先週末に「仕上げ一辺倒」というタイトルをつけて、「発掘~層塔~」の成形に関するNOTE(ブログ)を書きました。今週も継続して陶彫部品の仕上げをやっているので、「そのⅡ」としました。ただし、今日は朝から疲労が残り、焦る気持ちとは裏腹に身体が動きませんでした。朝早く工房に行ったものの2時間程度で自宅に戻り、少し休みをとりました。昼ごろから体調が戻り、それから工房でいつものように全てを忘れて制作に没頭しました。気がつくと周囲が暗くなっていて、今日のノルマは何とか達成できました。明日は化粧掛けと窯入れを行います。明日の午前中は職場に行かねばならず、朝から工房に篭ることはできません。制作時間のやり繰りは慣れていますが、この時期の休日出勤は厳しいと感じます。世の中はゴールデンウィークに入っていますが、例年のことながら自分には新作完成までのカウントダウンが始まっていて気が休まることがありません。それも楽しめるような心の余裕が欲しいものです。
「言語都市・ベルリン」を読み始める
2014年 4月 25日 金曜日
「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)を読み始めました。副題に1861ー1945とあるので、本書は第二次世界大戦を終えるまでのドイツ帝国の首都ベルリンの変遷と、そこに関わりを持った日本人たちを描いています。自分は大学を卒業する頃、ドイツに行きたいと漠然と思っていて、西ベルリンを考えていました。当時ドイツは東西に分かれていて、西ベルリンは東ドイツの中にある陸の孤島と言われていました。知り合いの海外駐在員に西ベルリンはやめた方がいいと言われ、それならば大戦を経ても古い伝統に押し潰されそうなオーストリアの首都ウィーンを選んだのでした。その頃、自分が目指していた現代美術とはまるで逆な方向へ進む結果になりましたが、今となってはそれで良かったと思っています。戦前のドイツであれば、自分はきっとベルリンに行っていたと思うのです。美術や演劇史を通して戦前のベルリンの果たした功績を書籍によって窺い知ることがあったからです。本書はまとまったカタチで戦前のベルリンの魅力を伝える一冊だと思っています。若かりし頃の自分が憧れた戦前のベルリン。暫し自分がまだ生を受けていない古き時代をイメージしながら、本書を楽しみたいと思っています。
「夜と霧」読後感
2014年 4月 24日 木曜日
「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)を読み終えました。読み終えた時には心が震撼して何とも言えない感慨に包まれました。本書は万にひとつの奇跡で生き残ったユダヤ人精神医学者が、強制収容所の中での壮絶極まる体験を通して、その精神的内面の分析を含めて語ったノンフィクションです。そこには生命の極限状態とともに崇高な思念が描かれており、当時の被収容者の心理が、たとえば現在起こりうる震災で、仮に自分が全てを失い、閉塞感に陥るであろう心理と重なるような読み取り方をしてしまうと、何ともやりきれない思いが伝わるのです。2人の翻訳者のあとがきから引用します。まず、霜山徳爾氏の一文です。「彼の一家は他のユダヤ人と共に逮捕され、あの恐るべき集団殺人の組織と機構を持つアウシュヴィッツ等に送られた。そしてここで彼の両親と妻は、或いはガスで殺され、或いは餓死した。彼だけが、この記録の示すような凄惨な生活を経て、高齢まで生きのびることができたのである。」次に池田香代子氏のあとがきを紹介して本書のまとめにしたいと思います。「ある全国紙が2000年の年末におこなった『読者の選ぶ21世紀に伝えるあの1冊』という大がかりなアンケートで、翻訳ドキュメント部門の第三位に挙げられたと記憶するが、それも、この本がこのくにの戦後の精神風土に与えた影響の大きさを物語っている。~略~受難の民は度を越して攻撃的になることがあるという。それを地でいくのが、21世紀初頭のイスラエルであるような気がしてならない。フランクルの世代が断ち切ろうとして果たせなかった悪の連鎖に終わりをもたらす叡智が、今、私たちに求められている。そこに、この地球の生命の存続は懸かっている。」
窯に委ねる時間
2014年 4月 23日 水曜日
夜になって帰宅してから工房に行きました。窯出しと窯入れをするためです。自分が20年近くやっている陶彫は、最終工程で窯に入れて焼成をします。それによって作品が変化し、自分の手を離れて素材が凝縮していくのが面白いと感じています。ただ、完成の見通しが立たないのがデメリットで、作品が窯の中で歪んだり割れたりすることもあります。余裕をみて完成するのが望ましいのですが、新作の「発掘~層塔~」は大量の陶彫部品を作るため、まったく時間的余裕が持てません。それどころか5月11日の図録撮影日に間に合うかどうかも怪しくなってきました。過去にやっていた木彫との併作ならば何とかなります。木彫は自分の手を離れることがないので、自分さえ頑張れば完成できます。ところが陶彫は窯に委ねている時間があります。1週間で2回の窯入れを行うとして、5月11日までに何回窯入れが可能か、完成している成形部品が全部窯に収まるのか、もう一度計算をして今後に臨みたいと思います。
「夜と霧」尊厳ある場面
