三連休 映画館&グループ展へ

先週に引き続き2回目の三連休がやってきました。先週と同じように3日間のうち1日を鑑賞に充てましたが、完全に制作を休むわけにはいかず、早朝と夕方は工房に行きました。鑑賞に出かける時間を考慮し、朝6時半に工房に行き、乾燥した陶彫部品にヤスリで仕上げを行い、化粧掛けを施して窯に入れました。新作では2回目の焼成になりますが、実際の窯のスイッチを入れるのは三連休の最終日になります。家内が演奏活動があったため、今日は私一人で映画館や画廊を回りました。朝8時には自宅を出て、横浜の中心街にあるミニシアターに行きました。観たい映画が8時50分から始まるので、これに合わせたのでした。観た映画は「スターリンの葬送狂騒曲」。実話に基づくブラックコメディというのは、こういう映画を言うのでしょうか。ともかくこれは究極な面白さ満載の映画でした。数々の粛清を行ってきた独裁者スターリンの突然死。厳粛な国葬の裏で最高権力者の座を巡り、首脳陣が滑稽なほど異常な椅子取りゲームを始めるのです。これはイギリス映画で俳優は全て英米人、全編英語によるものでしたが、当のロシアはこの映画をどう見ていたのか、私はとても気になりました。図録の解説によると、やはりロシアでは政府によって上映禁止になっていました。ひょっとして映画があまりにも現実味を帯びていたからかなぁと疑ってしまうほど、巧妙に出来たコメディだと思いました。詳しい感想は後日改めます。次に向ったのは東京銀座で開催している画家と彫刻家によるグループ展でした。職場に絵画制作をしている職員がいて、私と同じ二足の草鞋を履いているのです。いつも招待状をいただいているので見てきました。彼は白く厚塗りされた画面に所々青い痕跡を残した抽象作風の絵画を描いています。青い痕跡の上に僅かながら箔も貼ってあって、描画素材とのコントラストに趣を感じます。本人なりの発展深化があるのでしょうが、5年間にわたって作品を見せていただいた私にはそれを認識することが出来ず、申し訳ないと感じます。画面の前で難しいなぁと思うばかりです。会場は美術家連盟画廊で、会員である私には馴染みのある画廊でした。東京から帰ってきて、再び工房に篭りました。夕方4時から6時までの2時間、陶土を掌で叩いて6枚の大きなタタラを作りました。明日の成形のための準備です。今日は鑑賞だけでなく朝夕と制作を入れました。慌しい一日になりましたが、充実はしていました。

藤田嗣治流「戦争画」について

先日、東京上野の東京都美術館で開催している「藤田嗣治展」に行ってきました。昨日のNOTE(ブログ)で全体の感想を述べさせていただきましたが、藤田ワールドは乳白色の裸婦像に留まらず、さまざまな絵画表現に踏み込んでいるため、別稿を起こすことにしました。今日は戦争画を取り上げます。「《アッツ島玉砕》は当初、陸軍が出品に難色を示したと伝えられるほど、戦争画としては異色であった。~略~『日本にドラクロア、ベラスケス、の様な戦争畫の巨匠を生まなければ成らぬ』という藤田の言葉は理解できる。ただ、『戦争畫といふものは、始めたら面白くて止められないですね』と語る藤田と、この《アッツ島玉砕》を重ね合わせた時、藤田にとって戦争画とは何なのかと疑問に思わざるをえない。~略~絵の女神に魅入られ、踏み越えてはいけない一線を越えてしまった藤田の姿が、《アッツ島玉砕》には窺われるように思われてならない。」(尾﨑正明著)これは図録に掲載されている戦争画に関する文章です。第二次大戦中に盛んに描かれた戦争画とは何だったのか、まったく戦争画に縁がない私には語れない分野です。私は戦後生まれで戦争の実態を知らずに育っているから、創作活動のテーマを戦争にしようという発想もないのです。当時の戦争画に多少嫌悪感を持っているに過ぎず、当時の世相や社会問題さえ理解できませんが、戦意高揚のために描かれた絵画と「アッツ島玉砕」は確かに異質なことは分かります。藤田は言葉通り、西欧の美術館に収まっている油彩による巨大な歴史画や戦争画を意識して「アッツ島玉砕」を描いたのではないかと察するところです。これが面白いと言っているのは絵画的な面白さであって、題材に対してではないと考えますが、不謹慎とも取れる発言に当時は反感を買ったのではないでしょうか。「アッツ島玉砕」は西欧の巨大絵画に比べても遜色のない表現力を持ちますが、テーマがテーマだけに複雑な思いに駆られるのは、戦後生まれの私にも感じるところです。

上野の「藤田嗣治展」

日本とフランスで活躍した画家藤田嗣治。今までも幾度となく展覧会で藤田ワールドに接してきました。おかっぱ頭にロイド眼鏡、そんなファッションでエコール・ド・パリの寵児となり、乳白色の下地に繊細な線描で表現した裸婦像で、パリ画壇に存在感を示した唯一の日本人画家、これが藤田嗣治です。また、第二次大戦時に戦争画を描き、その責任を一身に背負って、再びパリに赴き、とうとう国籍まで変えて祖国に帰らなかった画家です。まさに波乱万丈の人生ですが、常に注目される存在だったことは確かです。そこに日本画壇の羨望もあったのではないかと察するところですが、藤田の長い画業を概観してみると、それらの思いが頭を巡る今回の没後50年「藤田嗣治展」でした。藤田特有の乳白色の人物像はどこかギリシャの彫像を思わせるところがあると私は感じていました。図録にこんな箇所がありました。「ギリシャ・ダンスについて『ダンスの形が昔の画、昔の彫刻となってて、つまり線の尤も美しいもの許りで出来てるダンス、これを知らねば本当の画は出来ぬ』と、故国に残した妻に書き送っている。」(高階秀爾著)やはり藤田は絵のためにパリでダンスを習っていたようです。これは最初の妻とみに送っていた手紙ですが、藤田は伴侶をよく替え、父を初めとする理解者にも恵まれていたようです。「藤田は80余年の生涯を父→とみ→フェルナンド→ユキ→マドレーヌ→君代に伴走された、つねに家族に支えられた人生、創作活動に恵まれたといえる。~略~藤田の画作をあらためて見直すと、家族に限らず、二人の人物像が思いのほかあることに気づく。藤田とフェルナンドという男女の組み合わせはむしろ例外で、大半は女性二人である。~略~両大戦間のパリの先鋭的な芸術家たちが共有していた『同性愛』のテーマがある。藤田の二人の女の表象では、いずれも手を握り合ったり、肩を組んだり、『距離』が親密である。」(林洋子著)これも藤田ワールドで私が気になっていたところです。現代になって漸く同性愛は稀有なものではなくなりましたが、こうした頽廃的な雰囲気を感じさせるのも藤田の特徴かなぁとも思いました。戦争画や宗教画については稿を改めます。

