シュトレンとはクリスマス時期に売られるドイツの伝統的な菓子パンのことです。1980年から5年間オーストリアで暮らした自分は、何かの機会でシュトレンの存在を知り、大好物になりました。ちょうどその頃、洋菓子作りの修行にきていた日本人と知り合いました。彼は帰国後、郷里である神奈川県川崎市中野島で洋菓子店を始めました。彼の店「マリアツェル」は地元で有名になり、シュトレンを売り出すようになりました。自分は最近日本でも手に入るようになったシュトレンを食べ比べていましたが、ついに「マリアツェル」のシュトレンが一番美味しいのではないかという結論に達し、今年も「マリアツェル」にシュトレンを買いに行きました。パテシェの友人は自作のシュトレンをドイツのドレスデンに持って行ったそうですが、ビールの純粋令と同じく商品登録をされているドレスナーシュトレンにも材料の分量指定があって、日本のそれは認めてもらえなかったと言っていました。でも、昔ドイツで食べたパサついたシュトレンよりも、彼のシュトレンの方が断然美味しいのは確かです。ドライフルーツやナッツ、マジパンがどっさり入っていて、日を追うごとに果実とパン生地が融合されて美味しくなるのです。シュトレンとは坑道とか地下道の意味ですが、幼子イエスを包むおくるみのようなカタチをしているとも言われていて、白い砂糖で覆われた楕円形をしています。薄く切って紅茶と食べると幸せな気分になります。今日は朝から工房にいて、球体陶彫の成形を3点終わらせました。夕方、「マリアツェル」に行こうと家内と約束をしていたので、制作に気合が入りました。買ってきたシュトレンは、親しい人に御裾分けをして、残りは自宅で楽しみます。
週末 陶土600kgが届いた日
2015年 12月 5日 土曜日
昨年のアーカイブを見ると同じ頃に陶土が届いていました。今年も栃木県益子にある明智鉱業に依頼して陶土600キロを届けてもらいました。昨年届いた陶土を先週ちょうど使い切ったところなので、1年間かけて作る陶彫作品には600キロの陶土を使うことが判明しました。1年間で消費する陶土としては、陶芸家であれば少ないほうだと思います。週末だけで制作している陶彫作家とすれば、やはり多いほうかなぁとも思っています。素材が届くと素直に嬉しいと感じます。これでまた充分勝負できるぞと思うからです。20年以上も陶彫と向き合ってきましたが、イメージを優先するため毎回技巧的課題が異なって、アクシデントなく作れたことが一度もありません。経験を積んだ習慣や手なりで作れることは今までも皆無でした。経験を積んでも次の作品に生かされるとは限らないのです。そこが職人とは異なるところかもしれません。相変わらず下手だなぁと思いつつ、イメージに近づけるためにどうしたらよいか常に考えを巡らせています。今日は朝から工房に篭りましたが、球体陶彫を2個作ったところで身体がきつくなりました。土曜日はウィークディの疲れが出るためか身体の動きが鈍いのです。焼肉でも食べて精を出そうと家内に促されて、夕飯は家内と外食をしました。気分転換を図りながら、明日は頑張りたいと思います。
12月RECORDは「剥」
2015年 12月 4日 金曜日
今月のRECORDが2015年最終月の記録(RECORD)となりました。今月のテーマは「剥」に決めました。「剥」というと剥奪や剥離という語彙が浮かびます。モノが剥がれてしまうイメージです。今までに作ったRECORDを振り返って見ると、「剥」に近い表現を持った作品もあり、自分にとっては制作しやすいテーマではないかと思います。嘘や偽りが剥がれて本質が現れる世界は、周囲に眼を凝らせば、いろいろなところで見られます。自分の作品も、時代の流れに翻弄されない本質を究めたものでありたいと願っています。そんな世界観を一日僅か1時間程度の制作時間でちょこちょこと表現していくのは失笑ものですが、RECORDも積もり積もれば、それなりの本質を示すものになるかもしれないと信じています。2007年から始まったRECORDも2015年まで続いているわけですから、緊張や緩慢を繰り返しながら、何かを求めてきたことは確かです。その何かとは何か、求めてきたものは自分の内的世界という得体の知れないものかもしれません。そうであるなら回答を得るのは困難で、自分が生きつづける限りRECORDを作り続けるしか答えを探す方法はありません。もちろんその覚悟はできています。今月もいつものように毎晩コツコツとRECORDに向かい合っていきます。
「夢の仕事」(c)まとめ
2015年 12月 3日 木曜日
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第六章「夢の仕事」の(c)「夢の描出手段」のまとめを行います。「夢の描出手段」は割と長い論文なので、これひとつだけでまとめます。「私たちは、『もし』、『なぜなら』、『あたかも』、『にもかかわらず』、『あるいは』といった接続詞、そしてその他もろもろの前置詞なしに文も言辞も理解できないのだが、夢においてこれらはどのように描出されるのだろうか。~略~(夢は)こうした論理関係を描出する手段は有していないとまずは答えねばならない。~略~夢がこうした表現能力を欠くのは、夢が作られる元となる心的素材のせいであるにちがいない。絵画や彫刻のような造形芸術は、言辞を用いることのできる詩と比べると、確かにこれに似た制限を受けている。そして、この場合も、絵画や彫刻にそうした表現能力が欠如するのは、それらの芸術が何かを表現しようと加工するのに用いる素材のせいだ。」論文の中で描出手段の動機となる文章を引用しました。それに続く展開は事例を挙げて研究することに大半を費やしています。フロイト自身の夢による考察やフロイトが担当した患者からの資料提供もあって、夢の描出が覚醒時では考えられない方向へ行くこともあると論じています。夢という曖昧な分野に目を向けた本論は、読んでいると虚を突かれたようでいて、妙に納得できる部分もあります。夢の内容に圧縮があったり、ずらしがあったり、欲望充足があることに、自分を振り返ってみて、改めて気づきました。
妖怪文化との関わり
2015年 12月 2日 水曜日
