今日も朝から工房に行って制作をしていました。若い世代の子が2人来ていて、彼らは絵画制作や染織の課題をやっていました。昼ごろ懇意にしているカメラマンが顔を出して小品の撮影をしていきました。最近はとても制作が捗っています。秋は凌ぎやすく創作活動には大変いい気候です。寒くなる前に出来るだけ制作工程を先に進めておきたいと思います。新作の陶彫部分はかなり出来上がってきていて、成形は完了したのではないかと思います。床に畳6枚分の箱を広げていて、そこに成形を終えたばかりの陶彫部品を置いています。まだ追加するところがあれば作っていきますが、調整を考えてもこれ以上は成形する必要を感じさせないところまできていると思いました。そろそろ仕上げや化粧掛けといった次の工程に進もうかと考えています。明日は連休最終日ですが、今日のような制作三昧とはいかず仕事が入っています。管理職になってからというものの三連休を丸々休んだことがありません。仕方ないと思いつつ明日も制作がしたいなぁとつくづく思います。
10月の三連休
2011年 10月 8日 土曜日
今月は三連休が1回だけあって今日が初日になります。三連休の目標としては新作の陶彫成形を終わらせることです。新作の6つの箱を補強する木材もこの休み中に準備しようと思っています。朝から工房にいて、若い世代の子たちと制作三昧の時間を過ごしました。気候が涼しくなって制作しやすくなったにも関わらず、眠気が襲ってきて、たいしたこともせず時間が過ぎていくのが気がかりです。それでも何とかノルマを果たして今日の作業を終えました。夜、テレビを見ていたら葛飾北斎の怒涛図の解説をしていました。テレビ東京の「美の巨人たち」は時間が許せば欠かさず見ている番組です。以前から興味関心のあった作品が登場するとワクワクしてしまいます。北斎の怒涛図「男浪」と「女浪」は、かつて小布施に行って本物を観ています。北斎の作品の中では大好きな作品のひとつで全体構成と象徴性に驚くばかりです。北斎が80代半ばで描いたというのも驚きです。芸術家はこうでありたいと自分も願っています。三連休の初日に良いモノを見て、残りの2日間を充実させたいと考えます。
自己療法としての創作
2011年 10月 7日 金曜日
自己満足としての創作という表題を書いたところで、ちょっと思い当たる過去が気になって自己療法というコトバに替えました。自分は学生時代に工業デザイン科志望の受験生でしたが、入試の直前になって工業デザイン科から彫刻科に替えたのでした。興味の対象が社会的な影響を持つ産業美術から自己表現のみに帰結する造形美術に移っていったのは何故なのか自分に問いかけてみることがあります。その時から美術を生活の糧にすることを諦めて、美術は自由気儘にやるものだと自分で決めました。学校に通っている4年間は自分にとって最高に幸福な時間でしたが、生活の糧にならない表現を選んだことが学年が進む毎に気にかかり、4年生の卒業期には具合が悪くなることが多々ありました。大きな病院で精密監査を受けたこともありましたが原因がわからず、日々悶々とした生活を送っていました。彫刻をやっている時だけが前向きな気持ちになり、将来に対する不安に蓋をすることが出来ました。まさに自己療法としての創作だと当時を振り返って思い出しています。現在も仕事に対するストレスを別の方向に向ける手段として創作をやっています。ストレス解消とまではいかないのですが、これも自己療法としての創作活動なのかもしれません。充足した心を得るために行う創作は精神科いらず、と自分はずっと思い続けているのです。
疲労困憊のアフターセブン
2011年 10月 6日 木曜日
仕事帰りに工房に行き、陶彫の彫り込み加飾をやってきました。夜9時過ぎに自宅に帰ったら気力が失せて身体が動かなくなりました。昼間は時間に追われるような仕事を抱え込んでいました。退勤したら休みたいと身体が訴えていたのかもしれません。さっそくアフターセブンの生活に陰りが見え始めています。最近はめっきり秋めいてきたので、身体の調整がうまくいかないこともあると思いますが、何もヤル気が起きない時は就寝前にやっているRECORDも厳しいと感じます。創作活動は元気がないと出来ないもので、気分が空回りして失敗を繰り返します。ぼんやりとテレビを見ながらマッサージ機にかかり、睡魔に襲われながらNOTE(ブログ)を書いている有様です。こんな日は早めに眠ることにします。
アフターセブンの過ごし方
2011年 10月 5日 水曜日