2014年 4月 22日 火曜日
「収容所に入れられ、なにかをして自己実現する道を断たれるという、思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況、できるのはただこの耐えがたい苦痛に耐えることしかない状況にあっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、満たされることができるのだ。~略~愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、愛する妻の精神的な存在、つまり『本質』に深くかかわっている、ということを。愛する妻の『現存』、わたしとともにあること、肉体が存在すること、生きてあることは、まったく問題の外なのだ。~略~愛する妻が生きているのか死んでいるのかは、わからなくてもまったくどうでもいい。それはいっこうに、わたしの愛の、愛する妻への思いの、愛する妻の姿を心のなかに見つめることの妨げにならなかった。」引用が長くなりましたが、現在読んでいる「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)の中で、家畜同様に扱われている被収容者たちの壮絶で悲惨極まる状況にあって、この一文は自分の心に深く刻まれました。夫婦が生きて再会するというレベルを超え、極限状態にある人間の尊厳のある場面が述べられていて、愛とは何かを考えさせられる珠玉の一場面だと思いました。
「イメージの力」展
2014年 4月 21日 月曜日
私は仮面が大好きで、アフリカ、アジア、ヨーロッパや日本の仮面を集めています。その中でもとりわけアフリカの仮面に惹かれています。国ごと部族ごとに異なる造形や装飾は朴訥な生命力に溢れています。自分が創作の迷路に入り込んだ時に、仮面の表情を見て、ふと我に返ることがあります。これは造形が伝えるパワーが仮面に宿っていて、自分の技巧的な迷いが払拭されるのです。こうした体験は私に造形へ立ち向かわせる意欲を授けてくれました。アフリカを初めとする民族芸術は、鑑賞する対象として作られたモノがある一方で、呪術の対象として作られたモノもあると思います。そうしたモノを全てアートとして捉えたのが、巨匠ピカソやモディリアーニだったわけですが、自分も同じように生命賛歌を感じ取っています。先日訪れた東京六本木の国立新美術館で開催している「イメージの力」展は、自分に強い印象を与えました。名も無き芸術家たちが作った生命の根源を問う作品群に、自分の心が震えました。展示作品は大阪にある国立民族博物館の所蔵するもので、日本にこんなにも豊かな民族芸術のコレクションがあることに驚きました。
週末 陶彫仕上げ一辺倒
2014年 4月 20日 日曜日
「発掘~層塔~」の陶彫部品の成形が全て終わりました。総計92個になりました。当初100個を超える計画を打ち出しましたが、制作時間を考えて床に密着する部分を縮小しました。それでも今までの作品の中で、部品個数からすれば最大の作品です。これから仕上げと化粧掛け、焼成を行っていきます。部品全体の半分は焼成が終わっています。まさに時間との勝負です。図録撮影日は例年より一週間遅れの5月11日(日)に決めさせていただきました。懇意にしているカメラマンが快く引き受けてくれて助かりました。例年5月の連休は栃木県益子や茨城県笠間の陶炎祭に出かけていきますが、今年は制作のため行くことができません。笠間の親友に残念な連絡をしようと思いますが、夏にでも訪問できたらいいなぁと思っています。今日は朝から工房に篭って、「発掘~層塔~」の仕上げや化粧掛けに終始しました。陶で作るモノは手の痕跡があって温かみを感じさせるのですが、自分の陶彫は仕上げにヤスリ掛けをして手の痕跡を消します。成形時にある程度はヘラで手の痕跡を消していますが、さらに乾燥してからヤスリを使って完全に消してしまいます。それは叙情性を排除するためでもありますし、集合彫刻のためボルトナットで部品同士の接着を容易にするため、フラットな面を作っておかなければならないのです。今日は仕上げ一辺倒で過ごした一日でした。夕方遅く窯入れをして工房を後にしました。
週末 恩師による近代詩講演会
2014年 4月 19日 土曜日
著述家笠原実先生の講演会が横浜港北区にある大倉山記念館でありました。笠原先生は自分の恩師にあたる人で、毎年銀座の個展に来ていただいて、美術評論もしてくださっています。かなりのご高齢ですが、凛とした姿勢や講演内容の密度の濃さは、ずっと変わらず、とくに詩が好きな自分にとっては貴重な存在なのです。日本の詩の歴史を紐解けば、古くは万葉集に始まりますが、いわゆる現在読まれている詩の形態になるには、明治時代に出版された「新体詩抄」を待たなければならなかったこと、「於面影」において森鴎外らがゲーテ、バイロンを訳したこと、その森鴎外(林太郎)が作詞した横浜市歌にも触れて「詩」と「詞」の違いを論ぜられていました。その後の詩の展開として「早稲田文学」や「文学界」等取り上げて、最後には北村初雄のハイカラな詩へと結びつけていく講演でしたが、時間が押して最後のところでもう少しお話が聞きたかったなぁと思いました。ともかく楽しい時間で、自分が憧れる詩の創作にも触れていて、大変参考になりました。自分は詩的世界はコトバに限らず造形にもあって、まさに自分が現在作っている彫刻にも通じていると考えています。そんなことを思い巡らせながら午後のひと時を過ごしました。今日は以上のような講演会があったので、工房へは早朝出かけていって成形をやっていました。これが「発掘~層塔~」ラストの成形になる予定です。明日はそれぞれの陶彫部品の仕上げと窯入れ準備をしたいと思います。