漫画家水木しげる氏が93歳で他界されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。私は水木漫画が好きな一人です。水木漫画との出会いは自分が小学生の頃に遡ります。同級生宅に行くと珍しい漫画本が山積みされていて、自分はその漫画本目当てに何度もお邪魔しました。横山光輝の「鉄人28号」の初版本が1巻から揃っていたり、漫画雑誌も数多くありました。今になって思うとバックナンバーが揃っているというのは、子どもの力ではなく保護者の趣味だったのかもしれません。そんな中で目にしたのが「墓場の鬼太郎」という水木漫画でした。墓場や霊魂、妖怪をテーマにしている漫画は衝撃的でした。何より細かく描き込まれた背景に魅せられました。ペンで細密に描かれた墓場や雑木林のおどろおどろしさを、自分も真似て描いていたら、そんな絵を描くのはやめてほしいと母に言われました。私の過去をさらに遡ると、当時自宅は祖父母が取り仕切っていて、祖父は宮大工をやりながら家業として農家を営んでいました。玄関を入ると土間があり、奥まったところに薪を使う台所、その裏に五右衛門風呂という作りになっていて、東京の都会から嫁にきた母は環境に馴染めず苦労したようです。橫浜とはいえ1950年代にそんな環境で育った私は、自宅の隅々の暗がりや縁の下に何かが潜んでいるのではないかと不安に駆られていました。そこに水木漫画が登場し、妖怪キャラが自分の不安を払拭するだけでなく、創作的な面白さを提供してくれました。日本の妖怪文化はその後も私を魅了し続けて、水木漫画を窓口に、日本の古来から伝承された妖怪や幽霊に興味関心を持ちました。日本の絵巻に描かれた妖怪の姿態に人間臭さを感じながら、現在の画一化された住宅や管理された山林では、妖怪が棲めなくなっているのではないかと危惧しているこの頃です。
慌ただしい12月になり…
2015年 12月 1日 火曜日
慌ただしい12月になりました。師走とはよく言ったもので、職場の仕事も創作活動も多忙を極めます。多忙化は多忙感を伴います。この多忙感が厄介でストレスを感じる要素でもあるわけです。だからこそ今月は目標をしっかり定めて、一歩ずつ前に進みたいと考えています。現在陶土が不足しているので、今月は栃木県益子から陶土600㎏が届くはずです。新作2点の陶彫成形と彫り込み加飾を同時に進めていきたいと思っていて、大きい新作は陶彫成形20点、小さめの新作は陶彫球体を10点程度作れれば目標達成です。今月は年末の休庁期間があるので、まとまった制作時間が取れます。過剰な期待はできませんが、毎日制作していると週末毎の制作以上の効果があることは確かです。RECORDは2015年の締め括りに相応しい作品を日々作っていこうと思っています。読書はフロイトの「夢解釈」の継続です。今年中には読み切れないかもしれません。鑑賞は時間を見計らって展覧会に足を運ぼうと思います。映画も観たいものがあるので時間を作ります。先月はモチベーションがやや下がっていたところがあるので、今月は気分を高めていくつもりです。
11月最終日に思うこと
2015年 11月 30日 月曜日
月日が経つのは本当に早いものだと実感します。今日で11月が終わります。気づいてみれば周囲は、冬枯れた樹木の落ち葉が舞っています。私もスーツの上にコートを羽織って出勤しています。職場では来年度人事が始まっていて気疲れする毎日ですが、何とか健康だけは保っています。週末の制作はペースダウンをしています。とりわけ土曜日はウィークディの疲れのためか動きが緩慢で、その分を日曜日に取り返しています。11月は2点目の新作に取り組み始めましたが、1点目は思うように作業を進めることが出来ず、この遅れはきっと後になればなるほど重くのしかかってくるように思えます。鑑賞は東京国立博物館の「始皇帝と大兵馬俑展」を見てきました。何度もNOTE(ブログ)に書いているのは、陶彫である兵馬俑に感動した証拠です。映画では橫浜のミニシアターでロシアの「裁かれるのは善人のみ」を観てきました。悲しい結末と政治の荒廃が心に残りましたが、美しい風景とそこで暮らす人々の情景が印象的でした。読書は相変わらずフロイトの「夢解釈」に挑んでいます。今月は前向きではあったけれど、思うような進歩が望めず、来月に託すしかないと思っています。健康だけは留意していきたいと思います。
週末 意欲と疲労
2015年 11月 29日 日曜日
昨日は疲労のためか遅々として進まなかった制作は、今日は思うように進みました。朝8時から夕方4時まで、昼の休憩を除くと7時間以上も作業をしていたことになります。若いスタッフが来て、お互い促進出来たためばかりとは言えず、やはり疲労が多少でも解消していたおかげかもしれません。今月最後の週末に集中した時間を持てたことは幸運なことでした。制作に意欲的になれたのは、疲労から開放されたことが大きいと感じました。彫刻は苦しい作業が続きますが、身体を動かすことが多く、それが意欲的であれば精神衛生に良いのではないかと思っています。絵画や版画はじっとしていることが多く胸中のモヤモヤが抜けないことがあるからです。今日は擂り鉢状になる新作の陶彫部品を3点作りました。若いスタッフとは作業中の会話はありません。休憩の時に会話を交わしますが、やはり一人で制作している時と違い、こんな他愛もない会話がいいと思っています。彼女は中国へ帰った時に、日本の歌番組をダウンロードしてきたらしく、パソコンから流れる和製ニューミュージックに中国語のテロップがついていました。テロップを見せられながら、中国語表記に思わず頷いてしまいました。韓国のスターがどうのこうのとアジアのミュージックシーンの話になると、私はまるでついていけず、彼女の独壇場になります。夕方4時に彼女を最寄の駅に車で送りました。また来週末頑張ろうと思います。来週末は早くも12月になります。
週末 小さめの球体陶彫
2015年 11月 28日 土曜日
2点目の新作に配置する小さめの球体陶彫を作り始めました。同じ大きさの球体陶彫を10個作ります。昨年は「発掘~丘陵~」に同じ大きさの円筒陶彫を40個作りましたが、今回はスケールが小さいので10個を予定しています。先週で画面(地表面)の彫り込みを終えています。(地表面)としたのは、これは絵画ではなく彫刻作品を裏付けるものだからです。つまり、ギャラリーの床に氷山の一角のように一面が出ている状況を作品化しようとするものです。球体陶彫は以前に「球体都市」シリーズ40点を作っているので、方法と手順はわかっています。ただ「球体都市」よりも小さいので、技巧としては細かくなります。毎年個展に出品している「陶紋」も、この球体陶彫の変形として作ろうと決めています。可能なら昨年のように毎晩工房に通って、10個の球体陶彫の彫り込み加飾をやりたいところです。体調と相談しながら進めていこうと思います。何しろ週末の土曜日は思うように身体が動きません。ウィークディの精神的疲労が出ているためと考えられますが、自分はそんなヤワな体質ではないと思っていました。古びた手帳に予定や日記を書き込んでいますが、それを見ても土曜日はまともな制作が出来ていないのです。今日も午前中2時間、午後2時間という余りにも情けない作業時間に自己嫌悪に陥っています。朝制作を始めたら集中していつの間にか夜になっていたことが過去に度々ありましたが、そんな瞬間が再びやってくるのでしょうか。明日は若いスタッフもやってくるので、若いパワーに負けまいと頑張っていこうと思っています。