アフターファイブというのは午後5時に勤務が終わって、その後を自分の時間に当てるという意味ですが、自分の仕事は5時では到底終わらず、差し詰めアフターセブンといったところです。朝は7時前から職場に行って仕事をしているので、超過勤務が日常化してしまっています。私たちの組合でも労働改善を望む声は多いのですが、山積する仕事を前に何ともやりきれない気持ちでいます。だから自分はアフターセブンの過ごし方を楽しみながらストレス解消を図っています。近隣のスポーツ施設に行って身体を動かすのが週3日、残りは工房に行くことにしています。平日夜の工房通いは最近始めていますが、心の充足感は何にも代えがたいものです。皺寄せはRECORDにきています。RECORD制作に夜の時間帯が1時間は必要です。そしてこのNOTE(ブログ)にも30分程度かかっています。勤務の関係で朝が早いためNOTEをアップした後はすぐ床につきます。アフターセブンの過ごし方は優雅なリラックスタイムではないなぁとつくづく思います。週末になり工房で過ごす時間に机上に並べたRECORDを見て、日々時間に追われながら作った形跡を感じ取って大きなため息が出ることがあります。いつぞやNOTEに書いた自転車操業。アフターセブンはそれでも楽しいと感じるこの頃です。
RECORD10月のテーマ
2011年 10月 4日 火曜日
一日1点ずつ葉書大の平面作品を作っています。総称はRECORD(記録)。RECORDを始めて4年目に入りますが、毎月テーマを決めてやっています。日によっては描きたいものが出る時もありますが、最近はずっと決めたテーマの中で制作しています。今月のテーマは5ミリ幅の線を縦横に並べた柵のような画面を考えてみました。柵に絡むカタチ、または柵そのものが変形する構成、これをベースにして1ヶ月間頑張ってみようと思います。亡父が造園業者で、自分も学生時代に父の手伝いをして、竹を組んで垣根を作った覚えがあります。シュロ縄の縛り方に特徴があって、なかなか覚えられない自分に腹が立ったこともありました。そうした垣根(柵)の美しさが脳裏に仕舞いこまれていて、今月のRECORDに当時の風情が甦ってきているのではないかと思います。今月は柵のイメージをベースにした造形を楽しみたいと思います。
「生きのびるためのデザイン」再読
2011年 10月 3日 月曜日
「生きのびるためのデザイン」(ヴィクター・パパネック著 阿部公正訳 晶文社刊)は30年以上も前に購入した書籍です。購入時2300円。デザイン科志望の受験生なら結構読んでいたのではないかと思います。当時は自分も友人と一緒に読み始め、自分は途中で放棄してしまったものです。頁には小さなシミが付いてしまいましたが、埃を指で落として再読を始めました。昔どこまで読んだか忘れてしまって、何となく記憶が残る箇所も多々あります。10代の終わり頃に自分は工業デザイナーになりたいと思っていました。最先端のテクノロジーを使った製品をデザインすることに漠然と憧れていた自分は、ちょうど幼い男の子がカッコいい車に憧れるように、理想的な自分の将来像を夢見ていたように思います。デザインの基礎学習を続けていくうちに、大量生産として効率化を求め、使いやすさを追求するインダストリアルデザインにおいて、自分がその世界でやれるかどうかわからない自己懐疑に陥りました。「生きのびるためのデザイン」にインダストリアルデザインが齎す社会的責任の在りようが書かれています。あるいはその箇所を読んで、デザインの与える社会的影響のことを考えていたのかもしれません。自分がそれほど有能なデザイナーになれるかどうかもわからないのに自意識過剰とも取れる発想で、若かった自分は我執の強さも手伝ってそんなことに思いを巡らせていたように記憶しています。工業デザインから志望を変えることになったのはその直後だったように思います。「生きのびるためのデザイン」を改めて読み直して、思い出した若かりし頃のひとコマでした。
週末 陶彫成形が佳境
2011年 10月 2日 日曜日
今日も制作三昧の一日でした。とは言うものの昨日と今日は職場にちょっと顔を出さなければならない用事もありました。それを挽回するかのように長い時間を工房に留まって制作をしました。新作の成形が佳境を迎えています。主だった成形はほど終わっていると考えていますが、もちろん仕上げや化粧掛けや窯入れがあって、ようやく陶彫部品が完成となるのです。一応ブレンドした陶土がなくなったので、今日も土錬機を稼動して陶土の確保はしましたが、これが予備の陶土となる可能性もあります。これからは新作の全体を見据えながら、じっくり作っていこうと思います。工房に来た若い子が10月に入って急に涼しくなってきたので絵が捗ると言っていました。「芸術の秋」と言うのは創作の現場からすると本当に実感としてあるコトバだなぁと思います。また平日夜に彫り込み加飾が出来ればいいのですが…。制作が捗る気候になった今を有効に使いたいと思います。
