6年前に立ち上げた自分のホームページ。クオリティを高くしたいとカメラマンやアートディレクターに相談して、現在のホームページが出来ました。ここにきてリニューアルを考える時期になり、今日は前述のスタッフと打ち合わせを持ちました。自分は立体造形やRECORDというアナログな制作のみをやっているので、デジタルな世界を構築できる時間的・技術的余裕がなく、そこで思いついたのがスタッフの力を借りてデジタル画像を作り上げていくプロジェクトでした。カメラマンはただ撮影しているだけでなく、またアートディレクターは言われるままのデジタル処理をしているだけでなく、それぞれの立場で意思・意図を持った仕事をしてくれるように要望しました。それにより三者のセンスが競合かつ融合するプロジェクトとなって自分のホームページが生まれました。ただ、ホームページ発足当時に比べると作品が飛躍的に増えて、このままいくと見づらい部分が出来てしまうこと、どんな人にもわかりやすい処理をして充分楽しんでもらえるような配慮をすること等、を考えて今月末にはリニューアルに踏み切ることになりました。現在のホームページにはNOTE画面左上にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。ご高覧いただければ幸いです。
週末 相変わらず猛暑の工房
2011年 8月 7日 日曜日
昨日に続いて今日も工房で制作三昧です。昨日成形した2つ目のドーム型陶彫に加飾を加えました。暑さのせいか陶土の表面がすぐ乾燥してきて霧吹きで水をかけながら作業を進めました。猛暑で工房内の温度はどのくらいになっていたのでしょうか。汗まみれ土まみれの作業が続きます。今日は若い世代の子たち3人が工房に来ていてアクリル画や油絵を描いていました。彼らはこの温度に耐えられるのか心配になりましたが、水分補給と休憩を促しながら何とか夕方まで制作をやりました。作品は精神の産物なので集中をすれば汗が噴き出てきます。単純作業であっても体力は消耗しますが、まして感受性に裏打ちされた制作は大変な疲労を伴います。明日に影響しないように夕方早めに終わりました。また次回に持越しです。
週末 汗だくのタタラ・成形
2011年 8月 6日 土曜日
職場に仕事を残しながら工房で制作を行いました。午前中4時間の作業で汗を搾りました。替えたシャツの数で言えば今夏最多。眼がくらむ状況の中で昼過ぎには制作を切り上げる判断をしました。午後は近隣のスポーツ施設で水泳をやって、夕方は職場に出かけました。今作っているものは2つ目のドーム型陶彫。陶土をタタラにする作業に加えドーム型の成形は単純労働ではない厳しさがあります。気持ちを集中させるだけで汗が噴き出してきます。この暑さの中で無理な作業とわかっていても、制作工程上仕方がないところがあって、水分を補給しながら、充分でないにしても何とか今日のノルマを果たしました。水泳はリラックスと健康保持のためにやっているので、身体の負担にはなりません。職場の仕事は持ち帰り出来るものではなく、夕方職場に顔を出してきました。こうして一日を振り返ると、ただ行動しているばかりで思索する時間的余裕がありません。工房の暑い空間の中では、ひたすら作業することだけで精一杯で、物思いに耽られる気候ではないと思いました。作業は明日も継続です。
「アンドレ・ブルトン伝」を読んで
2011年 8月 5日 金曜日
長い間携帯してじっくり読んでいたアンドレ・ブルトンの伝記を今日読み終えました。晩年の部分は一気に読んでしまいました。シュルレアリスムの思想を体系化した提唱者であり、シュルレアリスムの根幹を成す詩・愛・自由をもって、社会情勢や政治の動向にも進言した思索家アンドレ・ブルトン。その生涯では精神医フロイトや革命家トロツキーにいたる思惟や人格との出会いがありました。ブルトンは常にシュルレアリスム宣言の原点に戻り、求心力を失わず人生に幕を引きました。享年70歳。伝記の最後に記されたブルトンの言葉が印象的です。「もし生が、すべての人びとにたいしてと同様、私にいくつかの失敗を課したとしても、私にとって重要なのは、詩、愛、自由という最初に抱いた3つの主張をけっして曲げなかったことです。」
戦時下のシュルレアリスム
2011年 8月 4日 木曜日
