「陶紋」新作の成形・加飾

今年7月の個展に出品した「陶紋」シリーズ。球体をベースにした「球体都市」から直方体をベースにした「陶紋」へ移行しました。「陶紋」は、全体の構造と表層に表れる浮き彫りの関係性を常に意識した成形をしています。来年発表予定の「陶紋」5点は、さらに高さがある直方体を作りました。加飾による浮き彫りは細かい文様を施して高さを強調しています。「陶紋」は集合彫刻ではありません。個体のもつ存在を示すような作品にしたいと考えています。自分が作る作品の中では比較的小さい作品ですが、自然の中に放置して、実際のスケールがわからないように画像処理をしたいのです。いずれカメラマンに相談するつもりですが、「陶紋」は風景の一部として配置できたらと思います。今は5点が点在する状況を考えながら1点ずつ作っています。場を想定して作り上げていく作品として考えるならば、「陶紋」はやはり集合彫刻と呼べるのかもしれません。何点までシリーズとして作り続けていくのか今はわかりませんが、「球体都市」が40点少々作ったことを考えれば「陶紋」もそのくらい継続する可能性があります。とにかく今はひたすら作ることに徹しています。

RECORD9月のテーマ

今月のRECORDは鋭角な二等辺三角形を3つ並べた画面をベースにしています。真ん中の二等辺三角形を逆向きにしているので全体で台形の構成になっています。そこに有機的なカタチを絡ませていこうと考えています。幾何学的抽象の画面ですが、色彩はカタチに拘らず、画面全体に広がる滲み、斑点、点描、吹流し等を駆使して作っています。滲みや吹流しはオートマティズムで偶発的な効果が期待できます。ただ、完全に制御をはずしているわけではなく作為的な計算が働いています。そういう意味では概念としてのシュルレアリスムから脱しているものではありません。色彩の持つ奥行きや深みに対する表現を自分は捨てきれないし、新しい価値観でRECORDを作るには、かなり時間が必要です。毎晩1時間程度で作っているRECORDにおいて時間のなさを言い訳にしたくありませんが、思索しながら具現化実験を行うには日々苦しいものがあるのも事実です。月ごとにテーマを決め、5日間で展開する方法を今月も採りますが、繰り返しの中から出てくるカタチにマンネリズムを感じているのも確かで、これを何とかしたいと願いつつ今月も毎晩作り続けていきます。

「擬似幾何学的」なブランクーシ

現代彫刻の父ブランクーシに関する文献に出会うと不思議な興奮を覚えます。NOTE(ブログ)にも何回か登場したブランクーシですが、自分は若い頃にルーマニアに何度か出かけ、木造民家の柱に見られる呪術的で抽象性を伴う浮き彫りにブランクーシの原点を見た気がしました。それ以来ブランクーシは自分の中で神格化した存在になっています。今読んでいる「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)に「聖域の形態学」というブランクーシに関する論文があって興味をもって読みました。「ブランクーシの作品の大半が動物や人間をモティーフにしていたのは事実だが、それらはいずれも極度に単純化されており、むしろ一般には『マシーン・エイジ』を反映した幾何学的形態の系譜の先駆とみなされているのである。~略~しかし台座の部分などを除けば、彼の作品に厳密な意味での幾何学的形態がほとんど見られないのもまた事実である。それは『擬似幾何学的』『擬似機械的』(シドニー・ガイスト)であり、つねに多少なりとも歪みをはらんでいるのだ。ロザリンド・クラウスはこの問題について興味深い観察をしている。『この変形はほんのわずかなので、幾何学的なボリュームの全体としての特性、本質的に分析しえない単元的な特質を乱しはしない。…それにもかかわらず、この変形は、純粋幾何学の絶対領域の外へとそのボリュームをねじ曲げ、多様にして不確定な偶然性の世界のなかに居座らせるのに十分な力がある』。つまりクラウスには『ブランクーシはつねに、幾何学的形態の絶対性を修正しなければならぬ特定の状況における彫刻の意味を明言しているように見える』というのである。」ブランクーシの一見幾何学とも見えるカタチが多少の歪みによって彫刻としての存在を明らかにしているように自分も思えます。自分の作品にも擬似幾何学的なカタチをもつものも少なくありません。自作に置き換えるのは無謀ですが、論文のこの部分に妙に親近感をもった次第です。