10月 創作に没頭する1ヶ月
2011年 10月 1日 土曜日
10月になりました。秋の気配が濃厚になり工房での作業が捗ります。10月は創作に没頭できる1ヶ月にしたいと思っています。今日はちょうど週末にあたり、この1ヶ月でどのくらい新作を進めるか、工房の床に広がる作品を見ながら考えました。今月で陶彫部品は一応メドをつけて、6個のボックスそれぞれを補強しようと思っています。箱の内側に木枠を設置して、畳大の箱が陶彫の重さで歪まないようにしようと考えます。場合によっては金具を使う必要がありそうです。そんなことに思いを巡らせながら、今日は朝から夕方6時まで陶彫のタタラと成形に追われました。最近は夕方6時を回ると周囲は暗くなってきます。暗くなった様子に気づかず制作に没頭していました。今日のところは創作に没頭する今月の目標に見合った一日を過ごしました。今月も平日夜に工房に来られることが出来れば幸いと思います。この1ヶ月を有効に過ごせればいいのですが…。創作に没頭することを常に頭に入れて頑張っていこうと思います。
9月の制作を振り返る
2011年 9月 30日 金曜日
今月は週末に限らず平日の夜も何度となく工房に通いました。今月は残暑が厳しかった季節から、朝晩冷え込んで秋めいた季節に移り変わった1ヶ月でした。この涼風が仕事から解放された夜の時間帯に工房へ自分の足を向かわせた契機になりました。夜は気持ちの良い空気の中で制作し、創作意欲に弾みがつきました。これから昼間の仕事も忙しくなってきますが、時間を見つけては工房に足を運びたいと思います。陶彫部品の成形も今月は例年になく多く作りました。まだ窯に入れていない作品が数多くあるので、成形を多く作ったからといって陶彫は全てがうまくいっているわけではありません。来月は少しずつ窯入れをしていきたいと考えています。RECORDも今月最後の1点を作り終えました。陶彫新作は来月に少しでも新作の全体像を捉えられればと思います。新作は今年の師走までが勝負だと心得ています。
夜の工房で土練り
2011年 9月 29日 木曜日
仕事から帰って余力がある時は工房に行くようにしています。夜の工房は昼の雰囲気とはまるで違います。蛍光灯の光に照らされた作品は、それはそれでなかなかいい雰囲気が漂います。なにより不思議な集中力が出て制作が進みます。今晩は夕食を済ませた後、工房に向かいました。夜8時から10時までの2時間、土錬機を稼動させて土練りをやりました。FMヨコハマを流し、50キロの陶土を前にして土錬機にかけて菊練りをすると、額から汗が出てきました。でも気分は最高でした。工房内は秋めいて肌寒く感じる陽気でしたが、汗をかきながら陶土に戯れることの出来る環境に感謝です。ただし、夜工房に出かけるとRECORDを描く時間の確保が難しいのです。陶彫とRECORD。勤務外の時間を上手く使いながら、バランスをとってやっていきたいと思います。
11‘個展評壇より
2011年 9月 28日 水曜日
『木・陶による「構築シリーズⅡ」。陶は古代土器のようでテーブルの役割。そこから木が銛のような形で天を向く。巨大で壮観。』(美じょん新報 9月20日付)これは毎回個展の評を書いていただいている美術系新聞からの抜粋です。掲載された文章に限らず個展に足を運んでいただいた方々からさまざまなご意見、ご感想をいただきました。自分の作品のモチィーフが説明しやすい具象ではなく、非対象とも言うべきものなので、自作はかなり鑑賞者側のイメージに委ねられる性質があります。私は敢て作者のイメージの源泉は言わないようにしていました。なかには深い洞察を試みていた方もいらっしゃいました。自分としては見に来ていただいた方々の発想のユニークさを楽しみつつ、また思索の凄みに脱帽することもありました。評論のための評論ではなく、感じ取った思いを語ることが優れた評論になることを今回も知ることができました。こうした鑑賞者とのやりとりがあるからこそ来年に向けて意欲を高めることが出来るのです。また来年もよろしくお願いいたします。ギャラリーせいほうは商業画廊なのに、よくもまぁ床いっぱいに広がる自分のような作品を扱ってくれるものだと常々思っています。でも来年も開催させてくれるようでギャラリーにも感謝です。
