「ツァラトストラ」の解説書

「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)を読んでいますが、比喩が多く理解に苦しむ箇所が暫しあって、下巻の永劫回帰に至って、ついに解説書に頼ろうと思い立ちました。「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)の方がまだ読みやすかったと述懐しています。ともかく哲学書というより詩を散りばめた文芸書のようで、それはそれで美しいイメージが湧いてきますが、ツァラトストラを媒体にして語っていくニーチェの論理に少々辟易しているところでもあります。分かり易い解説書でもあればと書店を覗いたところ、「ツァラトゥストラ」(西研著 NHK出版)を見つけました。さらっと読んでみて、これはいいと思って早速購入しました。購入してすぐ4分の1が読めてしまうほど分かり易く、またニーチェ・ワールドを多角的に取り上げていて、ニーチェを理解するには最適な一冊だと思いました。「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)を少し休んで、まず「ツァラトゥストラ」(西研著 NHK出版)で足慣らしをしたいと思っています。

猫戯れる春の宵

暖かくなりました。花が咲き始めたことで春を実感しています。このところ出勤はスプリングコートにして、スーツも薄手のものにしました。早朝、バス停留所で待つことが寒くもなく暑くもなく、とても楽になりました。自宅では猫のトラ吉が自分の帰りを待っていて、玄関に家内よりも早く現れます。自分はどういうわけか猫に好かれるので、自分が仕事から帰ると、トラ吉はずっと自分の傍で戯れています。足元に擦り寄ってきたり、自分の膝に乗ってきたりして、しつこいくらいです。この季節はとりわけ活発になって、家の中を疾走しています。元気があり余っているようです。自分は年度末の山積する仕事でフラフラですが、駆けずり回るトラ吉を見て、多少なり元気をもらい、また癒されています。トラ吉は唐突に床に寝転び、私に腹を見せますが、私は遊んでやる気力が残っていません。トラ吉を見ていると快適な季節になったんだと思いますが、なかなか休みモードになれない自分がいます。どこかで自分を解放したいと思っているこの頃です。

柑橘より葡萄好きのこの頃

若い頃はみかんが大好きでした。みかんに限らず柑橘系の果物には目がなくて、掌が黄色になるまで食べまくっていました。嗜好は変わるもので、今は輸入された葡萄が大好きです。皮ごと食べると何故か贅沢気分になれるのです。大きな葡萄の入ったゼリーもよく食べています。きっとワインも好きなんでしょうが、美味しいワインに出会うことがなく、またワインを味わう心の余裕がないのが現在の不満のひとつです。ドライフルーツも大好きで、近隣のスーパーマ-ケットには様々なドライフルーツのコーナーがあって購買欲をそそります。レーズンの入ったパンも好きですが、スーパーマ-ケットには夜中に行くので、大抵美味しいブドウパンが売り切れています。その食パンは葡萄とパンの練り具合が絶妙で、しっとりとして葡萄好きにはたまらない食感なのです。西欧では遥か昔から葡萄が栽培されてきました。ワインになったり、ドライフルーツにして保存されてきました。日本でも山梨県産の葡萄が有名で、幼い頃から葡萄狩りに行っていました。身近にあるさまざまな種類の果物に愛着を覚えながら、年齢を重ねるごとに柑橘類からますます葡萄に自分の嗜好が変化しているのがわかります。

三連休 残り10点をどうしていくか

三連休最終日を迎えました。朝から夕方まで工房で制作に没頭しましたが、精神的な疲れが出て、残り10点はそのまま次回に持ち越しになりました。昨日、成形を終えた6点に彫り込み加飾を行い、乾燥した別の4点に仕上げと化粧掛けを行いました。夜に窯入れし、今日の制作に幕を引きました。この三連休はいつもより頑張ったのですが、事実上のゴールが見えている今となっては、どんなにやっても足りません。残った10点はやや小さめの部品ですが、手間がかかることに関しては、作品の大小は関係ありません。焦りが精神を研ぎ澄ませ、作品以外の全てが視界から消える瞬間が何度もやってきました。自分はこんな瞬間が大好きです。休憩をしようと思っても、気持ちがどんどん先へいってしまう瞬間です。冷静ではないと自覚していますが、若い頃と違って手元が狂うことはなくなりました。ひとつひとつの陶彫部品をしっかり終わらせて次へ進んでいくことに慣れてきたのかもしれません。時間も空間もなくなって、ただ作品と対話している至福のひと時とも言えます。しかし、時は待ってはくれません。どうしていくのか今後の予定にかかっています。今週は窯入れをしたので3日間は工房に行けません。週後半は夜の時間帯に制作に励もうと思います。