トラ吉の帰宅

家内が昨晩遅く富山県八尾から帰ってきました。家内は9月1日から昨日まで「おわら風の盆」を見に出かけていたのです。八尾では夜中に流す踊りについて歩き、彼の地の名手と呼ばれる方に胡弓を習ってきたようです。家内が不在の間、猫のトラ吉はペットホテルを併設する掛かりつけの動物病院に預けていました。予防注射もやったようです。トラ吉は今日の午前中に家内が動物病院に迎えに行って、帰宅してきました。やんちゃ猫と獣医さんから言われていましたが、家に帰ってもトラ吉は元気いっぱいで、予防注射を打たれても何食わぬ顔でいます。夜、食卓でRECORDを描いていたら、ダイニングテーブルにトラ吉は飛び乗ってきて創作活動の邪魔をしていました。再びトラ吉のじゃれあいに付き合う毎日が始まりました。いつかそのポーズを彫刻にしたいと思いつつ…。

週末 工房に来客多し

正確に言うと表題にある来客は誤りです。客ではなく相原工房スタッフというべき人たちが5人来ました。いずれも若い子たちで各美大の在校生から卒業生で、在校生は大学の課題をやりに、卒業生は自分の制作をやりに来ました。5人のうち男子1名は社会人で、二科展に自作の彫刻作品が入選したので案内状を持って来たのです。残り4人は全て女子です。アートやデザインの世界は、女子が主流になっているのか、とにかく女流作家が目立つ世情を反映しているようです。若い子たちが工房に出入りしてくれることを大変嬉しく思います。何と言っても活気が漲るのです。コンクリート打ちっぱなしの床、外壁だけの工房に、トイレを完備して窓にカーテンをつけたのは、この子たちが遅い時間帯まで工房に残っている可能性があると想定して、少しでもプライバシーが守れればと考えた結果です。当初はトタン張りの小屋を考えていたのですが、当時借りていた工房に若い子たちが来ていたので、相原工房は自分ひとりが使うものではないと判断し、鉄筋スレート張りで外観は黒塗りにして、アートの雰囲気のある建物を作ったのでした。今日自分は「陶紋」5点の成形を行いました。やや涼しかったので作業は捗りました。作業効率が上がったのは、あるいは隣でせっせと絵を描いている若い子たちのおかげかもしれません。

休日出勤&献血

このNOTE(ブログ)は自分の日記としての役割があります。アーカイブを見て自分の振り返りに使うことが結構あるからです。公開する必要がないものまであって、お恥ずかしい限りですが、今日の内容もそれに該当するかもしれません。今日は組織的な休日出勤日で、朝から通常の業務をやっておりました。普段なら工房に行って制作三昧をしているのですが、今日のところはそれが出来ず、退勤後の夜に工房に行ってタタラを作っていました。そこで一汗流しましたが、休日出勤の反動としてかなり集中して作業をしました。もうひとつ。今日は職場に献血車が来ていました。自分は立場上全職員に献血の協力を呼びかけを行い、もちろん自分自身も献血をしました。献血は久しぶりでした。今晩は帰宅後に近隣のスポーツセンターに行って水泳をして来ようと思っていたのですが、400mlの血液を採られた後では水泳を止めざるを得ませんでした。それで工房に行ったのでした。今日はこんな一日で、今月最初の週末としては制作ノルマが果たせず、明日に期待をかけることにしました。

9月の制作目標

台風の影響で蒸し暑い空気が入り込んでいるためか、今日は残暑の厳しい一日でした。今月はきっと涼しくなると信じて制作のランクアップを図りたいと考えます。目標としては新作屏風の陶彫成形部品の完成と陶紋の成形5点をカタチにすること。これは平日の夜に工房に出かけて制作をしないと間に合わないくらいの制作量です。幸い三連休が2回ありますが、それでも週末だけでは足りません。三連休も完全にフリーになれるとは限らず、たまに職場に出かけることもあろうかと思います。でも頑張ってみようと決めました。冬に窯入れを予定しているので、11月末までに全ての陶彫部品が揃っていなければなりません。雑駁に言えば今月が成形、来月が仕上げと化粧掛け、12月初めに焼成という工程です。新作屏風の木彫部分も同時制作に入るので、スケジュールとしてはきつい1ヶ月になります。もうやるしかない、これで今までも乗り越えてきました。今月も制作あるのみです。