短い通勤時間の中で長い時間をかけて「アンドレ・ブルトン伝」(アンリ・ベアール著 思潮社)を読んでいます。ブルトンの生きた時代は、戦前の政治不安がやがて第二次大戦勃発となり、ブルトン自身もアメリカ大陸に亡命を余儀なくされた時代です。アメリカやメキシコ等近隣諸国での芸術家との交流、シュルレアリスムの講演会等々様々な機会を捉えて、ブルトンがシュルレアリスムの意義を唱えていく過程が描かれていて、シュルレアリスムが時に政治や革命の扇動に利用された場面があって、文学や美術の世界に留まらない大きな動きの中でシュルレアリスムが生きてきた様子がわかります。シュルレアリスムは本文中の言葉を借りれば「詩的精神にささえられてたえずみずからを更新すること」「なによりもまず精神状態であり、オートマティスムによる象徴的で幻覚的なアプローチ」となり、「人間の社会解放にできるかぎり力を貸すこと、風俗習慣の完全な清算に休みなく努めること、人間の悟性を作りなおすこと」であると説いています。戦時下でも亡命中のブルトンが提唱を止めなかったシュルレアリスム。著書はラストシーンである戦後に続きます。
ヴァイオリズムについて
2011年 8月 3日 水曜日
公務員としての勤務時間のせいかどうかわかりませんが、自分が仕事に一番集中できる時間は午前中です。昼食をとった後は仕事への集中が切れます。これは勤務に限ったことではなく制作にも言えます。自分の自然なヴァイオリズムがそうなっているのか、公務員として長く仕事をしているうちにそうなったのか定かではありませんが、昼食前のやや空腹感を抱えている時のほうが仕事が進むのは、自分だけではないと思うのです。公務は頭を使う仕事もあれば単純作業で済む仕事もあります。突発的な仕事が舞い込まなければ、ヴァイオリズムを考えながら一日の仕事をコーディネイトするのがいいかなぁと思っています。創作活動においてヴァイオリズムは顕著に現れます。常に自己感覚を確かめているせいかもしれません。彫刻の全体構造に思いを巡らせる時間は午前中、木を彫ったり土を練ったりする単純作業は午後にまわすのがベストです。実際は、なかなか思い通りにはいかないのですが、仕事への効率を考えることも必要かなと思うこの頃です。
RECORD8月のテーマ
2011年 8月 2日 火曜日
毎日1点ずつ小さな平面作品を作り続けているRECORD。今月のテーマは6つの円が並ぶ画面をベースにして、そこに造形を加えていこうと考えました。円は以前にも取り上げたテーマで、自分が気に入っているカタチです。円は完結するカタチなので、どこか崩していかないと造形が出来ません。円は無機的な要素と有機的な要素の両面をもっていて様々に発展する楽しさがあると思います。今月は背景画面にも色彩等で実験をしていこうと決めています。円をフリーハンドで描くことも決めています。RECORDは1600点以上になり、それだけに過去作ったものを繰り返さない工夫が必要です。ましてや幾何抽象の場合はどこかで作ったような気がしてしまいます。技法も然り。創作の可能性を信じてRECORDはどこまで続けられるのか、今月もまた挑んでいきたいと思います。
8月になって…
2011年 8月 1日 月曜日
8月になりました。2日ずつ2回に分けて夏季休暇をいただくことにしました。管理職という立場で言うと長い休みがなかなか取れません。それでも長野県に彫刻家池田宗弘先生を訪ね、茨城県に陶芸家佐藤和美さんを訪ねていきたいと思います。京都にいる版画家渡辺聖仁さんも訪ねたいところですが、今夏は時間が取れなくて機会を改めることにします。毎年旧交を温めるために長野県、茨城県、京都府に出かけていますが、なかなか予定が合わず、8月も慌しく過ぎていくような気がしています。制作はどのくらい出来るのでしょうか。可能ならば平日夕方に工房に行きたいと考えています。一般職でいた時のほうが思い切り休暇を取って制作に没頭出来ていました。その時の作業と同じだけ作業をしたいと今月は考えています。そのために自分の工房を作ったのです。出来るかどうか試したいと思います。今日の夕方から早速工房に行って作業をしてきました。新作の全体像がある程度見えるところまで制作するのが今月の目標です。昼間の仕事が多少減る今月だからこそ制作のノルマを自分に課したいと思います。
