「経験の構造」を読み始める

「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)を読み始めました。現象学の存在を知ったのは最近のことで、ハイデガーの大著「存在と時間」を読んでいた時に、登場してきた哲学のひとつが現象学でした。本書の前書きに現象学とは「モノとヒトの隙間に、ひとが思うよりはるかに精緻に分節化された空間があり、活動主体を巻き込む力が働いていることを示す。」とありました。また、「現象学の手法を正しく用いることによって身体やアート、政治などの問題に関して重大な洞察がえられる。」ともありました。この中に出てくるアートという語彙に敏感に反応してしまった私ですが、現象学にアートとの関係性を見取るのは、あながち間違いではなさそうです。私は何の準備もなく、いきなり大著に挑んでしまう悪癖が、若い頃からあり、挫折を繰り返してきました。ニーチェ然り、ハイデガー然り。この歳になると、大著を読んでいる途中で放棄しそうになる前に、平易な解説書を手に取り、そこから気持ちを持ちなおすことにしています。昔のように簡単に玉砕しないぞと思っているからです。それならば初めから手引きのような書籍を読んでみようと思った次第ですが、本書は決して平易ではなく、フッサールの思索を解釈する上で、かなり重厚な論理を展開しているような塩梅です。でも、面白そうです。フッサールの本陣に辿り着く前に、ここから攻めてみるのも良いかもしれません。果たして通勤の友として軽い気持ちで読めるかどうか、微妙なところですが…。

「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」読後感

「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)を読み終えました。イサム・ノグチはNOTE(ブログ)に度々登場する私の大好きな巨匠です。本書で取り上げられている香川県牟礼にあるイサム・ノグチ庭園美術館全体を俯瞰した記述や、東京青山の草月会館にある石舞台のような空間作品「天国」の考察は、何となく私が感じていることに確かな輪郭を与えてくれました。北海道のモエレ沼公園や米ニューヨークのノグチ財団の美術館に私はまだ行ったことがなく、想像で補うしかありませんが、それでもノグチ・ワールドの雰囲気は伝わってきました。ノグチの分野横断的な仕事を本書では次のように述べています。「抜群に造形力のある天才だから、さまざまなジャンルに、あれだけ跳梁跋扈した。何でもかでも、ノグチ流にねじ伏せてしまう。自家薬籠中ものに、さらりとしてしまう。苦労の手垢さえ、見せない。その人が、さらに手に入れたかたちにこだわらず、次に進むのに、拘泥せずに捨てようとするのだから、またすごい。行為を自然に投げ返す作業はつねにノグチの胸中にあった、礎だった。晩年の石彫を、『時間』の造形であると解釈する人は多いし、それに賛同する者でもあるのだが、自然とのキャッチボールという感触が私には強い。もっと簡単に、ノグチは、ひとつところにとどまること、流れや動きの停滞を、徹底的に嫌った。生涯においても、ものづくりにおいても。風こそが、ノグチの生涯と作品の、豊かな謎を解く鍵だ。そう、近頃とみに感じられる。」イサム・ノグチの作品は何とも言えない色艶があり、風のような爽やかさを感じさせ、しかも孤独です。そんな私が予てから持っていた印象に、本書は豊かな裏づけをしてくれました。

図録が届いた日

今年の個展用の図録が届きました。今年13回目の個展のため、図録も13冊目になります。私は東京銀座のギャラリーせいほうで49歳の時から個展をやらせていただいているので、あれから13年が経ち、現在62歳になりました。よくもまぁ、この歳まで大病もせず、個展を継続できたなぁと思うと同時に、目標とするところは切りのいい20回目かなぁと思っています。創作活動は人生の幕引きまでやりたいのが私の願望です。贅沢な図録を毎回作る理由は、幾度となくNOTE(ブログ)に書いていますが、私の作品が集合彫刻なので、個展開催中しか作品の全貌が見せられないためです。個展が終われば分解して収納してしまうので、図録の画像だけが作品を示せる唯一の方法なのです。写真に収めておくことは、自作が面倒な彫刻形態である以上、絶対に必要なことです。もうひとつ、図録は写真のもつ光陰の美しさが表れてきます。野外で撮影するのも外光が降り注ぐ効果を最大限に生かしたいからです。彫刻は野外に置くことで、彫刻の彫刻たる存在が示せるものだと私は考えています。ただし、恒久的に野外に置くことは木彫には不向きです。そこで少なくても図録撮影の時だけは野外に置いて、彫刻の存在を確かめてみたいのです。図録も出来上がり、後は本番の搬入を待つばかり。いよいよ個展が迫ってきました。

「抽象的なフォルム」について

現在、職場で時折読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、フランスの著名な現象学者がカンディンスキーの抽象絵画理論考察を試みた著作です。本書は決して平易な文章ではなく、私がこれから挑もうとしている現象学とは何かという伏線にもなっていて、少しずつ考察を読み解きながら、カンディンスキーが提唱した「目に見えないもの」が絶対的主観性の内在性からくるもので、そこに抽象的なフォルムに辿り着く行程が、浮き彫りにされているのに気づきます。今日の表題になっている「抽象的なフォルムー要素の理論」から引用すると、「『点・線・面』の冒頭で、カンディンスキーは、分析とは『芸術を解剖する』ことを意図した分析であると見なし死の同義語であるとするような主張に反駁を行っている。こうした分析は逆に生を意味するのであり、そのことは、分析とは(このことばにフッサールが与えた現象学的な意味で)、ものの本質に、目下の場合は純粋な絵画的要素にわれわれを連れ戻す本質的な分析であるということから来ている。ところで、絵画的要素の本質とは、まさしく抽象的内容、この要素が表現したいと思っている目に見えない生なのである。」とありました。また、「あらゆる絵画の内容が抽象ということばの表わす根本的な内在性であるとき、内部で絵画の内容の表現がなされるフォルムそれ自体がこうした意味で抽象的であるとき、生がおのれの〈住まい〉である〈目に見えないもの〉の次元でそのエッセンスを惜しみなく与えていなかったとすれば、いかなる絵画一般、いかなる芸術一般もあり得ないだろう。」と述べられていました。写実絵画であろうと抽象絵画であろうと、あらゆる絵画は抽象的フォルムに包摂されるというのが、著者の主張なのだろうと思います。