9月 家内が富山県八尾へ

今朝早く出勤前に家内を最寄り駅まで車で送ってきました。毎年この時季は富山県八尾で「おわら風の盆」が開催されます。家内は富山県出身ではありませんが、胡弓奏者として都心を中心にした演奏活動を行っています。「おわら風の盆」に欠かせないのが胡弓の調べ。家内は幼い頃からバイオリンをやっていて、さらに成人して三味線に惹かれて師範まで授かっています。その2つの楽器の融合したものとして胡弓に辿りついたのでした。そんな環境が作用したためか上達が早く、「おわら」の公演によく誘われています。この時季の富山県八尾通いは、いわば総本山参拝のようなもので、普通の観光客とはニュアンスが違うようです。自分はかつて家内に誘われて一度は富山県八尾に「おわら風の盆」を見に行ったことがあります。自分は普通の観光客でしたので、その時ばかりは人出の多さに驚いて、もうリピーターにはなれないと感じたほどでした。胡弓は中国の二胡に近いカタチをしていますが、二胡とは大きく異なります。夜道を流して歩く時は、物悲しい調べになり、郷愁を誘います。そこに魅せられる人が多いと思います。台風が近づいてきていますが、さて、「おわら風の盆」は例年のように開催されているのでしょうか。

夏気分を惜しみながら…

今日で8月が終わります。月が変わることに郷愁を感じるのは夏の特徴かもしれません。開放感あふれる夏だからこそ流行り歌にもなり、移ろう夏気分を惜しむ情景になるのだと感じます。今月の創作活動を省みると、とにかく暑い工房の中で滴る汗を拭いながら陶彫に取り組んだ印象が残ります。今月は長野県在住の彫刻家池田宗弘先生宅を訪ねたり、茨城県在住の陶芸家佐藤健太・和美夫妻宅を訪ねました。夏の恒例行事のようでいて、毎年お互い変わらぬ姿勢をもって制作に励んでいることの幸せを噛み締める機会でもあります。読んだ書籍はアンドレ・ブルトンや相馬黒光の生涯を綴った伝記、それに現在読んでいるオブジェの評論集までありますが、いずれも美術に関するものばかりです。今夏出かけた展覧会は空海と密教美術、青木繁、濱田庄司、日本陶芸展、エル・アナツイ、礒江毅…と多義に亘りました。時間を有効に使っているようでいて、もう少し新作の制作工程を進められたのではないかと反省もしています。夏気分を惜しみながら、来月は涼しくなって制作に弾みがつけられることを期待しています。

夜の工房へ…

仕事から帰って夕食をすませてから今日は工房へ出かけました。懐中電灯で足元を照らしながら植木畑の中を歩きました。こういう習慣が身につけば平日も制作が可能です。夜は気温が下がって制作には好条件です。昼間の仕事で疲れているときは無理ですが、多少でも余裕があれば工房に行きたいと考えています。わずかな時間でも制作をすると、一日が充実したものになるから不思議です。夜の工房は蛍光灯で作品を照らしています。今日はFMラジオを流しながら陶彫の加飾を行いました。いつもより勝手が違うのか妙に集中して作業が出来ました。毎晩継続できたらいいのに…と思いますが、こればかりは公務員との兼ね合いで厳しい日もあると考えたほうがよさそうです。いつも夕食後は近隣のスポーツクラブに行って汗を流しているか、食卓でRECORDに取りかかっているか、猫のトラ吉とじゃれあっているので、夜の時間帯の選択肢のひとつとして工房で陶彫制作もありうると考えるようにしました。

オブジェの評論集を読み始める

「問いなき回答 オブジェと彫刻」(建畠哲著 五柳書院)を読み始めました。自宅の書棚に眠っていた書籍で、一度読んでいるかもしれないと思って読み始めましたが、どうやら購入したまま書棚に仕舞いこんでいたことがわかりました。目次を見ると興味のある現代作家が並んでいるので、今回はちょっと難解な評論集に食らいつきました。冒頭には鉄の造形作家として知られる村岡三郎。ハードで非情な世界観がイメージされる関西出身の作家として自分は認識しています。自分には比較的馴染みのある若林奮と同じように、思索的で存在そのものを問いかける作品を、かつて図版で見たことがあります。鉄棒の突端に塩がついていたり、空気や水を鉄板で覆い隠す作品に不思議に魅かれてしまうのは何故だろうと思いつつ、村岡ワールドのリアルな現場に居合わせていなかった自分を残念に思っています。こういう作品は実材(実在)を現場で見て、その空間に触れてこそ感じ取れるものがあると思うからです。「問いなき回答 オブジェと彫刻」には、まだまだ現代を問う作家たちが綺羅星の如く登場してきます。通勤電車の中で、じっくり楽しみながら読んでいこうと思います。

