70歳で、現役で活躍しています。彼の完成度の高い作品に数多く接して、私の大好きな東欧の土俗性に触れる機会を得ることが出来ました。この展覧会については別稿を起こします。武蔵美の芸祭は日曜日ということもあってか、来客の多さで圧倒されましたが、私は彫刻が展示されている2号館に佇んでいました。自分の40数年に及ぶ彫刻制作がここからスタートした思いに暫し駆られ、当時人体塑造をやっていた私は、池田宗弘先生から厳しい指導を受けていたことを思い出していました。どんなに厳しくされても、彫刻の魔力に憑かれた私は公務員との二足の草鞋生活を送ることになり、現在に至っています。彫刻を初めとする創作活動のスタートに立っている学生たちは、今後どんな人生を送っていくのでしょうか。きちんと就職活動を行っているのでしょうか。展示されている絵画や彫刻、デザインの作品を見ていると、創作に思いを強く持っている作品が目立ちました。表現が途中経過を示している作品群を見ていると、ここで終わったら残念だなぁと思うのは私だけではないはずです。そんなことを考えながら広場で、武蔵美恒例の彫刻学科学生による裸神輿を眺めていました。男子は褌一丁で将来のあるべき姿を叫ぶ姿勢は変わらないものの、最近は女子が増えてきて、晒を巻いた元気な女子たちの掛け声にも威勢の良さを感じました。

週末 大学祭(芸祭)訪問①

相原工房に出入りしている若いスタッフの一人に、女子美術大学でヴィジュアルデザインを専攻している学生がいます。また、工房には美大を目指して基礎デッサンをやっている子もいます。昨日のNOTE(ブログ)に初心を忘れないようにしたいという主旨の文章をアップしましたが、まさに彼女たちは美術の専門家としてのスタートラインに立ったところで、初心そのものだと感じます。今日は美大生の案内で女子美術大学の大学祭(芸祭)に行ってきました。アートやデザインの世界は希望者が多くても、なかなか社会的に厳しい面があって、大学の4年間を学生はどのように過ごしているのか、私自身の体験もあって、とても気になるところなのです。女子美は女子だけしか在籍していない優しさや緩さがあって、落ち着いた雰囲気を醸し出しているので、美大生を持つ保護者にしてみれば安心できる環境かなぁと思います。女子美祭は、中央の広場でコスプレ・ショーがあり、ある一面では現代日本の世相を反映していているようです。展示では、日本画や染織に見ごたえのある作品が多かったと思っています。困ったことに工房に出入りしている若いスタッフも例外ではありませんが、就職活動に消極的で、社会に出ていくイメージが湧かないと言っています。他の美大に通っている子も同じことを言っているので、美大生全体にそうした風潮があるのかもしれませんが、自分の好きなことを4年間、しかも素晴らしい設備や環境に囲まれてやってきたので、世知辛い社会に出ていきたくないと思うのは、よく分かります。楽しい現状に対して複雑な心境になっている彼女を見ていると、私自身も大学を卒業する頃になって、今でいう精神疾患を患っていたのではないかと振り返ってしまうところですが、心をしっかり持って社会に旅立つことを願うばかりです。

初心を忘れないために…

創作活動にしろ、公務員の仕事にしろ、それを始めた頃の自分はどうだったのか、初心を忘れないようにしたいと日頃から私は考えるようにしています。とりわけ創作活動において慣れは禁物です。造形美術の場合は技法の習得は必要ですが、そこに留意しなければならないこともあって、腕前が巧みになればなるほど、心がそこにあらずの腑抜けた作品になってしまう恐れがあるのです。技法の習得は作品の内容に関わるものであり、勿論超絶技巧は鑑賞者を惹きつける要素にもなり得るのですが、芸術で一番重要と思われるのは、技巧ではなく精神性であることは美術史が認める事実です。精神性はこうしたい、ああしたいと願う自分の主張や思索があって、その具現化に骨を折る過程で培われるもので、小手先で器用に達成できるものではありません。そうした自分への追い込みがあるからこそ、取り組みとしての創作活動は厳しいのだろうと私は理解しています。自分の創作活動はいつ始まったのか、どんな動機で始めたのか、その時は何を目指していたのか、あれこれ思いを巡らせて、現在やっている陶彫制作やRECORD制作の立ち位置を改めて見つめなおし、この先どのようにしていくべきかを暫し立ち止まって考えることを、私は例年この時期にやっています。幸い工房には美術の専門家を目指す若いスタッフたちがいます。美大受験生、美大生、そして学校を卒業したばかりのアーティスト、既に美術団体に所属するアーティストが工房に集っています。彼らを見ていると、私も初心を忘れないようにしたいと思うのです。そうした人たちが周囲にいることも私にとって幸せなことで、彼らの頑張る姿に影響を受けていることもあると思っています。若い頃の自分は美大の彫刻工房から創作の一歩を踏み出しました。その建物はもうありませんが、その時の気分は今も覚えています。工房で基礎デッサンをやっている若いスタッフを連れて、私が美大の催しに出かける理由として、初心を忘れないようにしたいという思いがあるためと言っても過言ではありません。

