北方芸術傾倒癖

自分が美術を専攻した学生時代から、自分の中に去来した芸術家はいずれも北方ヨーロッパであるのに気づき、自分の趣向が北方に向けられていることを改めて認識しました。A・デューラーの細密な版画、R・クラナッハの硬質な油彩、ファン・エイクの荘厳な宗教画、それと対照的なH・ボスの常軌を逸した幻想世界、その弟子にあたるP・ブリューゲルの人間社会を描いた連作、その他レンブランドやフェルメール等中世から近代にいたるまで列挙すると切りがありません。19世紀から20世紀初頭にかけても印象派よりドイツ表現主義やバウハウスに興味が移り、自分が留学するならフランスよりドイツ・オーストリアに決めていた所以があります。学生時代の一時はドイツ表現派に傾倒し模倣をしていました。彫刻科に籍があったので、ミケランジェロやロダン、ブールデル、マイヨールの圧倒的な表現力を充分承知の上で、それでもなお北方ヨーロッパの風土に魅かれていました。

警告つきの愉快な仲間たち

ヒエロニムス・ボスの絵画はどれをとっても愉快でたまりません。妖怪に恐ろしい仕打ちを受けている人間がいて、そこに様々な謎や物語があって、細部を見ていると飽きることがありません。これは画家から発せられる社会に対する警告であり、辛辣な風刺だと思います。ボスはどんな人だったのでしょうか。中野孝次著「悦楽の園を追われて」の中で、ボスは「非常に感じやすい、行動力のない、受動的な人」と推測されています。この推測は自分にもわかるような気がします。そういう寡黙な人だからこそ、こういう絵が描けたんだと思います。ですが、恐ろしい警告とは別に、自分には登場する妖怪たちが愛すべき存在として見えてきます。今風に言えばボスキャラです。最近、美術館でこのボスキャラの立体フイギアを売り出しています。これも現代の風潮かなと思います。何でもマスコット化、アイドル化してしまう傾向はボスにも及んでいると言えます。果たしてボスキャラのグッズは売れているのでしょうか。常々自分は欲しいと思っているのですが。

ウィーン美術アカデミーのボス

昨日ボスに纏わるブログを書いていて、ボスの絵との出会いを思い返してみました。1980年に自分はウィーン美術アカデミーに入学しています。でもその頃は、アカデミーから歩いて10分のところにあるウィーン美術史美術館で、ブリューゲルの絵に心を奪われていて、ボスのことはよく知らないでいました。そのうち自分の通っていた学校に付属美術館があるのがわかり、廊下の扉の向こう側に凄い作品がいくつも掛けられているのを知って驚きました。同時にボスの奇怪な作品も目に飛び込んできたのでした。それは「最後の審判」を描いたものでしたが、ミケランジェロとはまるで異なる世界で、妖怪や怪物がウヨウヨまかり出る何とも形容のしがたい絵でした。でも正直言うとワクワクする楽しさがこみ上げてきて、自分のゲテモノ好きの心をくすぐるのでした。これが中世に描かれたとは俄かに信じられず、この絵には現代に生きる自分の心を虜にする魔力が秘められていると思いました。それから頻繁にボスに会いに行きました。何といっても工房をでると、ひとつ屋根の下にボスがいるのです。こんな幸せは二度とありません。そのうちボスが、我が愛するブリューゲルの師匠であったことを知り、この時代のフランドル地方の絵画に対する自分の無知を恥じてしまいました。日本人の趣向として印象派やイタリアルネサンスに偏りすぎて、北方の優れた芸術家を今まで蔑ろにしてきたのだとこの時感じました。