週末 猛暑が戻った日

曇り空で気温が低かった昨日に比べると、今日は夏の暑さが戻った一日でした。しかも工房内は猛暑で、昨日に引き続き土練りをしていた自分は汗が滴りました。今日も若い子たちが来ていました。彼女たちも昨日に引き続き水彩画や油絵を描いていましたが、あまりの暑さに辟易していました。今日は8月最後の日曜日。工房は植木畑の中にあるので、夏を惜しんで蝉が鳴いていました。また周辺には蝉の屍骸があちこちにあり夏の終わりを感じさせます。青空に浮かんだ雲。木々の緑が際立つ陽の光。野外工房に出てみると、ひと頃の暑さとは違い、肌に触れる空気から確かに秋が近づいているようです。さて、今月の制作はどうだったのか、週末ごとに陶彫制作に没頭していましたが、はたして目標に達することができたのか甚だ疑問です。暑さを言い訳にしたくはないのですが、この猛暑の中で熱中症にもならず何とか作業をやり抜いたことだけは自負できると思います。また来週末に継続です。来週末は9月になります。

週末 時間刻みの多忙な日

昨年のNOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、8月最後の週末は一日のうち6回も出入りがあって多忙を極めています。今日も同じで時間刻みの多忙な一日になりました。これは日記として記録に留めておこうと思います。今朝は工房で陶土の土練りをやっていました。20代の子が2人来ていて彼女たちは水彩画や油絵に取り組んでいました。昼頃それぞれ用事があって工房を後にしました。自分は近隣のスポーツクラブに行って汗を流してきました。夕方は地域の祭礼を2つ巡りました。夏の終わりの寂しさを堪能する余裕もなくスケジュールをひたすら消化していました。朝から空がどんよりと曇っていて、気温が低いわりには湿気の多い一日でした。来年もこの時期にはこんなスケジュールでやっているのでしょうか。陶土の乾燥具合がやや遅くなった分、確実に秋が近づいていると感じます。土練りは明日も継続です。

「礒江毅 グスタボ イソエ」展

先日、東京練馬にある区美術館で表題の展覧会を見てきました。礒江毅は2007年に53歳で世を去った夭逝の画家です。礒江毅は1954年生まれ、私は1956年生まれですからほとんど同世代なので、自分としては人事ではなく心中は穏やかではありません。去年展覧会を見に行った鴨居玲や有元利夫も夭逝した画家で、何か共通したものを探してしまうのは私だけなのでしょうか。共通していると言えば比較的若いうちにスタイルを確立し、それが世に認められ、ひとつの頂点を形成してしまうことかもしれません。これ以上何をすればいいのだろうと鑑賞者に思わせるほど完成した画業をもっていて、それは己を突き詰めた結果として得られる世界なのです。礒江毅の絵も、写実に関しては全体から細部に至るまで気が抜けないほど描写に長けた一種の凄みが表れています。描ききった存在感。それは絵の具の存在が消え、描写する行為も消え、実在そのものに迫るものです。ヨーロッパの伝統描写を踏まえながら、そこに自己の世界観を確立した日本人画家。スペインで評価されたのもよくわかります。画面構成に日本人らしい肌理の細かさと大胆な省略があって大変心地よい画風になっていました。

「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」展

先日、夏季休暇を頂いて表題の展覧会を埼玉県立近代美術館に見に行きました。大きなポスターが葉山の神奈川県立近代美術館にも貼ってありましたが、機会を逃したため埼玉県に出かけたのでした。現代アフリカ美術に疎い自分は、アナツイの世界観を知るまではそれほど興味を持っていたわけではありませんでした。アフリカの土俗的な仮面や伝統的な木彫に興味関心はあっても、現代となるとどんなものか見当もつかないのでした。実際にアナツイの作品に触れて、現代アフリカ美術の見方は大きく変わりました。外資による物質に溢れ、その廃品を器用に再生するアナツイは、現代アフリカ社会を象徴しているように思えます。屑鉄を小さくカットして銅線で繋ぎとめ、その夥しいユニットで巨大な壁を出現させる手法に暫く眼を奪われました。廃品は美しくもありました。アフリカの息づく街が匂いたつような作品でした。環境によって作品の在り方が特徴づけられるならば、現代日本を象徴するものは何だろうと思わないではいられない展覧会でした。

