11月RECORDは「ささえる」

今月のRECORDのテーマを「ささえる」に決めました。今年はひらがな4文字による年間テーマを設定して、日々RECORDを作っています。今年もあと2ヶ月になり、RECORDのひらがな4文字のテーマもあと2回分になりました。例年このあたりで年賀状に使えるデザインを考案し、RECORDにしています。来年の干支は酉です。テーマと鳥をどう関わらせるか考えていきたいと思います。お互い支え合う関係から連想されるモノ何かと家内に問いかけたら、盲導犬という答が返ってきました。鳥ではなくて犬かぁと思いましたが、成る程いろいろな発想が出てくるものだなぁと感じました。今月いっぱいは支え合うテーマで頑張ってみようと思っています。職場でも支え合う関係作りは大切です。工房でも若いスタッフが来てくれることが、私の精神的な支えになっていることもあります。人は一人では生きていけないという当たり前なことをもう一度見つめ直すことをしようと思っています。

ボッシュの図像的解釈

現在読んでいる「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)に中世の画家ヒエロニムス・ボッシュの「快楽の園」の図像的解釈が掲載されていたので、まとめてみたいと思います。まず図像的解釈とは何か、本文を引用すると「ボッシュの時代の文化歴史的背景、すなわち宗教的文献、錬金術や占星術などの資料、そして民俗学的及び言語学的方法などを使って行われている。」解釈です。本書では4人の学者による図像的解釈を載せています。まず、ウィルヘルム・フレンガーは「(キリスト教の)異端派の教えにしたがって、アダム以前の、性欲が純粋な歓喜であり至福であった時代に戻るための宗教画としてこの作品を制作した。」と発表しましたが、これに対し多くの反論があったようです。寧ろボッシュは敬虔なカトリック信者ではなかったのか、神の命令を忘れた愚かさを教訓的に描いたのではなかったのかというものです。次にローズマリー・シューダーの解釈です。「ボッシュは聖書の天地創造を描いたのではなく、また、人間のセックスやのぞきを非難するために描いたのではない。彼は、当時のユートピアを想像して絵画として表現した。」というものです。次は神原正明の解釈です。「神原は『快楽の園』は『世界の多様性を描いている』曼荼羅であり、聖と俗の入り混じった夢の世界を演出している、と結論している。」最後にリンダ・ハリスの解釈です。「ボッシュはローマのカトリック教徒ではなく、異端のキリスト教徒であった。ボッシュの描いた象徴はカタリ派の神話や隠喩に通じている。~略~カタリ派とは、11世紀初頭頃から西欧に拡がったキリスト教の異端思想である。~略~もともと人間は天使として光り輝く天にあったが、悪魔の姦計によって地上に拉致された。~略~人間は真の神に属す霊魂と悪魔の所産である肉体との『混合』である。~略~カタリ派の観点からすると、『快楽の園』は誕生と死の車輪によって、魂がより高いレベルへと上昇する占星術の黄道十二宮を示している壮大な作品である。」というものです。さて、前述したようなさまざまな図像的解釈を読んでいても、ボッシュの人間像は一向に浮かび上がってこないため、図像的解釈の方法としての限界を本書は指摘しています。ただし、多くの謎を孕んだ「快楽の園」に魅力を感じるからこそ、ボッシュの研究が後を絶たない由縁だろうと思います。

礼賛!彫刻は労働の蓄積

前からNOTE(ブログ)に何度となく書いていることですが、自分の彫刻は集合体で見せるため一気呵成に作ることが出来ず、陶彫部品をひたすら作ることに明け暮れています。先日見てきた「鈴木久雄 彫刻の速度」展(武蔵野美大美術館)では、私と同じような制作工程を経て、作品化している硬質で頑健な彫刻家の生き様を目の当たりにして、私は胸中が熱くなり、賞賛を惜しみませんでした。まさにこういう彫刻は、労働の蓄積によってカタチになっていくもので、古代の時代から名も無き寡黙な職人の作るものを、自分一人で追体験しているような感覚になるのです。作品作りに共通する認識を発見すると、私は勇気づけられます。ただ、鈴木久雄氏が羨ましいと思うところは制作現場と大学の教壇の間に距離がほとんどないところです。私の場合は職場と制作現場がまるで異なり、管理職という行政的立場にいる自分には、創作活動がかけ離れたものであることが残念でなりません。展覧会の図録に掲載された労働の蓄積と言える箇所を抜き出しました。「かれ(鈴木久雄氏)の場合、作品制作のためのあらかたの時間は部品作りに費やされるという。薄板を焼き、叩き、溶接することからはじめて、数千にもおよぶ規格化された部品をつないでいく作業の繰りかえしのなかで、根がひろがり、枝が伸びるように、全体のフォルムや構造がかれの中で徐々に具体化されていくのであろう。来る日も来る日もつづく部品作りは修行でお経をあげるようなものだ、と言って、かれは笑ったが、そのおそろしく手のこんだ作業工程に当てられて、ボーッと頭のかすんだ筆者は、近代彫刻というよりも、人為を尽くして人為を超えた何かへと捧げられた、古代ピラミッドか、仏塔か何かの建造現場に居合わせたような心持ちになった。」(松本透 著)というわけで「礼賛!彫刻は労働の蓄積」というタイトルは、自分にも向けたものであることをつけ加えておきます。今日は他人の作品に託けて自己応援メッセージを書いてしまいました。

「鈴木久雄 彫刻の速度」展について

先日、武蔵野美術大学美術館で開催中の「鈴木久雄 彫刻の速度」展を見てきました。年譜によると現在70歳を迎える抽象彫刻家の、鉄や石を使った大作が並ぶ展覧会で、その構造体が周到に計算され、また室内空間に縦横に配置された作品群に感銘を覚えました。最近こうしたガツンとした実材による展覧会を見る機会がなかったので嬉しく思えました。鈴木氏の鉄の彫刻を写真で見ると、私は当初無垢の鉄棒を捻り込んだものと思っていましたが、実物は小さな輪をひとつずつ溶接して捻れを作っているものであることがわかって、鉄棒の突端に六角錐を逆さに立てたり、広い空間をシャープに横切る軽やかさは、こうして生まれるのかと改めて納得した次第です。まさに空間を疾走する速度としての美がそこにありました。私が彫刻を学んでいた頃、鈴木氏は共通彫塑研究室の助手を勤めていたようです。その頃、氏は専ら石彫をされていたようでしたが、同研究室の保田先生や若林先生に憧れを抱きつつ、遠くで眺めていた当時の私の密かな観察をつい思い出してしまいます。それなら研究室を訪ねればよかったじゃないかと思われる節もありますが、池田宗弘先生に師事し、具象彫刻を習得するのに精一杯だった私は、そんな余裕はなかったのでした。展覧会の図録に彫刻家建畠覚造氏が文章を寄せています。「作家にとって、自ら築いた城を攻める敵は自分自身なのである。此の様な城塞との格闘を通じて、鈴木は己れの個の峻別を行って来た。つまり、鈴木久雄と云う作家は、今様に区別された美術の領域の、何処にも組み込む事の出来ない、極めてストリクトでハードボイルドな存在なのである。」という箇所に気が留まりました。実材に真っ向から取り組んで存在感を示す作家が少なくなっている昨今、氏は貴重な存在に思えてなりません。最後に評論家酒井忠康氏の文章を引用させていただきます。「発想の遠心性と手法『鍛造』の求心性を巧みに裁く、ある種のコツを習得するのに半世紀も要しているのは、いかにも鈴木氏らしい意思の持続である。鈴木氏のこうした仕事の展開に、有形無形にさまざまな影を落としているのは、『わが師』としての保田春彦氏であるのはいうまでもない。」

