「近代美術史テキスト」を読み始める

現在読んでいる現象学の書籍を横において、美術に関わる不思議な書籍を手に取りました。ちょっと一服のつもりが読み始めたら、面白過ぎる内容に惹きこまれて、忽ち半分くらいまで読み進めてしまいました。それにしてもこれは文庫本くらいのサイズの全て手書きによる独特な書籍で、どこかの美術館のアートショップで購入した記憶があります。「近代美術史テキスト」(中ザワヒデキ著 トムズボックス)はヘタうまのイラストレーターとして活躍する中ザワヒデキ氏による著作で、印象派から始まり、現在進行形のアーティストまで取り上げた、大変分かり易い解説書としても楽しめる書籍です。まず「序」にあった中ザワ氏の歴史観に注目しました。「そもそも”歴史”とは何かと言いますと、それは過去の事実を受動的に記述する行為のことを指すのではなく、現在の目をもって、過去の本質を能動的に読み取る行為のことをいう筈です。~略~歴史とは、あるいはすべての人間の行為は、本来このように徹頭徹尾『現在の自分』から端を発するのだという視点に立って、本書を読んでいただければ幸甚です。」美術史を振り返る際に、たとえば印象派や野獣主義、立体主義等は当時どんな受け入れ方をされたのか、本書に「『これは絵ではない』と言われてまでも前進しなければならないという明確なヴィジョンを得た」という一文があります。現在の自分からすれば、こうして旧態依然とした体質を壊してきた芸術が新しい時代を作ってきたと認識していて、確かに過去の本質を能動的に読み取ることで、現在の自分の立ち位置を決めていると私も考えています。あっという間に読み終えてしまいそうな勢いで本書を読んでいます。近々感想を書きたいと思います。

RECORDの新しい印

私は陶彫作品にもRECORDにも捺印をしていて、それが作品の完成を示すものという証明を与えています。新作が出来る度に、私は石材に新しい印を彫ります。RECORDは年ごとに新しい印を作っています。RECORDはポストカード大の小さな画面なので印も小さくします。そのため最近では印のデザインは陽刻よりも陰刻になる傾向があります。印は篆書など中国の古い文字を使うことが多いのですが、私の場合はほとんど抽象絵画のような扱いをしています。RECORDの印は私の氏名ではなく、デザイン化されたマークのようなものです。今回新しくデザインした印は暘刻ですが、文字として読み取れることが出来ないほど単純化したものにしてしまいました。文字はアルファベットの相原の「A」を抽象絵画のように線と点だけで表現しました。落款としての制約を外したため、印は私にとって楽しい世界になり、自由度も増しました。ただし、陶彫部品に貼り付ける印はアルファベットではなく漢字の氏名を用いています。前には篆書を用いた印を彫ったこともありました。従来の方法から自由な方法までさまざまな試みが出来る印を、今後も楽しみながら作っていきたいと思っています。

映画「家に帰ろう」雑感

映画「家に帰ろう」は人気がある映画なのでしょうか。先日観に行った常連のミニシアターが満席になっていたのは初めてでした。アルゼンチンのブエノスアイレスに住む88歳の仕立て屋が主人公の映画で、翌朝にも娘たちの手で老人施設に入ることになっていた彼は、自宅兼仕立て屋を出て、生まれ故郷であるポーランドに単身で行こうと決めていたのでした。彼はユダヤ人で、第二次大戦中のホロコーストから逃れてきた過去がありました。彼には風前の灯火だった自分の命を助けてくれたポーランド人の親友がいました。自分が最後に仕立てたスーツを彼に届けに行くのが旅の目的で、これは人生最後を賭する旅とも言えました。ただし、70年以上も会っていない親友は、その消息さえわからないのに、主人公はブエノスアイレスからマドリードに飛び立ち、列車を乗り換えてポーランドへ向かう行程が、物語の重要な位置を占めていました。そこに登場するホテルの女主人やパリで四苦八苦していた主人公を助けるドイツ人女性学者、旅の途中で倒れた主人公の面倒を見る看護師など、さまざまな人々の恩恵に触れて、親友の住む街に辿り着くのでした。そこから先は映画を観てのお楽しみです。図録にこんな一文がありました。「現在、ホロコーストを直接経験した世代は減る一方である。多くのホロコーストからの生存者が暮らしたアルゼンチンでも直接経験を聴く機会は少ない。また主人公がおそらくそうであったように、家族にさえ沈黙を守ることも少なからずあった。とはいえ、主人公の最後の旅のように、今の時代だからこそポーランドや東欧のかつてのユダヤ人の足跡を辿ったり、また文化復興を図ったりする機運も高い。」(宇田川彩著)人生の落日をどんなカタチで迎えるのか、その時になってやり残したことはあるのかを、私にも自問自答する機会がきっと訪れるはずです。この映画は反戦映画でもあり、高齢化社会を迎えた現代を写す映画でもあるのです。故郷とは、瀕死の自分を支えてくれた友がいる場所であり、帰っていけるところはそうした人の懐なのだということを訴えたかった映画なのだと思いました。

週末 真冬の制作雑感

日曜日は朝から工房に篭って、夕方まで陶彫制作に明け暮れています。午前9時から午後4時までの7時間、これが今まで私が定番にしてきた制作時間です。陶彫制作に集中してしまうと、7時間はあっという間に過ぎていきます。ウィークディの一日は長く感じるのに、日曜日の制作時間は短いなぁと思うところです。制作は知らないうちに身体を酷使していることがあって、終了時に肩や腰が痛むことがあります。以前NOTE(ブログ)に書いた顎の疲れも無意識に行っているもので、自宅に帰った後にそうした疲労がどっと出てきます。夜になって体調が優れない日もあります。ウィークディの仕事は神経を使うことはあっても、心身ともに動けなくなることはありません。無形なものから有形を作り出す創作活動は、それほど辛いものなのか、自分では分かりませんが、毎週日曜日の夜になると思考が止まったように動けないのはどうしたものでしょうか。私は夏よりも真冬に疲労の蓄積が顕著になる傾向があるようで、これは気候のせいばかりではなく、冬に無理をするのかもしれません。私は真冬生まれなので、暑い夏よりは冬に強いのではないかと自分で勝手に思っていて、実際に制作は冬の方が進むのです。今日は制作ノルマをやや厳しくしていたのですが、多少制作工程を残して作業を終えることにしました。近隣のスポーツ施設に水泳にも出かけました。制作以外のことをやっている方が気が楽になると思ったのでした。水泳をやってみると自らの体調がよく分かります。今日はそれほど体調が悪くなかったのですが、精神面は水泳では分からないので、きっと心が折れそうになっていたのかもしれません。つくづく彫刻という表現媒体は、自分の全てを奪っていくほど大変なものなんだなぁと思います。それでも続けていきます。次の週末を楽しみにしている自分がいるからです。

