「シュルレアリスム宣言」以前

現在、通勤電車の中で読んでいる「アンドレ・ブルトン伝」(アンリ・ベアール著 思潮社)は、時代背景やら現代文芸史の知識が乏しいとなかなか先に進めず、長い間鞄の中に携帯している状態です。ちょうど20歳代前半のブルトンが、周辺の仲間とダダイズムを体現し、芝居の戯曲の中で破壊行為ともとれる言動を行ったり、騒々しい集会を開いたり、催眠実験を繰り返しています。ダダイズムの時代に生きた作家であれば、その雰囲気がわかるのでしょうが、自分はこうした書籍から知識を得るのみで、一時代を風靡した運動のことはよくわかっていません。体系化されることを嫌い、既成概念を打ち砕くダダイズムは、当時は革新という知識を纏った暴動だったのかもしれません。それによって行き着く先は、一体どこなのでしょうか。さらに熟考され、啓蒙的でさえあったシュルレアリスムだったということでしょうか。ブルトンが20歳代後半になって、シュルレアリスム宣言に至る過程が同書で描かれており、今読んでいるところは、まさにシュルレアリスムに差し掛かる箇所なのです。いよいよ面白くなるブルトンの伝記ですが、短い通勤時間の中で、じっくり味わいながら読んでいこうと思います。

じゃれ猫トラ吉

久しぶりに飼い猫の話題です。我が家にいるトラ吉は、亡父の植木畑に捨てられていた野良猫でした。昨年、手に平に乗るほどの子猫だったトラ吉は、本当に大きくなって抱きあげるとずっしりと重い猫になりました。ほとんど自宅にいない自分はトラ吉とあまり会うことがありません。世話はもっぱら家内がやっていて、おまけにかつて自分がアトリエとして使っていた一室をトラ吉に宛がっていて、自由に家の中を歩き回らせないようにしているのです。たまに部屋からトラ吉を出すと大変です。自分がダイニングでRECORDを制作していると、猛ダッシュで駆けてきてテーブルに飛び乗るのです。RECORDを慌てて仕舞い込み、じゃれつくトラ吉の相手をします。トラ吉はしつこく自分の手に絡んできます。興奮が一気に弾けとんだ按配です。このじゃれ方はどうしたものか、少々辟易気味になっていると、家内がこんなことを言いました。トラ吉は植木畑から最初に抱き上げられた手の感覚を覚えていて、その手に無性に甘えているのではないかと。そんな感覚があるのでしょうか。爪を立てアマ噛みをしてくるトラ吉から、命の救済を感謝されているとは到底思えないこの頃です。

RECORDの到達点

一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けて4年…。2007年2月からRECORDを始めています。ざっと見積もって現在まで1640点を超える作品が手許に残っています。具象から非具象、抽象、自動記述まで試み、彫刻や環境空間造形の雛型もあれば、技法の面白さだけに流されている作品もあって、その中で自分の感覚が浮かび上がってきているのを感じます。全部眺めてみると生真面目に取り組んだ作品ばかりで、時に退屈だったりするのも事実です。ただし、クオリティーは保ち続けているという自負もあります。RECORDはいったいどこで幕を引くのか、到達点はどこにあるのか、今は皆目見当がつきませんが、精神的な到達点は見えずとも、数を目標にすることはできます。80歳代の自分の母の年齢まで続けられたら1万点を超えます。さしずめ1万点が数の上での到達点でしょうか。イメージが枯れるまで続けられたら本望です。現在は公務員として多忙な一日を過ごす中で、夕食のテーブルに紙を置いて手軽な創作活動ができるのが嬉しいと思います。

RECORD7月のテーマ

今月のRECORDは、長く伸びた長方形を5つ並べた画面を作り、長方形ひとつひとつに造形を加えています。縦に長く伸びる形態は、自分が大好きなもののひとつで、かつて作った「構築~起源~」という木彫作品では、柱が100本以上も立ち並ぶ立体構成にしました。柱の林立は森を想起させ、潤沢な自然資源のイメージを描くことができます。また、それとはまるで異なる高層ビルが建ち並ぶ近未来空間の孤独を描くこともでき、そのイメージの幅の大きさに面白みを感じていました。今月のRECORDもそんな延長線上にあって、情景を描きながらイメージの幅を広げ、毎日1点ずつ作っていこうと思います。また5日間でひとつのシリーズになるように設定し、5日間ごとの展開を考えています。彩色は週末にまとめてやっていくことは従来どおりです。最近ちょっと意欲的になってきたRECORDなので、この気持ちが続くように頑張りたいと思います。

