休庁期間の終了

6日間の休庁期間でしたが、年末年始の用事が立て込んで、制作だけやっているわけにはいきませんでした。それでも今日は昨年暮れに中途半端にしていた小さな四角錘の加飾を行いました。これで小さな四角錘は4つ出来ました。乾燥すれば仕上げと化粧掛けをして窯に入れます。そろそろ新作の題名を考えなくてはなりません。5年目を迎えたRECORDも今年の3点が終わりました。陶彫もRECORDも新しい落款を考えなければならず、夕方は印材を買いに出かけました。こんなふうに過ごしていて、明日からまた公務が始まると思うと、やはり足取りが重くなるのです。仕事なのでこれは仕方ないと思っていますが、この6日間でもう少し制作を進めたらよかったと悔やんでしまいます。始まれば、あっという間に終わる休庁期間。毎年のことですが、また来年も次の新作に挑んでいることでしょう。

正月気分で過ごす一日

今日は母親宅に親戚が集まる日でした。普段会えない従兄弟たちや叔父と会うのは正月くらいなものです。夕方からは家内の方の親戚の集まりに出かけました。家内の親戚は奄美大島出身の人たちが多く、これも普段は会えない人たちです。親類縁者が一堂に顔を合わせる機会は、今となっては貴重になりました。自分がまだ若かった頃は、こういう機会がどうも苦手で、一人でどこかへ出かけてしまった時もありましたが、父や義母が他界した今となっては叔父や叔母の健康を気遣い、無事を確認しつつ、昔話を聞く機会があってもいいかなと思うようになりました。まさに正月気分で過ごした一日でした。ただ昨日も今日も時間を見つけては工房に行って、途中の作品の確認を行っています。創作活動から頭が離れない毎日ですが、1年の計が元旦にあるならば、この1年も創作活動に余念がないことになります。今年もまた頑張っていこうと思います。

2011年の抱負

2011年になりました。昨日遅くまで摺っていた木版画の年賀状が床に散乱しています。今日はこれの宛名印刷をしなければなりません。慌しかった2010年でしたが、今年になっても公務や創作活動の多忙さから解放されることはありません。健康だからこそ仕事をやっていけると思っていますし、さらに今年も健康に留意して過ごしたいと考えます。家族が何事もなく無事に暮らせる2011年になるといいと願います。創作活動の面では、陶彫の新作は3月末までに作り上げたいと目標を掲げています。旧作の修整もあり、それが整わないと7月の個展を迎えられません。RECORDも続行です。RECORDは5年目になります。楽しみながら苦しみながら一日1点ずつ作っていくことが習慣になっています。新しい表現の獲得は未だ成し遂げられませんが、自分の方向性はRECORDによって見えています。RECORDから収穫するものもあると思っています。今年も例年同様出来ることを精一杯やっていくことを誓って、2011年の抱負にしたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。

2010年HP&NOTEのまとめ

今日で2010年が終わります。今年は、というより今年も多忙感があって、自分はいい締め括りにはなりません。新作は昨年より少々進んでいますが、余裕は持てません。昨年工房が出来たことで、自分の気持ちがずっと支えられていることが今年1年間の良かったところですし、病気に伏せることがなく過ごせたことが何よりの幸せでもあります。健康あっての公務であり、また創作活動でもあるわけです。内容的には、公務の方は自分の状況把握の甘さや仕事の段取りの悪さで、今年も最後の日まで気忙しくなってしまいました。人事や施設の面で管理していくことの難しさを感じない日はありませんでした。楽しいことは何だろうと首を傾げたくなる毎日ですが、場数を踏めば自分の器も広がるのかもしれないと思うようにしています。創作活動の方は順調のような、そうでもないような気分でいます。RECORDも今年最後の分を先ほど仕上げました。年賀状の版画にトラブル発生です。1年1回の木版画ですが、インクがなくなってローラーも錆びて動かないのに気づき、慌てて調達してきました。来年の年賀状は遅れます。さて、今年のHPとブログ(NOTE)はいかがだったでしょうか。拙い文章のブログを読んでいただいている方々に今年も感謝申し上げます。来年が良い年でありますよう祈願して、今年のブログを終えることにします。有難うございました。

