ホームページに2015年RECORD10月分~12月分をアップしました。先日、2015年10月から2016年の9月までの1年間分のRECORDの撮影をしたので、今後は次々にアップをしていきます。昨年の月々のテーマは漢字一文字で表していました。10月は「遮」、11月は「獣」、12月は「剥」でした。10月のテーマでは、なかなか思うように直進できない自分の心情を表現していて、壁に押しつける手や格子に遮られた自画像を描いていました。11月のテーマは今年の干支である猿や飼い猫のトラ吉を描きました。猿は年賀状に使用しようと思って作りました。11月のコトバでは、鬱蒼とした密林の芳醇な酸素を吸い込んでいる獣をイメージしました。12月のテーマは剥がれるイメージで制作しましたが、完成作品を見返してみるとモノが剥がれているようには見えず、画面を構成的に作り上げることに専念してしまった嫌いがあります。12月のコトバでは、身包み剥がされて粉骨してしまう自分を描いていて、新年度の人事面で切ない気分に浸っていた昨年末を思い出しました。たいした原因はなくても気分の反映がRECORDやコトバに表されていることがよくあります。日々坦々と作っているRECORDなのに、あの時はこうだった、この時はあんなことを思っていたと記憶を辿ることが出来るからです。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
三連休③ 美術館巡り&ビール祭り
2016年 10月 10日 月曜日
三連休の最終日になりました。今日は工房へは行かず、家内と東京と横浜の美術館を巡ることにしました。師匠の池田宗弘先生は自由美術協会の会員で、例年この時期に先生から招待状が届きます。そこで今日が自由美術展の最終日であるため、会場である東京六本木の国立新美術館に行くことにしたのでした。ちょうど同美術館で大きな企画展である「ダリ展」が始まっています。これも併せて見て来ようと思いました。朝10時過ぎに「ダリ展」会場に到着しましたが、待ち時間が10分と言われました。国立新美術館で待ち時間があったのは初めてではないかと思いました。会場内も混雑していましたが、作品はしっかり鑑賞することが出来ました。サルバドール・ダリはスペインが生んだ20世紀を代表する巨匠です。ダリ、ピカソ、ミロ、それに建築のガウディを加えるとスペイン人が現代美術に残した痕跡は大変なものがあります。その中でもダリは超現実主義の芸術家として独特な存在を示しています。ダリの世界観は鑑賞する側の好き嫌いが激しいのではないかと想像していましたが、来日している作品の数々を見ていると、好き嫌いを超えた圧倒的な表現力があって、改めて感動を覚えました。詳しい感想は後日にします。次に自由美術展に入りました。池田先生の真鍮直付けの彫刻作品はすぐ見つけることが出来ました。「今回は悪魔を作っている。」と先生が話していた通り、修道士と悪魔が対峙している場面を作っていました。この作品の感想も後日にしたいと思います。次に向かったのは横浜のそごう美術館でした。今日まで開催していた「エッシャー展」を見たかったので、東京から横浜に戻ってきたのでした。オランダ人版画家M・Cエッシャーは、旧知の作品が多いため、展覧会に行くべきかどうか迷っていたのですが、有名な騙し絵的な作品の他にもさまざまなデッサンや版画がある中で、エッシャーの人柄がわかる初期の作品等があって、見て良かったと思いました。これも感想は改めたいと思います。最後に赤レンガ倉庫で開催しているオクトーバーフェストに行きました。20代の頃、私はドイツ語圏の国にいたので、当時を懐かしんでオクトーバーフェスト(ビール祭り)に行ったのでした。屋根のある大広間ではビールを片手に歌い踊る人たちがいて、本国に近い状況を目の当たりにしました。家内はビールが美味しいと何度も言っていました。ソーセージや酢漬けのキャベツを食べると、昔のことが甦りました。当時はドイツ(西独)のミュンヘンで、将来への不安と海外の居心地悪さに対抗すべくビールを呷っていました。若気の至りもあったなぁと思い返していました。
三連休② 制作&風景彫刻鑑賞
2016年 10月 9日 日曜日
三連休の2日目です。朝から工房で制作三昧でした。今日は久しぶりに中国籍の若いスタッフが来ていました。彼女は栃木県のグループ展に参加するというので、新作を作っていました。私は相変わらず陶彫制作に勤しんでいました。テーブルの上に展開する風景彫刻の一部になる陶彫部品2点と柱陶4点を作っていました。彫り込み加飾や仕上げは、来週のウィークディの夜の時間帯になりそうで、またまた厳しい制作日程が待ち受けています。今日の午後2時過ぎに中国籍のスタッフと美術館に行くことにしました。工房から自家用車で向かった先は、横須賀にあるカスヤの森現代美術館でした。横浜横須賀道路を使ったので40分ほどで到着しました。同美術館の企画「山本正道 シモン・パシエカ~寓話との出会い~」展を、どうしても見たくて出かけたのでした。彫刻家山本正道氏は日本を代表する彫刻家の一人で、風景彫刻という独自の分野を確立した人です。私は山本氏が発表する機会があれば必ず見にいっています。イタリアの牧歌的な風景を、ブロンズや石を素材にして表現した世界は、極度に象徴化されていて、具象のもつ説明的要素を排除しているように思えます。静かに時間が流れる広漠たる風景、自分もこの山本ワールドに魅了され続けている一人です。画家パシエカ氏の世界は、どこかで見たような具象的風景の中に、時間が止まっている錯覚を齎せます。これは山本氏と同じ過去から現在に続く歴史の封じ込めが、作品世界に漂っていると私には感じられました。昨日このNOTE(ブログ)に記した風景彫刻についての解釈が、今日見た展覧会にあるのではないかと思ったのでした。山本ワールドは私が現在制作しているテーブル彫刻に良い刺激を与えてくれました。私は現行の作品に意欲的になれました。カスヤの森現代美術館を後にして、若いスタッフを送りながら自宅に帰ってきました。いつもなら疲労でソファに倒れてしまうのに、究極の風景彫刻に触れて気分が良くなりました。これからも頑張ろうと思います。
三連休① 風景彫刻について
2016年 10月 8日 土曜日
三連休の初日です。今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。私の職場から2人の職員がデッサンをやりに工房に来ていました。いつも来ている大学院生もいて、今日の工房は賑やかでした。私はテーブル彫刻の上面に展開する陶彫部品を作っていました。これは風景を雛型化・造形化するもので、大きな括りで言えば、真鍮直付けで聖人や猫を作っている池田宗弘先生も同じ風景彫刻をやっていると考えられます。風景彫刻にはカタチの象徴化もあります。遠近法は無視される場合が多く、作り手の心象がサイズを左右します。私の場合は陶彫の個体を点在させますが、個体は抽象形態のため、表現された個々のモノに説明はありません。鑑賞者の想像に任せているのです。陶彫に刻んだ文様が古代の出土品をイメージさせると批評をいただくこともあります。これは彫り込み加飾を施して痕跡を作っているのです。最小の個体で最大の空間を手に入れるために風景彫刻という表現を利用しているわけです。ジオラマを作っているような感覚もあって、全体を俯瞰できる作品は、作っている時が楽しくて仕方ありません。時間があっという間に過ぎていきます。ただし、これが彫刻であることを忘れてはいけないと自分を戒めています。あくまでも形態以外のところに遊び要素を盛り込んでは駄目だと思っています。今日は雨が降ったり止んだりする不安定な天候でしたが、暫し作業に夢中になる瞬間があり、外の状況が眼に入らなくなりました。明日も続行です。