陶彫への意欲と可能性
2015年 11月 27日 金曜日
先日見に行った東京上野の国立博物館で開催されている「始皇帝と大兵馬俑展」は、自分に多くの刺激を与えてくれました。陶製の兵馬俑は等身大の人物像や騎馬像で、まさに写実そのものでした。自分は一体ずつ惚れ惚れと見とれてしまいました。自分の学生時代はモデルを立たせて人体塑造をやっていました。当時は骨格や量感の理解と表現、どれをとっても納得がいかず、元々立体把握力の乏しい自分には彫刻分野は厳しい世界と言わざるを得ませんでした。池田宗弘先生との出会いがなければ、とっくに彫刻は止めていたかもしれません。とは言っても色彩感覚でも劣っていた自分は、美術そのものを追求するには資質に疑問があるとさえ思っていたのでした。曲がりなりにも彫刻制作を続けてきて良かったと思える瞬間が、兵馬俑を見てやってきました。何しろ陶彫で作られた兵馬俑は、自分が現在制作している作品に技巧的に通じるものがあるのです。兵馬俑は焼き物であるならば、内部は刳り貫いてあるはずで、部分を作って合体して窯入れしていると図録にも記載がありました。割れたり歪んだりする箇所も多いと見取りましたが、やはり優秀な職人が集められていたらしく、細部に至る状態は素晴らしい完成度になっていました。自分の陶彫は写実表現ではありませんが、今回「始皇帝と大兵馬俑展」を見て、陶彫への意欲が湧き上がり、技巧に対する可能性も見えてきました。
発見された陶彫・兵馬俑
2015年 11月 26日 木曜日
秦の始皇帝の巨大な陵墓から発見された8000体もの兵馬俑は、全て陶製で出来ています。所謂自分がよく称している陶彫です。兵馬俑の人物が持っていた器具は別の素材が使われていたようで、青銅製だったり木製だったりしています。木製は当然ながら土中で朽ち果ててしまい、現存していないのです。東京上野の国立博物館で開催されている「始皇帝と大兵馬俑展」を見ると、兵馬俑の人物が写実的な等身大であることに驚きを隠せません。制作に関する論考を求めて図録を見ると、こんな文章が掲載されていました。「中国においては、陶器の多くは叩いて成形されたということである。~略~つまり、粘土を木製の板状の工具(叩き板)で叩いて成形する技法である。一般的な方法は、粘土紐を丸く積み上げて円筒形のものを作り、粘土の内側を~略~道具(当て具)で支え、外側から叩き板で叩く。叩くことによって、形を整えつつ、粘土同士をなじませ、継ぎ目を消していく。粘土の中に気泡が取り残されると、焼いたとき空気が膨らんで製品が割れたり、大きくゆがんだりする。~略~(前221年の統一以前)までの陶製水道管や、平瓦や丸瓦を観察すると、叩き板と小型の当て具で成形されたものと考えざるをえない。製作過程で何度か大きさのチェックはあったと思うが、基本的には名人芸で規格品を量産していたのである。~略~あれだけ大量の兵馬俑を作ることができた背景として、始皇帝の即位のはるか昔から、陶製水道管、瓦、磚などの陶製建築資材の大量生産を可能とする組織があったことを、あらためて強調したい。」(谷豊信著)「俑が大型であればあるほど、ひとりが一体ずつ作っていくよりも、各部位の単位で規格を設け、分業体制下で専従して作るほうがはるかに効率よく正確である。兵馬俑の破片資料を観察すると、脚、胴体、腕、頭部などが別作りとなって、それらを合わせて焼成していることがわかる。」(市元塁著)陶彫作品を手がけている自分にとって兵馬俑製作の興味は尽きません。
上野の「始皇帝と大兵馬俑展」
2015年 11月 25日 水曜日
中国の兵馬俑の展覧会を以前にも私は見ています。兵馬俑は過去数回来日しているのではないでしょうか。ただし、現在、東京上野で開催されている「始皇帝と大兵馬俑展」のような大規模な展示は初めてで、特に今回の展覧会のために模刻された兵馬俑の多さに驚きました。東京国立博物館平成館の広い展示スペースにはオリジナルの後ろに模刻された兵馬俑が整然と並び、壮観な演出になっていました。実物の兵馬俑は見応えがありました。これを作らせたのは秦の始皇帝で、図録によると「歴代の王さえも凌ぐ偉業を成し遂げた政は、それまでの王を超越する皇帝という地位を創設し、みずから中国で初代の皇帝『始皇帝』となった。始皇帝は統一をより実体化させるために、それまで国によって異なっていた度量衡(長さ・体積・重さの基準)、漢字の形などさまざまなものを統一し、全国に浸透させようとした。また、有力な貴族や功臣に王が一定の領地を与えて統治を委ねる従来の統治方法を改め、地方には中央から官僚を派遣して、皇帝の意思を法令によって隅々にまで実現させるようにした。」とありました。始皇帝が大陸の統一を実現した組織力には驚くばかりです。兵馬俑の制作動機として「写実表現は、兵馬俑1体ずつの造形から軍隊全体の陣容、さらに宮殿周辺にあった厩舎などの諸施設にいたるまで徹頭徹尾求められた。そこには皇帝中心の秩序を保った完全なる世界の写しに、始皇帝が死後も永遠に君臨し続けようとした願望をかいま見ることができる。」と図録にあります。死後の世界も始皇帝が君臨するために地下に埋めた夥しい造形物に、中国の歴史のスケールを感じ取り、目を見張るものがありました。兵馬俑の陶彫としての感想も抱きましたが、これは後日改めます。
14‘RECORD 7月・8月・9月分アップ
2015年 11月 24日 火曜日