「悦楽の園」を追われて

表題は中野孝次著作のヒエロニムス・ボスについてのエッセイです。この本を購入してから何度となく読み返し、今再び気になる箇所を目で追いつつ読んだところです。ボスの難解な絵画を平易な文書で謎解きしてくれているのが有難いと思います。この本を持って、もう一度ボスの絵画が見たいという気持ちにさせてくれます。ともかくボスは不思議な画家で、中世にあってよくぞこんな幻想絵画が生まれたものかと目を疑ったほどです。決まりきった構図の宗教画が多い中で、ボスは本当に変わっています。現代人の目で見ると新しい絵画、つまり現代においても古さを感じさせない普遍性をもっているのです。キリスト礼賛においては当時巨匠といわれた画家が揃って、中央にキリストを配置しているのに対し、ボスは民衆の中に埋もれた存在としてキリストを描いたりしています。文盲が多かった当時はキリスト教を分かり易く布教するためにイエスやマリアを他と違う存在として絵にしましたが、ボスはキリストを蔑ろにする民衆を描くことによって、逆説的な宗教観を描いたと言えます。この本によく登場するスペインのプラド美術館にある「悦楽の園」は、昔自分も見ていることは間違いありませんが、記憶が薄れてしまっています。ここに登場する人物や妖怪が何を意味するのか、もう一度この目で見たいと願ってやみません。本物を見るべきと考えるのは、絵の部分にこそボスの面目躍如たる表現があるからです。

ペルジーノ展

この頃、福島県の大内宿に行ったり、藤森建築展を見に行ったりしていて、どうも和風に傾倒しています。そこで、まるで正反対のイタリアルネサンスの画家の個展を見に行くことにしました。ペルジーノは日本ではあまり知られていない画家ですが、ルネサンス当時のイタリアではなかなかの実力者で、職人肌の画家であったようです。この時代にはダヴィンチやミケランジェロ、ラファエロがいて、宗教画の手法が保守的だったペルジーノは次第に時代に合わなくなっていると感じましたが、きちんとした絵が残されていて、聖母子を描いた大作は見ごたえがありました。欧州の教会や美術館では見飛ばしてしまう作品でも、文化の違う日本でこうした宗教画を見ると返って新鮮な感じがしました。

藤森建築と路上観察

東京オペラシテイアートギャラリーで、藤森照信展をやっていることを知って早速見に行きました。自分はこの建築家の大フアンなのです。原始と現代が同居しているようなロマンを感じてしまいます。小さい頃、こんな棲家を作りたかったと思うような住居を具現化してしまうところが羨ましいのです。木の上に家を建てる、家を緑で覆う、土壁というより藁や泥がたっぷり入った魅力的な壁を作ってしまう、これは本当に自分の憧れそのものです。昨日までいた大内宿の民家を髣髴とさせるような表現活動に自分も見習いたいと思うばかりです。路上観察学会のビデオや資料には笑ってしまいました。もっと大人は遊ばないといけないなあと思いました。自分も住居のような彫刻作品を作っているので、これはこれで遊んでいるのだと確信しました。頑張る力を大いに貰いました。

大内宿 民家のカタチ

民俗学者の相沢先生が大内宿の保存を始めたきっかけを本にまとめています。先生は村民の中に入り、同じ労働に勤しみ、村の理解を得て、ようやく今日の大内宿の姿にしてきたのだと思います。まさか当時はこんな観光地になるとは思ってもみなかったのではないでしょうか。自分はこうした土地に来ると今は観光地であれ、また生活の場であれ、祖先が培った家々や街道の美しさに心を奪われます。木の文化が自分の心を和らげます。土壁や太い梁を見ると心が躍ります。切妻屋根の美しさ、藁葺きの緩やかな傾斜に心が撫でられ、この風景が保存できたことを嬉しく思います。因みに観光客としての一言。大内宿入り口にあるパン屋さんの手作りパンは絶品です。種類は少ないのですが、どれも美味しくて必ず買って帰ります。お試しを。

大内宿に纏わること

福島県南会津郡下郷町にある大内宿は数回訪れています。最初はずい分前になりますが、豪雪の積もる大内宿に車のタイヤを滑らせながら入りました。奥深い里という印象でした。自分の出身校には民俗学研究室があって、民俗学者として名のある宮本常一教授が礎を作ったようですが、自分の時代には後継者の相沢次男先生がいらっしゃいました。実はこの相沢先生が大内宿の保存活動を初めて展開した人でした。大内宿本陣跡にある街並み展示館には母校の名前がついた看板があります。相沢先生はご家族を連れて、自分がウィーン滞在中に拙宅に来ていただいて、日本や欧州に纏わる興味深いお話をしていただきました。自分がルーマニアで個展をした時もオープニングに駆けつけてくださいました。そんな縁で大内宿は初めから親近感がありました。ただ遠路遥々といった印象は拭えず、今回も尾瀬から1時間以上かけて、ここにやってきたという感じです。