疲労気味の週明け

昨日は工房内の作品保管場所として、木っ端が積んであった場所を整理するため、朝から夕方まで木っ端をジグゾーで切り刻んでいました。ゴミ袋にして10袋以上が出来上がり、地域のゴミ集積場に持っていきました。保管場所ではまだまだやるべきことがありますが、昨日は木材の切断で一日が終わってしまいました。こういう時にこそ必要なスタッフが来て欲しかったのですが、自分一人でコツコツと地道に木っ端の処理をしていました。そのせいか今朝から筋肉痛がしています。とくに足腰に痛みがあるのが気がかりです。ウィークディの仕事はデスクワークが多いので、身体は少しずつ回復に向かうのではないかと思います。二足の草鞋生活では、ウィークディの仕事は神経を使い、週末の仕事は身体を使うので、不思議なバランスがあって助かっているところです。疲労がなかなか抜けないのは加齢のせいかもしれませんが、一日を完全にオフに出来ない辛さは結構応えます。幸いこの時期は職場としての大きなプロジェクトがなく、落ち着いた1週間になるだろうと予想しています。私の職場環境は常に危機管理と隣り合わせですが、今週くらいは平穏に過ごしたいと願っています。

週末 作品保管場所の確保

今月の個展が終了したら、現在搬入を待っている現行作品が戻ってきます。売れるかもしれないと淡い期待もあるのですが、大きな彫刻が売れることは滅多になく、そのまま梱包用木箱に入って手元に返ってくると考えた方がよさそうです。今日は昨日と同じように新作の床に接する陶彫部品の下書きをやっていました。その下書きを全て決定したところで、搬出された場合の作品置き場を考えました。相原工房の半分は作品収納庫になっていますが、そろそろ保管場所がなくなってきていて、現行作品をどこに置こうか考えていかなければなりません。軽い木彫の柱やテーブルはロフトに上げようかとも思っています。梱包用木箱は重量があるので、1階に置かざるを得ないのですが、さて、梱包用木箱27個分の場所が取れるかどうか難しいところです。板材や柱材の木っ端が捨ててある場所があり、そこを整理することにしました。木っ端をジグゾーで小さく切り刻んで、ごみ用のビニール袋に入れ、完全に処分することにしました。木っ端は何かに使えるかもしれないと思って取っておいたのですが、保管場所の確保のためには仕方ないと判断しました。そこにあったその他の荷物はロフトに上げようと思っています。そこにはまた制作に必要な資料書棚がありますが、これも移動しようと思っています。そうすれば保管場所の確保は可能です。今日は木っ端の切断で一日が終わってしまいました。昼ごろには運送業者を呼んで、搬入の打ち合わせをしました。夕方には職場近くで地域行事があったため、昨日に引き続いて出勤しました。あとは搬入前の土曜日が残された整理の時間です。頑張りたいと思います。

週末 併行して新作開始

7月の個展用の梱包が完了し、来年の新作に向けて第一歩を踏み出しました。7月の個展準備のために、まだやるべき仕事があるにも関わらず、今日から新作に取り掛かることにしました。モチベーションを保つためには新しい創作活動を組み込んでいかなければならないと判断したためです。新作は「発掘~根景~」の発展形です。もうテーブルは作りませんが、山々が連なるイメージがあるのです。今日のところは床に置かれる陶彫部分の全体図のうち半分を決めました。新作に取り掛かったことで気分は高揚しましたが、何せ土曜日はウィークディの疲れが残っていて、身体が思うように動かず、少し作業をしてはちょいちょい休憩を取っていました。亡父の植木畑を管理してくれている遠縁にあたる人が、工房周辺の草刈りをしていました。今年は気温が高くなるのが早かったため草が伸び過ぎて、工房への小道を塞いでいたのでした。今週末は職場での地域行事に参加するため、夕方になって職場に出勤しました。仕事中も新作のことが頭から離れない状態になってしまいました。早く新作に取り掛かりたくて仕方がなかったのが正直な思いで、実際に陶彫成形に入るのは個展終了後になりそうです。次から次へとイメージが湧いてくるのは有り難いと実感しています。

草月プラザの「天国」

「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)の中に、草月プラザに設置された場の彫刻とも言うべき「天国」の解説がありました。「青山、草月会館のロビーのデザインである『天国』は、出発点が、逆にあからさまな意味で花を生けるための舞台装置でありながら、終着点として、時間の庭を実現し得た、ノグチの傑作として数えられるものだ。~略~逆に造形的な機能という意味で言えば、いくつかの花を生ける可能性をじゅうぶんに残した、建物の二辺に寄せた、石による、階段状のテラスがあるだけなのだ。そして、巧みにつながったり、離れたり、隠れたりしながら流れ去る水があるだけだ。晩年の石彫と同じような、割りだした、掘りだした、石の肌そのままと、機械ですぱっと切って磨いた断面、そしていくぶんかは、斧で人間が斫った鑿跡、その三つの肌合いの絶妙な調合、コラージュがあるだけだ。」敢えて空間の状況だけを伝える文章を掲載しましたが、いろいろな意味で「天国」は特筆に値する作品であるのは間違いありません。私は学生時代に完成したばかりの「天国」を見て衝撃を受けました。その頃、私は学校で人体塑造をやっていて、自分の彫刻をどういう方向にもっていくべきか悩んでいました。「天国」は、自分が海外に旅立つ前の鬱積した気分を晴らしてくれた唯一の空間だったかもしれないと、今になって思っています。1985年に私はヨーロッパを引き揚げてきて、都市遺構をパノマラとして表現する考えに至っていました。そこで再度「天国」を見に出かけました。場の彫刻としての捉えこそ、自分が目指す彫刻の在り方だと確認できた瞬間でした。亡父が生業としていた造園業とも合致したのも、こうしたイサム・ノグチの仕事が引き金になっていることを実感しています。

7月RECORDは「伸」

今月のRECORDのテーマを「伸」にしました。若竹が伸びる、木々が伸びる、身長が伸びる、爪や髭が伸びる、「伸」には成長の過程にあって、生命力を謳歌するイメージがあります。まさに盛夏に向かって、工房周辺の草が伸びていく景色を見て思いついたコトバです。今年は梅雨明け宣言が例年より早く、もう夏の気分がしています。そうした気分を表すコトバが「伸」ではないかと思っています。今年のRECORDは何かしらのパターンを画面構成に持ち込んでいます。先端が若干細くなった柱を3本描き、そこに伸びていく対象を加えることを思いつきました。上昇していくイメージは、嘗てRECORDで何回か試みていますが、爽やかな季節を表すのに都合のよいパターンではないかと思うのです。最近また悪癖が出て、RECORDが停滞気味です。個展開催に纏わるさまざまな仕事、たとえば作品の梱包や案内状の印刷投函が一段落すれば、下書きだけが先行しているRECORDを仕上げる時間的な余裕も生まれるのではないかと思います。もちろん、現在進行形のRECORDを途中で放棄する気持ちにはなれません。何とか継続したいと願っています。