回想のひと時…

回想のひと時…と言ってもこの1年間を振り返ることではありません。大学の工芸工業デザイン科に今年から通っている子と久しぶりに会い、その子が現在抱えている様々な課題を聞いているうちに、自分も学生時代の気分に戻されてしまったのです。当時のことを回想すれば、自分の我儘と甘えが見えてきて、決して人を諭せるものではありません。自分もその子と同じ不安な思いをして過ごした日々があって、大学で学んでいるものと現実のギャップに苛まれていました。そもそも創作にしても、一体何が自分にとって創作と呼べるものなのか、人体モデルを立たせて習作に明け暮れていた自分にはわからないのでした。彫刻とは何か、自分は彫刻という表現に何を求めているのか、社会的にそんなものの必要且つ必然性はあるのか、興味関心だけでどうやって気持ちを保ち続けていくのか、当時何となく感じていたことの解決を見ないまま右往左往して、自分は現在に至っているように思えるのです。その子が大学に入って感じ始めたこと、それを一生かけて答えを見つけていくんだろうなぁと思いながら貴重なひと時を過ごしました。

窯に供えた鏡餅

休庁期間の始まりです。朝のうち小さな四角錘の成形をやっていました。昼ごろ工房の清掃を始めました。大清掃のはずが、制作に体力を使ってしまったため、土埃を掃く程度のちょい清掃になってしまいました。それでも僅かながら綺麗になったような気がしています。窯には鏡餅を供えて「火の神様」に今後の安全と成功を祈願いたしました。よく陶芸家のお宅にお邪魔すると、窯場に神仏が祭ってあります。尋常ではない温度を求めて炎をコントロールする仕事ゆえの願掛けなのだと思っています。来年も無事に焼成が出来ることを自分も祈るばかりです。夕方から年賀状の版画に着手しました。いつも元旦には届かないのですが、日頃お世話になっている方々やなかなか会えない人に挨拶する機会は、これをおいて他はないと思っています。年賀状の版画もRECORDのような自分の小品であることには変わりありません。

2010年仕事納め

横浜市に雇われて随分経ちますが、管理職になる前は休業前のワクワク感があって、今日という日を楽しく過ごしていました。その頃から作品の制作に追われていたのは事実でしたが、公務の仕事に対しては先行きの思いを巡らせることもなく、制作に没頭できる喜びでいっぱいでした。現在の立場になってから仕事納めの日は複雑な気分です。抱えている仕事がすっきりしないこと、来年度の書類を正月早々作らなければならないこと等で頭が仕事から離れません。休庁期間の6日間は、制作の他に年末年始の挨拶があって気忙しい休暇になります。それでも例年通り制作目標を掲げて、6日間を有効に使いたいと思います。毎日工房に通う予定で、正月といえども工房で制作続行を考えています。さしずめ明日は成形をやるつもりですが、工房の大掃除をして、窯に餅を供えて「火の神様」に今年1年間の感謝と来年の安全を祈願したいと思っています。

布団は至福のぬくもり

仕事納めまであと2日。休みたい気分になっているところの公務はつらいなぁと思いつつ、まだ明けやらぬ早朝に職場へと向かいます。バスや電車も心なしか空いているように感じます。朝日新聞の天声人語に何気なく目を移すと、「(漱石の)小説『二百十日』にも寒い朝のくだりがある。『布団の中で世の中の寒さを一二寸の厚さに遮って…』は言い得て妙だ。」とありました。「時間を切られたシンデレラだからこそ布団は至福のぬくもりとなる。この値千金感、くやしいが休みの朝では味わえない。」と中略を挟んで続きます。確かにこの頃は布団から出るのに「気合」が必要です。夏の猛暑に喘いでいた時に比べると、今は一体なんでしょう。夏の滴る汗の中で涼しさ寒さを欲し、冬となれば夏の眩しい暑さが恋しくなるのは人の常。でもあと少し…布団の至福のぬくもりを抜け出て現実の世界に行かなくちゃ。休庁期間が去った後もまた厳しいと自分に言い聞かせながら、明日はいよいよ仕事納めです。