水芭蕉の咲く木道

尾瀬に来ています。昨年のブログにこの時期の尾瀬紀行を書いています。今年も尾瀬沼までの木道を歩いてきました。昨年は豪雪で木道が埋まって、幾度となく足を滑らせましたが、今年は雪がわずかに残るだけで、清々しい空気の中を気分よく散策することができました。水芭蕉が群生しているところを眺めていると、まるで桃源郷のようで、癒しの空間を味わいました。湿原の美しさ。山々に筋をなしている残雪。青空にぽっかり浮かぶ雲。このまま風景画にしてしまうと、あまりにも構図が決まりすぎてしまいます。絵のような風景ではありますが、絵にするよりはリアルな自然の方が断然勝っているのです。この風景を表現するとしたら、時間をおいて印象を再構成するしかないかなと思います。昔から芸術家は自然のもつ偉大さや畏怖を表現しようと試みてきました。この肌に感じる尾瀬の透明な空気の前では、作りごとは何て無力なんだろうと感じます。

三沢厚彦展

「三沢厚彦ANIMALS+」という木彫作家による大掛かりな個展が平塚市美術館で開催されているので、今日行ってきました。単純な写実ではなく不思議な存在感を示す動物彫刻たちが、大小さまざまに展示されていて、会場は楽しさばかりではなく、ちょっと不気味で、大胆な量感にあふれた面白い世界が広がっていました。鑑賞者の中に子どもが多く、ワクワクしながら走り回って、案内係に注意をされていました。子どもの反応が示す通り、堂々とした存在感と理屈抜きの面白さがこの作家の特徴かなと思いました。自分は動物彫刻がきちんとまとまっていくまでの試行錯誤の小品が気になりました。というよりこの時期の悩みや迷いがわかる気がしました。動物の骨格から目の位置にいたるまで己の中にあるカタチを探っていく過程が示されていて、作る者の何ともいえない暗中模索が伝わってきました。その過程があってようやくカタチが生まれてきて、存在感がでてくるものだと改めて認識しました。

ケーテ・コルビッツ模倣時代

学生時代に唯一バイトで稼いだ金銭をつぎ込んでも欲しかった版画がケーテ・コルビッツの木版画でした。銀座の版画専門画廊にあったものに結局手が出せず、今となっては後悔しています。ケーテ・コルビッツの画集は洋書から翻訳したものまで、かなりたくさん買っています。自分も木版画をやっていて、コルビッツを初めとするドイツ表現主義の作風に魅かれていましたが、自分の作るものは全部気に入らず、版木を捨てていました。作品が刷り上って、しばらく眺めているとプロレタリア・アートかコミックのように見えてしまい、自分にはこうした表現が向かないのかもしれないと思っていました。コルビッツのような訴えるものがなく、ましてや棟方志功のような彫り跡の面白さもなく、悶々とした制作が続きました。コルビッツの木版画の部分を模倣したり、似た作風で試みたこともありますが、やはりワザとらしくなってやめてしまいました。コルビッツの何にそんなに魅かれていたのか、次の機会に振り返って自己分析してみたいと思います。

ふたりの画家

芸術家のアトリエや制作風景や周囲の環境を撮影した本を見つけると、すぐに買ってしまう癖があります。表題の本は写真家本橋成一氏による丸木位里・俊夫妻の日常を撮影したもので、とくにアトリエでの制作風景が気に入っています。この本を手に入れてから、埼玉県東松山市にある原爆の図丸木美術館を訪れました。もうかれこれ8年も前になります。都幾川が近くを流れ、美術館の向かいに和風のアトリエがありました。主人がいなくなったアトリエは空虚な感じを免れませんが、この穏やかで静かな土地で、あの原爆の図を初めとする多くの大作が生まれてきたのかと思うと、何か不思議な感じがしました。