週末 成形&窯入れ開始

今日は終日工房に篭って制作に明け暮れました。昨日から背の高いテーブル彫刻を作っていて、いよいよテーブルの下に吊り下げる陶彫部品を作り始めました。ひとつのユニットがかなり大きくて、ひとつ作るだけで骨が折れました。久しぶりに手ごたえのある陶彫部品で、一日がかりで漸く成形がひとつだけ終わった按配でした。これが今後いくつ必要なのか、先の制作工程を考えると頭がクラクラします。今までになく大きな陶彫部品なので、乾燥中の皹割れが心配です。一日やっても1点しか出来ないのであれば、数量の計算をしてゴールを決め、それに向かって無我夢中で作るしかないと考えます。柱陶制作もあるのに今回も大変な作業になってしまいました。柱陶もそうですが、陶土が不足した場合の土練りはいつやるのか、困難なスケジュールに頭を抱えることばかりです。工房を後にする際に窯入れを行いました。新作第一回目の窯入れです。電気の関係で窯のスイッチを入れてしまうと3日間は工房は使えません。大学院の修了制作に来ていた若いスタッフも水曜日までは工房に来ない予定です。彼女は3日間アルバイトに勤しむと言っていました。創作活動にはお金もかかります。私の作品が窯に入っている間は、彼女にとっては稼ぎ時というわけです。私も明日から一週間は公務員の仕事が待っています。職場にいながら、窯の中はどうなっているのだろうと例年考えますが、これから暫くの間は窯変に思いを馳せる時間が続きます。楽しいような緊張するような不思議な気分に支配されますが、それもまた陶彫の醍醐味なのだと自分に言い聞かせています。

週末 制作&母校訪問

週末になり、朝から工房に篭って制作三昧でした。今月の目標に書いた通り、今日から背の高いテーブル彫刻の制作に取り組み始めました。まず2m50cmの柱の上に設置する厚板があります。厚板は正方形ですが、僅かばかり曲線にして有機性を持たせることにしました。さらにその厚板の下部に吊り下げる陶彫をどうしようか、思案した挙句、陶彫部品一つひとつの大きさと角度を割り出しました。明日から成形に入るために畳大のタタラを6枚準備しました。ここまでやったところで午前中の作業は終了にしました。今日の午後は、彫刻家鈴木久雄氏の展覧会を見に行こうと決めていました。朝から若いスタッフが来ていたので、展覧会に彼女を誘いました。彼女は現在東京芸大の大学院で先端芸術を学んでいますが、3年前は武蔵野美大の工芸工業デザイン学科にいてテキスタイルを学んでいました。言うなれば私の後輩に当たるので、お互い懐かしい母校訪問に気持ちも高まりました。武蔵野美術大学美術館で「鈴木久雄 彫刻の速度」展が開催されていて、もう残り日数が少なくなっていたので、実のところ急遽今日の制作を半日で切り上げて、私の運転する車で横浜の工房から東京小平市にある同美術館に向かったのでした。秋の紅葉が始まった週末なので、道は渋滞していましたが、2時半ごろには同美術館に到着できました。私より10歳年上の鉄の彫刻家の、展示空間を縦横に使った力作を堪能しました。詳しい感想は別の機会に改めます。美術館を出て校舎内をブラブラ散策していた時に、私たちが驚いたことがありました。同伴の彼女は同大を卒業して3年が過ぎていましたが、この3年間であっという間に新校舎が出来ていたのです。敷地内を公共バスが走る道路を作っていて、新校舎は道路の向かい側にありました。新校舎にはどう行けばいいのか暫し迷いましたが、地下道で繋がれていることを知って、その立派さにさらに驚きました。施設の充実は学生にとって有難いことですが、建築費だってバカにならないだろうにと思いました。少子化が進んでいる昨今、母校の学校経営は大丈夫なのでしょうか。帰り際に彫刻棟の作業場を見てきました。数人の学生が木を彫っていました。自分の創作への原点がここにあるので、改めて自分の意思を確認し、明日からの創作活動に活を入れました。

ボッシュの時代の精神分析

現在読んでいる「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)に、早くも興味をそそられる箇所が登場してきました。ルネサンスは日本では文芸復興と訳されていますが、人間の個人的な価値が認められる動きがあったり、社会の中で個人としての解放が意識されたりして、この時代はそれまでの専制君主に束縛されていた中世とは異なる価値観が生まれてきたのでした。そんな背景を考えるとこの時代に心理学が誕生したのも頷けます。ヒエロニムス・ボッシュの生きた時代を探ろうという試みの文章の中で、私が気に留めた箇所を引用いたします。「ルネサンスに『人間の個人的価値の出現』が起こり、それと併行して心理学が始まり、時代とともに狂気が近代の理性の思想によって包囲されて弾圧されることになる。このことを心理学的にみると、本来、自然としての『人間の重要な構成成分である狂気が心の奥底に監禁されていく過程』を示している。~略~ヒエロニムス・ボッシュは、このようなルネサンス時代のるつぼの中に生きた。」ボッシュと同じ時代のデシデリウス・エラスムスは「痴愚神礼賛」を出版して、愚かな人々を通して心理学的な洞察を行っています。ボッシュもこれを読んでいたであろうことは想像に難くないので、ボッシュの描いた図像を通して人間観察の在りようが議論として起こっているのも納得できます。ただし、ボッシュの絵画に現代の精神分析的解釈をするのは無理とする指摘もあります。「(この時代の絵画を)現代人の立場から精神分析を行うことは難しいと結論している。実際、フロイトの精神分析が生まれたのは、彼を取り巻いている社会歴史的状況において、性を厳しく抑圧した時代を背景としていた。~略~このようにまったく次元の異なる立場から、ボッシュにフロイトの精神分析を応用すれば、ただ矛盾する様々な説に拡散するだけである。」ボッシュに関してはまだまだ面白い論考が続きます。これは後日にしたいと思います。