11‘個展案内状の発送

今年の個展の案内状は、ギャラリーせいほうに1500枚届けて、自宅には500枚を残しました。自宅の分は自分の知人友人に送る案内状です。パソコンに入っている名簿から約270人分の印刷を行い、そのうち210人分発送しました。残りは職場の人たちに手渡しをしています。昨年も100枚程度残ってしまいましたが、今年もそんなものかなぁと思っています。野外撮影した今年の案内状は、今までと雰囲気が違います。青空が5分の4を占めているせいかもしれません。野外展示への憧れが表れた案内状です。個展も6回目ともなれば、遊びの要素が増えてきます。もちろんずっと関わりのあるカメラマンのセンスに依存するところが大きいのですが、作家とカメラマンの共同制作として一緒にデジタル画面を作っていると自分は思っています。自分の世界を作る上で、アナログ(彫刻)とデジタル(画像)は両輪であり、双方の解釈によって作品が成り立っていると感じます。今回案内状がお手許にいかない方々には、このホームページ上でも案内状を見ることができます。ホームページの表紙に案内状をアップしていますので、タイトルをクリックしてこちらをご覧ください。

週末 暑さから一時避難

今日も工房で終日制作になりました。新作の一部になる円形劇場のイメージを陶彫で作っているのです。成形、レリーフにするための削り等々、汗の滴る中で作業をしています。昼は暑さからの一時避難として近隣にあるレストランで食事をとりました。そこでホッと一息ついて、午後再び工房に行くのは作業効率を考えると良いと思いました。レストランは節電を考えて緩やかな空調が効いていましたが、それでも工房内の温度を考えると涼しい限りです。レストランで今年初めてのカキ氷を食べました。午後はカメラマンが来て、RECORDの撮影をしていましたが、工房内の温度で撮影機器が変になる前に仕事を終わらせていました。自分も、絵を描きにきている若い子と一緒に早めに工房を引き揚げることにしました。この陽気は午前中が勝負かなぁと思いつつ、とりあえず今日のノルマを果たして自宅に帰りました。来週も暑ければ昼に一時避難を考えていこうと思います。

週末 夏に向かう対策

朝から工房で制作三昧の一日でした。それにしても蒸し暑い一日で、成形している陶土の上に汗が滴り落ちました。今日はアーティストの卵が2人来ていて、それぞれの制作に励んでいましたが、気分が悪くなったら近くのファミリーレストランに駆け込もうと相談しました。空調がない室内で、しかも精神も肉体も磨り減らす制作は、自覚症状がなく思った以上に消耗するのです。夏に向かう対策として、どこか涼しいところで休息をしないとやっていけません。自分は新作に貼りつく円形劇場の部品を作っていました。陶彫に疲れるとRECORDをやっていて、まずまずの制作状況でしたが、RECORDは平面作品で色彩を多用しているので、汗が紙の上に落ちないように気を使いました。明日も続行です。

7月 猛暑の予感

7月になりました。このところ暑い日が続いています。今年の夏はどんな夏になるのでしょうか。猛暑の予感がしますが、節電のことが気にかかり、爽やかなイメージを持てません。今年も7月に銀座のギャラリーせいほうで個展を開催します。個展は6回目になります。夏の恒例行事になっています。今回は「構築~解放~」「構築~楼閣~」「陶紋シリーズ」を発表いたします。個展会場で懐かしい方々とお会いできるのが楽しみです。今月は新作の制作続行の傍ら、工房保管作品の整理整頓をしたいと考えています。だんだん作品が増えてきて、このままでいくと収納が難しくなるのがわかっているのです。作品を分解して梱包するので1点の作品が場所をとってしまい、そのうち足の踏み場もないくらいになってしまいそうです。コンパクトなRECORDは継続します。今月はどんな画面を作ろうか只今考案中です。今月末には人間ドックが待っています。健康に気遣いながら過ごそうと思っています。