ドキュメンタリー番組で知る闇の世界

昨日、職場に送られてきている朝日新聞のテレビ欄の記事に注目しました。衛星放送で「馬三家からの手紙」を放映するというもので、その内容に戦慄を覚えました。私は中国の労働教養所の存在を知らず、21世紀になった今も前時代的な拷問や強制労働が行われていることに驚きを隠せませんでした。ネットで調べてみると、収容された人からの実態を伝える手紙の掲載があって、信じられないような人権蹂躙の事実が明らかにされていました。中国は共産党支配の国家で、思想的な統制があることは分かっていましたが、これほどまでに激しい弾圧があることに、民主国家に生まれた自分は異質な感覚を覚えます。確かに30年前に欧州で暮らしていた私は、東欧を訪ねる度に一党独裁国家を眼のあたりにしてきました。旅行者であった当時の自分には本当の実態は分からなかったのかもしれません。BS1で放映されたドキュメンタリーは午前0時の深夜番組でしたが、中国政府が弾圧する「法輪功」という気功集団のメンバーである一人の男性が、遼寧省の馬三家労働教養所に収容され、そこで受けた拷問を手紙にして、所内で製造される玩具の飾りに忍ばせて、外部に発信するというものでした。その手紙をアメリカ人女性がたまたま発見し、それが世界的に広がっていく状況を番組は捉えていました。男性は施設を出た後、労働教養所の実態をアニメーションにしていました。番組の終盤で衝撃的な結末が待っていましたが、カナダ発のドキュメンタリーは闇の世界をどんな思いで取材し続けたのか、取材スタッフが危険な目に遭うことはなかったのか、見終わった後でそこが気になる番組でした。

映画「犬ヶ島」雑感

先日、横浜のミニシアターにアメリカ人監督によるストップモーション・アニメ「犬ヶ島」を観に行きました。日本の風俗をテーマにしている点では、以前観た「クボ」に共通するものがありました。20年後の日本が舞台になっていましたが、どこかレトロな雰囲気が漂っていたのは監督の嗜好かもしれません。物語の発端は、メガ埼市の小林市長がドッグ病の感染を怖れて、野良犬も飼い犬も全てゴミ島とされる「犬ヶ島」に追放するところから始まります。市長の養子である主人公アタリは自分を護衛してくれていた犬スポッツを探しに「犬ヶ島」に単身乗り込み、そこで知り合った個性的な5匹の犬たちとスポッツを探していくストーリーになっていて、人間の中にも親犬派と嫌犬派が対立していたり、陰謀があったり、情の深まりがあって、どこか人間臭さを感じさせる雰囲気に満ちていました。私が美術をやっているせいか、画面全体に広がるヴィビュアルな美しさに気を取られました。殺伐としたゴミ溜めのようなグレーな背景も、廃物利用したような飛行機や船にも一貫したデザイン性があり、手作りの面白さが溢れていました。日本の風俗描写は些か安易かなぁと思っていましたが、細かな箇所に創作意欲を感じさせる映像に、異文化描写は大目に見ようかとも思いました。ともかく手間暇のかかった作り物の面白さには満足しました。モダンとレトロの融合にも楽しさを覚えました。鉄が錆びたような風景の質感は、自分の陶彫作品にも通じるものがありました。

三連休 新作最初の窯入れ

三連休最終日になりました。今日は残暑が戻ってきて、工房内は蒸し暑くなりました。昨日作っておいたタタラを使って、2つ目の塔を形成する陶彫部品の2個目に取り掛かりました。陶彫部品のトータルは8個目になります。今日は成形と彫り込み加飾を行いました。制作工程ではこの作業が一番面白いのです。立体としてカタチが立ち上がり、そこに彫り込みをしていく作業は創作意欲を掻き立てます。作品が実際にカタチを成していくのは気持ちを満足させてくれます。ただし、私の作品は集合彫刻なので、ひとつの陶彫部品に全てを盛り込むわけにはいかず、その部品が連続して組み込まれていくイメージを捉えながら、彫り込みをしていくのです。以前作った部品を横に置いて、その続きを作っていく按配です。陶彫部品はひとつでは完結せず、次へ繋げていくように加飾を施します。夕方になって8個目の陶彫部品が終わりました。これもまた前の作品のように乾燥を待つことになるのです。乾燥は急激に乾かないように軽くビニールをかけておきます。その後、いよいよ第1号の陶彫部品の窯入れを行いました。昨日仕上げや化粧掛けを行っていたので、慎重に窯に収めてスイッチを入れました。私の作品は素焼きをせず、いきなり本焼きに入ります。夕方から明日の午前中まで時間をかけてゆっくり温度を上げていきます。冷ましには2日間かかります。窯出しは木曜日になる予定です。毎回窯に入れる度に、私は無事に作品が返ってきてくれることを炎神に祈るのです。陶彫は最後の工程で人の手の及ばない世界を通過するのです。それが陶彫の醍醐味ですが、灼熱の世界を旅してきた作品は、鎧を纏ったような風貌になり、ひとまわり引き締まった体躯に頼もしささえ感じてしまいます。まるで土が生きているかのようなアニミズムを私は好意を持って感じ取っているのです。これで当分は夜の工房には行けません。ちょうどRECORDの山積み解消をやっている最中なので、ちょうどいいかもしれません。

三連休 新作の焼成準備

今日は三連休の中日です。昨日は美術館や映画館に鑑賞に出かけたので、今日は朝から制作三昧でした。40キロの陶土を土錬機に入れて、最後は手で菊練りをしました。その混合した陶土を掌で叩いて、座布団大のタタラを6枚作りました。タタラは全てビニールをかけて明日まで待つのです。やや硬くなったタタラは成形し易くなります。このところ週末の2日間は、初日は土練りとタタラ、2日目は成形と彫り込み加飾というサイクルで制作を進めていくことにしています。今日は曇り空で、陽気も涼しくなって凌ぎ易い一日でした。今までに成形や彫り込み加飾が終わっている陶彫部品が7個あります。最初に作った陶彫部品は完全に乾燥しているので、そろそろ焼成をしていこうかと考えました。陶彫部品は全て土台を形成するものばかりで、どれも大きいため窯にはひとつずつしか入りません。私は窯入れをするため、まず乾燥した土肌にヤスリをかけて指跡を消すことから始めます。その後に化粧掛けを施します。この手間が私の作品の特徴になり、混合した陶土の焼き締めと相俟って、金属の鋳物で作ったような雰囲気を纏うのです。もう20年以上も同じ陶土を使い、同じ技法で制作してきた私は、さまざまな産地の土を使うことや釉薬などに興味がないのです。このシリーズの展開はいつまで続くのか、自分でも見当がつきません。現状のイメージが涸れるまでやっていこうと思っています。制作サイクルの中に焼成が入ってくるとなれば、その時間を確保しなければならず、また工房の電気事情で窯にスイッチを入れると照明等が使えなくなることも考慮しなければなりません。幸い二足の草鞋生活の私はウィークディに工房に来ることはなく、週末の最後に窯のスイッチを入れて工房を出ることになります。また窯入れの生活が始まります。焼成は3日間かかります。1週間で2回の窯入れが可能ですが、今週と来週は三連休が続くため、時間的に見て1週間に1回の窯入れが無難でしょう。明日、成形と彫り込み加飾の後、窯のスイッチを入れます。