週末 加飾に明け暮れる
2011年 7月 31日 日曜日
昨日成形したドーム型陶彫部品に今日は朝から加飾を行いました。彫り込みを入れたり、穴を空けたりする作業をやっていると、これが作品化する上で一番面白みがある作業ではないかと思えます。生乾きの陶土の上に針でカタチを描き、鉄ベラや掻き出しベラで凹凸をつけていきます。小さな木ベラで表面を整理し、乾燥した後でヤスリをかけます。成形が立体的な作業だとすれば、今日の作業は平面的な作業です。立体の中に凹凸の浮き彫りがバランスよくおさまれば心地よい陶彫になります。立体と平面は分離したものではなく作品の中に一体化され、さらに一つの部品として大きな世界の中で、在るべきものが在るべきところに在るという成り立ちを感じれば集合彫刻として成功をするわけです。木を見て森を見ず、森を見て木を見ず、にならぬように細部に注意を払いながら、それが大きな世界を形成する要素として役割を与えていくのです。実際の部分に関わる作業は、まだ全体を考えず当初のイメージによるエスキースを信じてやっていますが、部品が出来上がってくるに従って全体を考慮しなければならなくなります。今日の作業はまだまだ部分でしかありませんが、これが今年の冬頃には全体の中でどんな位置を占めるのか見えてきます。加飾に明け暮れた一日でしたが、こうした労働の蓄積がやがて大きな世界に結びつくと信じてやっていました。
週末 ドーム型陶彫部品
2011年 7月 30日 土曜日
朝から工房に籠もって制作三昧の一日です。夕方に休日勤務が控えていたものの制作は心地よく進みました。新作はボックスアートになる予定で、箱の中に様々なカタチを封じ込めています。先日まで擂り鉢型のカタチを成形していました。これが一応完成し、乾燥の段階に入っています。今日はちょうど擂り鉢型の逆になる半球形の成形に入りました。いわばドーム型です。陶土が柔らかいうちは一気呵成に作れないので、乾燥具合を見ながら成形を行いました。今日のところはここまでと判断し、明日また成形を継続します。ちょうど使用している陶土も無くなってきたので、午後から土錬機を回し、陶土のブレンドに入りました。60キロほど作ってビニールで包み込みました。今日は天候不順な一日で、雨が降ったり止んだりで、夕方職場に出向いた時は大雨警報が出ていました。上から下までびっしょりになって帰宅しました。
11‘恩師からの手紙
2011年 7月 29日 金曜日
もう80歳になろうかという恩師が毎年銀座まで個展を見に来てくれます。文筆家の笠原実先生で、横浜ゆかりの文学に関する著作も出しています。自分は仕事の関係でずっとギャラリーにいられないため、毎回手紙による批評を頂いています。「自分の中から必然として生まれる造形を大切にしているご様子、そのとおりだと思います。『生まれる』から『生む』の方向でしょうか。『構築~楼閣~』に貴君の原風景を見るような印象を受けました。渾沌とした現実から多様な欲望が楼閣となって推積し増殖し、それらと競い合うように未来を構築しようとする意志が、放射状に伸長する造形に、貴君の現時点での創作意欲を垣間見る思いでした。『陶紋』が面白い作品でした。その折々の人間の心象風景がうかがえるようで楽しい時間をいただきました。」過大な評価を頂きましたが、確かに原風景を探し求めている自分がいるのです。自分とは何かを常に問いかけていて、無理をせず、背伸びをせず、自分の生きた証を素直に表現できるモノが造形できたら幸せと思います。また、明日から新作に立ち向かい、原風景を求める旅を続けます。
「濱田庄司スタイル」展
2011年 7月 28日 木曜日
先日、自分の個展の最終日にギャラリーが開く時間より少々早く汐留に行き、表題の展覧会を見てきました。陶芸家濱田庄司は馴染みのある作家です。毎年栃木県益子の陶器市を訪れているので、そこに居を構えた巨匠の姿は、大変身近かで親しみが持てるのです。益子参考館は何度となく訪れた場所で、館内の土間でコーヒーを飲んだこともあります。濱田の作る褐色を基調にした厚手の陶器は、ざっくりして温かみのある器です。かけ流す釉薬はモダンで、まるで抽象絵画のようです。こんな器を作っていたら、自分さえもこの器に野趣あふれる料理を盛って客人をもてなしたいと思うでしょう。