「モディリアーニ」第6章のまとめ

「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第6章「窮乏生活の中で」をまとめます。まず冒頭の文章を引用いたします。「モディリアーニがそれまでに会った女たちの中で、ベアトリスほど彼が生活をともにした女性はいなかった。そして、彼女と過ごした年月の間に、彼の作品は劇的な変化を遂げたのである。1915年にはすでに、現在のどの美術書にも掲載されているような肖像画に着手し、彼の画商であったポール・ギヨームや、画家モイーズ・キスリング、太った子供、新郎、新婦らの肖像画を手掛けていた。彫刻家として過ごした年月の間に、モディリアーニは人間の姿を三次元的な固体として捉える術を身につけ、彼の肖像画はすでに、柱のような長い首と楕円形あるいは細長く引き伸ばされた形の顔、顔の表面に切りこまれたような鋭角的な鼻を備えるものとなっていた。」ところで二人の関係はどうだったのか、こんな一文もありました。「モディリアーニの擁護者となることを決意したベアトリスの自我と、彼女の僭越さに腹を立てたモディリアーニの自我がぶつかりあったのである。しかし、ベアトリスはたとえ彼を恋人として見なすことができなくなっても、彼の芸術を称揚することはやめようとしなかったであろう。」さらにベアトリスが綴った美しい文章が残されています。「愛は…性的な関係とは無関係である。愛は、個人が高揚の極みに達した状態であり、すばらしく、まれな、そして人を奮い立たせるような力強い夢がもたらす偉大で、まれな産物である。」これはモディリアーニのことが念頭にあったようですが、当人は窮乏生活の中にいました。「画廊にとってモディリアーニは扱いにくい作家だった。モディリアーニの作品を買いたい客が現れた場合、画廊の方で値段を提示したとしても、客がモディリアーニの住所を聞いて直接彼に会いにいけば、それよりもっと安い値で売ってしまうのだ。ましてや、抜け目のない客ならば、酒や食事をおごって、その礼としてモディリアーニからただで作品をもらうこともしばしばだった。~略~彼は貧乏のどん底にありながらも、プライドだけは高かった。画材を買うためや酒を飲むために金を借りることはあっても、独特の尊厳さを失うことはなかった。」

映画「イーダ」雑感

常連にしている横浜のミニシアターで、1週間の限定上映になっていたポーランド・デンマーク合作による映画「イーダ」を観て来ました。2013年に制作された本作は、モノクロでスタンダードなサイズで作られているため、クラシカルな映像美がありました。登場人物たちの極端に少ない台詞や抑制された人と人との距離感もあって、私は終始独特で不思議な雰囲気に導かれてしまいました。内容は1962年のポーランドの修道院から始まります。戦災孤児として修道院で育った少女は、修道誓願を立てる前に、院長から叔母が生存していることを聞かされ、叔母に会いに修道院を出て行くのです。叔母は酒と煙草、時に情事に耽っている自堕落な女でしたが、嘗ては人に怖れられていた検察官だったようです。叔母は少女に、本名がイーダであること、加えてユダヤ人であることを告げ、少女の両親が亡くなった経緯を探りに行くことに付き合うのでした。無垢で信仰心の厚い少女と、シニカルで無心論者の中年女。この奇妙な2人組が、叔母の運転する車で農道を走っていく映像は妙に象徴化された画面構成があり、私は美しさを感じました。イーダが無言で問いかける自分のアイデンティティ、自分とは何者か。嘗て両親が暮らした村を訪れた際に、二人は冷たい仕打ちを受けますが、調べていくうちに、村にいた住人の一人がイーダの両親と叔母の一人息子を殺して森に埋めたことが明るみに出てしまいます。戦中戦後のユダヤ人に対する残虐な行為、全体に立ち込める陰鬱な空気と閉塞感、自暴自棄になった叔母は飛び降り自殺し、イーダは一人残されます。イーダは叔母の真似をして酒を飲み、煙草をくわえてみたりして、外気を吸い込み、新たに解放と言う受難さえ怖れぬ覚悟を決めます。そこで知り合ったバンドマンとの一夜限りの情事、無表情だったイーダの表情に微妙な変化がありましたが、結局、修道院に戻っていくイーダの姿を捉えて映画は終わります。映画「イーダ」は、多くを語らずとも雄弁に表現されたものがあって、私には説明のつかない不安定な印象が残りました。