文化の日 創作の日

NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、11月3日の文化の日は創作活動に勤しんでいることが書かれてあって、文化の日に相応しいことをやっているなぁと思っています。今日も例外ではありません。日頃から創作活動をしているので、新しいことをしている気になりませんでしたが、朝から夕方まで制作を頑張りました。工房によく出入りしている大学院生も来ていました。彼女も修了作品展に向けて具体的な表現方法を掴んだようです。「まずやる気を出してから制作するのではなく、とりあえず制作を始めるとやる気が出てくる」と彼女が言っていました。その通りです。制作を始めてしまうと、つい夢中になってあれこれ意欲的に考えるようになるものです。自宅でぐずぐずしているのなら、まず工房に来てしまえば、作品は自分の事情に関係なく完成に向かっていきます。自分を律するのなら、まず手を出してみることです。昼ごろ業者がやって来て、先日お願いしていた化粧土を届けてくれました。これで窯入れが出来ますが、焼成を始めると3日間は工房の電気が使えなくなるので、次の日曜日の夕方に窯入れを行おうと思います。先日テーブル彫刻の穴あけでドリルの歯が若干曲がってしまいましたが、新しく購入したドリルの歯で中断した作業を進め、背の低いテーブル彫刻の脚の部分の設置は無事終えることが出来ました。今日の作業は全て今までの修整や仕上げばかりでした。次の制作工程に進むために必要なことですが、今日は新しい一歩を踏み出したかったなぁと思いました。一日ここまでやろうと決めていたことが、なかなか思う通りにいかず、多少修整を残してしまいます。調子よく作り進めた分の尻拭いをいつかやらなければならず、まとめてやるとたっぷり一日かかるのです。焦っても仕方ないので、今日は次の工程への準備日と決めました。週末がすぐそこまで迫っているので、次は一歩制作を進めようと思います。

16‘RECORD7月・8月・9月分アップ

私のホームページにRECORDの7月分から9月分までアップしました。先日カメラマンに撮影していただいた1年間分のRECORDのこれが最後の3ヶ月で、この後のRECORDはまた来年の撮影になります。今回アップした3ヶ月分は、つい最近までやっていたRECORDで記憶に新しい作品です。7月は「はばたく」というテーマで飛翔するイメージで制作しました。天使の翼や鳥のカタチを借りて、内面に潜む現実からの逃避というニュアンスを表現したもので、プラス思考ではない羽ばたきもあることを伝えようとしたものです。8月は「みわたす」というテーマで心象風景や実際の遺跡のある風景を描きました。毎年この時期になると、私はアジアへ世界遺産を見に出かけます。今年もインドネシアの巨大な仏教遺跡を堪能してきました。その印象をRECORDに盛り込みました。9月は「とぎれる」というテーマで感情が途切れた状況を象徴的な表現にして制作しました。夏の終わりに気分が沈む状態を表そうと思ったのでした。どうも明るいイメージばかりではないRECORDですが、自分には内面化・深層化へ向かう傾向があることも確かです。ゆとりのない日常生活も関係しているのかもしれません。でも制作に取り組む姿勢は、可能な限りポジティヴに考えてやっています。そうしないと制作そのものが出来なくなってしまうからです。今回アップしたRECORDを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした7月分~9月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

秋の深まる11月に…

11月になりました。いよいよ秋から冬に向かう季節が到来し、私はスーツにネクタイを締めて出勤しています。先月は創作活動を頑張った感じがしていますが、今月は果たしてどうでしょうか。先月のモチベーションのまま今月も頑張りたいと思っています。制作目標としては、背の高いテーブル彫刻がまだ何も手をつけていないので、テーブルの下に吊り下げる陶彫部品を作っていきたいと思っています。背の低いテーブル彫刻はテーブル上に設置する陶彫部品の焼成と、柱陶の成形と加飾、もし可能なら柱陶の焼成もやっていきたいと思います。大雑把に言えば残す2ヶ月の今年中にどこまで作れるかが、来年の5月の撮影に間に合うかどうかの判断基準になります。ただし、作ることばかりに気を取られていると視界が狭くなるので、鑑賞もしっかりやっていきたいと思っています。この時期は大きな展覧会が企画されています。制作の合間に美術館に行きたいし、鑑賞によって造形思考を深めたいと考えています。RECORDは当然継続ですが、先月のような頑張りが出来るかどうか、こればかりは自分次第です。読書はシュルレアリストの精神分析に関する書籍を当分通勤の友にする予定です。暦の関係で今月は三連休がありません。そこが昨年と違うところですが、今のところ休日出勤が予定されていないので、週末は創作活動一辺倒に出来るのではないかと期待しています。

10月制作成果とハロウィーンについて

今月の最終日になりました。新作の制作目標に掲げたテーブル彫刻の脚の設置では、背の高い方は手が着かず、背の低い方をやりました。設置時に工具が壊れたため残り1点が出来ていない状態ですが、自分なりに頑張ったと思っています。背の低い新作は来月早々陶彫の窯入れを行います。順調と言えば順調かなぁと思っているところです。RECORDは結構頑張りました。昼間の仕事がキツくなっているにも関わらず、睡魔や猫のトラ吉と闘いながら毎晩食卓でRECORDをやっていました。鑑賞は「山本正道 シモン・パエシカ展」(カスヤの森現代美術館)、「ダリ展」「自由美術展」(国立新美術館)、「エッシャー展」(そごう美術館)に行ってきました。これは充実していたと振り返っています。職場の仕事としてプロジェクション・マッピングの導入を行い、市の幹部より評価を受けました。読書は漸くカフカを読み終えて、シュルリアリストの精神分析に関する書籍を読んでいるところです。今月の創作活動では、まずまず満足のいく結果だったと思っています。今日はハロウィーンです。職場では何の関心もありませんが、今朝職場に届いていた新聞の小欄にあった記事を引用します。「古代ケルト人の収穫祭と悪霊払いが起源のハロウィーンは、どんちゃん騒ぎや悪ふざけに彩られてきた。19世紀に伝わった米国では、若者の悪ふざけが破壊行為と化し、大恐慌と同時に最悪期を迎える。先の見えない状況のいら立ちか、乱暴者の気をそらし、封じる手段の一つとして、家々を回るパーティーが考案された。」(読売新聞)とありました。最近日本でも若者を中心に仮装で盛り上がっているハロウィーンですが、現象面だけで気軽に扱う傾向が日本人全体にあると私は考えています。楽しむことは良いことと思うと同時に、その由来や意図するところを知ることも大切かなぁと思っています。クリスマスもバレンタインも都合よく解釈して日本はビジネス化していますが、それが悪いと言っているのではなく、世界がグローバル化している昨今は、祝祭がどんな起源を持っているのかを正しく理解することも必要だろうと思います。