七夕飾りで心に潤いを…

職場で笹に願い事を吊るす七夕飾りを作ろうという動きがありました。七夕は節句のひとつで、元来は中国の行事であったものが、奈良時代に我が国へ伝わったようです。七夕を調べてみると、中国には乞巧奠(きこうでん)という風習があり、それは織女の手芸上達を願う祭であり、江戸時代になって、手習いごとの願掛けに代わり、笹に願い事を吊るすという方法が定着してきたのでした。近代になると神事との関連が薄れ、商店街の集客や観光客を狙って、日本各地で絢爛豪華な七夕飾りが見られるようになりました。また、七夕で必ず登場する織姫と彦星の物語があります。旧暦の7月7日に天の川を挟んで輝く星が、琴座のベガと鷲座のアルタイルです。琴座のベガを織姫、鷲座のアルタイルは農夫の彦星とし、中国の故事では1年に1回だけ7月7日の夜に織姫と彦星が天の川を渡って逢うことができるとされています。そのラブロマンスを巡って、今風の歌やドラマが生まれています。七夕飾りは心に潤いを齎すものとして、私も職場に協力することにしました。相原工房にある竹林の中から手ごろな笹を選んで、職員と職場に運びました。職場の皆さんはどんな願い事を託すのでしょうか。私は今年だけで言えば創作活動の切り替えが無事に出来たことを、夜空の星に感謝する所存ですが、欲張れば長生きをしてずっと創作活動に関わっていたいのです。まだ北斎翁の心境にはなれませんが、100歳まで生きていられれば、あと40年も創作活動が出来ることになります。100歳の彫刻家、いい響きですね。

2018個展案内状の宛名印刷

個展の案内状は毎年1500枚を印刷しています。そのうち1000枚を先月末に東京銀座のギャラりーせいほうに届けました。残った500枚の宛名印刷を自宅のプリンターを使って行いました。今年の案内状は「発掘~根景~」のテーブル部分を大きく撮影した画像を使いました。案内状は、洒落たデザインをいつも心がけていますが、最近は代表作品を正面から野外でガッツリ撮影したものにしています。野外を選ぶのは光と影の具合が美しいと思うからです。今年も下から見上げた「発掘~根景~」の中心部が画面全体を占めたものになっています。個展も今年で13回目、案内状も13点あって、全部並べるとその年ごとに工夫があって面白いなぁと自負しています。過去の案内状はホームページのExhibitionを開けると見ることが可能です。動画になっていますので、その年をクリックすると大きく映し出されます。案内状は、カメラマンのセンスによるところが大きいのですが、さまざまな場所で撮影した画像が掲載されています。これはまさに彫刻家とカメラマンの共同作業なのです。案内状が届かない方々には、このホームページの扉に画像をアップする予定です。ご高覧いただければ幸いです。

7月の制作目標

1年は1月元旦から始まり、12月31日の大晦日で締めくくります。職場では年度切り替えのため、4月1日から始まり、翌年の3月31日で締めくくります。私の創作活動における暦は、今月が1年間の締めくくりになります。1年間を通して制作した陶彫作品を東京銀座のギャラリーせいほうで発表するのが7月なのです。そのため、例年7月は個展の後から新しい作品に取り掛かるというのが恒例になっていて、来年の作品構想に向けてステップアップを図る1ヵ月になるのです。次作のイメージは既に固まっているので、いつから作り出そうか思案中です。とりあえず、今月の制作目標は次作の陶彫部品をひとつ作ってみるという試行を開始します。実際、個展終了後が1年間の内で一番余裕が持てる期間なのです。鑑賞も美術館や映画館等に出かけられる機会が増えるだろうと思います。夏季休暇は8月に取る予定なので、今月ゆっくり休むことは出来ませんが、余裕が生まれた分、RECORDに反映していけたらと思っています。読書はそろそろ難解な哲学書に挑もうと思っているところです。今年は現象学の読破を狙っていますが、果たして出来るでしょうか。今月は創作活動の1年間の締めくくりに相応しい充実した1ヵ月にしたいと思っています。

週末 7月を迎えて…

7月になりました。今日は日曜日だったため、朝から工房に篭って昨日の続きをやっていました。個展準備のための作品の梱包作業は終盤を迎え、何とか先が見えてきました。エアキャップが僅かばかり足りなくなり、昨日に引き続き、店に駆け込みました。準備とはこんなものかもしれません。来週末やることは、個展が終わって搬出された作品の夥しい数の木箱を、工房内のどこに置くか、その場所の確保です。木材の木っ端が散らばっている場所を片付けて、そこに置こうか検討しています。今日も夏空が広がり、工房内は茹だるような暑さになりました。7月初めだというのに先が思いやられそうです。窓を開け、扇風機を回して過ごしました。身体が夏の暑さについていけないのか、汗がシャツを濡らすのが久しぶりなのか、どうも私は本調子が出ない按配で、夕方まで気力が保てませんでした。7月は私にとって最重要な1ヶ月になるというのに、体調が優れないのは困りものです。最重要な1ヶ月というのは毎年この時期に個展を控えているからです。東京銀座のギャラリーせいほうでの個展も今年で13回目になります。よくぞ13回目まで健康を害することなく続けられたものです。それでも意欲は年々高まっていて、今年の新作にも満足をしていないのが現状で、それがあるうちは継続していくだろうと思います。そもそも果たして生涯のうち一度でも自分が満足できる創作活動が出来るのだろうか、自分が求める先を追って右往左往しているうちに終焉を迎えてしまうのではないか、それが自分が現段階で見通している我が一生です。江戸の絵師葛飾北斎とは比べものになりませんが、北斎も道半ばで倒れてしまった巨匠でした。暑い工房の中で、そんなことをぼんやり考えていました。7月の制作目標については近々書いていきたいと思います。