三連休 美術館&映画鑑賞へ

三連休初日です。夏季休暇が終わり、仕事が始まったこの時期の三連休は、ちょっとした骨休みになって嬉しい限りです。私は公務員管理職と彫刻家の二足の草鞋生活なので、一日中ゆっくり休むことは出来ませんが、それでもこの三連休は大好きなアートに接することが出来るので気分が上がります。初日の今日は工房での制作を休んで、家内と一緒に美術館や映画館に足を運びました。生憎の雨天でしたが、東京上野駅に降り立つと大勢の人が出ていました。東京都美術館で開催中の「藤田嗣治展」も混んでいましたが、それでも充分に鑑賞することが出来ました。今まで藤田ワールドに幾度となく接してきましたが、年代を追ってその代表作とも呼ぶべき作品が網羅されているという規模では、今回の没後50年を記念して開催されている「藤田嗣治展」は圧巻でした。初めて見る中南米の風俗をテーマにした作品があり、乳白色の裸婦や自画像を描いた画家とは思えない強烈な色彩に戸惑いました。詳しい感想は後日に回します。次に向ったのは六本木の国立新美術館で、ここで開催されている「二科展」の招待状をもらっていたので見てきたのでした。毎年、後輩の彫刻家が出品していて楽しみにしているのです。彼は合板を重ねて塊を作り、その積層を効果的に使う木彫家です。今回は会友推挙の褒美がついた力作を展示していました。シャープな彫りと形態が見事でしたが、これ以上継続していくと彫刻とは違う世界に入ってしまいそうで、やや危機感を感じました。技巧に軸足が置かれている状況を何とか変えて、彫刻としての精神性を追求して欲しいと思いました。彼には充分な実力があり、展開力もあるので、それも可能だろうし、何より私が最も期待する作家でもあるのです。私も彼の作品によって刺激を与えられていることは確かです。国立新美術館の地下にはギャラリーショップがあり、その中に小さな展示スペースがあります。いつもなら見過ごしてしまうスペースですが、「工芸、語りかけるけんちく展」と題した若手作家4人によるグループ展をやっていました。陶や木材を使った小さな箱状のオブジェがあって、思わず足を止めてしまいました。建築物の雛型のようでいて、そのサイズだからこそ発信できる面白さがありました。「二科展」の大きな作品ばかりを見てきたので新鮮な感動を覚えました。ここで一旦横浜の自宅に帰り、夜は車で横浜の街中にあるミニシアターに出かけました。映画「犬ヶ島」はアメリカ人監督が作ったストップモーション・アニメで、日本をテーマにしていました。ペットとして飼われていた犬を街から排除するという物語でしたが、日本の風俗が大好きな監督らしく、いろいろな場面に日本を意識した映像が盛り込まれていました。ストップモーション・アニメは手間のかかる技法で、そうした作りものに私は惹かれます。一緒に行った家内は映画全般に慌しさを感じたと言っていましたが、執拗に作った痕跡が感じられて私は満足しました。詳しい感想は後日に回します。三連休初日は朝から晩まで充実した時間を過ごしました。明日は制作一辺倒です。

HPに2017’7月~9月分RECORDをアップ

一日1点ずつ制作しているRECORDは、そのタイトル通り日々記録をしていく作品です。大きさはポストカードと同じで、現在は平面作品に限っています。2007年の2月から制作を始めているので、かれこれ10年が経っています。最初の年は横浜市中区にあった市民ギャラリーでオリジナル作品を12か月分額装して展示したことがありました。それ以来オリジナル作品の展示はしていません。その代用としてデジタル作品をホームページにアップしています。ホームページを開ければいつでも見られる状態にしてあり、過去の作品を俯瞰できる便利さがあります。デジタル作品にするためにはオリジナル作品を撮影しなければならず、これは懇意にしているカメラマンにお願いしています。毎年秋になるとRECORDの撮影日がやってきます。前年の10月分からその年の9月分までの1年間の作品を撮影し、ホームページに順次アップしていくのです。アップの際にはコトバを付け加えます。これはRECORDの説明ではありません。RECORDと同じテーマで、まったくイメージの異なるコトバを絞り出しています。カタチや色彩は比較的簡単に思いつくのに、私は昔からコトバに苦しんできました。それでも毎回コトバを掲載してきました。今回2017年の7月分、8月分、9月分のRECORDをホームページにアップしました。昨年秋に撮影したRECORDはここまでです。10月以降はこれから撮影してもらいます。私のホームページに入るのは左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にRECORDの表示が出てきますので、そこをクリックすれば今回アップした画像を見ることが出来ます。ご高覧くだされば幸いです。

詩人の死生観について

「ぼくは死は生と地続きだ思っているんです。肉体は服を脱ぐように脱げるもので魂は生き続ける。だから、妻や友人たちを思い出すということは、彼らが、俗世間で生きているぼくたちとは違う形で生きているんだと思っているし、そう思いたいんですよ。」これは今朝、職場に届いていた朝日新聞に連載されている「語るー人生の贈りものー」欄にあった記事の一部です。「語るー人生の贈りものー」欄に現在連載しているのは詩人谷川俊太郎氏とのインタビュー記事で、谷川ワールドのファンである私は、これを毎日楽しみにしているのです。連載記事を続けて読んでいくうちに、この詩はこういう状況の中から生まれてきたのかという動機捜しにもなって、抽象的と受け取っていたコトバの意味が急に具体性を帯びてきます。私たちと同じように人生に右往左往してきた人が、その都度コトバを結晶化させていく過程にスリリングな興奮を覚えるのは私だけでしょうか。それこそが、その人が詩人になっていく瞬間であると私は認識しています。今回は詩人の死生観とも言うべき考えが綴られていました。親しい人たちを見送り、一人残った詩人は、死と生の境についてイメージしています。死と向き合っているからこそ生まれてくる表現があるはずで、そうしたコトバを咀嚼して私も残りの人生をイメージしていきたいのです。死があるからこそ生が輝くという意味合いのことを、私は20代の頃ウィーンの世紀末芸術を観て感じていました。生き急いだ夭折な芸術家を評して誰かが語ったコトバかもしれません。詩人のように私も作品を通して死と向き合う日が来るはずです。それがいつかは分かりませんが、今は生を輝かせる作品作りに励みたいと思っています。

生涯学習としての芸術活動

生涯学習とは何か、昭和56年の中央教育審議会答申を紐解けば「人々が自己の充実・啓発や生活の向上のために、自発的意思に基づいて行うことを基本とし、必要に応じて自己に適した手段・方法を自ら選んで、生涯を通じて行う学習」という定義があります。これは学校教育だけで学ぶことを終わらせず、生涯を通じて何かを学んでいこうとするものです。学校教育では学び方を教え、その方法を使って末永く学習に親しむことが意図されています。私が人生の主軸におく芸術は、まさにゴールが見えないので生涯学習と呼ぶに相応しい活動と言えます。私は大学で師匠から彫刻の概要と技法を教わりました。そこに己の方向性を見定め、精神性を高めていくのは自分自身なのです。人は何のために学ぶのか、前述した自己の充実・啓発や生活の向上のためと答申は謳っていますが、まずは自己満足ありきと私は考えています。自分を自分で満たしたい、その上で自己表現によって他者の心を動かしたい、これが芸術の意義であろうと思います。美の規範が狭かった時代は、サロンに集う人々の美的価値に左右されてきました。現代は美の規範さえ存在しているのかどうか疑わしい時代でもあります。そんな中で自分が信じる価値観を、生涯を通して追求するのが生涯学習としての芸術活動です。美術館やギャラリーに収まらず、地域社会で発信する表現もあります。自分の考え方を人々に投げかけて、一定の評価を得て、それを担保にしたい作家もいます。アイディアをその場限りで終わらせるのではなく、生涯を賭けて表現し続けること、私も含めて作家にとって芸術に生涯学習として関わっていければ本望ではないでしょうか。