週末 テーブル彫刻の脚

今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。今月の目標にあった通り、今日は新作の背の低い方のテーブル彫刻に脚を設置する作業をしました。背の低いテーブル彫刻は4体でひとつの世界を構成するのです。だからテーブルの数は4体必要で、それぞれ木材による脚は各テーブルに4本ずつ、計16本の柱を設置することになります。まず一体ずつ、厚板を上に置いて、太目のドリルで一本の柱に深さ15cmほどの穴を3つ空けました。仮のボルトを差し込んで固定しましたが、4つ目のテーブルの柱の設置作業で上の厚板がひしゃげて倒れ、ドリルの芯が多少曲がってしまいました。ここで作業中断、万事休すとなりました。やれやれ。大学院生が手伝ってくれていましたが、これは仕方ないので近々道具の調達に行こうと思います。怪我がなかったのは幸いでした。午後は陶彫の乾燥した部品の仕上げをやっていました。これも化粧土がないので、窯入れは先延ばしになっています。彫刻の制作工程の中には単純作業がかなりあります。その一つひとつが大切な作業で、段階を追って進めていかないと完成できません。場合によっては自分でなくても出来る作業もあります。きっと自分より巧い人がいるんだろうなぁと思いつつ、自分一人で作業をやっています。因みに頻繁に来ている大学院生は、砂マチエール貼りが上手です。その工程になると俄然スタッフとして力を発揮してくれます。10月も終わりに近づき、工房ではストーブを入れようかどうしようかスタッフと相談しました。今日はスタッフの他に職場から職員が2人やってきて水彩画を描いていました。次の機会から湯茶を用意しようと思っています。

週末 新作の窯入れ準備

やっと週末になりました。来年度人事が始まっているせいか一週間が長く感じました。週末の仕事も厳しい制作工程を迎えていて、どっちの仕事もなかなかどうして痺れるような時間を今後過ごすことになります。毎年これからが本腰を入れる時なんだと改めて認識しました。今日は朝から工房に篭りました。相変わらず大学院生が工房に来ていて、彼女に背中を押されるように今日も頑張りました。新作のテーブル彫刻の背の低い作品は、そろそろ陶彫部品を次々窯に入れて完成させておかないと、次の工程に進めません。5点ほど仕上げを施し、化粧掛けをしようとしたら、化粧土がなくなっているのに気づきました。業者に電話したら、在庫はなく次週の入庫になると返事が返ってきました。今は焦る時期ではないので、仕方ないなぁと今週末の窯入れは断念しました。窯入れは準備だけしておいて来月早々から焼成を始めようと思います。午後は大学院生に手伝ってもらって、背の低いテーブルを作る用意をしました。明日ドリルで穴あけをしてテーブルにしていきます。毎週のことですが、土曜日はウィークディの疲労が残って身体が思うように動きません。時々脚が攣って困りました。家内もこの時期は商品としてのジュエリーを複数個作っていて、やはり疲労しています。表現活動に夫婦揃って翻弄されています。明日はもっと頑張ろうと心に誓って工房を後にしました。

イメージの言語化

一日1点のノルマで、小さな平面作品を作っているRECORDでは月毎にテーマを決めています。今月は「さからう」というテーマで、今日の分までの28点が終わりました。まずテーマがあった方が制作動機を導きやすいし、カタチがまとまりやすいので、1ヶ月の最初にテーマを設定しています。それと同時に私はホームページにアップする際に、テーマを言語化する試みをやっています。これは詩と呼べるようなシロモノではないと自分では思っています。ただ、テーマの造形化に比べて言語化はコトバに対するニュアンスが異なり、「さからう」から発するコトバとしてのイメージを膨らませます。人の場合、大抵逆らうのは自分の思いが通じない場合です。思春期の反抗期にも見られます。私自身が何かに逆らった記憶が最近ではめっきり無くなっています。職場では職員の総意に従って、職員が働きやすい環境を作ることに苦慮していて、今まで私が体制に逆らうことはありませんでした。もしも、体制に逆らうことがあるとすれば、私はどんな行動をとるのでしょうか。管理職の意向に沿わないとして、たった一人で体制をひっくり返すことが出来るでしょうか。将来を見据えて、今この方向に行かなければと主張し続けることが出来るでしょうか。リーダーに求められる資質のひとつですが、職員が私と同じような未来を描けなければ、本流に逆らうことは大変困難です。来年度人事では先行きを見通して、職員との間に多少の波風が立ちますが、お互い逆らうところまでいかず、納得と了承で決着していきます。「さからう」というイメージの言語化にあたり、自分の中で究極に逆らっている状況をシュミレーションしてみて、現実と妄想の間を行き来しているのです。

「パラノイアック・クリティック」について

「パラノイアック・クリティック」とは何か、昨日から読み始めた「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)の最初に出てくるコトバです。精神医学の専門用語というのですが、全く聞き慣れないコトバです。本書からその部分を拾ってみると「パラノイアックは気難しい性格、妄想的、横暴」という意味だそうで、画家ダリは「パラノイアック・クリティック的活動を、妄想的現象の解釈的・批判的連合に基づいて非理性的な知識の自然発生的な方法」という意味で使っていたようです。随分長々とした定義です。本書第一部の「パラノイアック・クリティック」の章を捲っていくと、ブルトンが提唱したシュルレアリスムとパラノイアック・クリティックの相違が書かれていました。「ブルトンは『無意識が意識に先行する』というフロイトの無意識理論の忠実な信奉者である。したがって、超現実は現実そのものの中に含まれており、現実を超えるものでもなく、現実の外にあるものでもない。一方、ダリのパラノイアック・クリティックは、逆に『意識が無意識に先行する』という概念に基づいている。」ブルトンのシュルレアリスムは、無意識のオートマティスムに基づくものであり、ダリのパラノイアック・クリティックは、それにとって代わるものという意味で、やがてブルトンと袂を別つダリの主張が、本書の導入になっているのです。パラノイアック・クリティックをキーワードに本書は幻想画家の世界を紐解こうとするもので、私がずっと拘ってきたフロイトの精神分析学やそれを礎にしたブルトンのシュルレアリスムと視点も観点も異なる理論に注目したいと思っているところです。

「シュルレアリスト精神分析」を読み始める

「シュルレアリスト精神分析」(藤元登四郎著 中央公論事業出版)を今日から読み始めました。著者は精神医でSF評論の視点からシュルレアリストを捉えています。扱っている画家はボッシュ、ダリ、マグリット、エッシャーで、偶然にも私は最近「ダリ展」(国立新美術館)や「エッシャー展」(そごう美術館)を見たばかりでした。本書はこの二つの展覧会を見るずっと前に購入して自宅の書棚に仕舞い込んでいたので、奇遇としか言いようがありません。ダリやエッシャーの他にボッシュやマグリットも私の興味関心を引いていて、まさに自分にとってはツボに嵌まる書籍と言えそうです。今までの読書歴を鑑みても、私の趣向する分野の範疇は決して広いモノではないなぁと思っていて、NOTE(ブログ)にアップする話題も限定的になっていると自覚しています。若い頃は、柔軟にあれもこれも吸収しようと思っていたのですが、知識欲の嗜好が徐々に狭まってきている今は、加齢による好奇心の衰えかと自分自身のことが心配になっています。読書もRECORDも継続は出来ても、幅が広がっていないジレンマがあるのです。ともあれカフカの小説に続いて、今回はシュルレアリズム関連の評論を読むことにしました。旧知の作品であっても視点が新しければ、そこに新たな発見があるだろうと期待しています。評論は多少難解さがあって通勤の友として相応しくないと思うのですが、自分が好きな画家の作品を扱っているので、充分楽しめるのではないかと思っているところです。