今年最後の日曜日

週末はずっと陶彫の制作をやってきましたが、今日は今年最後の日曜日です。とは言え今日も相変わらず制作をやっていて、小さな四角錘の加飾を続けていました。昨日準備したタタラは、休庁期間に入る最初の29日に立ち上げて成形を行うことにしました。師走とはよく言ったもので、制作の他にいろいろやることが多くて、半日は野暮用で走り回っていました。制作が順調に進んでいることは自分の精神安定に繋がっていて、モノ作りと工房の心地よい雰囲気がある限り、自分はどんなことがあっても何とか自分を保てるのではないかと思います。自分は創作活動にどんなに助けられているか、どんなに心の拠り所になっているか計り知れません。今までのことをあれこれ振り返りながら今年最後の日曜日を過ごしました。この環境に感謝です。

サンタが土持ってやってきた

今日はクリスマス。週末なので相変わらず工房で制作です。タタラを8枚作った後、小さな四角錘に加飾をしていました。新作の制作を順序良くやっているのです。今日は夕方に陶土が500キロ届きました。サンタクロースが土持ってやってきた感じですが、自分で注文して支払いをするのでクリスマスプレゼントではありません。陶土は栃木県益子の明智鉱業から取り寄せています。500キロの内訳は言えませんが、種類がいろいろあって総計で500キロになるというわけです。運送会社から電話があったのは工房を引き揚げた後で、再び工房に戻って陶土の搬入を手伝いました。陶土の混合は先頃やってきた2代目の土錬機を使って行う予定です。工房の掃除は29日にやろうとボランティアの子と相談しました。明日も朝から制作です。

クリスマス・イヴの今宵

誰にも信仰の心はあると思っています。その信仰する心にカタチを与えるのが宗教ではないかと考えます。自分のように先祖が浄土宗仏教で冠婚葬祭を行っていて、何となく仏教が身近にあるだけという者もいると思います。とりわけ仏教に信心しているわけではないので、親戚に熱心なキリスト教徒がいると宗教とは何だろうと考えてしまう場面があります。宗教の存在は国や地域の環境が大きく作用して、そこの土壌にあった信仰が生まれるのだと思います。滞欧生活の中でルーマニアやオーストリアで経験したクリスマスは、暮らしの中の必然な行事として自分の目に映りました。クリスマスで思い出すことは、いつも彼の地で過ごした時間に中にあります。教会で無心に祈りを捧げる人々の視線に、キリストの誕生を心から祝い、罪深き人の業への反省を見て取りました。だからといって自分にとってキリスト教を信奉する必然性は感じません。生活に密着していないからです。仏教もよくわかりません。ただ、信仰心は持っています。カタチが与えられない素の信仰心です。そんなことをクリスマス・イヴの今宵考えてみました。

知り合いの遺作展

自分と同じ横浜市に勤めていた知り合いが昨年の12月に急逝して、もう1年が経ちます。その知り合いのご子息が自分の職場に今年から初任者としてやってきています。昨晩は彼と遅くまで飲んでいました。知り合いは自分と同じ二束の草鞋を履く画家でもありました。白馬を幻想画面に描きこんだ大作は、横浜市民ギャラリーで毎年観る機会がありました。青い水中で白馬が颯爽と舞っているような、時に魚群と戯れ、道化師も登場する作風は、一見してその人とわかるような独創性をもっていました。ご子息も絵を描いています。欧州の何気ない街角を捉えて描いていて、ご子息の方がまだ具象傾向を残した作風です。その知り合いが今月21日(火)から30日(木)まで遺作展を開いています。白馬の幻想絵画に加えて、欧州の淡彩スケッチも展示してあります。今日、遺作展に伺いました。絵を心から愛した人の個展を、この場を借りて広報したいと思います。 「樋口雄三 作品展」 場所:ギャラリー石川 横浜市港南区上大岡西2-7-6 ライオンプラザ上大岡1F ぜひ、ご覧ください。