「夜と霧」新版を読み始める
2014年 4月 18日 金曜日
「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)を読み始めました。タイトルに新版としたのは、本書には旧版があるためです。霜山徳爾訳の旧版はあまりにも有名なので私も知っていましたが、今回の新版には年代を経たからこそ可能になった新たな解釈が導入されているようです。ここに来て、どうしてユダヤ人捕虜収容所の体験記を読みたくなったのか、読書歴がショーペンハウワーからニーチェの著作に移った後、ちょっと哲学を離れてみたくなったものの、何か厭世主義的な傾向が頭に残り、そこに永劫回帰がやってきて、さんざん読んだ形而上の思索より、具体的な厭世を垣間見たくなったのかもしれません。具体的と言っても自分の成育歴とは環境が違いすぎて、戦争当時のアウシュヴィッツやその周辺にあった捕虜収容所の様子を知ることは不可能に近いと考えます。でも、たとえ実感できなくてもそれなりのイメージを持ち、負の遺産を受け入れることはできるのではないかと思います。自分はポーランドのアウシュヴィッツには行ったことがありません。自分が20代に滞欧していた時期は、米ソ冷戦時代最後の頃でした。チェコやハンガリー、ルーマニアには行っていたもののポーランドに足を伸ばすことはありませんでした。少し無理をしても行っておくべきだったかなと思っています。ともあれ本書を読んで、極限状態にある人間の悲劇を考えたいと思います。
「ツァラトストラかく語りき」読後感
2014年 4月 17日 木曜日
「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)下巻を読み終えました。本書は上巻・下巻に分かれ、4部構成からなる大著です。ニーチェ晩年の思想が述べられていますが、ニーチェの生涯で精神を病んでから執筆活動をしなくなる最晩年があるので、本書はそれまでの間に書かれたニーチェ哲学の集大成に位置づけられる著作と言えます。ニーチェの著作に飛翔せんとする勢いのあるパワーを感じるのは私だけでしょうか。詩を散りばめた本書にも縦横無尽に疾走するニーチェ独特の哲学があると思います。それにしてもニーチェのパワーはともかく、内容は理解困難な箇所がたくさんありました。訳者の解説にも?がついている箇所があり、ニーチェ存命当時の細かな状況を知り得なければ翻訳不可能なところもあったのだろうと思います。でも面白さは伝わりました。一部の文面にハッとさせられる輝きがありました。永劫(永遠)回帰は、本書だけでは理解できず、別の解説書に頼りました。こうした思想がどこから生まれ、そもそも意図するものは何なのか、詩情溢れる本書からこれを読み取ることは自分には出来ませんでした。本書は比喩も多く、場面場面で登場する魔術師や法王や驢馬などは何かを例えている存在であって、それらを読み取っていく洞察力も必要でした。本書を再読する機会は訪れるでしょうか。ニーチェ哲学に拘りがあれば、あるいはもう一度チャレンジするかもしれません。その時まで書棚に眠らせておこうと思います。
神の死に纏わる雑感
2014年 4月 16日 水曜日
ニーチェが言う神の死を自分はどう捉えたらいいのでしょうか。宗教は人類が創造した偉大なる精神文化で、とりわけキリスト教は人間を超えた存在を神として畏怖しつつ、人が創った神を逆転の発想として、神によって人が創られたとしました。それによって罪深き人々に救済の思想が与えられました。人々が一定の道徳観念をもって、より良く生きるための方策が聖書にまとめられていて、人が心惑う時に聖書を紐解いて、心を安らかに保つ教えをそこに見いだすと私は思っています。私自身はキリスト教徒ではありませんが、その宗教の意図するところは解ります。東洋人であってもキリスト教信者が多くいる現状の理解として、キリスト教が地域性を超えて国際的な視野を獲得したものと理解しています。そこにニーチェの神の死という思想が持ち込まれました。宗教を生活の中心に据える敬虔な信者にしてみれば、驚くべき発想であったと察します。茫洋たる東洋の神秘思想に比べると、西欧の宗教は理に適う思想であって、ニーチェもまた哲学を持ってキリスト教に対峙しています。日本人としてそこに若干の違和感と学術的面白さを感じます。
近親者の通夜に思う
2014年 4月 15日 火曜日
