陶彫は土そのものを焼成して石化させるので、塑造といえども鋳造して保存する作品とは根本的に異なります。使用している素材のまま保存可能にしてくれるので自分にとっては大変魅力的です。自分は学生時代に人体塑造をやっていて、石膏取りをしていました。粘土の状態と石膏になった状態とでは同じ形態であっても別な作品のように感じます。素材の持つ特徴が異なり、当時の自分は粘土のまま固めてもいいのではないかと思っていたくらいなのです。陶彫はそういう意味でも自分にとっては大きな素材発見でした。その陶彫は現在、神奈川県立近代美術館で開催している「辻晋堂展」に多く出品されています。20代そこそこだった自分が初めて遭遇した陶彫作家が辻晋堂でした。京都で陶によるオブジェを提唱して実験を繰り返していた走泥社の作家たちとの触れ合い、後世の現代彫刻界に影響を与え続けた彫刻家堀内正和との交流を通して、写実木彫作家の辻晋堂は、土そのものを生かす陶彫作家の辻晋堂に変貌していくのです。一作家の遍歴を辿ると別人が作った作品のように作風が何度も生まれ変わり、最終的には圧倒的な実在感を示す作品群になっています。辻晋堂の陶彫は、もう一度自分を揺り動かし、自分を陶彫に向かわせる意欲を与えてくれるのです。
鎌倉の「辻晋堂展」
2011年 2月 2日 水曜日
自分の学生時代、池田宗弘先生が個展をしていた縁で、ギャラリーせいほうに通い始めました。そこで陶彫による個展を開催していたのが辻晋堂と速水史朗でした。当時、ギャラリーせいほうの関連会社であった聖豊社から「現代彫刻」という雑誌が発行されていました。彫刻家辻晋堂は「現代彫刻」に特集が組まれ、自分は興味をもって読んでいました。その頃、初期の作品は雑誌に掲載された図版でしか見ることができず、辻晋堂が歩んできた彫刻家としての道を、実物の彫刻作品で辿ることができませんでした。今回、鎌倉にある神奈川県立近代美術館で、かねてより見たかった初期から晩年までの辻作品が一堂に集められたのは自分にとって幸運でした。とりわけ初期の写実を追及した木彫作品が見られたことは感慨一入でした。木彫は鑿の彫り跡からして技巧的には天下一品で、端正で確かな造形力に驚きました。ただ、木彫の肖像作品はあまりにも自然で印象が薄く、やはりこの時代に類を見なかった陶彫作品の方が地球規模の存在感を示しているように感じました。まだまだ書きたいことがありますが、次回に稿を改めたいと思います。
2月になりました。
2011年 2月 1日 火曜日
2月になりました。今月も先月に続き「構築~楼閣~」の制作続行です。具体的には8つの陶彫土台に木彫の柱を接合したいと考えています。木彫は8本ともまだ荒彫りの状態です。今月中に仕上げ彫りをして、1本ずつ炙って炭化させていく計画です。作品の中心になる8本の柱がサークル状に立てば、「構築~楼閣~」全体の雰囲気が掴めます。はたしてイメージ通りになってくれるかどうか、全体を見渡した時に答えが出ます。集合彫刻は部分をひたすら作り続けているので、全体は自分の頭の中にしかありません。スケッチ等のメモは残さないので、イメージは時間の経過と共に流動します。それがいいと考えて、敢えてイメージの描き止めをしないのです。また、今月は自分の後輩たちがそれぞれのグループ展に出品することになっているので、それらを見に行く予定もあります。寒さに負けず、休日の貴重な制作時間を大切に過ごしたいと考えております。
「保田春彦展」錆鉄の柱に再会
2011年 1月 31日 月曜日
タイトルに錆鉄の柱と書きましたが、本来の題名は「集落の跡 Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ」。3点1組の錆鉄による作品で、床から柱状に伸びた上部に幾何的な構成が施された作品です。自分はこの作品が大好きで、平塚市美術館をはじめ、さまざまな空間でこの作品に会っています。観る人を拒絶するような理知に富んだ作品ですが、柱と構成された部分の割合が理屈抜きで好きになってしまったのです。現在、世田谷美術館で開催中の「保田春彦 デッサンによる人間探求」展は、裸婦クロッキーを中心とした展示内容になっています。自分は神奈川県立近代美術館鎌倉別館でこれを初めて見て、東京の南天子画廊で再び見て、さらに世田谷美術館で見たので通算三度目になります。だんだん脳裏にすり込まれてしまい、迷いなく引かれたクロッキーの運筆が心地よく感じられるようになりました。そこに置かれた木による「白い風景」シリーズと上記の鉄による作品、いずれも旧知のものですが、また違った場所にあると見たくなって出かけてしまうのです。自分の母校の大学の教壇に保田先生は立っていられたのに、ほとんど指導をうけたことがない自分です。でも距離を置きながら保田ワールドを見続けてきました。これからも見続けていきます。人生の先達の行く末を思い描きながら…。
