「言語都市・ベルリン」読後感

「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)を読み終えました。「1861ー1945」という副題が示す通り、本書は19世紀から20世紀の第二次世界大戦が終わるまでのドイツの首都ベルリンにおける実情を伝えています。描かれる大都市の変遷は多義にわたり、政治・経済・文化を網羅していますが、日本人留学生の関わりが大きなテーマになっています。大勢の留学生がこの時代にベルリンにいたという事実に驚きました。ヒトラー政権が台頭するベルリンの様子を、同盟国だった日本人が内部から描いていること、日本人もそれぞれの分野で異なった見解をもっているものの、逼迫した現状に閉塞感を抱きながら生活していたことがよく分かりました。都市の構造からすれば、ベルリンはパリやロンドンのような歴史的情緒に欠けている嫌いもあったようですが、機能性に優れた公共建築を彼の地で生活した日本人が評価しています。私はバウハウスやシュトゥルム画廊のことが記載されている箇所が気に入りました。20代の頃、私はウィーンに5年間住んでいましたが、当時の西ベルリンは東ドイツにあり、陸の孤島とも言われていて、結局行かずに帰国してしまいました。ドイツが統一され、今一番行って見たい都市がベルリンです。機会があれば訪れたいと思っています。

「変身」読後感

「変身」(カフカ著 高橋義孝訳 新潮社)を読み終えました。2泊3日の出張に携帯した文庫本ですが、往復新幹線の車中で読み終えることが出来ました。中学生の時に初めて手に取った文庫本でしたが、主人公が遭遇した不思議な状況に帰結感がないまま終わる本書に納得できず、当然カフカが生きた時代背景もわからず、理解が覚束ないまま忘れかけていたのでした。40数年を経た現在の自分の視点は、カフカの自白とも思える内省に他の登場人物の心理が交差して、短いながら凝縮した世界に惹かれました。中学生時代に遡ると、こんな状況にあって何故家族が騒ぎ立てないのか、マスコミや研究者が突如虫になった男の原因解明に努めないのか、それどころか主人公を隠蔽して家族が通常の日常生活を送っていられる不条理に悩んでしまいました。単純でない謎解きが落としていった波紋が広がり、やがて自分の専門となる美術の方面から表現主義の興った時代状況を把握し、おまけに20代後半で滞欧生活を送って、初めて絡んだ紐が解けていくように感じました。ただ、変身したものが虫であったという意図、その究極のところが今でもわかりませんが、世情の不安からくるギクシャクした心理表現は十分に伝わりました。

奈良の「鎌倉の仏像」展

出張最終日となり、今日は奈良に行きました。久しぶりに訪れた奈良公園は相変わらず観光客が大勢いました。仕事の合間に戒壇院に行き、四天王像を見てきました。塑造された勇猛な姿に暫し時を忘れました。奈良国立博物館で「鎌倉の仏像」と題する展覧会を開催されていたので、ここも見てきました。自分は神奈川県に住んでいるにも関わらず、鎌倉時代の仏像がまとまって見られるとあって、いい機会を頂いたと思いました。鎌倉時代の武家文化の特徴は質実剛健であり、写実性が重んじられたことが有名です。運慶・快慶を中心とするリアリズムの追求があり、とりわけ肖像彫刻に見られる人物の風貌に驚くべき迫真性を感じました。頂相(ちんそう)とは禅僧の肖像画を指す語で、やがて彫像も指すようになり頂相彫刻と呼ばれたようです。自分は20代初めに大学で人体塑造を学びました。所謂西洋彫刻の神髄を学習していた訳で、飛鳥時代から始まる仏像とは異なる表現形式でした。それが鎌倉時代で写実表現になり、自分の感覚が刺激されました。私は運慶・快慶を窓口にして仏像彫刻に興味を持ったと言っても差し支えありません。そんなことを思いながら「鎌倉の仏像」展を見て回りました。

京都の「高橋秀」展

2泊3日の関西出張の2日目です。仕事の合間に平安神宮の近くにある京都市美術館で開催されている「高橋秀 気への形象」展を見てきました。高橋秀氏は早くから安井賞画家として出発し、長きに渡ってイタリアに在住していた画家で、私も学生時代から抽象的な画風を知っていました。オリジナル作品を観るのは今回が初めてでした。大画面に単純明快な構成とよく練られた色彩。最近作は金箔・銀箔を多用し、そこにドリッピングしたアクリル絵の具を用いて、どちらかというと日本の伝統的な感性を刺激する要素に溢れた作品群でした。厚板を加工し、そこにカンバスを張って大きな画面を作って平塗りを施す、という制作工程は絵画というよりレリーフに近いもので、筆致を排除した乾いた潔さを感じさせてくれます。イタリアの風土からの影響もあるかもしれません。陽のあたる道を邁進してきた84歳の現役画家の枯れることのない豊潤な世界を今日は堪能しました。