埃被った書籍の再読
2011年 9月 27日 火曜日
30年以上前に購入して自宅の書棚に仕舞いこんである書籍は数多くあります。大方美術に関するものばかりで、20代にしては難解な書籍をよくもこんなに沢山買い込んだものだと思っています。途中まで読んで放棄したものも数知れずあります。最近になって再読を始めました。アンドレ・ブルトンも然り、オスヴァルト・シュペングラーもまた然り。今回手に取ったものはヴィクター・パパネックの「生きのびるためのデザイン」(晶文社)です。購入した当時、自分は工業デザイン科希望の受験生だったので、これをバイブルのようにして持ち歩きましたが、結局途中で放棄してしまったのです。ちょうど彫刻科へ転向した矢先だったのかもしれません。今再び鞄に携帯して通勤電車の中で読み始めました。当時とは文面から受ける印象が違うのが意外です。30年経って多少知識も増え、著者が主張する全体像を捉えることが出来るようになったのかなぁと自負しています。たいして長くもない通勤時間帯で読む書籍は、かなり時間もかかりますが、再読することによって理解または受容できることが広がり、20代の当時と50代の現在を比較することも出来ます。電子書籍にはない古書独特の趣きも感じられます。「生きのびるためのデザイン」を過去の遺物としてではなく、現在も息づく論理として、じっくり腰をすえて読み込んでいこうと思っています。
「問いなき回答」を読んで
2011年 9月 26日 月曜日
読書は通勤時間帯でしか出来ず、しかも短い乗車時間の中で細切れになった評論をとつおいつ読んでいる有様です。もっと楽に読める本を携帯すればよいものを、敢て難解な評論集に手を出してしまうのは何故なのか自分でも理解できないのです。今読みたいものを読むとしか言いようのない気分です。やっと読み終えた「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)はオブジェを通じ現代美術の側面を論じたもので、繰り返し読み込まないと理解に苦しむ箇所が多々ありました。それでも最後に付章として掲載されていたインタビューの一文に希望と勇気を頂きました。「アートって、人をいらいらさせる部分ってあると思うけど、最終的には、われわれの心を救ってくれるものだと思うんです。もしそういうふうな力につながらないんだったら、ぼくはアートっていらないと思う。ただ不安に陥れ、恐怖に陥れ、不愉快な思いにさせるだけなら。表面的にはそうであっても、最終的にはわれわれを救済してくれるもの。どんな反社会的な、悲惨な行動をしても、志の高潔さはすぐれたアーティストにはある。~略~」このインタビューがあって良かったと思える読後感でした。
連休最終日 若い世代に囲まれて…
2011年 9月 25日 日曜日
今日で三連休後半が終わりました。前半後半を通して、ちょっとキツめの制作目標を立ててきました。何とか目標を達成して最終日を迎えられました。三連休後半は秋の気配が濃厚になり、工房に涼風が立ち込めたことが制作に弾みをつけることになったと思っています。今日は若い子たちが3人来て、それぞれ作業に打ち込んでいました。来月末にその子たちと美大の芸術祭に行くことを約束しました。工房に美大生がいることは若い世代のいろいろな取り組みを知って楽しいと感じます。自分もそんな時代を通過してきたと思っているからです。自分が美術家になろうとした出発点を忘れないためにも彼らの挑戦にエールを送っているのです。若い世代に囲まれて、今の自分も前向きな姿勢を保っています。これからも制作の手を休めないでいこうと決めています。
連休 制作に集中した一日
2011年 9月 24日 土曜日
三連休の中日で朝から制作三昧の一日でした。爽やかな秋晴れ。制作に集中するには都合の良い気温と湿度。これは頑張り時です。新作の陶彫部品のことだけを考えて全体を煮詰めていきました。陶彫部分と木彫部分の関わりや割合を念頭におきながら、陶彫の部品をどのくらい作ったらよいのか、またいつごろまでに作ったらよいのか、見通しを持ちながら制作を続けました。6畳大の作品土台がようやく今になって小さく見えはじめてきました。これはいい傾向です。成形・彫り込み加飾を加えた陶彫部品が次第に増えてきました。これら部品は表面処理としてヤスリ掛けや化粧掛けを行って窯に入れますが、今は彫り込み加飾だけの部品をひたすら作っています。全体配置を考えるためです。明日も成形続行です。作るだけ作っておいて全体が決まってきたところで、数ある部品の表面処理や窯入れをしていこうと思っています。