年度の折り返し地点
2016年 10月 7日 金曜日
職場は4月初めから翌年の3月末までのサイクルで動いています。つまり年度で仕事の切り替えを行います。今日は年度のちょうど折り返し地点になり、上半期が終了したことになります。職場では特別に何か儀式があるわけではなく、簡単な上半期の振り返りを行う程度です。会計も一度上半期で締めて鑑査を行いました。私は仕事としてケジメがあった方が良いと思っていて、管理職として職場全員に一言ケジメの挨拶を申し上げることにしました。そんなこともあって今日はネクタイをしてスーツで出勤しました。時期的にはまだクールビズですが、TPOに応じて襟を正すことを若い職員に教えようと思った次第です。一方創作活動はそんなケジメとは関係なく、毎晩工房に通って制作をしています。人に自分がどう見られているかは昼間の仕事では結構重要ですが、個人的な作業はそんなことに関係ありません。創作は内容での勝負しかありません。外見も仕事のひとつと考える職場と、中身しか問題にしない工房での仕事、その2つの仕事を行ったり来たりしながら、自分はバランスを取っているのではないかとと思うときがあります。年度の折り返し地点で、改めて自分の二面性のある仕事について考えを巡らせました。どちらが本当の自分なのか、ではなくどちらも本当の自分なのです。
文系人間の居場所
2016年 10月 6日 木曜日
今朝、職場にあった日本経済新聞の小さな記事に目が留まりました。「国立大に文系は要らないー。文部科学省が昨年、こう読み取れる通知を出したときに怒ったのは文系の先生たちばかりではなかった。日本学術会議のメンバーをはじめ、むしろ理系の学者、研究者のなかから不用意な通知への異論反論がたくさん上がったものである。『すぐに役立つ学問』を重視する傾向に、理系の人々も疑念を抱いているからこその反応だったろう。とりわけ、地道な基礎研究にたずさわる研究者は『文系つぶし』を他人ごとではないと身構えたという。今年のノーベル生理学・医学賞が贈られることになった大隈良典さんの言葉にも、そうした危機感は色濃くにじむ。~略~なにも賞だけの話ではない。幅広い教養を軽んじ、すぐに目に見える成果のみを求める社会はどうしたって薄っぺらだ。おもしろいヤツの、居場所がない。」この蓮っ葉な言い回しの記事に私も共感を覚えます。成果主義は分かり易い反面、馴染まない分野も理系・文系双方にあります。毎年ノーベル賞を取得している日本人研究者は、すぐに結果のでない地道な研究を重ねている方が多くいられるように思えます。文系の学問をやっていられる方々、芸術分野も同様ですが、文化の振り幅が大きいほど豊かな実りがあるのではないかと私は思うのです。ノーベル賞の時期になると隣国の焦りがネットに掲載されますが、今回特化したものは理系でも、そこには文系やら芸術系やらの厚みのある文化が形成されていて、その中であちらこちらを向いて面白みを感じる人が大勢いるのが文化国家であろうと私は思います。「あの人、何しているの?でもその世界では凄い人みたい。」と囁かれる重層文化社会、そこにノーベル賞が降ってくる、そんなものかなぁと文系人間の居場所を探っている自分は考えました。おもしろいヤツになりたがっているのは決して自分だけではないでしょう。
「柱陶」夜の制作開始
2016年 10月 5日 水曜日
テーブル彫刻の木材の柱を覆う陶彫を「柱陶」と名づけました。柱陶は主にウィークディの夜に工房に出かけて制作をしようと思っています。昼間は仕事があるため、夜の制作は1時間から2時間くらいと決めていて、秋や春のような比較的気候のいい時期を選んでいます。2年前は真冬に「発掘~丘陵~」を制作していて、寒さで凍えそうでした。この時の経験から、夜の制作は季節を選ぼうと思ったのでした。10月になり朝晩涼しくなってきたので、予定していた通り仕事から帰って工房に出かけました。今まで何度も夜の制作をしてきて夜の雰囲気には慣れていたはずが、やはり蛍光灯に照らされた工房の空間は独特なものがあって、魔物が棲んでいるように思えてなりません。陶土に触れてしまうと、あっという間に創作の世界に引き込まれて、周囲の状況は見えなくなります。創作活動は不思議なパワーを秘めているなぁとつくづく感じます。夜の照明のほうが落ち着く作家もいるでしょう。作品に集中できる環境があるため、緻密な作業は進むのです。ただし、私の場合は長く集中力が保てないのです。昼間の仕事の神経疲れがあるのかもしれません。今晩は1時間程度で切り上げることにしました。公務員管理職と彫刻家、この2重の生活がバランスよくまわれば、たとえ1時間の制作時間であろうとも一日の充実感は味わえます。彫刻の制作工程を考えていると胸中穏やかではなくなるので、とりあえず足元を見るだけにして一日の心の充足を得ています。今はそれで充分と考えるようにしました。また明日も充実感を味わおうと思っています。制作のツケは週末に何とか解消できればと思います。
10月RECORDは「さからう」
2016年 10月 4日 火曜日
今月のRECORDのテーマを「さからう」に決めました。今年はひらがな4文字による年間テーマを設定して、日々RECORDを作っています。1ヶ月のテーマを決める際は、その時の心情もありますが、視覚表現がやりやすいテーマを選びます。下書きを突き詰めていくとテーマから離れてしまうこともあります。テーマによって表現の抑制がなされると退屈な作品になる可能性があるので、テーマから外れても可としています。逆に予めテーマがあった方がイメージしやすい場合もあります。今月のテーマである「さからう」は比較的やりやすいのではないかと判断しました。思春期で何事にも逆らいたい反抗期真っ直中の若者や、旧態依然とした集団の体質にメスを入れた某知事が、課題の解明に乗り出したことが、結果的に決定された既成内容に反旗を翻すことになったりして、世間では是正や改革に痛みを伴う「さからう」ことが見受けられます。そういう意味でも「さからう」は狭義・広義ともに面白いテーマではないかと自負しています。RECORDは厳しい日常の条件の中で制作をしていますが、今月も頑張りたいと思います。
10月の制作目標
2016年 10月 3日 月曜日