三連休 「層塔」遠いゴール

今日は朝から夜10時半まで工房に篭りました。もちろん家内と食事や買い物に出かけたので、ずっと篭っていたわけではありませんが、それでも長い時間を工房で過ごしました。「発掘~層塔~」のゴールが見えてきました。陶彫部品は残り16点を作れば終了になります。今日は無理して6点の成形を終わらせたので、成形はあと10点です。彫り込み加飾はまだこれからですが、陶彫部品の仕上げや乾燥期間のことを考えると今月と来月は相当厳しいかなぁと思います。5月初めの撮影までにギリギリ間に合うかどうかというところです。三連休の理想としての目標に成形の完成を挙げましたが、残り10点の成形はどう考えても不可能です。今月末までに出来るかどうかというところですが、無理をしてやっていこうと思います。職場は年度末の多忙を極めている時期なので休むことは到底出来ません。方法としては窯入れのない日を狙って、夜の時間帯に工房に通うことしか出来ません。三連休はあと一日を残すだけ。明日も朝から頑張ります。

三連休 いろいろあった一日

創作活動に励もうと臨んだ三連休の初日でしたが、いろいろあった一日で疲れました。朝7時から工房に行き、彫り込み加飾やらタタラを作りました。昼ごろから墓参りを2箇所かけ持つ予定で家内と車で出かけました。相原の菩提寺に立ち寄って花を手向け、その後は家内の両親の眠る久保山墓地に出かけました。久保山墓地は横浜市の中心にある古い墓地で、人ごみを避けながら車を迂回させました。家内だけを降ろして墓に行ってもらい、私は車内で待っていました。漸く墓参りが済んだところで、私たちの車が宅配のバイクに接触し、警察を呼ぶ事態になりました。結果は大事に至らず、不幸中の幸いでしたが、今日はとても疲れました。午後は工房に行く気になれず、夜は自宅でゆっくり過ごしました。日頃の公務で超過勤務をしているせいか、運転にも不注意があって反省をしました。いろいろあったことを教訓にしてこれからはゆっくり休みをとりながら仕事をやっていこうと思いました。明日から気持ちを仕切りなおします。

三連休の前に…

職場では年度末の仕事が佳境に入り、会計監査が近づいています。来年度を見据えた人事も動いています。自分は立場として今年度のまとめや来年度の準備を進めていて、多忙を極めています。毎晩帰宅すると何もやる気がしませんが、RECORDだけは必死の思いで食卓に齧りついてやっています。家内がインフルエンザにかかり、私も疲れ気味です。明日から三連休で「発掘~層塔~」の制作も佳境に入っているため、可能な限り陶彫部品の制作を進めていくつもりです。職場でも工房でも時間がどんどん過ぎていくように思えます。さて、三連休をどう過ごすか、まず具体的な目標を掲げたいと思います。もちろん陶彫部品を数多く作るのが目標ですが、「発掘~層塔~」の全ての成形が終わらせられるかどうかが具体的目標です。甚だ厳しい目標ですが、ハードルを上げて頑張りたいと思います。

輪廻転生と永劫回帰

「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)下巻を読み始めて戸惑うところは、ニーチェ晩年の思想である永劫回帰です。自分には今ひとつ永劫回帰がわからないのです。永劫回帰は、輪廻転生の西欧的解釈と私は思っていましたが、どうやらまるで違う思想であることがわかりました。輪廻転生とは、生きとし生きるものは、生と死を繰り返し、仮に魂があるとして、その魂が新たな生命体に乗り移るという思想です。自分が死んだらどうなるのかという問いに、肉体は死んでも魂は次の生命体に宿るという思想で、哲学というより宗教に絡んだもので、R・シュタイナーの思想に同じものがあったように記憶しています。これは私にも理解できるし、死後そうなるかもしれないと思っているところが私にはあるのです。では、永劫回帰とは何であるかという問いに、自分は未だイメージを構築することができません。1回生の連続ということが事典にありました。今パソコンに向かっている自分が同じ時間に同じ動作で繰り返されるというループがあって、それを肯定する思想というのが永劫回帰だというのです。「ツァラトストラかく語りき」は永劫回帰をどのように説明しているのか、果たして自分に永劫回帰が理解できるのか、ちょっと楽しみなところがあります。