6月の終わりに…

雨が降ったり猛暑に見舞われたり、6月は体感的には快い1ヶ月ではありません。それでも比較的充実した制作が出来たのは、陶彫という表現と陶の素材によるものだと思います。陶土は湿度が高いほうがゆっくり乾燥し、いい状態を保てるのです。今月は7月個展の図録や案内状が完成し、ギャラリーせいほうに届けに行きました。個展出品作品の梱包はまだ終わっていませんが、来月早々にやっていく予定です。来年発表予定の新作は、木彫部分と陶彫部分を同時に作り始めました。ボンヤリとしたイメージが具現化されて少しずつ楽しくなってきました。RECORDは、国立近代美術館で見たP・クレーの作品に触発されて勢いづきました。今後も意欲が維持できるようにしたいと思います。一日1点という自己課題は、イメージが乏しくて苦しむときや退屈な表現に悩むときもありますが、継続の力を信じてやっていくつもりです。梅雨明けを待ちながら、来月は今月以上の成果を出したいと思います。

梅雨の中休み

昨日と今日は真夏日になりました。節電のことが脳裏を過りますが、30度を超える暑さの中では職場での仕事に支障がでるため28度設定のエアコンを入れています。まだ横浜は梅雨明けにならず、週末に向かって雲行きがおかしくなりそうです。どうもこの季節は勤労意欲が沸きません。ただし、創作活動はまるで逆で、陶彫がやりたくて仕方がありません。RECORDも順調です。湿度が高いと陶土はいい状態で保管でき、また成形や乾燥でもうまくいくことが多いのです。湿度が高いと気分が優れないことはわかっていますが、制作条件がいいので意欲的になるのかもしれません。汗が滴る制作は昔から自分の中で定着していて、これがないと作品を作っている気がしないのです。梅雨が明けて、工房のある植木畑で蝉が鳴きだし、その窓から入道雲が見える光景が目に浮かびます。夏到来の日に、朝から陶土と格闘している自分に充足した時間を感じ取ることができます。今年もそろそろ創作三昧の夏に向かって頑張りだそうと思います。

灼熱の中のイベント

今日は勤務先で大きなイベントがありました。外は30度を越える暑さになりましたが、外で実施するイベントだったので、熱中症を心配しながらの取り組みになりました。職員はそれぞれ専門があって、自分の能力をフルに活用する機会でもありました。60人近い職員が一丸となって取り組んだ結果、イベントを成功に導き、誰もが満足できるものになりました。管理職として全職員に感謝です。その後、反省会を持って意見交換し、来年度に向けて道筋を作りました。こうした機会は年中あるものではなく、むしろ特別な一日であり、当日の臨機応変が大きく作用します。職員一人ひとりが自主的に動かなければならない場面も多く、組織力と個人の持つ力がバランスよく作用すると大変な効果が表れると感じています。また、来年のこの時期にある大きなイベント。どんな力が試されるのか年度ごとに特徴があって、それはそれで楽しめるものだと思います。

タジン鍋の料理

夫婦で人間ドックに申し込んでいて、少しでも健康を維持したい願望があります。自分は市の管理職&彫刻家、家内は胡弓奏者&宝飾デザインの仕事をやっていて、しかも50代ともなれば身体に支障が出てもおかしくない年齢です。さらに相原工房の運営資金もあって今倒れるわけにはいかないと思うこの頃です。普段の料理にも影響して、これはいいと思うものは何でも試しています。最近はタジン鍋の料理に凝っています。タジン鍋は北アフリカのモロッコやチュニジアで伝統的に使われてきた食器で、水が貴重な国ならではの特徴があります。デザイン的にも楽しいカタチをしているタジン鍋は、野菜から出る水分を使って蒸すように工夫された土鍋です。野菜を鍋に盛って蓋をしてしばらく熱していると出来上がってきます。鶏肉等も一緒に入れて香辛料を使うと、まさに北アフリカ風料理になって美味しいのです。和風にアレンジも出来ます。これだけ野菜を多用するので健康維持には便利な道具だと思います。しかも簡単レシピ。我が家はしばらくタジン鍋に依存した食卓になりそうです。