「即位礼正殿の儀」で創作活動の機会を得る

今日は「即位礼正殿の儀」で、官公庁は休日になりました。「即位礼正殿の儀」とは、天皇陛下の御即位を内外に広く披露するための儀式です。言わば外国で称される「戴冠式」のようなものだろうと思います。天皇制が出来た古代から現在も天皇が継承されている我が国の特別な環境を、私は支持しています。私の中には紀元前の神武天皇から始まったであろう長きにわたる歴史を蔑ろにしてはいけないという考えがあります。また、日本国象徴としての天皇の現在のお姿も理解しています。今日は祝事の休日扱いのため、私には週末以外に創作活動が出来る喜びもありました。今日は朝から工房に籠りました。屏風の下書きを続きを行っていましたが、昼頃になって横浜市中区にある常連のミニシアターに映画を観に出かけました。上映されていた映画は、敢えてモノクロにしてクラシックな映像美を求めたポーランドの「イーダ」でした。修道院で育った孤児が叔母を訪ねていく物語で、彼女の出生に纏わることが明かされていく過程で、自分とは何者なのか、彼女のアイデンティティに関わることが映画全般の主題になっていました。詳しい感想は後日に改めます。映画館から帰ってきて、再び工房に篭りました。工房に若いアーティストが顔を出しました。彼女はテキスタイルの作品を作り続けていて、新作に取り組んでいました。今月末までに新作を完成させなければならないようで、彼女は集中して作業をしていました。私も背中を押されるように屏風の下書きの続きを行ないました。これは創作と言うより、創作を行なうための準備で、厚板に無数の矩形を描くために縦横の線を鉛筆で引いていたのでした。この矩形のいくつかを彫っていくことになりますが、まだ先の制作工程になります。夕方は母が入院している病院に、家内と見舞いに出かけました。今日が休日になったおかげで、制作やら鑑賞やら母の見舞いやらが滞りなく進みました。明日からまたウィークディの仕事に励みたいと思います。

「呪術としてのデザイン」を読み始める

「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)を読み始めました。本書は自宅の書棚に仕舞いこんでいたもので、未読の一冊です。これは職場の私の部屋に置いておいて、折に触れて読もうと思っています。前まで読んでいた現象学者の論文とは違い、本書は比較的平易ではないかと思っているので、楽しく読み進められるかなぁと期待しています。素朴な土俗信仰や高度に洗練された宗教であっても、人間が畏怖を感じる存在を具現化したものは世界各地にあります。私も願わくばそうした不可思議なデザインを訪ねて世界中を巡りたいと思っているので、本書は私の願望を満たしてくれる格好な書籍であろうと考えています。目次を見ると、ケルト民族の意匠に関するものが多いのも興味・関心を引くところでもあります。序文に次のような一節がありました。「芸術の本質もまた超越的な存在の媒介による他者との位置関係の新しい設定であり確認である。日常の目に見えなかったものを感覚の領界にうつし、非現実を現実化するとき、詩が生まれ、建築が始まる。芸術と宗教、そして科学に通底するものは呪術のデザインである。」私が創作活動として陶彫制作をするとき、日常では見ることができないイメージ世界を捉え、その存在を効果的にする素材を選択し、具現化するために技法を習得するのは、何かに突き動かされているのかもしれないと常々感じていて、でも、その正体を掴むことは到底出来ません。創作の動機や意欲はどこからやってくるのでしょうか。自分では説明のつかないものを本書とともに考えていきたいと思っています。こんな一文もありました。「芸術は、自己表現であるよりはむしろ神との対話である。暗闇のしじまに、不可思議なフォルムの醸成をまたなければならない。呪術はその位相空間を可能にする工夫であり、意匠である。」