私のホームページに2014年のRECORD7月分~9月分をアップしました。この1年間の毎月のテーマは文章でした。7月は「溝と溝を繋ぐもの」で、幾重にも連なる塹壕のようなイメージが浮かびました。自分が幼い頃、家の近くの山林の中に防空壕が残っていました。近所の子どもたちと秘密基地にして遊んだ記憶があります。暗く湿った空間に戦争の名残があった時代でした。それとは別に人間関係の繋がりも表現したくなっていました。震災後の人が生きていく絆のようなイメージがあって、それらの視覚化は難しい課題でした。毎晩どんな展開にしようか迷ったことを思い出します。8月は「悠久なる祈りの鎮座」にしました。カンボジアのアンコール遺跡を訪ね、強烈な印象に残ったことをテーマにしてみたかったのです。なかなかその場でスケッチは出来ず、帰国してから写真を見てRECORDをまとめました。石像や浮き彫りの壁が面白かったのですが、絵にすると薄っぺらな空間しか表せないことに苛立っていました。記号化された人や魚、樹木や動物を自分の世界に引き込むには、相当な時間が必要と思っています。9月は「宙吊りの魂が棲まうところ」というテーマでしたが、魂の存在を考えながらRECORDをまとめました。この頃読んでいたハイデガーの「存在と時間」がイメージの発端になっていました。魂が宙吊りになっているというのは「存在と時間」の中にあった一文から取ったものです。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした7月分~9月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
三連休 内省を止めて作業遂行
2015年 11月 23日 月曜日
どうもこの三連休は、創作活動を通して自分の殻に閉じこもる傾向が強く、ウィークディの仕事の精神安定剤として、日常役に立っている創作活動とは、裏腹な雰囲気が漂っていました。現在作っている彫刻作品は、自分にとってどんな意味があるのか、昨日から自問自答している内省が頭を擡げてきていました。これなら決まった時間の中で勤めている公務員としての仕事があった方が、いくらか気が休まると言わざるを得ません。実際に定年退職を迎え、毎日工房に篭って制作をやっていたなら、自分は結構苦しい目に遭うかもしれず、今のうちから何か手を打とうと考えています。自分を追い詰めていくことで作品のクオリティを上げてきた自分は、自虐的傾向もあることは充分自覚しています。その時になれば、ここまでが限界と自ら線引きをするだろうこともわかっていますが、苦し紛れに何をしてしまうのか、わからないのも事実です。ともかく今日は内省を止めて手先の作業を進めていくように自分をコントロールしました。今日は昨日用意したタタラと紐作りによって陶彫の成形を行いました。いつもならテキパキ作る陶彫も今日はペースが落ちました。夕方は家内と横浜駅のデパートに出かけ、来年のカレンダーを買ってきました。何気ないことをやって気晴らしをしようと思ったのでした。公務員を続けながら週末になるのを指折り待っていた20数年前とは、明らかに自分の事情は異なってきていて、創作活動が当たり前に出来ることや、定年退職がそろそろ迫ってきていることが、自分に何らかの影響を齎せているのかもしれません。
三連休 制作の合間に…
2015年 11月 22日 日曜日
三連休の中日です。朝から工房に行って昨日から続いている厚板材の彫り込み作業をやりました。三連休の制作目標にしていた彫り込み作業は、今日の夕方には完成し、絵画的なイメージの作品は後に回すことにしました。以前から取り組んでいる擂り鉢状の作品を再開するためタタラを準備しました。木材用の電動工具を使ったり、陶土を練ったりしたために今日は些か疲れました。途中から素材を変えるのは厳しいものがあります。朝から夕方まで作業をし続けているため、休憩を適度に取るようにしています。疲労のせいか制作の合間に色々なことが頭を過ぎります。創作活動に邁進することの意味とは何か、実際には来年夏の東京銀座での個展に追われているのですが、もっと根源的な意味合いを考えてしまうことがあります。創作活動はどんな媒体であれ気楽に出来るものではありません。自分の都合で言えば、彫刻は何と苦しい表現手段だろうといつも思っていて、それなら表現手段を変えればいいのに、やはり彫刻に拘るのは何故だろうと思っているのです。夢でも彫刻を作っている自分を見て、これは何だろうと自問自答する時もあります。最近になって五十肩で身体を動かすのが苦しいから、尚更そんなことを考えてしまうのではないかと思っているのです。敢えて苦しいことをしていて、その見返りとして得られるものが何かあるのだろうか、自分がやっているちっぽけなことは、きっと徒労で終わるのではないだろうかという漠然とした不安もあります。一般の感覚からすれば、創作のための工房があって、毎年発表する企画画廊があって、この年齢からすれば申し分がないと言えるのですが、満足が得られない自分が自ら不安を背負い込むようなもので、自己満足がどこまで奥深いのか、どこまでいったら生きていて良かったと思える生涯になるのか、未だに見当がつきません。作業中に手を休めると妙な不安に襲われる、今日はそんな一日を過ごしました。
三連休 新作の制作目標
2015年 11月 21日 土曜日
今日から三連休です。現在取り組んでいる陶彫の新作は2点あります。大きい作品は擂り鉢状の円形をした作品です。もうひとつは絵画的な構成から発展した作品で、擂り鉢状の作品に比べて、小さいスケールで作っています。題名がまだ決まっていないので作品を示すものがないのですが、この三連休は絵画的な作品の彫り込みを中心にやっていきます。彫り込みに使っている素材は木です。木を削るための電動工具を朝から使っていて、工房は木屑まみれになっています。木材の部分を三連休に作り上げるのを制作目標にしていて、これは何とか三連休中に達成できるのではないかと思っています。三連休で美術館や博物館に行くことも考えていましたが、休日はかなり混雑が予想されているので、実はつい先日に前倒しで行ってしまいました。東京上野の国立博物館で開催している「始皇帝と大兵馬俑展」です。休日に比べれば比較的余裕を持って見られたのではないかと思っています。詳しい感想は後日改めます。もうひとつは東京都美術館で開催している「太陽美術展」です。自分と同じ公務員をやりながら油絵を描いている人がいて、毎回招待状を頂いているのです。今回の彼の出品作は、一連の具象絵画で西欧の風景をセピア調にして丹念に描きこんでいました。楽器を弾く人物の表情もよく捉えられていて、彼の生真面目さが伝わってきました。手前の人物と背景との間に空間的厚みが加われば、さらに面白い風景画になったことでしょう。激務の中で精進している彼にエールを送りたいと思います。さて、明日も制作続行で、私も頑張らなければなりません。
映画「裁かれるのは善人のみ」雑感
2015年 11月 20日 金曜日