先日、妹の嫁ぎ先の姑が亡くなったことをNOTE(ブログ)にしましたが、後を追うように舅も亡くなり、今晩は通夜が営まれました。享年96歳。大往生とも言える年齢で、自分もこの歳まで生きていたいなぁと素直に思っていました。長く生きられた秘訣は何かと参列していた妹の義姉夫妻に家内が聞いていました。故人は頭を使う碁が好きだったこと、よく書物を読んでいたこと、駅まで歩いてカフェで新聞を読むのが習慣だったこと、粗食だったこと等、いろいろありましたが、自分の時間を楽しんでいた様子を窺い知ることができました。今の自分にはまだ考えが及ばないところですが、そろそろ自分も定年を意識していることがあって、定年後の自分をイメージする絶好の機会でした。さらに通夜に参列して、最近ぼんやり考えることがあります。それは魂の存在です。このところ神秘思想家シュナイナーの理論や哲学者ショーペンハウワーやニーチェを読んでいるためか、知識として魂の存在を脳裏に刻みつけているところですが、いずれ知識を超えて、魂そのものの存在を捉えることがあるかもしれないと思っているのです。自分が芸術や哲学を本当に必要とし、魂の具現化に意欲するときが来ると信じて疑わないのです。今晩はそんなことを考えながら過ごしたひと時でした。
「神は死んだ」根拠について
2014年 4月 14日 月曜日
哲学者ニーチェには、「神が死んだ」というあまりにも有名な言葉があります。ニーチェを読まずともニーチェが反キリスト教の立場を取っていたことは、高校生の頃から自分も知っていました。現在読んでいる「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)にその箇所があります。訳者の解説と共に抜粋します。「神は人間が十字架に磔せらるるを見て、人間への愛は人間の地獄となり、ついには人間の死となることに堪えなかった、と?」『解説:キリストが磔刑さられたことは、人間に憐憫同情・隣人愛を教えることが、結局は人間性を堕落せしめる所以であることを示す』「彼は、秘密に充ちて隠れたる神であった。まことに、息子を生むためすら、彼は蜜路を忍んで来たったのである。彼の信仰の門口には、姦淫がある。」『解説:キリスト教の神の観念には人間性の裏をゆく疚しげなるところがある』「愛する者とは、報酬と報復の彼岸に愛する者であるべきだ。」『解説:神は人間から反対給付を求めていた』「あまりにも大いなるおのれの憐憫の故に、窒息した。」『解説:ユダヤ教・原始キリスト教・中世の信仰には、なお強烈な意欲があったが、現代のキリスト教は無気力に堕して衰弱した』「彼は多義であった。」『解説:神が弱体化したのは、その性格と言葉が多義曖昧だったからである』「もしわれらの耳に泥があるならば、いざ、之を投げ入れたのはそも何人であるか?」『解説:人間のはい徳を創造したのも、神ではないか』以上の箇所に神を死に至らしめる言葉が散りばめられています。「神は死んだ」とニーチェが主張した根拠はまだありますが、本書の中で気に留めた箇所を挙げさせてもらいました。
週末 母の引越し
2014年 4月 13日 日曜日
今日は母が病院から退院し、契約していた介護施設へ引越しをする日でした。その手伝いはあったのですが、自分の制作ノルマを果たさないわけにはいかず、早朝6時過ぎに工房へ出かけ、9時過ぎまで必死になって制作をしていました。10時に家内と当面の引越し荷物を車に積んで、病院に向かいました。車椅子に乗った母は、介護タクシーを呼んで介護施設へ移動しました。自分も車で後を追い、母は無事に介護施設への入居を済ませました。まだ足りないものがありますが、とりあえず母は新しく出来た介護住宅で、周囲の人に面倒をかけながら生活することになります。家内が姑である母と真摯に向き合ってくれたおかげで実現した入居でした。息子にとっては母の安全安心が一番で、ホッとしました。午後は工房に帰り、遅れていた制作を取り戻そうと、集中して作業を続け、夜に窯入れをして工房を後にしました。制作も思うように時間が取れない中で、何とか辛うじて進めています。これはもう自分との闘いで、作業を始めると忽ち集中して、とことん素材と付き合うように既に習慣づけられています。たかが1時間されど1時間で、たった1時間の中でも全てを忘れて打ち込むことができるようになりました。集中力も6時間くらいは休みなしで保つことができます。疲労が増して手際が悪くなると作業をやめるようにしています。その間は自分を省みないので、制作を終えると、疲れて動けなくなることも屡あります。今日は母の引越しと制作に追われた一日でした。明日から新職場での3週間目の公務が始まります。気を取り直して頑張ります。
週末 おっちょこちょいの一日
2014年 4月 12日 土曜日
自分のちょっとした忘れ物が目立った一日でした。家内を演奏会場に自家用車で送って、自宅に戻って来た時、自宅の鍵を家の中に置きっぱなしだったことに気づきました。もう一つの鍵は家内が持っていってしまっていたのです。すぐ家内に連絡しましたが、音合わせや本番演奏が始まっている家内が携帯電話に出ることはありませんでした。自宅に入れず、その鍵束の中に工房の鍵があるため、工房にも行けず、困ってしまいました。ふと思いついたのは実家に3つ目の自宅の鍵があることでした。実家は母が入院中でしたが、実家の鍵は自宅と妹宅にあるので、妹に連絡をしました。妹はすぐ電話に出てくれて、とりあえず妹宅に実家の鍵を借りに行きました。実家を開けて戸棚という戸棚を探し、ようやく自宅の鍵を見つけました。自宅を開けて、忘れた鍵束と対面できました。早速工房に出かけ、ロスした時間を取り戻すべく制作に没頭しましたが、携帯電話が手元にないことに気づきました。工房を離れ、自宅に立ち寄りましたが、携帯はなし。2度目の困り感に襲われました。よくよく考えてみれば、実家で自宅の鍵を見つけたときに、そこに携帯を置いたような気がして、再度実家に行ったら、果たして携帯はそこにありました。やれやれ。どうして忘れっぽくなったのだろうと自分を振り返りました。今日はついていない一日なのか、4月初めから溜まっている疲れのせいか、よくわかりませんが、自分のおっちょこちょいぶりに苦笑してしまいました。制作はノルマを果たせず、明日に持越しです。
