昨晩は区単位での管理職の集まりがあり、新たなメンバーを加えて歓迎会を行いました。私たちの職場は不祥事等の新聞報道に多大な影響を受ける職場ゆえに、管理職同士が相談し合える関係作りが必要なのです。お互いの気持ちを出しあうことで、日頃の精神的負担は軽減されると思っています。今晩は職場の歓送迎会でした。今まで難しかった場面で粘り強く運営を支えてくれた離任職員に敬意を払い、積もる話を聞く機会を持ちました。また、今年度から新たに加わった職員とは、今まで通り組織的な対応が図れるように気持ちの共有をしました。勤務時間外のこうした会は不可欠なものです。歓送迎会が毎年ある度に、出会いと別れを噛み締め、新たな一歩を踏み出す時でもあります。また1年間、頑張っていこうと思います。
芸術家である後ろめたさ
2013年 4月 18日 木曜日
世界的に認められた芸術家は、作品によって生活経済が豊かになり、またアシスタントも雇えるのだろうと推察しています。彼らは若い頃苦境に立たされた時期があっても、やがてパトロンが現われ、美術館が作品を買い上げて、誰にも憚れず作品を作っていられる身分なのです。現在読んでいる「ジョセフ・コーネル 箱の中のユートピア」(デボラ・ソロモン著 林寿美・太田泰人・近藤学訳 白水社)の中に世界的に認められた芸術家としては考えられない一文があったので抜粋します。「地下室の仕事場が静まりかえることはほとんどなかった。一階上で母親が歩きまわり、鍋釜がガチャガチャと鳴り、彼の衣服を洗濯するあいだ水がシューッと水道管を通って流し台を満たすのが聞こえ、母が忙しく立ち働いているのに自分は無為徒食、芸術家としてどれだけ価値があるのか定かではないのだ、と思い出さずにはいられないのだった。」伝記からすれば些細な描写ですが、自分にはコーネルの妙に生々しい生活が見えて気に留まりました。芸術家である後ろめたさ。コーネルの伝記は自分の感情の機微に触れてきて、今後の読書が楽しみでなりません。
「ダンス」の「跳」的イメージ
2013年 4月 17日 水曜日
今月のRECORDのテーマを「跳」にしています。新年度が始まる4月に相応しいと思い、気分が昂揚する「跳」を選びました。「跳」的イメージはオリンピックの高跳びや動物の跳躍を思いつきましたが、古今東西の美術作品としてはマチスの描いた「ダンス」かなぁと思っています。それは複数の人物が輪舞する象徴的な絵画で、一度見ればその姿態が目に焼きついて忘れられなくなる作品です。自分も「ダンス」に倣って、人物が舞い踊る様子をRECORDに描いてみようと思い立ちました。なかなかマチスの束縛から離れられない構成になりましたが、人物の姿態を自分なりに単純化し、「跳」的なイメージになるように工夫をしてみました。まず人物の具象デッサンを段階を踏んで単純化していきました。その途中経過もRECORDに描き入れました。有彩色を使うと、それこそマチスの亜流になってしまうので、灰色とシルバーを使いました。
朝夕の風景雑感
2013年 4月 16日 火曜日
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、目覚ましが鳴ってもなかなか起床できず、その分朝食は慌ただしい時間の中で済ませています。最近の調査で定時に朝食を取るかどうかで、生活習慣病に影響することが新聞に掲載されていました。自分は豆好きなので納豆を朝食につけています。栄養効果はよくわかりませんが、健康面というより好きだから食べているのです。三寒四温の季節なので、自宅を出るときはスーツのままで行こうか、軽い防寒着を着ようか迷うことがあります。自宅からバスの停留所までが寒いと感じる時間帯で、バスや電車に乗ってしまえば防寒着の必要を感じないのです。夜、自宅に帰ると夕食の時間を挟んでRECORD制作があります。今読んでいる米人造形作家のコーネルの伝記の中に、二足の草鞋生活を送るコーネルが台所で制作をしている場面がありますが、自分をそこに重ね、コーネルに励まされてRECORDを作っています。たまに夜間営業している近隣の施設に水泳に行きますが、無理をしない範囲でやっていて、これが自分の体調のバロメーターになっています。就寝前は飼い猫をからかいながらNOTE(ブログ)を書いています。今日は朝夕の風景を気儘に綴ってみました。
代休 密度ある時間
2013年 4月 15日 月曜日