週末 6月を振り返って…

6月最後の週末になりました。今日は朝から工房に篭って、個展搬入準備として作品の梱包作業に追われました。梱包用木箱を作る板材が不足し、午後は板材を追加購入してきました。梱包はあと僅かで終了です。今日は6月最後の日なので、今月を振り返ってみたいと思います。今月は新作が終わり、3日(日)に図録用の写真撮影が行われました。その中で「発掘~根景~」のテーブル組み立てを心配しましたが、何とか無事に出来上がってホっと胸を撫で下ろしました。多くのスタッフに関わっていただきました。その後の週末は、作品の梱包作業に明け暮れています。来年の新作のイメージは既にありますが、今月はその一歩が踏み出せず、これは来月に持ち越しになります。梱包作業と併行して新作の制作に入りたかったのですが、「発掘~根景~」の陶彫部品が多すぎて、梱包ばかりで新作の時間が取れませんでした。今月の鑑賞はバランスよく充実したものになりました。まず美術展ですが、「柚木沙弥郎の染色」展(日本民芸館)、「ヌード展」(横浜美術館)に行きました。映画鑑賞では、「ウィンストン・チャーチル」、「フジコ・ヘミングの時間」(いずれもシネマジャック&ベティ)の2本、音楽鑑賞では「加藤登紀子コンサート」(横須賀芸術劇場)に行きました。音楽鑑賞は久しぶりでしたが、往年の歌姫のコンサートでは気分が高揚しました。今も毎晩自宅の食卓でRECORDを描きながら、コンサートの時に購入した加藤登紀子のCDを聴いています。そのRECORDはやや停滞気味です。下書き先行の悪癖が出ています。下書きの積まれた山が高くならないうちに何とかしようと思います。読書は彫刻家イサム・ノグチの庭に関する書籍を読み始めました。NOTE(ブログ)には度々イサム・ノグチが登場しますが、ここでもう一度ノグチの特異な空間解釈を把握しておきたいと考えています。今月は工房に出入りしていた若いスタッフの結婚式もありました。生活が変わっても創作活動が継続できることを祈っています。職場では若手チームの研修会のために、私がシチューを作りました。若い人材は私にとって宝です。私に応援できることは何でもやっていこうと思っています。昨日、梅雨明け宣言がありました。観測史上初めての早期梅雨明けだそうです。いよいよ暑い夏がやってきました。昨日工房で作業していたスタッフが扇風機を出してきました。再び灼熱の工房が還ってきます。

インテリアの影響を考える

室内装飾や家具等の意匠のことをインテリアデザインと言います。今回NOTE(ブログ)で取り上げるのは、一般的なインテリアデザインのことではなく、現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)に出てくるイサム・ノグチによる室内装飾の考え方を扱います。文中から日米双方にあったイサム・ノグチの住居のあり方を取り上げてみます。「ニューヨークと牟礼、戦後アメリカの、自動車修理倉庫の二階と、江戸後期の讃岐の屋敷町、丸亀の豪商の居宅の屋根裏部屋。その歴史背景や性格は、まったく異なるものだ。あっけらかんとして明るい、ニューヨークの埃っぽい板の間と、木材が黒光りする古い住宅の香りと、磨き込まれ大切に使われてきた空間の柔らかさをもった『イサム家』の二階、屋根に開けた小窓から一条の光が差し込む、ほの暗い隠れ家の小さな洞穴のような場所、というきわめて対照的な、空間のコントラストもある。ただ、そこに共通する、住み手の醸しだす空気や気配は、見事な徹底で、そして見事な潔癖で、まったく同じ趣を醸しだしている。~略~空虚や虚しい、というのではない。むしろ、ほの温かく、すっきりともしていて、優れた茶室のもつ、適度な緊張感と親密性がない交ぜになったような感じがあり、清すがしくもある。言葉で敢えて言えば、『豊かな空虚』と言えるだろうが、そう簡単なものではない。」私はニューヨークの住居を知りませんが、香川県牟礼には行ったことがあって、「イサム家」の生活臭のしない、重厚で美しい空間が印象に残っています。そこは民芸運動を展開した人たちの自宅兼工房と似た雰囲気があって、私はそうした住居に憧れている一人です。ウィーンで出会った石彫家カール・プラントルの自宅に伺ったことがありますが、この人にしてこのインテリアなのか、と思うほど作品のイメージが室内装飾にも定着していました。師匠の池田宗弘先生の麻績にある「エルミタ」もまた然りです。インテリアは作品の表現に影響を与えると私は考えていて、どんな空間の中で生活しているのか、彫刻家として拘るところでもあります。

彫刻の概念について

彫刻の概念は、明治時代以降に西洋から齎されたもので、欧米型の教育システムで育った私は、義務教育で図工・美術科を学び始めた時から、西洋風の立体概念が学習の対象でした。高校、大学時代を通して西洋彫刻に憧れた私は、日本の仏像や陶磁器にあまり興味がなく、20代前半はヨーロッパの現代彫刻の展覧会があると嬉々として出かけていました。ウィーンの美術アカデミーに在学していた頃に、日本人としてのパーソナリティを意識し始めました。その頃、ウィーンで日本の陶磁器を扱った展覧会があり、その時初めて焼き物の魅力に憑かれてしまったのでした。ざっくりした民芸調の大皿や壺に懐かしい親しみを感じ、土の焼き締めに大らかな造形を見取ったのでした。それが作品の素材に陶を使おうと思った第一歩でした。彫塑を石膏に代えるのではなく、土そのままを焼いて保存する方法が自分には最適と思い至りました。それでも自分に浸透している彫刻の概念で、あらゆる陶磁器を見ていたことに変わりはありません。志向が具象から抽象に移り、ルーマニアで現代彫刻の父であるブランクーシの作品発想の原風景を見た時も、彫刻の概念が形態移行の判断材料になっていました。最近まとまって作品を見る機会があった運慶の仏像でも、そこに彫刻の概念を見ていました。日本の伝統が見直され、博物館や美術館で伝統美を求めた大掛かりな展覧会が企画されていますが、明治時代以降の学校教育で培われた美術の概念を無視することは不可能だろうと思います。私たちは西欧人の視点で、日本美術の良さを味わっているのではないかと思うこの頃です。

NOTEから見えてくること

NOTE(ブログ)は、2006年3月16日から書き始めています。NOTE(ブログ)を始めて数か月は時々アップする状況でしたが、その年の後半から毎日書くようになり、10年以上にわたって就寝前の時間帯にパソコンに向かう習慣が定着しました。今日を加えると4389日分のNOTE(ブログ)をホームページにアップしています。日記としてその日の記録を残したものは、全体を見ると意外に少なく、週末の陶彫の制作状況を書いたものがほとんどを占めています。アーカイブを読むと、その時の焦りや憤りが甦ってきます。創作活動は強烈なインパクトがあるのだろうと振り返っています。陶彫だけではなく、RECORDのこともその日の気分がよく伝わります。普段は苦しんだことなど忘れているのに、NOTE(ブログ)には苦悩が刻まれていて、自分の足跡がよく掴めます。鑑賞では、美術展や映画やその他のことで詳しい感想を載せていますが、そのためか印象が鮮明になっているのが嬉しい限りです。こうした鑑賞した展覧会や演目の選択でも自分の嗜好が現れていて、自分の求めようとする何かが浮き彫りになっています。創作活動や鑑賞を通して、私は自分探しをしているのだろうと思います。若い頃に滞在した欧州のウィーンや当時旅した東欧やエーゲ海沿岸、最近になって夏に旅しているアジア各国も、自分を探しに出かけていると言っても過言ではありません。ここ10年で読んだ書籍にしても自分探しという意味では同じと考えています。その記憶や記録をNOTE(ブログ)に残すことが出来るのは幸福なことだなぁと思っているところです。