料理に限らず周囲の演出も考えるかもしれません。旧家を現代風に改築して、民芸調の骨董家具を配置して、欧州の田舎に共通する豊かな空間を作り出したいと考えます。現代建築に見られるシャープさに対峙するもうひとつのモダニズムがそこにあります。まさに濱田庄司は益子で国際的な客人をもてなし、そのモダンなスタイルによって、日本古来の伝統を現代に甦らせたと言えます。その魅力を余すところなく伝えているのが「濱田庄司スタイル」です。名も無き職人が作った家屋や家具、漆喰の壁や室内装飾の数々、それを現代の眼で見つめなおし、己の創作の中に取り入れる、民芸運動の真髄がここにあると思いました。
人間ドックの一日
2011年 7月 27日 水曜日
このNOTE(ブログ)は日記としての役割も担っていて、ホームページで公開しているにも関わらず、創作活動だけではなく個人的なことも書いています。毎年、公務員共済組合から定期健康診断のお知らせがきますが、今年は夫婦で人間ドックに申し込みました。自分にとっては個展に続く大きな今月のイベントです。この年齢になって初めて人間ドックを経験するので若干の不安はありましたが、この際なんでも診てもらおうと思っていました。結果が出るのは先ですが、診察ではあまり厳しいことも言われず、ただ減量はしなければならないと感じました。バリウムを飲んだので、午後から仕事に行く気にならず年休をもらいました。家内と久しぶりに中華街を散策して早めに帰宅しました。食卓でいつものようにRECORDを描きました。RECORDは5日間でひとつのシリーズになるように企画しているので、その日のニュースを描くわけにもいかないのですが、今日のところは胃腸に異物が入っている状況を描きたいなぁと思いました。そこで、RECORDの来月のテーマは曲線を使った有機的なカタチを作ってみようと思い立ちました。
青木繁 夭逝の天才画家
2011年 7月 26日 火曜日
先日、東京ブリジストン美術館で開催中の「青木繁展」に行きました。青木繁は我が国の近代美術史に「海の幸」や「わだつみのいろこの宮」によって名を残した夭逝の画家です。28歳の若さで急逝した青木は、没後友人たちの力によって画業を世に留めた画家でした。「当時僕は歴山大帝(アレキサンダー大王)を崇拝して居たので、あのやうな男子にならねばならぬ、しかし今日では軍人となったところで、一の戦争を業とする人間で、到底歴山大帝の心事は実現し得べきものではないといふことを考へた。(中略)この時に考へて見たのが、哲学であり宗教であり文学であったが、最後に来つたものは芸術であった、それと同時にその実行であった。(以下略)」という青木の言葉が示す通り、美術学校では、師であった黒田精輝が才能を認めつつも青木の不遜な態度に手を焼くありさまだったようです。日本神話をテーマとした青木の絵はやがて認められ、「海の幸」等の代表作が生み出されていくのですが、まさに夭逝の天才画家として青木は草分けだったのかもしれません。その後も我が国の美術史では多くの夭逝した画家が登場してきますが、生き急いだ表現に見られるほとばしる筆致は、夭逝の画家に共通した雰囲気を感じさせます。短く燃えた画業。命を削りながら創り上げた未完ともとれる表現が、恒久なるものを刻んでいると私には感じとれます。
「空海と密教美術展」感想
2011年 7月 25日 月曜日
表題の展覧会に開催2日目の平日に行きましたが、既に混雑していて仏教美術に対する人々の関心の高さがわかりました。ひと昔前であれば、日本は西洋美術一辺倒で、東洋美術が省みられる機会は少なかったように思います。こうして私も含めて鑑賞者が大挙して訪れるのは、博物館側の企画力、宣伝力等の努力だと思いますが、我が国の文化を誇りにできることは大変喜ばしいことだと考えます。確かに東京上野の国立博物館平成館で企画される国宝級の作品ばかり揃えた大掛かりな展覧会は魅力的です。今回の展示の中で、自分が注目したものは「帝釈天騎象像」でした。京都の東寺では一番隅にあって見落としがちな仏像ですが、照明にくっきり浮かび上がった「帝釈天騎象像」は、惚れ惚れするほど美しく、帝釈天の表情は自然で人魂が乗り移ったような印象を持ちました。象のカタチは幻想に満ち、その象徴性故に豊かな造形となって、全体の生々しさを抑えていました。これは仏像全体に言えることですが、仏師たちの技が西洋彫刻の量感に通じ、さらに一歩踏み込んだ表現の饗宴は、時代を超えて私たちに訴えてくるものがあると感じました。自分はこうした展覧会では学問的な捉えができず、彫刻制作者の眼でしか語れないのですが、書簡も多く展示されていたので史学に精通していれば、さらに感動を呼ぶものがあっただろうと察します。いろいろな要素を含んだ展覧会だけに、彫刻だけでは済まされない鑑賞の仕方もあって、そうした自分の不勉強さを露呈してしまう結果にもなりました。