今日は土曜出勤の代休日です。一日制作をしていたいところですが、午後に出張があって代休を丸一日取れません。管理職になってから休日出勤が当たり前になっているので、休みが取れないことは慣れてきましたが、図録撮影を控えたこの時期の出勤は辛いものがあります。かくなる上は午前中の時間に一所懸命制作をして密度の濃い時間を過ごすことにしました。午前中に木彫仕上げ彫りを完成させ、6点の木彫ボックスの中に陶彫を配置しました。陶彫は集合体なので、それぞれの部品に番号をふって畳大の6点屏風に収めました。陶彫部品は40個ありました。いよいよ完成図が見えてきました。後は穴あけ、接着等の展示のための作業があります。次に油絵の具を大量に使う絵画的な仕事が待っています。午後は出張の前に画材店に寄って油絵の具や溶き油を購入してきました。公務としての出張を挟んで今日やるべき仕事はやりました。時間のやりくりで何とか制作工程を変更せずに済みました。大きな失敗がなかったことが今のところ救いになっています。
絵画的ニュアンスについて
2013年 4月 14日 日曜日
自分の立体作品は木材を塗装したり、部分的に炭化させることがあります。陶彫は焼き締めるので塗装はしていませんが、陶土を混合し、多少のニュアンスが出ることを制作意図にしているので、木材で行っている素材変容と同じと言えます。木材の塗装はニーヴェルスンのように形体を明確にするため黒く塗装するのとは異なり、むしろ絵画的なニュアンスを重んじています。陶彫とのコラボレーションを考えて色彩計画を練るので、変化に富んだ塗装になります。絵画的と言っても絵筆は使わず、アクションペインティング風の絵の具を撒き散らす方法を取っています。塑造したり彫ったりする彫刻的作業はもとより自分は絵画的なニュアンスを盛り込んだ作業も好きなのです。そろそろ「発掘~地殻~」の木彫仕上げ彫りが終わり、油絵の具による塗装作業の計画を練っているので、今日はこんなことを書きました。
25年度 休日出勤の日
2013年 4月 13日 土曜日
新年度になり職場では新しい職員体制で仕事が始まっています。1年間で何回か組織的な休日出勤日が予定されていて、今日がその第一日目でした。代休は15日(月)ですが、自分はその日に出張があって代休が取れません。「発掘~地殻~」の制作が佳境を迎えている時期に厳しい日程ですが、出張の際に足を延ばして塗装用の油絵の具を購入してこようかと思います。今日は土曜日のためか通勤ラッシュがなく余裕をもって出勤できました。仕事内容はウィークディと変わらないので、今日が土曜日であることを忘れてしまいました。かつて自分がこの職種に就いた時の土曜日は勤務日でした。現在は週休2日制が定着していますが、再び土曜出勤が制度化される日が来るのでしょうか。二足の草鞋を履く身としては現行制度が有難いと思っています。
RECORDとコトバ
2013年 4月 12日 金曜日
RECORDは日々のイメージの記録として、一日1点制作を自分に課している小さな平面作品です。月ごとにテーマを決めて5日間でイメージが展開するパターンが現在定着しています。ホームページにアップする際に月ごとのコトバも添えていて、月のテーマをコトバのタイトルにしています。平面作品とコトバの関連性はテーマだけで、造形表現と文章表現は別々の世界です。テーマが年によって語彙や形容詞の場合がありますが、これからホームページにアップをしようとしている2011年は、月ごとのタイトルがありません。2011年は抽象表現を徹底した1年間でした。そのためテーマとなるコトバを平面表現から選び出すことにしました。差し詰め1月は「滲」で滲ませる技法が多く見られるところから選びました。2月は「掠」で掠れを多用していました。3月は「縞」で縞模様が主流、4月は「彩」で色彩感のある表現が主流になっています。このようにして平面作品から受ける印象を元に後からテーマを探っていく方法を考えました。そこで次にコトバですが…詩作に対する憧れだけでは生まれてきてくれないのがコトバだと自分は感じます。
J・コーネルに魅せられて…
2013年 4月 11日 木曜日