イサム・ノグチの陶彫について

「(イサム・ノグチの)五〇年代の陶器彫刻群は、はるかにそのイメージや題材も広がりは大きい。だが、系譜から言うと、シュルレアリスムの有機性と、縄文やら弥生やらのアルカイック・インスピレーションがふたつの柱であるのは変わりないが、土の質感がはるかに活き活きしているのは、第一級の職人や材料が勢ぞろいした魯山人のアトリエや、備前の金重陶陽の窯場で仕事ができた、陶芸的環境のためであるのは、言うまでもない。」これは現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)の中に出てくる陶彫に関する文章です。陶彫の創始者として八木一夫ら走泥社の活躍が挙げられますが、その契機となったのがイサム・ノグチの陶彫でした。イサム・ノグチと同世代の美術評論家瀧口修造は、有史前の日本の埴輪や土器に関して、それらが現代を生きる芸術文化に大きな意味を与えている自論を唱えていました。それをそのままイサム・ノグチ論として読み替えられるのではないかと著者は指摘しています。文中から拾うと「瀧口は縄文、弥生、古墳という『世界で最も古い土器文化』の美を『生きる必要に迫られたときにつくりだす緊張した形のユニフォーミティ(一様性)』としながら、それを『地域を越えた形態感覚』と見る。用途も、ものとしての分類も不可能な、『未分化の造形』である。絵画、彫刻、工芸といった美術史的な分類ももう、無効なのである。『緊張した形の結晶』である縄文土器は、『実用の容器をこのような比類のない精神のモニュメント(記念物)にまで高めることができた』もの、古墳前期の鍬形石の『モニュメンタルな緊張した抽象性』、縄文土器の『非合理な造形性』、弥生土器の『静かな空間のなかの遊戯精神の現れ』、『手の初発的なういういしさ』、『機能的な形態感覚』、そして縄文土器の『呪術の世界にもたくまざるユーモア』。そしてさらに、それらは究極的には、『むしろ人間に対する巨大な他者を対象としていたのではないか』と問う。」とありました。『』は瀧口修造の語彙をそのまま借用したらしく、ノグチの陶彫を切り口に、瀧口流の大きな捉えと考察に、私は興味が尽きません。

イメージ力を保つために…

昨日、筋肉を保つために…というNOTE(ブログ)を書いていて、ふと思ったことは身体の筋肉だけではなく、頭脳でも持続力を保たなければならないのではないか、それを保つために何が必要なのか考えました。頭脳を使うことは、職場で言うところの課題解決力、それは問題が生じた時の組織的行動力や情報共有力、普段から身に付けておきたいコミュニケーション力や人との気遣いも含まれると考えています。創作活動ではどうかというと、やはり新しいイメージをキャッチできる力でしょうか。それは突如として湧いてくるものではなく、現行作品の制作に苦しんでいる時にイメージが降ってきたりするものです。それは体力を保つためのトレーニングにも似ていると感じています。日々新しい作品を作らなければならないRECORDはその最たるもので、イメージ・トレーニングには有効です。最近になって筋肉の衰えを感じ始めている私は、イメージ力はまだ保てているのではないかと自負しています。新作の彫刻も年々ハードルを上げて、クオリティをいかに高めるかを追求しています。その意欲があるうちはまだまだ大丈夫と自分に言い聞かせています。よく散歩で工房にやってくる年齢が一回り上の先輩が、最近意欲がなくなったと嘆いていますが、自分の頭脳の持続力はどうなんでしょうか。70代、80代でも彫刻に挑み続けられるのでしょうか。師匠の池田宗弘先生を見ていると、自分はまだこれからが勝負だと決意を新たに出来ます。確かに創作活動では60代で漸くスタートラインに立てたように思えるのです。葛飾北斎の画業を仰ぎ見て、意欲を奮い立たせている私がいます。

週末 筋肉を保つために…

週末ごとに陶彫制作に取り組み、その陶彫部品を集めて大きな集合彫刻を作っています。今は7月の個展に向けて陶彫部品ひとつずつをエアキャップで包んで箱詰めをしています。梱包作業は来週まで続きそうです。昼間作業に精を出している時は、あまり気にしていませんが、朝晩気を抜いている時は、手足の筋肉が緩んで力が入らないのです。昔はそうではなかったので、加齢のせいなのかどうかわかりませんが、ヨレヨレする時があるのです。疲労感もあります。毎週日曜日に近隣のスポーツ施設に水泳に出かけますが、五十肩を患ってから腕が回し難くなったのは確かです。現在五十肩は完治していますが、腕が上がり難いのです。水泳で言えば、水中での身体のラインが作れないため、身体の中心がブレます。水流と言うか水の体感によって、身体が伸びきれていないのがわかります。今後泳ぐ距離を少しずつ増やしていこうと考えていて、それで何とか筋肉を保てないものか、大真面目に考えています。足腰は丈夫な方なので、駅では出来るだけ階段を使おうか、歩けるところは歩いていこうか、いろいろなところで筋肉を使う場面を持とうと思っています。職場ではデスクワークが多いので、週末くらいは身体を使っていきたいのです。幸い彫刻制作は肉体労働なので、額に汗して頑張る場面が多いのですが、スポーツとは違うので、筋肉をバランスよく使うことはしていません。今日はそんなことを考えながら梱包作業に取り組みました。来週末も継続です。

週末 個展準備が着々と…

先日の夜、カメラマンが自宅にやってきて、印刷が終わった個展の案内状を届けてくれました。昨日、職場外であった会議の後、ギャラリーせいほうに立ち寄り、案内状1000枚を届けました。個展準備が着々と進んでいます。例年個展は同じようなスケジュールでありながら、毎年異なる新作のため、心配の種は尽きません。とりわけ「発掘~根景~」のテーブル部分の設置は大丈夫なのか、撮影の時のように柱を4本しっかり立てられるのか、そこが一番の課題です。今日は朝から工房に行って、梱包用の木箱を作っていました。木箱は20個近くになりましたが、陶彫部品を全て入れることは不可能です。でもどうにか木箱の数は確定しそうです。そろそろ気になっているのはこの作品の収納場所です。それは追々考えていくとして、まだ不足している材料があるのです。夕方、日曜大工センターに出かけてエアキャップを追加購入してきました。それにしても個展の搬入前ですが、精神的な疲労感が出てきてしまいました。でも創作活動に対する疲労はありません。新しいイメージが湧いてきて、現在も自分を虜にしていますが、目前の作業に対する疲労感は、どうにもならないなぁと思っています。それはRECORDも同じです。最初のイメージはあれど、仕上げが後回しになってしまう悪癖が出ています。これを何とかしなければなりません。