「新宿中村屋 相馬黒光」を読んで

表題の書籍を自分としては短時間で読むことができました。彫刻家荻原守衛との関わりでしか知らなかった相馬黒光でしたが、彼女の生涯や生きた時代のことを考えると、荻原守衛との関係はほんのひとコマに過ぎないと思えます。相馬(旧姓 星)黒光(良)は仙台の没落士族の娘で、長野県穂高の相馬家に嫁ぎ、さらに夫の相馬愛蔵とともに東京に出てきて中村屋を創建した人物です。商才に恵まれていて、芸術家や学者と付き合い、亡命者や被差別者を庇護しました。当時の女性としては革新的、行動的な姿勢を持ち、ともすれば高飛車な言動や戦争協力をしたとして酷評もされていたようです。彼女は思想で動くというよりは、心情で動くタイプで、それ故誤解も生じたのだろうと思います。何はともあれ現代から見ても魅力的な人物であったことに異論はありません。明治から大正に移る時代に気骨のある生涯を終えた相馬黒光。今夏は何か日本のものを学びたいと考えておりましたが、相馬黒光の人生から見えた時代の動向を知ることになりました。もう少し掘り下げて見たい気もしています。当時を生きた人物をまた探してみたいと思います。

11‘個展のお礼状

今年の個展のお礼状の印刷をしました。もう個展から1ヶ月が過ぎています。懐かしい人が来てくれたことを嬉しく思います。今回はご無沙汰していた方々に会えて積もる話が出来ました。芸術家を目指す若い人たちが多く来てくれたのが今年の傾向でした。職場の人たちも来てくれました。普段仕事をしている人たちと、こうした環境で会っていると別の交流があって楽しく感じます。人の付き合いは仕事だけではないとつくづく思います。ギャラリーせいほうは企画展専門の画廊なので作品売買が根底にありますが、それでもやはり知人友人が駆けつけてくれるのは有難い限りです。お礼状は「構築~解放~」の解体している部分の写真を使っています。これをお礼状にするにあたり意外性があって面白いと判断しました。今回お礼状を郵送できない方々には恐縮ですが、この文面をもって感謝の言葉に変えさせていただきます。有難うございました。

HPリューアル打ち合わせ

図録からホームページに至るまで、ずっと作品や作品を取り巻く状況を撮影し続けているカメラマンやアートディレクターと今日打ち合わせを持ちました。ホームページのリニューアルは以前から話題にしていましたが、これから少しずつやっていくことになり、その工程を考えました。ホームページは24時間オープンのWebギャラリーとして重要な役割があります。とくに組み立てを必要とする集合彫刻では、本物を見せられない分、作品の全貌を確認できるホームページは無くてはならないものになっています。ホームページはただ作品を撮影するに留まらず、映像を充分に生かした世界も展開できます。野外に作品を置き、風景の中で作品が発する力を画像化することが可能です。今年の個展に使ったDMも青空の下で作品の陰影を生かしたものになっています。そうした環境芸術になりうる世界を、今後ホームページで発信できたらと思っています。

週末 全体を見渡しながら…

今日も涼しい一日でした。工房には若い世代の子たちが3人来て、それぞれの課題をやっていました。自分は工房の床に新作のボックスを6箱並べて全体を見渡しながら成形と加飾をやりました。いつもこのくらいの気温の中で作業ができるといいなぁと思います。今回の新作は部分を作ったら、その場で全体との兼ね合いを見ていく方法をとっています。今までのように部分を組み立てる構造ではないので、全体を常に把握しておいた方がよいのです。いくつかの陶彫部品が出来上がりボックスの中に置いています。円形劇場やドーム型の部分があって空間が少しずつ凝縮してきました。集中と拡散。秩序と無秩序。覆い隠す部分と現れ出る部分。内蔵と表層。思索と伝達。陶(モデリング)と木(カーヴィング)。思考的にも技巧的にも相反する要素が大きな世界を形成していくと信じています。この新作に関する稿は改めて別の機会に起こしますが、今日はそんなことを思いつつ制作に励みました。