2泊3日の出張

4月から職場が変わり、年間予定では今日から2泊3日の出張があります。出張前にこのNOTE(ブログ)を書いています。行き先は関西で往復新幹線を使います。留まる都市は大阪、京都、奈良の予定です。京都で多少自由になる時間がありそうなので、橫浜でお世話になっている地域関係者の土産でも選びながら、散策をしようかとも思っています。京都は久しぶりに訪れます。版画家の旧友が住んでいますが、時間的に会うのは難しいかなぁと思います。京都・奈良は美術的な面では刺激をもらえる街です。名所、旧跡の多さもさることながら、それを取り巻いている空気感がいいのです。時間があれば枯山水の庭園巡りや寺院の天井に描かれた龍の図を見比べることもしたいと思いますが、仕事があるのでそれは個人旅行で来る時の楽しみにしようと思います。晴れることを祈って出発します。

カフカの「変身」再読

明日から関西に2泊3日の出張があって、新幹線やホテルで読書をするための文庫本を携帯しようと思っています。「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)や「鞄に入れた本の話」(酒井忠康著 みすず書房)を読んでいる最中ですが、あえて軽量な文庫本「変身」(カフカ著 高橋義孝訳 新潮社)を持参することに決めました。昨日のNOTE(ブログ)に書いたように、「変身」の再読にあたっては特別な思いがあるのです。10代初めの頃、読んでいる途中で理解に苦しんだ本書を、50代後半の年齢に差し掛かる今になって読み返す意義は十分あると思っています。中学生がカフカのいた時代背景や表現主義を理解するには、あまりにも未熟で尚早であったと思い返しています。あるいはその時、表現主義に特別な思いを抱く20代後半への萌芽があったのかもしれません。ひょっとして自宅の屋根裏収納庫に当時の文庫本があるかもしれませんが、「変身」は新たに購入しました。友達と競って読んでいた創元推理文庫は当時のまま大量に保管してありました。40年以上の歳月で自分はどんな蘊蓄を授かったのか、読書を通じて振り返ってみようと思います。

読書癖が始まった頃

自分は常に読みかけの書物を携帯しています。公務員になってから通勤の車中に読書時間が限られていますが、それでも永年勤続の間に読書を通じて、さまざまな世界に接することが出来ています。その契機となった時のことを今でも覚えています。それは40数年前の中学生時代に遡ります。それまで私は児童向けの書物に何気なく親しんでいましたが、書店で「変身」という題名のある文庫本を手にしました。カフカという作家名にも不思議なものを感じました。その1行目に、朝目覚めると突如として虫になった男のことがあってギョっとしました。買って読んでみると、これが中学生にとっては難解極まりなく四苦八苦しながら、後載の解説を頼りに3分の1程度の理解をもって読破しました。折しも中学校で課せられた読書感想文に「変身」の感想をまとめました。担任教諭がこれは兄姉が読んだものを本人が感想文にしたものだろうと言っていたことを後で知らされ、心中穏やかでなくなりました。抗議こそしなかったものの、その悔しさがバネになって爆発的な読書習慣が始まりました。志を同じくする親友が出来て、競うように海外の推理小説を読み漁りました。創元推理文庫全巻読破が親友と交わしたマニュフェストになりました。高校で純文学、評論、随筆、詩歌と幅を広げ、おまけに自分は偏った趣向になって現在に至っている、そんなことを今日は思い出しました。

RECORDに「白虎」イメージ登場

先日まで東京国立博物館で開催していた「キトラ古墳壁画」展で、とくに注目した「白虎」の姿態が頭から離れられなくなっています。虎は大陸からの情報を基に、飛鳥時代の絵師が描いたものと思われます。この虎は想像上の動物の要素が強く、我々が普段眼にする虎とは異なります。デフォルムされ、理想化された動物には独特な美意識が働いて、描線が生き生きとしています。そのイメージに基づいて、自分も幻の虎を描いてみたい衝動に駆られました。今月のRECORDは「戯れあう幻獣たち」というテーマでやっているので、まさに「キトラ古墳壁画」を利用したいと考えました。「白虎」を自分なりに動かし対峙させて描くことに挑戦します。