10月になり、新作の制作に弾みをつけようと思っています。秋が深まって作業がやりやすい季節になりました。今月はテーブル彫刻の天板に柱を立てる作業をやりたいと思っています。天板に穴をあけて柱に接合するのですが、背の低いテーブルは何とかなります。背の高いテーブルは柱が2m50㎝もあるので、柱4本を立てるだけでも工夫が必要です。幸い若いスタッフの協力が得られそうなので、今月中にテーブルのカタチにしていこうと思っています。勿論接合したまま固定してしまうと、工房が狭くなるので分解可能にしておく必要があります。陶彫制作では背の高いテーブルの下に吊り下がる陶彫部品の成形に入りたいと考えています。おそらくウィークディの夜は柱を覆う陶彫部品の制作に入っていくのではないかと思いますが、昼間の仕事との兼ね合いがあって微妙です。RECORDは当然継続ですが、陶彫夜間制作とどうやって折り合いをつけていくのか、ここも微妙です。鑑賞も東京で大きな企画展があるので、ぜひ見に行きたいと思っています。読書は2ヶ月間空白の期間があったので、今月こそは再開しなければなりません。こうして予定を羅列していくと、今月はゆっくり出来る時間がなく、身体を気遣いながら過ごしていこうと思っています。職場では再任用管理職で、退職前と何か変わったことがあるわけではなく責任もそのままです。給与が振り込まれると、ちょっとガッカリします。ただ、自分で選んだことなので文句の言いようがありません。つまらないことを書きましたが、今月も頑張ります。
週末 陶彫によるテーブルの脚
2016年 10月 2日 日曜日
週末は専ら制作に時間を費やしています。今日も工房に篭りました。久しぶりに若いスタッフも来て、大学院の修了制作に取り組んでいました。私は新作のテーブル彫刻の陶彫部品を作っていました。テーブルは木材を使って構造を作ります。天板を支えるのは木材による柱ですが、その柱を陶彫部品が覆います。一見全て陶彫で出来た柱に見えると思いますが、強度の関係で心棒は木材にすることにしたのです。今日は柱を包む陶彫部品を作っていました。背の高いテーブルは8本の柱があります。背の低いテーブルは16本の柱が必要です。まず背の低いテーブルに接合する16本の柱を包む陶彫部品を作り始めました。木材の柱は四角柱なので、4面の陶彫部品が必要になり、16本全てでは64個の陶彫部品を作らねばなりません。一日作ってどのくらいの陶彫部品が出来るのか、今日試してみることにしました。それによって早くもエンジン全開にしてウィークディの夜に工房に通わなければならなくなるからです。丸一日制作して8個の陶彫部品が出来ました。このペースであれば8日間で完成します。ウィークディの夜に8個は出来ないので、その4倍かかるとして32日で完成する予定になります。背の低いテーブル彫刻の柱は10月と11月で何とかなるかなぁと試算しました。背の高いテーブル彫刻の陶彫部品も柱が長い分だけ同じくらい時間がかかるだろうと思います。これは12月と1月かなぁと思っていますが、そんなに上手くいくでしょうか。実はウィークディの夜というのが曲者で、昼間の仕事がスムーズなら、これも可能ですが、職場はそんなに甘いものではありません。昼間の仕事だけで力尽きてヘトヘトになり、どうしても気持ちが乗らない夜もあるでしょう。加えて毎日やっているRECORDやNOTE(ブログ)もあります。制作工程を考えると今回もなかなか大変です。勾配のきつい上り坂を登っていくような按配ですが、乗越えていくしかありません。昨日撮影に来たカメラマンが、隣で陶彫制作をやっている私を見て、「短時間で作品が出来るんだね。迷いがないし。」と言っていました。迷っている暇がないんです。心の緊張を最大限にすれば自ずと迷いは消えます。改めて私の週末の過ごし方は、創作活動で精神的に追い詰めているなぁと思った次第です。
週末 RECORDの撮影日
2016年 10月 1日 土曜日
10月になりました。今月の目標は後日書かせていただきます。今日は週末で朝から工房で制作をしていました。午前10時頃、懇意にしているカメラマン2人がやってきて、1年間のRECORDの撮影をしていきました。昨年の10月分から昨日の9月30日までの365点。カメラのアングルを合わせて、照明を調整して2人がかりの撮影が始まりました。1年間、仕事帰りに自宅の食卓で作ってきたRECORD。かなりの比率で深夜になることもあり、翌日の仕事を心配しました。昼間の仕事で神経をすり減らしてしまい、どうしても筆が進まない夜もありました。年度末に新年度人事をやっている時は、RECORDどころではない日もありました。あれやこれや作品を振り返っていると、制作当時のことが頭を過ぎります。毎晩欠かさずRECORDを制作していることは、改めて凄いことだなぁと思い、自分で自分を褒めてもいいのではないかと感じました。具象から抽象まで幅広く表現しているRECORDですが、かれこれ始めて10年になろうとしているので、自分のスタイルが表れています。得意な表現があることも確かです。敢えて苦手な表現に挑戦して、駄作続きになっていた時期があるのも確かです。下書き、彩色、ペン入れ、さらに効果を狙った絵の具による技法という定番があって、それを崩せないのも確かで、1年間を通して実験的な作品が少ないなぁと思います。自分は生真面目な性格のため、その日その日をきちんと制作し、ゴールを定めてしまっていると思っています。時間がないことを言い訳に、失敗を恐れているのです。RECORDを眺めていると自分が浮き彫りになることがあって、頑張る自分と小心な自分が見えてきます。いろいろな意味でRECORDをやってきた意義は充分あると考えています。これからも継続していきます。今回撮影したRECORDをホームページにアップしたら広報させていただきます。
映画鑑賞が充実した1ヶ月
2016年 9月 30日 金曜日
今日で9月が終わります。9月はどんな1ヶ月だったのか振り返ると、美術展2つ、公募団体展1つ、グループ展1つ、映画4本といった鑑賞が充実した1ヶ月だったと思っています。とりわけ映画はよく観に行きました。「シン・ゴジラ」(邦画)「栄光のランナー」(米国)「あなた、その川を渡らないで」(韓国)「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(仏国)といった制作された国も、内容のバリエーションも豊富な映画を観て大変満足をしています。美術展も「ポンピドゥーセンター展」や「木々との対話」展(都美館)等を見て、空間表現を考えさせられることも多くありました。このところ演劇や音楽会には行っていませんが、映画は勤務後の夜の時間帯に自家用車で行ける手軽さがあり、シニアの割引もあって頻繁に出かけられるのです。20代の頃と60代の現在になって、自分は映画をたくさん観ています。映像表現の醍醐味をこの歳になって再び味わっていますが、自分と同世代か、さらに上の世代の人たちが映画館で目立っています。私と同様に青春時代に映画館に足繁く通っていた世代なのかなぁと思います。今月は久しぶりに美術展にも行きました。これから注目すべき企画展が数多くあります。来月も鑑賞の時間を作りたいと考えています。制作は陶彫成形と板材加工を少しずつ進めました。まだ制作ペースに拍車はかけられませんが、追々ペースアップを図っていきます。RECORDは苦戦しました。一日1点というノルマを課しているものの、毎日下書きは出来ても、仕上げまでを一日で作れない現状があって、今日までの作品を仕上げて辻褄を合わせるのは至難の業でした。ほとんど毎晩深夜まで作業をしていました。読書は遅々として進まず、これが今月では一番犠牲になったものかもしれません。来月はバランスを考えながら、また楽しみながら頑張っていきたいと思います。