家内の骨折から1年…

昨年の22日は、家内が演奏練習で転んで腕を骨折した日です。会議やそのあとの慰労会で遅く帰宅した自分は、包帯を巻いた腕を肩から吊るしている家内を見て、やれやれと思ったのを思い出します。今日も職場でいろいろな立場の人を招いて研修会を組んでいました。参加者は仕事を終えてから来ていただいたので、遅い時間帯からの研修会になりました。そして昨年と同じように慰労会になりましたが、今年はメンバーを替えて行いました。こういうことがあったから家内の骨折事故の時期を覚えていたのです。今年も深夜0時をまわるくらい遅い帰宅になりましたが、もちろん家内は無事でした。今日も演奏に行っていたというのですが、お互い何事もなく健康のまま越年できたらいいねと確認しあいました。

読書への思い

昔から読書癖があって、読みかけの本をいつも携帯しています。「瀧口修造全集」(みすず書房)は長い時間をかけて読んでいて、かれこれ1年も経つような按配です。通勤の時しか読めないこと、その通勤時間が短いこと、加えて瀧口流の文章をよく噛み砕いて、いろいろな思いが交差する中、とつおいつ読んでいるので時間がかかってしまうのです。「瀧口修造全集」を読んでいる間に、別の本に浮気することがよくあります。瀧口修造に関連する本が多いのですが、もうすぐ休庁期間に入るので、「カンディンスキー研究」(美術出版社)を読もうと思っています。いつ頃購入したものか忘れてしまいましたが、今読まなければ読む機会を失うような気がしています。自宅の書棚にもそうして読まずに埃に塗れている本も数多くあります。学生時代、途中で放棄した「西洋の没落」(シュペングラー著)とか「カントと形而上学の検証」(量義治著)…量義治は叔父ですが、難解すぎて読む気力が萎えてしまうのです。やはり書籍は買った時の勢いで読むべきかなと思います。

何となく疲労を感じる日

一週間の始まりで月曜日は毎回モチベーションが下がります。今日も例外ではありません。午前中は出張があったり、職場に戻ったら仕事が溜まっていたりして気忙しい一日を過ごしました。毎週末に陶彫制作をやっているので、気分が解放される分、月曜日は身体がきついのです。土練り等で筋肉痛をしていることもあります。公務は公務と割り切って仕事をしていますが、制作中の陶彫が気になる時もあります。あのイメージをそのまま作らずに修整を加えようとか、こんなイメージがあってもいいんじゃないかとか、とりわけ疲労を感じる日はそんなことばかり考えています。公務は待ったなしの仕事があって、吹っ切れて制作を忘れることもありますが、今日は何となく疲労を感じて、陶彫のイメージが頭から離れませんでした。23日(木)の天皇誕生日まで指折り数えている自分がいます。

新しい土錬機が来た日

今日、新しい土錬機が来ました。23日に届くはずが今日になりました。新品ではありません。ただし今まで使っていた土錬機よりランクアップしたもので、今までの土錬機は業者に引き取ってもらいました。今日来た土錬機をいつ使用することになるかと言えば、来週末以降になります。来週末に栃木県益子にある明智鉱業から陶土が25個届くので、それを土錬機にかける予定でいます。工房にある工具が少しずつ変わっていくのは嬉しい限りです。今までの土錬機で作った最後の陶土で、今日はタタラを8枚準備しました。1枚が座布団くらいの大きさなので、これはなかなかシンドい仕事でした。成形が23日に出来そうなので、思い切って8枚のタタラを作ったのです。陶彫部品ひとつにつき4枚のタタラが必要なので、次回は2つの成形を同時に行う予定です。今日届いた土錬機の試運転が楽しみです。

週末 土錬機感謝デー

現在使っている土錬機は、いったいいつ頃購入したものか忘れてしまいましたが、陶彫による「発掘」シリーズは、土錬機がなくては出来ないものでした。10年くらいは使っているかもしれません。初めの頃は焼成した土肌が気に入らず、いろいろな陶土の混合を試みていました。その度に土錬機をつかってテストピースを作っていました。土錬機の構造は単純なので故障することは滅多にありません。真空土錬機は自分には持て余すと思ったので、現在の簡単な土錬機にしたことを今でも覚えています。その土錬機のランクアップを図ることになり、23日に業者が新しい土錬機を持ってきます。そこで今日は土錬機を分解して、内部にこびりついた陶土を削り取ることをしました。プロペラが大分劣化しているように思えました。自分にとっては、この土錬機が第一号です。工具に感謝しながら清掃した一日でした。