週末 涼しい工房にて

昨日の豪雨から気温が一気に下がり、今日は涼しい工房で制作に勤しみました。工房には美大生がデッサンをやりに来ていて、いつも若い世代の子たちが出入りしているのは有難い限りです。今日は新作の陶彫部品がある程度出来上がってきているので、全体の中に置いて初期イメージの確認をしました。全体を見渡すと汗が流れます。気温は低いのに汗が出るのは精神的なものだろうと思います。作品は精神の産物なので常に自分の感覚を呼び覚まし、自分の中で自分自身と対話しているのです。もう一度初期イメージに立ち戻り、イメージの具現化がどこまで進んでいるのかを確かめます。どこを造形補填をすれば、さらに作品が深化して緊張感が生まれるのか、ひとつひとつの陶彫部品は生かしきれているのか、作り直しはないか、全体がまとまり過ぎてはいないか等々考えていくと身体全体が熱を帯びていくのがわかります。このまま涼しくなってくれれば制作に弾みがつきます。明日もう一度イメージの確認を行います。

相馬黒光と荻原守衛

フランスのシュルレアリスムから日本の近代美術の夜明けへ。現在読んでいるものがアンドレ・ブルトンから一転して、明治・大正を生きた女性の伝記に変わりました。「新宿中村屋 相馬黒光」(宇佐美承著 集英社)です。自分が塑造を学び始めた頃、明治を生きた彫刻家荻原守衛に心酔していました。荻原守衛の代表作「女」は日本美術史に残る名作ですが、その背景を知りたくて当時は「荻原守衛」(林文雄著 新日本出版社)や「彫刻真髄」(荻原守衛著 中央公論美術出版)を繰り返し読んでいました。その中に登場する相馬良(黒光)という人物が気になっていて、ようやく30年経った今になって相馬黒光なる人物の伝記を読もうと思い立ったのでした。新宿中村屋は、自分の学生時代にはまだ現在のような店構えではなく、階上の喫茶室に行くと相馬黒光と交流のあった画家や彫刻家の作品が展示されていました。ベーカリーの上がギャラリーになっている雰囲気に釣られ何回となくここを訪れていました。長野県穂高の碌山美術館にも何度も足を運び、新宿中村屋そして相馬黒光と荻原守衛の浅からぬ因縁に思いを馳せていました。映画にでもすれば面白いのに、と当時は思っていました。今までは荻原守衛側から見た黒光像、そして今は相馬黒光側から見た守衛像といった比較検討ができて楽しさは倍増しています。相変わらず短い通勤時間の中で少しずつ読んでいますが、ブルトンの伝記よりは速いペースになっています。学生の頃から慣れ親しんだ明治・大正を彩った芸術家が登場するせいかもしれません。

茨城県の親友宅へ

茨城県笠間近郊で陶芸をやっている佐藤健太・和美夫妻は、私たちと家族ぐるみで付き合っています。家内と和美さんが高校の同級生、おまけに自分は陶彫、佐藤夫妻は陶芸の道を歩き出していて、手法は違えども陶による表現を追求している仲なのです。数年前に佐藤夫妻は家を建てる計画を話してくれました。一昨年訪ねた時は自分たちの力で家の建築が始まっていて、今回は完成した新居のお祝いに東茨城郡城里町徳蔵まで出かけて行きました。屋根や水周りは専門の人を雇い、他の部分は全部自力でやった家は、夫妻の思いが籠もっていてとても気持ち良く清々しい気分になりました。陶房も移築されていました。作陶しながら家の建築に励み、それでも作業場が狭いと嘆いていたので、そこはまた考えながらやっていくのだろうと思います。家も陶芸とともに成長するのかもしれません。今日は午前中は笠間にある茨城県陶芸美術館に立ち寄って「第21回日本陶芸展」を見た後、佐藤陶房を訪ね、夜には横浜に戻ってきました。2日間の夏季休暇でしたが、充実した時間が過ごせたと思っています。

夏季休暇 美術館巡り

今日と明日の2日間夏季休暇を取っています。先週の2日間の夏季休暇は菩提寺の墓参りと長野県麻績にいる彫刻家池田宗弘先生宅にお邪魔して2日間を過ごしました。今回の夏季休暇の予定では、今日は都心の美術館巡り、明日は茨城県にいる陶芸家佐藤和美宅に行くつもりです。今日は2つの展覧会を見てきました。2つとも力作揃いで詳しい感想は後日にしたいと思います。まず北浦和にある埼玉県立近代美術館で開催中の「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」展。小さな金属片を銅線で繋いで巨大な壁を創出する仕事は、その空間処理のスケールから言っても圧倒的な迫力をもっていました。現代アフリカの風潮を廃物をもって雄弁に語っているように思います。次に向かったのが東京の練馬区美術館で開催中の「礒江毅 グスタボ・イソエ」展。2007年に享年53歳で世を去った具象画家の回顧展で、写実を極めた精緻な画風に固唾を呑んで見入ってしまいました。今日はこの2つの展覧会で鑑賞の疲れがピークに達しました。表現のパワーに圧倒されたというのが本音でしょうか。満足した一日を過ごしたなぁというのが実感として残りました。今日も暑い一日で、厚い作品に触れて、熱い思いがこみ上げてきました。頭の中でじっくり整理して別の機会にNOTE(ブログ)にしたいと思います。