表題はロシア映画で、原題を「LEVIATHAN」(レヴィアタン)と言います。これは旧約聖書に登場する海中の怪物や悪魔のことです。映画のポスターに使われている浜辺に打ち上げられた白骨化した鯨が、それを象徴しているのでしょうか。日本語になった題名は物語を端的に語っています。ロシア北部の鄙びた海沿いに住む自動車修理工の朴訥な主人公と実の息子、美しい後妻の3人家族が慎ましく生活している様子がまず映画に登場します。この土地の買収を巡って悪事を極める市長と立ち退くことを拒否し続ける家族の対決が物語の発端になっています。主人公は友人の弁護士を都会から呼び寄せ、市長の悪事三昧を暴き、それによって裁判を有利にもっていこうとしましたが、市長から手段を選ばない圧力がかかり、それによって家族が崩壊していく過程が描き出されていきます。それは地方行政に留まらず、宗教や政治体制の在り方までも映画の主題として扱われているように思います。権力と教会が結託した政治腐敗を描いたこの映画が、よくぞ禁止されることなく、またカンヌを初め国際的な映画界で礼賛されていることに私は驚き、また社会背景とは別に芸術作品として評価された素晴らしさを同時に感じました。ラストの教会での説教は、観ている私の感情を上滑り、市井の善人の抗う事の出来ない権力に対し、宗教をどう捉えたらいいのかという疑問も投げかけました。やるせない映画、これが「裁かれるのは善人のみ」の雑感です。ただし、ロシアの自然はどこまでも美しく、荒涼とした入り江に放置された廃船や、主人公の住む家が心地よいので、映画自体は気品のある作品に仕上がっていると思いました。横浜のミニシアターで観る映画は、表現力に溢れた芸術性の高いものが多く、往年の映画ファンらしい観客に支えられていると、この晩も思いました。娯楽性が乏しくても、また観に来たいと思わせる作品が多いのです。
見えない彫刻
2015年 11月 19日 木曜日
彫刻は主題を塊として表現する媒体で、その骨組みによって構築性のある作品が生まれます。空間の中に置かれた塊としての彫刻作品に対し、人は周囲を回ってその触覚的な凹凸を鑑賞するのです。美術館や画廊といった特殊な空間に置かれた特殊な物体が、即ち彫刻というわけです。私たちが日常見ている風景には、そんな特殊性はありません。全ての形態は一角しか見えておらず、たとえば都市に建つ高層ビルの背後はきっと同じような面の連続に違いないと想像をしています。森や草原に立つ木々も地中に張った根は見えていません。初対面の人には秘めたる内面は見えないので、風貌で判断してしまうことがあります。人間関係が生まれて、やっとその人の本来の姿が見えてくるものです。私たちは表層の中で生きているといっても過言ではありません。ならば彫刻も塊としてではなく、その一角が現れているだけの作品があっても不思議ではありません。自分が注目したのは古代都市の発掘現場です。大地に埋もれている都市構造は、想像を呼び、私たちを刺激します。私が「発掘」シリーズを始めた契機は、一部しか現れていない古代都市に彫刻的面白さを感じたからに他なりません。全体が見えない彫刻、埋没した部分に謎を秘めた造形、そこに想像も含めた無限の広がりを求めているのです。
工房の倉庫部分のロフトが完成
2015年 11月 18日 水曜日
相原工房は亡父が残してくれた植木畑に建っています。農業用倉庫として建てたので、内壁も天井もありません。見上げると屋根材を置いた板だけなので、野鳥が屋根を歩いているとコンコンと音が聞こえます。雨や風の音もします。気が利いているのは水洗トイレと水場と大き目の窯があることです。作業机はいくつかあって、若いアーティストたちがやってきてそれぞれの課題を広げています。植木畑のおかげで周囲は豊かな自然に溢れ、大都市横浜にいることを忘れさせてくれます。私はこの歳になって自分の工房を持てたことに幸運を感じていて、この空間で若いアーティストたちを支えていこうと考えています。そんな工房ですが、床面積の半分は作品の収納庫にしていて、所狭しと作品を梱包した木箱が積んであります。既に保管作品が収納庫の許容範囲を超えてしまいました。作品は作業場の方にも置いてありますが、作業場が狭くなるのを憂慮して、収納部分の上の空間を利用できないものか思案していました。そこでロフトを作る計画を思い立ち、近隣に住む鉄工業者に相談しました。業者に見積もりを出してもらったところ、今まで貯蓄してあった費用で何とかなりそうなので、思い切ってロフト増築をお願いしました。先日やっと完成して、実際にロフトに上がってみました。鉄骨で補強され、かなり頑丈に作ってあり、これなら木彫作品をロフトに上げられるかなぁと思いました。作品の移動はまだ先になりそうですが、ともかく収納のための懐が深くなったことを喜びたいと思います。
「夢の仕事」(a)・(b)まとめ
2015年 11月 17日 火曜日
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第六章「夢の仕事」の(a)「圧縮の仕事」と(b)「ずらしの仕事」のまとめを行います。「圧縮の仕事」の発端は「夢内容と夢の想念とを比較するとき、探求者にとってまず明らかになるのは、そこで大規模な圧縮の仕事がなされたことだ。」と書かれており、その内容としては「見いだされた夢の想念のうちのほんのわずかな部分だけが、その想念に属する一表層要素を通じて代理的に夢に現れることを考慮するなら、圧縮は脱落を通じて起きると推定すべきだろう。つまり、夢は夢の想念を忠実に翻訳するとか、逐一投影するのではなく、夢の想念をきわめて不完全に、隙間だらけに再生すると推定できる。」とあります。その具体例として「植物学の研究書の夢」や「素敵な夢」「コフキコガネの夢」が次々に紹介されています。ここでひとつずつ取り上げることは出来ませんが、フロイト自身やフロイトの患者が見た夢を使って圧縮された部分を解き明かそうとしています。次に「ずらしの仕事」として「夢の想念における明らかに本質的な内容となっている事柄は、夢においてその代理を必要としないのである。夢ではいわば中心が別のところに移される。夢の想念におけるのとは異なる諸要素が中心点になり、そのまわりに内容が配置されるのである。」とあるのが、ずらしの導入説明です。「夢の仕事において発現するある種の心的な力によって、一方では心的に高い価値を帯びた要素からその強度が取り去られる一方で、低い価値しか帯びていない要素から、多重規定を手段として、新たな価値を帯びた要素が創出され、そうした要素が夢内容に到達すると考えられるのである。~略~夢のずらしと夢の圧縮が二人の職工長であり、私たちは、この両人が夢を造形する際の主たる働きをなすと考えることができる。」という一文をもって(a)「圧縮の仕事」と(b)「ずらしの仕事」のまとめにしたいと思います。引用ばかりになってしまいました。
11月RECORDは「獣」
2015年 11月 16日 月曜日