小さな箱の中で独自の造形世界を作ったジョセフ・コーネル。アメリカ人のシュルレアリストとして認識していた自分はコーネルの伝記を読んでいて、コーネル自身がシュルレアリストとして自分を意識づけたことは一度もないことを知りました。「ジョセフ・コーネル 箱の中のユートピア」(デボラ・ソロモン著 林寿美・太田泰人・近藤学訳 白水社)を通勤電車の中で読んでいて、それまで巨匠と呼ばれた芸術家の伝記とはまるで異なるコーネルの生涯に、自分は徐々に魅せられています。ウィークディは布地工房で働きながら夜になって自宅の台所で箱を制作するコーネル。気難しい母親と身体障害者の弟を気遣いながら、コーネルは日々給与のために働き、自分の部屋さえ持てない慎ましい生活を送っています。美術教育は受けておらず、収集癖があり、そうしたコレクションによって創作活動を支えていたコーネルは、生来備わっていた詩魂によって、現存する優れた作品を作っていくのです。まだ伝記は前半部分ですが、二足の草鞋生活だけは自分と同じで、台所で疲労のため呆然とするコーネルに共感を覚えます。自分以上に過酷な生活条件の中で、過去の記憶を箱に封じ込めたコーネル・ワールドの虜になりそうです。
脱力と覚醒
2013年 4月 10日 水曜日
夜、帰宅すると身体全体がだるくて何もする気が起きない日があります。眠くて仕方がないのは三寒四温の季節のせいなのか定かではありませんが、家内も同じようにだるいと言っているので妙な病気ではなさそうです。夕食を済ませた後、自分にはRECORD制作やNOTE(ブログ)更新があって、今晩は何も出来そうにないと思っている中で、止むに止まれずRECORDを描き始めると、不思議なことにだるさは無くなっていきます。身体に脱力感が出るのは疲労が表に出るのであって、身体が休まっている証拠と人から言われたことがあります。その後に元気を回復するので成程その通りと思っていますが、制作で脱力感が忽ち消え、身体が覚醒するのは疲れを溜め込んでいる状態なのかもしれません。精神は解放されますが、身体には多少の緊張を強いることになるのです。脱力と覚醒をうまく使い分けて、身体も精神もいい状態に保持できるのが人生の達人と言えそうです。自分もそうありたいと願うばかりです。
展示をするための仕事
2013年 4月 9日 火曜日
今年発表する「発掘~地殻~」は6点の屏風から成る半立体作品です。部品を組んだ陶彫集合体と集積材を使った木彫を合わせてひとつの表現にしています。屏風なので、陶彫部品はそれぞれボルトナットで垂直な厚板面に取り付け、木彫は接着材で貼り付けます。そのため厚板に陶彫部品の接合用の穴を開けたり、木彫を施した木材を接着する仕事があります。それは創造的な仕事ではありませんが、展示するための重要な作業です。最後に木彫部分は油絵の具で塗装しますが、その前に木彫の接着を行いたいと考えています。穴開けには電動工具を使いますが、木彫の接着は音が出ないので、ウィークディに夜間作業を行っても近所迷惑にはならないかなぁと思っています。厚板に木彫を接着すると1点が相当の重量になります。6点の半立体になった作品をどう移動させて、どこで塗装するのか思案しています。スタッフは週末しか来ないので、自分一人で移動させる手段を考えます。
4月RECORDは「跳」
2013年 4月 8日 月曜日
4月に入って一日1点のRECORD制作が厳しいと感じています。公務員としての仕事、彫刻家としての制作が押せ押せで、夜は疲れてしまってRECORDの小さな白い画面を見るのが苦痛になっています。何も描かれていない画面はあらゆる可能性に満ち、またイメージが湧かない時は恐怖さえ感じます。たとえ画面が小さくても創作へ向かう気持ちは同じです。意地を張ってでも毎晩RECORDを描いていますが、なかなか集中力が出てきません。ただ、これは創作の不思議なところでもあるのですが、力が抜けている時に思わぬ素晴らしい世界が開けることがあります。今回はそれを期待してRECORDを継続していきます。4月に相応しいテーマとして「跳」を選びました。若葉が芽吹き、跳躍する季節に「跳」というテーマでRECORDに取り組んでいきます。
週末 木屑だらけの一日
2013年 4月 7日 日曜日
今日は朝から工房で木を彫りました。「発掘~地殻~」の6点屏風の木彫荒彫りが全て終わり、そのうち仕上げ彫りは4点終了しています。来週末に木彫は完成予定です。そこから油絵の具による塗装に入ります。油絵の具を使う段階で、作品は彫刻から絵画領域に入ります。絵の具を散らせ、陶彫部品との対峙または調和を考えながら進めていきます。自分の作品は彫刻と絵画の要素が双方あって成立する作品なので、油絵の具の塗装も最後の重要な工程です。今日はそんなことも念頭に入れながら木を彫り続けました。朝から夕方まで鑿先を見つめ、身体は木屑だらけになりました。床に落とした木屑は毎回ゴミ袋に入れて処理していますが、今までどのくらいの量になっているのか見当もつきません。木屑は彫っている途中や作業の最後に箒で履き寄せますが、大小の木屑を掃除していると不思議に気持ちが落ち着きます。細かな木屑が服にも付着していて、自宅に帰った後、床に小さな木屑が点々と落ちています。完成間近になってようやく木彫のリズムが出来てきました。また来週、リズムに乗って木を彫り続けようと思います。