RECORDの難しさ
2016年 9月 29日 木曜日
2007年より一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けています。かれこれ10年になろうとしていますが、一日も欠かさず制作をしています。RECORDを始めて数年は、一日で全て完成させていました。最近は下書きを一日で行い、彩色を5日間まとめてやって、最終仕上げを後日にしているのです。つまり、毎晩自宅の食卓でRECORDを制作していますが、鉛筆下書きをやった後、彩色された別の作品にペンや面相筆や色鉛筆で仕上げを施す作業を同時進行で行っている状況になるのです。毎晩やっていると時に苦しい日もあります。一晩サボると翌日が苦しくなってきて、職場の仕事とは違う意味で焦燥感に囚われてしまいます。職場の仕事は県や市などの全体に関わる締め切りがあるので、それを目指して推し進めていきますが、自分で決めた仕事は、どんなに遅くなっても誰にも文句を言われることがありません。それは自分との闘いで、己を厳しく律することが出来るかどうかを自分で試しているわけです。創作活動は社会的なニーズがありません。人から求められることもなく自分の意思だけでやっているのが創作活動です。若い頃に打ち立てた創作への目標を、夢半ばで諦める人が多いのもわからないことではありません。ましてや日毎にゴールを決めているRECORDは難しいなぁとつくづく思います。毎日RECORDをやっているメリットは、創作に対するイメージトレーニングが出来ていて、すぐに手が動いて何かを捉まえようと試行錯誤することに躊躇せず入っていけることです。これは大きいことで、創作に対する敷居が低くなっています。予定では明後日の土曜日にカメラマンがやってきて1年間分のRECORDを撮影してくれます。昨年の10月から今年の9月分までの撮影になるので、9月分まではしっかり完成させなくてはなりません。その後、コトバを添えてホームページにアップするのです。
16’新報の評壇より
2016年 9月 28日 水曜日
ビジョン企画出版社が出している新報の評壇に、7月に開催した私の個展のコメントが掲載されていました。東京銀座のギャラリーせいほうには毎年評論家の瀧悌三氏が来てくれて、短い会話を交わしています。私の作品を大変好意的に受け取っていただき、また的確なアドバイスもあって感謝に耐えません。掲載されたコメントは短くまとめてあるので、全文を書き出します。「陶彫。『発掘シリーズⅧ』。疑似遺跡出土オブジェ。茶錆色が特徴。見ものは大作2点。1つは同じ箱物40点も連ねた円形構造物。迫力ある。もう一つは直線・弧線放射状構図を景観とする正方形物体。線の不揃いが興趣。他に小品少々。」文章が簡潔すぎて文句のつけようがありませんが、他の個展のコメントを読むと、かなり厳しい指摘があって、これは単なるコメントではないと思いました。瀧氏には客観的に批評をしていただいていると認識を新たにしました。作品の輪郭の説明の中に、迫力があると言っていただけたこと、線の不揃いが興趣とあって、その線の崩しに私が神経を注いだことをわかっていただけていることに勇気をいただきました。制作をしていると時々孤立無援なのではないかと私自身後ろ向きになることもありますが、批評を読むと鑑賞者との繋がりを感じて、何とも言えない喜びを感じます。頑張っていれば、いつか報われることを信じたいと思います。
欧米の教育 日本の教育
2016年 9月 27日 火曜日
先日観に行ったフランス映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」の中で、授業に臨む生徒たちが、それぞれ意見を出し合い、議論を深める場面がありました。他の欧米映画でも授業風景を扱ったものは、教師の一方的な教えだけではなく、対話形式の授業をやっています。ディベートも多く取り入れられているのがわかります。これは古代ギリシャやローマから脈々と続く西欧の教育方法で、教育ディベートまたは狭義ディベートと言われているものです。日本は明治時代から欧米に追いつくため、知識偏重教育を行ってきました。それでも明治時代は議論形式の教育がありましたが、戦後にはそれも下火になって、知識のみを伝授する詰め込み教育が主流になりました。日本人の奥ゆかしい体質にはそれが合っていたのかも知れません。最近になってアクティヴ・ラーニングが新しい学習指導要領に大きく取上げられるようになりました。自ら課題を見つけ、自ら解決していく力です。それとともに人の前でプレゼンテーションを行い、そのテーマをもとにグループでディベートを展開する授業方法が脚光を浴びるようになりました。国際化が進む中で、とりわけ表現力が求められていて、自己アピールによって国際社会の中で対等に渡り合う力を学校でも身につけさせようとするものです。ただし、前述した日本人体質の話で言えば、私たちは人との調和や協働が得意です。意見を戦わせることを好まない人も多くいるのではないかと思います。古代ギリシャから侵略の歴史に翻弄された民族と、海に守られた島国で平和に生きてきた私たちでは体質は異なります。逆に私たちは組織の活用が上手ではないかと思うのです。職場で働きながら世界の中での日本の立ち位置を考えて、今後の学校教育はどうなっていくのか、それによってどんな人材が私の職場にやってくるのか、今日はそんなことを思いながら過ごしていました。
映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」雑感
2016年 9月 26日 月曜日