カフカ「城」読後感

「城」(カフカ著 前田敬作訳 新潮社)をやっと読み終えました。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、7月15日から読み始めているのですが、8月と9月の2ヶ月間読書をしなかったので、中断したまま鞄に携帯していました。今になって漸く読み終えた感じです。カフカ文学の特異性や全編に漂う不安定な雰囲気は、どうやら次から次へと読み進めたい気分を剥ぎ取っていくように思えます。これは古城のある小さな村に到着した測量士が、その村の人々の感覚に馴染めず、仕事を依頼された城に近づくこともできず、心理的に疎外されていく物語ですが、自分と多少重なる箇所があるとすれば、20代の頃暮らしたヨーロッパで私は似たような体験をしたことです。ただし、私は留学先の美術アカデミーに帰属意識がありましたが、単に異国と言うだけではすまない根源的な自己疎外感が、この物語の根底にあるようです。というのもカフカ自身の生い立ちに関係していることを「あとがき」で知ったからで、そのうちいくつかの文章を引用したいと思います。「『ぼくは、ぼくの家庭のなかで、他人よりもなおいっそう他人のように暮らしている』のだった。さまざまな世界にすこしずつ属しながら、どの世界にも完全には所属しない、生まれながらの『異邦人』ないし賤民、これが、彼の生誕の宿命的星座であった。」「いかなる世界にも所属できない異邦人であるということは、存在を喪失しているということ、存在の零地点に『流刑』されているということにほかならない。彼は、存在喪失という原罪を負うて生れたのである。彼の生涯の苦悩と努力は、いかにして世界に入場と所属をゆるされ、どうして存在の数値を獲得するか、という一点にかかっている。」これがユダヤ人カフカの生育歴であり、そこから導かれる主張には危険な部分も露見されるのです。「城」に登場する人々から感じられること、それは「理解せずして服従するという不可知論は、政治的にはファシズムへの服従を意味する」ということで、カフカ自身が作品の焼却を遺言したのは、こうした危険性をカフカ自身がよくわかっていたのかもしれません。

16‘RECORD4月・5月・6月分アップ

RECORDとは和訳すれば記録です。日々思いつくイメージをその日のうちに記録する意図で始めたRECORDでしたが、昼間は公務員をやっていて、夜に制作をするサイクルが、私には精神的に厳しい時があって、開始して2年目より5日間で同一イメージを展開する方法に切り替えました。テーマも月毎に決める方が負担が軽くなるので、現在の方法に落ち着いているのです。5日間の初日はイメージを捻り出すのに苦心してきました。そのため日頃から頭に浮かんだイメージを覚えておいて、具現化出来そうな絵柄を選んできたため、何とか今まで継続できているわけです。彩色は5日分をまとめて行います。当初、毎日1点完成させるのをノルマとしていましたが、最近は融通をつけて多少完成が前後しても可としていて、最後に辻褄を合わせることにしています。今年の4月は「うごめく」というテーマで制作してきました。象徴化や抽象化を図って蠢いている状況を作りました。5月は「まじわる」で、5日間の展開を活用し、何かが段階的に交わっていく状況を作りました。6月は「ながれる」で、水の流れや溢れた液体が零れ出す状況を作りました。イメージとしてはもっと他にもあったのですが、時間内で描ききるにはイメージも制約を受け、何とかカタチにしてきました。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした4月分~6月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

週末 陶彫制作に明け暮れる

昨日、疲労で制作が捗らなかった分、今日は頑張ろうと決めていました。朝から工房に篭りました。今日は大学院生もいて、それぞれの課題に向かって真摯に努力を続けました。陶土を叩いてタタラにしながら、6個の陶彫部品を何とか完成に近づけました。6個のうち柱陶が5個あります。朝9時から夕方4時まで精一杯の作業でしたが、気候がいいので気持ちよく取り組めました。背の低いテーブル彫刻の上面に展開する世界は、主だった部分は既に作り上げていて、そろそろ調整に入ろうと思います。同時に成形と彫り込み加飾を終えた陶彫部品を窯に入れていこうと考えていて、それぞれの陶彫部品の仕上げと化粧掛けをいつやろうか、可能ならウィークディの夜に出来ないか思案中です。新作は造形が例年になく細かいため、仕上げに神経を使いそうで、昼間に仕事で精神疲労をしているウィークディで、細密な作業が上手く出来るかどうか心配です。ともかく毎週末は今日のようなモチベーションで作業をやれれば、多少の余裕が生まれるかもしれません。そこに賭けていきたいと思っています。一日でも作業が上手くいくと欲張りになりますが、ウィークディの夜はあまり期待しないようにしようとも思います。職場では来年度人事を見据えた動きが出てくる上に、私自身のことも考えなければならず、そうしたことに心身を費やすことが多くなっていきます。気分的に夜の工房に来られるかどうかわからないのです。工房を後にして自宅に帰ってからソファに倒れるのは昨日も今日も一緒です。加齢という耐え難いものに勝てなくなるのはいつの事か、それでもまだ彫刻の素材と取っ組み合う意志は変わらず持ち続けています。また次の週末頑張りたいと思っています。

週末 職員親睦の機会

職場では大きなイベントが終わって、職員全員を労いあい、また親睦を深めるため宿泊研修会を企画しました。それぞれが専門職で別々に活動しているからこそ、私たちは組織的な対応が大切で、イベントを通じて連携を図るのは、職員全員の心をひとつにさせる重要な手段なのです。お互いの健闘を讃え、足りなかった部分を反省材料にすることで、私たちは先に進めることができるのです。コミニュケーションあってこその職場の運営なので、職員一人ひとりが気楽に管理職に、もの申す機会を私は逃しません。夜も更けて日付が変わっても熱心に話し合う場に、必ず私もいて、私に出来ることは何かを考えます。その中には無理難題もありますが、隠し事がないことが私の職場の自慢です。職場にはリーダーもいれば、経験の浅い職員もいますが、生の発言にコントロールを加えることなく、自由に意見を述べられる職場環境を私は目指しています。初任者を一人にしない、手厚く支援すると言ったリーダー格の職員に、私は心の中で頭を下げました。組織は形ではなく、こうした周囲の気配りや自分の仕事ではないけれど+αをやってくれることで成り立っていると私は思っています。お節介かもしれないけれど、私がやってやるわよと言った女性職員にも、心の中で頭を下げました。これが私の元気の源なんだと思います。今日の午前中に旅館から自宅に戻ってきました。疲れたけれど、大変良い機会だったと思っています。家の用事を済ませて、夕方工房に行きました。たいしたことは出来ず、陶彫部品の細かな仕上げをしました。明日は制作を頑張りたいと思います。

