新鮮さを留める描写の魅力

既に終わってしまった展覧会の作品を取り上げるのは恐縮ですが、橫浜にある県立歴史博物館で開催していた「五姓田義松展」の中で、気に留めた作品の数々の感想を述べます。私が美術の専門家を志した時は、既に確立された受験体制があり、美術系の学校は門戸を広げていました。最初は木炭による石膏デッサンをやっていて、そのうち描画材は鉛筆に代わり、陰影を利用してカタチが浮き彫りになるように、タッチを工夫する技巧を教え込まれました。いわゆるハッチングというもので、カタチを立体として捉える方法に夢中になりました。そこには描写職人のような浪人生もいました。そんな当時愉快だった描写の習得技術を思い返してくれたのが、画家五姓田義松のデッサンでした。明治初期の西洋画習得もままならない時期に、よくぞこんなデッサンができたものだと感心しましたが、当時の僅かばかりの情報に対する欲求の故なのか、描くことに新鮮さを留めていて、見る対象全てに感動しながら作者は描写をしていた有様が伝わってきます。とりわけ「六面相」と題された自画像を描いたデッサンが楽しくて、その抑揚のある筆致に浮かび上がる変顔が、何ともいいのです。作者の母を描いた油絵にも驚きました。母の最期を看取って描いた「老母図」は、恰も表現主義のような深い精神性に溢れ、作者の母に対する愛情が尋常ではないことが分かりました。当時理解の薄かった西洋画を進める際の精神的な支えを母がしてくれたのでしょうか。五姓田義松は家族愛に溢れた画家でもあったようです。

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