RECORDは2007年の2月から始めました。厚手ケント紙をポストカード大に断ち、裏に日付けを入れて、一日1点制作をしていくという課題を自分に課しました。日付けは表面にも入れています。毎年小さな印を彫って、日付けのスタンピングと同時に押印もしています。毎月テーマを決めていて、同じ構成が5日間で展開するようにしています。システマティックにやっているのは、ウィークディの昼間は公務員としての仕事があって、創作活動との二足の草鞋生活を送っているためで、制作時間は仕事から帰った夜に限られ、その条件でやれるとしたら、一貫した流れがあった方が時間短縮になるからです。その時の気分がどうであれ、小さな紙を前に置いて手を動かす行為から始めますが、日によってはかなり厳しい時もあります。それでも8年間継続していて、作品数も3200点を超えているので、これは意地でも続けなければ、と思っているところです。今月のRECORDのテーマを「獣」にしました。来年の干支を盛り込んで年賀状として使えるようにしようとも考えているのです。でもイメージとして浮かんだのは狛犬や架空の獣たちでした。今月はもう既にテーマによる制作が始まっていて、スムーズに制作が進んでくれるといいなぁと思っています。毎月RECORDを楽しみたいと思っているのですが、それは初めのうちだけで、次第に苦しくなってきます。今月の後半はどうでしょうか。まずは継続することを念頭に頑張っていきたいと思っています。
週末 絵画から彫刻への意識変化
2015年 11月 15日 日曜日
先週より2点目の新作に取り組んでいます。2点目の新作は絵画的なイメージからスタートしましたが、作業を進めていくうちに、これは絵画ではなく彫刻的な意識が働いていることに気づきました。若林奮先生が葉山の県立近代美術館に設置した「地表面の耐久性について」という野外彫刻と一脈通じるものがあると考えたのです。一面性しか表面に現れていない彫刻が、まさに自分が作ろうとしている新作なのです。自分のイメージには絵画ほどの自由性がなく、これは立体を真正面から見た状況ではないかと思い至りました。意識の中ではカタチ全体を把握することが出来ず、その奥に隠れた部分があり、それを掘り起こすことはイメージの上では不可能と判断しています。表面に現れた一面だけを造形することが自分に課せられたことで、自分にも測り知れない謎を表層から察していく彫刻作品なのです。そんなことを思い巡らせたら、制作に合点がいって、漸く快く作業を進めることが出来ました。今日は朝から夕方まで、ひたすら厚板に彫り込みを入れることに終始しました。彫り込みはまだ半分しか出来ていません。来週末に持越しです。作者にも全体が掴めない彫刻作品があってもいいのではないかと思っています。その意識が鑑賞者に伝わるかどうかはわかりません。作者の思索は思索のままで据え置かれても仕方がないところがあるし、別の解釈も成り立つのであれば、それでよしとしています。夕方工房を離れるときに窯入れをしました。焼成には3日かかり、その間は工房は使えません。ロフトを施工している業者は来週から来ないので、漸く焼成が出来るようになったのです。
週末 スマホ&タブレット購入
2015年 11月 14日 土曜日
3年前に携帯電話から買い替えたスマートフォンのバッテリーが、このところ調子悪くて仕事の上で困るなぁと思っていました。今日は早朝工房で制作をした後、家内とスマートフォンを見に家電量販店に出かけました。今は修理の時代ではなくなっていて、若い店員から新機種はどうですか?と持ち掛けられました。家内は新機種に興味津々で、結局、最先端のスマートフォンとタブレットを購入することになりました。これはかなり高価な買い物だと思ったのは私だけでしょうか。このNOTE(ブログ)は、新しく購入したタブレットを使って書いています。自宅のパソコンより扱い辛さはありますが、慣れれば何とかなるでしょう。新機種のスマートフォンの方は、到底自分は使いこなせません。猫に小判、豚に真珠です。家内はさまざまなアプリから情報を得ていますが、アナログ人間の私は電話にメールくらい使えれば、それで済むのです。家電量販店でスマートフォンを購入したものの、データの移動はスマホ会社の窓口に行かねばならず、自宅に帰ったのは夜になっていました。スマートフォンやタブレットは、つまり手持ちの小型パソコンで、一時代前の携帯電話とは大きく異なっています。日頃、陶土や木材を相手に腕一本で作品を作っている自分にとって、こうしたICT機器は謎に満ちた世界です。理屈はわからないけれど、便利だから自宅でも職場でもICT機器を使っています。持ち歩いているスマートフォンとタブレットはコードすらありません。画面にタッチするだけで忽ち世界が変わります。それが当たり前と感じるのは若い世代ばかりではなく、自分の周囲の管理職仲間もいろいろな技を知っていて、時代についていけないのは自分一人かもしれないと思うこの頃です。
塊から一面的なものへ
2015年 11月 13日 金曜日
現在、葉山の県立近代美術館で展覧会を開催中の若林奮先生には、「地表面の耐久性について」と題する野外展示された大きな彫刻作品があります。まさに地表面に張りついた鉄の作品で、地中からその表面が現れた様相を呈しています。図録の一文を引用します。「若林によれば『(70年代)万博以后、かたまり(量塊)としての彫刻から表面的=一面的なものへ興味が移行した』という変化には、エジプトやフランスでの体験が深く影響しているからだ。例えば、太古の壁画が、線刻や絵具で『幾重にも層になった重ね描きが形成されている』ことに(若林は)気づいた~以下略~」(朝木由香著)とありました。これは大学での教職受講生への講義のための草稿だそうで、彫刻を広義に捉え、立体としての考え方を根本から覆す思考が見て取れます。その結果、地上と地下の境界にある地表面が主題となった「地表面の耐久性について」という作品が生まれたようです。大学の講義に使ったとなれば、美術を学ぶ学生相手にどんな授業展開があったのか、立体そのものの認識に理解が覚束ない学生にとっては難解な課題が与えられたと考えられます。これは立体表現を形而上の哲学として扱う用意がなければ、講義を聴いても謎が深まるばかりでしょう。立体とは何か、それを取り巻く空間をどう解釈するべきか、それが把握できた時に、立体の一部を提示することで、私たちが普段眼にする風景とも自然とも呼べる表層としての視界が出現すると若林先生は言いたいのではないでしょうか。つまり、私たちにはモノの全てが見えていない、見えているのは表面的な一部であるというわけです。それなら彫刻だって一部が見えていたらそれで充分ではないか、そこで一部より全体を洞察するのが、日常生活に見られる自然な状態なのではないか、そんなことを考えて自分は若林作品を測る思索の物差しを想定しています。まさに塊を覆い隠して氷山の一角にする試み、一面的なものへの興味に移行したのは、これから晩年にかけて若林ワールドが一面的作風以降、人間と自然との関わりの中で彫刻が大きく展開していく導入部にあたっており、一面的作風はさらにスケールの大きな世界に拡大していく、まさに前哨戦に過ぎないと自分は考えるようになり、そこから風景を切り取ったような庭の作品が生まれていくのではないかと考察する次第です。