連結陶彫の加飾

昨日に引き続いて夕方から工房に行って制作をしました。世の中が盆休みで職場に行ってもボンヤリとしていて仕事にならず、職場に出勤する人たちも少なくなっています。今日も早めに仕事を切り上げました。夕方工房に行ける幸せを噛み締めながら、暑さが籠もった部屋の窓を開けて涼風を通しました。昨日成形した連結陶彫部品はいい状態になっていました。加飾を施すためには適度の乾燥が必要なのです。2時間ほど集中して作業を行い、夜に工房を後にしました。一日のうちで多少でも制作をする時間がもてると、その日の達成感が持てて快くなります。ここ数日は工房に足繁く通って、陶彫部品が少しずつ出来上がってきています。残りは週末になりそうですが、8月末までに陶彫部品を出来るだけ作っておく今月の目標に少しずつ近づいている実感があります。

連結陶彫の成形

カマボコ型陶彫を大きいものから徐々に小さくしていく連結陶彫を作っています。「発掘~赤壁~」等で試した集合彫刻で、列車のように連なって見えるのが特徴です。新作にもこの連結陶彫を入れる予定で、昨日から今日にかけて成形しています。今日は職場を早めに切り上げて工房に来ました。夕方とはいえ工房の暑さは厳しく着替えたシャツが忽ち汗でぐっしょりになりました。先日から集中力で暑さを凌いでいます。休みなく手を動かし集中して作り上げ、その分早めに作業を切り上げる方法です。いわば短期決戦。工房の暑さを考えると長く留まれないように感じています。気温は陽が落ちても下がりません。連結陶彫部品の成形を3点作ったところで今日の作業を終えました。陶土の表面がどんどん乾いてくるので次回加飾のために水を打ってビニールで覆いました。明日また夕方工房にきて加飾が出来たらいいなぁと思いつつ工房を後にしました。

週末 懐かしい来客

今日も暑い日が続いています。工房で相変わらず陶彫の制作をしています。今日は懐かしい来客がありました。相原工房がまだ建っていなかった頃、自分は借りた工房で制作をしていましたが、その時に通ってきていた美大生が今日現れました。彼女は当時のNOTE(ブログ)にも登場しています。美大でプロダクトデザインを学んでいた子で、私の制作を手伝いながら大学の課題をやっていました。現在大学院の2年生で教員採用試験を受けています。あの頃からとてもしっかりしていたので教員に向いているのではないかと思います。私の今日の制作ノルマは連結陶彫部品の加飾です。次から次へと陶彫部品を作っていますが、やがて大きな世界に組み込まれる予定です。現在はひたすら部品制作に励んでいるのです。明日は勤務になりますが、盆休みなので職場を早めに切り上げたいと思っています。突発的なことがなければ、今日の続きをやりに夕方工房に戻りたいのです。

週末 暑さに負けず…

工房は相変わらずの暑さで、朝から汗を流しながら制作です。今日はいつも来ている子たちではなく別の子が現れました。この子も自分と関わりのある子で美大油画科出身です。デジタル画像で自己表現をしている言わばウェブアーティストの一人です。今後も工房の一員となる予定ですが、工房の広さを考えるとアナログな絵画表現も可能だと思います。美大卒業生の中には制作環境がなくてデジタルな世界に入ったり、自己表現を諦めてしまう子がいます。そんな若い世代の表現者のために工房が役立てばいいと考えています。今日の自分の制作ノルマは先週の続きで、2つ目のドーム型陶彫の加飾をやりました。制作に心が入り込んでしまうと暑さは気にならなくなります。暑さに負けないためには制作に集中することです。それでも夕方には心が多少萎えていくので今日はここまでにしようと一線を引くことにしました。明日も継続です。明日はまた別の子が来る予定です。若い世代に支えられている相原工房です。