連休初日は墓参りと制作
2011年 9月 23日 金曜日
菩提寺である浄性院は今までになく人が多いと感じました。墓参りに母と家内とで訪れ、墓の掃除をして花を捧げてきました。毎年この時期は午前中墓参りに来て食事をして帰ります。宗教的な習慣ですが、日常のこととして定着をしています。いつごろか墓参りが面倒ではなくなりました。歳のせいかもしれません。午後は制作に没頭しました。成形2点とRECORD彩色。工房内の気温が下がって、秋の気配を感じるようになりました。自分は陶土に触れている時が一番充足している時です。制作上の緊張は何時間も持たないので夕方には作業を終えました。明日また継続です。
明日から三連休後半
2011年 9月 22日 木曜日
明日から三連休後半が始まります。後半というのは今月17日(土)・18日(日)・19日(月)が三連休だったので、この時を前半としているためです。明日からの三連休も前半同様、陶彫制作に没頭していきたいと考えています。現在9枚のタタラを用意しています。そのタタラ全てで成形と彫り込み加飾をすることを三連休の目標にしたいと思います。今回も欲張りな目標を掲げていますが、貴重な時間を充実させていきたい思いがあるのです。果たして陶彫でどこまで作ればいいのか。畳サイズのボックス6点を工房の床に並べて、陶彫部品と木彫の兼ね合いを考えています。今回は大まかなイメージで作り始め、詰めを追いながら制作を続けていく方法を採っているので、全体を常に把握しています。三連休後半で全体の動きが出てくればいいのですが…。明日から再び頑張っていきます。
台風直撃の一日
2011年 9月 21日 水曜日
台風15号が関東地方に上陸し、職場や自宅のある横浜も暴風域に入りました。職場では帰宅難民になることを防ぐため、職員に早めの帰宅を促しました。多くの職員が帰った後、数人が残っていた職場では、案の定鉄道が止まり、自家用車通勤をしている職員の車に分乗して自宅近くまで送ってもらうことになりました。横殴りの雨の中、私を含めた数人が乗るワゴンが渋滞しつつある道を走りました。送っていただいた職員に感謝です。早めに帰宅しても工房に行くことも出来ず、家の中で台風情報をテレビで見ながら過ごしました。じっくりRECORDを制作しました。今日やり残した仕事は全て明日です。自然の威力にはどうにも太刀打ちできません。まず身の安全を守ることが第一と考えることにいたします。
09‘RECORD11月アップ
2011年 9月 20日 火曜日
ホームページのリニューアルを進めているところですが、ホームページのRECORDのところでも小さなリニューアルをしました。まず表紙の年代を分かりやすくしました。カーソルを年代に近づけると色が変わり、年代ごとの作品を見ることができます。このたび2009年11月のRECORDをアップいたしました。自分にとっては2年近く前の懐かしい作品群です。RECORDは2007年から始めている葉書大の作品で、一日1点のノルマを自分に課して制作しています。今日も9月20日分の二等辺三角形をベースにした作品を作り上げたところです。カメラマンにまとめて撮影していただいて、さらにコトバを添えてホームページにアップしているのです。年間作品をまとめ撮りすることと、コトバを考える時間が自分にはかなり必要で、それでアップが遅くなってしまっています。2009年11月の作品をご覧になっていただくには、このNOTE(ブログ)の左上にある本サイトのアドレスをクリックするとホームページに入ることが出来て、さらにRECORDのタイトルのついたサイトをクリックすれば2009年に辿り着くことができます。ご高覧いただければ幸いです。
連休最終日 熱気が籠もる工房
2011年 9月 19日 月曜日
今日は一日中工房にいて制作三昧です。土練りを予定していたのですが、ボランティアは来られず、汗をかきながら一人で土錬機を稼動していました。それにしても今日も工房は暑く熱気が籠もっているような感じでした。窓を開け放っているにも関わらず、サウナに入っているようでした。三連休初日に立てた目標通り、3点の成形を終わらせましたが、彫り込み加飾が出来ませんでした。朝8時から作業を開始して、午後3時に身体が妙に疲労していたので切り上げることにしました。午前中は成形、午後は土練りと一応計画通りに進めることが出来ました。彫り込みは平日の夜に可能ならやっていこうと思います。エアコンのある自宅に戻ってからRECORDをやりました。いったいいつになれば涼風が立つのか、凌ぎやすい季節の訪れが待ち遠しいこの頃です。三連休前半は何とかノルマを果たせたように思います。あとは三連休後半に期待します。