週末 地域行事&屏風下書き開始

今日は午前中は職場の地域行事に参加してきました。自分の役職上これは参加せざるを得ないもので、仕事の一環として考えています。今月はこうした用事が立て込んでいるので、なかなか陶彫制作が進みませんが、それでも昨日は第2ステーションの成形と彫り込み加飾が完了したので、今日は午後になって、いよいよ屏風の下書きに取り掛かりました。屏風は6枚の厚板で構成する予定ですが、まず手始めに基本となる1点目の下図を描いてみました。イメージとしては20代の頃に旅したトルコを思い出し、過去の作品で頻繁に参考にした地中海沿岸に広がる古代都市ではなく、トルコ内陸のカッパドキア地方の奇岩を参考にしました。奇岩には無数の穴が開いていて、この洞窟に人の住んだ形跡が見られました。イスラム教徒が台頭する中で、キリスト教徒が隠れ家にした歴史があって、美しいフレスコ画も洞窟に残されていました。ちょうど蜂の巣のような秩序だった洞窟住居は、自然と人工の織り成す絶妙な美観が何年経っても私の印象に残っています。その美観を思い出し、まず屏風に表したいのは風化した壁であり、人々の暮らした痕跡であり、まさに廃墟となった住宅を作りたいと考えているのです。そこに這っていく不可解なオブジェを陶彫で作り、大きな捉えをすれば死生観までも表現できたら本望かなぁとも思っています。最初に秩序だった穴の開いた壁を作るために、厚板に横長の同じ長方形が並ぶ基本的なパターンを描きました。厚板の縦横の長さに対して、どのくらいの長方形を配置すべきか、長方形と長方形の仕切りをどのくらいにすべきか、己の感覚を下敷きにしながら寸法を計算をして、まず1点目の厚板に定規で縦横の線を引きました。これと同じものを6点作ります。廃墟を作るためには、廃墟になる前の整然とした住居を作る必要があるのです。きっちりとした構成物がなければ、破壊することも出来ません。とりあえず基本となるパターンは書き上げました。先が長いなぁと思いつつ、屏風の第一歩は踏み出しました。今後は陶彫制作と屏風の木彫制作を同時に進めていく所存です。

週末 第2ステーション成形・加飾完了

週末になりました。朝から工房に篭りました。今日は若いスタッフが来ていて基礎デッサンをやっていました。スタッフがいると張り合いがあって作業が進みます。彼女は肌理の細かい感覚を持っていて、技術が向上すれば緻密な世界が描けそうな気がしています。来週は美術系大学の学園祭(芸祭)に行こうかと話をしていました。私は先日から取り組んでいる新作の第2ステーションの成形と彫り込み加飾が何とか完了しました。陶彫は最後に焼成という制作工程が控えているため、窯入れしなければ、完成には至りません。今日完了した陶彫部品は、いずれも乾燥するのを待って窯に入れる予定です。第2ステーションは10個の陶彫部品で成り立つもので、10個を並べると楕円形になります。第1ステーションも4個で円形になるように配置するので、床に円を成す一塊の集合彫刻が2ヶ所できるのです。2ヶ所のステーションは蒲鉾型の陶彫部品で結ばれる計画です。蒲鉾型の陶彫部品は網の目のように伸びていき、屏風にも立ち上げって壁に貼りついていくイメージです。とりあえず床に置かれる2ヶ所のステーションの成形と彫り込み加飾が終わり、これが上手く焼成できれば、床置きの見せ場は何とかなりそうです。今月中には第2ステーションの成形と彫り込み加飾を終わらせる目標を立てましたが、これは達成しました。第1ステーションと第2ステーションの連結は、今年ギャラリーせいほうで発表した「発掘~双景~」を応用したもので、新作はさらに屏風に陶彫部品が伸びていき、屏風に蔦が這うように絡んでいく世界を創り出そうとしています。いずれ新作に関するイメージの源泉をNOTE(ブログ)に書いていきますが、私は雑駁なイメージが作る過程で具体化していき、時に立ち止まって思索しながら、茫洋としたものがはっきり見て取れるものになっていくのが常なのです。今回完了した第2ステーションも蓮の葉が寄せ集まったイメージでしたが、カタチが出来てきて漸く次なる展開が可能になったと思っています。完成図のエスキースをしないのが私の流儀で、下図があるとそれに左右されてしまい、それ以上の世界が期待できなくなる怖れがあります。降って湧いたイメージはそのまま心に仕舞っておいて、イメージの上書きを具体化とともにしていくのです。明日は職場のある地域の行事があって、丸一日を創作活動に当てられないのが残念ですが、そろそろ屏風の下書きをやってみたいと思っています。