週末 新年度イベントの後で…
2013年 4月 6日 土曜日
昨日、職場では新年度の大きなイベントがありました。職場では例年3月初め頃と4月5日に職場全体に関わるイベントがあり、全職員が協力して取り組むのです。そのせいか今日は少々疲れ気味でした。朝から工房で木彫の作業をやっていましたが、夕方4時頃には疲れが出て、暫し呆然とすることがありました。それでも夜は近隣のスポーツ施設に泳ぎに行きました。二束の草鞋生活になって、自宅で何もせずに過ごすことのない自分ですが、今日ばかりはゴロゴロしていたいと思っていました。ところが、朝になってみると無意識に足が工房に向き、いつものように作業を始めている自分に気づきました。夜のスポーツも同じです。難なく作業もスポーツもやってしまうので、これは気分的なもので体調不良ではないと認識しました。自分は気分に左右されることが少なく、決まった時間にコツコツと作業に取り組むのが得意です。作品も一気呵成に作り上げることがなく、労働の蓄積として生まれるものです。今日も疲れていると思いつつ鑿の刃先だけを見つめて過ごしました。明日も同じです。木彫がそろそろ完成に近づいています。明日も頑張ろうと思います。
「夢の家ⅩⅩⅩ」雑感
2013年 4月 5日 金曜日
「夢の家ⅩⅩⅩ」は1972年に作られたルイーズ・ニーヴェルスンの彫刻です。先日行ったDIC川村記念美術館「BLACKS展」に展示されていて、とくに印象に残った作品です。箱を積み上げて、その中に様々なモノをアッサンブラージュし、全てを黒く塗装したニーヴェルスンの彫刻は、壁面の大きな部分を占めて存在しています。そうした作品群とは、ちょっと趣を異にしているのが「夢の家ⅩⅩⅩ」で、箱を積み上げたユニットではなく単体で表現された作品です。ニーヴェルスンの作品にしては、比較的小さく縦に長い直方体で上部は切妻屋根になっています。一見すると積木細工のように小さな角度の付いた矩形で覆われていて、土俗的であり未来的でもある住居のようにも見えます。自作と繋がる要素を感じて印象に残りました。自分は表面に矩形が刻まれた碑が大好きで、人々の営みの記憶をそこに見て取るのです。「夢の家ⅩⅩⅩ」からそんな恒久なる歴史に思いを抱いてしまうのです。
ルイーズ・ニーヴェルスンの黒い彫刻
2013年 4月 4日 木曜日
先日出かけたDIC川村記念美術館「BLACKS展」に15点もの作品が展示してあったルイーズ・ニーヴェルスンは、自分がかなり前から注目している女流彫刻家です。自作と似ているとすれば、全体に黒い色彩を施して箱型に詰め込んだ半立体の彫刻という外見だけですが、その外見ゆえに自作の展示の仕方に利用できるところが数多くあります。「BLACKS展」では照明を落として、しかも部屋一面を黒い壁にして闇の演出をしていました。そこに黒い作品が置かれ、かすかな照明が当てられた雰囲気は、深遠の中から立ち上がる静謐な宗教性をもったオブジェに見えました。またひとつひとつが棺のようにも見え、生と死を鑑賞者に考えさせる装置であるかのような趣もありました。箱に入れられた部品をよく見ると、椅子の脚を初めとする諸々の用途に使われたもので、そうした廃品を寄せ集めて、彫刻として永遠の命を与えている言わば再生芸術です。廃物を再生させる手段が全てを黒く塗装すること、作品が置かれる場の演出をすること、それにより不可思議な雰囲気が現れ、お馴染みのニーヴェルスンの世界が登場するのです。「私が黒を使うようになったもともとの理由の一つは、形をよりはっきり見せるためでした。黒が一番強く、そして明確であったからです。」とニーヴェルスンは述べています。つまり形を形として認識させるために素材感を消し、色彩を消し去るという訳です。「BLACKS展」でニーヴェルスンのまとまった作品群が見られたことは本当に良かったと思っています。
F・ベーコン「三つの人物像と肖像」
2013年 4月 3日 水曜日