昨日、橫浜のミニシアターに「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」を観に行ってきました。フランス映画でしたが、実話を基にしているそうで、脚本は当時生徒だった男性が書いたものが発端になり、女流監督と協働して作り上げたようです。映画の最初に流れる荒れ放題になった高校1年生のクラスは、生徒が勝手に音楽を聴いたり騒いだりしている厳しい状況で、教師は進級や進路の話題を持ち出しますが、それが生徒の神経を逆なでしてしまい、負の連鎖が広がる結果になっていました。人種差別の問題、宗教の問題、移民その他諸々の問題を孕んでいるフランスの教育現場は、なかなか大変だと思わずにはいられませんでした。そこに赴任してきたベテランの担任教師が提案した課題解決学習。それは誰もが知るナチスの大量虐殺(ホロコースト)に関するものでした。心の荒んだ生徒たちに投げかけられた究極の悲劇。しかも全校コンクールに応募することでゴールが設定されます。恥をかくだけだと劣等意識丸出しの生徒たちに、粘り強く訴える担任教師。自分と同じ歳の子たちに突然襲いかかった悲劇に、次第に引かれていく生徒たち。原題の「受け継ぐ者たちへ」というのは歴史上の負の遺産を受け継ぐと同時に、社会(学級)と連帯することで得られる貴重な自分の体験や知的資産を重ね合わせて、この映画のタイトルにしていると思いました。イスラム教に改宗したばかりの男子生徒が名前を呼ばれるたび、アラブ系の名前を名乗って一歩も譲らない場面がありました。結局彼はコンクールに行かず、クラスの仲間を見送っていました。映画では何気ない場面でしたが、実話らしい事実が伝わりました。今後も移民を受け入れている国家では、さまざまな問題が噴出してくるだろうと思います。教育がどう関わっていくか、難問が山積する中で世界共通語である人権擁護を中心に据えて、真の教育を施していく方策が現在も急がれています。グローバルな世界認識が進めば、日本もいずれこうした課題に向き合うことになるだろうと思っています。
週末 陶彫制作&映画鑑賞
2016年 9月 25日 日曜日
今日も朝から工房に篭りました。昨日の続きをやっていました。背の低いテーブル彫刻の陶彫部品がある程度出来上がってきたところで、早めに工房を閉めました。次の段階は次回にしようと思ったのでした。陶彫制作はまだ焦る場面ではありません。制作工程が毎年締め切り間近になると厳しい状態になることはわかっていますが、年中から年中緊張の糸を張っていると、精神的に参ってしまうのです。制作には緩急が必要です。余裕を作り出して、午後は映画でも観に行こうかと家内を誘いました。今月はこれで映画鑑賞4本目です。たまたま家内の胡弓演奏がなかったので時間がとれました。観に行った映画は、フランス映画の「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」でした。横浜の下町にあるミニシアターには今まで幾度となく足を運んでいます。最近客席のシートが新しくなり、とても快適になりました。映画は実話を基にした内容で、パリ郊外にある高校が舞台でした。フランスは多民族国家で宗教も多様なため、日本の教育に見られない難しさがあると感じました。生徒の荒れる要素が単純ではなくて、貧困や家庭崩壊だけではなく政治的背景もあるように思われました。荒れた状態で学習もままならない生徒たちに、赴任したばかりのベテラン女教師がひとつの提案をします。第二次世界大戦のドイツであったホロコースト、この中で子どもたちと若者をテーマにして、全国コンクールに応募しようというものでした。最初は気乗りしない生徒たちでしたが、この事実がドイツばかりではなくて周辺国でも関わりがあることを知って、生徒たちの雰囲気が変わります。調べ学習を進めていくうちに、悲惨な歴史を乗越えようとする人間の尊厳を目の当たりにする生徒たち、やがて調査内容を「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」に応募して優勝を勝ち得るまでを映画は描いています。詳しい感想は後日にしようと思っていますが、心に残る素晴らしい映画でした。脚本は当時生徒だった男性が書いたそうで、実話らしい箇所が所々にありました。
週末 テーブルの上に広がる世界
2016年 9月 24日 土曜日
週末になって、いつも通りの制作三昧です。このところ週末はよく雨が降ります。今日も工房の開け放した窓から時より雨が入ってきていました。朝から夕方までずっと陶土と格闘していて、充実した時間を過ごしました。新作は何回かNOTE(ブログ)に書いていますが、テーブルの形をした集合彫刻です。2m50cmの背の高いテーブル彫刻を2体、背の低いテーブル彫刻を1体作る予定ですが、現在進めている陶彫部品は専ら背の低いテーブル彫刻に設置するものです。背の高いテーブル彫刻は下から見上げるような作品で、テーブルの下面に陶彫部品を吊り下げるのです。テーブルの上部には何も作りません。背の低いテーブル彫刻はテーブルの上面に陶彫部品を置く予定にしていて、既に3分の2は成形・加飾が終わっています。背の低いテーブル彫刻のテーブルの広さは180センチ×360センチでかなりの面積があります。因みにテーブルの下面には何も作りません。上面にだけパノラマのように広がる世界をイメージしているのです。建築の雛型のような陶彫部品は数個出来上がっていて、それぞれを陶で作った橋を渡してあります。ボルトナットで橋を固定するつもりです。架空都市のような風景を出現させようとしていますが、それぞれの構築物の接合部を埋没させる予定でいます。パノラマ作りは自分の得意とするところで、全体を鳥瞰できるのが気に入っています。作品を見た人が眼で風景を追っていき、想像を膨らませ、架空都市で遊べるのが楽しいのではないかと思っているのです。もちろん彫刻はジオラマではないし、遊戯的要素や余計な洒落気は止めていこうとも考えています。彫刻が彫刻であるために空間的な思索を重ねていくことが必要で、空間に緊張を齎すのは、その深さ故であることも自覚しています。また明日も工房に篭ります。
映画「あなた、その川を渡らないで」雑感
2016年 9月 23日 金曜日
先日、橫浜のミニシアターでアンコール上映している韓国映画「あなた、その川を渡らないで」を家内と観に行きました。内容は小さな村で仲睦まじく暮らす老夫婦の生活を追ったドキュメンタリーで、夫は98歳、妻は89歳の夫婦でした。結婚76年目となれば、そろそろ介護が必要ではないかと考えてしまいがちですが、春には花をお互いに飾り合い、秋には落ち葉を、冬には雪を投げ合ってみたりして、この夫婦には生活を謳歌する茶目っ気たっぷりな日常がありました。その純愛さゆえ韓国でも有名な夫婦だったようで、監督はその実態を映像化するため、単身で夫婦の生活に入り込んだようです。老いが進み、咳が目立つようになる夫も、子どもや親戚が集まった時に、老いた親を心配して口喧嘩になる様子も、映像は坦々とその輪郭を追いかけていました。不幸な過去を夫婦が語る場面もありましたが、私はこの高齢まで夫婦が元気で生きてこれたことを思うと幸せそのものではないかと思いました。映画の主張したいことや、それを感じた観客が涙することもよくわかりましたが、私は感情移入が出来ずにいて、隣の席で泣いているご婦人には申し訳ないなぁと思っていました。家内も私同様あっさりとしていて、これは何だろうと心の自己分析をしてみたくなりました。まず韓国特有の溢れる情感に気持がついていけないのではないか、たとえば父がまだ存命なのに感謝を叫びながら泣きじゃくる子どもたち、あらゆる場面で吐露される情の脆さと激しさ、それが違和感になって、隣国の民族でありながら自分と異なる心の動きに戸惑ってしまったことが原因だろうと考えました。儒教が色濃く残る社会にあって、親兄弟を敬う姿勢が強調されているようにも感じました。日本も嘗てはそうだったはずですが、感情を表に出さない日本人固有の感受性と相容れないものがあるように思います。結果として頭で分かっていても、感覚的に今一歩近づくことができない隣国の文化を学べた映画であったと、私個人としてこの映画を解釈することにしました。