「志向性の諸理論と志向的相関理論」について

先日から「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)を読んでいます。一度中断していた書籍ですが、哲学的な語彙が散りばめられた論文を読むのは、やはり手強いなぁと改めて思っています。今まで読んでいた軽妙な随筆に比べると、読書の速度が一気に落ちています。通勤時間帯ではその論理に入り込むのは難しいと言わざるを得ません。でも夜はRECORD制作に時間を費やしてしまうので、通勤の途切れ途切れの時間で読むしかありません。内容は第三章「 時間ー内ー存在」に入り、前段の部分で現象学における志向的相関理論の整理がありました。「現象学は、観念論と実在論、真理に関する相対主義と絶対主義といった対立を超えて、反ー基礎付け主義、反ー対応説もしくは反ー実在論といった『第三の道』を見出す。」というのが現象学の立ち位置だろうと思います。ここでドイツの論理学者であるゴッドロープ・フレーゲの意味論が登場してきます。フレーゲは「宵の明星」と「明けの明星」を意味と意義で説いた人くらいしか、私には雑駁な理解しかありませんが、本書では「フッサール現象学をフレーゲ的意味論と類比的とする解釈には問題がある。」と指摘しています。「フレーゲは『文脈原理』を提唱した。文脈原理とは、『語の〈意味〉は文という連関の中において問われるべきであって、孤立して問われてはならない』というものである。~略~両者が言葉遣いなどにおいては類似しながら、基本的な構制において全く異なることは明らかである。フレーゲは単独の文の〈意味〉を真理値とし、文の〈意義〉ならびに文の構成要素の〈意味〉と〈意義〉は、文の〈意味〉を決定する上での寄与によって規定した。文の〈意義〉は文の真理値を決定する条件(『真理条件』)であり、また文は真か偽かのどちらかでしかありえないため、個有名の〈意味〉となる指示対象はかならず実在しなければならない。フッサールにおいても、ノエマ的意味は真理にいたるための規則、真理条件の機能をはたす。ところがフッサールは名辞の対象を実在の個物とはせず、同一化可能なものと定義したのだった。」長くなりましたので、このくらいにしておきます。

RECORD奮闘中

一日1点ずつポストカード大の平面作品を作ろうと決めたのは、2007年の2月でした。それから10年以上も毎日作り続けていますが、この小さな制作が習慣になっているとは言え、ウィークディの仕事が多忙な時や、旅行している時は厳しいなぁと思います。それでも夜になると場所を選ばず、RECORD用に小さくカットしたイラストボードを取り出しています。私の鞄にRECORD用紙が常に入っていて、出張中の時間潰しに立ち寄るカフェでも、下書きをやっているのです。彩色や仕上げ用の描画用具はさすがに携帯するわけにもいかず、結果として下書きだけが先行してしまい、過去の作品が食卓に積まれていく傾向が最近目立ってきています。それを完成するため、毎晩8時から11時くらいまで食卓で奮闘しています。2週間くらい前にイメージしていた世界を思い出し、その時どんな色彩を考えていたのか、技巧は何が適しているのかを思案しながら作業をしています。私の作業中、猫のトラ吉はダイニングに入れないので、扉の外でずっと私を待っています。私がダイニングを出ると足に絡みついてくるのでトラ吉は寂しいのかもしれません。過去のRECORDの仕上げをしている最中に睡魔に襲われることが暫しあります。陶彫制作とは違い、机上で繊細に行っている描画作業に自分は向いていないのかぁと思っています。高校時代、大学の工業デザイン科に進むのを諦めたことが頭を過ります。その時の平面構成での色感の無さにコンプレックスを抱いたことも思い出されます。時代は巡っても同じことをやっている自分は一体何者でしょうか。

週末 新作イメージの確認

昨日から新作の2つ目の塔を作り始めています。朝から工房に行って、作業に取り掛かる前に床置きの部分を設計した図を広げました。そこで2つ目の塔が最初に作った塔に比べると、やや小さなサイズになっていたことに気づきました。ひとつ目の塔の床に接する土台は、6個の陶彫部品で構成されていましたが、2つ目の塔は5個の陶彫部品だったので、1個分小さなサイズになっていました。イメージの確認をして良かったと思いました。それでも今月中に5個を作ることは無理なので、最後の1個は来月に回します。今日は昨日用意したタタラを使って、2つ目の塔を形作る最初の陶彫部品に取り掛かりました。成形はひとつ目の塔と変わりませんが、彫り込み加飾で小さな穴を複数開ける時に、穴のカタチを変えることにしました。夕方までに最初の成形と彫り込み加飾を終えました。今日は9月とは言えまだまだ暑くて汗が噴出していました。シャツを2回替えました。土練りから成形と彫り込み加飾が終わるまで1個につき丸2日を要しています。これは週末2日間でひとつ出来上がる計算になります。無理のない範囲でいけば、これが制作サイクルとして定着するかもしれません。土曜日に比べると日曜日の方が作業に集中できます。これはウィークディの疲れが多少解消しているのが要因だと思います。これが継続できれば、さらに弾みがつくのですが、二足の草鞋生活のため、残念ながら制作は来週末に持ち越しです。夜はRECORDの過去の作品の彩色と仕上げを行いました。昼は陶彫制作、夜はRECORD制作をしていると、頭の中は完全に非日常化してしまい、周囲のことが見えなくなります。夜になって家内に買い物に誘われ、漸く日常が戻ってきました。

週末 もうひとつの塔へ

新作は陶彫部品の集合体による塔を2つ作り、それらが床で連結していくイメージがあります。塔の土台から根が這い出して次の塔へ繋がっていくのです。2つの塔の土台の床に接する広さはほぼ同じですが、高さが異なっています。先週末でひとつ目の塔の土台である6個の陶彫部品を作りました。現在、それら陶彫部品は乾燥を待っているところです。この週末からもうひとつの塔の土台を作り始めました。週末を数えると4個くらいは作れるかなぁと思っています。今日は朝から工房に行って土錬機を回し、手で菊練りを施して、40キロの土練りを行いました。そのうち座布団大の大きなタタラを6枚作りました。真夏の暑さとは少し空気が変わってきていますが、それでも30度を超える暑さの中で、汗を滴らせながら作業を行いました。シャツがびっしょりになって2回着替えをしました。明日の成形を行うための準備ですが、土曜日はウィークディ明けのため、疲労が残っていて身体が思うように動きません。今日のノルマを達成したら自宅でゆっくりしようと思っていました。夕方は母の実家に行く用事がありました。隣の家が建て替えをするため、境界線の立会いをお願いされたのでした。母が介護施設にいて動けないため、私が母の印を持って代行してきました。今日の作業はその時間を目指してやっていました。そのため3時前には作業を終わらせなければならず、掌で陶土を叩いてタタラを作る作業はかなり必死でした。境界線の立会いが済んだら、ぐったり疲れてしまって自宅で横になっていました。ソファで横になりながら、NHKで画家藤田嗣治の特集番組をやっていたので、ぼんやり見ていました。途中寝てしまったようで、所々覚えていないのですが、藤田ワールドである乳白色の裸婦像に会いたくなりました。私は藤田ワールドの中では最晩年に描いていた宗教画が好きで、一度フランスの教会にある藤田の遺作を訪ねてみたいと思っています。キリスト教美術は何故か私を虜にする要素があるのが、漸くこの歳になって解ってきました。実際に西洋で暮らしていた20代の時は、キリスト教美術は感覚的に馴染めないと思っていたにも関わらず、説明が出来ない不思議な気分です。ただし、私は師匠の池田宗弘先生のようにキリスト教をテーマにした作品を作ろうとは思っていません。新作における思索に特定の宗教は入ってきません。神の存在でさえ自分には明確な回答はなく、芸術は己がためにやっているのが正直なところです。