「見えないものを見る カンディンスキー論」読後感

「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)を漸く読み終えました。本書は職場の私の部屋に置いたまま、時には数か月も放ってありました。前の職場から現在の職場へ移動した書籍の一つでもあります。NOTE(ブログ)によると、初めに手に取ったのが2017年11月29日だったので、ほぼ2年がかりで読破したことになります。著者のミシェル・アンリは「精神分析の系譜」等を著した現象学者で、読み進めていくうちに哲学書全般に見られる周到に用意された語彙の理解が必要になってくるのを感じていました。途中で挫折するかもしれないと思ったことは数知れず、それでもその危機感を救ったのは、本書が私の大好きなカンディンスキーの絵画理論に基づいていることが大きかったと振り返っています。内容を一言で言えば、訳者があとがきで書いている通り「写実主義の絵画を初めとしてあらゆる絵画は抽象絵画に包摂されるという点」にあります。カンディンスキーが生きた時代は、新しい芸術が理論と共に生まれた時代と理解していますが、今読んでいる画家モディリアーニの生涯を考えてみると、不思議な感覚に陥ってしまいます。カンディンスキーは1866年生まれ、モディリアーニは1884年生まれで、カンディンスキーの方が18年も前に生まれているのです。もちろん、ピカソのキュビズムやフジタたちのエコール・ド・パリもあって、欧州芸術界は百花繚乱の雰囲気がありましたが、それにしてもカンディンスキーの「芸術における精神的なもの」を初めとした絵画理論の数々は、この時代にすれば飛び切り新しいと言わざるを得ません。造形美術が哲学を纏うようになった最初の人がこのカンディンスキーではないかと思うのですが、いかがでしょうか。因みにモンドリアンは1872年生まれ。同時代と言えばその通りで、エコール・ド・パリの時代に次の時代を予感させる抽象絵画が始まっていたのでした。

「芸術と宇宙」について

「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)の最終章「芸術と宇宙」のまとめを行います。本書は、カンディンスキーの著書「芸術における精神的なもの」を著者の視点で読み取り、そこに深い学殖に裏づけられた論考があって、全章を通して平易とは言い切れないものがありました。「十八世紀以降、宗教的感情が消滅したあと、具象絵画が提供したものといったら、脆弱ないわば二流の作品ぐらいしかないこと、絵画の領域における創造的な力の一般的な退潮は、生の衰弱の、生が有していたおのれの不屈性への確信が失われたことの正確かつ直接的な帰結であること、おそらくこうしたことこそが、ここ三世紀の美的動向を決定しているのであり、それゆえに内部の力を失ったその動向は、諸物を頼みとして、もはや信頼の中に、生それ自体への信頼の中に見出せない支えを諸物のもとで探し求めることになったのである。」これがこの論考を始める契機となったものだろうと思います。そこにカンディンスキーのこんな発想を引用しています。日常環境に属する平凡な諸物にしても、内部の音響をもっていると。さらに「芸術家によって使用されるフォルムは、現実的なフォルムであるとか抽象的なものであるとか、といった問題は、全然意味のないことである。その理由は、いずれのフォルムも内面的には等しいからである。」論考を抽象に導く中で、こんな疑問も提示しています。「絵画における抽象の理論は、客観的具象化にさからって、したがって自然にさからって定義されたのではないだろうか?」それに対する解答は次の通りです。「客観的世界を構成する意味の観念的基準から、色と線的なフォルムをひき離すことによって、指示的でない絵画性の中でこれらをとらえることによって、カンディンスキーの抽象は自然を遠ざけるどころか、自然の内的な本質を回復させているのだ。この本来の主観的で動的で印象的で情念的な自然、〈生〉という本質をもつこの本当の自然、それは宇宙である。」カンディンスキーが携わった冊子「青騎士」の中では、彼のこんな主張も見られます。「世界は響きを発する。世界は精神的に作用する諸存在の宇宙。かくして、生命なき物質も実は生命ある精神にほかならぬ。」