プロジェクション・マッピング

私の職場では年間2回祝祭的なイベントが行われます。前回は体育的なイベントで、昨日と今日行われたのは文化的イベントになります。察しがつく方や同業者には私たちの職業は明白ですが、ホームページのNOTE(ブログ)では拡散を怖れて敢えて職業は伏せておきます。私たちが働いている施設は横浜に百十数箇所あって、私の職場は小規模の範疇に入ります。通常は専門職として職員がそれぞれの活動をしていますが、イベントの時だけは職員同士が連携を図って、ひとつの目的に向かって突き進んでいきます。今回の私たちのイベントで大きな目玉になったのはプロジェクション・マッピングでした。私たちの業種では初めての試みだそうで、横浜市のある部署を司るトップが視察にきました。私はトップの人たちをお迎えし、プロジェクション・マッピングを制作するに至った動機や、制作者の紹介をさせていただきました。職場のモチベーションを上げるために打った手段でしたが、反響の大きさに職員も驚いていました。プロジェクション・マッピングをやってみようと起案した人に感謝です。制作工程は紆余曲折がありましたが、完成した作品に私は満足しました。プロジェクション・マッピングは何かと言うと、プロジェクションは投影という意味です。マッピングは投影する対象に映像をはり合わせる技法で、総合すると、これは単純な投影ではなく、立体物に映像を映し出し、3Dとしての効果を狙う表現手段なのです。私の職場では広い空間を持つ室内でプロジェクション・マッピングを行いました。音響に合わせて天井から星が降ってきたり、天井のブロックひとつひとつに異なった映像を、次から次へ出現させたりして、鑑賞者は目まぐるしい展開に拍手喝采でした。今後も継続・継承し、さらなる映像文化を築いていきたいと思っています。因みに私の職場ではプロジェクション・マッピング専用のソフトを購入し、プロジェクターを現場に持っていって壁や天井に合わせ、実際に投影しながら、撮影した映像の切り取りや部分的な位置合わせを行いました。地道な制作の中で、近隣にある大学の映像メディア研究室の協力も得ました。大学生のサポートがなければ完成しませんでした。職場の情報専門の職員に加えて、大学の知的財産を活用させてもらった成果は充分あったと自負しています。

「ポルト・リガトの聖母」雑感

先日訪れた国立新美術館で開催中の「ダリ展」において、ダリの宗教画とも言える巨大な「ポルト・リガトの聖母」の前で、私は暫し足を止めて見入ってしまいました。イタリア・ルネサンスの祭壇画を彷彿とさせる古典的手法で描かれた、現代のテーマを扱った絵画と言うべきでしょうか。聖母のモデルは、ダリの愛妻ガラだそうで、ガラはダリにとって聖母マリアそのものだったのかもしれません。核を用いた戦争によってダリは原子物理学を自作に取り入れ、さらに宗教画題や神秘主義に発展させていきました。科学と宗教の融合はルネサンス期にもありましたが、ダリが成し遂げようとした世界は、芸術史のスパイラルの中で、さらに深淵に臨むが如く危うく不穏な未来が予見されているように思えます。図録によれば「核実験、原子爆弾、広島と長崎の市街の原爆による壊滅的な被害は画家の創造に影響を与え、核爆発について知って以降、原子は彼の『好んでふける省察の主題』になったことを言明した。ダリは、この時期に描いた風景の多くが『爆発が発表されたときにわたしが経験した未曽有の恐怖』を表現していると語る。これらの作品の中では、当時ははるか遠くに暮らしていたにもかかわらず、故郷のカダケスやクレウス岬の硬くて鉱物的な風景に忠実であり続けた。~略~彼は1950年代に、原子核神秘主義を具体化した粒子の絵画を発展させた。彼はアメリカ滞在中にこの粒子の絵画について、新しい科学の発展という視野から宗教のテーマに取り組む試みであったと説明している。」とありました。制作場所が変われど、故郷スペインの荒涼たる風景を描きながら、来たる世界を予言するダリ・ワールド。情報が錯綜する現代の状況を鑑みて、ダリの主張した世界観をもう一度検証することも必要かなぁと思いました。

東京の「ダリ展」

20世紀を代表する巨匠サルバドール・ダリの絵画を初めて知ったのは、私が中学生の頃だったように思います。溶けた時計盤やら砂丘のような風景に不思議な人体が配置されている絵画は、私の時代には既に革新ではなくなっていましたが、感覚の不思議さは印象に残りました。高校時代にシュルレアリスムが美術史に位置づけられていることを知り、その旗手だったダリはシュルレアリスムの代名詞として印象に刻まれました。ダリの創造世界の変遷を知ったのは、もっと後になってからで、A・ブルトンによるシュルレアリスム運動の何たるかを、評論家瀧口修造の翻訳によって学び、その中でダリが果たした役割や影響を改めて知って、自らの記憶を更新したのでした。ダリは好きか嫌いか、私の中でその価値観はコロコロ変わりました。先日見に行った国立新美術館の「ダリ展」で、私のそうした趣向は極めて表層的であることに気づきました。ダリの創造世界は私の価値観を超えて、はるかに深く大きいものでした。ダリが生涯求めた創造への献身の前に、私は跪くような思いにさせられました。図録に「ダリの視覚的効果に対する情熱は、特にダブル・イメージや見えないイメージに対する関心に変わっていく。ダリは頑固なまでにダブル・イメージを具体的に再現しようとする。つまり、いずれの構成要素を変えることなく、ただ意図するだけで、全く異なったものに変形するイメージを獲得しようとする。」とあります。ダリ自身の言葉も添えられていました。「『見えないイメージ』の発見は、確かにわたしの宿命の一部に組み込まれていた。わたしが6歳のとき、『物事を違ったふうに見る』というわたしのほとんど霊媒的ともいえる力は両親や両親の友人を驚かせた。」超現実主義といわれる絵画は、ダリの資質の中から生まれたものであることが分かります。戦争が始まり、原爆が日本に投下された状況をダリが見て、ダリの世界観が変化していきます。ダリの言葉を引用します。「わたしは原子物理学のとてつもない進歩によってすでに予告されていた物質主義の終焉を確信しています。原子物理学の進歩は、新しい世代を宗教や神秘主義に向かわせることになるでしょう。」本展で印象的だった個々の絵画については別の稿を起こしたいと思います。