上野の「キトラ古墳壁画」展

東京上野の国立博物館で開催されていた「キトラ古墳壁画」展は昨日で終わってしまいましたが、滑り込みで見ることができました。見に行って良かったと思っています。自分が想像したより壁画が小さかったこと、精巧に描かれていたこと、意匠の面白さ等、強く印象に残る内容でした。鳥を表した「朱雀」、亀と蛇が絡まった「玄武」、虎を表した「白虎」、龍を表した「青龍」の4点のうち、自分はとりわけ「白虎」の表情と姿態に豊かな想像力と卓越した筆致を感じました。尾が後ろ脚に絡まって先端が跳ね上がる姿は、古代中国で好まれた図像だそうで、大陸からの影響が強いと考えられます。「朱雀」の翼を広げた姿態も美しく、頭部から羽根へ流れる描線は美しく力強いと感じました。「キトラ古墳壁画」の保存のため取り外しに用いた道具が、図録に掲載されていました。小さなダイヤモンドワイヤー・ソーや各種の道具を、用途によって改良していった様子も書かれていました。製菓道具も含まれていたというのも研究者達の工夫の賜物と思いました。

週末 制作&久しぶりの鑑賞

昨日から工房で「発掘~層塔~」のやり残した仕事に取り掛かっています。自家用車を車検に出していて、梱包用の材料を買いに行けないのが残念ですが、まだまだ隠れた部分で作り込みが必要なので、梱包を考えるのは来週末にしようと思います。そこで午後になって久しぶりに東京上野に家内と出かけました。今回は美術館ではなく、東京国立博物館で開催中の「キトラ古墳壁画」展に行きました。同展の開催が今日までなので、見逃すわけにはいかないと思っていたのです。ただ、連日混雑をしている情報があって、見られるかどうかわからないと思っていたところ、ネットで今晩8時まで開館していることを知り、夕方出かけることにしました。博物館に到着したのは午後6時半を回っていましたが、まだ入場規制が行われていて1時間待ちというアナウンスがありました。今回は同展だけを見に来たので列に並ぶことにしました。結果、見に来て良かったと思いました。壁画の精巧さ、デザインの卓抜さには本当に驚きました。詳しい感想は後日にしますが、今日は充実した一日を過ごせました。

週末 やり残した仕事

工房には先日の図録撮影の残り香が漂っています。工房スタッフが床の掃除をしてくれたおかげで綺麗になっています。来年に向けて新しい制作に入りたいところですが、「発掘~層塔~」の鑑賞者に見えない部分の仕事が残っています。また梱包作業も始まるので、新しい作品にはまだ着手できません。作品の見えない部分は自分にとって重要な意味を持ちます。自分の通っていた大学に故若林奮先生がいました。自分は直接講義を受けたことがないので、先生のお話を伺う機会は少なかったのですが、作り上げた諸々の立体を鉄板で覆ってしまう若林ワールドに魅了されていました。思索や情感を覆うという意味や意図するところを考えるのは、彫刻の何たるかを学ぶ学生にとって大変刺激的でした。自分の彫刻の在り方を考えると、人が眼にする作品の表面だけではなく、彫刻としての見えざる構造体を作ることで、立体造形が彫刻の概念を持ち得ると自分は考えています。それがたとえ隠れていても哲学を有する視覚表現であればこそ、重要な意味として考えられるのです。現代アートの多様性から言えば彫刻の旧態依然とした考え方と捉えられるかもしれませんが、自分はあくまでも彫刻に拘りたい故に、今日は見えない部分の作り込みをやっていたのでした。