アトリエの101人

こちらは先日ブログに書いた南川三治郎「アトリエの巨匠・100人」と同じ類の写真集で、田沼武能氏が撮影した日本人芸術家101人のアトリエ集です。全員が日本人なので馴染みがあって、より親近感を持って見ることができます。海外の作家にないのは、畳に座って描く日本画家の姿です。ここでも「アトリエの巨匠・100人」同様、ずっと昔教科書で見た芸術家の肖像が、あたかも近所のおじさんやおばさんのように撮影されていて、それを垣間見るだけでも楽しくなります。最後にとても丁寧な撮影ノートが記されていて、その芸術家の周囲、環境を知ることができます。こうした写真集は出版当時どのくらい売れたのか定かではありませんが、自分にとっては宝物のような一冊です。

美じょん新報評壇より

毎年この時期になるとビジョン企画出版から新聞が送られてきます。評壇に4月の個展評が載っているからです。今年はこんなふうに書かれていました。「遺跡から出土の鉄製品のように思えるが、陶彫を黒褐色にすることで、発掘品に見せているまで。そのように錯覚させる点が面白く感じさせる導入部。作品は球体や階段や様々な形があり、文様も複雑で、縄文の遺物的。」この文面は好意的な批評と受け取りました。他の個展や団体展の評を読むと、なかなか名のある作家の批評が多く、それぞれの人が様々な分野で自己追求している様子が伺えます。これを弾みにして頑張ろうかなと思います。

アトリエの巨匠・100人

表題は写真家南川三治郎氏が海外のアーテストのアトリエを撮影した写真集で平成6年に出版されています。昨日のブログ同様、繰り返し眺めては刺激をもらえる大切な冊子になっています。あとがきに「アトリエは、芸術家たちにとって秘密工房だといえる。私は、その秘密の工房の中に潜入したいと考えた。」とあります。彫刻家の端くれである私も他の作家のアトリエを覗き見たいと思います。海外の巨匠であればなおさらです。アトリエはその作家のもつ作品の雰囲気を端的に伝えるところだからです。写真から現れるものは作家の強烈な個性を物語る個性的なアトリエばかりで、なるほどこういう作風の人はこういうところに住んでいるのかと妙に納得してしまいます。本の中で会ったことのある巨匠はフンデルトワッサーで、独特な曲線をもつ建築の前で撮影されていました。植物の生い茂るアトリエの写真に懐かしさを感じてしまいました。

レバインによるムアの肖像

女性写真家のジェマ・レバインによる「ヘンリー・ムアとともに」という写真集が手許にあります。かなり昔に購入した洋書です。何気なく書棚に手を伸ばし、貢をめくっているとムアのアトリエにある様々なモノが気になりだしました。それは石ころだったり、貝殻だったり、動物の骨だったり。彫刻の雛型も棚にいっぱい並べられて、ムアの作品世界をよく伝える写真集になっています。ムアの表情も豊かです。巨大な作品の運搬風景や助手との打ち合わせや自らの作業風景が、スケールの違いこそあれ自分と似たことをしているので親近感があります。たしかこの本を購入した当時は、写真の中で活動する巨匠の姿が羨ましくて仕方がなかったのを思い出します。あれから20年自分も彫刻をやり続け、環境は変わっていないと思うのですが、やはり意識が変わってきたのかもしれません。

「構築〜解放〜」柱の荒彫り

来年発表する予定の新作「構築〜解放〜」は円卓のついたテーブル彫刻です。円卓になる板材は、先日より少しずつ作り始めています。今日はこの円卓を支える34本の柱を彫り始めました。まだ1本目ですが全体を気にかけながら、どんなカタチを彫り出していくかを決定する重要な一歩です。昨年と似た仕事なので迷うことはありませんが、作品の傾向がやや違うので円卓の重量に耐えられるかどうか不明です。昨年は雛型を作りましたが、今年はいきなり作り始めています。昨年より柱を斜めにして組み立てる計画なので、その角度やバランスが少々気になりますが、雛型でうまくいっても実寸の作品では無理が生じることがあるので、このままやってみようと思っています。明日は大小の鑿を研がなくてはなりません。

街の中の落書きアート

出張の帰りに横浜の桜木町のガード下を歩きました。ここは有名なウオールペインテイングが描かれているところです。これら作品を見ながら歩いていると感覚が刺激されて愉快な気分になります。上手いなあと思う作品があると思わず立ち止まってしまいます。初めの頃、ここは本当に落書きで、よくガードレールにあるスプレーで雑に書かれたものとたいして変わらないものでしたが、今自分の目の前に広がっている作品はアートと呼んでいいくらいの表現に到達しています。最近は店舗のシャッターに絵が描かれていたりしますが、やはり桜木町ガード下のアートに比べると、やや見劣りします。ヨーロッパの街でも広場で、チョークでキリスト像を描いている若者を多く見かけました。こうした表現活動がもっと増えれば、街の散策はもっと楽しいものになるでしょう。