週末 制作&映画と個展巡り

週末が久しぶりにやってきた感じがしました。それだけウィークディの仕事に負担を感じていたのか、とりわけ今週は疲れていました。副管理職たちの集まりで助言者を引き受けたり、近々やってくる研究会のために慣れないパワーポイントを作成したり、自分の職場以外の仕事が多く、落ち着かない一週間でした。今日は少々寝坊をして、朝9時過ぎに工房に出かけました。まず窯を開けて焼成が終わった作品を取り出すことから始めました。明日の成形のためタタラを複数枚作りました。相変わらず土曜日は身体が動かし難く、いつものように制作サイクルの中に思い切り自分を投じるのは避けたいと思っていました。幸い今日は家内の演奏会がなく2人で出かけるには絶好の機会でもありました。予てから観たい映画があったので、昼前に横浜の下町にあるミニシアターに家内と車で出かけました。このミニシアターは私が常連にしていますが、今までになく混雑していて驚きました。客席はほぼ満席で家内と離れて座ることになりました。エンターティメント系ではない映画なのに不思議な気分にさせられました。観た映画は「家に帰ろう」というアルゼンチン・スペイン共作によるもので、ブエノスアイレスに住む88歳の仕立て屋の男が、自分を施設に入れようとする家族たちから逃れ、自分の生まれ故郷であるポーランドに単身出かけていく、言うなればロードムービーでした。ユダヤ人である彼は第二次大戦でドイツ軍から迫害を受け、収容所を脱走してきたところを、同い年のポーランド人の友人に助けられた過去を持っていました。この友人に会うために旅の道中で、人の優しさに助けられ、人生の最後を賭する物語でしたが、その真意はまさに反戦そのものを描いていました。詳しい感想は後日改めます。その次に向ったのは藤沢市アートスペースという会場で、ここで昔からの友人が個展を開催していたのです。そこは辻堂駅前にありました。最近になって商業施設やマンションが建設され、まったく新しい街が出来ていました。彼は私と同じ二足の草鞋生活を営んでいた画家で、新作は画面全体に海を描いた連作を出品していました。同じ大きさのパネルに水彩絵の具で描かれた微妙に波打つ静かな海面。まるで定点観測のような世界。同じパネルがずらりと並んでいる様子は、まさに彼が筆で海面の状態を探り、また描き込んでは探っていく時間の経過が見て取れました。テーマはシンプルでも雄弁に語る世界観が快く感じられました。

夢の中のキリスト磔刑像

私はあまり夢を見る方ではありませんが、イエス・キリストの磔刑像が夢の中で私の前に現れた時がありました。私はキリスト教信者ではなく、また現在は宗教に関する書籍も読んでいないのに、どういうことなのか自分でも分かりません。夢は欲望充足であると説いたのは精神分析学の創始者フロイトでしたが、私はキリスト教を渇望をしていると言うのでしょうか。おそらくそうではなく、若い頃西欧で5年間暮らした際に、どんな小さな町にもあった教会の、そこに安置されていたさまざまなイエス・キリストの磔刑像が、ふと若い頃の記憶と共に甦ったのではないかと察しています。私にとってイエス・キリストの磔刑像は見慣れた存在です。その宗教はともかく仏陀の涅槃像よりも身近なことは間違いありません。師匠の池田宗弘先生がキリスト教に纏わる彫刻を数多く制作していることも私とキリスト教を結び付けている要因のひとつだろうと思います。イエス・キリストの磔刑像は何と残酷な姿をしているのか、人間全体の罪を背負って手足を十字架に磔られているのです。磔刑像の中には血を流すイエス・キリストもありました。西欧で多くのイエス・キリストの磔刑像に接し、私の中ではそれが受け入れ難い表現であったことも事実で、赤ワインをキリストの血に、パンを肉に見立てる考え方にも、自分の成育歴にはないものを感じ取っていたのでした。そんな私自身の中で反発もあった磔刑像が夢に出てくるのは不思議でなりません。私はそこに宗教とは切り離した美を感じ取っていたとでも言うのでしょうか。おそらくそれが正解で、夢の中の磔刑像はその素材までもリアルに示されていたのです。磔刑になったイエス・キリストは木彫で作られていて、彩色はなく鑿跡が残されていました。十字架は錆びた鉄のようでした。白い漆喰の壁に設置されていて、そこは教会だったのでしょうか、ただし、そこに宗教はなく恰も美術館の一室のような按配でした。夢の中ではその木彫のキリストと鉄の十字架による磔刑像は私自身が作ったものという意識がありました。今は具象表現をしていない私が、何故かイエス・キリストの磔刑像を作る、これはどういうことでしょうか。夢が欲望充足と考えるならば、私は具象彫刻をどこかでまた再開したいと願っているということだろうと解釈することにしました。学生時代のようにモデルを立てて塑造することに関心を失っている今は、昔の記憶や師匠の表現の在り方を鑑みて、イエス・キリストの磔刑像の具象表現に辿り着いたというのが、私の出した結論です。

横浜の「イサム・ノグチと長谷川三郎」展

昨日、会議の合間を縫って、横浜の桜木町にある横浜美術館で開催中の「イサム・ノグチと長谷川三郎」展を見てきました。本展は「変わるものと変わらざるもの」という副題がついていて、日本古来の伝統文化とモダンを現代的感覚で繋いだ2人の芸術家が歩んだ道を辿った展覧会であることが分かりました。米国ニューヨークにあるイサム・ノグチ財団・庭園美術館と横浜美術館の共催というのも、珍しい取り組みではないかと思いました。何よりアメリカ国籍のイサム・ノグチと、アメリカで日本文化の伝道者として役割を担った長谷川三郎の作品群が、その抽象化において一致する精神性を持っていると私は自覚しました。こんな一文が目録に掲載されていました。「1950年5月にイサム・ノグチと出会った時、長谷川三郎はふたりの考えが『驚くほど』似通っていることを見出した。西洋の少なからぬ現代美術家が関心を寄せる日本や東洋の古い文化と西洋モダニズムは通底すること、抽象がその両者を結びつけること、そして日本の美術が外国の影響下に自己喪失の危機に瀕していることなどの認識を、ふたりは共有していた。彼らは現代における地域固有の文化とモダニズムの鬩ぎ合いの中で、芸術家の果たすべき役割を共に見出そうと協力したのだった。」(中村尚明著)私は本展を見るまで画家長谷川三郎を知りませんでした。活躍の場を日本よりアメリカに移したために日本での知名度が今一歩だったように思えます。今回の展示作品の中では屏風仕立てになった抽象絵画に興味が湧きました。「蒲鉾板に個別に直彫りされた円形、矩形、二本の棒のモチーフにポスターカラーを塗り、小さな紙に複数捺したものを屏風に構成している。画家の刀跡は凸版刷りによって純化される。版画を小さな紙に限定し、これをコラージュすることで屏風の余白=空間を十二分に活かしている。」(同氏著)と解説されている通り、純化した抽象作品が印象に残りました。イサム・ノグチも余白=空間を見つめ続けた彫刻家でした。その彫刻は置かれた空間によって印象が変わります。言い方を変えれば空間を純化する装置とも言えます。私が惹かれる理由がそこにあります。

仕事の合間の展覧会散策

今日は職場には出勤せず、午前と午後に職場外で会議が組まれていました。午前中は桜木町、午後は伊勢佐木長者町の施設で別々の会議があって、私は一日中その周辺にいました。午前中の会議が終わったところで、昼食時間を含めて2時間余りの余裕が生まれ、どこかのカフェで時間潰しをしようと思っていましたが、桜木町には横浜美術館があり、昼食時間を利用して展覧会を見ることにしました。嘗て横浜山手の神奈川近代文学館で「寺山修司展」を見た時も、会議に行く途中に立ち寄ったのでした。横浜の港周辺は文化的な施設が集まっていて大変便利なため、私はこうした環境をフルに使って自己表現の構築に役立てたいと願っています。自分が横浜市の住民であることを誇りに思う要因がここにあります。今日、横浜美術館で開催していたのは「イサム・ノグチと長谷川三郎」展で、一人はアメリカ人彫刻家、もう一人は日本人画家で、それぞれに抽象的作風を持ち、1950年に知り合った芸術家2人は意気投合したようで、日本の伝統とモダンを行き来しながら、お互いの表現を深めていったのでした。展覧会には「変わるものと変わらざるもの」という副題がついていたのも日本美の再発見が齎した表現の方向性であろうと思います。彫刻家イサム・ノグチは、川崎市にある岡本太郎美術館での大きな展覧会があったばかりで、私はここでまとまった作品を見ています。その前にも東京の初台で個展があったばかりでした。同じ作品を別の会場で見てみると、空間によって作品が違って見えるのも彫刻の特徴です。そういう意味では楽しめる展覧会だったと思っています。詳しい感想は後日改めます。