4月RECORD「囚われし賤民の出航」
2014年 4月 11日 金曜日
今月のRECORDのテーマを「囚われし賤民の出航」としました。映画の場面にある奴隷船の解放やノアの箱船にも通じるイメージですが、頭の中を過ぎったのは、具体的場面ではなく、人の生き方に関わるものです。賤民とは身分制度があった時代に、身分の低い階級の人々を指しますが、社会を構成する絶対多数の民衆を私はイメージしていて、心の中において囚われた手枷足枷からの解放を考えました。現代は歴史に登場するような制度は存在しませんが、貧富の差は歴然と存在しています。自由を求めて大海原を旅した古代の人々のような世界規模での逼迫した状況こそ考えられませんが、国の制度から脱する人々もいます。そんなイメージをRECORDにしてみたいと思い、今月のテーマを決めました。毎日1点ずつ作り続けていこうと思います。
93歳の恩師からの手紙
2014年 4月 10日 木曜日
私の中学校時代の恩師から手紙をいただきました。恩師は担任で美術科教諭だったので、美術が好きだった私は授業でも丁寧な指導支援をしていただいていました。絵画の授業で、水彩絵の具を思い切り画面に擦りつけて樹木を描いていたら「あなたの絵はゴッホみたい」と評されて、私は有頂天になりました。私にとっては忘れられないエピソードですが、そんな93歳になる恩師がまだ健在で、どうやら介護住宅で暮らしていることがわかり、恩師が健やかに過ごされていることを思い浮かべ、大変嬉しく思いました。ゴッホに触発されたのは版画家棟方志功と同じで、そこから芸術家一直線といきたいところでしたが、私は紆余曲折して、高校時代に建築家から工業デザイナー、そして彫刻家と志望が変わり、現在にいたっています。しかも彫刻家では生計が立てられず、ずっと二足の草鞋生活ですが、私のもうひとつの職業の異動に伴う新聞発表があって、それが恩師の目にとまったのでした。私自身も定年を意識する年齢になりました。恩師の年齢まで自分は創作活動ができるのでしょうか。美術に長く関わっていたいと感じさせる恩師からの貴重な手紙でした。
「ツァラトストラかく語りき」永劫回帰の箇所
2014年 4月 9日 水曜日
先に解説書を読んで、永劫(永遠)回帰がどんなものかを予め把握した上で、本著である「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)の中から、永劫(永遠)回帰が述べられている箇所を見つけ出しました。詩的な表現から理論を読み取る難解さがあって、次の文面が永劫(永遠)回帰のことを述べたものかどうかは、本著にある解説から判断しました。ニーチェの文面からの引用です。「世界は神々の自己よりの永遠の飛翔であり、しかも自己への探索であり、神々の幸ある自己矛盾であり、また、神々がふたたび自己を聴き・ふたたび自己に属するものである、と思われた。かくて、世界は釈き放たれ、奔放に舞いながら、おのれの本然に翔り還る、と思われた。~略~一切の時間は瞬間に対する幸ある哄笑と思われた。」この文面に対する訳者竹山道雄による解説が次の文面です。「世界は生命力が自己をさまざまな形に示現しながら、ふたたび自己へ還りきたるものである。存在・精神は無限に変化し転形し矛盾しながら、ふたたび同一の形にかえって永遠に回帰する。すべての瞬間は永劫に回帰するから、瞬間を瞬間として考えるは、おろかしい事である。」
ニーチェ流生きることへの肯定
2014年 4月 8日 火曜日
「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)の平易な解説書は既に読んでいますが、注目したい箇所があるので引用します。「そもそも、なぜルサンチマンは『よくない』のでしょうか?ルサンチマンとは『無力感から生まれる復讐心』のことですが、~略~まず第一に、それは『自分が人生の主人公であるという感覚』を失わせる。~略~さらにもう一つ、『みずから悦びを求めて汲み取ろうとする力』を失わせる。~略~ニーチェはほんとうに苦しい目に遭ってきた人なので、この問題をすごく自覚的に捉えていたと思います。ルサンチマンの自覚を深めていくと、『自分はちょっとだめになっていた。前向きのパワーを失って不平がましくなっていた。ルサンチマンに負けていた』と気づく。」そこで能動的に生きるためにはどうしたらいいのかを考えていくことになりますが、こんな文面もあります。「たしかにニーチェは『しかたなく、ではなく欲するにせよ。』と説いていました。しかしすぐにはこの状況を受け入れられないのであれば、呪って叫ぶしかないし、そのほうがむしろよい。自分のルサンチマンをごまかしたり押さえつけたりするくらいなら、自分がこれを受け入れられないことをハッキリと認めよ。そして、叫べ、呪え、というのです。」「ツァラトゥストラ」(西研著 NHK出版)つまりこれが生きることへの肯定、または永劫(永遠)回帰の真髄と捉えてもよいと思います。