魯山人とノグチの共通性

現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)の中に北大路魯山人とイサム・ノグチを比較して論じている章があって、興味関心を持ちました。昔、この2人の芸術家を扱った展覧会があって、どうやら筆者はその関係者であったらしいのです。北大路魯山人とイサム・ノグチ、この2人に共通するものは諸芸術を総合した美意識を持っていたことで、さまざまな分野において優れた業績を残しています。本文から拾うと「モダニズムもアヴァンギャルドも、へったくれもない。生で裸の人間の世界があり、とりつくろった芸術の言い訳など許されない、生きることへの真摯さがそこにはある。たしかに魯山人は、モダンだ。作陶のほとんどを古陶磁の写しに終始したことも、前衛の創造性など鼻にもかけない、逆説的なモダニティーと言える。~略~かたちは、心のあり方いがいのものではない。さもしさと温かさ、傲慢と小心、そして野放図と繊細。これらはじつは相反する性癖でなく、磨かれた真の個性のなかでは、稀有なかたちで共存するものだということが、魯山人を見るとわかってくる。」という箇所は、北大路魯山人の創作へ向かう姿勢を描いています。それに続く文章で「じつはこれらの感性は、まったくノグチその人にもぴったりとあてはまるものなのである。ともに根なし草だが、それは強靭な根なし草であって、あらゆるものにこだわりがなく、屈託もないが、孤独で自由だ。」とあります。生い立ちからくる自由な精神、これが時代を経ても新鮮な感動を私たちに齎すものなのでしょうか。

映画「フジコ・ヘミングの時間」雑感

横浜のミニシアターにはレイトショーがあって、仕事帰りに立ち寄れる時間のため、映画を容易に楽しめることが出来るので重宝しています。独特な音楽観を持つピアニストのフジコ・ヘミングは、以前テレビで紹介されていて興味がありました。映画は世界を飛び回る80代のピアニストの私生活を描き出し、その自然体が存分に発揮された映像でした。フジコ・ヘミングは60代でデビューを果たしました。その裏には苦難に満ちた特殊な事情があり、その全てが演奏活動に表れているように私には感じられました。父親がスェーデン籍のデザイナーであったこと、母親がベルリンに留学していたピアニストであったこと、フジコが留学を希望する時に、それまで無国籍であった事実を知ったこと、難民パスポートで母と同じベルリンに留学できたこと、30代の時にデビュー間近で左耳の聴覚を失う事故があったこと等、人生途中で夢を諦めていたとしても仕方がない状況の中で、フジコ・ヘミングは現在の国際的に活躍する舞台を築いたのでした。住居好き、動物好き、演奏にミスは多いけれど、魂を籠めた演奏は聴く人たちを魅了する、そんな彼女の思いや日常が描かれていて、映画の中では楽しい一面もありました。それでも、優れた芸術活動には一体何が大切なのかを映画は見事に抉り出し、私たちはそこに感銘を受けました。一緒に行った家内は邦楽器の演奏家なので、フジコ・ヘミングの生き方や演奏にはいろいろな思いが交差するらしく、感心するところと厳しい音楽評が入り混じった感想を述べていました。難聴を抱えるフジコは、オーケストラとの共演が難しい場面があり、演奏を開始するタイミングが掴めないところが映し出されていました。リサイタルならまだしも、そこが難しいところかなぁと感じました。私は80代の今も活躍するフジコ・ヘミングの姿に感心しました。私も晩年になるに従い、活躍の場が広がるといいなぁと願っています。引退など考える暇もなく、制作に埋没したい気持ちで一杯です。

横浜の「ヌード展」

私の地元である横浜美術館は、企画が優れている美術館のひとつだと予てより思っていました。今回も例外ではなく、人体のヌードに焦点を当てた企画に私は興味津々でした。この企画展は数か国を巡回する大規模なもので、英テート・コレクション所蔵の中でも屈指の作品が展示されていました。ヌードは西洋美術を語る上で重要な位置を与えられていて、また時代によっては論争を呼んだテーマでもあります。図録の中にこんな一文がありました。「既存のヌードの規範を再検証した《オリンピア》が与えた衝撃は、フランスでは、エドガー・ドガやピエール・ボナールが現代生活における女性の寝室の情景を描いた作品にも見られ、裸はアカデミックなヌードで表現するブルジョアの伝統ではなく、現代性や前衛を含意する価値体系となった。」(エマ・チェンバーズ著)「裸とヌード」という2つの表現概念が、古典的理想の前時代から現代に移行する上で根本的な変化を起こし、新たな創作への領域を切り開いて、現代に通じているようです。嘗てはポルノと見なされた裸体が、現代アートとして重要な主題のひとつになっているのは、私たち市民全体の価値転換が成せるものだろうと思います。私が本展で注目したのはやはりロダンの大理石による大作《接吻》でした。一室に単独で置かれた大作はエロティックでもあり、また絡んだ男女の美しさは見ている者を圧倒する迫力がありました。「ロダンは、拡大制作の際に付けられる星とり器の測定の痕跡である無数の小さな穴など作業の痕を残すことを好んだとされる。というのも、原型を忠実に拡大することは、時に彫刻本来のもつムーブメントを失うことがあると感じたロダンは、拡大のプロセスで幾度もの詳細な修正を行い、大型の像を完成に導いた。《接吻》に残された無数の痕跡もまた、身体の肉付けがいささか貧弱であると感じたロダンが、意識的に残したものと考えられている。」(長谷川珠緒著)彫刻制作においてロダンが実践した事情を知って、私は嬉しくなりました。塑造で作ったものをそのまま実材に移す時に、彫刻家は誰もが戸惑うことがあるのです。巨匠と言えども例外ではなかったことに、私は微笑んでいます。