親戚の告別式参列

私の妹の嫁ぎ先の母が亡くなって、今日は告別式でした。妹にすれば姑にあたりますが、私の母とも仲が良く、生前はよく2人で遊びに行っていたようです。享年84歳と聞きました。昨晩の通夜には母と家内が出席し、今日は職場を午前中だけ休んで、家内と私で参列してきました。久しぶりに会う親戚もいて、話題は尽きませんでしたが、自分は午後職場に戻り、年度末の会計処理に追われていました。どうもこの時期は落ち着きません。ゆっくり故人を偲ぶ時間がないのが残念です。故人は銀座の個展にも足を運んでくれたことがありました。母より年下でしたが、足腰が弱っているらしく、ひとまわり小さく見えたことが印象的でした。化粧品メーカーのセールスをやっているようなお洒落な人でした。ただただご冥福を祈るばかりです。

「ツァラトストラかく語りき」下巻を読み始める

「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)下巻を読み始めました。ここで漸くニーチェ独特の永劫回帰の思想が著されることになります。永劫回帰とは何か。ネットで調べてみると「時間は無限であり、物質は有限である」という前提のもとで、現在の世界が一回性のものではなく、過去や未来にも繰り返されるという、言わば円環的構造をもつ思想のことだと書いてありました。自分はこれは思想と割り切りながらも、どうもしっくりいかないのです。ツァラトストラを介してニーチェは何を主張したかったのか、これからの人生を有意義に生きる方法やら気づきがそこにあるようにも思えず、誰も気にしないところに拘っているようにも感じてしまいます。ショーペンハウワーを読んだ時には、厭世主義から転じて活力ある何かが迸るような気持ちになりましたが、ニーチェの求めるものは何でしょうか。コトバが勢いをもって思想を舞い上げるイメージを感じますが、その帰結点はあるのでしょうか。ニーチェには問いかけがあるだけと書いてあった評論を思い出します。ともかく下巻を読んで、自分なりのニーチェ像を捉えてみようと思います。

週末 母を連れて介護施設下見

今日は朝から工房に行って今日の作業ノルマを何とか終わらせようとしていました。昼ごろに母を連れて、近隣に出来た介護施設を見に行く約束をしていたからです。私の母はこの2月で88歳になりました。父が亡くなってからずっと一人暮らしです。母の住んでいる家は、先代からのもので、昔は米や野菜を作っている農家でした。祖々父の代から宮大工となり、半農として田畑を保ち続け、父は田んぼを潰し、野菜畑を植木畑に替えて、造園業に転業しました。そんな農家を改築して母は暮らしていますが、家の中には段差があって使い勝手が良くないのです。母は特に身体で悪いところがなく達者にしていますが、元気なうちに介護施設を見て周り、条件の良い施設に入所しようとしています。介護認定前の要支援のうちに目処を立てておこうとしているのです。そんなわけで今日は自立型の施設を見に行きました。幸いなのは、家内が胡弓奏者で、よく介護施設にボランティア演奏に行くので、多くの施設情報を知っていたことです。その中から選んだ施設と契約をすることになり、予約を入れてきました。今日はやがて人生に訪れる介護のことを考えた一日になりました。夕方になって疲れた身体に鞭打って工房に戻り、朝からやっていた作業を再開しました。制作工程としては遅れ気味ですが、昨日と今日の用事は仕方ないかなぁと思いました。

週末 管理職慰労の会

昨日の夜から横浜市公務員の管理職5人で、東京浅草に出かけました。毎年恒例の慰労の会ですが、人事異動があって、この5人で集まれるのが最後となります。昨年もメンバーが入れ替わりましたが、何とか今年も浅草へ来れたことの幸せを感じました。昨晩は夕食に麦トロのコース料理を味わいました。隅田川の屋形船を眺めながら、日頃それぞれの職場では出来ない話で盛り上がりました。今日は朝早くから築地市場に出かけ、イクラやホタテ、シラスを買い求め、場内の食堂でマグロ料理に舌鼓を打ちました。自分は築地市場に行くのは初めてでした。築地市場をよく知っている管理職仲間の案内で、場内を歩き回りました。楽しい一日でした。帰宅してから工房へ行く予定を立てていましたが、今日は行く気がしませんでした。同じ立場で同じ悩みを抱える仲間達との楽しい会話に酔っていたい一日でした。