週末 イメージの昇華

新作のための陶彫部品を作り始めました。昨日と違ってほんの少しばかり気温が低いのが救いでした。美大生ら3名の子たちもそれぞれの制作に勤しみ、相変わらず工房に真剣な空気が流れていました。自分の作っている陶彫部品はかなり大きな円形擂鉢上のものです。もちろん単体では窯に入らないので、いくつかに分割して作っています。昨日土練りした陶土をタタラにして、すぐに成形に入りました。今回は陶彫に高さがないのでタタラを固めなくても大丈夫と判断しました。円形部品は時間の関係でまだまだ揃わず、また来週末に持越しです。若い頃に、ギリシャやトルコで見た古代の円形劇場が発想のベースにありますが、イメージを辿る中で最初の発想から次第にカタチが遠のいていき、今は完全な抽象形態に至っています。でもあの頃、多少無理をしてもエーゲ海に残るさまざまな円形劇場を訪ね歩いて良かったと思っています。円形劇場の真ん中に立って360度回りながら体験した記憶が、今になってみれば作品作りの動機になり、また尽きぬ制作欲がもてるのだと考えます。記憶にあるイメージを昇華し、作品として結晶するのに随分時間がかかりましたが、案外創作とはそんなものかもしれません。

週末 汗滴る土練り

今日の工房は真夏並みの温度になりました。新作のための陶土が必要になり、久しぶりに土錬機を回しました。管理が悪かったため土錬機内部に残っていた陶土が固まってスクリューが動かず、結局分解掃除をすることになりました。力仕事と気持ちの焦りのせいか身体中から汗が吹き出てシャツを何枚も替えました。例年夏の時季は、汗が滴る中で作業をしています。今年になって夏向け作業の第一日目が今日から始まり、これから9月ごろまで灼熱天国との付き合いになります。それにしても工房は蒸し暑く、大型扇風機2台を稼動させていました。若い世代の子たちもそれぞれの作品を作りに来ていましたが、工房の暑さに辟易していました。工房は農業用倉庫として建てたものなので当然人は住めない状況ですが、熱中症にならないように水分補給を心がけていきたいと思います。明日も作業続行です。

A・ブルトンの人間性に迫る

短い通勤時間の中で読書に勤しんでいます。このところシュルレアリスム関係の書籍ばかりで、ついにその提唱者であるアンドレ・ブルトンの人となりの伝記に辿り着きました。どんな人物だったのかイメージしながら読み進んでいますが、当時ブルトンの周辺にいた詩人や芸術家との交遊を通して、しだいにシュルレアリスムに近づいていった過程に興味が沸きます。今のところまだ前半の部分なので、ダダイストA・ブルトンの言動が語られています。医学生であったブルトンが医学より詩作を選んで、困難な道を歩みだしたくだりがあります。医者になってしまえばシュルレアリスム提唱者A・ブルトンは生まれていなかったかもしれません。人生の岐路に立たされたときに、選択によってはまるで違う自分になる可能性があります。ブルトンの辿った道を思い描きながら、自分の人生選択はどうだったのかを振り返る機会にもなっています。今後読み進む中で、ブルトンはどんな人物と出会い、どんな思索に耽るのかこれからの展開が楽しみです。