制作途中の素材

作業場の片隅に制作途中の板材を置いています。週末しか制作できないのですが、途中の作品を見てあれこれ考えることは毎日しています。次の週末は板材に組み込む柱材を彫ってみようとか、どんなカタチを彫りだそうかとか、考えているだけでも楽しくなります。本当に作ることが好きなんだなあと自分のことながら呆れてしまいます。制作途中の素材はいろいろなことをこちらに語りかけてきます。途中のままギャラリーに置いてもいいかもしれないと思う時があります。部分的にカタチを彫りだした素材は結構美しいものです。完成に近づくたび、作品がこじんまりしていくことを実感すると、あえて途中でやめてもいいかもしれないと思うからです。まだそこまで達観できない自分がいることも確かですが。週末が楽しみです。

ギリシャのルーマニア人

表題はみやさんの著作「ルーマニア 人・酒・歌」にある抄です。ギリシャの遊牧の村の記憶を昨年のブログに書きました(2006.9.13)が、これもみやさんの著作によって、かなり鮮明な記憶が戻りました。あそこは直系ルーマニア人であるアルマニア人の村であったこと、彼らは昔のしきたりに固執して民族の伝統に誇りをもっていることなど当時思い当たることがいくつもありました。牧夫たちに山の上の石室まで案内された時、さらに眼前に広がる岩肌を剥き出しにした崖を、たくさんの羊の群れが降りてきて、その光景に感動したことを今でも思い出します。当時記憶に留めたギリシャ特有の青い空と灰色した岩壁、乳灰色の羊の群れが、自分が現在制作している彫刻作品にスケールとイメージを与えていることは間違いありません。みやさんの本が未知の土地を書いたものであれば別の楽しみ方があると思いますが、自分にとっては生々しい記憶とともに甦る一冊になっています。ヨーロッパ原初の生活を垣間見たことが、自分の創作の原点にもなっているのです。

「ルーマニア 人・酒・歌」を読んで

みやこうせい著「ルーマニア 人・酒・歌」を読んで、当時みやさんに案内されたルーマニアのマラムレシュが甦ってきました。この本を読む前は自分の記憶を頼りにブログにルーマニアの思い出を綴ってきました(2006.9.7)が、本の中に登場するイベントや村の様子は、さすがみやさんはルーマニア取材の大御所とあって、読み進むうちに情景が目に浮かび、山々に木霊する村人の言葉やイントネーション、羊の匂いまでが甦ってくるようでした。あの頃自分はこうだったという当時の気分までも思い出してしまいます。家の内部を飾る絨毯の煌びやかな美しさ、朝靄に煙る山の上の教会、そういえば搾乳競争のイベントや伝統的な結婚式にも、みやさんに連れていってもらいました。それもつい最近のように感じて感慨一入です。本の最後にギリシャに触れていますが、そこも印象深いところでした。それはまた後日にします。

携帯用水彩絵の具

絵手紙やスケッチを試みる人が増えたおかげで、画材が充実してきたように感じています。画材店には携帯用の水彩絵の具や水彩紙、スケッチブックが店頭に並んでいたりします。自分は20数年前に外国で購入したドイツ製の小さな固形絵の具がセットされた携帯水彩を愛用してきましたが、さすがに固形絵の具の箱がいくつも空になってきていました。そこで新たに日本製を購入したわけです。まず驚いたのが水が内蔵される絵筆です。握ると水が筆に伝わり、水彩の色を調整できるようになっています。今更ながらこれはすごいと思いました。発色もなかなかのもので、昨日浦賀で船を描いた時は使いやすさと色合いに満足でした。画材は進歩しているのですね。これからスケッチ愛好者が増えれば、まだまだ改良されるのではないでしょうか。