興味深いベルリン滞在記

森鴎外、寺田寅彦、山田耕筰、小山内薫、村山知義、千田是也、和辻哲郎、山口青邨の8人が書籍や展覧会、音楽会等を通して自分が名前を記憶しているベルリン留学に纏わる人々です。「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)には25人のピックアップがありましたが、どの滞在記を読んでも興味深く、また19世紀から20世紀初頭にかけて、さまざまな思いを抱いて彼の地で過ごしていた日本人がいたことに感銘を受けています。25人のうち自分が名前を知っている8人の中で一番身近に感じている人は村山知義です。村山知義はいわゆる現在で言うマルチアーティストで、最近大きな展覧会が開催されて、自分は村山知義ワールドを堪能したばかりです。造形美術の側面から自分は村山知義に近づきました。具象から構成主義に至る過程を作家自らが提唱する実践と理論を通して学びました。これは村山知義のベルリン留学で得た成果が発端になって展開された世界観ではないかと思っています。「言語都市・ベルリン」では留学生活の日常が描かれています。ベルリンでも日本人社会が存在し、留学生の中ではドイツ人に積極的に馴染もうとする人々やホームシックに悩む人々がいて、自分が1980年代にいたウィーンと大差がないように思えて、親近感を持ちました。

イメージの醸成を待つ

先日、今年7月個展で発表する新作の撮影を終えたので、これから図録の編集に入ります。まだ「発掘~層塔~」のやり残した仕事もあるというのに早くも来年発表する作品のイメージが固まりつつあります。前にNOTE(ブログ)に書いた記憶がありますが、自分はイメージを紙に描き留めません。イメージは頭の中でゆっくり時間をかけて醸成していくものと思っています。新しいイメージは制作中の作品に苦しめられているところに急に降って湧いてくるもので、自分は自虐的にならないとイメージが出てこないのかもしれません。イメージは自分の中で徐々に育っていきます。途中で消えてなくなるイメージもあります。RECORDのように小まめにイメージを描き留めていく表現手段がある一方で、彫刻はイメージがじっくり醸成されるのを待っている按配です。今はコトバにするのが難しい原初的イメージですが、醸成が進んで具現化に踏み込むようになったら、NOTE(ブログ)で紹介したいと思っています。

風がさざめく風景

比較的小さな陶彫に「陶紋」と称する作品があります。毎年個展に出品していて、手ごろに購入していただける作品です。その「陶紋」は図録撮影の前になるといつもカメラマンに貸し出します。野外撮影していただくためで、自分の意向を充分理解しているカメラマンだからこそ出来る撮影手段です。今回の「陶紋」は直方体4体。先日の図録撮影の際、出来上がってきた画像を見て、数多い中から1点を選びました。選抜方法は工房スタッフの多数決にしました。カメラマン任せ、スタッフ任せの「陶紋」画像選択です。自分は被写体となる彫刻は作るけれど、画像はいろいろな人の感性で選んでいきたいと思っています。最終段階でいろいろな意見を聞いたほうが面白い世界が出来るのです。結果、「陶紋」を画面の左端に置いた風景写真に決まりました。線状になった草々が靡き、その中に見え隠れする「陶紋」。風がさざめく風景として詩情を醸し出しています。これは彫刻を撮影したものではなく、広い草原の端に小さな彫刻が点在するため、主たるテーマは風や草になり、従として彫刻があるといった感じです。カメラマンの感覚に頼ることで、自分が求めるまさに他者の感覚が入り込んだ豊かな世界になっています。

「鞄に入れた本の話」

「鞄に入れた本の話」(酒井忠康著 みすず書房)を掻い摘んで読んでいます。現在、通勤の友として読んでいるのは「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)で、3分の1程度を読んだところですが、同時に「鞄に入れた本の話」も読み始めています。著者は現代彫刻を論じることが多い美術評論家で、自分も何冊か評論を読んだことがあります。本書に出てくる書籍は、自分が気になるものばかりで、いずれ読んでみたいと思っています。格好な書籍の紹介として重宝しています。ハーバード・リードの「芸術の意味」を初め、何冊かは既に読んだことのある書籍ですが、それぞれにコメントがあって自分が読んだ印象と比較検討できるのが良いと思っています。著者が通勤車中で読んでいるのは自分と同じです。ただ、現在は通勤経路が短くなって、自分はなかなか読む時間がありません。本書で紹介された読んでみたい書籍や自宅にある再読したい書籍もあります。読書は職場を定年退職になっても、自分の趣味として付き合っていこうと思います。