カンディンスキーの研究書

書店に入ると、まず美術書のところに行く癖が自分にはあります。書棚に並んでいる美術書の中で、自分の興味関心のある芸術家に関するものやテーマ性のあるものには、思わず手が伸びてしまいます。実は衝動買いも少なくありません。画家カンディンスキーに関するものは、思わず手が伸びて衝動で買ってしまうことがあり、そうして手に入れた書籍は自宅の書棚に保存されていくのです。埃を被っているものもかなりあります。「カンディンスキー研究」(西田秀穂 著 美術出版社)は、いつ購入したものか忘れてしまいましたが、未だ読んだことのない書籍です。そういう未知の書籍もたくさんあります。これは瀧口修造全集の合間に読もうと思っています。カンディンスキーの理論は難解なものがあって敬遠しがちです。でも、カンディンスキー熱のある自分は、この本を絶対読まなくてはならないと感じています。年末年始に休庁期間があるので、この時読もうと思います。

「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」

先日、表題の展覧会に行ってきました。神奈川県川崎市にある岡本太郎美術館は、岡本太郎ゆかりの芸術家による企画で見応えのある展覧会が多く、そのたびに見に出かけます。現在開催中の「池田龍雄 アヴァンギャルドの軌跡」展も、60年にわたり現代美術の第一線で活躍されている現存作家の刺激的な展示内容になっていて、自分にとっては大変な活力をもらった気がしています。1950年代より、その頃の前衛としてのシュルレアリスムや抽象傾向を包括した画業を展開し、今なお創作意欲が衰えない作者には頭が下がるばかりですが、願わくば自分もこうでありたいと思っています。作品をじっくり見ていくと1点1点の完成度の高さや仕事量の多さに驚きます。この日は質量ともに圧倒される展覧会に出会えた幸せを感じました。絵画ばかりではなく立体等も手がけられて、時としてコラージュを用いたり、素材を生かす造形があったりして、表現媒体の多様さと、そこにいきつくまでの試行錯誤が垣間見られました。いろいろな手法を使っても精神性を失わない秘密がこんなところにあるのかもしれないと思いました。

偶然が生んだ異国の街

2006年10月19日付のブログ「ムルナウの短い夏」にある通り、自分が初めて海外に出かけて辿り着いた街がドイツのムルナウでした。当時はまだドイツが東西に分断されていた時代なので、正確には西ドイツのムルナウだったわけで、西側の経済発展を物語るように、ムルナウのようにどんな小さな村でも道路が完備され、商業施設や文化施設がありました。自分は全寮制の語学学校ゲーテ・インスティチュートに通って、美術アカデミーの受験に備えていました。その頃はドイツ表現主義やバウハウスのことを知っていたはずでしたが、かつてムルナウで創作に打ち込んでいたカンディンスキーに特別な興味はなく、ミュンターと暮らしたアトリエハウスも記憶に残っていないのです。当時を思えば惜しいことをしたと後悔するばかりですが、カンディンスキーが色彩の解放を謳った絵画を完成させたムルナウが、自分にとっては初めて暮らした異国の街になっていること、それが今は最高に嬉しいと感じています。偶然が生んだ異国の街。その後の自分のカンディンスキー熱を考えると、偶然とは言え自分もムルナウにいたことに感謝しています。