秋分の日は工房へ
2016年 9月 22日 木曜日
今日は秋分の日でしたが、天気が安定せず朝から大雨に見舞われていました。休日はいつものように工房で制作をしていました。新作の陶彫部品の成形をやっていて、相変わらずの工房での作業風景ですが、これが滞りなく出来るのも職場環境や生活の安定があるからだと自覚しています。私は制作に集中すると周囲の状況は全て見えなくなります。創作活動の魔力によるもので、とても心地よい時間です。創作活動は心の内面の働きにより苦しみを伴うことがよくあります。その苦しみは耐えられないものではなく、自分に打ち克つための試練のようなもので、心のどこかで歓迎しているのです。何もないところからカタチを作り出す喜びがあるため、苦しみもまた楽しいと思える節があります。私の作り出す集合彫刻は1年間かけて制作を進めていくので、長距離走をしているようなものです。焦らず休まず、労働を蓄積することで完成に近づいていきます。一気呵成に出来ないところが私に合っていると思っています。私はコツコツとした粘り強い姿勢を何事にも貫いています。地味で面白みのないこともいっぱいありますが、小器用に作ったものは自分でも気に入らず、やはり時間をかけて精魂込めたものが自分でも納得できるものと思っています。まだ新作は始まったばかりで、今日一日制作したところで、何か変化があったわけではありません。でもこの蓄積が大切で、来春くらいには成果が出ると信じています。何でもない一日、でも意味のある一日を過ごしました。次の週末に継続です。
ゆとりを作り出す
2016年 9月 21日 水曜日
日々職場の仕事に囚われて生活している中で、ゆとりを作り出すために退勤後の時間を有効に使おうと思っています。週末は休日出勤がない限り、私は創作活動をやってリフレッシュを図っていますが、それだけでなくウィークディにもゆとりの時間が欲しいと考えているのです。責任職はどこにいようと責任を負う立場なので、それならば少しでも余裕のある生活を送りたいのです。公務員として決められた給与の中で贅沢は出来ませんが、時間的な贅沢は自分次第で作り出すことは可能です。金曜日に開館時間を延長している美術館へ行くのも一手です。このNOTE(ブログ)やRECORD制作も自分を取り戻す大切なアイテムです。翌日が休日ならば心が解放されるし、夜のゆとり時間を過ごすのには最適です。というわけで今晩は家内を誘って映画に行くことにしました。レイトショーならば退勤後でも充分間に合います。自宅近くの映画館は中区にあるミニシアターで、今晩観た映画は韓国の「あなた、その川を渡らないで」でした。韓国のドラマはテレビでもお馴染みですが、情緒の表現が秀逸です。日本人に共通する心情があって、些細な仕草の捉えが見事です。「あなた、その川を渡らないで」は老夫婦を追ってカメラを回すドキュメンタリーを、あたかも演出された映画仕立てにしたもので、老夫婦の自然な会話や、何でもない日常が丁寧に描かれていました。夫が他界する時に、映画に魅入られて涙をすすっている観客がいましたが、私はそこまで感情移入が出来ずにいました。寧ろ気持ちが引いてしまって、この醒めた感覚は何だろうと思っていました。家内も同じでした。韓国と日本は似て非なるものではないかと思ったくらいです。詳しい感想は後日改めますが、今晩こうした映画を観て良かったと思っていますが、何か違和感が残るのは何故でしょうか。欧米の映画では感じられない引っかかるものがあるのです。それでも昼間の仕事を暫し忘れるのに最高の時間だったことに相違はありません。
Exhibitionに16’個展をアップ
2016年 9月 20日 火曜日
私のホームページに、毎年開催している個展の雰囲気を画像にしたページがあります。Exhibitionというページで、画像は懇意にしているカメラマンにお願いしています。ギャラリーせいほうの照明は大変美しいので、撮影された画像は綺麗に仕上がっていて、私の自慢になっています。個展ごとに短いコメントを掲載していますが、今年のエピソードとしては搬入ギリギリに窯出しをした陶彫部品があって、その時は動悸がするほど焦っていました。間に合わなかったらどうしようと例年悪夢に魘されていますが、今年は本当にそうなるかもしれないという不安に苛まれていました。個展が出来て良かったとホッと胸を撫で下ろしたのが今も忘れられない思い出です。個展会場の画像を見ると、いろいろな思いが込みあげてきますが、Exhibitionにアップした会場の雰囲気は、作者の苦労を微塵も感じさせない出来栄えになっています。公募展やグループ展と違い、個展は数点を集めて自らの空間を提示するもので、それなりに厳しいものがあるなぁと自分なりに振り返ったところで、これがいつまで続けられるのか先行き不透明なところもあります。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからExhibitionを選んでクリックすれば、今回アップした2016年の個展会場の画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
三連休③ 根を張る地下都市
2016年 9月 19日 月曜日
三連休の最終日です。今日は敬老の日で、職場周辺の地域でも「敬老の集い」があって、挨拶をしてきました。こうした中で制作をしていくのは気分的に乗らず、工房を出たり入ったりすることになりました。工房で背の高い柱と天板を眺めていて、これでテーブルを作り、テーブルの下にどのように陶彫部品を接合していこうか、あれこれ考えを巡らせました。テーブルの下に吊り下がる陶彫部品と、床から立ち上がる陶彫部品が途中で繋がるイメージを想定しました。今回の陶彫は有機的なカタチをしています。ちょうど樹木が地下に根を張っている状態をイメージしました。私の作品は人々が消え去った都市を連想させるところがあって遺跡の雰囲気が漂いますが、未来型の都市をイメージさせるところもあります。現在の大都会に建つ高層ビルは、デザインがますます個性的になっていて、無機質な形態ではなく有機的でユニークなビルが増えてきました。私は巨木の前に立つと、その勇壮な景観が未来の建築のように見えてくる時があります。私が作る集合彫刻も、球根や地下根など植物からイメージしている場合が多く、そこに住宅のイメージを絡ませています。今回のテーブル彫刻で私が作ろうとしているのは、巨木の地下根のように地中に広がる都市空間なのです。まだイメージが粗いので、細かい部分はその都度自分で修正していくのでしょうが、地中に逞しく根を張り、増殖を続けていく植物の生命力を建築に利用した構造体を作ろうとしていることは確かです。まずそれにはどこから手をつけたらいいのか、今日は思索ばかりの一日になってしまいました。