「ツァラトストラかく語りき」上巻の読後感

「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)上巻を読み終えました。道徳や宗教、学識等の既成の概念を次々壊していくツァラトストラは、ニーチェの哲学観そのものですが、ツァラトストラの語り口には文芸的要素もあって、その鋭い舌鋒にニーチェらしい詩情や雰囲気がよく表れています。上巻を読み進めていくうちに、こうした語り口に慣れてきましたが、理解の出来ない箇所も多く、懇切丁寧な解説に頼るしかありません。上巻はニーチェ晩年の思想である永劫回帰が語られようとするところで終わりました。「指針は進んだ。わが生命の時計は息を衝いた。いまだ曾てわれは、わが周囲にかかる静寂を聞いたことがなかった。この故に、わが心臓は畏怖した。この時に、ある声が声なくしてわれに語った。『ツァラトストラよ、なんじは知っているのではないか。』この囁きを聞いて、われは恐れのあまり叫んだ。わが顔からは血が退いた。~略~『おお、ツァラトストラよ、なんじ、やがて来るべき者の影として行け。されば、なんじ命令せよ、命令しつつ先行せよ。』われ之に答えて言った。『われは恥ずる。』」という文面からは、何かを悟ったツァラトストラの躊躇う様子が描かれています。解説によれば「ツァラトストラは永劫回帰の思想を予感しながら、未だなお之を充分展開しえないでいる。彼は自己の教養の知的基礎づけの可能に対して疑いをもっている。そして嘲笑をおそれている。」とあります。ここで上巻が終わり、下巻へとツァラトストラの独白が引き継がれていきます。もう暫しツァラトストラにつきあおうと思います。

最大のイベントを迎えて

自分にとって年間の中での最大のイベントは、毎年夏に企画していただいているギャラリーせいほうでの個展です。横浜市公務員としての最大のイベントは、個人の仕事ではなく組織的対応を要するもので今日実施されました。職場はそれぞれ専門職である職員で構成されています。今日は専門を超えて職員全員が一致団結し、ひとつのイベントを作り上げる日でした。自分の役目は縁の下をまとめることで、会場準備の監督や来賓の接待を行ないました。私は今までいくつかの職場を渡り歩いてきましたが、いずれの職場も大きなイベントには協力体制が組まれていて、滞りなくイベントをやっていました。そういう意味で私たちの業種は主体的に動く方々が多い職場だなぁと思っています。今日は1年間の大きなケジメを行ったと言っても過言ではありません。職員全体のパワーが感じられた一日でした。個展は個人としての評価を受ける場です。それは全てが個人の責任として自分の身に降りかかります。職場は組織としての責任が生じますが、そこを束ねる管理職が責任を取ることがあります。これも言うなれば個人の責任に帰することが多いのです。今日のイベントは成功に終わりました。携わった全ての人々に管理職として感謝申し上げます。

Spazierenの文字入りRECORD

Spazierenはドイツ語で「散歩をする」という意味です。20代の頃にウィーンで暮らしていた時は、毎日Spazierenしていました。Spazieren以外にすることがなかったと言った方が正確なところで、あらゆる時間帯に旧市街を歩きました。こんなことが記憶に刻印され、西欧の構築された街並みが帰国後もイメージとして現われていると言っても過言ではありません。当時の自分は洒落た感覚で散歩をしていたわけではなく、造形表現のことばかり考えながら、デコボコした石畳を歩いていたのでした。画廊のガラス越しに見る流行の美術作品に刺激も受けました。バロックやゴシック建築が異国からきた自分を拒むように佇んでいました。カフェを楽しむ余裕がなかったのが残念ですが、その時に感じていた理想的なSpazierenをRECORDにしてみたいと思いました。Spazierenの文字をRECORDの画面に入れました。文字入りの絵画作品を作るのは初めてです。洒落た版画にはセリフのように文字が入っている作品があります。自分は無骨になるのを承知で文字入りRECORDをやってみました。

防災意識の変化

今日は3月11日です。職場では弔意表明として放送を流し、1分間の黙祷を捧げました。昨年も同じように黙祷を捧げました。思えば3年前の東日本大震災は甚大なる傷跡を残し、無念にも亡くなられた被災者の人たちに対して、今もやり切れない気持ちでいっぱいになります。復興を加速させ、人々が安全に暮らせる街作りが一刻も早くできることを祈るばかりです。横浜に住む私たちも防災意識が大きく変わりました。職場では先日、夜間防災訓練を行いました。発電機による照明、組み立て式トイレの設置等を19時過ぎから行いました。職場は横浜駅近くで海が迫っていて海抜1メートル以下にあります。ここでは津波も想定しておかなければなりません。自宅でも食料等の備蓄を進めています。3日から1週間の備蓄となると、かなりのスペースを占領することになりますが、こればかりは仕方ありません。備えあれば憂いなし。それでも憂いはありますが…。家内は隣近所の方々ともよくコミュニケーションをとっています。災害対策ばかりではなく、自宅には工房がある関係で近所付き合いは無視できません。有事の際は人と人との絆が大切と考え、日頃からの付き合いをしているのです。