描く行為 描かぬ行為

美術の専門家になると決めたときに、まずデッサンを行いました。自分が高校生の時で、ギリシャ彫刻を模した石膏像を木炭で描きました。その頃は美術という大枠の中にいて、美術で何を専門に選ぶべきか決めていませんでした。そのうち工業デザインに希望が絞られてきて、デッサン用具は木炭から鉛筆に変わり、モチーフも説明的な要素の多い静物になりました。壜は壜らしく缶は缶らしく質感まで描く行為に相当な時間を費やしました。平面や立体構成という方法も教わりました。当時は描く行為が8割、描かぬ行為(構成)が2割くらいの比率で自分は捉えていました。結局、最終的には彫刻を専門にするようになり、描く行為と描いたものを作る行為に移っていきました。描かぬ行為は大学では置き去りにしたまま、常に紙に鉛筆でデッサンし、空間に粘土でデッサンする、いわば描く行為が主流を占めていきました。現在の自分はどうでしょう。発掘シリーズや構築シリーズは描かぬ行為によって作品化を図っています。描かぬ行為のほうが描く行為よりずっと長く付き合っていることになります。エスキースは描くというより設計や寸法をメモする程度で済ませています。でも描く行為をある時期徹底して行っていたことが決して無駄ではないと感じています。イメージを捉えやすくなっていること、完成図を描写表現できることが大きいと思います。描く行為と描かぬ行為、双方に有機的な繋がりがあると感じています。

HPに2011個展案内をアップ

毎年7月に銀座のギャラリーせいほうで個展を企画していただいています。ギャラリーから案内状が届く方もいらっしゃれば、自分が出している友人や美術関係者もいます。このHPで個展の情報をキャッチして来ていただける方もいます。今年の案内状は野外で撮影した「構築~解放~」です。撮影日が晴天だったので、思い切り青空を強調したデザインにしました。「構築~解放~」は野外で見て欲しい作品ですが、ギャラリーではどんな空間演出になるのでしょうか。案内状と比較するのも一興かと思います。HPには毎日たくさんのアクセスがあります。デジタルではなく本物の実材に接してみたい方は、ぜひ個展会場においでください。ギャラリーせいほうは銀座8丁目なので新橋駅寄りにあります。通りに面したガラス張りの画廊です。外からも眺められますが、せっかく来ていただくなら、どうぞお入りになってください。

発見・再発見で変わる美術史

世界の美術史であれ、我が国の美術史であれ、無名だった芸術家の発見や再発見によって時代の奥行きが出たり、また美的基準が見直され価値感が大きく変動することがあります。停滞が続いた時代が破壊と創造を繰り返す時代に変わるときに、その時代を牽引する芸術家もいれば、表舞台に出てもよさそうな力量をもっているにもかかわらず、時代の風潮の中に没した芸術家もいます。日本の近代美術史も、最近になって取り上げられた伊藤若冲や曾我蕭白のような画力をもった画家が発見されて、その時代の様子がわかってきました。まだ謎を残す部分は、今後の研究を待ちたいと思います。先日、江戸東京博物館に久しぶりに出かけた折、思わぬ興奮が自分の体内を駆け巡りました。狩野一信という画家を自分は知りませんでした。五百羅漢100点。緻密で西洋画の陰影法を取り込んだ凄みのある画風。伝承や寓話をテーマにしながら、人物や動植物における卓抜したデッサンは具象絵画の極みです。地獄図はまるでシュルレアリスム絵画のようで、そのパワーに圧倒されました。発見・再発見により今後どんな芸術家が現れるのか、時代の手のひらからこぼれた才能の発掘を歓迎いたします。

RECORDとP.クレー

このところRECORD制作に熱が入っています。何か新しい表現をしているわけではなく、意識が変わったように思えます。契機になっているのは先日見に行った「パウル・クレー おわらないアトリエ」展です。クレーの模索や試行によって自分は刺激を受け、それがRECORDに表れているのです。RECORDは毎日1点ずつ制作している小さな絵画です。画面構成や色彩計画、モチーフに至るまで毎回どんなことをやるのか思案しながら、毎晩食卓においた小さな厚紙と格闘しています。もちろんクレーの作風とは異なります。クレーは模倣できる作家ではないからです。クレーのようには出来ない自己イメージで、クレーのように自分の世界を模索しているのです。クレーの多作に憧れる自分は、この一日1点の制作スタンスを変えたくないと思っています。線描が哲学するクレーとは違い、自分が描く線に魅力を感じることが出来ない自分は、自動記述や構成要素を使って自分なりの世界を築き上げたいと考えています。RECORDという表現手法はここにきてようやく自分のお気に入りになってきました。