昨日の疲労が残って…

今日から1週間が始まります。今日は職場に自家用車で出かけました。勤務後、車検のためメーカーに車を預けに行ったため今日だけは車通勤にしたのでした。昨日の疲労が残って、今朝の起床が辛かったこともあり、車で通勤できてホッとしました。昨日の撮影で陶彫作品を運んだり、設置したりするのは結構肉体を酷使するものだなぁと思いました。きっとスタッフも今日になって筋肉痛が残っているのではないかと察します。昨日は肉体疲労だけではなく精神的にも疲れを感じました。これは作者である自分だけが感じ取るものではないかと思います。新作がどんな状態で出来ているのかは撮影の時に分かるのです。それは自分の造形が集合彫刻であるため、撮影時に初めて部品を繋ぎ止めて完成された状態が見られるからです。昨日はイメージ通りに出来ていた「発掘~層塔~」に嬉しさを感じました。そこで気負っていた力が抜けて疲れが残ったように思えます。

14‘図録の撮影日

ついに図録の撮影日がやってきました。工房スタッフ3人に家内と私を加え5人で朝9時から準備を始めました。「発掘~層塔~」を形作る厚板を野外工房に運び出し、陶彫部品の設置を始めたところで、カメラマンがシャッターを切り、図録の表紙裏の見開き頁としました。工房室内に「発掘~層塔~」を分解して移動、そこで組み立てなおし、さらに隣に「発掘~増殖~」を組み立てました。双方の作品の全体と部分の撮影に入り、夕方まで方向を変えながら撮影が続きました。スタッフ3人は部品の移動から作品全体の組み立て、撮影後の分解に至るまで本当に良くやってくれました。心から感謝しています。今回は自分自身のことも褒めたいと思います。まだ少々仕事が残っていますが、何とか図録撮影に間に合えたことが次へのステップに繋がると思っています。実のところ撮影が出来て良かったと内心ホッとしていたのです。撮影直前まで制作を続けたことは今だ嘗てありませんでした。「発掘~層塔~」がスタッフよって組み立てられ、立ち上がった作品の全貌が、自分の視界に入った時は嬉しくて仕方ありませんでした。これで何とか個展開催への目途が立ったと思いました。今日は疲労と歓喜が交差する一日でした。

週末 図録撮影に向けて

今日は早朝から工房に行き、「発掘~層塔~」の厚板塗装や印貼りをやっていました。窯出しもしました。いよいよ明日が図録撮影日です。工房スタッフ3人、家内に私、そこにカメラマン2人が来て、合計7人で撮影を行うことになっています。ちょっとしたイベントですが、野外工房での撮影も予定しています。明日はどうやら好天に恵まれそうで運が良いと思っています。今日のところは夜7時を過ぎて最後の最後まで作品を仕上げていたので、工房の清掃が出来ていません。明日はスタッフが来る前に、ちょっとした片付けを行おうと思います。それにしても今日は例年になく疲労が残っています。昨日、職場関係の懇親会があって、深夜にタクシーで帰ってきたにも関わらず、夜中の1時過ぎまで工房で作業をしていました。仮眠をして今朝も早く工房に行きました。結局、作品の表面に現れない部分は完成できず、撮影後も引き続き作業をすることになりました。自分の彫刻に対する考え方を変えるつもりはないので、見えない部分も全て作り込んでいく予定です。明日がようやく楽しみになってきました。いくらか余裕が出てきたのかなぁと思っています。明日はスタッフの力を借り、カメラマンに全てお任せする一日です。図録制作を大いに楽しもうと思います。

5月RECORD「戯れあう幻獣たち」

5月のRECORDのテーマを「戯れあう幻獣たち」としました。このところ箍が緩んでしまっているRECORDですが、再度気を引き締めて取り組んでいきたいと思います。今月は自分が取り組みやすいテーマにしました。詩的や思想的イメージから離れて、肩肘張らない楽しい世界を考えるようにしました。わが国の古い屏風には想像で描いた動物が登場します。展覧会で見ると情報の少なさを空想で補う当時の絵師たちの卓抜した造形力に感動することがあります。当時の絵師にはどんな世界が見えていたのか、思いを巡らせながら自分も現代の幻獣を創作していきたいと思います。逆に現代は情報過多で、映像やアニメ、ゲームに登場する幻獣が数多くいます。そうしたキャラクターも古来の戯画から発想されたものがあると思います。どこかで見たキャラクターではなく、独創的な生命体を作り出すとすれば、それはそれで難しいテーマになろうかと思います。今月こそ頑張っていきたいと思います。