週末 新作の制作再開
2011年 7月 24日 日曜日
昨日までの個展の疲れを残したまま、今日は朝から工房にいました。個展の余韻に浸りたいところですが、ここでホッと一息ついてしまうと次に繋がらないのです。ひとつ終わって、またひとつ始めるという考え方はしないようにしています。ひとつ終わる前に次のものが始まっているのです。新作はもう既に作り始めているので、個展の後で間髪をいれずに制作再開をしました。制作を休む時は中途半端な状態の時に休むことにしています。つまり制作を中途で放ったままにしておくと、次の工程に進みたくて仕方なくなります。その時に休めば即座に再開でき、容易に気持ちが戻ります。今日は新作の成形加飾を行いました。先週は個展の作品梱包に時間が取られたので、何とか新作を先へ進めようとしましたが、やはり疲れがあるせいか、今一歩頑張れずに終わりました。でもやっと通常の制作生活に戻れた感じがして、気分良く工房を後にしました。
11‘個展の最終日
2011年 7月 23日 土曜日
今年の個展が最終日を迎えました。始まれば、あっという間に終わる個展。このために1年間手間暇かけてやってきたのですが、もう終わりかぁという一抹の寂しさを感じます。今日一日を追えば、朝10時に新橋駅で降りました。ギャラリーせいほうは11時に開くので、その前にパナソニック電工汐留ミュージアムで開催中の「浜田庄司スタイル」展を見てきました。感想は機会を改めます。ギャラリーが開くと同時に入り、来訪者を待ちました。案の定、いろいろな方が来てくださいました。初めて来られた方や懐かしい方々と話ができて良かったと思いました。本当に有難うございました。搬出は旧知の業者2名と、手伝いに来た若いスタッフ4名、画廊のオーナーと受付嬢、家内と自分の合計10名で、作品の解体と梱包を行いました。10人の人海戦術は見事に効果を発揮し、あっという間に作品がバラバラにされてエアキャップに包まれ、運搬車の荷台に納まりました。手伝ってくれた皆さまに感謝です。また、来年開催の約束をオーナーと交わし、今年の個展は無事終了いたしました。
午後、八重洲&銀座へ
2011年 7月 22日 金曜日
今日は職場での仕事は午前中で切り上げて、午後は年休を取って東京銀座のギャラリーせいほうに向かいました。途中、東京駅八重洲方面に降り立ち、現在ブリジストン美術館で開催中の「青木繁」展を見てきました。28歳で夭折した明治時代の画家青木繁。「海の幸」があまりにも有名で、中学校高等学校の美術の教科書に掲載されています。そのイメージを基にして私は学生時代に大きな木版画を制作したことがありました。技法はドイツ表現主義、イメージの出所は「海の幸」でしたが、どうしても借りたイメージが気に入らないので捨ててしまったのでした。そんな昔のことを思いながら青木繁ワールドを堪能しました。詳細の感想等は機会を改めて書くことにします。ギャラリーせいほうは、今日も友人知人が訪ねてきました。家内も友人を大勢連れて来ていました。職場の人も数人で連れ立って来てくれました。明日は搬出。大仕事が待っています。
午後、上野&銀座へ
2011年 7月 21日 木曜日
午前中は管理職研修で出張し、午後は年休を取って東京に向かいました。職場には行かない一日でしたが、午前中は管理職仲間と会い、午後はギャラリーせいほうに職場の人が訪ねてきてくれたので、職場の様子はよくわかりました。ギャラリーせいほうに行く前に上野に立ち寄り、現在国立博物館平成館で開催中の「空海と密教美術展」を見てきました。何度となく京都の東寺や醍醐寺に行ったことはありますが、寺の中で見る仏像と博物館で照明に当てられた仏像とは印象がまるで異なりました。以前この博物館で見た「阿修羅像」にも同じ印象を持ったことを思い出しました。見る場所、観る意識が変わると作品も変わるなぁと改めて感じます。その中で思わず感動をした作品がありました。詳細は別の機会にしようと思います。ギャラリーせいほうでの個展は、ウィークディなので人も少なかろうと思っていたら、友人知人が時間を空けずに来てくれて、閉店近くまでお喋りが弾みました。わざわざ来ていただいて有難うございました。明日は朝から勤務して、とくに急ぎの仕事が舞い込まなければ、また午後年休を取って個展に来たいと思っています。