今年最初の夜の制作

三連休でやり残した作業を、今晩仕事から帰宅した後、工房でやりました。1時間程度なら寒くても作業が出来ると判断して、暗い夜道を工房に向かいました。工房に着いて作業を始めると、工房に棲みついている魔物に取り巻かれ、作業はトントン拍子に進みました。陶土に触れていると私は不思議な満足が得られます。沸々と意欲が湧いてくるのです。工房に点在する陶彫部品は私の分身たちです。私の心のカタチはこんな雰囲気を纏っているのかぁとつくづく思いました。昼間では考えないことを夜になると考えるのはどうしたものでしょうか。私の彫刻作品は私のどこから生まれてくるのか、これら陶彫部品は本当に私が作ったものなのか、今までのNOTE(ブログ)にも自己イメージの源泉を書いてきましたが、眼の前に広がっている30個以上もある陶彫部品は、理由なく突如ここにやってきた異生物が、気候変動によって固まってしまった化石のようにも思えるのです。こんな不可思議な物体を私が作っていることが自分でも信じられなくなることがあるのです。私にとって彫刻とは何なのか、それは私が魂を吹き込んだ私とは別個の生物みたいな気がしています。それらはじっと私を待っていて、工房の風景に馴染んでいるようにも思えます。次から次へと誕生する生物は、私の宝物であり、心のカタチであり、私を支えてくれる頼もしい存在です。夜の工房では生物たちから声が聞こえてきそうです。そんな雰囲気を感じさせてくれる夜の工房には、またやって来たいと思いますが、昼間の仕事から帰ってくると、制作する気持ちが萎えてしまっている時もあって、習慣化できない辛さもあります。

三連休 寒さとの闘い

寒さと闘っているというのは多少大げさではありますが、一日工房で作業した後、自宅に戻ってくると疲労で動けなくなるのは事実です。工房は断熱材等の内装がないので、室内温度はほとんど外と変わりません。朝早く工房に入り、ストーブを炊きますが、そこに表示される温度は2度であることが多く、冷え切った空気の中で暫しストーブが点火するまで、傍を離れることが出来ないでいます。まさに寒さとの闘いなのかなぁと思うところです。今日は成人の日です。晴れて良かったなぁと思うのは、数年前突然の大雪に見舞われ、大変な思いをした新成人が多かったのではないかという記憶が甦るからです。その日家内は邦楽器2丁を持って神奈川公会堂に出かけていました。大雪で駅から家まで帰れず、私が徒歩で迎えに行ったことがありました。私が低音三味線一丁を担いで雪の中を一緒に帰ってきました。家内は長靴を急遽買ったようで、和服に長靴という格好で私を待っていました。タクシー待ちをする新成人たちの晴れ着が長い列を作っていました。今日も朝のうちに家内を同公会堂に車で送りました。私は夕方まで新作の陶彫制作に挑んでいました。成形1点と彫り込み加飾2点が今日の制作ノルマでしたが、寒さのため手が悴んで夕方以降の作業が進められず、少しノルマを残して工房を後にしました。この3日間は自分なりに頑張ったと評価していますが、寒さの疲労を持ち越さないようにするため、睡眠はよく取ろうと決めていました。夏の暑さや冬の寒さは制作工程に影響を及ぼすと考えていて、そこを考慮しておかないと身体を壊すのではないかと思うところです。

三連休 作業中の私の癖

三連休の中日です。今日も朝から工房に行って、新作の陶彫部品の制作に励んでいました。昨日準備したタタラを使って根の陶彫部品の成形をやっていました。三連休の制作目標である根の陶彫部品2個のうち、初めの1個目に取り掛かっていました。成形が終わったところで、次の成形に備えて、大きなタタラを複数枚用意しました。陶土の塊を掌で叩いて座布団大に伸ばす作業です。そこでふと気づいたことがあります。制作の後に、私は決まって顎が痛くなっていて、食べ物を咀嚼する時はそれが歯茎にまで影響していることです。最初は歯痛ではないかと思いましたが、何か違うような気がしていました。判明したのは作業中にやっている私の癖でした。力仕事で私は思い切り歯を噛み締めているのです。それはタタラ作りに限らず、土練りだったり、木彫だったり、パワーを必要とする作業になると、必ず顎が痛くなるのです。亡父にも同じような癖があったことを思い出しました。亡父の口癖は「歯ぎしりするまで頑張る」というもので、造園の施工中によく言っていました。夕食になると顎が疲れていて、原因が分からないうちはこれはどうしたものだろうと思っていました。まさか私は歯ぎしりするまで頑張ってはいないのですが、無意識に歯を噛み締めてしまう癖が出ているようです。成形や彫り込み加飾のような神経を使う作業にそれはありません。ですから年中あるわけではないのです。今日は昨日ほど寒くはなく制作は進みました。顎の疲れは別にしても、寒さによる身体全体の疲れはかなりあると思っています。今日は夕方5時に作業を終えました。自宅に帰ると空調の効いた部屋が心地よい暖かさのため、ソファから起き上がれなくなりました。明日も制作継続です。

三連休 制作&新年の集い

今日から三連休で、陶彫制作は根の陶彫部品を2個作ることを目標に掲げました。朝から工房に篭りましたが、気温は益々寒くなり、少し作業をしたらストーブで温まる繰り返しでした。ウィークディの疲労もあって遅々として進まぬ作業に加えて、この寒さに心が折れそうでしたが、自宅に戻ってしまうと二度と工房に来たくなくなるだろうと思い、今日の制作ノルマを果たすまでは陶土に齧りついていました。外は雨が降ったり止んだりしていて、天気予報では雪に変わるかもしれないと言っていました。幸い横浜では夜まで雪が降ることもなかったのですが、この寒さだけは何とも対応し難く、制作によって心底冷えてしまったのでした。今日は夕方から職場に出かけなければならない用事がありました。職場のある地域で賀詞交換会が開催されるので、管理職として出席するためでした。1月5日にあった賀詞交換会は区単位で行ったもので、今回は自治会によるものでした。ここの自治会と私はかなり密接な関係があり、職場を理解してもらうために、こうした会には必ず参加しているのです。ここの集いには見知った顔が多いため、私は新年の挨拶だけではなく、余興を準備して臨んでいました。今年は正副管理職による漫才をやりました。副管理職にも手伝ってもらい、職場の事情を盛り込んだネタを私は考えていました。横浜に同種の職場は数多くあれど、正副管理職が漫才をやる職場は滅多にないのではないかと自負しています。自分の職場を良い方向にもっていくために私は手段を選びません。職員間のコミュニケーションを図る大鍋作りもそうですが、地域とのパイプを太くするための余興もやっていて、職場周辺の活性化を願っているのです。毎年秋に制作しているプロジェクション・マッピングもそのひとつです。ただし、これは義務というより自分の楽しみでもあって、自分が出来ることをやっているに過ぎません。

1月の三連休をどう過ごす

冬季休業が終わったばかりで、すぐ三連休がやってきます。有難味は薄いのですが、創作活動においては時間確保が出来て、弾みがつくのではないかと思います。新作の2つの塔を繋ぐ根の陶彫部品は、前の作品でも何回も作っているので、制作方法には馴染んでいますが、これはなかなかシンドい作業なので骨が折れます。陶彫はどんなカタチであれ、焼成をしなければならないため、陶土を無垢にはできません。内部はがらんどうなのです。根の陶彫部品は蒲鉾型で、裏側から手を入れられると曲面の張り出し具合や厚みを調整できます。この裏側から手を入れる作業が結構辛いのです。陶彫部品が乗っている作業台に穴が開くようにしてあって、成形がある程度終わったら、小さな穴から手を差し込んで、陶土の内側を手で探りながら、最終的なカタチに仕上げていきます。この三連休では、根の陶彫部品を2個作ることにしました。現在、根の陶彫部品は3個出来ていて、乾燥を待っている状態です。三連休で2個作れれば、残りは10個程度になります。三連休では職場のある地域の新年会があって、全て制作に充てられないのですが、限りある時間を有効に使って頑張りたいと思っています。RECORDはこの三連休でどのくらい遅れを散り戻せるのか、これは夜の時間帯になりますが、合わせてRECORDも頑張っていきます。