三連休② 天板購入
2016年 9月 18日 日曜日
三連休の中日です。今日の午前中は休日出勤がありました。職場近くの施設に出かけていって挨拶をすることが私の仕事ですが、普段から協力をしていただいているので、礼儀を欠かすことが出来ません。仕事は人と人とのコミニュケーションで成り立っていることを実感いたします。午後は新作に向けての準備に当てました。新作はテーブル彫刻です。まず背の高いテーブルを2個作ろうと考えていて、柱の高さを2m50cmにしました。見上げるようなテーブル彫刻です。そこに天板を乗せるわけですが、一辺1m20cmの正方形の天板を考えました。厚さは36mmです。そのテーブルの下に陶彫部品をボルトナットで接合していく予定です。今日は材木店に出かけて天板になる材料2点を購入してきました。1m20cmの正方形は私の乗用車に乗る限界でした。店から工房までの道が渋滞していて、工房に帰ってきたのが夜になっていました。結局今日のところは天板を購入して終わりになりました。制作とはこんなものかもしれません。素材を選ぶのも制作のうちと考えて、実際に作っていくのは明日以降になります。この背の高いテーブル彫刻ですが、天板を柱に接合するために工夫が必要だと思っています。4本の柱を作業台にL字金具を使って垂直に立てて、その上に天板を乗せ、ネジ釘を打ち込む作業をしなければなりません。その時にスタッフが来てくれているかどうかも微妙なので、天板を乗せる作業以外は一人でやろうと思っています。2m50cmの高さがあるので大きな梯子が必要だし、組み立てて置いておく場所も確保しなければなりません。組み立てたら分解出来るようにする必要もあります。なかなか骨の折れる作業だなぁと思いながら、彫刻とはこういうものだと自分に言い聞かせました。
三連休① 木材加工
2016年 9月 17日 土曜日
三連休の初日です。この三連休は制作三昧といきたいところですが、明日と明後日は休日出勤があって、出勤の合間を縫って制作をしていく予定です。この三連休は陶彫と併行して木材を加工しようと思っています。陶彫部品をテーブルに設置して、その全てをもって集合彫刻とするために、まずテーブルを作らなければならないのです。テーブルの脚部分になる柱材を工房にある木材から選びました。柱は全て陶彫で覆います。そのため柱の切断を後回しに出来ず、この三連休でやろうと決めました。とりあえず今日は16本の柱を切断しました。床に接着する部分は鑿で彫って少し細くしようと思っています。柱の3分の2は陶彫で覆うので、初めにこれを作る予定です。今回の私の作品に木彫表現による主張はありません。木彫部分は最小限に抑えて、あくまでも陶彫による作品に仕上げていこうと思っています。テーブルの構造を作るために木材を利用しているくらいの捉えです。今日は、昨日と違い好天に恵まれて蒸し暑さが戻ってきたように感じました。工房にいるとまだ夏のように汗が出ました。加齢のせいとは認めたくないのですが、ウィークディを過ごした後の土曜日は、何だか疲れていて電動工具を使っていても筋肉が痛みます。少し前まで活発に動いた身体がやや鈍くなっているように思えます。明日は元気が戻りますが、いつも土曜日はヘトヘトしています。木材加工を終えたら自宅に帰ることにしました。相変わらず夕方から夜にかけて身体をソファに横たえているとウトウトしてしまいます。明日の午前中は休日出勤がありますが、午後は制作を頑張りたいと思っています。
野外イベントの開催
2016年 9月 16日 金曜日
職場では儀礼的なイベントと祝祭的なイベントがあります。今日は祝祭的イベントがありました。野外で開催するイベントなので、昨夜から天候を心配していましたが、一日のプログラムを午前中に凝縮して行いました。察しのいい方は私たちの職業がわかっているし、何よりも同業の方々がこのNOTE(ブログ)を読んでいられるので、野外イベントが何であるのか分かっていらっしゃると思います。私たちは普段は専門を生かしたことをやっているため、専門を超えて連携するイベントは貴重な機会です。職場には常勤の職員の他に非常勤の職員もいますが、イベントの時は勤務の条件を整えて手伝いをお願いしています。その他に大学生ボランティアもいて、今日は3人の学生の力を借りました。そうでもしないと小さな職場ではイベントの開催が危ぶまれるのです。今日の成功は常勤職員だけではなく、職員全員の力の結集であろうと思いました。職場では前向きな職員が多いなぁとつくづく思います。とりわけ若手職員の意気込みがイベントの成功を左右すると私は考えていて、彼らは大車輪のように動き、イベントを支えています。ベテランが表に出ることがないのは、健全な仕事環境ではないかと思いました。私が微力ながら管理職を続けられるのは、こうした組織が有効に働いているおかげと思っています。夜の反省会でも若手職員はスキルアップを図るべくベテラン職員の声に耳を傾けていました。
木々との関わり
2016年 9月 15日 木曜日
先日見た東京都美術館の「木々との対話」展で、私も彫刻の素材として木材を使っているので、これを契機に私自身の木との関わりを考えてみたいと思いました。私は生まれた時から木材が身近にありました。祖父は宮大工で棟梁を務めていました。実家はもともと農家でしたが、農業だけでは生計が立てられず、建築業を生業としていて、実家は常に職人が出入りする環境でした。鉋の削りカスや臍を彫った木っ端で、幼い私は遊んでいました。製材を立てかけた場所には近づくなと叱られた記憶もあります。父は造園業に転業しました。農作物を売るより、植木の方が実入りがいいと思ったのでしょうか、父は実家の田畑を植木畑に変えていきました。その頃、私は中学生になっていて、父の仕事を手伝っていました。他の職人仲間が、私のことを半端職人とからかい半分に呼んでいました。私は植木鋏を持たせてもらえず、専ら切り落とされた葉や枝の掃除をしていました。竹箒を振り回していたので、高砂とも呼ばれていました。枝に切った葉や枝が絡んでいると、カンザシを作るなと怒られました。枝をふるって全て地面にゴミを落としてから掃除をすることが教訓でした。そんな私は木に対して必要以上に緑を愛でたり情緒を感じることがありません。現在の職場で私の前任管理職は、施設内の木々を切るなと言っていたそうですが、私は逆の意見を持っていて、業者に思い切り枝を詰めろと指示を出しています。植木はそのまま放置すると、後になって手入れや管理が大変になるという職人的発想によるものなのです。木材は自分にとってドライな関係であろうと思います。それでも身近な素材として私は彫刻に木を利用しています。木のもつ情緒に流されないように、突き放した存在として木を扱っているつもりです。
上野の「木々との対話」展
2016年 9月 14日 水曜日