内向きな制作・外向きな発表
2011年 7月 20日 水曜日
創作は工房に籠もって一人でやっています。若い世代が工房に出入りしていても創作活動は常に一人です。共同制作はやったことがないし、もちろん今まで組織を作ることは皆無でした。公務員としての自分と、彫刻家としての自分はまるで別人です。創作活動は内向きな自分になって、自分自身との対話から生まれるものです。自分はそんな引き篭もった状況が結構好きで、心は気楽な居所を見つけて悦に浸ります。どんなに苦しんでいても外からは気づかれないし、だからといってネガティヴな造形をやっているわけではなく、空間の捉えは常にプラス思考だと思っています。でも誰にも見られないところで心を遊ばせながら造形していくのが楽しいと思えるのです。ところが現在開催している東京銀座での個展は、そんな内向きな制作事情とは無関係に外に向けて何かを発信しています。正直そうした行為が恥ずかしいと思うこともあります。心のカタチを吐露しているのですから、恥ずかしいのは当然かもしれません。人に見てもらいたいくせに恥ずかしいというのは矛盾する不思議な感覚です。毎年個展を開催していて発表することに慣れることはありません。搬入・搬出や展示の段取りには慣れましたが、内向きな制作に照明があたり、やがて作品が自分の手を離れていく瞬間に立ち会うのは、何とも複雑な心境なのです。
09‘RECORD10月アップ
2011年 7月 19日 火曜日
RECORDは一日1点ずつ制作をしている葉書大の平面作品です。たとえどんなに疲れていようと多忙だろうと一日1点。その日の調子の良し悪しはあっても一日1点。日によっては余裕な時があり、また厳しい時もあります。画面は小さいながら自分に課すものとしては、現在の自分の状況を考えると最高の課題と思っています。今までの作品を全部展示してみたい欲求に駆られますが、とりあえずホームページにデジタル画像としてアップしていく所存です。そこで2009年の10月分をアップしました。今日は2011年7月19日ですから、2009年の10月分はかなり前に作った作品で、その時の気持ちの変化や状況を思い起こすことができて感慨一入です。ホームページにはNOTEの左上にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。ご高覧いただけると幸いです。
11‘個展オープニング
2011年 7月 18日 月曜日
今日から東京銀座のギャラリーせいほうで個展を開催します。ギャラリーせいほうでの個展は6回目。毎年オープニングパーティに来てくれるメンバーが変わっています。今日はともかく若い世代ばかりが10数人集まりました。メンバーに学生はいなかったのですが、外から来た人の目には、大学の先生を囲む学生集団に見えたかもしれません。しかも圧倒的に女子ばかり。なでしこジャパンが世界一を決めた日に、自分の個展のオープニングにも仕事派女子が目立っていて現代日本のスポーツ・芸術は女子力に支えられていると思わざるをえません。6年間のうちで一番華やかな雰囲気に包まれたオープニングパーティでした。ただし、今回の作品がギャラリーいっぱいに展示されていて、料理・飲み物を出すテーブルを設置する場所が狭く、展示スペース全体に人が散らばって楽しんでいる様子でした。
モデル・デッサン
2011年 7月 17日 日曜日