東京駒場の「柚木沙弥郎の染色」展

90歳を超えても現役で活躍する染色家柚木沙弥郎。先日、NHK番組の日曜美術館で紹介されていて、その制作風景を見た私は創作意欲が刺激されました。自由闊達で好奇心の塊のような作家は、床に敷いた大きな平面に抽象形態を描き、型紙を作っていました。映像には日本民藝館での個展の状況も流れていて、その雰囲気がとても良かったので、実際に行ってみようと家内と話していたのでした。民芸運動を牽引した柳宗悦の思想と、染色家であった芹沢銈介に弟子入りして技法を習得した柚木沙弥郎は、生命感のある模様と鮮明な色彩に溢れた作品を多く手がけていて、実物に出会えるのを楽しみにしていました。期待通りの生き生きしたデザインの布が壁に掛けられていたり、机上のガラスケースに収まっていて、生活の中で潤いを齎す造形が美しいと感じました。「模様は直観で捕らえられた本質的なもの」と言う柳宗悦の言葉通りの創作活動を展開した柚木沙弥郎は、無駄を取り去った模様のデザインと、遊びの要素が入り込んだデザインの要素が共存しているように思えました。日本民藝館に行った日が休日だったため、同館は鑑賞者で混雑していました。今まで何回も訪れた日本民藝館でしたが、こんなに混んでいることはなかったように思いました。柚木沙弥郎の世界が誰にも分かり易く、美しかったために多くの人を惹きつけているのだろうと思いました。とりわけ私は同館収蔵品の民族的な仮面と、柚木沙弥郎の布を併設展示した空間が好きでした。まさにプリミティヴの饗宴、ともに放射する光に私は時がたつのを暫し忘れました。

横須賀の「加藤登紀子コンサート」雑感

先日、横須賀芸術劇場で開催された「加藤登紀子コンサート 花はどこへ行った」へ行ってきました。往年の歌姫は現在74歳。会場を埋め尽くす観客も高齢者ばかりで、かく言う私も62歳です。今朝、大阪で大きな地震があったことを思うと、震災等の有事に見舞われた時に、私を含むこの大勢の人たちは速やかに避難できるのか、些か心配されるコンサートでした。彼女の歌うシャンソンやロシア民謡は、美声である必要はなく、寧ろ人生を積み重ねた深みが、声に表れていれば充分聴き応えのあるものになると、コンサートの最中に思いました。歌の魂はニーチェの言うディオニソス的情念であり、私の心に突き刺さる主張を持って迫ってくるのでした。数多い演目の中で私が注目したのは「今日は帰れない」というポーランドの歌でした。私が持っているアルバム「愛はすべてを赦す」に収録されている一曲で、ナチスと戦ったパルチザンのことを悲哀を籠めて歌ったものでした。パルチザンとは占領軍への抵抗運動を指す言葉です。その他にも有名な「リリー・マルレーン」も歌っていました。ドイツの大女優マレーネ・ディートリヒによって世界中に知れ渡った歌で、戦場で敵味方なく兵士に一時の癒しを齎せたエピソードは余りにも有名です。フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフの歌も日本語歌詞で披露されていました。この時に初めて聴いて心に沁みたのは「遠い祖国」という中国ハルピンのことを歌ったものでした。加藤登紀子は大陸生まれで引揚者であったこと、帰国後に一家はロシア料理店を営んでいたこと等、ご自身の波乱に富んだ半生をも話されていて、この一曲に籠められた思いがよく伝わってきました。歌手や演奏家は、作り手であるなしに関わらず、自分の人生に重ね合わせて、その深みや主張を表現する者であらねばならないと、コンサートの幕が下りて私は強く感じました。私にとっては非日常の機会ではありましたが、心が充足する素晴らしいひと時が持てました。今も現役で活躍される往年の歌姫に感謝いたします。

週末 梱包&美術館巡り

梱包作業のリフレッシュのために適度に鑑賞の機会を入れています。今日も昨日に続き、午後は鑑賞を入れました。今朝は7時から工房に篭り、梱包用木箱に陶彫部品を収め始めました。作った木箱は9個。カットしたベニヤ板がなくなったので、これ以上木箱が作れず、ひとまず9個の梱包をやったのでした。全体の陶彫部品の3分の1くらいが木箱に収まりました。う~ん、木箱は20個では足りないかもしれません。来週のウィークディの仕事帰りに材木店に行って、ベニヤ板をカットしてもらおうと思っています。昼ごろになって、家内を誘って美術館巡りに出かけました。初めに行ったのは東京駒場の日本民藝館。私は久しぶりにここを訪れました。瀟洒な住宅街の中に、日本らしい蔵作りの民藝館がありました。ここは展示空間が素敵です。民藝運動を牽引した柳宗悦や河井寛次郎、濱田庄司らが求めたさまざまな民芸品が、蔵作りのモダンな展示室に置かれていて、気分が解放されます。今回はNHK番組で紹介された染色家の個展が開催されていたので鑑賞に訪れたのでした。「柚木沙弥郎の染色」展は、動物や植物の象徴化されたパターンから斬新な幾何抽象まで、布に染め上げた作品の色彩が美しく、とりわけ私が惹かれたのはアフリカやアジアの仮面と一緒に展示された布が、何とも不思議な調和を醸し出していたことでした。休日だったため、日本民藝館は混雑していて、図録も売れ切れていたことが残念でしたが、それでも感覚が刺激される瞬間が何度もありました。詳しい感想は後日改めます。次に向ったのは横浜美術館でした。横浜は地元なので、自宅近くに戻ってきたわけですが、「ヌード展」を開催していて、これは必ず見ようと思っていました。イギリスのテート・コレクション所蔵作品のうち、人体のヌードばかりを集めた企画で、なかなか面白いテーマだなぁと思いました。ロダン等の力作も多く、見応えもありました。これも詳しい感想は後日改めます。今週末は自作の梱包作業と鑑賞を組み合わせて、充実した時間を過ごしました。

週末 梱包&往年の歌姫のコンサート

週末になって朝から工房に籠って梱包作業をやっていました。「発掘~角景~」のテーブルや柱の梱包が終わり、ウィークディの連夜やっていた木箱作りに着手しました。そろそろ木箱が揃ってきたので、明日くらいから木箱に陶彫部品を収めてみようかなと思っています。あとどのくらい木箱が必要なのか確かめたいと思っているのです。午後2時になって梱包作業を中断しました。夕方、歌手のコンサートを予約していたので、横須賀芸術劇場へ向いました。往年の歌姫と呼んでいいものか、彼女は私が子どもの頃から憧れていた歌手の一人でした。公演は「加藤登紀子コンサート 花はどこへ行った」。家内は胡弓の演奏会があったので、コンサートには私一人で出かけました。歌手加藤登紀子は、当時流行していたアイドルとは一線を画していて、数々の歌の意味合いがわかったのは、私が大学生になってからでした。政治や人権を主題にしたものや、歴史上の背景を纏った歌詞が、若かった私を刺激しました。私より世代が一回り上の人たちは大学紛争を体験し、美術界でもダダイズムが席巻していたのでした。時代に遅れてやってきた私は、アングラ劇に熱中したり、ミニシアターに通いながら、閉塞感のある社会に中途半端に嘆く日々を送っていました。和製フォークソングも自分を吐露する上で共感を覚えた媒体でした。歌手加藤登紀子はそんな捉えの中で存在感を放っていました。私は大学を終え、ヨーロッパの美術学校に出かけました。そこで出会った東欧の共産主義体制に生きる人々や、自由を求めた学生運動とその弾圧を知って、自分の成育歴にはなかった空気を感じたのでした。加藤登紀子の歌には、あの頃自分が肌で感じたヨーロッパの匂いが漂っています。彼女が歌っているロシア民謡は、私がルーマニアの片田舎から鉄条網越しに垣間見たウクライナの風景を思い出すのです。日本に育った私にとって身近ではなかったはずの環境、5年間の滞欧生活によって脳裏にすり込まれた冷戦時代の暗い記憶、それらが音楽によって呼び覚まされるようです。現在は情緒として懐かしくもありますが、20代の当時は暗中模索の中で生きていました。コンサートの詳しい感想は後日改めます。