「カンディンスキーと青騎士」展

自分にとって注目すべき展覧会です。ブログに何回となく書いているカンディンスキーは、P・クレーやシュルレアリスムの芸術家と共に自分の中に今も生きつづけている画家なのです。年刊誌「青騎士」の翻訳が白水社から刊行されたのを契機に、「青騎士」をじっくり読んで、以前のブログにもその感想を書きました。今回の展示内容ではやはりカンディンスキーの先鋭さが目立ちました。青騎士の他のメンバーよりさらに前を行くカンディンスキーは、カタチの解体や色彩の雄弁さを推し進めて、まさに内面から奏でる旋律に身を任せたような作風に移行していました。無調音楽に到達したシェーンベルクより発想を得た非対象絵画は、当時は理解されることもなく展覧会は惨憺たる結果に終わっているのですが、今自分の目の前にあるカンディンスキーの作品を見ていると、それも時代が時代だけに頷けるものがあります。絵画はサロンで眺めるものではなく、カタチと色彩の織り成す哲学になった瞬間から、造形する発想の転換が行われ、現代が始まったと言っても過言ではないと思います。眺める絵画から思索する絵画へ。思索には解釈が付き纏います。それもひとつではない解釈があって、まさに造形を哲学する時代がやってきたと認識しています。

竹橋の「麻生三郎展」

先日、東京竹橋にある国立近代美術館で開催中の「麻生三郎展」に行ってきました。背景と同化した人体。混沌とした重厚な壁を見ているような麻生三郎の油彩は、人の存在を問うような世界観をもっています。灰一色に見える大きな画面にはさまざまな色彩がせめぎ合い、やがて人体の部分が浮かび上がり、それらがひとつになって濃密な空間を作り出しているのです。図録にある文章を引用すると「~略~麻生の作品では、人の姿をはっきりと見つけ出すことが難しい。見えない大きな力によって押しつぶされてしまったのだろうか。いや、そうではない。時間をかけて、じっくりと画面に対峙していると、少しずつ、人の姿は見えてくる。眼を見つけ、手を見つけ、足を見つけ…、しかし完全な人体の輪郭は、おそらく最後までつかみ取れないはずだ。そこで焦ってはいけない。そうすると、人の姿はたちまち、混沌の中にかき消えてしまうだろう。ここからは我慢比べである。完全につながらない人体が、空間の中でどのような関係をもっているかを丹念にたどっていく。そうしていると~略~何か濃厚な生のエネルギーを、名づけようのない存在そのもののエッセンスを、感じとることができるだろう。~以下略~」(大谷省吾 著)作者のリアリズム追求の姿勢は、彫刻家ジャコメッテイの油彩にも通じるものがあると感じました。困難な絵画的状況を抱えたまま旅立った麻生三郎を思わないではいられない感想をもちました。

土練りのあと美術館へ…

成形に使う陶土がなくなり土練りをしました。陶彫は土を単身ではなく複数の土を混ぜて使っているのです。近々新しい土錬機が来るので、今使っている土錬機最後の仕事かもしれません。自分と懇意にしている陶芸業者から連絡があって、いい土錬機が見つかったので替えてみないかと持ちかけられたのです。ちょうど今の土錬機ではちょっと物足りない感じがしていたので、安く譲ってもらうことにしました。夕方は昨日の続きのような気分で美術館に出かけました。神奈川県川崎市にある岡本太郎美術館で開催中の「池田龍雄」展です。池田龍雄著「蜻蛉の夢」を何年か前に読んでいたので、実際の作品を見に行きたくなっていました。昨日は電車で、今日は自家用車で出かけました。今日は美術館の一室に作家がいてギャラリートークをやっていました。暫く耳を傾けていましたが、80歳を過ぎているにもかかわらず年齢を感じさせない若々しさを感じました。これは現代美術をリードしてきた自負からくるものか、生き生きとした制作生活からくるものか、まだまだ創作欲が衰えないところは見習うべきと思いました。展覧会の印象や感想は機会を改めたいと思います。