1月RECORDは「浮遊の風景」

「風景シリーズ」として始めた今年のRECORDですが、まず最初の1月を「浮遊の風景」というテーマで日々制作をすることにしました。私が創作活動の中心に据える彫刻は、空間の中に置かれる立体であり、それなりに重量があります。彫刻を重量から解放したのはアメリカ人彫刻家アレキサンダー・カルダーでした。彼のモビールは空間に浮遊する彫刻作品として世界的な認知を受け、現代彫刻の中にはモビールの考え方を発展させた作品も見受けられます。また、トロンプ・ルイユ(騙し絵)の手法を使ってオブジェを宙に浮かせる立体作品も登場しています。それが軽やかに見えるかどうかは別問題として、モノが浮いているのを見ると私はある種の軽快さを感じてしまうのです。私は地表から立ち上がったり、地表の下へ掘り込まれていく形態を作っているので、その真逆にある空中を浮遊するカタチに憧れを抱いています。まだ、自分で浮遊感のある彫刻作品を試みようとは思いませんが、いつかそんな風景をイメージして、彫刻を作る日がくるのでしょうか。風に舞う凧や風力発電に使用するプロペラさえ、私は立体造形としての魅力を感じています。発掘された出土品みたいな作品をつくっている自分にしたら可笑しな趣向ですが、自分とは対極にあるモノにある日忽然と挑戦するかもしれません。そんな思いを反映して、今月のRECORDを作っています。平面作品だから出来ることは、重力からの解放です。もしこんなものが作れたら、という思いで1ヵ月間やってみようと思います。

19‘RECORDは「風景シリーズ」

今年のRECORDの方向性を考えました。もう既に元旦から作り始めているRECORDですが、今年1年の大きな主題として、現存する風景、または心象風景を中心に据えて、日々制作していこうと決めました。彫刻の手ほどきを受けていた20歳頃の私は、立体把握の習作として人体塑造をやっていましたが、海外に出て空間造形の在り方を思考するうち、周囲の風景を取り入れるようになり、西欧で遭遇した古代遺跡をイメージの源泉にする彫刻を作ってきました。「発掘シリーズ」や「構築シリーズ」はそうした中で生まれてきたものです。RECORDは彫刻とは別の動機で始めた表現媒体ですが、既存のRECORDにも彫刻のイメージを補填する作品があり、それならばいっそのこと類似したシリーズでRECORDをやってみようと思い立った次第です。私が5年間の滞欧生活で辿り着いた心象風景。自分の足で歩き回り、現地の空気を吸って思い至った空間に対する感触。そこに現象として存在し、意識分析を経て作品として再現する意義。そんな思索を通して現前する風景を自己解釈する試みを彫刻ではやってきました。今年のRECORDは、その延長にある位置付けをして取り組んでいきます。毎月のテーマに「~の風景」という文言を入れていきます。RECORDが彫刻と異なるのは次元の違いです。平面なら素材の重量や重力から解放されます。ただし実材がないため、存在感に欠けるのは否めませんが、自由度は増すのではないでしょうか。今年1年間をそんなコンセプトでいく所存です。

「他者と客観的世界」について

昨日に続いて「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)の第九章「他者と客観的世界」についてNOTE(ブログ)に掲載していきますが、この章から大きな単元になっていて「自我という問題ー他我・歴史・文化」という括りがついています。現象学はその性質においては独我論になると考えられますが、他我や歴史や文化を扱うとなると相互主観性が問われることになるのです。まず本章では自我についての考察があり、「固有性領野」という語彙が出てきます。つまり「人工的な手が加わっていない『自然事物』と私の自我機能」がこれで、自我機能というのは受動的・能動的作用で、「フッサールは特に身体の機能を強調する。身体機能として重要なのは『方位原点』機能と『身体運動感覚』だ。」とする一文がありました。他我については「固有性領域に、私の身体と同型の対象があらわれ、その対象とわたしの身体との間に『体化』という受動的綜合がおこる。~略~その身体に私は『自己移入』する。~略~他我は『付帯的に現前』する。」とありました。次に出てくるのが他人の心を間接的に推論しようとする「類推説」です。フッサールは類推説を否定する理論の展開を試みますが、「人格主義的態度は超越的態度とは異なる。自然科学に対応する、事物や生命的自然を扱う自然主義的態度と、精神科学に対応する、人格や社会を扱う人格主義的態度は、われわれがそれぞれの場面で主題化することなく『生きている』態度であり、超越論的現象学態度において主題化され、『領域存在論』を形成する。」とありました。後半に登場する「パースペクティブの二乗」という語彙がありますが、これは何を意味するのでしょうか。他我を媒介しなければ私の人間自我が成立しないとフッサールは考えていて、「私もしくは私の身体が客観的なものという資格を持つためには、私の身体が私以外の主体にとっての対象とならなければならないのである。~略~パースペクティブの相互嵌入、パースペクティブの二乗というべき構造において初めて生まれる事態だ。このように、まったく新しい構造が、それ以前の構造契機の組み合わせによって生まれる状況は、熱力学における非線形構造や『創発』に類似している。」とありました。第九章もまとめには至りませんが、今日はこのくらいにしておきます。

「デカルト図式の反転」について

冬季休業を利用してフッサールの現象学を少しでも理解しようとしていましたが、難解な語彙や複雑な理論に、正月の休み気分では太刀打ちできず、「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)の読破は出来ませんでした。それでも第八章と第九章を読み終えたので、まず第八章のまとめをNOTE(ブログ)に掲載します。この章では哲学者デカルトが登場してきました。フランス生まれのデカルトは合理主義哲学を唱えた人として有名です。デカルトは元来数学に関心が高く、信仰による真理ではなく人間の理性を用いた自論に、無神論を広める思想家として非難を受けたことがあったようです。そのデカルトが構築したものを体系化して図式として示したものが「デカルト図式」です。「フッサールは、主観と客観を区別した上でコギトとしての前者をすべての基礎とするデカルト的図式を踏襲したという解釈が導かれる。だが、超越や内在の構成分析がある程度完成した段階において、還元論から導かれる図式は維持しうるのだろうか。」と本文中にありますが、現象学は近代哲学を切り開いたデカルト主義を反転させる理論に達していることを本章では証明しています。現象学的還元論はフッサールの代表的な著書「イデーン」の中で述べられていて、そこから発想される結論から、次のような文章が提示されています。「円熟したフッサールの理論において、内在の絶対性は維持しえず、超越的世界は志向的相関の必然的構造とされる。内在を絶対とし、超越を偶然的とするデカルト主義的図式を反転させたものが、円熟した現象学体系だ。この反転は、対象や経験構造に関する現象学的分析の積み重ねに導かれた。~略~初期現象学は、表象のタイプ別分類にすぎなかったが、後期現象学は、経験や体験の場面ごとに多様な原理や装置が見いだされ、場面ごとに別個のシステムからなる全体として組み立てられている。その結果が図式の反転だ。」まとめには到底なりませんが、今日はここまでにします。