9月RECORDは「互」

先月のRECORDの下書きが山積みされている中で、今月のRECORDも進行中です。毎晩3時間くらい、夕食後の食卓で今日のRECORDの制作と先月分の彩色や仕上げを行っていて、のんびりした夜の時間を過ごすことがありません。ダイニングの扉を閉めて、猫のトラ吉が入ってこられないようにしています。アクリルガッシュを塗っている最中に、トラ吉がテーブルに飛び乗ってきたら大変なことになります。音楽を聴きながらRECORDに仕上げを施すのが日課になっていて、週末の陶彫制作と同じような地道な作業が続いています。今月のRECORDのテーマを「互」にしました。交互、互角、互い違い等「互」にはデザインしやすい要素が含まれています。画面全体に細めのストライプを作り、そこを互い違いに横断するカタチをイメージしています。彩色には幾通りかの方法があって、イメージによって使い分けをしています。その中でも滲みや点描を多用しています。これはつまりボカシやタタキといった従来からある使い古された技法ですが、イメージを際立たせるのには効果的です。仕上げにはペンで縦横のハッチングを入れることが多く、どこまでやって完成とするかを、その都度考えています。今月もいつも通り焦らず休まずコツコツとRECORDと向かい合っていきたいと思います。

現象学書籍の再度確認

前から読んでいた現象学に関する書籍「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)に再び戻ってきました。さて、どこまで読んだものか、文章を眼で追っていても内容のほとんどが頭から抜けてしまっていたので、わずかに残る記憶と挟んでおいた付箋を頼りに、もう一度内容の読み解きを始めました。すると徐々に眼の前が開けてきて、第一章の「能動的認識行為の現象学」の主旨を思い出しました。第二章の途中で中断したことが判明し、今回は第二章「真理と実在」の気になった箇所をピックアップいたします。第二章の冒頭の文章をまず書き出してみます。「フッサールによれば真理もしくは真実在に到達するのはある理性定立に含まれる部分志向がすべて、完全に充実されたときだが、それは原理的に実現不可能であり、真理は『カント的意味での理念』にとどまらざるをえない。このような考え方は、真理がわれわれの経験構造と無意味に存在するという考え方(『真理自体』)や、真理が何らかの仕方で実現可能という考え方の対極にある。」真理を実現可能にするのは「対応説」であり、言うなれば現象学は反「対応説」となると述べられています。「現象学において対応説的真理論は拒否されるが、それは、現象学者が経験を分析する際、経験外部に視点を設定することはけっしてしないからだ。言語的命題と事態が対応しているかどうかを問うなら、知覚という言語外の審級に訴えることもできる。しかし、志向的相関の場面で、経験が事物と対応しているかどうかを語ろうとするとき、志向的相関の外部にたつのは禁じ手である。」また実在論においてはこんな一文もありました。「現象学の任務が実在の『証明』ではなく、実在の意味の『解明』であることに注意しておく必要がある。」現象学を真理と実在との関わりにおいて述べられている箇所ですが、現象学の学問的な意味づけが従来の哲学の概念とは異なるものだと言っていて、現象学の何たるかが今後さらに明らかになっていくであろうことが推察されます。

「怪談四代記」読後感

日本に帰化し、日本の文学で独自な位置を持つ「怪談」を書いて、一躍有名になった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。彼の曾孫にあたる民俗学者による軽妙洒脱な随筆「怪談四代記」(小泉凡著 講談社文庫)を読み終えました。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を巡る因縁が、不思議な魅力持って子孫まで影響していることを知り、偶然の邂逅に日常を忘れさせてくれる楽しさが、本書には詰まっていました。あとがきにこんな一文がありました。「境港は『妖怪のふるさと』、出雲は『神話のふるさと』と表明し、人々に認知されていますよ。そのちょうど中間にある松江は、小泉八雲によってその霊性が世界に知られています。だから松江を『怪談のふるさと、聖地』にしませんか!」これは松江歴史館で「松江怪談談義」をした「新耳袋」の著者木原浩勝氏から小泉凡氏に提案された内容だそうです。因みに境港市は漫画家水木しげる生誕の地で、鬼太郎ロードがあります。先月島根県に行った折、私は境港市に時間の関係で行けなかったのですが、3つの街に纏わる非日常的な地域性に着目したところに、発想のユニークさを感じました。最後に著者は「怪談」について次のように述べています。「メアリー・ノートンが『床下の小人たち』から、ハリー・ポッター・シリーズがホグワーツ魔法魔術学校から、『もののけ姫』が山の先住民である精霊たちから、『平成狸合戦ぽんぽこ』が多摩丘陵の先住者である狸から人間を照射して、人間世界をいきいきと描き出したように、怪談は異界から人間世界の本質をクローズアップし、人間の生き方、あり方を問い直す役割を担っているように感じる。ハーンもそのことを十分承知した上で、原語の『エコー』に過ぎないと謙虚な気持ちで怪談を70話以上も綴ったのだと思う。」

映画「モリのいる場所」雑感

先日、常連になっている横浜のミニシアターに「モリのいる場所」を観に行ってきました。画家熊谷守一(モリ)は97歳の長寿を全うした人で、その風貌からして仙人のように思われていますが、老境に差し掛かった画家はどんな暮らしぶりだったのか、自伝的な再現ドラマではないと謳っている本作は、監督やベテラン俳優たちが挑んだ、枠に囚われない生き方を示す映画だったなぁと思いました。モリと奥さんが住む木造家屋と庭は、夫妻の紆余曲折な人生を物語る雑多で雄弁な佇まいを見せていました。とりわけ庭に生息する小さな生き物たちの描写映像が素晴らしいと感じました。それを飽きもせず眺めている老画家の視線にも吸い込まれていきました。どこかのCMじゃないけれど、世の中は感動に満ちていると改めて思いました。熊谷家に集まる人物も個性的な人が多く、それらを全てひっくるめて、老画家が晩年に描いていた飄々とした「モリカズ様式」そのものだと私には思えました。主役を演じた山崎努さんがこんなことを言っています。「表現というのは『表すことではなくてしまっておくこと』で、それは今回のモリカズさんの”仮面”とも繋がっている。その秘匿している部分も演技の中に含ませられれば、厚みのある丸ごとの人間を表現できる。」表現は隠して仕舞っておくものという言葉は、単純な線と面に辿り着いた熊谷守一の画業とも合致するようで、肩肘張らず悠々自適で表現意欲に溢れたなモリを、丸ごと解釈して臨んだスタッフやキャストの心意気にも表れていたように思います。本当の意味で贅沢な時間とは何でしょうか。何かに囚われた生き方は、自分に何を齎すでしょうか。映画を観てそんな思いに駆られました。