連休 夢についてのちょい話
2011年 9月 18日 日曜日
今日は三連休中日にあたります。昨日と違い今日は制作が出来ない一日でした。工房には染織と油絵を学ぶ若い子2人が来ていましたが、自分はその子たちを工房に残して、職場近くの祭礼ボランティアに参加していました。神輿が出て威勢のいい掛け声があって、日本古来の祭礼で自分も元気を貰いました。工房に帰って制作しようと思ったところ工房内は大変な暑さで、朝から制作していた若い2人も疲れ気味でした。自分も今日はきっぱりと制作はやめて、若い2人とお茶を飲みに行くことにしました。たまに美術家を志す人たちとお喋りするのは楽しいと感じました。将来に漠然と不安を抱える子たちと話すと、自分も当時憂鬱な気分になりながら彫刻を作り続けていた日々が思い出されます。でも自分次第で夢は叶うという話をしました。そんな話が出来るのは、自分が当時夢見ていたことがようやく今になって実現しつつあるからです。人はどんなことに価値を置いて生きていくのか。若い頃イメージした将来像に今の自分は近づいているか。その時その時の判断で自分の歩む道は決まっていくけれど、その分岐点に立って何を考え、またどの道を選んでいくのか。若い子たちに言えたのは、二束の草鞋という現実を踏まえながら、彫刻をやってきたことを自分は後悔していないということです。夢についてのちょい話で今日は幕を引きました。
連休初日は過密スケジュール
2011年 9月 17日 土曜日
このNOTE(ブログ)は日記としての役割があるので、今日はメモとして書かせていただきます。朝8時に工房に行って、タタラ6枚を準備しました。タタラは1枚が座布団くらいの大きさがあるので、陶土の塊を手で叩いて伸ばしていきます。9時半頃家内から連絡があり、朝食のあと母を敬老会が行われる近隣の小学校に送って欲しいとの要望。母を送りとどけてから再び工房へ。タタラの具合を見て新作の成形開始。12時頃家内から、これから料亭で「おわらの会」があるので駅まで送って欲しいとの要望。家内は胡弓奏者なので、これは仕事です。家内を送ってから再三工房へ。成形の続きをしていたら、ちょっと身体を動かしたくなって近隣のスポーツ施設へ。水泳をやった後また工房へ。成形継続とRECORDの彩色。夜になって再び近隣のスポーツ施設へ。夜9時に自宅に帰ってからRECORDの継続…。工房や自宅に出たり入ったりの一日で、それでも今日の目標達成です。初日としては満足かなぁと思っています。細切れの時間の中で、よくぞ制作をしたもんだと思いました。
明日から三連休前半
2011年 9月 16日 金曜日
表題に三連休前半としたのは、今月は明日から始まる三連休の後にもう一度三連休がやってくるのです。つまり三連休に前半と後半があります。新作の陶彫部品が佳境に入りつつあるので、この2回の三連休は嬉しい限りです。もちろんずっと制作三昧という訳にはいきませんが、何か目標を立てて2回の三連休を有効に使いたいと考えています。まず、三連休前半は新たな陶彫部品のタタラ成形と加飾を考えています。土錬機でブレンドした陶土を全部タタラにして出来る限りの成形をしたいと思います。3点以上の成形が可能かもしれません。加飾もやりたいと思います。加飾(彫り込み)は楽しい作業です。今あるブレンド陶土を使ったら、新たな陶土を作っておきたいと思います。あれもこれも三連休前半では出来ないかもしれませんが、欲張りな目標を立てて三連休を精一杯充実させたいのです。自分は制作しか心の充足を得られないので、この貴重な時間を心底楽しみたいと思います。
創作に思いを馳せて…
2011年 9月 15日 木曜日
公務員としての仕事中に、ふと創作に思いを馳せることがあります。ほんの少し心を解放して制作中の作品のことを考えます。頭の中で描くイメージ。顕在化しない自分の中の自由な落書。まだ自己表現を見つけられない時代には、荒唐無稽な世界を夢見てはリセットを繰り返し、長い時間ぼんやりしていることもありました。そんな自分の様子が周囲に奇異にうつったこともあったようです。彫刻という媒体に魅せられてからは素材に拘束され現実的な創造に変わりました。イメージは具現化されることが念頭にあり、その分自由さは奪われていきましたが、自分の世界を創造し得ることには変わりなく心の開放感は昔のままです。いったい今までどのくらいイメージを巡らせ、そのうちどのくらいのイメージが作品になったことか、毎日のようにイメージが生まれ、また忘れ去られ、あるいは夥しいイメージのうち拘りのあるものだけが選択され、さらに素材が用意され、作業が開始されたことか、たまに考えることがあります。RECORDは日々の記録ですが、夥しいイメージの一側面であるばかりか、頭の中で描くイメージとは違い、現実的な技能が付き纏うので心の解放には繋がりません。創作に思いを馳せる時が一番幸せと感じるこの頃です。