週末の美術館巡り

彫刻家池田宗弘先生をはじめ、お世話になっている方々にお歳暮を贈りに家内と街に出ました。そのついでに知人にチケットを頂いた「麻生三郎展」を見てきました。東京竹橋にある国立近代美術館に行くのは久しぶりでした。麻生先生は大学の油画科で当時教壇に立っておられた方でしたが、生前お目にかかることはありませんでした。2000年に亡くなられています。感想は機会を改めたいと思います。次に東京丸の内にある三菱1号館美術館に行きました。「カンディンスキーと青騎士」展が開催中で、これは是非とも見に行きたいと思っていたのです。これも感想の機会を改めます。今日は晴天で、12月にしては気温が高く快適に美術館巡りができました。東京丸の内の銀杏並木が美しく紅葉していて、枯葉が風に吹かれて路上を舞っていました。都心の風景を美しいと感じたひとコマでした。

クラシック音楽を聴く機会

20代の頃にオーストリアの首都ウィーンに住んで、リング(環状道路)沿いにある国立歌劇場に毎晩通っていました…と、書くと自分はいかにも文化意識が高く、経済的にも恵まれた、どちらかと言えば鼻持ちならない留学生に見えますが、実際はとんでもない状況の中で、それでも音楽に親しんでいたのでした。ウィーンにいたというだけでも、恵まれていたといえば確かにその通りです。環境の凄さに生活苦を忘れることもありました。国立歌劇場に通い始めた理由は、もちろん本場の音楽を聴きたいことが挙げられますが、ひとつは一人住まいのアパートに帰るのが嫌だったこと。ふたつめは秋から冬、さらに春先にかけて日本とは比べものにならないくらいウィーンは寒くて暖房費を節約したかったこと。みっつめは国立歌劇場の立見席は日本円で当時200円程度の安さで確保できたこと等々がありました。クラシック音楽は、以前のブログに書いたかもしれませんが、日本にいた時はそれに接する機会がほとんどなくて、とくに興味もなかったのでした。それが前述した理由で国立歌劇場に通いだし、その表現力の片鱗に触れ、素晴らしさを実感しました。クラシック音楽は人間の呼吸や歩くテンポに呼応しているようにも思えます。当時を振り返ると美術そっちのけで、モーツアルトやマーラーを語っている自分がいました。今はほとんどクラシック音楽のコンサートには行きません。生活環境とはそんなもので、たまにFMラジオから流れるクラシック音楽を聴くと、当時を懐かしむと同時に、もう一度あの世界に親しんでみたいという欲求が湧いてきます。不滅なモノとはそういうものでしょうか。

自然体でありたい

昨年のこの時期に「PCの前で茫然と…」というブログがあります。疲労が溜まり、睡魔に襲われながらブログを書いたりRECORDをやったりしている日常を吐露しています。1年経って同じ状況になっているのが不思議です。この時期は自分のバイオリズムが低下する時期なのかもしれません。ともかく眠くて眠くて耐えられない時があります。昼間の公務も同様です。1週間がとても長く感じます。今日も口の中で歯が浮いた感じがしています。歯そのものではなく歯の奥の神経に何か違和感があるのです。それでも習慣として昼は仕事をして、夜はRECORDを描いています。今日は残業はやめて早めに帰途につきました。自分は常日頃から自然体でありたいと考えています。疲れているなぁと感じている時は無理をしないようにしています。自分のモチベーションを長く保つには自然の状態に逆らうことはしないというのが自分の信条です。

「坪庭」の空間演出

京都あたりを散策すると、家の軒と軒に囲まれた小さな空間に小さな庭ができていて心が和みます。これはいわゆる「坪庭」で、一坪程度の空間を楽しむ日本独自の美意識だと思います。大きな都市計画については構築的とは言えない日本人ですが、個人専用の小さな空間ではその力を発揮し、隅々至るところまで美しく仕上げられている「坪庭」を観ると、これは日本人としての気質なのかもしれないと思っています。その空間演出が自分が作っている集合彫刻にもあるのではないかと思うこの頃です。自分にとって場という空間を意識した彫刻制作は、亡父が営んでいた造園業と密接な関係があります。前にブログに書いた記憶がありますが、つまり「坪庭」的発想が土台にあると言っても過言ではありません。「坪庭」には植栽や石の配置等がありますが、自分は陶彫と木彫の組み合わせで、場の演出を行っているのです。「坪庭」の空間演出がカタチを変えているように思えます。