9月の制作目標

今月の制作目標を考えました。週末は5回ありますが、そのうち1回は昨日終わってしまったので、残りは4回になります。そのうち3連休が2回やってきます。17日(月)敬老の日、24日(月)秋分の日の振り替え休日です。東京の美術館に出かける日を除いて、陶彫制作が可能な日を計算すると、2つ目の塔の土台作りは4個または5個くらいが出来ればいいかなぁと思っています。土台は6個必要ですが、全部作る意気込みとは裏腹に、時間的に無理があるように思えます。今月はまだ焦るほどでもないので、陶彫に関する制作目標はそのくらいにしておこうと思います。焦らなければならないのはRECORDです。下書きばかりが先行する悪癖が解消せず、RECORDを1年間分撮影する日を目指して、何とか頑張っていこうと思っています。夜はその日のRECORDと過去のやり残したRECORDの彩色や仕上げに追われています。アクリルガッシュを面相筆で丁寧に塗る作業が毎晩続いていて、RECORDは陶彫とは技法は異なるけれども、自分が絞り出す構成要素は同じではないかと感じています。彫刻性と絵画性を行ったり来たりするのは、自分なりの表現思考の特徴かもしれません。読書はそろそろ現象学に戻ります。気候が涼しくなってくれば、哲学的な思考回路が目覚めてくれるのではないかと期待しているところです。

週末 6つ目の陶彫成形

今日は涼しい一日で、工房での制作に集中しました。先月の酷暑の中では作業中に汗が滴って、扇風機の前で時折休憩を取りましたが、今日は長い時間制作に携わることが出来ました。こんな気候が続いてくれたら、制作工程はスムーズに進みますが、果たして今後はどうでしょうか。今日は朝から夕方まで陶彫成形と彫り込み加飾に明け暮れました。これは6個目の陶彫部品になります。新作は陶彫部品による塔を2つ作ることにしています。1つ目の塔の床に設する陶彫部品は6個です。つまり今日作った陶彫部品が塔の土台になるものなのです。その土台の塔から連結された根の部分が蔓延って出て、2つ目の塔に繋がっていく構成になります。イメージの源泉については、また稿を改めますが、今日やっと土台が出来上がったことを喜びたいと思います。制作工程ではこの6個の土台が出来上がるのは先月の予定でした。僅かの遅れが生じて今日になりましたが、今月は何とか挽回していきたいと思っています。今月はもう1つの塔の6個の土台作りに移っていく予定で、新たな成形と彫り込み加飾を今月中に終わらせたいと思っています。一つひとつ地道に作り上げていく工程が私は大好きで、それを労働の蓄積と呼んでいますが、自分の生真面目な性格によく合った制作方法だなぁと思っています。一気呵成ではなく、休まず焦らず、前だけを向いて只管作り続ける喜び、これが私にとっての何事にも変え難い極上の時間なのです。たまに集中力が増してフロー状態に入りますが、それは意識して入れるわけではありません。体調や気温やその他諸々の条件が整ったときに訪れる神がかった幸福な時間です。今日は久しぶりに長く制作していましたが、時間は短く感じました。先月より集中力が増したかなぁと思いました。また来週頑張りたいと思います。

週末 9月に入って…

9月に入って最初の週末です。9月の制作目標は別の機会に書くとして、今日はNOTE(ブログ)でいつもやっているように、週末をどう過ごしたか、行動を記していきたいと思います。今日は映画や美術展の鑑賞があったため、早朝7時に工房に出かけ、2時間で座布団大のタタラを6枚作りました。陶土を掌で叩いていると汗が流れてきました。多少涼しくなっても作業は骨が折れます。午前10時過ぎに常連になっている横浜の中心部にあるミニシアターに出かけました。家内は演奏活動があったため、私一人で映画を観に行ったのでした。観た映画は「モリのいる場所」。97歳まで生きた画家熊谷守一のある夏の日を描いたもので、主役夫妻を演じた俳優の山崎務と樹木希林が秀逸でした。築40年以上の木造家屋に住み、30年以上も庭から一歩も外に出なかった老画家は、毎日飽くことなく庭にいる虫や飛来する鳥、拾った石を眺めて過ごしていました。夜になると「学校」と呼んでいる画室に篭って絵を描く生活をしていました。名声欲や金銭欲もなく好きなことだけに没頭する日常、同じ美術を志す者として、そうした悠然とした暮らしぶりが見たくて、この映画を観に来たのでした。詳しい感想は後日に改めます。映画が終わった後、車を置きに一度自宅に戻って、家内と駅で待ち合わせ、2人して東京銀座に向いました。GSIXの蔦屋書店のアトリウムを会場にして、最近工房に出入りしている若い彫刻家が個展を開催していたので見てきました。彼は多摩美術大学で助手をやっている木彫家です。積み木のように角材を積んで、全体を構成する言わば私と同じ集合彫刻をやっていて、その角材に所々色彩を施しています。その色彩は絵の具ではなく染料を使っているため、微妙な色合いになっているのが特徴です。蔦屋書店のアトリウムは多くの人々が往来し、作品の前で写真を撮ったりしていました。こういう機会で作品の知名度を上げることも作家の戦略としてはいいことだなぁと思いました。有楽町付近で大雨になり、不安定な天候の中を帰宅しました。彼の個展によって気持ちに弾みがついたので、明日は制作一辺倒にしたいと思います。

暑かった8月を振り返る

記録的な猛暑に見舞われた8月。職場は長い休庁期間を設定し、私も例年より長く休ませてもらいました。創作活動としては新作の陶彫部品の成形と彫り込み加飾を4個終わらせました。先月1個が終わっているので、トータルで5個になります。新作の導入としては、まずまずの成果ですが、暑さのため工房に長く留まれず、その分制作工程がやや遅れ気味になっています。鑑賞では夏季休暇を使って県外に旅行した際、遠方にある美術館や博物館を見ることが出来たので、かなり充実していました。島根県の足立美術館、古代出雲歴史博物館はどれも刺激的で印象深いものでした。山形県では先輩画家のアトリエにお邪魔し、ここでも刺激を受けました。旅行から戻ってきて、東京の展覧会にも足を運びました。「縄文」展(東京国立博物館)、「ブラジル先住民の椅子」展(東京都庭園美術館)、「建築の日本」展(森美術館)は一日で回りました。映画は「万引き家族」(シネマジャック&ベティ)、「祈り 三部作」(岩波ホール)を鑑賞しました。「祈り 三部作」は一日で3本の映画を観たのでした。RECORDは期待していたような山積み解消に至らず、今も四苦八苦しています。手の込んだ作品にしようとする上昇志向が自分の首を絞めているのかもしれません。読書は今まで読んでいた現象学の書籍を一時中断して、松江の小泉八雲記念館で購入してきた随筆を読んでいます。読書は、難解な理論を紐解くようなものばかりではなく、気軽に楽しめるものもあるという緩急織り交ぜていくのも必要じゃないかと思いました。ともあれ、今夏は暑すぎて何するにも難儀をしました。来月は多少でも凌ぎやすくなるのでしょうか。