目の前にモデルを置いてデッサンするのは何年ぶりだろうと考えました。人体塑像を作っている時から、かれこれ20年以上は経っています。滞欧中に同地の美術学校で裸婦デッサンをやって以来かもしれません。今日は相原工房始まって以来、初の男性モデルがやってきました。モデルと言ってもプロのモデルではなく、相原工房に出入りしている若いアーティストの一人が知り合いの男性に頼んだのでした。長身で手足が長くスラリとした肢体をもつ彼は、1ポーズ20分で6ポーズをやってくれました。下だけは下着を着けてもらって、床に敷いた布の上で、立ちポーズや座りポーズ、寝ポーズ等を要求に応じて快く引き受けてくれました。私を含めて3人でデッサンを開始。久しぶりのデッサンはなかなか調子が出ず、骨格構造のアタリをつけるのに手間取りましたが、6ポーズ目には昔取った杵柄で何とかカタチにしていきました。美大受験生にとっては勉強になったようです。自分も時々はこうしたデッサンをやって立体構造の把握をしなければならないと実感しました。今日は本当に面白い一日でした。
11’個展搬入の日
2011年 7月 16日 土曜日
朝9時に懇意にしている運送業者2名が相原工房に個展出品作品を取りに来ました。工房に出入りしている若いスタッフ2名と家内と私とで作品を乗せたトラックを追いかけ、10時半には銀座8丁目に到着。業者を加えた6名で梱包を解き、ギャラリーせいほう内に今年の作品の部品が揃いました。業者はそこまでで引き取り、家内とスタッフ2名で作品の組み立てと設置を行いました。「構築~解放~」のサークルが大きすぎたため、板材の円形を2分割して配置しました。結果として作品に面白い効果が生まれたので、これはこれで良いと判断しました。撮影時に組み立てた「構築~解放~」のサークルはややまとまりすぎる傾向があったので、半円2つを別々にした配置は意外な視点を与えてくれました。「構築~楼閣~」は中心にぎゅっと集中させた構成にしました。今回はギャラリーせいほうの空間を考えながら臨機応変した展示をしましたが、ある意味で満足しています。思い通りにならないことがあっても、スタッフ全員で知恵を絞ることの意義を感じました。明後日から始まる個展。今年も何とかここまで辿り着けました。
三連休 夢舞台
2011年 7月 15日 金曜日
明日から三連休になります。計画は前から決まっていて、創作活動で言えば夢のような三連休になる予定です。初日はギャラリーせいほうでの個展準備。つまり搬入と展示です。果たして「構築~解放~」をどのように見せるか、その場で考えていきたいと思います。中日は相原工房に初めて男性モデルがやってきて、若いアーティストの卵たちとデッサン会を企画しています。3人の卵たちは全員20代前後の女性です。女性と言うより女子と言った方がぴったりくる可憐な美大生です。どうなるものやらわかりませんが、自分もデッサンに参加します。人体デッサンは久しぶりです。三連休最終日は個展のオープニングがあります。今回はどんな人たちと出会えるか楽しみです。工房に出入りしている女子たちも今回はスタッフとしてお手伝いをしてくれます。個展も6回目ともなれば、もう浮き足立つことはありませんが、それでも夢舞台を感じる三連休になりそうです。
「The Klee Universe」
2011年 7月 14日 木曜日
パウル・クレーの作品集を折に触れて眺めています。「The Klee Universe」という厚めの洋書です。グロテスクで幻想的なエッチングがあったり、クレーらしい記号化された世界が多く掲載されていて飽きることなく見ています。戯画化された線描が心の琴線に触れることがあります。一見あどけない表情の絵が、畏怖の念をもって再び立ち現れてくるようにも感じます。クレーはどんな思いでこんな世界を描いたのでしょうか。何か心理的な分析を試みたくなるのは私だけでしょうか。繰り返される色彩のパターンをもつ絵は北アフリカで見た情景や風物が昇華した結果でしょうか。自分が一日1点ずつ作っているRECRDの制作を始める時は、一旦クレーの印象を記憶の奥に仕舞いこんでから行います。クレーに引きずられてしまうからです。でもイメージが固定化してくると、決まって自分は「The Klee Universe」を開きます。そこで今一度自分の世界を見直し蘇生を図るのです。クレーは模倣を許さない作家です。でも、イメージの何たるかを与えてくれる作家でもあると思っています。
今夏の自主研究
2011年 7月 13日 水曜日