「もの派」を考える
2011年 9月 14日 水曜日
素材に何も手を加えず、ギャラリーの空間に放置する展示方法を自分はどのように考えるか、現代に至る造形思想史を辿れば、「もの派」の登場した背景がわかりますが、これを美術に関心の薄い人々はどう見るのでしょうか。もっとも私の非対象の造形作品にも説明を求めてくる人がいるので、「もの派」となれば物質と哲学を表裏一体にして提示する必要があるのかもしれません。昨日のNOTEに引き続き、「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)から造形作家李禹煥について論じた部分を抜粋して「もの派」について考えてみたいと思います。「室内であれ野外であれ、李の作品はある位置を占拠するのではなく、むしろその場の時間と空間とを浸透させながら、同時に自然そのものへと解消されることのない、確かな強度を維持しているのである。それはまた自立した物体の示す即物的な存在感とも関わることのない強度である。『開かれた拘束性』と彼は言う。『出会いを呼び起こす』ためには『世界と解け合っていながら他のものと隔てられている、作品の二重性』が必要なのだ。それは自然石を作品の中へと構造化し、人工的な鉄板を同じ構造の中に放置するという、在り方の『ズレ』による世界の顕在化であると言えるかもしれない。そのズレによって、作品の構造は開かれ、”それだけで完結した”造形とは別の様相を美しく開示する。~略~」別の様相という在り様は自分にもよく解ります。かつて横浜美術館で見た「李禹煥展」で感じたことのひとつです。解け合うところと隔てられるところ。自分のその時受けた感覚を巧く説明できませんが、広がる自然な空間に凛とした隔たりをもって物質が存在している状態を感じ取ることがありました。それは「もの派」を自分の中に取り込めた瞬間だったのかもしれません。
「もの派」との出会い
2011年 9月 13日 火曜日
自分が彫刻家を志した1970年代後半に、すでに「もの派」が登場し、素材をそのまま画廊に並べた展覧会を自分は美術雑誌で見ていました。当時その根拠とする思想を読み解こうとしていましたが、衝撃を受けたのは野外展に出品された関根伸夫の「位相ー大地」でした。自分が学校で学んでいる塑造とは、まるで異なる表現に戸惑いもありました。造形美術に対する根本的な解釈が違うと思っていました。自分はそうした現代美術の潮流を自分の中に取り込むことはなく、知識として取り入れても実際の制作では目を背けていましたが、当時はそんな自己造形思考の確立まで到底至っていなかったというのが本音です。早熟な学生仲間は「もの派」に近い制作を行ってはいましたが…。現在読んでいる「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)に「もの派」に関する考察があります。「ヒエラルキーなき空間」と題された造形作家管木志雄の作品を論じたもので興味を持ちました。「人為的に素材に関わりながらも、それが世界の受容でも創造でもなく、『極限として在る状態』へのおきかえであること。つまりその『場』が『自然』と等価であり(同種異相の根であり)、なんら意味論的な葛藤をもたらさないこと。~略~管にとってインスタレーションとは、つねに具体的な認識の場そのものである。それは造形でもなければ観念的な遊戯でもなく、また物質の力におもねることでもない。彼が囲うとき、その思考とともにある現実が可視化され、彼が繋ぐとき、ある現実がその位置、その方向、その強度を定められる。それはわれわれの目にヒエラルキーなき空間として開示されるはずである。」
代休 美術館と浅草散策
2011年 9月 12日 月曜日