浦賀にて船のスケッチ

毎年必ずこの時期に浦賀にスケッチに出かけます。駅から遠くないところに大小の船舶が繋留されていて、船をスケッチするのには好都合な場所です。今日は咸臨丸フェステバルが開催されていて、港に帆船が3隻も繋留されていました。見物客が多く、帆船が帆を広げた様子はなかなか見ごたえがありました。だからと言って自分は帆船を描きに来たわけではなく、例年の如く大きな運送船や個人のヨットが繋留されている情景を描きに来ていました。数年前から船のある生活風景をスケッチにまとめているのです。浦賀駅前から歩いて5分程度のところに渡し舟があり、それに乗って対岸に渡り、叶神社あたりから海を眺めて、2時間ほどスケッチに精を出します。船の形はデッサンが取りにくく、また海の色も気候や天候によって様々に変化します。そこが面白いのです。船体の曲線、鎖やロープ、剥げたペンキなど使い込んだ船には美しさが溢れています。立派な帆船を描けば「美しい絵」、日常の中にある何でもない船を描けば「美しさを再発見する絵」。強い海風に煽られながら、再発見の筆を走らせた一日でした。

HPにEXHIBITIONをアップ

昨年と今年の個展の様子を「EXHIBITION」として新たにホームページにアップしました。アートデレクターとカメラマンをしていただいている玉置さんと衣笠さんによって個展の撮影や画像の構成をしていただきました。画面を見ると個展開催時の雰囲気がよく伝わってきます。今年はホームページの充実を目指していこうと思っています。まだまだ撮影のやり方によっては楽しい効果が期待できる作品があると自負しています。平面作品はまだホームページに登場してきませんが、滞欧時代に作った版画や墨による抽象画、また今制作中の365点の連作もいずれホームページに出してみたいと考えています。365点の連作はついに100点を超しました。これを床に並べると感慨にふけってしまいます。まだ半分もやれていないのに気が早いことです。「EXHIBITION」をご覧になるなら最後にあるアドレスをクリックしていただくと入れます。よろしくお願いいたします。   Yutaka Aihara.com

棟方志功の装飾世界

学生時代に版画制作に没頭した時期がありました。初めはドイツ表現主義の影響で、ぎくしゃくした構図の木版画をやっていました。人物描写が劇画のようになり、全体はプロレタリア・アートのようで、彫った作品は気に入らないものばかりでした。そんな時によく見ていたのは棟方志功の板画でした。自分は彫り方が中途半端に上達して、その分つまらない作風になってしまいましたが、棟方志功の板画は不器用さを残したまま、その装飾世界は命を謳い上げていました。装飾性が生命感を宿しているのは縄文土器に通じるもので、棟方志功が無我の境地で制作をしていたのがよく伝わります。自分はこの時から具象傾向の木版画はやめてしまいました。それでもよく鎌倉山の棟方志功記念館には出かけました。青森県の記念館にも足を運びました。あの天衣無縫な作品が時々見たくなるのです。今の彫刻で棟方志功の境地になれればと願う毎日です。

笠間の春風萬里荘

益子と笠間。陶芸の里として有名な2つ町が隣接しているのは、横浜在住の自分としてはとても有難く思います。益子に浜田庄司の益子参考館、笠間には北大路魯山人の春風萬里荘。比較の対象にはなりませんが、いずれも文化的な施設で貴重な町の財産だと思います。春風萬里荘は笠間日動美術館の分館として北鎌倉から移築されたものです。北鎌倉には北大路魯山人の星岡窯があって、春風萬里荘はその母屋として使われていたものだそうです。茅葺き入り母屋造りの立派な建物で、魯山人が設計した茶室があったり、「アサガオ」と名づけられた陶製便器があって、なかなか素敵なところです。庭もなだらかな高低があって一回りすると気持ちのよい散歩になります。ここも益子と同じく既に何度か訪れて、最近では人を案内して行く程度ですが、行けば必ず豊かな気持ちになれるところだと感じています。