木版画に対する思い

年齢とともに表現や思考が変化することは、自分もよくわかっています。現在は自分が20代の頃に目指した方向とまるで違う表現に変化していて、当時を振り返ることはなくなりました。先日出かけた横浜美術館の「魅惑のニッポン木版画」展では、否が応でも過去を振り返る結果となりました。当時の自分は畳大のシナベニア板を使って、大きなサイズの具象傾向の木版画を彫っていました。出品されていた風間サチコ氏の「噫!怒涛の閉塞艦」」を見ると、かつて自分が求めた世界観に似た表現があって楽しくなりました。もうひとつ個人的には水船六州氏の「草刈唄」と「牧神」のオリジナルが見られてよかったと思っています。前から油絵みたいな木版画の効果が素敵だなぁと思っていました。「牧神」はピカソの影響でしょうか、温かい抽象の中に詩情を感じさせるものがありました。水船氏は彫刻家でもあり、さらに自分が通っていた横浜のミッション系学校の教壇に立っていられたこともわかって親近感を持ちました。在職期間を見ると自分はお会いしたこともなく、学院史に氏名が刻まれているだけでした。吉田遠志氏と吉田政次氏の抽象傾向の版画は自分がRECORDに応用したいくらい自分の感性に働きかけてきました。今回の展覧会は木版画に関する思いが募って、自分も現在の表現で木版画を試みたいと思った展覧会でした。

週末 成形に没頭

創作活動では不思議な精神状態になる時があります。今日はそうした精神状態になりました。陶土しか視界に入らず、時間と空間の認識がなくなりました。どのくらい時間が経ったのかわかりませんが、ふとFMラジオの時刻を告げる放送が耳に入り、漸く我に返りました。凝縮した濃密な時間。それは最近読んだ哲学書で言う意志を超えた解脱の世界かもしれません。生み出されるイメージしか見えていず、それを陶土で具現化するため、身体全体が自然に動いていました。疲労を感じず、休むことも忘れ、何かに囚われて、朝から夕方まで作業し続けて、結果的には成形5点を作り上げました。一日に成形5点は今までにない作業能率です。飽くことなき制作に自分でも驚きました。毎回こんな精神状態になってくれれば幸いですが、なかなかそういうわけにはいかないと思っています。ヴァイオリズムの関係なのか、作品完成が未だに見えない焦りなのか、自分ではよくわかりません。とりあえず好調子であったことに変わりなく、次回も期待してみようと思います。

週末 いつも通りの制作

今日は朝から工房に篭りました。いつも通りの制作、これが出来る幸せを噛み締めながら作業に没頭しました。創作活動に関わっていると自分は元気になります。春に向かうこの季節は制作に対するモチベーションが上がってくるようで、疲れは感じなくなります。爆発的なパワーではなく、坦々とした中に感じることの出来る意欲です。ただし、花粉症も出てきて、くしゃみが陶土の埃によるものか、花粉によるものか、わからないのです。制作はしゃがんだり、立ったりすることで身体に負担をかけるので、夜は近隣のスポーツ施設で1時間程度水泳をやってきます。これも土曜日の定番です。工房は相変わらず大型ストーブを点けていますが、窓から満開の梅が見えています。春は確実にそこまで来ているようです。明日も継続です。

肌寒い夜の工房

このところ仕事帰りに工房に出かけています。夜になると工房はめっきり冷え込みます。3月になっても肌寒さを感じるこの頃ですが、工房の寒さは外と同じです。工房は農業用倉庫として建てたため内壁がありません。ストーブひとつでは寒さに敵うわけはなく、夜の作業は1時間が限界かなぁと思っています。ただ集中力だけは増してきます。照明が手元を照らすので、そうした心理が集中力を高めるのではないかと思っています。夜は主に彫り込み加飾をやっています。表面的な細かな作業が向くように思えるからです。蛇口からお湯が出ることが寒さ対策として有効です。陶土は冷たくて手が悴んでしまうので、お湯で手を温めながら作業しています。ただし気分は上々です。よくぞこの環境を手に入れたものだという嬉しさもあって、寒さ以外は苦になりません。FMヨコハマから流れる音楽を聴きながら、黙々と作業するのが自分の性に合っていると思っています。職場ではコミュニケーションを図ることが大切と考えて日々実行している自分が、ここでは素の自分になって物言わぬ素材と向き合っています。肌寒いひとりぼっちの工房ですが、内面の充実があって孤独感はありません。