週末 連続制作を振り返って…

私の計画した冬季休業が最終日を迎えました。冬季休業は年末年始の休庁期間と休日出勤の代休、年次休暇を組み合わせて16日間確保しました。今回は職場を休めるだけ休ませていただき、そのほとんどを陶彫制作に充てました。元旦だけは工房に行かなかったのですが、焼成で窯は稼動していたため、16日間連続した制作が出来たと思っています。非日常生活に遊んだ16日間でしたが、陶彫制作の場合は陶土の硬化具合を調整しながら、それでもなかなか有効な連続制作だったと振り返っています。通常は二足の草鞋生活のため、陶土が乾燥しないように処置してウィークディを過ごすのですが、日々制作出来るとなれば陶土の扱いも違ってきます。当初、新作の2つの塔を形成する33個の陶彫部品のうち8個の成形や彫り込み加飾の完成を目標にしていましたが、8個は昨年末までに出来上がり、今年に入って2つの塔を繋ぐ根の陶彫部品3個の成形や彫り込み加飾が完成しました。弾みのついた連続制作の成果だと考えますが、結局11個の陶彫部品が出来上がっています。16日間は丸々制作に充てられたわけではなく、晦日の掃除や元旦の初詣、新年の従兄弟会や地域の賀詞交換会等で時間は取られました。しかしながら陶土に向っていた時間は長く、寒さで悴んでいた手をストーブで暖めながら、作業に集中していました。気候がよいと集中力が増して、フロー状態に入ることもありますが、この寒さのため見境がつかなくなってしまうことはなく、夕方には身体が耐えられなくなっていました。自宅に帰ってから風呂に浸かり、身体が温まってくると疲労が襲ってきました。その影響はRECORDや読書に出てしまいました。睡魔に勝てず、NOTE(ブログ)を書いて一日終了という日も結構ありました。ともかく陶彫制作に関しては、連続制作は大変な成果を上げることが出来ました。明日からウィークディの仕事が始まります。通常の二足の草鞋生活に戻って、引き続き創作活動は頑張っていきたいと思っています。

週末 制作&地域の賀詞交換会

公務員管理職になってから職場のある地域の賀詞交換会に出席するようになりました。ただし、私の職場と自宅が横浜市内の同じ区にあるので、私は職場の顔と同時に地域住民として参加しています。私の住む区は横浜市では比較的大きな区なので、賀詞交換会に参加する人数も多く、毎年大変な賑わいです。今年は区政50周年を迎えて、さまざまな記念行事があるようです。鉄道もJRや私鉄が都心から直接繋がる計画があり、早ければJRは今年中に区内に乗り入れてくる予定があるようです。横浜駅を経由しないで東京新宿や渋谷に行ける日もそう遠くはないと、祝辞に立った人たちの話から察しました。区の賀詞交換会には1時間程度で失礼し、午後の時間は工房で過ごしました。毎日工房に来ていて、非日常的な世界が今の私を独占しています。これを暫く続けると社会復帰が難しくなるのではないかと心配するところですが、明後日から職場に戻るので、夢現の生活は明日で終了です。これならば非日常の生活も許されると一人で合点しています。そんな限りある非日常を楽しみたいと思っていますが、創作活動は決して気楽なものではなく、とりわけ彫刻は身体に及ぼす影響が大きいなぁと感じます。絵画は精神性が問われる創作分野ですが、彫刻は精神と肉体共に自分を追い込んでいく分野だけに、一日のうち時間を長く続けることが出来ません。私は一日7時間程度というのがベストです。その7時間の中でも作業に緩急あって、寒さを言い訳にストーブで手を暖めるための休憩を取っています。休憩時間でうっかりスマートフォンをいじっていると、長々と休んでしまうこともあります。こんな通信機器がなかった時代は、休憩中はじっと自分の作品を見つめ続けていたのに、今はじっくり腰を落ち着けて制作出来ているのかどうか疑わしく思う時もあります。連続した制作日程は明日がラストです。明日は16日間の制作工程を振り返ってみたいと思います。

1月の制作目標

今日から仕事始めとなる職場が多い中で、私は年次休暇をいただいて、7日(月)から職場に出勤する予定にしています。今日は年末年始を通して毎日通っている工房に出かけて、朝から陶彫制作に明け暮れました。野外と温度が変わらない工房室内の朝の温度は2度で、昼ごろになると10度くらいまで上昇します。朝は手が悴んで思うように作業が捗りません。ストーヴで手を暖めながら、大きなタタラを作ったり、成形で陶板を立ち上げたりしています。まだ今月の制作目標を決めていないことがわかり、作業をしながら目標を考えました。新作は2つの塔が床に這い出す根で結ばれている大きな集合彫刻を考えています。2つの塔を構成する陶彫部品は、昨年暮れに全て出来上がり、焼成を待っているところです。2つの塔は33個の陶彫部品を組み合わせて形成します。今は根の陶彫部品を作っているところです。1月の制作目標はこの根の陶彫部品を出来る限り作っていくことですが、大体15個程度必要としています。今月の数値目標を10個に決めました。仕事が始まる明後日までに3個出来上がる予定ですが、残り7個を週末ごとに作っていこうと思っています。今年の個展はこの大きな集合彫刻と、他にやや小さめのテーブル彫刻を2つ出品する予定でいます。テーブル彫刻は昨年個展に出品した「発掘~角景~」に続くシリーズですが、同時に3つを作り始めたところ、昨年の夏までには1つしか完成しなかったのでした。残りの2つは今年完成しようと意気込んでいますが、あるいは1つしか完成しないかもしれません。それに数点の小品を加えて、今年の個展にしようと計画しています。陶彫制作はそんな目標でやっていきますが、一日1点ずつ作っているRECORDが遅れないようにしたいと思っています。今月のRECORDをもう作り始めましたが、先月のRECORDの下書きが解消できず、RECORD制作に充てている夜の時間帯が厳しい状況になってしまっています。今月のRECORDをやりながら、先月のRECORDの仕上げも同時にやっていこうと思っています。現象学の書籍は冬季休業中に読み終わらず、このまま継続していますが、今月には読み終えたいと願っています。言い訳になりますが、正月気分では難解な書籍に太刀打ちできず、思考が緩み放しでした。来週の仕事初めを契機に頭脳も使っていこうと思っています。鑑賞はまだ考えられませんが、きっと時間を見つけて美術館や映画館に出かけていくでしょう。

制作&恒例の従兄弟会

正月に親戚縁者が集まる機会が私にもあります。両親が元気だった頃は、叔父叔母も元気で実家は御節料理を準備して親戚の接待をしていました。親戚が高齢化して集まることが出来なくなったために、外に店を借りて現在は従兄弟会をやっているのです。私が夏に東京銀座で個展を開催しているため、そこに従兄弟たちが訪ねてきてくれるので、正月の従兄弟会があまり久しぶりの感じを持たず気楽にやれるのかもしれないと思っています。大手企業に勤める人や農林水産賞に勤める人など多種多様で、面白い集まりだなぁと常々思っています。会話も弾むので楽しい時間が過ごせるのです。家族にもよるのでしょうが、横浜に住んでいると親戚縁者とのつき合いが疎遠になっていくのを感じます。面倒なことが少なくなっていく分、孤立化が目立ち、災害等有事の際はこんなことで大丈夫だろうかと心配にもなります。その点、従兄弟会は珍しい集まりではないかと思うこの頃です。従兄弟会の集合時間が正午に東京渋谷だったため、私は早朝に工房へ出かけ、2個目となる根の陶彫部品を制作していました。成形が完成しないうちに自宅を出る時間になり、家内と渋谷に向けて出かけました。横浜から渋谷までは1時間を見ないといけません。明日は職場で今年最初の出勤日になっていますが、私は年次休暇をいただいていて、陶彫制作に励むことにしています。今日の制作ノルマが終わらなかったため、明日は制作に忙しい一日になりそうです。陶彫制作を抱えていると、常に時間に追われているような気分ですが、何十年もの間に習慣になっていて、この創作活動がないと自分は何を張り合いにして生きていくのか皆目分からなくなってしまうのです。創作活動は精神的な意味で私を支えている重要な要素です。明日は陶彫制作に頑張らなければなりません。