RECORD用厚紙の調達

盆休みが始まり、職場でも帰省する職員がいて閑散としてきました。この暑さでは仕事に身が入らず書類を眺めているだけで時間が過ぎていきます。仕事帰りに画材店に立ち寄り、RECORD用に使う厚紙を大量に購入しました。一日1点ずつ制作しているRECORDは、気がつくと厚紙が無くなっていることがあります。B3の厚紙を電動カッターで葉書大に裁断して使っていますが、毎日描いているのでいつの間にか大量に用意した厚紙も底をついてしまうのです。100枚用意してもほぼ3ヶ月で消費。コツコツやっている蓄積は大変なものです。この盆休みの時期に厚紙を出来るだけ多く調達しておくのが良いと思いました。イメージの蓄積は難しいのですが、材料の蓄積は容易です。今日は3年間くらいの蓄えは出来たように思います。

信濃観月苑の「猫展」

昨日、長野県麻績の池田宗弘先生宅を訪ねた折、麻績村にある信濃観月苑で池田先生が「猫展」を開催しているので見てきました。猫は池田先生にとって生涯の友であり、彫刻や絵画、版画のテーマでもあります。池田先生が育てた猫は数知れず、東京の東村山に住んでいる時から猫に囲まれていました。しかも捨て猫ばかり育てています。この師匠にしてこの弟子あり、というわけで自分も何の縁か捨て猫「トラ吉」を育てています。思えば自分が池田作品に初めて出会ったのも猫の群像彫刻で、その強烈な印象に圧倒されて弟子入りしたようなものです。真鍮直付けによる骨ばった猫、中には穴が空いて心棒が丸見えになった猫もいて、それら猫たちが忍び足で四方八方から餌である魚に近づいてきます。魚もほとんど骨の状態で、そこには逞しく生きようとする猫たちの生命が躍動していました。信濃観月苑で開催中の「猫展」にも真鍮による猫の彫刻が展示されていました。「猫展」では水彩や木版画になった猫もいて、それら猫たちのエピソードも記されていました。血統書付の猫を飼っている知人がいますが、同じ猫好きでも生活の底辺で逞しく生きる猫たちとともに生きている池田先生に共感を覚えます。

今年も長野県麻績村へ

毎年夏の恒例行事のようになっている彫刻家の師匠宅への訪問です。長野県東筑摩郡麻績村に住む池田宗弘先生を今日訪ねました。先日池田先生に連絡を入れたところ足を痛めていて現在松葉杖で歩いているとのこと、かなり心配しましたが大事には至っていない様子でホッとしました。師匠宅「エルミタ」の近くにあるギャラリーで「池田宗弘・猫展」を開催中で、まず「猫展」を見てから「エルミタ」へ向かいました。「エルミタ」は城壁のような塀に囲まれ、入口に鉄の扉があります。勝手知ったるところなので扉を開けて、野外工房を通り抜け、食卓のある2階へ上がっていきました。着物を着た池田先生が迎えてくれました。先生の足は膏薬が貼られていて、まだ本調子ではないように見えましたが、修道院から依頼された大きなプロジェクトの話を先生から聞いているうちに、これは大丈夫だと思いました。食事等の生活面が難儀していることを予め伺っていたので、簡単に食べることの出来る栄養価の高いものを持参しました。70歳代半ばになってもキリスト教団体から彫刻の注文が後を絶たない池田先生。イエスの磔刑彫刻が未完のまま野外工房に放置されていたのを見て、早く回復されて滞りなく制作が進むことを祈りつつ、「エルミタ」を後にしました。

菩提寺に墓参りした日

お盆は今月中旬から始まりますが、今日実家の母と菩提寺に出かけて墓参りがてら墓石の掃除をしてきました。自分の仕事の関係で今日と明日夏季休暇をいただいたのです。お盆やお施餓鬼は実家では必ずやっていて、自分が幼い頃は親戚が集まって仏壇に供え物をして線香を焚き、迎え火や送り火、茄子や胡瓜に足をつけた牛馬の雛型を玄関先に置いていました。お施餓鬼とは、死者が死後に逆さに吊るされている様な非常な苦しみを受けているのを救う為に、祭儀を設けて三宝に供養することと仏教では言われています。そんな風習も今では母が毎年やっているだけで、近隣ではほとんど見かけなくなりました。お盆は大型連休という捉え方が一般的となり、高速道路や観光地が渋滞している昨今ですが、世相がどうであれ先祖の供養は自分の代になっても続けていくつもりです。このNOTE(ブログ)は日記としての役割があるので、今年の墓参りの日程の記録として今日はこの話題にしました。