何か小・中学校で出される夏休みの自由課題のような表題ですが、毎年夏になると知識欲が湧いて学生のように勉強したくなるのです。学校教育で身についた癖なのか、夏休みは何かをやらねばならないと思い込んでいる自分がいます。何年か前は世界的な彫刻家を取り上げて、その著作を読んだり、展覧会に出かけたりしたこともありました。学生時代に興味をもったドイツ表現主義について再勉強した夏もありました。さしずめ今夏は、ずっと以前から著作に取り組んでいるA・ブルトンかなぁと思いつつ、瀧口修造全集を読んでいる頃から関わっているシュルレアリスムの全体像を、ちょっと休んでみたいとも思っています。思い切って日本の古美術あたりをテーマにしてみようかと思いますが、まだ捉えどころが定まらず、漠然とイメージしているに過ぎません。追々何かをテーマに据えて実り多い夏にしたいと願っています。
ウィークディの工房
2011年 7月 12日 火曜日
今日は仕事帰りに工房に立ち寄りました。滅多にないことですが、大きな陶彫ピラミッド4点の梱包が終わっていないため、工房で仕事をすることにしたのです。ついでにRECORDの彩色もやりました。夕暮れ迫る工房でしたが、暑さは相変わらずで、蒸し風呂のような中で汗を搾りながら作業をしました。毎晩こんなふうに工房に通えたらいいのですが、公務が立て込むと、そういうわけにもいかず結局週末だけが頼りの創作活動になっています。仕事人間としては、まだ融通がきくほどの立場ではなく、超過勤務も仕方ない状況です。多忙が心身に染み込んで、創作でさえ短時間でイメージを固めてしまう癖がついています。それだけ緊張を強いられることもありますが、それも習慣として身についてしまっています。何かをやっていないと落ちつかないという軽い強迫観念があるのかもしれません。眠気はふいにやってきて、突如動力が止まるように寝てしまう日常です。深い眠りにつけることが幸いです。
夏空の彼方へ…
2011年 7月 11日 月曜日
週末の汗水流す作業で疲れが残っている週明けです。どうも気分が前向きになりません。あと5日も経てば個展の搬入があるのに、慣れたせいもあるのかもしれませんがワクワク感はありません。梅雨が明けた空は真っ青な夏空です。午後、出張があって蒸し暑い外を歩いていると、青空がどこまでも広がっていて、まばらな日陰を選びながら目的地に着きました。会議中も窓から見える横浜の高層ビルが青空に映えていました。夏の空の彼方に浮かんだ雲。雲をこえたところには何があるのか、そんな想像力をかきたてる今日の空です。空を見ていたら、どこかへ放浪したくなりました。空の彼方へフワリと飛んでいけたら気持ちいいのに…と思いながら勤務時間を日々消化している日常です。
週末 木枠の製作
2011年 7月 10日 日曜日
今月の個展に出品する「構築~楼閣~」の陶彫部品に、高さ70cmの四角錘(ピラミッド)が4点あります。今まで自分が作った陶彫作品の中で一番大きなものです。搬入用木箱には入らず、直方体の木枠を組んで、その中に収めて搬入しようと思い立ちました。上に別の箱が積まれても大丈夫な木枠を作ってみましたが、思った以上に時間がかかって、今日は梱包までいきませんでした。あとは搬入当日の土曜日の朝に、4つの大きなピラミッドをエアキャップで包んで木枠に収め、ギャラリーに運搬しようと思います。今年は準備万端とはいかず、ちょっと焦っています。明日から公務員としての仕事が待っていますが、どこかで暇を見つけて搬入準備を終わらせたいと願っています。
週末 搬入用木箱の製作
2011年 7月 9日 土曜日
来週に迫った個展のために今日と明日は制作より製作を優先することにしました。制作というのは創作活動の場合を指し、製作というのは作業全般のことを指します。今日は搬入のために木箱をいくつかを作りました。陶彫部品はそれぞれ木箱に入れて保管しています。自分は個展のたびに出品作品の木箱を作っておきます。かつてはダンボールに入れて運搬しましたが、長く収納庫に置いておくとダンボール箱が潰れてしまうのです。過去の作品のダンボールは全て廃棄して、新たな木箱を作ったのです。そこで2年前より作品は全部木箱に入れることにしました。手間が少々かかりますが、後々のことを考えれば、このくらいはいいのではないかと思います。横浜は梅雨明けしたらしく、蒸し暑い工房でしたが、いつものように汗で上着を濡らしながら作業を行いました。明日も継続です。