浜田庄司の大皿

栃木県益子に行き始めた頃は、よく益子参考館を訪れました。角に大手陶器販売店ツカモトの支店がある三叉路を共販センター方面ではなく、反対側にある小さな小道を入っていくと、まもなく大きな日本家屋の立派な門が現れ、その奥にさらに大きな母屋があります。それが益子参考館と言われる浜田庄司の仕事場兼住居だったところです。その規模に驚き、仕事場の雰囲気に憧れてしまいます。また登り窯の様子がよく伝わるように保存されて、まさに当時を偲ばせる場所になっています。浜田庄司は肉厚のおおらかな大皿に釉薬を流しがけて飴色に焼く、いわゆる現在でもよく目にする益子焼のカタチを作った人です。益子焼が現代工芸の中でも温かい民芸としてポジションを与えられているのはこの人の功績と言っても過言ではありません。最近は人の案内でしか行かなくなってしまった益子参考館ですが、たまに訪れ、母屋にある喫茶店でコーヒーをいただくと、とても優雅で豊かな気持ちになれます。

河井寛次郎の木彫面

365点の連作が5月に入って、今テーマとしているのは仮面のようなモノです。京都の五条坂に記念館のある陶芸家河井寛次郎は、民芸の世界で名のある人ですが、陶芸と併行して木彫を作った人でもあります。それも土俗面の雰囲気を残した抽象化された木彫面です。京都の河井寛次郎記念館で、このお面を見た時は、古い木造建築の中でひときわ異彩を放つ存在に驚きました。制作年代を見ると河井寛次郎が60歳から70歳にかけてこの木彫面を作ったことになっています。この年齢にして作品が放つ若々しい感覚はどこからきたものでしょう。名を残す作家は、若い頃いろいろな制約の中で技巧を見せ、円熟するにしたがって自分を解放し、あらゆるものから自由になるものでしょうか。

新作の作業開始

益子や笠間に行って若手陶芸家の作品を見てくると、自分の制作に弾みがつきます。益子や笠間はヤル気をもらえる場所なのです。自分もいよいよ新作の木彫を始めました。板材のデザインや組み合わせは、大まかにイメージが出来ていますが、雛型を作ろうかどうか迷っています。柱を何十本か立て板材を支える構造で、そこは去年と同じですが、今年は内包ではなく解放するカタチにしようとしています。坦々とした仕事を今年も始めようとしています。規則正しい作業が自分には向いているのかもしれません。別に他に仕事を持っているからというものではありません。たとえ彫刻の制作だけで毎日を過ごしていたとしても、朝から夕方まで同じ作業を繰り返す日課になるだろうと思います。それが自分流なのです。

笠間の「陶炎祭」めぐり

栃木県益子と肩を並べて、茨城県笠間の「陶炎祭」も人が混み合うイベントです。ここにはブログに何回か書いたことのある佐藤和美さんが出店しています。「佐藤陶房」は健太・和美夫妻がやっている店で藍染のマルサが目印です。作品は土っぽい自然な器で、温かく柔らかい雰囲気を持っています。毎年私は出発前に飲み物や食べ物を準備して店を訪ねていきます。店を閉めた後、仲間でプチ宴会を行うのが楽しみなのです。もちろん佐藤和美コレクターを自負する自分は必ず新作を購入します。今年は木の枝のように長い一輪挿しを求めました。佐藤陶房で手伝いをしている冨川秋子さんも若手作家の一人で、美大で陶磁器を専攻し、今は笠間の窯業試験場で研修中です。冨川さんの陶は自然をイメージした風に震えるような浮遊感のある軽やかな作品です。ミクロなカタチで大きな世界を表現しようとする冨川さんに期待しています。オブジェでは自分も負けていられないと感じています。この日は制作に弾みがついた一日になりました。

益子の「陶器市」めぐり

ゴールデンウイーク中に開催される栃木県益子の「陶器市」は大変な人出があるので、毎年夜明け前に横浜を出発することにしています。共販センター駐車場に店が開く前に車を入れて、目当ての店へと繰り出します。まず「陶庫」の蔵を改装したギャラリー、次に隣の藍染の工房、向かいの「もてぎ」の裏にあるガーデンギャラリー、若手作家が集まる「かまぐれの丘」。ここに職場の同僚から紹介された細川かおりさんが出店しています。細川さんの器はシンプルで肌理の細かいデザインが施されているので料理が映えます。使い勝手がよく素敵な作品です。新作を見ると、つい購入してしまいます。細川さんを初めとする若手作家の作品は、安価であるばかりか一生懸命さが伝わってきます。器は飾るものではなく使ってこそ真価が問われるものだと思います。斬新で使いやすい器を毎年期待しています。