「絵画はすべて抽象的である」について

「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)の「絵画はすべて抽象的である」という章のまとめを行います。本書は、カンディンスキーの著書「芸術における精神的なもの」を基盤にフランスの現象学者が著したもので、芸術の中の絵画についての考察が大変面白いと思っていますが、なかなか難しい箇所も多く、論考にも哲学的な側面が見受けられます。カンディンスキー自身も抽象絵画の裏づけとなる哲学を構築し、フォルムや色彩を論じてきました。現代は芸術行為そのものを哲学として扱う場面も多く見受けられ、その発端がカンディンスキーだったのではないかと私は思っています。表題にある一文は本書全体の中核を成すもので、これを主張するために論考を積み重ねてきたように感じています。「芸術の最初のテーマ、その真の関心とは、生である。元来、あらゆる芸術は神聖であって、それがもっぱら気にかけているのは超自然的なものなのである。それはまさしく、芸術が気にかけているのは生であるー目に見えるものではなく目に見えないものであるーことを意味する。なぜ生は神聖なのか。なぜなら、われわれが設定したわけでも望んだわけでもないものとして、われわれがその出どころではないのにわれわれをつきぬけて行くものとして、内部に生を体験するからである。生によって支えられているからこそ、われわれは存在し、どんなことでもやろうとするのだ。生自体に対する、われわれの内部にある生の受動性とは、われわれの情念的な主観性ー不変の芸術の、絵画の目に見えない抽象的な内容ーなのである。」そのあとに具体的なキリスト教の宗教画を取り上げて、誰も見たことのない宗教的場面や行為を具現化する際に、主観的組み合わせから生まれる情念への合致という言い回しを使って、絵画にある抽象性を導き出しています。最後に抽象絵画の原則に従った鑑賞について触れている箇所がありました。「見るとは、抽象の原則によれば、眺められている色の情念を感受することを、その情念が実在となっていること、〈生〉となっていることを意味する。」

映画「トム オブ フィンランド」雑感

自分の若い頃は、ゲイカルチャーをまるで受け入れることが出来ず、現在ほどジェンダーに対する意識があったわけではないので、美術界のこうした動きに反応することはありませんでした。同性愛者がアートや芸能界で活躍していても、特段関心を寄せることはなかったと振り返っています。ヨーロッパで暮らしていた時にゲイの知り合いはいました。日常生活の美に対する彼の執着に、漸く私の心が動きました。芸術は性差や人種を超えて成り立つことに感覚的理解を得たのは、あれから随分経ってからです。映画「トム オブ フィンランド」は、ゲイカルチャーのアイコンになっている逞しい男性像を描いた最初の画家として、その苦悩や社会的差別を扱った内容になっていました。図録から紹介文を拾うと、「同性愛が厳しく罰せられた第二次世界大戦後のフィンランド。帰還兵のトウコ・ラークソネン(別称トム オブ フィンランド)は、昼間は広告会社で働き、夜は鍵のかかった自室で己の欲望をドローイングとして表現していた。スケッチブックの中で奔放に性を謳歌しているのは、レザーの上下に身を包み、ワイルドな髭をたくわえた筋骨隆々の男たち。」というのがありました。ゲイカルチャーに登場するレザージャケットにピタリとしたパンツでナチス党員のような帽子を被った男性像は、アメリカンカルチャーとばかり私は思っていましたが、フィンランドの画家が先駆者だったとは知りませんでした。フィンランドと言えばムーミン等の可愛いキャラクターしか知らなかった私には衝撃的な文化の一面を垣間見た感じがしました。図録の解説を拾います。「現代でもたまに見られることだが、男性同性愛者を描いた当時の表象は、えてして『女性的』であったり『中性的』なものに偏っていた。トムの描く男たちは、それら当時のステレオタイプな描写に対してのカウンターとなった。そしてその男たちは、作品の中でいつも楽しそうにセックスをしている。これに関してトムは、『現実では辛い思いをしているゲイたちのためにも、自分の作品の中では常に彼らを幸せであるように描く』といった意の言葉を残している。」(田亀源五郎著)

三連休 母の入院&10点目の陶彫成形

三連休の最終日になりました。今日は祝日で、嘗ての東京オリンピックに因んで「体育の日」と称されています。この名称は今年が最後と言われています。朝9時から工房に篭って、今日は丸一日を創作活動に充てる予定でした。今日で陶彫制作の第2ステーションを構成する10点の陶彫部品を完成させるつもりでいましたが、家内から電話があり、新しく移った介護施設で母が転倒し、施設職員が付き添って病院に行っているという話を聞きました。とりあえず作業を中断して、家内と救急病院に向いました。母は移動用ベッドに横たわっていましたが、至って元気で安心しました。左側大腿骨の骨折で手術が必要とあって、暫く入院を余儀なくされてしまいました。母は元々内臓等が丈夫なので、たとえ90代でも手術をして復活させると医師が言ってくれたことで、妙にホッとしました。その後家内を邦楽器の練習場に送り届けました。私も工房に戻って来ました。母の高齢を考えると何があってもおかしくない状況ですが、母は私よりもポジティブ・シンキングの人なので、何度も復活を果たしています。母のメンタルの強さを学びたいくらいですが、今回はどうでしょうか。陶彫制作は昼ごろから再び作り始め、10点目の成形を行いました。午前中から作業をしていれば昨日作った9点目の陶彫成形と合わせて、彫り込み加飾まで終わらせられると思っていたのでしたが、母のことがあって、今日は成形までで終了となりました。それでも三連休は用事を済ませながら、結構頑張っていたのではないかと思っています。以前にも書いていますが、今月はさまざまな用事が立て込んで、週末の創作活動に支障が出ると考えていて、それを取り返すつもりで工房に通っていました。第2ステーションの完成とはなりませんでしたが、次の週末には何とかなるでしょう。次の週末も職場関係の用事がありますが、そろそろ屏風の下書きを進めなければなりません。新作の全体構造を描きながら、イメージの具現化を図っていきたいと思います。