夜間制作が儘ならない日

今日は窯入れをしているため、電力の関係で照明等が使えず、夜間に工房へは行けません。工房の電気の基本料金を家庭並みにしているため、こんな事態になっているのです。自分は陶芸家ではないため窯の使用が限られた時期に集中します。そのため基本料金を見直すことは考えていません。今年だけは特別で、90個以上の陶彫部品を焼成することは今までになかったことです。来年のイメージは木彫が復活するので、今年のように窯入れによって他の作業が影響されることはないと思っています。夜間制作が儘ならないとなると週末の土曜日に頑張るしかありません。日曜日は図録撮影があり、ここがゴールと何度も自分に言い聞かせています。もっとも焼成が全て成功することが念頭にあって、失敗したら万事休すになります。こんな綱渡りのような制作工程は今回だけで十分だとつくづく思います。

ウィークデイ夜間制作

いよいよ迫ってきた図録の撮影日ですが、新作の完成が間に合うかどうかの瀬戸際です。もしものことを考えて、図録の頁の割り振りを決めています。カメラマンの都合もあるので、11日(日)で撮影が終わるように企画を立てています。ゴールデンウィークが終わって今日から通常の勤務に戻りましたが、夜になって工房に行きました。窯出しと窯入れをするためです。それに伴い焼成が終わった陶彫部品の新たな組み合わせを考えました。最後の最後まで余裕のない制作が続いています。また今日の午後は横浜市公務員の出張にあたっていた日で、同じ専門家グループによる総会がありました。夜も会合が続き、自宅に戻ったのは夜10時近くになりました。それから工房に出かけ、11時過ぎに作業を終えました。二束の草鞋生活のつらいところです。それにしても新作「発掘~層塔~」は本当に手間がかかる作品です。きっと撮影の後も鑑賞者に見えない部分で作業をしなければならず、いつになったら完成するのか見当がつきません。梱包を考えると気が遠くなります。まずは11日完成を目標に頑張りたいと思っています。

連休最終日 塗装継続

今日でゴールデンウィークが終わります。後輩の結婚式に招かれた日以外は、全て新作の作業に時間を費やしました。細かい作業は永久に終わらない印象をもちました。先日来「発掘~層塔~」の円錐状に組んだ厚板に塗装を施していて、陶彫部品と色味が合うように霧吹きぼかしをやっています。そこは陶彫部品を接合すると隠れて見えなくなる箇所もありますが、見えなくても作り込んでいくのが自分の造形観なので、真摯に向かい合って作業をしています。表面だけのディスプレィと造形作品の違いはそこにあります。つまり、人に一瞥されるだけでなく、じっくり鑑賞され、また造形作品は思考の対象とされる要素を持っているので、自らの哲学に忠実であらんとしているのです。そう考えると単純な作業も創造的行為の一部であって、決して退屈なものではありません。今日は朝から夕方まで厚板の塗装作業に追われました。4連休は当初の目標どおり制作をやれるだけやったと振り返っていますが、「発掘~層塔~」の完成には至っていません。残りはウィークディの夜間制作になります。ただ、来週は管理職としての夜の会合も多く、どのくらい夜の時間が確保できるのか定かではありません。それでも何とか時間をやり繰りしたいと思っています。

連休3日目 後輩の結婚式

今日は後輩にあたる人の結婚式に招かれました。私は新婦との関わりがあって式に参列しました。彼女は国語科の教員ですが、ずっと油絵を描いていて、なかなか優れた力量をもっています。画家を目指してもよいと思うくらいの具象絵画を描いています。結婚式は赤坂氷川神社で行われ、新婦は文金高島田が良く似合っていました。こうした古式豊かなところで結婚式を挙げようと思い立ったのは、きっと新婦の言い出したことではないかと思いました。彼女にはホンモノ志向があって、油絵を描くにあたり、ルネサンス美術を研究するためイタリアに出かけたくらいのツワモノなのです。招待客に対し最大の配慮をして、私たちを快い気分にさせてくれたのも彼女の成せる業でした。その彼女を支えようとする新郎もなかなかの人ではないかと思いました。相原工房には彼女の描きかけの油絵が沢山置いてあります。何とか完成させて欲しいと思っています。そんなことで今日は後輩の結婚式参列のため工房には行けませんでした。もっとも昨晩窯入れをしたので、工房に行っても作業はできず、制作は明日に勝負をかけるしかありません。