次なるイメージへ…

次なる新作のイメージは、現行の作品が佳境を迎えている最中に出てきます。私の場合は上空から降ってくるような感覚です。陶彫による集合彫刻は、相変わらず30年も前に旅した地中海沿岸の古代都市の遺跡が原点になっていますが、印象が鮮明だった初期の作品と照らし合わせてみると、イメージが少しずつ変わってきています。廃墟となった都市をイメージしていることに変わりはありませんが、自分の中で積み重ねてきたカタチと、初期イメージとの間でズレが生じていることも確かです。次なる新作のイメージは今までの作品を発展させたもので、「発掘~層塔~」や「発掘~群塔~」の範疇に入るかもしれません。つまり、再び塔を作ろうとしているのです。先月「発掘~根景~」を作っている途中で、床から立ち上がっていく陶彫部品が出来つつあった時に、床置きの高く積んだ景観を主題にした作品がボンヤリと降ってきて、しかも複数の塔が根で繋がっていく状態をイメージしていました。そこにコトバによる思索はなく、カタチそのものが現れてきていたのです。今までも自作に纏わるコトバは後追いです。私は思索することが大好きですが、思索からカタチを導き出す作家ではないと自覚しています。まずはカタチありきなので、浮かんだイメージをすぐに具現化したい欲求に駆られます。自分の胸中に少しの間イメージを寝かせることもしますが、紙にエスキースはしません。場合によっては雛形を作ることもありますが、個々の部品の角度を求めたり、全体構造に工夫が必要な時にだけ雛形を作っています。次なる新作は現行作品の梱包が終わり次第、取り掛かろうと思っています。

毎晩やっている梱包用木箱作り

新作の撮影が終われば、多少なり時間的な余裕が生まれるだろうと期待していました。しかしながら、今年の作品は部品が多く、梱包は大変ではないかと思っていました。予想は的中し、陶彫部品を収めるための梱包用木箱をいったい幾つ作ればいいのか、見当がつきません。週末だけではやりきれないことが判明し、毎晩工房に通い、木箱作りを始めています。仕事から帰って、工房に行って木箱を作り、自宅に戻ってRECORDを制作、就寝前にパソコンに向かってNOTE(ブログ)を書く、こんな生活が続いています。昼間の仕事も決して楽ではなく、神経を使う場面も多くあるので、新作が完成した今でも骨が折れる仕事が待っています。現実逃避と言われようが、美術館や映画館に行きたいと常々願っていて、今後ストレスを溜めない方法を探らなければなりません。一難去ってまた一難といった塩梅です。素材が陶であるため、木箱は破損から守る目的で作っています。木箱用の板をどのくらいの厚みにするのか、今までもずっと考えてきて、陶彫部品が中に入ってもそれほど重くなく、外部の衝撃に耐えられる厚さがいいと思っています。木箱には釘を使います。その釘もどのくらいのサイズがいいのか、いろいろ試してきました。最後にガムテープで木箱全体を補強します。現在まで培った経験で木箱の大きさ、板の厚みを決めています。木箱はどんなに重くても2人で持ち上げられること、多少歪んでも壊れないこと、保存のために木箱を積み重ねて置くことがあるので、ある程度は頑丈にしておくこと、こんなことを考えながら作っています。ウィークディの夜は、RECORD制作やNOTE(ブログ)もあるので、木箱は1個ずつ作っています。週末にはまとめて作ろうと思います。

「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」読み始める

「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)を読み始めました。イサム・ノグチは日系アメリカ人の彫刻家で、現代美術に大きな業績を残し、NOTE(ブログ)にも度々登場する巨匠です。先月末に関西に出張した折、私は松尾大社で重森三玲が作った庭園を見ました。古来から継承される日本庭園に現代的解釈を加えた重森三玲の世界観は、忽ち私を魅了し、そこの空間から離れ難くなりました。その時、ふと私の脳裏を過ったのはイサム・ノグチの彫刻群が置かれたストーンサークルでした。イサム・ノグチも庭園を設計しています。その「庭の芸術」の観点からイサム・ノグチの作品全般を論じている本書は、重森三玲の世界に通じ、実際に庭園に触れたことが契機になって読んでみようと思ったのでした。私は亡父が造園業を営んでいたおかげで、庭園に対する興味関心がありましたが、私にとって造園は複雑な分野でした。彫刻に目覚めた学生時代から造園を意識するようになりました。しかしながら、それ以前は家業を手伝うことに反発があり、野外での肉体労働を嫌々やっていました。庭石の据え方、植木の刈込み、植木の移動、芝の手入れ、その全てに父の指示を受け、複数の職人との協働作業を行っていました。庭園が完成した時は、多少なり労苦が報われた感覚を持ちましたが、そこに芸術的視野を持つことができずに、悶々としていました。私の彫刻が、場を空間演出するようになって、初めて亡父が求めていた造園の概念との一致を果たすことができたのでした。そこに重森三玲とイサム・ノグチが登場し、私の関心は一気に「庭の芸術」に傾きました。本書では、庭は「ノグチの考える、自然とか、彼の独特な風景論を解く、鍵のように思われたからだ。」とあって、西欧の彫刻概念とは異なる何かがノグチに空間志向を与えたのではないか、また自然と遊離した文明が喪失したものを、ノグチが感じ取り、庭に向かわせたのではないか、「優れた芸術家に必須の霊感が、ノグチにそう予感させ、何かを促したに違いない。」とありました。これだけでも本書は面白さを感じさせる書籍です。通勤の友として楽しみながら読んでいこうと思います。

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