表題は画家フランシス・ベーコンによる大作絵画で、図録によると1975年に描かれています。先日、東京国立近代美術館で開催中の「フランシス・ベーコン展」に行き、とくに印象深かった作品です。ベーコン独特の歪められた人物像が複数描かれていて、中央の上部に肖像画が掛けられた室内を描いたものです。複数の人物の関連性は絵画から読み取ることができず、ただ肉体の塊の変容があるに留まっていますが、このデフォルムに自分は生々しい皮膚感を感じ、妙にリアルな錯覚を与えられました。これはベーコンの世界に共通するもので、自分は写実より現実そのものに近い肉体感覚を感じてしまうのです。ベーコンが同性愛者であったことを今回の展覧会で知りましたが、「三つの人物像と肖像画」に見られる男性的な筋骨隆々とした変形人体の表現動機がこんなところにあるように思えます。脊柱が飛び出ている人物は自殺した恋人のジョージ・ダイアであることが資料写真から判ります。ベーコンの独特な感性は実際の作品を見ることで強烈に伝わってきました。かつて雑誌で紹介されていた作品写真では分からなかった凄みが今回の展覧会にあったと思います。
「ジョセフ コーネル」を読み始める
2013年 4月 2日 火曜日
20世紀アメリカが生んだ異色の造形作家ジョセフ・コーネル。20世紀のピカソを初めとする革新的な芸術家達の生涯を賭けた華々しい活躍に比べると、内向的で地味なコーネルは、自分にとって現代美術史に隠れた謎に満ちた存在でした。コーネルの独特な作品を知ったのは、故瀧口修造による評論が契機になり、コーネルの箱に封じ込まれた小宇宙を一度この目で見てみたいと思っていたのでした。3年前、千葉にあるDIC川村記念美術館でコーネルの展覧会があって、ようやく実物と対面できました。これを見るために千葉までやってきた甲斐があったと思いました。まさに私的内面の吐露を詩魂をもって表わしていると言うべきか、アッサンブラージュの取り合わせの意味を改めて考えさせられました。そうしたコーネルに関する伝記が書店にあったので、早速購入して読み始めることにしました。「ジョセフ・コーネル 箱の中のユートピア」(デボラ・ソロモン著 林寿美・太田泰人・近藤学訳 白水社)を通勤時間帯にコツコツ読んでいこうと思います。波乱に富んだ人生ではなく、引篭もった一人だけの空間で、心の中にドラマを秘めた男の生涯が自分にはイメージされていますが、果たしてどうなのか、本書の中で描かれるコーネルの伝記を楽しんでみようと思います。
4月 新年度開始の日
2013年 4月 1日 月曜日
4月になりました。職場は新年度を迎えました。4月は出会いと別れの季節です。自分も今の職場に昨年4月に赴任してきました。月日が経つのは早いもので、あれからもう1年が過ぎたとは考えられません。2年目の職場ともなれば、すっかり慣れているので気持ちの負担は軽く、僅かながら余裕もあります。創作活動の方は逆に余裕がありません。昨日も突然思い立って千葉の美術館に出かけてしまったので、今月の作業は時間的に一層厳しいものになります。目標としては「発掘~地殻~」の木彫の仕上げ彫りの完成、油絵の具による塗装、そして屏風に仕立てるため厚板に木彫を接着する作業もあります。ただ、「発掘~連築~」や陶紋シリーズが既に完成しているので、そこが救いと言えます。職場では毎年この時期に限って書類作成に忙殺されてしまいますが、制作の方も前述した通りの有様で、今月は二足の草鞋双方が山場を迎える1ヶ月になりそうです。
週末 制作と鑑賞の狭間で…
2013年 3月 31日 日曜日
自分の制作には思索あり、他の作品の鑑賞もまた思索あり、で制作時間に追われているのは重々承知の上で、今日の午後は美術館に出かけてしまいました。午前中は午後の時間を空けるため、木彫の作業に集中力をもって取り組みました。そうまでして行きたかった美術館は、横浜から遠い千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館です。現在開催中の「BLACKS展」のルイーズ・ニーヴェルスンの彫刻を見たかったのです。ルイーズ・ニーヴェルスンの黒く彩色した箱形の立体は、かなり前から注目していたにも関わらず、まとまった展示が見られませんでした。所蔵されている日本の美術館も少ないため、今回の機会を逃すとルイーズ・ニーヴェルスンの世界を体感するのが難しいと思えたからでした。このところ金曜日の夜に東京の美術館に出かけていますが、千葉まで足を伸ばすのはウィークディは無理と思い、そこで今日しかないかなぁと考えました。厳しいスケジュールの中でわざわざ千葉まで車を飛ばす意義はあるかと、午前のうちは木を彫りながら自問していましたが、やはり行って良かったと思いました。彫刻は実物を皮膚感覚で味わう必要があること、それにより自分の制作に繋がる思索を深められたことが大きな収穫でした。「BLACKS展」やルイーズ・ニーヴェルスンの立体作品については後日改めて書きたいと思いますが、今日はDIC川村記念美術館の庭園にある桜や木瓜、木蓮の花が一斉に咲き乱れ、一緒に来た家内も大喜びでした。年度末最終日に自然からの煌びやかな贈り物を頂いた気がしました。