9月3日(土)が出勤日だったため一週間遅れの今日を代休にしました。年間計画のもとで組織的に代休にしてあるので、今日の職場は閑散としているはずです。私も今日は出勤せず、代休を利用して後輩の彫刻家が二科展に出品しているので見てきました。二科展は東京六本木の国立新美術館を会場にして今日まで開催していました。後輩は木彫をやっています。廃材となった学習机の天板を集めて、そこに浮き彫りを施し、それを花弁のように構成した立体造形をやっていました。イメージとしては松ぼっくりです。彼が生真面目に取り組んだ姿が目に浮かぶような作品でした。二科展の彫刻部門は、さまざまな素材や技法が混在して刺激を受けます。たまにこうした公募展を覗くのもいいなぁと感じました。午後は浅草のかっぱ橋道具街に足を伸ばしました。道具街から少々離れた木工道具専門店に立ち寄り、内丸の鑿を2本購入しました。42mmと36mmの幅広の鑿です。再来年予定している新作で太い丸太を使うので、その準備として買い求めたのでした。浅草寺の仲見世通りで休憩をとって帰宅しました。今日は夏の暑さがぶり返したような陽気で照りつける太陽が眩しく、久しぶりに訪れた浅草をもう少し散策したかったのですが、暑さに勝てず尻尾を巻いて早々に横浜に戻ってきてしまいました。
HPのExhibitionリニューアル
2011年 9月 11日 日曜日
ホームページのリニューアルを進めています。初めにExhibitionをリニューアルしました。Exhibitionはギャラリーせいほうでの個展の状況を記録したページです。毎年個展を開催させていただいているので、今年で6回目になりました。Exhibitionを開いていただくと、年代を追って画像が羅列してあります。小さな画像の上にカーソルを合わせてクリックすると画像が大きくなり、スライドショーが始まります。扉にダイレクトメールをつけました。簡単な感想も書かせていただいています。横浜市公務員との二束の草鞋のため、毎年個展に作品が間に合うかどうか冷や汗をかきながら進めてきました。自転車操業か、または危うい綱渡りか、この歳になって緊張感あふれる生活もいいもんだと前向きに考えるようにしています。ともかく公務員管理職としての仕事は自分の時間が持てないので、何とかやりくりして強引に自分を見つめる時間を作らざるをえないのは精神面ではいいのかもしれません。ただし、創作行為は精神性を問われるので逆の意味ではストレスです。よくもまぁ、こんな生活が出来るものだと人から言われますが、頭の切り替えが早いことと、20年以上も二束の草鞋生活を続けている慣れ以外の何ものでもありません。ホームページにはNOTE画面の左上にアドレスがありますので、そこをクリックしていただけると入れます。お時間があればExhibitionを見ていただければ幸いです。
週末 暑い工房再び
2011年 9月 10日 土曜日
9月に入ってもまだ残暑が厳しく今日は蒸し暑い工房での作業になりました。相変わらず若い子たちが絵を描きにきていましたが、汗ばみながら制作に励んでいました。自分は「陶紋」の彫り込みの続きをやっていました。気温が高いので陶土の乾燥が早く、彫り込みに時間をかけていると、まだ彫り込んでいない面がどんどん硬くなって、霧吹きで水をかけながらの作業になりました。いつになったら涼風が立つのか、夜の制作時間帯では秋を感じる気温になるのに、日中の暑さは夏そのもので身体がぐったりしてしまいます。「陶紋」の彫り込み加飾は、何とか明日で終わらせたいものです。加飾は陶彫が自分らしい作品になるので楽しいのですが、夜の時間帯のほうがじっくり出来るように思います。明日も継続です。明日も頑張りたいと思います。
平日1時間の工房通い
2011年 9月 9日 金曜日
今週は昼間の仕事がやや少なかったことで余力を残したまま帰宅しました。そこで夜の1時間を工房に行って制作に充てることが出来ました。大体7時から8時くらいまで工房にいました。秋の虫が周囲で鳴いていて、網戸から涼しい風が通ります。気候的にはちょうどよい按配で作業が捗りました。「陶紋」新作の彫り込みをやっていました。これを年間通してやれるといいのですが、そんな甘くないのは重々承知です。会計監査や次年度人事が始まれば心身ともに仕事に絡みとられて、夜はRECORDをやるだけで精一杯になります。工房で陶彫制作1時間、自宅でRECORD制作1時間、HPブログ書き込み30分というのがアフターファイブのベストな過ごし方だと自分は思っています。昼間仕事をしながら理想的なスケジュールを考え、それを遂行したのが今週1週間です。来週はこれが出来るか否か。工房を去るときに今日は充実したと感じる時は至福の時です。今週は月を見ながら毎晩充実感を味わいました。