三連休 職員の結婚式に参列して…

朝になると大型台風が過ぎ去って、見事な青空になっていました。今日は前の職場で一緒に仕事をしていた若手職員の結婚式がありました。新郎は専門職の初任として4年間その職場に勤めていました。私は管理職として人材育成を計画し、彼はそれに応えてくれました。職場を支える重要なポジションを得て、彼は日々活躍していました。新婦は新郎より2年遅れて事務職員として、その職場にやってきました。2人は同じ職場で出会い、結婚に至ったのでしたが、私はたまたまその職場を統括していたために、愛のキューピッドと称されて、来賓挨拶をお願いされていました。結婚式で前の職場の人たちと大勢会うことが出来て、私は嬉しい時間を過ごしました。結婚式場はみなとみらいにあるホテルが選ばれていましたが、大型台風による交通規制を考慮して、私は自家用車を利用させていただきました。結婚式に呼ばれたのは久しぶりでした。未来を誓う結婚式はいいものだなぁと思いながら、新郎新婦とご両家のこれからのご多幸をお祈りしていました。陶彫制作に触れると、結婚式に出かける前の1時間を工房に篭りました。朝7時から8時の間、成形を3分の1ほどやって、陶土をビニールで覆っていました。結婚式が終わって帰宅すると、再び工房に出かけました。朝やっておいた陶彫成形の続きを2時間やりました。第2ステーションの9点目の陶彫部品の成形を何とか終わらせ、明日のためにタタラを数枚準備しました。制作工程でいくと、明日で第2ステーション10点の陶彫部品が全て完成する予定ですが、果たしてどうなるのでしょうか。午後4時から6時まで作業をしていると工房の周囲は暗くなり、懐中電灯なしでは植木畑の中の農道が歩き難いので、早々に自宅に引き上げて来ました。夜は家内と横浜の中心にあるミニシアターのレイトショーに行ってきました。夜9時から11時までを映画館で過ごしていました。観た映画はある画家の生涯を扱った映画「トム オブ フィンランド」でしたが、画家が表現した世界はゲイ・カルチャーで、戦争中から現代に至るまで、その世界観が認知されない時代を経て、漸くジェンダーが理解された現代になって、作品を堂々と発表できる経緯を描いていました。詳しい感想は後日改めます。今日は若手職員の結婚式、陶彫制作、映画鑑賞と3つのことをやってきました。予め計画をしていたことでしたが、充実した反面、かなり疲れた一日でした。

三連休 台風接近の中で自宅修繕相談

三連休が始まりました。台風19号が関東に近づいていて、時より雨風が強く工房の外壁に当たっていました。そんな中で午前中は工房に建築業者が来ていました。工房はさまざまな打ち合わせに使える場所で、自宅のように改まった雰囲気がないのが良いと思っています。私が戸建ての家を建てたのが30年以上も前のことで、土地は亡父の植木畑から僅かばかり分与をしていただいたものです。正式には父に生前贈与をしてもらって、調整区域から宅地に変えて、現在の自宅を建てたのでした。最近になって屋根の庇に付いた雨樋が緩んで、台風15号の時についに壊れてしまいました。その他に雨漏りもあり、屋根の修繕も必要なことが分かって、この際自宅全体を全てやってもらうことにしたのでした。築30年と言えば、ここで修繕を入れるのが妥当なのかもしれません。修繕工事を入れるのは、私がまだ現役で働いているうちが良いと判断しました。定期収入があった方が安心と思えたからです。ここで自宅を直しておけばもう30年は大丈夫と業者に言われました。大型台風が今晩上陸するため、我が家の雨樋や雨漏りが心配になっていますが、何とか今晩持ち応えられれば、来月から足場を組んで修繕工事が始められることになっています。午後は陶彫制作に充てました。工房は内壁がないため、台風の雨風の音が激しいのですが、雨漏りすることもなく、落ち着いて制作に勤しみました。陶彫部品8点目の彫り込み加飾が終わりました。第2ステーションは残り2点になり、早速タタラを数枚用意しました。陶彫制作をしていると外で騒音を立てている台風のことが気にならなくなります。午前中の修繕工事の打ち合わせも忘れてしまい、目の前の陶土のことしか頭に入りません。それがいいことかどうか分かりませんが、日頃の仕事に対するストレス解消になることだけは確かです。明日はタタラを準備しているので、どこか時間を作って成形をやりたいと思っています。明日は前の職場に勤めていた時に一緒に仕事をした若手職員の結婚式があって、私は挨拶をすることになっています。台風が過ぎ去っていることを祈るばかりですが、陶彫制作のことも頭から離れません。明日も制作時間を捻出して頑張ろうと思っています。