26年度最初のイベント
2014年 4月 7日 月曜日
新しい職場での最初のイベントがありました。自分にしてみれば今までの立場とは違い、挨拶を述べる場面が多く、推敲を重ねた文面を坦々と読み上げていましたが、やはり気疲れを覚えました。しっかり出来て当たり前、失敗は許されない状況の中で、濃密で緊張感溢れる時間を過ごしました。毎日少しずつ職場にも立場にも慣れていきます。明日もイベントがあります。これを乗り切れば、さらに職場に慣れるでしょう。ひとつのイベントを作り上げるため、職員の連携が欠かせません。本来は専門家集団である職員は一緒に仕事をする機会は少ないのですが、全員が組織的対応を身につけていて、自ら進んで動いてくれます。今の職場に限ったことではありませんが、横浜市は素晴らしい人材を登用していると言えます。今日のイベントから26年度がスタートしました。職場の責任者として、周囲の動きをしっかり見守っていきたいと思います。
週末 母の入院と制作への集中
2014年 4月 6日 日曜日
今朝、妹より連絡がありました。何度電話しても母が出ないという内容でした。妹夫妻に実家に行ってもらったら、ベッドから母が動けないでいるというものでした。すぐ救急車を手配するように頼み、私も駆けつけました。母の意識はありました。ひょっとして大腿骨の骨折かと疑いましたが、病院に搬送されてレントゲンを撮ったところ骨折ではありませんでした。加齢による腰痛で、検査のために一週間の入院になりました。入院手続きで午前中の時間を費やしましたが、母が大事に至らなくて良かったと思いました。午後は工房に行って制作三昧になりました。遅れがちの制作で、焦りがピークになり、そのため集中力が増し、5時間で7点の彫り込み加飾を終わらせました。この5時間は5分にも感じました。周囲で音がすると感じたのは突然の豪雨でした。それ以外は陶土しか見えず、制作を進行する気持ちが全てに打ち克っていました。昼食をとることも忘れました。7点目が終わったときに漸く周囲が見えてきました。神経が尖っていて身体の負担を感じさせず、覚醒している眼は疲れ知らずでした。その振り戻しがすぐに心身にやってくるかなぁと思いましたが、何んとも言い知れない快さに浸っていました。創作活動の醍醐味とはこんな瞬間なのでしょうか。昨日の美術館巡りと今日の集中した制作で、完全に心身はリセットされました。自分にとって気分転換の薬は、鑑賞と実技、これに尽きます。明日から仕事を頑張ろうと思います。
週末 気分転換の必要性
2014年 4月 5日 土曜日
転勤して初めての週末です。朝7時に工房に行き、成形した陶彫部品に水を打ってきました。今日は気分転換の必要性を感じました。夜寝ている間に汗をかき、職場の人事のことが頭から離れなかったのです。新しい職場にも油絵を描きながら仕事をしている職員がいて、私と同じ二束の草鞋生活をしています。今日はその職員が出品している「モダンアート展」を見に東京上野の東京都立美術館に家内と行って来ました。彼の作品は第4室にありました。箔を貼った渋い背景に青の稲妻上のカタチが踊っていました。箔は錆びた金属壁のようで、旧態依然とした概念を突き破るように青色が唐突に登場した印象です。背景だけならば、しっとりした落ち着いた雰囲気になるでしょう。その中央に強烈な色彩をぶっつけた意図は何でしょうか。作者は茫漠とした現状を壊したい欲求があり、そこに槍を衝き立てたいのかもしれません。心情が見え隠れする非具象絵画だと思いました。次に東京六本木に足をのばし、国立新美術館で開催中の「イメージの力」展に行きました。これは民族博物館の所蔵する各国の仮面や衣装等が展示してあって見応えがありました。詳しい感想は後日にまわします。午後は介護施設に入る母の買い物をしてきました。施設の部屋には家具やベッドがついているのですが、寝具やテレビ等を買ってきました。帰りは夜になりましたが、気分転換にはちょうど良かったと思いました。明日は制作一本でいきます。
新しい職場での出発会
2014年 4月 4日 金曜日
私が今月から勤務している職場は、男女比率や年齢バランスのとれた大変居心地の良い職場であることがわかってきました。職員同士の仲も良いので、私の提案を職場の宴会幹事が快く受けてくれて、今日の勤務時間後に懇親会をもつことに急遽決めました。急にも関わらず8割近い職員が参加してくれました。出発会で感じたことは仕事に対して意欲的な職員が多いことでした。これは管理職としてはとても嬉しいことで、ともあれ安心をしました。この集団のためにあらん限りの力を尽くそうと決めました。自分が赴任したとき、どんな職員集団なのかが一番気にかかります。意欲の薄い自分勝手な人がいると、どのように対応するかを考えて、私は窮地に追い込まれることになってしまいかねません。一緒に仕事をする以上、気持ちよくやりたいものです。そういう意味で今回の出発式で、職員たちと懇親を深められたのは良かったと思っています。