「魅惑のニッポン木版画」展

先日、横浜美術館で開催されている「魅惑のニッポン木版画」展に行ってきました。錦絵から現代に至るまで、日本の木版画は優れた表現と技術を持っていると私自身考えています。改めてその水準の高さに納得しました。印刷物として分業システムが充実していた江戸時代から明治時代にかけて錦絵がその高水準を誇り、また創作版画が始まってからは、作家自らがあらゆる作業に関わって深い表現を会得しています。日本人の体質と木材は合うのでしょうか。小林清親や川上澄生の文明開化を匂わせる画風や棟方志功や恩地幸四郎の斬新な構成、北岡文雄のプロレタリア風の具象世界、さらに若い世代の桐月沙樹に見られる木目を生かした繊細な画風など、ひとつずつ作品を挙げたら際限がなくなってしまいます。自分は今になって銅版画に興味を持っていますが、かつて親しんだ木版画も、時間が許せばもう一度試みたい願望があります。木版画は何といっても摺りが気持ちいいと感じます。和紙に絵の具が染み通っていく感覚にハマってしまいます。そんな作品が220点以上も並んでいれば、自分の内なる力が漲っていくのを感じます。改めて版画好きな自分に気づきました。

11‘RECORD8月アップ

RECORDは彫刻と並んで自分にとって重要な表現活動です。一日1点の平面作品の制作は、たとえ画面は小さくてもなかなか大変です。充分に時間があれば、実験して試行錯誤するところを、仕事から帰宅して夕食を待つ食卓がRECORDの制作現場なので、ぼんやり考えているうちに時間が過ぎてしまうのです。短い時間で集中して構想を練り、下書きを行うのが習慣になっています。飼い猫をからかう暇もなく、下書きに没頭する自分の前でじゃれるトラ吉を追っ払いながら、制作を強引に進めていきます。そんな状況で描き溜めた作品が次第に増えています。RECORDはカメラマンに撮影をお願いして、ホームページに少しずつアップしています。ちょっと前の作品になりますが、2011年8月の作品をホームページにアップしました。霞がかり、おぼろげなカタチをテーマにしました。ご高覧いただければ幸いです。ホームページにはNOTE(ブログ)の左上にある本サイトをクリックしていただければ入れます。

3月RECORD「散歩する気まぐれ美神たち」

3月のRECORDのテーマを「散歩する気まぐれ美神たち」にしました。自分はエスプリの効いたイラスト風の絵を描くのが得意ではありません。どちらかと言えば彫刻的な構造を持つがっしりした描写が得意です。以前のRECORDで遊び心に通じる気儘な線描を試みたことがあります。洒落たニュアンスを表現するには、どうしたらいいのか思いを巡らせながら、自分崩しをやってみました。参考にしたのはミロやクレーを初め版画家の故池田満寿夫氏や山本容子氏等々の素描で、どうしたらあの雰囲気が出せるののだろうと憧れにも似た気持ちを持ちました。もともと自分にはない感覚なので、無理強いして何とかなるものではありませんが、軽快で詩情を醸し出す画風に羨望の眼差しを持っています。ますます春めいてくる3月のRECORDではそんな思いを表現してみようと思います。

形而上学神学の否定について

哲学者ニーチェは「神は死んだ」として神に替わる超人を作り出しました。「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)の「幸福の島」の章にこんな一文があります。「神とは、すべての正しきものを歪め、すべての直立せるものを捻転せしむるところの思想である。そうではないか?もし完全なる神というごときものがありとせば、時間は存在しない訳ではないか?そうして、一切の過ぎゆくものは虚妄である筈ではないか?」というニーチェ独特の主張です。これに対し訳者による解説が加えられています。「ツァラトストラは時間空間の内に存在する現実のみを唯一の実在と認め、仮象の外に立つ本体というごときものを否定する。もし完全永久不滅なる神の存在を認めるとすれば、この現実世界は仮象であり、虚妄にすぎぬ、という結論に達する。形而上学神学のかかる前提はツァラトストラにとって堪えがたいことである。」こうした神の死を論じたニーチェは実存主義を唱えた先駆者と言えます。ニーチェに続く未完の大作「時間と存在」を著したハイデッガーは次世代に入る哲学者で、さらに実存主義はフランス人哲学者サルトルによって広がりを見せました。雑駁な考え方で言えば、自分は系譜的にはこうした思考に同意するところがあるので、自分なりの研鑽を積んでいきたいと思っています。