陶彫制作時間の確保

明日から三連休になりますが、今月はさまざまな用事があって、通常の週末に行っている陶彫制作が思うように出来ません。明日は午前中に来客があるため、午後から制作が可能かなぁと思っていますが、大型の台風が近づいていて、自宅の雨樋が壊れかけていて心配です。明後日は前の職場に勤めていた人の結婚式があり、私は管理職として挨拶を依頼されています。おそらく暴風警報が出ても結婚式は行うだろうと思って準備はしています。電車が止まることを考えて、当日は自家用車で式場に向かうことにしました。この日も制作時間をどこかに作ろうと思っています。月曜日の体育の日はずっと陶彫制作に充てられるかなぁと考えていますが、果たして三連休を通してどのくらいの時間を確保できるのか、隙間を埋めるように制作すれば何とかなると思いながら、どこまで陶彫制作を進められるのか、いろいろな思いが巡ってしまいます。陶彫制作では第2ステーションの陶彫部品の残りの2点を作ることと、屏風の全体構成を考えることが今月の制作目標です。この三連休では陶彫部品2点の成形と彫り込み加飾の完成を目指したいと思っています。加えて連休中に映画鑑賞が出来るといいなぁと思っていますが、台風のせいでこれは何とも言えません。電車を使う美術館よりも車で行かれる映画館が、鉄道運休等を考慮するといいかもしれないと思っているところです。三連休はさまざまな計画がある人も多いと察しますが、自然現象ばかりは日本に住む以上仕方がないと思っています。

「芸術の本質」について

職場の私の部屋にずっと置きっ放しの書籍があります。折に触れて読んでいますが、通勤で携帯している書籍とは違い、読書時間がなかなか確保できない上に、やや難解な内容なので、その気にならないと頁を捲ることがありません。その書籍とは、「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)で、カンディンスキーの著書「芸術における精神的なもの」を根拠にフランスの現象学者が著したものです。今回は久しぶりに頁を捲り、「芸術の本質」についてまとめることにしました。「芸術は自然の模倣ではないし、同様に生の模倣でもない。」という一文が最初に目に留まりました。どういうことか、「生が芸術と絵画の唯一の内容を形成することができ、また形成すべきであるのはーその内容が抽象的で目に見えないかぎりにおいてであるがー生がそれ自体では決して対象にならないからである。いったい生はどのようにして芸術の中に存在しているのか。~略~われわれが絵の上に見たり見たと思ったりしているものとしてでは決してなく、そういうイメージが生じるときにわれわれが自分のうちに感じとるものとして、色とフォルムのもつ音色や基調色としてであり、絵とは両者を構成したもの[コンポジション]なのである。~略~つまり生はその固有の本質にしたがって芸術の中に存在しているのである。生の本質とは何なのか。自己を感受することだけでなく、その直接的帰結としての自己の拡張である。」という解釈がありました。また「芸術とは生の移り変わりであり、その移り変わりが生ずる際の形態である。」とも述べられています。芸術表現の動機となる情念についても記述がありました。「情念こそがあらゆる力を確立し、絵画がこの情念を『表現する』。つまり、この情念はあらゆる色とフォルムのうちに存在しており、これら両者の配置を通じて、それは絶頂へとおしあげられるのである。たしかにそのときにこそ、芸術は生の本質の実現として現れてくる。」最後に文化についての論考を載せておきます。「文化とは、生が自己の不変の本質を、つまりおのれ自身のもとにたゆみなく到達することによって自ら拡張し生を構成する各能力を究極までおし進めるという本質を現実化する際の過程なのである。芸術が受け入れるのは感性の諸能力である。時をつらぬいてわれわれに合図を送ってくる偉大な作品には、随所に感性の諸能力がその激しさと強さの極限までおし進められていることが見てとれる。」今回はここまでにしておきます。