週末 撮影までの工程
2013年 3月 30日 土曜日
3月最後の週末になりました。先日カメラマンから連絡があって、今年の図録の撮影日を5月6日(月)にしました。ゴールデンウィーク最終日です。撮影日が決まったことで完成のゴールが見えてきました。それまでに何回週末があって、その限られた時間の中でどう仕上げていくのかを今日は検討しました。やり直しは原則的には出来ませんが、妥協をしたくない思いもあり、万一やり直しと言う事態になったらどうしょうか考えました。木彫が終われば油彩による塗装があります。塗装は木彫とは違い騒音が出ないので夜間制作が可能です。来月は塗装まで到達することを目標にしたいと思います。油彩は何回か重ね塗りをして、絵の具を霧状に撒き散らせることも予定しています。次は絵画的な作業が待っています。木彫の彫り跡を残しているので、今回は砂マチエールの使用はありません。仕上げ彫りが終わったら塗装開始です。いずれにせよ昨年より遅れ気味の制作工程になっています。今日も夢中で木彫に取り組みました。
勤務終了して美術館へ その2
2013年 3月 29日 金曜日
先週の金曜日に勤務を終えてから東京上野の美術館へ行ったことをNOTE(ブログ)に書いています。今日はその第2弾で、夜間開館している美術館に家内と行ってきました。行ったのは東京竹橋にある国立近代美術館です。同館で開催している「フランシス・ベーコン展」を見てきました。今まで自分はベーコンのまとまった作品を見たことがないので是非行ってみたいと思っていたのでした。竹橋に着くと皇居の堀を巡る大通りの桜が満開でした。夕暮れ迫る薄明の都会に、かくも真白き花々の饗宴。いい気分になって美術館に向かいました。「フランシス・ベーコン展」は適度に混んでいて、20世紀絵画に革新を齎した画家の作品を鑑賞するのには最高の環境でした。感想は機会を改めますが、美術館を出た後もベーコン絵画の余韻に浸りました。外はすっかり日が暮れて、ライトアップされた夜桜に都会の喧騒を忘れる思いでした。仕事帰りに立ち寄る美術展鑑賞を2週続いてやりましたが、これは間違いなく充実した一日になります。また機会があれば続けたいと思っております。
夭折の天才ラファエロ
2013年 3月 28日 木曜日
ルネサンスの三大巨匠と言えば、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロです。3人3様の名作を残していますが、ダ・ヴィンチが67歳で没し、ミケランジェロが88歳で没しています。それを考えるとラファエロが37歳没という年齢で残した名作を挙げてみても、奇跡としか言いようのない事実が浮かび上がってきます。3人とも天才の名声を欲しい儘にしていますが、とりわけ夭折したラファエロは天才の中の天才と言えそうです。先日、東京上野の国立西洋美術館で開催されている「ラファエロ展」に行って、その至高の名作に触れてきました。そこで目に留まった名作の一つは「聖家族と仔羊」という小品です。年老いた父ヨセフと聖母マリア、そして仔羊に跨った幼児キリストが安定した構図で綿密に描かれていて、その情景から無意識に物語を紡いでいる自分に気づきました。というのも人物一人ひとりのキャラクターが浮かんでくるほど、自分はその表現の魔力に憑かれてしまいました。暫し立ち止まった後、当時ラファエロに影響を与えていたダ・ヴィンチにも考えが及びました。若いラファエロはダ・ヴィンチについて相当研究していると思われるところが随所に見られたからです。イタリア・ルネサンスはどんな時代だったのでしょうか。歴史に疎い自分には時代のイメージが掴めません。眼前の壁に掛けられたラファエロの絵画を見て、自分は浅薄な知識を総動員してルネサンス絵画に迫る試みをしながら会場を巡っていました。
「彫刻家との対話」読後感
2013年 3月 27日 水曜日