2019年 陶彫制作の再開

昨日は実家の小さな祠に鎮座する稲荷に行ったり、母がいる介護施設を訪ねたり、東京赤坂の豊川稲荷に初詣に出かけて護摩を焚いてもらったりして、工房に立ち寄ることがありませんでした。昨年のNOTE(ブログ)を見ると、元旦から制作していたようでしたが、今年は大晦日の夕方に窯入れをしたため、元旦は窯だけが働いている状態で、陶彫の作業は出来ませんでした。今日から陶彫制作を再開しました。窯内の温度はまだ高いのですが、ピークを過ぎて温度が自然に下降していく状況なので、照明等の電気は使えるようになっていました。新年最初の制作は、陶土の塊を掌で叩いて座布団大のタタラを複数枚作るところから始めました。次に大晦日に成形を終えていた根の陶彫部品に彫り込み加飾を施しました。根の陶彫部品は、2013年発表した「発掘~地殻~」から始まった表現で、樹木の根のような陶彫部品が床を這っていく状況を作り出しました。「発掘~増殖~」は根の陶彫部品だけで構成した作品です。作業としてはタタラと紐作りの併用で、これは他の陶彫部品とは変わりませんが、作業台に穴を開けて内側から手を入れ、陶板の曲面や厚みを調整しているのです。また、部品同士を連結して長く伸ばす形態を可能にしています。今回の新作では「発掘~層塔~」や「発掘~根景~」と同じ効果を考えて、根の陶彫部品を作ることにしたのです。ただし、前に作った作品とは彫り込み加飾のデザインが違うので、新たな気持ちで制作を行いました。冬季休業は6日(日)まであるので、根の陶彫部品の制作目標を3個に決めました。併行して今年のRECORDの方向性を示していこうと思っています。昨日と今日の分はまだ下書きですが、一応方向性は固まりました。そのうちNOTE(ブログ)で発表したいと思います。

2019年 創作活動の抱負

2019年になりました。新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。昨年もNOTE(ブログ)に書いた我が家の元旦の寸描ですが、朝のうち私は実家であった旧家屋に残る井戸2ヶ所と裏山にある小さな稲荷に、刻んだ餅と油揚げを置いてきます。私が幼い頃から習慣としてやっている氏神への奉納です。稲荷の祠は相原の先祖がどこかで拾ってきたものらしく、外見は粗末なものですが、毎年この時期に周囲の枯葉を掃き清めています。先代は宮大工、亡父は造園業を営んでいて、商売繁盛を願って、この小さな稲荷を大切にしてきたのでした。私は公務員になりましたが、売れない彫刻家も兼業していて、創作活動では稲荷にあやかりたいと思っています。その証拠に毎年初詣に訪れている東京赤坂の豊川稲荷の祈祷には「芸道精進」という項目があるのです。創作活動は私が生涯をかけて精進するものと決めていて、底知れない魅力を秘めています。今年もこの創作活動を精一杯やっていく所存です。創作活動の中で分野を問われれば、私は第一に彫刻と答えます。彫刻は10代終わりから20代初めになって初めて体験した表現媒体ですが、最初は立体把握が上手くいかず、幼少から図工・美術が得意だった私は、鼻っ柱がへし折られ、口惜しさに地団駄踏んだ分野でした。高校時代に自分の色彩感覚に嫌気が差していた私は、カタチでしか勝負できないと思いこんでいて、彫刻が駄目ならもう美術家になるのは諦めようとさえ思っていたのでした。しかしながら諦めが悪く、芯がブレずにやってきた私は、40代後半で何とか自分の彫刻表現に自信が持てた次第です。銀座の個展も13回を数え、現在は自分にとって創作とは何なのかを問うことも暫しあります。それでも創作活動は続けていきたいと望んでいます。現在では工房を必要とする彫刻だけでなく、小さな平面作品RECORD(記録)もやっていて、これも継続していきたいと考えます。創作活動の意義は、美術や映画等の鑑賞と、芸術に纏わる読書に求めていて、芸術による自己確立を狙っています。今年も紆余曲折しながら、深淵を覗きつつ、思索を深めたいと思っています。創作活動は生涯学習というより、一歩進んで生涯研鑽の賜で成立するものではないかと考えています。今年も実践あるのみ、休まず焦らず一歩ずつ頑張っていきたいと思います。

2018年HP&NOTE総括

2018年の大晦日を迎えました。まず今年の総括を行う前に、今月を振り返ってみたいと思います。新作の陶彫制作ですが、冬季休業の制作目標であった8個が昨日までに出来上がり、現在33個の陶彫部品が、焼成済みか、乾燥を待っている状態です。制作工程上ではかなり前倒しになり、陶彫制作は順調と言えます。今日から床に這う根の部分の陶彫制作に入りました。この根の陶彫部品は15個以上必要で、来年早々から取り掛かります。一日1点ずつ作っているRECORDは、仕上げを若干残してしまい、来年に持ち越します。二足の草鞋生活の公務員管理職の仕事は1週間以上休ませていただいていますが、このところ朝から夕方まで工房での陶彫制作や夜の自宅でのRECORD制作が時間刻みで入っていて、なかなか精神的には厳しい毎日が続きました。定年になって、仕事が創作活動だけになってしまうと、追い詰められた状態に心が折れてしまいそうで、そうなったら、もう少し制作を緩くしていこうと今から考えています。今月の鑑賞は充実していました。展覧会は「駒井哲郎展」(横浜美術館)、「イサム・ノグチと岡本太郎」展(岡本太郎美術館)、「堀内正和展」(神奈川県立近代美術館葉山館)の3つ、映画鑑賞では「チューリップ・フィーバー」、「メアリーの総て」(2本ともシネマジャック&ベティ)「ボヘミアン・ラプソディ」(TOHOシネマ鴨居)の3本を見てきました。伝説のロックバンド「クイーン」の思わぬブームに沸いた今年でしたが、駒井哲郎の版画にしろ、堀内正和の彫刻にしろ、私が学生時代にマイブームになった芸術家たちの展覧会も懐かしくて印象深いものでした。今年の総括で言えば、13回目となった7月の個展(ギャラリーせいほう)を境に、来年の新作に挑んでいる最中ですが、今年も病気も事故もなく創作活動に邁進出来たことが何よりも幸運だったと思っています。二足の草鞋生活で職場には迷惑をかけないようにしたいと私は常々思っていて、また職場環境を良くしておかないと創作活動も中断せざるを得なくなる状況も考えられるので、職場の人との繋がりや組織を大事にしていることが、陰ながら成果を生んでいるのではないかと思っています。この調子が暫く継続できるといいなぁと願っています。最後にホームページについて触れておきます。このホームページは私の創作活動の面から情報発信をしているもので、画像は陶彫作品とRECORD作品に限られています。カメラマンと相談しながら画像の構成をしていますが、今後益々充実させたいと考えています。NOTE(ブログ)は日々の記録ですが、日記というより展覧会や映画の感想や、書籍から得た知識、作品の進行具合など思いつくまま書いています。拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。