映画「懺悔」雑感

ジョージア(グルジア)映画「祈り 三部作」のうち「懺悔」について詳しい感想を述べてみたいと思います。「懺悔」は1984年にテンギズ・アブラゼ監督によって制作された政治色の強い映画で、当時は「反ソビエト」という烙印を押され、監督だけでなく家族さえ重罰になりうる危険もありました。理由としては全体主義における粛清、つまり独裁者と虐げられる市民の日常を象徴的に描いているからです。ソ連崩壊後に国際的な映画祭で賞に輝き、反体制的な主題は大きな反響を呼ぶことになりました。物語の初めは架空の街を舞台に、多くの罪のない人たちを粛清していた市長が亡くなり、盛大な葬式が挙行されましたが、その遺骸が何度も掘り起こされるという奇妙な事件に端を発しました。犯人は市長によって両親を殺された女性でしたが、裁判で市長の犯した罪が被告によって露わになり、それを傍聴していた市長の孫が、祖父の罪から良心の呵責に苛まれ、やがて自殺に追い込まれてしまうのでした。市長の芝居がかった言動やその息子夫妻を滑稽に描いたりして、映画の主張する真面目な体制批判を下敷きに、極端な寓話表現として処理することで、映画としての面白さも加味されていました。「私たちは血なまぐさい方法で、長い間、善良さを根絶やしにしてきたことの報いを受けています。自分の過去を葬った者は、現実に近づくことも、未来を見ることもできないのです。最大の罪は恐怖なのです。」とアブラゼ監督が語っている通り、この映画の持つ社会性は私たち市民生活そのものに対する問いかけでもあると思っています。現在の国際社会でも全体主義を標榜する国があります。そこでの市民生活がいかばかりか想像に耐えませんが、平和を謳歌している日本でさえ、国威掲揚的な思想が入り込むと、この先どうなるのか分からず、一抹の不安を覚えるのは私だけではないと思っています。

映画「希望の樹」雑感

ジョージア(グルジア)映画「祈り 三部作」のうち「希望の樹」について詳しい感想を述べてみたいと思います。「希望の樹」は1976年にテンギズ・アブラゼ監督によって制作された映画で、数々の国際的な賞に輝いています。暫くお蔵入りしてしまった「祈り」と比べれば、日の目を見た映画だったようです。原作はギオルギ・レオニゼで、古い因習が残る村が舞台です。村にやってきた美しいマリタとそこで暮らす牧童ゲディアの恋愛が中心となり、一癖も二癖もある個性的で泥臭い村人たちが登場します。過去の栄光に縋る学者風情の男、奇跡を信じ希望の樹を探すうちに落命する男、恋の遍歴を想像して生きる老いた女、色香を振りまく若い女、大樹の下で噂に興じる女たち、およそ建設的ではない人の中で、長老だけが賢く見えますが、彼は貧困を理由にマリタを金持ちに嫁がせるのでした。嫁いだ先でもゲディアを忘れることができないマリタ。それが判明したため、村の慣習に従ってマリタは雪の中で村中を引き回され、人々の好奇の眼に晒され、やがて亡くなるのでした。ゲディアも何者かに銃殺されてしまいました。私の印象に深く刻まれたのは、馬に後ろ向きに乗せられて村中を引き回されるマリタの凍るような表情でした。原作者レオニゼの幼年時代の思い出が綴られているようですが、私が20代の頃によく出かけたルーマニアの村々を彷彿とさせる雰囲気がありました。勤勉な農民や牧童がいて、その中に狂気じみた人が僅かに混じっていました。村人が彼を上手に受け入れているのを目の当たりにして、村の居心地と因習が絶妙なバランスを保っているのだろうと感じていました。映画「希望の樹」は群像劇のようでいて、役者一人ひとりが自然に振る舞う珠玉の場面の繋がりがあり、そのやり取りの面白さに時が経つのを暫し忘れました。

映画「祈り」雑感

先日、東京神保町にある岩波ホールで、ジョージア(グルジア)映画「祈り 三部作」を観てきました。そのひとつである「祈り」について詳しい感想を述べます。1967年にテンギズ・アブラゼ監督によって制作された本作は、荘厳な宗教性と芸術性に裏打ちされた独特な風格をもっていると私は感じました。粗い岩肌や石造りの堅牢な村が、モノクローム映像で登場しますが、無駄を排除したような象徴性が際立っていました。コーカサス山脈の奥深くに点在する村は、そこは全体主義を図ったソビエト政府の手が及ばない要塞村だったようです。儀式や歌や工芸品は今も保存されているそうで、映画の舞台になった村に一度行ってみたい思いに駆られました。物語の前半はキリスト教徒とイスラム教徒の男同士の一騎打ちを描いていて、倒した相手に敬意を払ったことが仇になって、勝利したキリスト教徒の家族は村を追われてしまうのでした。後半はキリスト教徒をもてなすイスラム教徒が、やはり村の掟に触れ、客人を処刑されてしまう顛末を描いていました。宗教観や民族の違いを超えた心の通い合い、またお互いを認め合うことがテーマでしたが、主人公の属する社会集団がそれを許さないという因習があって、悲劇的な結末を迎えてしまいます。私たちの日本でも昔は部落社会があって、そこでしか通用しない因襲や悪弊がありました。民主化や人権意識、さらに世界のグローバル化が進んだのは、つい最近のことです。閉鎖社会は決して過去のことではないと私は痛感しています。宗教観の違いはあっても、お互いを理解できる環境が整ってきた現代だからこそ、映画「祈り」が主張している根源的な問いかけを忘れてはいけないと思った次第です。

六本木の「建築の日本展」

先日、1日かけて3ヵ所の展覧会を回り、その最後に訪れたのが六本木ヒルズにある森美術館でした。「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」というテーマで、日本の建築を9つのセクションに分けて、それぞれ分析を試みた大掛かりで野心的な展覧会が開催されていました。私は建築に興味があって、とりわけ現代建築家の活況に注目している一人です。その淵源を探る試みとして、こうした視点で日本文化を考えたことが素晴らしいと思いました。最近の建築展は、展示会場で実物や大きな模型を施工することがあり、千利休が伝えた茶室の実物大再現や、丹下健三自邸の住居模型が目を引きました。図録には4つの論考が掲載されていて、それを読みながら展示品を思い出し、根拠となる背景を考える契機としました。「日本は、木の柱と梁を立体格子状に組み合わせた軸組構造を続け、高度に発達させることに成功し、ヨーロッパ建築の対極となるような平面と構造と表現の3つをもちつづけて、今にいたる。」(論考1藤森照信著)「モダニズムは概念を象徴するものではなく、物の生産に根ざし、人間を変えるよりも行動を原点に、結果的に現れたかのような美に目覚めたものだった。この刷新された形と概念に、日本建築は合っていた。」(論考2倉方俊輔著)「日本の中で体現される多方面にわたるインスピレーションや翻訳、また転換や変換などの流れが、表現の場となる万国博覧会や展覧会、または出版物や実際に建設された建物などの、多くの複数の節目や節点において、明確に表現されている。」(論考3ケン・タダシ・オオシマ著)「絵画や彫刻といった表現媒体を鑑賞者と一定の距離感を保ち展示するのではなく、平面、立体から映像まで多様な媒体の混成により空間をダイナミックに変貌させられるインスタレーション作品は、現代美術展における鑑賞体験の醍醐味となった。ここにしかない場が創られ、鑑賞者に特別な体験を提供している。建築家においても、芸術祭や美術館の展覧会のためにインスタレーション作品を制作する例が増え、美術作品と同様に鑑賞や批評の対象となってきた。」(論考4前田尚武著)以上は4つの論考のまとめではなく、私が気になった箇所を引用させていただきました。