「ツァラトゥストラ 」解説書の読後感
2014年 4月 3日 木曜日
「ツァラトゥストラ」(西研著 NHK出版)はとっくに読み終わっていました。購入して2日間で読んでしまいました。「ツァラトゥストラかく語りき」の平易な解説書ですが、読んでおいて本当に良かったと思っています。哲学者ニーチェが何を伝えたかったのか、現代日本の中でニーチェをどのように読み解くかが解り易く書かれていて、自分がニーチェに何となく惹かれる理由がここにあったとしっかり自覚できました。本文の中で永劫(永遠)回帰をこんなふうに取り上げています。「ニーチェはのちに残した断片の中で、『永遠回帰の思想はニヒリズムを徹底する』という意味のことを記しています。私たちはふだん、どんな悪いことがあっても未来にはそれを克服できると考えています。しかし永遠回帰は『過去の最悪のことすべてがそのまま蘇ってくる。だからおまえは過去を否定することなどできない』と突きつけてくる。これは最悪のニヒリズム、つまり『何をやったって無駄だ』という思いを引き起こしかねない。そんな永遠回帰の思想を受け入れることなど、はたしてできるのでしょうか?~略~それは『人生のなかで一度でもほんとうに素晴らしいことがあって、心から生きていてよかったと思えるならば、もろもろの苦悩も引き連れてこの人生を何度でも繰り返すことを欲しうるだろう』というものです。~略~ちなみにジンメルは、『何か行為するさいに、それを永遠に繰り返してもよいかどうか、そのつど自分に問え』という仕方で、永遠回帰を捉えました。」本書の解説によれば、これが永劫(永遠)回帰の思想で、その解り易さに感心しました。本書は既に読み終えましたが、文中に気になる箇所も多く、現代に置き換えて提言しているので、それは後日NOTE(ブログ)に書いていきたいと思います。
11‘RECORD9月とLandscapeアップ
2014年 4月 2日 水曜日
ホームページに作品を掲載しました。アップした2011年RECORD9月分は、毎日1点ずつ作っている葉書大の小さな平面作品のことで、今を遡る約2年前の作品です。この頃は三角形を土台にデザインを加え、建築のようでいて、また文様のような世界に浸っていました。自分の構築的で図式的な雰囲気のよく出た作品だと自負しています。RECORDはカメラマンによって撮影され、ホームページにアップするので時間がかかります。おまけに自分が拙いコトバを入れるので、さらに時間がかかるのです。次の作品も追々アップしていきたいと思います。Landscapeは風景と訳しますが、ホームページの中で、野外撮影してしているページです。カメラマンにお願いして、作品のイメージに良く合う場所を見つけ出して撮影をしています。今回アップした作品は「陶紋」の直方体が数個並んだ作品で、砂丘で撮影されました。砂で覆い隠された部分は何をイメージして作ったのか、見ている方に想像していただければと思っています。なお、自分のホームページには左上にある本サイトのアドレスをクリックしていただければ入れます。ご高覧いただければ幸いです。
4月 新しい職場へ…
2014年 4月 1日 火曜日
4月になりました。横浜では桜が咲き誇り青空に映えています。私は新しい職場に異動になり、新鮮な気持ちで出勤しました。実は新しい職場のことが気にかかり、早朝5時には目が覚めていました。どんな人たちと出会うのだろうか、役職が変わった自分はこれからどんな課題に向き合うのだろうか、いろいろなことが頭を過ぎり、眠れなくなってしまいました。一日はあっという間に過ぎました。雇用する人たちと面接を行い、新体制を整えました。まだ不十分なところがあって、やり繰りが大変になりそうです。人事面での課題は続きますが、施設がきちんと整理整頓されていたことが嬉しく思えました。この職場で頑張っていこうと決めました。職場には元気な人が多そうで活気も感じました。
横浜市辞令交付式
2014年 3月 31日 月曜日
今日は現在の職場での最後の一日となりました。公務員管理職として今まで2回職場が変わり、5年間勤めてきましたが、明日から管理職としてのステージが上がります。いわば職場での最高責任者となるわけで、その責任の重さを感じています。腹を括るとはこういうことを言うのでしょうか。自分の判断ひとつで大きく職場が動いていくわけで、それによる影響は計り知れないものがあります。襟を正すとともに今まで培ったものをフルに使って、職場の経営に携わりたいと思います。今日の午後は辞令交付式がありました。退職される先輩達の功績を讃えつつ、自分が先輩達の座席に座ることの意味を考えていました。自分がステージ上で辞令を受け取った時、身体に芯が通ったように感じました。こうしたセレモニーは自覚を促すためにも必要だと思いました。大手新聞の神奈川版に写真つきで異動情報が掲載されていました。自分のお世辞にも褒められない顔もありました。今日は現在の職場で遅くまで残務整理をやって帰宅しました。横浜駅に近い現在の職場は、自分としては好きな職場でした。明日から郊外の職場に通うことになります。
週末 母の介護施設契約
2014年 3月 30日 日曜日