戦争とは何かを考える
2015年 11月 12日 木曜日
先月観に行った映画「顔のないヒトラーたち」に絡めて、今日は戦争について取り上げます。私は職場にある複数の新聞には必ず目を通し、気になる記事をスクラップしています。9月17日付の朝日新聞の記事に「野火」の映画監督である塚本晋也氏のインタビューが掲載されていました。「戦争を描くなら、加害者の目線で描かなければならないと、ずっと思っていました。~略~(元日本兵が)捕虜をやりで突けと言われ、やりたくないと思いながらドーンと突いた瞬間、腹のあたりに今まで感じたことのない、ある充実した手応えを感じた、そこから殺すことが平気になって~略~加害の記憶は、多くの方が口をつぐんだまま亡くなられるので、なかなか継承されません。」という記事は、まさに塚本監督が「野火」制作へ踏み切った動機ではないかと思いました。「ヒロイズムで戦争をとらえるのは間違いだと、はっきり言えます。」という言葉に、戦争のもつ現実の痛みを実感しようとする塚本監督の思いが込められています。戦争に遭遇した人間の本質はどこにあるのか、多く作られている戦争映画の構造に、現実の戦争に対する違和感はないのか、そんなことも考えさせる言葉がありました。「敵を仕立て、それを怪物のように描き、これだけ被害を受けたのだから仕方ない、大切なものを守るために名誉をかけて闘う、そして苦戦の末に勝利する。そういうハリウッド映画が、子どものころから大嫌いでした。~略~『これが正義だ』と教えられて人を殺してしまったとしても、それを正義だと言い切れない正気の目線が、頭の上の方で常に自分を見ているはずです。」私は橫浜のミニシアターで夏に「野火」を観ていたので、インタビューの言葉を重く受け取りました。先月観た「顔のないヒトラーたち」も加害者側から戦争を描いた秀作でした。戦争とは何かを考える意味で、最近の映画の内容に真摯なものを抉り出そうとする傾向が見られることを、自分は歓迎している一人です。
映画「顔のないヒトラーたち」について
2015年 11月 11日 水曜日
先月のことで日が経ってしまいましたが、橫浜の中心地にあるシネマジャック&ベティに表題の映画を観に行ってきました。ドイツ映画「顔のないヒトラーたち」は実話を基に描かれた秀逸な内容だと感じました。1958年のフランクフルトからドラマは始まります。現在では信じられないことですが、当時アウシュヴィッツ強制収容所のことはドイツ国民に知られていなかったのです。当時の西ドイツは経済復興の真っ直中で、戦争の記憶を忘れ去ろうとしていました。自国が自国民自身を裁く構図、歴史認識を変えていくことはタブーでもあったのです。そこに果敢に挑戦していく検事とジャーナリストたち、ヒトラーだけではなく一般市民が罪を犯した事に対する憤り、若き検事は自分の父がナチスだった過去の発覚に対し、精神が追い詰められていきます。どれをとっても隠蔽された過去を解き明かし、罪を償わせようとする正統な努力は、後の時代を知っている私たちは共感を持って迎え入れられますが、当時の時代風潮や抵抗は如何ばかりだったのか、思い量ると大変なジレンマに陥ったのではないかと思うのです。映画は若き検事の恋愛模様を織り交ぜて、辛辣な内容ばかりではなく、ホッとさせる場面もあります。自国民の厳しい過去と向き合うと同時に、映画は若い二人の未来も描こうとしているようで、四六時中暗いテーマで進行するわけではなく、エンターティメントにも優れていて、これは観て良かったと思える映画のひとつだったと思っています。
14‘RECORD 4月・5月・6月分アップ
2015年 11月 10日 火曜日
私のホームページに2014年のRECORD4月分~6月分をアップしました。この1年間の毎月のテーマは文章でした。4月は「囚われし賤民の出航」というテーマで、制度的に見て差別を受けていた民族が、その社会から解放を願うことを抽象的、象徴的に描いてみようと思ったことがきっかけでした。大きな捉えとしては読書を通じた知識によるものですが、自分が小学生の頃、差別的な言動をして友人を苦しめていた後悔やら、後に知った部落差別のこと等も頭を過ぎりました。実際の制作ではそこまで社会の裏事情に巣食う深刻なテーマを扱うことはなかったのですが、時間が許せば一度は自分も目にしたヘイトスピーチ等にも向き合った制作を考えています。5月のテーマは「戯れあう幻獣たち」で、東京国立博物館で見た「キトラ古墳壁画」が制作の動機になっています。日本の古代史に登場する架空な動物の由縁にも自分は興味関心を持っています。6月のテーマは「地層に溜まる雨水」で、梅雨の季節に雨が浸透していく工房周辺の植木畑を眺めていて感じたことを視角的・触覚的にまとめたものです。自然との関わりを作品制作を通して自己解釈していく表現を模索したのが6月のRECORDでした。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした4月分~6月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
新鮮さを留める描写の魅力
2015年 11月 9日 月曜日
既に終わってしまった展覧会の作品を取り上げるのは恐縮ですが、橫浜にある県立歴史博物館で開催していた「五姓田義松展」の中で、気に留めた作品の数々の感想を述べます。私が美術の専門家を志した時は、既に確立された受験体制があり、美術系の学校は門戸を広げていました。最初は木炭による石膏デッサンをやっていて、そのうち描画材は鉛筆に代わり、陰影を利用してカタチが浮き彫りになるように、タッチを工夫する技巧を教え込まれました。いわゆるハッチングというもので、カタチを立体として捉える方法に夢中になりました。そこには描写職人のような浪人生もいました。そんな当時愉快だった描写の習得技術を思い返してくれたのが、画家五姓田義松のデッサンでした。明治初期の西洋画習得もままならない時期に、よくぞこんなデッサンができたものだと感心しましたが、当時の僅かばかりの情報に対する欲求の故なのか、描くことに新鮮さを留めていて、見る対象全てに感動しながら作者は描写をしていた有様が伝わってきます。とりわけ「六面相」と題された自画像を描いたデッサンが楽しくて、その抑揚のある筆致に浮かび上がる変顔が、何ともいいのです。作者の母を描いた油絵にも驚きました。母の最期を看取って描いた「老母図」は、恰も表現主義のような深い精神性に溢れ、作者の母に対する愛情が尋常ではないことが分かりました。当時理解の薄かった西洋画を進める際の精神的な支えを母がしてくれたのでしょうか。五姓田義松は家族愛に溢れた画家でもあったようです。