週末 新作の成形開始

久しぶりに陶彫を行いました。先日タタラを作っておいたので、その乾燥具合もちょうど良く、いよいよ成形を始めました。陶彫に向かうと、ようやく新作に取り掛かっているという気持ちになります。2点成形をしたところで、余分な陶土がかなり出ました。これを土練りして再生させなくてはならず、土錬機を動かすのは来週にまわすことにしました。7月個展の梱包も始めました。制作と雑用。なんだかんだで一日があっという間に過ぎていきます。本当に週末は貴重な時間です。あれもやりたい、これもやりたいと思っても結局僅かな仕事しかできず、6時間以上の制作は精神的にきついものがあります。また次週。イメージ先行がいい感じに表れるのではないかと思っています。

週末 図録完成 銀座へ…

今年7月に銀座のギャラリーせいほうで企画していただいている個展の図録が出来上がってきました。DMも届きました。今回の図録は工房内外で撮影した写真や助手たちが写っているセルフポートレイトを採用しました。それを携えて今日はギャラリーせいほうに出かけました。毎年この時期、銀座に図録やDMを運んでいます。今日は自家用車で行きました。都心に向かう東名高速が渋滞していました。昼過ぎに工房に帰ってきて制作開始。先日作っておいたタタラで成形を始めました。時間はあっという間に経ってしまいます。明日も制作続行です。

竹橋の「パウル・クレー展」

パウル・クレーという画家名が新聞の展覧会欄に載っていると、必ず展覧会に行きたくなるという癖が自分についてしまいました。何度クレーの絵画に触れたことか、滞欧生活の頃から考えると数え切れません。クレーは多作だったので、そのつど違う絵画にお目にかかって、ペンの走り書きひとつに哲学的なデッサンを感じてしまいます。東京竹橋にある国立近代美術館で開催されている「パウル・クレー 終わらないアトリエ」展は、クレーの制作プロセスを主に構成された展覧会で、制作行為や技法ごとに分けられていました。さまざまな試みをしている様子を展示して、アトリエの中でさも実験しているかのような演出がありました。自分もRECORDをやっている制作者として、クレーの試みが身近に感じられ、試行の意欲に勇気付けられました。試行は思考であり、試作は思索と読みかえてもいいように思えます。クレーがどんな人物だったのかわかりませんが、絵画から読み取れば律儀で神経質で皮肉屋だったのかもしれません。そんな一面を感じる一方、音楽的で豊かな響きも感じます。実際にクレーはバイオリンを演奏していました。バウハウスに招かれて学生のために造形理論を唱えています。今回の展覧会を見て、クレーは絵画制作だけでなく理論を含め多面的に人物を捉え、生活や生き方そのものが全てクレー・ワールドで、その中で造形物を生み出しているように思えました。

RECORD09‘9月分アップ

一日1点ずつポストカード大の厚紙に作品を作り続けて4年目になります。RECORDはカタチと色彩のイメージトレーニングのように捉える一方で、1点ずつ思いを込めて、たとえこれがタブローになっても鑑賞に耐えうるものとして制作に励んでいます。時間が許せばRECORDで培ったイメージを畳サイズの二双屏風にまとめあげる構想があります。そんなRECORDを自分のホームページにアップしています。まだ2009年の作品しかご覧いただけませんが、追々アップしていく予定です。今回は9月分をアップしましたのでご覧いただければ幸いです。なお、ホームページに入るためにアドレスをつけておきます。Yutaka Aihara.com

両国の「五百羅漢展」

「五百羅漢ー増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」というのが、両国にある江戸東京博物館で開催されている展覧会です。自分はポスターでこの五百羅漢の存在を知って展覧会に足を運びました。もちろん狩野一信という絵師も知りませんでした。ともかく100点に及ぶ大作に圧倒されてしまいました。その質・量ともに充実した瞠目すべき作品群なのに日本美術史には登場してきません。第二次大戦の戦火を奇跡的に逃れて、今に伝えられる作品は凄まじい迫力をもって一信の生き様を表しています。39歳から48歳で没する10年間で、このシリーズを描き上げたことを資料で知り、さらに驚きました。1年で10点というペースは超人的です。しかも大きさもあれば描き込みも濃密です。いったいどんな人物だったのか興味は尽きませんが、今後専門家によって検証し、日本美術史の中でしかるべき位置が与えられてもいいのではないかと思います。