週末 久しぶりの制作&美術館

今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。成形を5点やりましたが、今週は夜に工房に出かけて彫り込み加飾を行う予定です。そのために窯入れを敢えてやりませんでした。電力の関係で窯に作品を入れて焼成を行うと、他の電気が使えなくなるからです。夜の作業には照明や暖房が必要なため今週は焼成サイクルを1回休みます。夜の作業だけではなく、もうひとつの理由は、週2回の焼成を行っていくと成形部品の乾燥が間に合わないことになり、暫し成形の制作を中心にしたサイクルに切り替えようとしているのです。そんなわけで今週は可能な限り帰宅後に工房に出かけようと思っています。今日は作業を早めに切り上げ、夕方久しぶりに家内と美術館に出かけました。地元の横浜美術館で開催している「魅惑のニッポン木版画」展を見に行ったのです。木版画は大学時代にドイツ表現主義の影響で、自分も大きな版木を使って具象傾向のモノクロ版画を作っていました。そんな関係があって木版画には特別な思い入れがありました。「魅惑のニッポン木版画」展は期待通りの面白さで、見にきてよかったと思いました。感想の詳細は機会を改めます。今日は充実した一日でしたが、時は既に3月です。今後を考えると厳しい状況は変わっていません。少しでも作品を先に進めたいと思っています。

多忙な年度末です。

3月になりました。職場は年度末を迎えています。会計決算やら監査があり、人事評価やら来年度に向けた人事も始まっています。この1ヶ月は多忙を極めます。この時期の自分は職場でダラダラ仕事をしているわけにはいかず、集中力を持って一気呵成に複数の仕事を片付けていきます。今月と来月は頑張りどころなのです。三寒四温で花粉症もあって体調は芳しくありませんが、それでも仕事をやり遂げなければならないのです。制作も佳境を迎えています。いよいよ新作の「発掘~層塔~」の追い上げを始めなくてはなりません。制作は一気呵成とはいきませんが、工房での作業時間を可能な限り多く取ることを考えています。今月の目標として「発掘~層塔~」の成形を全て完成させること、これに尽きます。それでも余裕はないので、制作でもダラダラ作業はせず、テキパキと動こうと思っています。RECORDは春の訪れを告げるようなテーマを考えようと思います。読書は相変わらず哲学書に没頭しています。ニーチェが頭の中で既成道徳を壊しにやってきています。どんな1ヶ月になるのか、忙殺される中で少しでも充実感を得るために、我を忘れず、健康にも気を使っていこうと思います。

神聖なる戦争の意味するところ

「よき理由は戦争をすら神聖ならしめる、と。しかし、われはいう、よき戦争はいかなる理由をも神聖ならしむる、と。戦争と勇気とは、隣人の愛よりも大事業を成就してきた。従来、災厄に陥った者を救い出したものは、なんじらの同情にあらず、なんじらの果敢であった。」これは「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)に論じられている「戦争と戦士」に関する抜粋です。神聖なる戦争とは何か、それは実際の戦争を意味するものか、それとも形而上のものなのか、よく理解できません。訳者の解説に次のような文章がありました。「多く議論されるように、これらの言葉が純粋に精神的領域に於ける闘争に関してのみ言われたのか、あるいは現実の戦争に関して言われたのか、にわかに決め難い。いずれにしても、この戦いのための戦い、新鮮なよろこばしい戦闘的勇気を正義以上の至上の位置におくという傾向は、古代以来ゲルマン人の性格であり、また現代に及ぼしたニーチェの影響のおそるべく破壊的な半面であることは『ニーチェ自身の主張は高貴な意義のものであるとするも』現実の事実として否定できない。」これを読むとドイツが第二次世界大戦で行った恐るべき虐殺行為が重なってしまいます。ドイツ人には元来そんな気質があるのでしょうか。われわれ日本人も戦争と言う異常事態で隣国に対し残虐な行為を行った事実があります。実際の戦争で言えば、戦争に神聖なるものは絶対に存在しないと自分は考えます。

厭世主義否定の思考を示す

哲学者ニーチェは若い頃にショーペンハウワー著「意志と表層の世界」を読んで、厭世主義に貫かれた哲学に傾倒したことがあったようです。自分はニーチェ著「悲劇の誕生」を読んで、その源泉を探るべく「意志と表層の世界」を読んだわけですが、自分もショーペンハウワーの大著作に圧倒されました。ショーペンハウワーの生涯をかけて展開された共苦的な厭世主義の哲学は、衝撃を与えられることは請け合いですが、自分にとって何かしっくりいかない感覚が残りました。世界は苦悩で満ちているという発想は人生観を活性化する裏返しのようなものではないかと感じ、自分は共苦的な厭世主義に陥らないようにしたいと思いました。「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)では厭世主義を否定する箇所があったので注目しました。抜粋して引用いたします。「もしこれらの人々『厭世主義者』が衷心よりの同情者であるならば、かれらはかれらの隣人に、その生をより厭悪すべきものと為す筈ではないか。悪意あること、之がかれらの真の慈悲である筈ではないか。」解説によれば「かかる隣人への同情を説く厭世主義もまた論理的に矛盾である。人にしてもし真の厭世主義を奉ずるならば、隣人をもこの人生から逃れやすくしてやるべき筈ではないか。隣人にはむしろ峻酷な態度を以て対して、その生をより厭わしきものにしてやるべき筈である。」とあります。厭世主義に対する姿勢がよく表れている箇所だと思います。