週末 絵画的新作の第一歩
2015年 11月 8日 日曜日
今日を日記風に綴るなら、朝7時に工房に行き、昨日から始めた2点目の新作の全体構成を厚板に下書きしました。まず第一歩として絵画的なアプローチをすることにしました。2時間やったところで自宅に戻りました。朝食をテレビの前の居間で済ませました。自分は食事中にテレビを見ることはありません。ダイニングにテレビを置いていないのです。今日は特別でした。NHK番組の「日曜美術館」で若林奮先生の彫刻作品を取上げたので、何としても見たかったのでした。懐かしい若林先生がインタビューに答えるシーンが映し出されていました。気難しく眉間に皺のよった神経質そうな顔で、彫刻とは何かをもどかしそうに話しておられました。自分は若林先生に教えを受けたことはありません。同じ大学の構内に居ながら、近づくことが出来なかったのが返すがえすも残念です。奥様も登場していました。自分は大学受験の時に石膏デッサンを奥様に習ったことがあるのです。奥様は具象彫刻の第一人者淀井敏夫氏のお嬢さんだったことは当時から存じ上げていました。若林ワールドがテレビでどう解説されるのか興味津々でした。内容は別の機会に書こうと思います。番組が終了したので工房に戻りました。中国籍の若いスタッフが来ていました。先週から山東省に里帰りをしていた彼女は、今週の木曜日に日本に戻ってきていました。工房のロフト工事を見て驚いていました。良い香りのするジャスミン茶をお土産に頂きました。夕方4時までそれぞれ制作に没頭しました。2人でやっていると社会的促進という心理効果があって制作に弾みがつきます。彼女もその効果を期待しているらしく日曜日が楽しみで仕方ないと言っていました。夕方には制作でクタクタになり、彼女を駅まで車で送りました。自宅に戻ると、演奏に出かけていた家内から連絡が入り、家内を迎えに行きました。いつものような週末の過ごし方でしたが、テレビ放映された若林ワールドのことが印象に残っていました。番組の中にあった「彫刻とは何か」という問いかけは、自分も常に思っていることで、絵画的新作の第一歩を記した今日も、これは表層的には絵画のように見えるけれど、実のところ彫刻としての意識が働いていると感じています。どうしてそう思ったのかは、稿を改めて考えてみたいと思います。若林先生の言葉に、彫刻なるものの捉えの広さや深さを感じ取り、自分も同意することが暫しあります。今日はなかなか充実した週末を過ごしたように思えました。
週末 新作2点目の導入
2015年 11月 7日 土曜日
夏に東京銀座で発表する陶彫作品は、大きめの新作を2点、小作品「陶紋」を数点出品しようと考えています。毎年の定番になっていますが、ギャラリーせいほうの空間を考えると、今回もこのくらいの作品量を必死になって制作しなければなりません。既に一番大きな陶彫作品には取り掛かっていますが、次なる陶彫作品をどうしようかと思案していました。今まで降って湧いた数多いイメージの中からひとつ選びましたが、そのイメージはあまりにも絵画的で色彩に溢れた画面構成が思い浮かんできます。これをどのようにして床置きの彫刻作品にしていこうか、思案のしどころかなぁと思っています。これを絵画作品にして壁に掛けてもつまらないと感じているからです。浮かんだイメージは、イメージ通りになるように素材や技法を選んでいくのが一般的で、通常は具現化するための一番効果的な方法は何かを考えていきます。制作では抵抗や摩擦の出来るだけ少ない方法で進めていくのが、作品を作る上での得策です。ただし、それが作品のクオリティーを上げられるかどうかは別問題です。慣れが生む緩慢な傾向は、どの作家にも共通していて、それならばいっそ抵抗や摩擦があった方が、緊張感のある優れた作品になるかもしれないのです。作品は精神の産物であるため、そこが創作活動のやっかいなところでもあり、面白いところでもあります。今日は新作の2点目になる作品に取り掛かりました。2センチの厚板を購入してきて、まずイメージ通りの画面を描くところから始めました。画面の中から立体性のあるものを抽出し、それを立体物として配置したらどうなるのか、絵画的イメージを分解し、構成要素のひとつひとつに凹凸があったらどうなるのか、色彩が織り成す印象の部分と即物的な素材の部分をどう関わらせるか、導入としては厚板への描写もままならず、今日の作業を中断してしまいました。明日も継続です。ちょっと苦しいところに突入してしまったかなぁと思い返しながら、明日へ希望を繋ぎます。
「夢解釈」下巻を読み始める
2015年 11月 6日 金曜日
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)下巻を読み始めました。下巻には大きな章が2つあります。第六章「夢の仕事」と第七章「夢行程の心理学」です。それぞれ章ごとに小さな括りがあるので、その括り毎に上巻の例に従ってまとめていこうと思っています。読み始めると忽ちフロイト流の論考に取り巻かれてしまいます。夢を解釈するという壮大で深遠なテーマは、精神分析学の第一人者であったフロイトだからこそ扱うことが出来たと思っていましたが、本書では夢を考察した学者が提唱した事例が多く出てくるので、夢という領域は心理学や病理学を専門とする学者では魅力的なテーマのひとつであったと思うばかりです。さて、細かな単元に移る前に第六章「夢の仕事」に関する前置きがありましたので、引用します。「私たちは、顕在的な夢内容ではなく、潜在的な夢内容としての夢の想念から夢を解き明かそうとする。それゆえ、私たちには以前になかった課題が新たに課せられる。つまり、顕在的な夢内容と潜在的な夢の想念との関係を探求し、どのような行程を通じて後者から前者が生じるのかを跡づけるという課題である。」これがこれから夢を論じる上での導入部にあたると考えます。本書を通勤の友として、今後じっくり読んでいこうと思います。些か気難しい友であるのは百も承知です。