葉山の「堀内正和展」

先日、神奈川県葉山にある神奈川県立近代美術館葉山館に「堀内正和展」を見に行ってきました。タイトルが「おもしろ楽しい心と形」となっていて、故堀内正和氏による解説のついた5つの部屋から成り立つ、まさに面白くて楽しくて、もうひとつタメになる展覧会でした。堀内ワールドは抽象彫刻の手引きとも言える作品ばかりで、気難しい精神性や大上段に構えた造形哲学をさらりと言ってのける平易で愉快な論理に裏付けられているような気がしました。5つの部屋はまず「はにわのこころー心と形」という部屋から始まっていました。解説によると「造形行為は、心に形を与えることだ。それは精神の形体化である。作品は作者の精神が形体化されたものであるから、これを見るものは、時間、空間の隔てを超えて、直接に作者の心を聞くことができるのである。」とありました。ここでは初期の具象作品が並んでいました。次は「線ー内なるリズム」と称する部屋で、石膏やセメントの直付けから鉄に素材を変えて、「今までにやりたいと思っていたことがほぼ完全な形で実現出来そうなので、僕はすっかりうれしくなった。」とありました。ここから鉄による幾何抽象の作品が始まったのでした。3つ目の部屋は「巫山悪戯彫刻ー僕のIKOZON理論」で、こんな解説がありました。「現実の世界はイデアの世界が鏡に映った世界だ、とプラトンはいった。すると、現実の世界を鏡に映せば逆にイデアの世界が見えるんじゃないか。」これは覗きカラクリを使った彫刻を考案した作者が、古代哲学を逆手に取って試作したもので、ここでユーモア溢れる立体が登場してきました。4つ目の部屋は「ひとをだまくらかす楽しみ」というユーモア彫刻の発展形がありました。ただし、堀内ワールドはユーモラスであってもあくまで数学的な形態であり、知的な興味関心を充たしてくれるものばかりです。最後の部屋にあったのは「見つけた形」で、まさに数学と造形の出会いが新鮮な形態を生み出しているように感じました。解説には「僕は自分のことを『マラルディスト』と誇称するくらい幾何学、とくに角度に関する事柄が好きで、大切に思っている。」とありました。堀内ワールドが、辿り着いた最終的な形は幾何学的抽象で、知的遊戯のような形態の展開があり、その美しさを生涯かけて求めていたのかぁと思いました。飄々とした展開を見せる堀内ワールドですが、部屋の片隅に置かれた夥しい数のペーパースカルプチャーを見ると、紙をカットし接着材を使って組立てながら、作者は試行錯誤を繰り返していた様子が伺えて、新しい彫刻の価値観を生み出すため努力をした痕跡が残っていました。「おもしろ楽しい心と形」は、面白いとは何か、楽しむとは何かを見つめ続け、実践した彫刻家の模索があって、その取り組みがとりわけ印象に残りました。

川崎の「イサム・ノグチと岡本太郎」展

先日、神奈川県川崎の生田緑地にある岡本太郎美術館に行きました。同館で開催中の「イサム・ノグチと岡本太郎ー越境者たちの日本」展が見たくて、久しぶりに木々に囲まれた岡本太郎美術館まで足を伸ばしたのでした。彫刻家イサム・ノグチと画家岡本太郎、この2人の偉大な足跡を残した芸術家の作品は、それぞれの展覧会でよく知っている私としては、新鮮味はないものの、同じ空間に並ぶ作品がどんな化学反応を起こすのか興味津々でした。印象としては派手な革新性よりも、2人の芸術家としてのキャリヤをスタートさせた源泉が見えて、改めて表現の相違が浮かび上がっていました。イサム・ノグチは素材を生かす紛れもない彫刻家であり、岡本太郎は迸る色彩に溢れた画家として認識しました。2人とも多様な分野に作品を提供していましたが、岡本太郎の三次元の立体作品は絵画のイメージを翻案したものだろうと感じました。ノグチの空間的調和、岡本の闘争的主題、いろいろなところに比較対象がありましたが、それぞれに外国と日本を意識しながら自己を見つめ続けた苦難の道だったことが分かりました。図録より引用いたします。「岡本にとっても、ノグチにとっても、芸術の要として探求されたのは作品の存在感であり、さらにはその存在の啓示であった。しかし、存在のあり様が両者の作品では異なっている。ノグチの場合、まずもって沈黙的で身体的で触覚的な存在であるのに対し、岡本の場合は、色彩や造形手段のダイナミズム、観る者に挑みかかる眼差しが暴力的に自己表現する存在である。」(ダリオ・ガンボーニ著)2人が生きた時代は戦後間もない頃の、日本の現代美術が芽吹く時代であり、アバンギャルドが台頭する潮流がありました。逆に旧態依然とした美術界がまだ保守性を保っていて、アカデミックな芸術も持て囃されていた時代でもありました。図録では2人が持っている個人美術館に触れた一文もありました。「芸術家の個人美術館は、いわゆる『芸術家の家』の発展形の一つであり、ルネサンスの時代から、とくにイタリアで、芸術を崇拝し、芸術家を記念することに貢献してきた。その数は1800年の世紀の変わり目を境に増加する。とりわけ~略~彫刻家の場合に顕著だが、それは彫刻作品が概して散逸しがちであるとともに、アトリエに習作や模型が多数残されることが多いためである。」(同氏著)個人美術館は羨ましい限りですが、2人の個性的な美術館にはリピートをしたくなる要素が詰まっているように思います。

制作&葉山の美術館へ

昨日に引き続き、今日も昨日と同じようなスケジュールの一日になりました。朝から工房で陶彫制作をやっていました。冬季休業の制作目標である陶彫部品8個の完成は、あと2個になり、今年中に達成できる見込みになりました。来年早々は根の部分の陶彫に取り掛かろうと思っています。根の陶彫部品は15個程度必要になります。いよいよ大きな新作の全体構成を考慮しながら制作を進める時期がやってきました。余裕があると認識しているにも関わらず、自分を急きたてるような気分は一体何でしょうか。制作を焦っているわけではありませんが、自分の思考が少しずつ鋭くなっていくのが分かります。これはプラス思考だろうと思っています。まだ根の陶彫部分が出来ていないので、新作にどっしりとした存在感がありませんが、当初のイメージに近づきつつある予感を感じているのです。工房内の温度は零下にはならないまでも相当な寒さで、日本全体に寒波が襲ってきていることを感じさせます。水を扱う陶彫は掌がガサガサになってしまうため、毎日ハンドクリームを塗って対処しています。それでもこうした制作できる空間を持っていることに幸せを感じる毎日です。工房での制作は午後1時で切り上げ、昼食を取ってから家内と美術館に車で出かけました。今日訪れたのは神奈川県立近代美術館葉山館で、横浜横須賀道路を南下し、海沿いの道を走りました。同館で開催していたのは「堀内正和展」でした。タイトルに「おもしろ楽しい心と形」とあって、日本の抽象彫刻の先駆者である堀内正和の作品を幾つかのテーマに分けて展示していました。彫刻家堀内正和氏に生前一度だけお会いしたことがありました。私のような学生と話をすることはありませんでしたが、飄々として和やかな雰囲気に包まれていて、あぁこの人が抽象彫刻の草分けの人なんだなぁと思いました。私は堀内正和ワールドには学生時代から度々触れていて、とりわけ堀内氏の書かれた文章にハッとさせられることが多くありました。力みのない平易な文章でカタチの本質を言い当てていることに、自分の彫刻に対する気負いが解されて、何度も精神的な部分で助けられました。今回の展覧会でも、堀内氏の文章が案内役となっていたので、本当に「おもしろ楽しい心と形」である彫刻を楽しめました。その中で私が目が放せなかったのがアトリエからそのまま持ってきたようなペーパースカルプチャーの数々で、そのコーナーは造形思考の痕跡が詰まっていました。詳しい感想は後日改めます。美術館巡りは本展をもって今年最後となりました。

制作&川崎の美術館へ

今日から休庁期間が始まる29日までは年次休暇をいただいて、職場には出勤せず、連続した制作時間を取ることにしました。毎日のように朝から工房に篭っていると、だんだん頭の中が現実離れをしてきて、不思議な気分になります。退職すれば、毎日こんな風に過ごすのかなぁと思っているところです。現在は公務員管理職とのバランスの上に成り立っている創作活動であることが実感できます。陶彫制作はいつものような週末ごとの制作と違い、制作サイクルが順調に回り、弾みがついています。制作目標である8個の陶彫部品は、今年中に終わりそうな勢いです。ただし、この季節は工房はとても寒くストーブが欠かせませんが、工房全体を暖めるような大きな暖房器具ではなく、手を暖める程度なので、野外と同じような防寒着を着て作業をしています。今日は昼過ぎに家内を誘って、川崎市にある岡本太郎美術館に車で出かけました。岡本太郎美術館は久しぶりに行きました。現在、同美術館で開催されている「イサム・ノグチと岡本太郎ー越境者たちの日本」展が見たくて出かけたのでした。イサム・ノグチにしろ、岡本太郎にしろ、それぞれの展覧会にはよく出かけているので作品はよく知っているのですが、2人の芸術家の作品を同じ空間の中に置いたらどんな効果を齎すのか、興味がありました。戦後の日本美術界で革新的な役割を果たした2人の芸術家。イサム・ノグチはアメリカと日本の狭間にあって苦悩した彫刻家、岡本太郎は長くフランスに滞在し、外から日本を見ていた画家、どちらも越境者として現代日本美術を牽引する原動力になりました。2人の作品を同じ空間で眺めると、従来の概念を壊そうとするパワーが感じられ、同時にパブリックスペースを利用した社会的な関わりを積極的に取り入れようとする意志も感じることが出来ました。1970年に大阪で開催された万国博覧会で2人の作品が設置されたことや、北大路魯山人を介した交流などが写真等の資料で展示されていて、当時の現代美術に対する気運が感じられ、私は満足を覚えました。詳しい感想は後日改めます。