週末 8月最後の制作日

今年は残暑の時季になっても猛烈な暑さがあって、空調の無い工房には長く留まれない日々が続いています。今日は8月最後の日曜日で、制作目標からすれば遅れ気味になっていますが、サウナ風呂のような工房にいると、仕方がないかなぁと思います。昨日は40キロの陶土を土錬機で練った後、手作業で菊練りを行い、そのうち座布団のようなタタラを6枚作りました。ほとんど肉体労働だったため、全身がびっしょりになるくらい汗をかきました。今日は新作の5つ目になる陶彫部品の成形に挑みました。成形は肉体よりは神経を使いますが、寧ろ今日のほうが多く汗を流したのではないかと思いました。シャツを4回替えたのは、最近では珍しいなぁと思っています。夕方になって、もう少し作業をやろうと思っていたところ身体の限界を感じたので、作りかけの陶彫部品に水を打ってビニールで包みました。ウィークディの夜ならもう少し涼しくなっているのではないかと期待して、早めに工房を後にしました。終日空調の無い室内にいると、体力が消耗するのかもしれません。たいして制作をしていないのに、クタクタになっています。身体を整えるためにスポーツ施設に行って水泳をしてきました。水に浸かっていると元気が復活してきます。ついでに施設のシャワールームで工房で噴出した汗を流しました。彫刻の制作に慣れ親しんでいるとは言え、彫刻という表現媒体はつくづく精神的にも肉体的にも大変なもので、ましてや石材や木材を扱っている作家は日々どうしているのだろうと思ってしまいます。8月を振り返るのはまだ先ですが、週末としては今日が最後です。暑さを言い訳にして、制作目標に到達できなかったことが気になりますが、次回また頑張っていきたいと思います。

週末 暑さ甦った工房にて

今年の夏は30度を越える厳しい暑さが続き、空調の無い工房での作業が滞りがちです。午前中は2時間程度工房で作業を行い、昼ごろは自宅に戻ってきて休憩を取り、午後再び工房に出かけます。肌に触れる空気は乾いていて、秋を感じる時もありますが、土練りや大きなタタラを叩いて作るときは、大量の汗が流れてきます。昔から私は汗かきですが、頭から水を被ったように汗をかきます。全身びっしょりです。シャツと頭に巻いた手ぬぐいを何度か替えて、水分を補給しながら肉体労働に臨みます。若い頃はこんなに汗をかいて大丈夫だろうかと心配しましたが、逆に病気になることもなく、身体はよく動きました。最近は若い頃のように身体を酷使してはいけない気がしていて、頻繁に休むようにしています。制作はスポーツではなく、身体の動きとしては労働に近いので、日曜日には近隣のスポーツ施設に出かけ水泳をやっているのです。因みにウィークディは空調の効いた部屋でディスクワークが中心です。1週間を通した自分の行動パターンを頭に入れつつ、健康管理をしなければならないかなぁと思っています。暑さが甦ってきた工房では、5つ目の陶彫部品の成形に向けて、今日はその準備を行いました。気温が高いため、成形と彫り込み加飾が終わった4個の陶彫部品は既に乾燥していて、仕上げ作業と化粧掛けをすれば、そのまま窯に入れられますが、窯入れはもう少し涼しくなってから行おうと思っています。明日は5つ目の成形を行う予定です。制作サイクルが回り始めました。

白金台の「ブラジル先住民の椅子」展

東京白金台にある東京都庭園美術館は、アールデコ様式の装飾が美しい美術館で、そこで展示される作品と周囲の装飾がどのような関係性を持つか、それも楽しみのひとつとして味わえる稀有な空間を有しています。以前、世界各地の民族が作った仮面の展覧会があって、アールデコ様式と土俗的な仮面に不思議な緊張関係が生じて、とても面白かったのを思い出します。今回の「ブラジル先住民の椅子」展も絶妙な緊張関係の空間の中で、展示品が置かれていて楽しく拝見できました。木彫の丸彫りされた椅子に単純化された動物の形体がついているのは、どんな意味があるのでしょうか。図録から関連する言葉を拾ってみたいと思います。「古代社会や未開社会の王、呪術師、戦士といった主権を握る(あるいは主権者たることを目指している人)人々は、この獣の領域とさまざまな象徴をとおして特別な関係を持とうとしてきた。」(中沢新一著)とあるのは椅子に座る呪術師や首長は、尋常ならざる獣の力に触れて、人々に対して己の主権を演出する目的がありました。さらに「動物性と政治論を結ぶ普遍的で奥の深い諸問題に、知らず知らずのうちに観る者を触れさせてしまうところにある。」(同氏著)のが、この展覧会の面白さだと言っています。ただし、現代も作られている動物を模した椅子はどうでしょうか。獣と主権者が切り離された現代にあって、もはやそこに腰掛ける者がいないために椅子は丸みを帯びて、腰掛というよりアートに近づいています。美術館の新館に現在も継続して作られている新しい椅子が数多く展示されていました。日本の彫刻家三沢厚彦氏の作品を連想させる作品だなぁと思いました。

上野の「縄文」展

同じ日に3ヵ所の展覧会を見て回った先日のことを、図録を眺めながら展示品をひとつずつ思い出し、自分なりに縄文について印象をまとめてみました。東京上野の国立博物館で開催されている「縄文」展は、副題に「1万年の美の鼓動」とあるように、縄文時代は旧石器時代が終わってから1万年以上続いた日本特有の時代を、土器を中心に展示した大がかりな展覧会です。日本列島は温暖で湿潤な気候になり、また島国であったことから他国の侵略もなく、安定した平和な時代の中で人々は土を焼いて土器や祭器を制作してきました。その土器に施された縄目文様を指して「縄文」と称しているのです。図録によると「縄文土器の文様は、土器の表面に爪や指頭、縄(撚糸)や貝に加え、木や竹で作られた棒や箆などの道具を使って描かれたり、粘土を貼り付けたりして表現されたものである。~略~縄文が土器の装飾として使われたのは縄文時代草創期後半からで、~略~器面全体を多種多様な縄文で埋めつくすように飾る特徴がある。~略~一方、中期になると、新潟県十日町野首遺跡出土の火焔型土器や王冠型土器に象徴されるような、立体的で力強い装飾をもつ土器が多くなる。~略~後期・晩期には立体的な装飾は影をひそめ、沈線によって構図を描く文様が重用される。」(品川欣也著)とありました。縄文土器には造形美の変遷があり、よく知られた火焔型土器や王冠型土器は、中期の頃に登場してきた土器であることが分かりました。縄文時代を彩ったもうひとつの表現である土偶にはこんな一文がありました。「縄文時代の祈りの美、祈りの形の代表が土偶である。~略~(遮光器土偶は)顔からはみ出すような大きな目が特徴であるが、デフォルメされた身体表現や全身を覆うように施された磨消縄文手法で描かれた文様もまた魅力の土偶である。」(同氏著)これは人間なのか、異星からきた生物なのかと思わせる幻想的な表現に目を奪われたことが思い出されます。縄文作品の数々を美的な視点で見ると、世界に類を見ない斬新な表現があり、現代アートに通じる象徴性や抽象性を、私は感じ取ることが出来ました。私たち日本人のルーツが縄文ならば、私たちは世界に誇れる美意識を持っていると言っても構わないのではないでしょうか。