連休2日目 印貼りと塗装

朝8時から夜9時まで作業をしました。昨日から継続的に行っているのは創作的なものではなく、展示に必要な作業なので今日も右往左往して一日が終わってしまったように感じます。たとえば午前中は昨晩彫り上げた印を押すための和紙をカットしていました。数枚の大きな和紙をカットして200枚近い紙を作りました。紙の一枚一枚に押印して番号をふりました。これだけで午前中いっぱい時間がかかりました。午後は「発掘~増殖~」の陶彫部品全部を野外工房に持ち出して水洗いをしました。今日は好天で温度も高かったので、作品はすぐに乾燥しました。作品の裏側に番号つきの和紙を貼りました。シリコンで修整も行いました。気づくと夕方になっていて、家内と夕飯をするために外へ出ました。自宅に帰って再び工房へ行きました。そこで「発掘~層塔~」の厚板の塗装を行いました。油性塗料を使用したため周囲にシンナー臭が立ち込めて具合が悪くなりそうでした。夜7時から9時までで塗装は止めにしました。最後に窯入れをして工房を後にしました。こうして日記風に書いていくと、あれこれ作業をやっていて休みなく動いている自分が見えてきます。取り留めのない仕事に追われて一日があっという間に過ぎていきます。焦りはありますが、塗料を乾かしたり、窯入れしたりして、時間的にどうしようもない工程があるので、これは仕方がないと割り切ることにしました。明日は後輩の結婚式があって工房を休みます。

連休初日 接合と印の作成

4連休が始まりました。工房には若いスタッフが加わりました。私の作品を手伝うのではなく学校の課題制作をするため工房にやってきたのです。場合によっては手伝ってくれることがあるので、若いスタッフに関してはこれで良しとしています。私の作業はあれこれと多忙を極めました。「発掘~層塔~」は円錐状の厚板を15ブロックに分けています。その一つひとつに6個ないしは7個の陶彫部品が接合されます。陶彫部品の組み合わせは初めから決まっているわけではなく、組み合わせを考えながらその場で決めていきます。その方が意外性があって面白いのです。今日は9ブロックの組み合わせを決めて、接合のための穴あけを行いました。陶彫部品にはそれぞれ2つの穴をあけています。そこをボルトナットで留めていくのです。厚板やボルトナットの塗装は後日になりました。朝から夕方まで作業をして、夜は自宅で「発掘~層塔~」「発掘~増殖~」のそれぞれの陶彫部品に貼り付ける印を彫りました。これは和紙に押印して番号をつけます。その和紙を作品の裏側と厚板に貼って、集合体を分解しても同じ位置に部品が接合出来るようにしているのです。そうしたちょっとした工夫も、数量の多い今回の作品は時間がかかって大変です。明日も継続です。

4連休前日に思うこと

ゴールデンウィーク4連休を前にして連休中の制作の目標を考えようと思います。「発掘~層塔~」は焼成を可能な限り続けます。窯入れしてしまうと翌日は電力の関係で照明等が使えません。そのため3日と4日は窯入れをしないで、陶彫部品が設置される厚板の塗装に明け暮れたいと思っています。4日夕方に窯入れをします。5日は後輩の結婚式があって工房での作業を休むため、この日だけは照明等が使えなくてもよいのです。6日は厚板の塗装作業に戻ります。塗装はただ塗るだけではなしに、円錐部分を分解した時に組み合わされる厚板同士が分かるような工夫をします。集合彫刻はギャラリーまでの運搬や搬入搬出の効率化を考慮して作っています。そういう意味で言えば連休を通して創作的な制作はなく、図録撮影や搬入のために行う作業に他なりませんが、これなくては彫刻が成り立たない大切な作業なのです。RECORDの梃入れも行います。4連休は体力が続く限り頑張りたいと思っています。

現行と次作がスイッチする5月

創作活動には大変好ましい季節になりました。工房にストーブも扇風機も必要としない5月は、現行の制作と来年に向けた制作が入れ替わる快い季節です。図録の撮影をする今月11日が今年7月に個展に出品する作品の完成予定日です。今年はきちんと完成するかどうかわかりませんが、目指すところは現行の作品のゴールであることに間違いありません。現行の作品に最後のスパイスを効かせ、最終的な質を高めるのは今月しかありません。同時に次作へ向けて走り出すのも今月です。次作のイメージはかなり前に固まっています。作品を質量ともに高めること、自分にワンランク上の課題を課すこと、それは決してつらいものではなく楽しみを伴うものです。先月転勤があって慣れない職場で落ち着かない日々を過ごしました。制作は陶彫部品の多さに辟易し、ここ数年にない焦りがありました。それは今も続いていて、RECORDに影響が出ています。今月はRECORDの梃入れを図ろうと思います。苦しい時ほど何とかその局面を打開してきた自負が自分にはあります。今月も頑張ろうと思います。