今日は工房での制作は出来ないかなぁと思っていました。職場関係の打ち合わせが入り、休日返上で3時間会議を行いました。休日にやらなければならない理由があったのですが、今の時点で理由は公表できません。それを済ませた後、一旦自宅に戻り、母を連れて介護施設に行きました。先日見学した近隣の介護施設の条件が合って、母はそこに入所することに決めたのです。その契約を今日やりました。当初母は家内に介護施設に入らないと言っていたそうですが、家内が上手に説得して今日を迎えました。母は引越しをしたことがありません。当時農家だった相原の家に嫁に来て以来、ずっと相原の家を守ってきました。あの頃の相原の家には牛や鶏が飼われていたり、アヒルや犬や猫がいました。稲穂が実る季節には庭先で脱穀をやっていました。祖父が宮大工だったため木材置き場もありました。母は東京蒲田の都会から嫁に来て、農家の環境に苦労して適応し、さらに何十年も馴染んできたのですから、介護施設のような集合住宅に拒否反応を示したのは当然と言えば当然だったのです。当面は実家と介護施設を行き来する生活をすることによって、少しずつ介護施設に馴染むようにしました。88歳の母にずっと健康でいて欲しいと願うばかりです。
週末 素材との対話
2014年 3月 29日 土曜日
職場の残務整理のことが頭を過ぎりつつ、今日は朝7時から夜7時まで工房に篭りました。明日は別の用事があって制作三昧とはいかないのです。「発掘~層塔~」の残り陶彫部品が10個となっています。今日はそのうち7個の成形を終わらせました。彫り込み加飾には至らなかったのですが、今日のところは限界です。焦りがあるせいか、余計な雑念が頭から消えて、何かに追い立てられるように身体が動き、休まず作業を続けました。以前からその境地に達していますが、今日も作品しか見えていない状況で、時間も空間も消え失せていました。今日の作業を終えて、創作とは何だろうと改めて自分に問いかけてみました。確かなことは快い悦びがあることです。苦行の果てに悦びがやってくるという短絡的なものではありません。制作の苦しさは気持ちに超えられない壁がある時に感じるもので、今日のような状況は苦しささえ感じないのです。自分の眼前には自分が何かを仕掛け、仕掛けられることによって何かになろうとしている陶土があるというもので、これを素材との対話と言うのでしょうか。素材を丸ごと受け入れている感じが付き纏い、自分の感覚と素材が一体化していると自覚しています。素材を力ずくで捻じ伏せていた若い頃の感覚とも違い、これは本当に気持ちの良いものです。今日は密度の濃い時間を過ごせたのではないかと思っています。
残務整理の日
2014年 3月 28日 金曜日
年度末の残務整理で時間が足りません。保存期間が過ぎた書類が多く、シュレッダーが悲鳴を上げています。おまけに私用で旭区役所に出かけたり、日ごろお世話になっている人に挨拶に出かけたりして、机上は一向に片付きません。週末は制作が佳境を迎えているので、掃除をやりに職場に出勤するなんて考えられないし、どうしたものか困っています。普段からきちんと整理をすればいいのに、次から次へと仕事が舞い込んできて、結局まとめて整理をすることになってしまいました。計画的に仕事の後片付けをしようと常日頃から職員に言っている自分が恥ずかしくなります。残務整理に意欲がもてる人がいるのでしょうか。整理をしていると、自分が膨大な範囲の仕事を抱えていることがわかってきて、つい自画自賛してしまいます。明日は工房に行って、制作に明け暮れる予定ですが、それはそれで厳しい状況になることがわかっています。ただし、意欲は人一倍湧き出てくると思っています。
ルサンチマンに囚われていたニーチェ
2014年 3月 27日 木曜日
自分の読書癖を反省すると、何の予備知識もなく無謀にもいきなり難解なホンモノに挑んでしまうことがあって、それで挫折することが多くありました。「ツァラトゥストラ」(西研著 NHK出版)という解説書には、ニーチェ理解に必要な知識が分かり易く書かれていて、ニーチェを身近に感じることが出来ます。そのひとつが「ルサンチマン」というコトバの解説です。「たとえば私たちは『なぜこんな親のもとに生まれたのか』と親をうらむこともありますし、『なぜ俺はあのときあんなことをしたのか、バカだった』と自分をうらむこともあります。そして『もし~だったらなあ』という『たら・れば』もー復讐心とはやや感覚は違いますがーやはり一種のルサンチマンといってもいいでしょう。これらのルサンチマンの根っこにあるのは、自分の苦しみをどうすることもできない無力感です。そして絶対認めたくないけれども、どうすることもできないという怒りと歯ぎしり。そこで、この無力からする怒りを何かにぶつけることで紛らわそうとする心の動きが起こる。これがルサンチマンです。」ニーチェも人生遍歴からして、このルサンチマンに囚われていたと本書で述べられています。ニーチェが唱えた神の存在否定も同じ根拠によっています。キリスト教が誕生した当時は、ローマ支配下で苦しんでいたユダヤ人たちが「神」を用いることで「観念」として、ローマ人に対し強者になろうとした経緯があり、そこにルサンチマン(うらみ、ねたみ)があったとニーチェは考えていました。そうしたニーチェに対する解説を得て、自分はニーチェに近づけたと思ってます。