追悼 アンジェイ・ワイダ監督

ポーランドを代表する映画を数多く世に送り出したアンジェイ・ワイダ監督が90歳で他界したニュースが先日流れました。ワイダ監督の映画は私がかつて暮らしていたオーストリアのウィーンでよく観ました。私が20代の頃なので、もう30年以上も前になります。その頃のポーランドはソビエト連邦を中心とする東欧圏に属し、西側諸国から入国するにも厳しい審査がありました。「連帯」のワレサ議長(後の同国大統領)が台頭してきた時期で、そうした政治運動を覗いてみたいと思いましたが、旧チェコスロバキアやハンガリー、ルーマニアに行く機会があったにも関わらず、ついにポーランドには足を踏み入れずに帰国してしまいました。古都クラコウには行って見たいと思っていたのに返す返すも残念です。でもポーランドの美術や映画には大変関心があって、それがワイダ監督の映画をよく観た契機になっていました。政治色の強い内容でも、自由を謳い、自由のための闘いを追求していくワイダ監督の姿勢には、若かった自分の心にも響くものがありました。「地下水道」や「灰とダイヤモンド」は重い社会状況の中で右往左往しながら、自由への突破口を開こうとする人たちの生き様に心を打たれました。同時に反政府運動の空虚さが伝わってきて、何ともやるせない気持にもなりました。映画には検閲があって、ワイダ監督の作品はこの検閲に悩まされただろうことは想像に難くありません。「問題は検閲を容認するかどうかではなく、『検閲そのものを無効にしてしまうような映画を作ることなのだ!』とワイダ氏は著作で述べた。検閲は担当官が理解でき想像できる範囲にとどまり、本当の独創には及ばないと。抵抗の芸術家としての重い言葉だ。制約や緊張が芸術を鍛えた例の一つであろう。」(朝日新聞「天声人語」より抜粋)今後日本の映画館でワイダ監督の特集があるのでしょうか。もう一度ワイダ・ワールドに触れたいと思っているのは私だけではないと思います。

16‘RECORD1月・2月・3月分アップ

今日の話題は、先日に続いてホームページにRECORDをアップしたことです。先日撮影が終わった9月分までのRECORDですが、今回は今年の1月から3月までの3か月分のRECORDをアップしました。2016年の年間テーマはひらがな4文字によるものです。ひらがなは私の大好きな表示で、シンプルな軽妙さを感じるのです。アップする時に添えるコトバもひらがなのみの表記にしました。1月は「うまれる」、2月は「めばえる」、3月は「わかれる」で、それぞれ年間行事の中での季節感を盛り込んだテーマにしましたが、RECORDもコトバも制作過程でまるで季節感のないものになってしまいました。それでも1月は卵を意識したイメージで制作しました。2月は蕾が開くイメージでしたが、卓上で作っている作品を見て、よくわからないと家内に評されてしまいました。3月は職場の人事異動がある時期なので、人間関係が途切れて別れ別れになっても、それは新しく始める準備として蘇生していくことをイメージしたつもりが、やはりよく伝わらない造形になってしまいました。コトバに至っては、さらに個人的な吐露ばかりになっています。いずれにせよテーマは造形やコトバの契機を作るだけで、イメージを膨らませる手段に過ぎないと考えるようにしました。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした1月分~3月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。

週末 グローバルな会話

昨日に続き、朝から工房で陶彫の制作をしていました。今日も気持ちのいい秋晴れでした。今日は工房によく出入りしている若いスタッフが2人来ました。一人は東京芸大の大学院生で、工房で修了制作をやっています。もう一人は中国籍の子で、多摩美大で助手をやっています。近々栃木県足利市でグループ展があって、そこに出品する作品を工房で作っているのです。以前は頻繁に工房に来ていた2人でしたが、久々に顔を合わせました。昼食時間に弁当を食べながら、私は彼女たちと会話と交わすうちに、話題はグローバルな視点をもつようになりました。大学院生の子はインドネシアに留学しています。中国籍の子は日本で働いていますが、母国である中国を背負っています。私は20代の頃に5年間オーストリアに暮らしています。今まで私と関わりのあった若い子たちは、全員日本人で将来に不安を抱えながら創作活動をやっていた子たちだったので、会話の質が違っていてグローバルな話題はありませんでした。現在の工房に出入りしている子たちは国際派です。勢い私も昔の苦い留学体験を思い出さざるを得ない状況になりました。会話の口火は中国籍の子が切り出しました。中国人のコピー文化を仕事中に咎められ、彼女は傷ついたけれど、周囲の人たちは助けてくれようともしなかったと言うのです。日本人の中で、唯一中国人として働く者の感情の機微が、周囲の人たちに理解されず、そこがつらいと言っていました。私もウィーンでそんな思いをしたこともありました。西洋起源の彫刻を学びに来ている者のつらさは、時代が変わっても依然としてありました。外国に客人として受け入れられているうちならまだしも、馴染んでいけばいくほど益々自分が背負ってきた文化や国を巡る課題が浮き彫りになってくるのです。グローバルな教育を目指すと各大学は謳っているけれど、本当のところはどうなのでしょうか。草の根的にそれは浸透しているのでしょうか。私は少なからずその時に、自分のアイディンティティを築かなくてはならないと自覚しました。定番の日本伝統文化や風俗を売り物にすれば、外国人はすぐ受け入れてくれます。そうではなく生誕地で培ったアイディンティティで、国を超えて説得できるほどになりたいと思っているのです。そんな大きな視点が会話の中で出てくるのが現在の工房の状況なんだと思いつつ、これは格別に楽しいと感じたひと時でした。

週末 秋晴れの工房

今日は秋晴れになり、気持ちのいい一日でした。どこかへ行楽に行きたい気分を押さえ、朝から制作三昧で相変わらずの一日を過ごしました。大学院在学中の若いスタッフが朝から来て、修了制作に励んでいました。私の職場から散歩がてらに来た職員も、水彩画を描いて楽しんでいました。工房内には適度に緊張した空気が流れて、今日は陶彫成形が進みました。季節としては今が一番制作ができる時期だと思います。週末だけではなくウィークディの夜も作業に勤しんでいる所以です。ウィークディは仕事から帰ってから工房に出かけ、また工房から戻るとRECORDの制作やNOTE(ブログ)が待っています。これはなかなか厳しいスケジュールですが、今が絶好の機会と捉えて頑張っているのです。それでも制作工程通りにはやり切れず、週末はその穴埋めをやっているのが現状です。そろそろ背の高いテーブル彫刻に挑まなくてはならないと思いつつ、ついウィークディの穴埋めに時間を費やしてしまいます。今日も制作は進みましたが、新作の困難なところは手が出せずにいました。明日の制作予定でも背の高いテーブル彫刻は後回しにしています。背の高いテーブル彫刻の陶彫部品は今月中に始めていかないと間に合わなくなります。来週末か再来週末か、まず第一歩を踏み出そうと思います。とは言え、いくら勇ましいことを考えていても今日は身体がつらい状況もありました。土曜日はウィークディの疲れが残っているのか、身体が思うように動かないのです。毎回のことなので気にしていませんが、夕方にはヘトヘトになっています。秋晴れの好天に気分が上がって今日は頑張れましたが、夜はグッタリしています。明日は回復するでしょう。明日も制作続行です。