「彫刻家との対話」(酒井忠康著 未知谷)を通勤電車の中でとつおいつ読みました。前に同じ著者による「彫刻家への手紙」を読んだ時に、現代彫刻に対する評論、というより幾重にも重なりあう思索を知り得て、自分が彫刻家の端くれで曲がりなりにも現代を意識しているモノを作っていることを改めて考え直す契機になりました。彫刻に関する評論は、自分にとっては大変身近な哲学であると認識しています。今回読んだ「彫刻家との対話」でも、たとえば本書の前に読んでいたゲーテの美術評論に比べると、現状の社会生活に中に存在する空間造形の価値が示されていて、自分の制作に直接繋がるものを感じます。現代の造形表現の多様化に対し、それを論じる人の視点や解釈も多種多様になって、本書には一筋縄ではいかない面白さがありました。あとがきに「彫刻のメタファーを触媒とすることによって、少なくても人間的なかかわりの領域にこうした問題(不思議を解明する手立て)を連れ戻すことができるのではないか(略)」とありますが、彫刻は人が創出するもので、人の思索の具現化であると考えます。理解できないものをどう読み解くか、自分も他の彫刻家の作る世界に接した時に、解らないでは済まさない姿勢で臨んでいます。
大きくなったトラ吉
2013年 3月 26日 火曜日
茶虎猫のトラ吉がやってきて3年が経とうとしています。3年前の4月に自宅の前で拾って、すぐ近隣の動物病院に相談に行った際、おそらく3月の誕生ではないかと推察されました。ということでトラ吉の推定年齢は3歳です。猫は実家で飼っていた経験があったものの農家だった実家では、猫のタマはほとんど野生化していました。トラ吉は家内が栄養管理をきちんとして育てているので、見る見る大きくなり、体重は7キロ以上、筋肉質でパワーのある猫になりました。トラ吉は家内や自分の前では仰向けになって寛いでいますが、これは拾われた幸運と言えるもので、近隣にいる野生化した猫たちとは違う環境に甘んじているのです。自分が退職するまでトラ吉は生きていると思われるので、自分に時間的余裕が出来たら、陶彫のモデルとして仕事をしてもらおうかと思っています。猫の彫刻と言えば自分の師匠の真鍮直付けによるボロボロに痩せこけた猫が思い浮かびます。トラ吉はがっちりした大きな猫になったので、師匠の作品とは趣を異にする作品になるだろうと思っています。師匠の飢えた猫に比べると、充足感で微睡む猫といった雰囲気です。
RECORD10‘9月分HPアップ
2013年 3月 25日 月曜日
ホームページがリニューアルし、RECORDのページも一新してあります。前にNOTE(ブログ)に書いた通り、月ごとの全体図が見られるようになっています。RECORDはカメラマンが1点ずつ撮影してホームページにアップしています。RECORDに添える自分のコトバが滞る関係もあってアップに遅れが生じてしまいます。今回も2010年の9月分のアップになりました。デジタル画像で過去を振り返ってみるのは自分ではいいものだと思っています。この9月は「逆巻く」というテーマでやっていました。発想するにあたって葛飾北斎の男浪・女浪を参考にしたのを覚えています。波打つ情景を命の源と捉え、猛り狂う波濤に飲み込まれて揉みくちゃにされる自分をイメージしました。今は忘れていますが、この時は管理職として辛いことがあったのかもしれません。
週末 木彫の後、馴染みの高架下ライブへ
2013年 3月 24日 日曜日
今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。木彫仕上げ彫りを朝から夕方までやっていました。一応6点のうち3点が終わり、来週末から後半の3点に取り掛かる予定です。後半3点は全体構成にやや難点があり、部分的にやり直しをしようかと思っています。陶彫部品の追加といい、今回の木彫部分の仕切り直しといい、完成まで紆余曲折することになりそうです。今までの作品でも計画通りにいったためしがないので、こんなことには慣れていますが、それ故に時間が足りなくなり、どこで完成の線引きをするか、妥協のレベルをどこまで引き上げて自分の納得や充足に持っていけるか、苦しい決断の時がそろそろやってきます。自分を追い込んでいく辛い時間の後で、今日はゆったりとリラックスする時間も持ちたいと思いました。家内の従兄弟が高架下のライブハウスで弾き語りをするというので夜行ってきました。もう何回目かのライブなので、ここは馴染みの場所と言えそうです。横浜の中心を流れる大岡川に桜並木があって、川沿いのライブハウスに行くのに夜桜見物も出来ました。彼の弾き語りを聴いていると、一日中制作で追い詰めていた自分の心が和んでいくのを感じました。とてもいい時間を過ごせました。