古いフォークソングを聴きながら…

自宅の食卓でRECORDを制作しながら、古いフォークソングを聴くのが習慣になっています。自分の学生時代に流行った唄ですが、それでも当時は一般的な流行歌ではないどちらかと言えばマニアックな唄ではなかったかと記憶しています。それは小室等の「私は月には行かないだろう」や「父の唄」等で、CDの復刻盤を最近購入したのです。ドーナッツ盤は自宅の屋根裏に眠っていますが、レコードプレイヤーがないので聴くことができません。高校時代に初めて和製フォークソングを聴いて、忽ち魅力に取り憑かれてしまいました。小室等は現代詩に曲をつけて歌っていて、当時現代詩が好きだった自分は、その斬新さに驚きました。詩人の大岡信や谷川俊太郎、茨城のり子、吉増剛造等の詩は当時からよく知っていて、詞ではなく詩に曲をつければ、リピートのない、つまり1番も2番もない曲になってしまいますが、それでも原語感覚が失われることのない曲想に納得していました。自分の中では古いフォークソングは、決して古くなることはなく今だに生き続けていて自分の心を癒してくれます。思えばこうしたフォークソングから知り得た詩人もいました。美術評論家としても有名だった大岡信もその一人です。大岡信の言語感覚に大学時代の自分は共感を覚えました。見れば自宅の書棚には当時買い求めた詩集がどっさり眠っています。時間が出来たら当時の振り返りをしたいと思うこの頃です。

他愛のない夢を思う

私は自分の工房を持つことが若い頃からの夢でした。相原工房は今の自分にとって申し分のない空間で、そこに創作意欲と癒しの両方を感じ取ることができるのです。ところが欲望は限りないようで、夢でまるで違う工房の空間を見ることがあります。古板を張った床、白い壁に碁盤状になった棚、天井は鋼管剝き出し、机は古木、細い鋼鉄を加工した椅子、数え上げればキリがないほど充実した空間に自分が住んでいるのです。かつてNOTE(ブログ)に書いた記憶がありますが、このところまたそんな夢を見ています。夢の中で人は登場しませんが、その空間のイメージはどこからくるのか、どこかで見た部分の組み合わせには間違いはありません。たとえば工房の扉には金属の取っ手がついていますが、これは横須賀のカスヤの森美術館の扉にあった取っ手です。また錆鉄で出来た自分の彫刻の雛型が棚に飾ってあって、直方体や立方体に負の人体が刻まれた作品は、かつて見た夢の作品の続きのようなのです。新作のイメージは制作中にふと湧いてきますが、それとは別に理想とする空間願望が夢に現れると言ったらいいのでしょうか。他愛のない夢とは言え、あまりにも具体的で不思議なイメージに自分は半ば戸惑い、半ば酔っています。

駱駝→獅子→小児についての格言

「精神が駱駝となり、駱駝が獅子となり、かくて最後に獅子が小児となる」という格言は、現在読んでいる「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)にあったものです。駱駝の意味は向上する精神の第一段階は強靭なる受動性を指すことを言っています。その受動的な精神をよりよく獲得するのには獅子の如く大胆な勇気がいるというのが駱駝から獅子に進み出るものです。さらに小児に見られる純真さ、忘却、遊戯においては自発的で、一切の他律的な力を認めず、下界と拘りなく自己の世界を創造するものとなり、獅子が小児に進んでいく過程になるのです。自分なりの雑駁な解釈を許してもらうとすれば、人生においてまず受動期があり、これは学術的知識や社会倫理を得る教育期間にあたるのではないかと思います。次に社会的地位を得て、その業務促進や判断を行う時期が到来し、大胆な勇気と細心な注意を要する仕事の期間が訪れるのです。やがて人は知遇を得て自由闊達になり、真に創造行為に身を投じることができるのではないかと思われます。これは自分流の独断的解釈で、果たして格言の意図するところとは若干異なるかもしれませんが、精神面での理想的な成長を描いたものであることに間違いないのかもしれません。