14‘図録のレイアウト

毎年7月にある個展で図録を用意しています。図録はカメラマンが新作を撮影し、そのデジタル画像をもとに制作しています。このホームページと同じで、図録はもうひとつの造形世界を構築しています。自分の作品が集合彫刻であり、設置に時間がかかり、個展でしか立体作品が見せられないことが、図録制作の契機になっています。図録を見れば立体作品の雰囲気を容易に掴むことができるからです。図録の大切さはそんなところにあります。もうひとつは図録はデジタル画像なので、遊びの要素も多く入れられます。野外で撮影すると外光や空気、樹木や水面に作品が映えて効果的です。今回の図録にも今までにない遊びの要素を入れようと考えています。それは作業場のクローズアップ部分をカメラマンに撮影してもらおうという意図です。窯入れのワンシーンや土錬機や道具の数々を散在して撮影し、図録に盛り込みたいと考えています。今日はそんなことを加味して図録全体のレイアウトを考えました。

「発掘~層塔~」接合作業

今日は「昭和の日」で休日のため、朝から制作三昧になりました。「発掘~層塔~」の陶彫部品の接合に120個のボルトナットが必要で、店にある在庫を全部買い占めて、ようやく120個を揃えることが出来ました。そのうちボルトの長さが足りないモノが10数個あり、今日は別の店に買いに走りました。何とかボルトナットは調達できて良かったと思いました。陶彫部品が全て焼成出来ていないのが厳しいところですが、とりあえず接合できる陶彫部品を厚板に取り付けてみました。厚板やボルトナットの塗装はまだこれからなので、部分の完成までは至らなかったのですが、完成の雰囲気を感じ取ることはできました。残りは塗装と焼成のみで、後半の連休に勝負を賭けます。90個以上の陶彫部品に番号を振らねばならず、これは旧作でお馴染みになった和紙に押印して番号をつけ、一つひとつの部品の裏に貼り付けていこうと思います。印は新たに彫って作ります。まだまだ細かい作業は続きます。明日から3日間公務があって、その後再び作業に打ち込みます。

飛び石連休とはいうものの…

飛び石連休とはいうものの暦通りしか休めない自分は、ゴールデンウィークに入っている気がしません。朝から職員に関する人事管理の仕事があって、午後は職場をサポートしてくれるアシスタントを探しに担当者と大学を回りました。4月に始まってから大学生数人と面接を行いました。ボランティアセンターがある大学では、そこから紹介された大学生がやってきます。インターンシップのようなもので、現在の職場はここ数年この制度をフルに活用しているのです。公務員として仕事をしながら創作活動をしたいという大学生に出会いました。まさに自分と同じなので親近感を持ちましたが、現状は大変厳しく、本人の頑張りがどこまで続くかわかりません。夢と現実の差に愕然とする若者も多いと思います。創作活動が軌道に乗るまで、自分は何度も厳しい思いをしてきました。言うなればこの連休も制作が続くので心休まる日がありません。何もなくボンヤリ過ごした日はほとんどなく、いつも何かに急き立てられているような感覚を持っています。図録撮影を控えた最近はなおさらで、公務をしている時も常に頭を過ぎります。全てを忘れられるのは近隣のスポーツ施設で水泳をしている時か、通勤時に読書をしている時でしょうか。明日は休日なので制作続行の予定です。

週末 休日出勤&制作あれこれ

今日の午前中は職場関係の仕事が入って休日出勤になりました。これは管理職になってから度々あることで、立場上仕方がないと決めています。その分、限られた午後の時間を有効に使うことで、制作ノルマを解消しています。今日も午後は工房へ行って、昨日仕上げておいた陶彫部品の化粧掛けを行いました。夕方時間が出来たので、陶彫部品を円錐状に加工した厚板に接合するためのボルトナットを買いに出ました。修正用の埋め込み剤も買ってきました。夜に窯入れをして明後日を待ちます。明後日は「昭和の日」で休みなので、そこで厚板に接合するための作業を行う予定です。厚板の塗装もやっていこうと思います。陶彫部品に貼り付ける番号をつけた印も必要です。細々とした作業がこれから始まります。間に合うかどうか微妙なところです。明後日作業再開です。