上野の「写楽展」

東洲斎写楽は謎の多い画家で、作品よりも正体探しに興味が移りがちな絵師です。寛政6年から7年のたった10ヶ月の間に現在確認されているだけでも145点の作品を作り出し、その後忽然として姿を消したことが謎めいて、それが写楽という存在にさまざまな憶測を与える結果になっています。自分は写楽のそういった諸説よりも、眼の前にある浮世絵を通して写楽を知りたいと考える一人です。ひと目でわかる写楽の個性、それはデフォルメされた歌舞伎役者の表情、クローズアップした顔です。現代的な面白さを感じているのは私だけではないはずです。確かに見得を切った役者の表情はこんな印象を齎せます。画面構成もその広い面割ゆえ現代絵画のような空間を感じさせます。上野の東京国立博物館平成館で開催されていた「写楽展」は、浮世絵特有の渋みはなく、むしろ荒唐無稽な美を喜んだ当時の庶民の懐の深さが見えて、こちらも思わず楽しくなってきます。ユーモアやダイナミズム、そして抽象性。日本人として美しさや新しさを保ちながら、東洲斎写楽のような作風を時代が認めてきたことに誇りを持ちます。

「生老病死のアトリエ」

昨夜、NHK教育「日曜美術館」で彫刻家保田春彦先生の近況が再放映されていました。題して「生老病死のアトリエ」。81歳を迎えた老彫刻家の生き様をありのまま紹介した番組でした。自分の学生時代、保田先生は同じ大学で教壇に立っていました。でもカリキュラムの関係で自分は保田先生に教えていただく機会がなく、いつも遠いところから先生の仕事を拝見していました。大学の作業場の片隅を使って鉄の溶接をされていた先生は、大変厳しい表情で自分から声を掛けられるものではありませんでした。でも先生の個展には必ず出かけていって、作品が展開していく経過を自分なりに把握していました。この番組で取り上げられている70代後半から現在に至る裸婦デッサンや闘病シリーズも鎌倉や世田谷の美術館、南天子画廊で見ています。実際の制作現場にテレビが入り、先生が素描されている様子を見ると親近感がわき、また羨ましくもありました。創作活動に対する強い意志。自分も見習いたいと思っていますが、きっと自分もこうなるだろうことは予想がつきます。自分にとっては人事ではない番組だったと思っています。

週末 アートな一日

今日は朝早くから工房に出かけ、新作のタタラ作りを行いました。タタラと言えども座布団くらいの大きさで、手で叩いて伸ばすので結構体力を使います。5枚作ったところで、残りの時間は東京の美術館巡りをしようと思い立ちました。今日は一人で出かけるので3館ほど回れるのではないかと考えました。家内と出かけると駆け足のように美術館を回るのは勘弁して欲しいと言われるのです。今日は気楽に自分のペースで行きました。まず上野の国立博物館平成館で今日まで開催している「写楽展」。最終日なので混雑していたことは予想通り。写楽の役者絵をよく集めたもので、こんなにあるとは思いもよらず、かなり堪能出来ました。詳細は次回。次に両国の江戸東京博物館で開催している「五百羅漢展」。一人の絵師がよくぞ描いたと思えるほど細密で卓越した具象表現。しかも質・量ともに圧倒され、眼が釘付けになりました。これも詳細は次回。最後に竹橋の国立近代美術館で開催している「パウル・クレー展」。以前静岡で大規模な展覧会がありましたが、ここ近代美術館ではユニークな角度で設置された壁に、テーマごとに掛けられたクレーの作品群が鑑賞者の導線に合わせて展開していく演出がありました。この詳細も次回にまわします。夜はNHK教育「日曜美術館」で彫刻家保田春彦先生が取り上げられていたのを発見してテレビを見ていました。まさに今日はアートな時間を過ごした一日だと感じました。