映画「メアリーの総て」雑感

先日、常連である横浜のミニシアターに19世紀の英国を舞台にした映画「メアリーの総て」を観に行きました。主人公メアリー・シェリーは「フランケンシュタイン」の作者です。18歳でこの物語を執筆した彼女の動機や背景が描かれていて、楽しめる内容になっていました。メアリーは名高い思想家だった母を亡くし、父と継母、義妹と暮らしていましたが、父の友人宅で異端の詩人と噂されるパーシー・シェリーと出会います。パーシーには妻子がありましたが、メアリーとパーシーは互いに惹かれ合い、駆け落ちをしてしまうのでした。メアリーはそのうち娘を授かりますが、借金の取立てから逃げる途中で娘が命を落とす憂き目に会います。失意のメアリーはパーシーや義妹と共に悪名高い詩人バイロン卿の居城で暮らし始めますが、退屈任せにバイロン卿から「皆でひとつずつ怪奇談を書いて披露しよう」と提案され、それが契機になって「フランケンシュタイン」を創作することになるのでした。当時の見世物に「死者を蘇らせる生体電気ショー」があって、メアリーは科学に興味があったことや、パーシーの主張する自由恋愛に翻弄される内縁の妻だったことや、本妻が自殺をしたこと等、さまざまなことがメアリーを巻き込んでいきました。そんな要因が相俟って、メアリーは孤独な悲しみを背負った人造人間を主人公にした小説に昇華させていったように私には思えました。図録にはこんな一文がありました。「才能ある亡き母への憧れと、自分が産まれたために母が死んだという罪悪感。我が子を死なせてしまった喪失感と、命を蘇らせたいという切望。妻子ある男性を奪い、その妻を自殺に追いやったという呵責の念。」(廣野由美子著)これが「フランケンシュタイン」創造の秘密かなぁと思いました。私がもうひとつ感じたことは、若い女性が創り出した文学作品に対する当時の出版社の冷たさと世間の慣習でした。時代が時代だけに最初は匿名で出版されたようですが、その後200年以上も愛され続けているドラマを、その頃誰が想像したでしょうか。「フランケンシュタイン」のイメージの定着は、1931年のユニバーサル映画「フランケンシュタイン」で、俳優ポリス・カーロフ演じる有名な怪物の姿です。その後「フランケンシュタイン」はさまざまに翻案されて、今もSFの元祖ともなっています。私も昔テレビで白黒映画による「フランケンシュタイン」を観ています。その原作者が18歳の女性だったというのが、この映画を観た最初の驚きでした。映画では西欧の街が美しく表現されていて、怪奇趣味を感じることなく、まるで文芸作品の趣だったことを付け加えておきます。

代休 制作&賀状宛名印刷

今日は私の職場では代休になっています。12月1日の土曜日に休日出勤をしていて、今日振替休日を取っているのです。私の職場だけは四連休になって、クリスマスを家族や親しい人たちと過ごせるように配慮しています。クリスマスと言っても私自身は何をするわけでもなく、通常の休日として工房で陶彫制作に明け暮れました。FMラジオからクリスマスソングが一日中流れていて、西洋の行事が日本では洒落た祭として存在感を放っています。20代の頃、ドイツ語圏に住んでいた私は、この時期に日本では見られない宗教行事に接していました。クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う祭で、降誕祭とも言われています。因みにこの日がイエスの誕生日ではないのです。イエスは現在のイスラエルで生まれていますが、降誕祭に何故ツリーが準備されるのか、私には素朴な疑問がありました。ツリーの起源は古代ゲルマン民族の冬至の祭に使われた樹木だったようで、キリスト教とは無関係だったことをこの頃初めて知りました。中世ドイツの神秘劇でアダムとイヴの物語にクリスマスツリーが登場したようで、所謂樹木信仰がキリスト教化したものだったと言われています。さらにサンタクロースって何かの象徴なのでしょうか。これも起源は東ローマ帝国のミラにいた司教ニコラウスが有力だそうですが、ドイツ語圏ではサンタクロースが善玉と悪玉に分かれていて、良い子には菓子を、悪い子には罰を与えていたことが、私にとっては衝撃でした。悪玉サンタはナマハゲのような代物なのか、しかも降誕祭よりずっと前にサンタの日という日があって、プレゼントはそこで交換し合うのです。それらを全てひっくるめて25日にまとめ、さらに美しいイルミネーションで飾るのは19世紀のアメリカから来ているようです。日本ではロマンチックな気分を演出する雰囲気ばかりの聖夜ですが、どんな起源があるにせよ、人間愛を謳っていることは確かです。それにあやかりたい私ですが、今日も相変わらずの制作三昧でした。夜になって年賀状の宛名印刷をしました。個展案内状の名簿がパソコンにあるので、そこから240枚ほど印刷をしました。来年の干支はイノシシです。先月のRECORDにイノシシのデザイン画を描き、業者に印刷を依頼したのでした。年賀状は疎遠になった人にも出すことが出来ます。明日投函してきます。

振替休日 制作&映画鑑賞

今日は天皇誕生日の振替休日になります。言わば三連休の最終日です。今日は過密なスケジュールで一日を過ごしました。朝から工房に行って陶彫成形をやっていました。昨日タタラを準備していたので、今日は冬季休業の制作目標8個のうちの2個目を作り上げました。順調と言えば順調な滑り出しで、制作サイクルが着実に回り始めています。昼には職場関係の催し物が近隣の公会堂でありました。そこに参加するため、12時から午後3時くらいまで時間を費やしました。催し物の内容はクリスマスらしい雰囲気に溢れたもので、とても良い気分にさせてもらえました。3時過ぎに工房に帰ってきました。陶彫成形の続きをやりましたが、連日陶彫制作をやっていると、陶土がまだ柔らかくて彫り込み加飾が巧くできず、そこは翌日に回すことにしました。いつもなら週末の後、ウィークディの5日間は別の仕事に勤務しているので、この5日間で陶土の硬さがちょうどいい具合になっているのです。嘗て連日陶彫制作をやっていることがあって、陶土の扱いを調整していたことを思い出しました。夕方は家内を誘って、常連になっている横浜のミニシアターに映画鑑賞に出かけました。レイトショーで上映されていたのは英米合作映画「メアリーの総て」。19世紀のイギリスが舞台で、革新的思想の背景を背負った若い女性が詩人と駆け落ちし、当時としてはセンセーショナルな行動が、やがてSF小説の元祖と伝えられる「フランケンシュタイン」を執筆するに至る経緯を描いたものでした。女性の権利が軽んじられていた当時のイギリスに於いて、18歳の女性が創作したグロテスクな物語、その動機となったのはメアリーが遭遇したイギリスの産業革命という時代背景や自由恋愛を標榜する詩人たちの生きざまがありました。「フランケンシュタイン」は天才科学者が作り出した人造人間が、怪物として社会から排除されていく物語ですが、メアリーの執筆を促すさまざまなことがメアリーの周囲で起こり、これらが怪奇的で荒唐無稽とも言える物語を紡ぐ契機になったことがよく分かりました。映画の詳しい感想は後日改めます。三連休の最終日は過密なスケジュールながら充実した一日を過ごしました。