野良から飼い猫へ

今晩は家内が不在です。邦楽の演奏仲間と泊りがけの忘年旅行に出かけています。毎晩家内がやっていた猫の世話を今日は自分がしなければなりません。猫のトラ吉は畑に捨てられていた野良猫です。工房から自宅に戻る途中の畑の中で鳴いていました。片手に乗るほど小さかったトラ吉は、今では5キロ近くある大きな猫になりました。普段は自宅の一室に閉じ込めています。そこは昔アトリエとして使っていた一室で、作品や道具を片付けて猫用のグッズを置いています。朝晩、部屋の扉の向こうから鳴き声がします。扉のノブに飛びついて開けたこともあります。部屋から出すと家内や自分の傍に擦り寄ってきます。野良猫から飼い猫に変身した証かもしれません。トラ吉はいつもじっと人の顔を見ています。何を考えているのか、考えていないのか、よくわからないトラ吉ですが、何か喋りだすような素振りを見せる時が面白いと感じます。

喪中葉書を受け取って…

この時季になると喪中葉書が送られてきます。自分の年齢を鑑みると、本人ではなく、その関係者が多いのですが、たまに親交の厚かった本人であったりすると残念でなりません。自分が世話になった人が亡くなり、喪中葉書を受け取った時の何ともいえぬ虚ろな気分が今日ありました。70代前半で他界したその人は、自分の海外留学の書類を作ってくれた人でした。当時ドイツやオーストリアに支店をもつ商社に勤めていて、自分がオーストリアに滞在中も気軽に訪ねてくれました。博多の明太子を大量に持参されて、日本食に飢えていた自分には何よりのご馳走でした。オペラにも精通していた人で、商社の仕事をしながら音楽の分野でも活躍されていました。ドイツ語は堪能、感覚も日本人離れしていて当時の自分はその人に憧れさえ抱きました。その人を見ていると、自分もしっかりした職業をもち、責任ある社会人にならなければならないと思ったことが再三ありました。時は移るもので、その人に今年はどんな歳暮を贈ろうかと思案していたところに喪中葉書が届いたのです。恩返しは出来たのかどうか…さまざまな思いがこみ上げる師走です。

週末 加飾に明け暮れた日

週末になると、嬉々として工房に行って制作をしています。このところ毎週末のブログは制作日記になっています。今日は天辺が破損したように作った三角錐と昨日成形した低めの四角錘に加飾を施しました。表面を鉄べラや掻き出しベラで彫り込みをいれ、レリーフとしてデザインを加える作業です。ある程度カタチができたら、しばらく置いて、やや乾燥をさせて細かいところのカタチを整えます。さらに乾燥させて表面を磨く作業に移ります。今日の作業が陶彫の中で一番楽しいと思っています。今日は朝から晩までこのレリーフを施す作業に明け暮れました。ただ、昼前に一度職場に行かなければならない用事があって、作業の中断を余儀なくされましたが、それでも充実した一日でした。週末2日間は制作を精一杯やっているので、明日からの公務がつらく感じます。ストレスは発散できるもののリフレッシュにはならないのです。月曜日は疲れたような顔をしていることが多いのはこのせいです。また、来週末に頑張ろうと思います。

週末 低めの四角錘の成形

新作の陶彫部品の制作を続けています。今日作ったのは低めの四角錘です。これはいくつか作っていく予定ですが、今日はその第一点目。今まで作った大きな四角錘や天辺が欠損した三角錐に比べれば容易いと思っていたところが、なかなか難しいことがわかりました。やはり第一点目はどんな作品であれ苦労すると思いました。この低めの四角錘は加飾に凝るつもりです。浮き彫りを施したピラミッドがイメージされていて、この四角錘数点で試みます。ピラミッドというより寄棟の屋根といった方がしっくりくるかもしれません。屋根に瓦があるようなイメージで、成形したカタチに微妙な彫り込みを入れていきます。それが幾重にもある情景を思い浮かべているのです。工房での作業は朝から夕方まで続いたので、手がガサガサになってきました。冬の陶彫は手荒れします。そろそろハンドクリームを用意したほうがいいかなと思って、工房を後にしました。明日も継続です。