週末 雑用の一日

NOTE(ブログ)は日記として活用している一面があります。ブログである以上公開日記になりますが、そんなことに頓着せず、自分のために書いてしまう日もあります。今日がそんな一日で、休日でも制作はできず雑用に追われていました。午前中は病院に行って定期健診を受けました。午後は職場に行きました。夜は近隣のスポーツ施設に行って泳ぎました。そんなことをやっているうちに時間が過ぎ、それでも合間に工房に出かけ、個展の出品作品のために梱包材を準備しました。これも雑用です。制作をしていなければ何も気にかけることがなく一日が過ぎていきます。制作をしているからこそイメージを広げ、素材と向き合い、自分の内面に問いかけることがあるのです。最近読んでいるA・ブルトンも瀧口修造も、時々出かけていく美術館も自分の制作あってのことで、それら全てが自分の中で課題解決を図る方法なのだと思っています。雑用は嫌でも溜まるので、こんな一日も必要なのですが、今日を振り返っても何も残らない一日でした。明日こそ制作に着手したいと考えます。

創作絵本「ウド」の思い出

学生時代、彫刻を学ぶ傍らビジュアルな表現に興味を持ち、手製の絵本を作りました。当時好きだったドイツ表現派のモノクロの木版画を発想の源にして、数ページにわたる創作話を考え、文字のない絵本にしようと企画しました。題名は「ウド」。村で嫌われ者だった一人ぼっちのウドが、池で溺れそうだった少年を助け、それでも理解されずに再び一人ぼっちに戻っていく物語でした。全て自刻手刷りで限定30部。製本も自分でやりました。書物に対する興味関心と、将来絵本で何とか生計が立てられないかという淡い欲求も手伝って一生懸命作り上げた記憶があります。何冊かヨーロッパに持参して、当時ウィーン国立美術アカデミーでクラスをもっていた芸術家フンデルトワッサーに見せたこともありました。創作絵本「ウド」は今どこにあるのか、粗雑に扱っていたため手許に残っていません。でも書物に対する興味関心は今も続いています。今日のNOTEは創作絵本「ウド」の思い出という表題をつけましたが、絵本は思い出にしたくない魅力的な表現方法だと今も思っています。

睡魔と覚醒

仕事から帰って夕食をとると、自分は決まって眠くなります。テレビを見る余裕もなく睡魔に襲われるのです。そこを踏みとどまってRECORDの厚紙を取り出し、その日のRECORDの構想を練って下書きを描き始めると、しだいに頭は眠りから目覚め、視野はRECORDの画面だけに固定されて緊張が走るのです。まさに魔術的な覚醒効果です。本当はそのまま眠りつきたいところを創作に気持ちを向けられるのは、常日頃やっているコントロール訓練の賜物です。気持ちの切り替えは、もう20年以上も二束の草鞋をやっているおかげで速やかに出来るようになりました。このNOTEも同じです。眠くて眠くて仕方がない日もNOTEを書いています。これをやらないと一日が終わらない気がしているのです。

「アンドレ・ブルトン伝」紐解く

今年、東京国立新美術館で開催された「シュルレアリスム展」を契機に、フランスの詩人で美術評論に関しては桁外れの著述家でもあったアンドレ・ブルトンについて改めてその思想の片鱗に触れました。改めて、というのは自分の学生時代にブルトンの著作を齧ったものの到底歯が立たず、途中で断念した思いがあるのです。あれから30年が経ち、再びブルトンに立ち向かい、この間に国内外で身につけた僅かばかりの知識を活用して、ようやくブルトンの詩的言語で網羅された構築性のある論理を少しずつ紐解ける幸福に至ったように思えます。「魔術的芸術」や「シュルレアリスムと絵画」等々を読んでいると、当時の芸術家は個人的な思索を繰り返し、お互いが噛み合わない状況の中で、ブルトンが提唱した道筋によって統括され、またブルトン流の教義を与えられたように感じます。そこで、ブルトン自身の生い立ちや経歴の上で培われていった個人思想史や行動史が、アンリ・ベアールによって語られる「アンドレ・ブルトン伝」(思潮社)を読むことにしました。ブルトンとはどんな人物だったのか、彼が登場したことによって知的世界観がどのように変容していったのか、また現実世界ではどうであったのか、自分なりに考えたいことは山ほどあります。短い通勤時間で、いつもどおり時間をかけて読んでいくつもりです。