先日、東京都美術館で開催されている「木々との対話」展に行ってきました。副題に「再生をめぐる5つの風景」とあって、再生というコトバがキーワードになっている企画展であることが示されていました。当初別の展覧会を見たくて訪れた美術館でしたが、地下展示室に國安孝昌氏の夥しい数の丸太を組んだ作品が圧倒的な存在感をもっているのを見るにつけ、それが気になって仕方なく、つい足を踏み入れた展覧会でした。展覧会を見た結果、刺激的な現代作家ばかりで大変面白かったという印象を持ちました。前述の國安氏の陶ブロックと丸太による巨大構築物、細密な植物を彫ってさりげない空間に展示する須田悦弘氏、繊細で優美な幻想動物を彫る土屋仁応氏、人間の半身像に幻想を合わせた舟越桂氏、老木を素材に風景を取り込んだ田窪恭治氏、5人それぞれが独自の世界観を得て、確固たる軸足をもって発信し続けるパワーに、自分も勇気をもらいました。副題にある再生とは何か、図録にあった文を引用いたします。「ここで問題にしたいのは『芸術による』地域社会や経済の再生ではない。端的に、『芸術における再生』のことである。~略~芸術における再生とは、人それぞれの芸術体験における、今までの自己の揚棄、すなわち古いものが持っている内容のうち不要な要素を廃棄して、積極的な要素を新しく高い段階として保持することであると思う。」(山村仁志著)現代作家たちの作品は生々しく豊かで、あらゆる意味で同時代性を感じさせるものでした。私も自作に木材を使うことがあり、その関わり方を考えさせてくれました。
ブランクーシとジャコメッティ
2016年 9月 13日 火曜日
東京都美術館で見た「ポンピドゥーセンター傑作展」の中で、どの巨匠に注目したかを問われれば、私は疑うことなく自分自身の彫刻を考える上で、最も影響を受けた2人の彫刻家を選びます。ルーマニア人彫刻家ブランクーシとスイス人彫刻家ジャコメッティです。本展では代表年と代表作品と芸術家のコトバが展示されていて、奇しくもジャコメッティは私の生まれた年の代表になっていました。ブランクーシの作品は「眠れるミューズ」が展示されていました。磨かれた金色のブロンズ、卵型をした彫刻で一度は図版で見たことがある有名な作品です。「呼吸するように創造することができたら、それは真の幸福でしょう。そこに到達すべきなのです。」というブランクーシ自身のコトバが添えられていました。創造することは生きることと同じという理想的な芸術の在り方が語られていました。ジャコメッティは「ヴェネツィアの女Ⅴ」が展示されていました。シュルレアリスムから出発したジャコメッティが到達した針金のような人体、それは見えたままのリアルを追求していくうちに塊を削る結果になりました。「私に見えるとおりに1つの顔をかたちづくり、描き、あるいはデッサンすることが自分には不可能だとよくわかっています。しかしそれこそが私の目指していることなのです。」という、いかにもジャコメッティらしいコトバがありました。ゴールなき追求がジャコメッティの姿勢です。芸術を生きること、芸術を追求すること、芸術を純粋に追い求めるのには、現代社会では難しい局面もありますが、これは気持次第でどうにでもなるだろうと考えます。改めて巨匠2人から珠玉のコトバを頂きました。
上野の「ポンピドゥーセンター傑作展」
2016年 9月 12日 月曜日
35年ほど前にフランスの首都パリに行きました。当時、私はオーストリアのウィーンに住居を構えていて、この機会にウィーンからポルトガルの西端の岬までの鉄道旅行を決行したのでした。パリに立ち寄るとルーヴル美術館を初めとする大小規模の美術館を隈なく見て回りました。その頃ポンピドゥーセンターは完成から3年が過ぎていて、どこも新しい溌剌とした雰囲気が漂っていました。まず建物の外見に度肝を抜かれ、内部の鑑賞しやすさにも驚きました。近現代美術を収容する空間はこうでなければいけないと思っていました。日本でも1970年に万国博覧会があって、ポンピドゥーセンターは当時の万博のパビリオンを髣髴とさせる建築デザインでした。そのポンピドゥーセンターが所蔵する傑作が来日しているので、上野の東京都美術館に見に行きましたが、ほとんど忘れている作品ばかりでした。本展は美術史に残る有名な巨匠たちの作品を網羅しているのかぁと思ったくらいでしたが、東京で有名な作品が一堂に会して見られる機会は滅多にあるものではなく、美の価値観が変遷していく過程を見る絶好の機会とも取れました。図録には「自由を獲得するには絶え間ない闘いが求められる時代にあって『ポンピドゥーセンター傑作展』は1人1作が稀な機会に集うことで珍しい景色を披露し、創造の大切さ、さらにどれほどの犠牲を伴おうとも、なおそれを守る必要性を謳い上げる祭典でもある。」とありました。年代的に言えば1906年からポンピドゥーセンターが完成した77年までの作品がありました。私が特別に気に留めた作品は、後日改めて稿を起こすとして、ポンピドゥーセンターを設計した2人の建築家のコトバを最後に引用いたします。「ポンピドゥーセンターを建てる間、私たちは決して『合理的』ではなかった。私たちはつねに頭脳より心に従った。」(レンゾ・ピアノ)「ポンピドゥーセンターの成功は人々が先入観にとらわれず利用できるようなやり方を取ったところにある。パリジャンはカフェに行くように気兼ねなくポンピドゥーセンターに行く。それはとても良いことだ。」(リチャード・ロジャース)奇抜なデザインのポンピドゥーセンターはこのようにして誕生したのでした。
週末 若いアーティストの帰国
2016年 9月 11日 日曜日
工房に頻繁に出入りしている若いスタッフは、既にアーティストといっていいくらいの存在感があります。彼女は大学院で先端芸術を専攻しています。昨年はインドネシアに留学していましたが、この夏も1ヶ月間ジョグジャカルタに滞在し、大学院修了制作のモティーフを探してきました。華奢で可愛らしい外見とは裏腹に、腰の据わった制作姿勢を見せていて、異文化に対する柔軟な感受性をあわせ持っているように思えます。インドネシアのバティックに見られる文様が、宗教や呪術に由来しているところを制作動機に取り入れようとしていて、彼女がイメージする世界観が楽しみでもあります。その彼女が日本に帰国して、久しぶりに工房に姿を見せました。いよいよ修了制作に取りかかるようで、途中で放置していた支持体に修整を加えていました。自分も今夏インドネシアに行って来たので、彼の地に1ヶ月もいた彼女に逞しさを感じました。ナシゴレンやミーゴレンばかり食べていたのかと聞いたら、ずっと自炊をしていたようで、豚肉が食べたくなって仕方がなかったという答えが返ってきました。インドネシアはイスラム教徒が多いため、豚肉を売っていないのです。友達がジカ熱やら麻疹にかかって大変だったというエピソードもあって、のんびりとした1ヶ月ではなかったようです。二科展に出品している後輩もそうですが、私は彼女にも背中を押されて制作をしています。今日も朝から工房で制作三昧でした。私の制作は現在のところ専ら陶彫ばかりで、なかなか木材を使った構造体制作に取りかかれません。来週の三連休あたりで、そろそろ木材の加工をしようと思っているところです。