ノーベル文学賞雑感

今年のノーベル文学賞に米歌手のボブ・ディランが受賞したと聞いて驚きました。職場にある新聞がどれも一面を割いて、このニュースを伝えていました。ボブ・ディランはシンガソングライターで、とくに自ら作詞したものに文学性が認められたわけですが、本流を歩む文学者にはやはり反発があったようです。ボブ・ディランには時代の寵児として反戦などの社会風刺を詞にしたり、また内面性を掘り下げた難解な詞を連ねた歌もあります。私は高校生の頃に、本家だったボブ・ディランの前に分家の日本人フォークシンガーによりボブ・ディランを知りました。現代詩に曲をつけた小室等や社会派フォークの旗手だった岡林信康を筆頭に、その後に続く吉田拓郎や井上陽水を当時頻繁に聴いていて、詞はメロディーを飾るモノくらいにしか考えていなかったあの頃の歌謡曲とは違う表現に痺れていました。やっと社会に目を向けた高校生の耳に畳みかけるように訴えかけてくるコトバに戦慄さえ覚えました。その本家本元にはすぐに馴染むことができました。まず聴衆に訴えたいことや考えて欲しいこと、行動して欲しいことがあって、それを叫んでいるうちメロディーに乗せるようになった、そんな歌作りがボブ・ディランから見えてきます。「歌詞には象徴的表現が多く、多様に解釈できる。本人は『言葉は違う意味を持ち、また意味を変える。10年後には別の意味になる』と明かしている。」「♪何回弾丸の雨がふったなら武器は永遠に禁止されるのか?~略~こたえは風に舞っている♪」(読売新聞より抜粋)現在も中東では空爆があり、日本の近隣では核開発や海での挑発行動が絶えません。50年前に作られた詞に今も共感を覚えるのは、世界が少しも変わっていない証拠かもしれません。

橫浜の「エッシャー展」

既に終わってしまった展覧会の感想を述べるのは恐縮ですが、旧知の作品が多い有名な版画家の印象を改めて書きたいと思いました。オランダ人版画家M・C・エッシャーの作品を、私がいつ頃知ったか今も鮮烈に覚えています。私は高校3年生になってから工業デザイナーを目指して東京の予備校に通い出しました。ちょうどその頃、予備校でデッサンや色彩構成を教えていた講師の方々に、エッシャーのトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画を見せられて、その巧みな構成に衝撃を受け、暫し画面から目が離せなくなりました。鳥から魚に変容する画面、蜥蜴の嵌め込まれた絵から立体的な蜥蜴が現れる画面、黒い人物と白い人物が嵌め込まれた絵から浮き出して反対方向に歩き始め、円形の池を回ったところでお互いが出会って握手する画面、登っても登りきれない階段、永遠に流れ続ける滝、その作品ひとつひとつが10代の自分には信じ難い画面構成を印象づけました。自宅の書棚にはエッシャーの画集が何冊かあります。展覧会の度にエッシャーの画集を買ってしまうのが私の癖になってしまいました。そんな経験があったので、横浜そごう美術館で開催されていた「エッシャー展」に行こうかどうか迷っていましたが、結局行くことに決めました。ここで注目したのは初期のイタリアの風景を描いた作品でした。初めて見る作品もあって、丘に建物が並ぶ風景は私を虜にしました。トロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に辿り着くまでに、独特な遠近法で風景を捉えたエッシャーは、木版技法にも独特な線描をもち込んでいます。最終的にはトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に全て生かされるこれらの方法の芽生えに、私の興味は尽きません。架空都市を彫刻で作っている私は、現実の都市を架空化してしまうエッシャーに憧れを抱いています。大学に入って初めて行ったエッシャーの展覧会で、書籍の他に購入したものに大きなポスターがありました。「四面体の小惑星」という木版画のポスターでした。それを自分の部屋にしばらく飾っていて、形態の不思議さを朝夕眺めていました。模倣を可能にする能力を持ち合わせていない自分は、彫刻が抽象化に進む際に、そのポスターが頭を過ぎり、自分なりの抽象へ向かったように記憶しています。抽象化は日本の自宅から遠く離れた海外で行いましたが、日本での記憶の糸が繋がっていたのかもしれません。

「旅の修道士は見た」雑感

師匠である彫刻家池田宗弘先生は、真鍮直付けという手法で作品を作っています。人体はジャコメッティのように細長く引き延ばされて、そのシルエットがとても美しいと私には感じられます。これは量感を見るのではなく、人体や樹木等に切り取られた空間を見るものではないかと思います。そのため作られた樹木は枯れ木の場合が多く、枝が交差する雰囲気がとても良いのです。池田先生は風景描写のような一場面をよく作品化しています。軽妙洒脱なスケッチを見るようです。山本正道氏とは違う意味で、池田先生は風景彫刻を作られていると私は認識しています。今回、自由美術展に出品された「旅の修道士は見た」ではマントを羽織った修道士と対峙して、背に翼を持った悪魔が登場しました。最近、池田先生がキリスト教会にモニュメントを依頼された時に、制作費用を巡って神父とトラブルになりました。作品は完成に近づいていたため先生は大変困ったようです。契約書を取り交わしたにも関わらず、教会内部の勢力争いに先生が巻き込まれたように私は理解しました。最終的に決着はしたようですが、今も先生は納得していません。その頃、神父に悪魔が取り憑いたのではないかと先生は私に話していました。その神父がその後、病床に伏したこともあって、何か因果のようなことを感じずにはいられません。そこで新作の彫刻に二枚舌の悪魔が登場したのでした。悪魔も先生独特な細長い姿態をしていますが、どこか無骨です。先生が遭遇した人間の悲しい性、それを表現せずにはいられなかった彫刻家、新作「旅の修道士は見た」にはそんな制作動機があります。弟子が余計なことを書いてしまったかもしれません。それ以上書くと先生の逆鱗に触れるので、ここで止めておきます。

15‘RECORD10月・11月・12月分アップ

ホームページに2015年RECORD10月分~12月分をアップしました。先日、2015年10月から2016年の9月までの1年間分のRECORDの撮影をしたので、今後は次々にアップをしていきます。昨年の月々のテーマは漢字一文字で表していました。10月は「遮」、11月は「獣」、12月は「剥」でした。10月のテーマでは、なかなか思うように直進できない自分の心情を表現していて、壁に押しつける手や格子に遮られた自画像を描いていました。11月のテーマは今年の干支である猿や飼い猫のトラ吉を描きました。猿は年賀状に使用しようと思って作りました。11月のコトバでは、鬱蒼とした密林の芳醇な酸素を吸い込んでいる獣をイメージしました。12月のテーマは剥がれるイメージで制作しましたが、完成作品を見返してみるとモノが剥がれているようには見えず、画面を構成的に作り上げることに専念してしまった嫌いがあります。12月のコトバでは、身包み剥がされて粉骨してしまう自分を描いていて、新年度の人事面で切ない気分に浸っていた昨年末を思い出しました。たいした原因はなくても気分の反映がRECORDやコトバに表されていることがよくあります。日々坦々と作っているRECORDなのに、あの時はこうだった、この時はあんなことを思っていたと記憶を辿ることが出来るからです。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。