週末 花満開の工房周辺
2013年 3月 23日 土曜日
例年より早く桜が開花して、桜の名所は人で賑わっています。小高い丘にある工房から、向いの山にあるこども自然公園が見渡せます。ここは桜の名所で霞がかかったように桜の山が見えています。工房はストーブが必要なくなり、作業がしやすい温度になりました。今日は朝から木彫仕上げ彫りをやっていました。6点のうち2点目が完成しました。明日は3点目を完成させたいと考えています。工房は亡父の残した植木畑に建っているので、窓から桜だけではなく様々な花が咲き誇っているのが見えます。まさに春爛漫、花満開の環境です。日本画でもやっていれば目の前に広がる風景に心躍る気分になれるはずです。今日も朝から夕方まで休むことなく木彫をやっていました。陽気がよくなった今こそ制作に弾みをつける時です。明日も頑張ります。
勤務終了して美術館へ
2013年 3月 22日 金曜日
今日は充実した一日になりました。年度末のため職場では仕事が山積しているせいか、身体だけではなく神経も疲労していると最近は感じています。そこで、金曜日は夜間営業している美術館を目指し、勤務時間終了とともに美術館に出かけようと考えました。17時半に横浜駅で家内と待ち合わせ、JRで東京の上野に向かいました。国立西洋美術館で開催中の「ラファエロ展」を見に行きたいと思ったのです。ちょうど桜が咲き始めた時季で、しかも美術館の近くに花見で有名な上野公園があるので相当な混雑を覚悟しましたが、幸い美術館はさほど混雑しているわけではなく、いい具合に名画に接することが出来ました。「ラファエロ展」の詳細な感想については機会を改めますが、美術館で一際目を引いたのが庭に設置されているロダン作の「地獄の門」のライトアップでした。おどろおどろしく浮かび上がったブロンズ像の数々に圧倒されました。夜の美術館もいいものだなぁと思いつつ上野を後にしました。昼間の仕事を忘れさせてくれる芸術の魔力に触れ、気持ちが充実してくるのを感じました。こんな一日の過ごし方もあっていいと思えたひと時でした。
創造行為を考える
2013年 3月 21日 木曜日
作品のイメージが湧く時や場面を思い起こしてみると、スポーツ等をやっていてテキパキと身体を動かしている時には、自分はなかなか創作イメージは出てきません。個人差もあるのでしょうが、技術的な作業をしている時も、スポーツの時と同じように思えます。土台に創作イメージがあっても、土を練ったり木を彫ったり、あるいは絵画でも平塗で色彩を施している時は、単なる作業であって創造行為とは違う頭脳の使い方をしていると思えます。彫刻の場合は創造行為から発し、職人的作業を経てカタチになっていくものがあり、創造的ではない仕事が大半を占める場合があります。創造行為は自分の全感覚を集中させて、頭で描いたイメージと眼の前にある具現化されたモノを行き来して決断を下しています。その決断を常に行うのが理想ですが、自作の場合は職人的作業が介在するため、暫し全体を眺めて創造行為に戻ることが出来ない場面があります。制作工程に時間がかかる媒体なので、自分自身で作業を行う以上仕方がない面もありますが、創造的ではない作業を進めていく上でイメージ通りにいかず、今までの作業が徒労に終わることもあります。最近は痛い目に合わないために用意周到になり、失敗も少なくなったことが挙げられますが、併せて冒険も少なくなったように感じています。
墓参りと木彫制作
2013年 3月 20日 水曜日
今日は春分の日で、朝から菩提寺である浄性院に行きました。実家の母と家内が同行して墓参りと掃除に出かけたのです。浄性院では昨年暮れに住職が亡くなって寂しい限りでしたが、墓地の清潔な佇まいは変わらず、祖先の墓石の掃除をしてきました。それから工房に出かけました。このところ気合を入れている木彫制作が自分を待っていました。この季節は三寒四温で、やや身体が疲労気味でしたが、休憩を取りながら木彫仕上げ彫りに終始しました。「発掘~地殻~」の6点屏風のうち1点だけ仕上げ彫りが完成しました。残り5点ですが、次の週末に2点目が完成できればいいなぁと思っています。鑿の刃毀れがやや目立ってきたので、次回は鑿を研いでから作業を始めたいと思います。木彫は音が出て近所迷惑なので夜間制作はできません。でも最近は仕事でも疲れているので、無理はしないようにしています。その分、週末の時間を大切にして密度の濃い制作に出来るように自分をコントロールしています。また次回頑張ろうと思います。