週末 窯出し 成形 加飾
2011年 1月 30日 日曜日
今日は工房で制作の一日です。まず、朝は窯出し。この窯から出した作品で陶彫土台8個の全部が終了し、荒彫りの柱との調整を行います。調整はまた次回です。次に前週タタラにして置いてあった三角錐の成形。これは午前中いっぱいかかりました。午後から以前に成形が終わっている作品の加飾。これは夕方までやっていて、全て終わらずに来週に持ち越しになりました。今日の制作風景はこんな感じです。あれやこれやとやっているうち時間はあっという間に経ってしまいます。朝8時半から午後4時までで作業終了。これ以上長く制作していると気持ちが萎えてしまうのです。陶彫の場合、一気呵成に作り上げることは困難です。また来週継続です。スケジュールが詰まっている感覚が付き纏います。
3つの美術館と4つの展覧会
2011年 1月 29日 土曜日
久しぶりに美術展三昧の日でした。付き合うなら一日に行く美術展はせいぜい3つまでと家内に言われているのですが、今日家内が胡弓の演奏に出かけたので、知り合いの美大生に声をかけました。そこで今日は美大生と3つの美術館と4つの展覧会を駆け巡ることになりました。まず、東京の世田谷美術館で開催中の「佐藤忠良展」。具象彫刻の重鎮で99歳の現存作家です。次に同館で開催中の「保田春彦展」。かつて鎌倉の美術館でやっていたクロッキーによる展覧会が世田谷にきていたのですが、もう一度見たいと思っていたのです。場所を東京から鎌倉に移して、神奈川県立近代美術館で今日から開催している「辻晋堂展」。学芸員によるギャラリートークを聞くことができてラッキーでした。次に同館の鎌倉別館で開催中の「山下菊二 コラージュ展」。これが唯一の絵画作品による展覧会でした。今回の展覧会は、自分の彫刻制作の振り返りを目的として巡ってきた感があります。彫刻科でもないのに、よくまぁ美大生が付き合ってくれたものです。それぞれの展覧会の感想は機会を改めますが、いずれも質量ともに高く、緊張感が漲った内容で自分の脳裏にしっかり印象を焼き付けた一日となりました。
迷路の造形
2011年 1月 28日 金曜日
迷路を俯瞰すると、その造形の面白さに我を忘れます。彷徨う心理を巧みに利用し、また演出することは高度な遊戯性をもった立体造形です。迷路は規則性と不規則性が織り成す宇宙で、そこに人は取り込まれてしまうのだと思います。都市にも迷路のような路地があります。人は彷徨うのが好きなのかもしれません。たとえばイタリアのヴェネチア。この迷路であふれた都市に自分は2度訪れました。石壁に囲まれた路地が縦横に走り、どこからともなく人々が現れ、また消えていく…この面白さに自分の造形意欲が擽られました。モンドリアンの絵画のような区画整理された都市空間がある一方で、カンディンスキーの絵画のような混沌とした都市空間があります。迷路の造形はさしずめ後者かもしれません。
創作活動を考える
2011年 1月 27日 木曜日
常軌を逸した精神状態が優れた芸術作品を生みだす可能性は大きいと思います。職人的な制作工程が必要とされる作品を作るならば、精神のバランスを失うと作品がまとめられなくなることもありますが、素材の扱いが比較的容易で、深い感情表現ができる芸術分野であれば、たとえ障害があっても創作活動に支障をきたすことはないと考えます。たとえば高機能自閉症をもつ作家は、本人の認知がないとしても、かなり存在するのではないかと思えるのです。極度の拘りや独善性は、創作活動においてはプラスに働き、斬新で深い精神性を湛えた作品を生みだす原動力になると思います。社会生活を営む上で、人との関わりが困難で、また周囲に理解されないとしても創作活動にはなんら問題はなく、むしろ孤高の作家として存在を示すことだってあります。創作活動をしていなければ犯罪者になっていたかもしれないと思える人がいるのも事実です。そこで創作とは何かを思索できればいいのですが、自分には主題の荷が重過ぎて、とてもこんな思いつき文章では語れないと感じてしまいます。稿を改めます。
ウイークディ夜の工房
2011年 1月 26日 水曜日
仕事帰りに工房に立ち寄りました。夜になっていたので周囲は真っ暗でした。窯の出し入れがあったので、今晩の工房立ち寄りは予めわかっていたのです。作りかけの作品を夜の時間帯に眺めるのはいいものです。ひっそりとした中に黒い物体が数個置かれている状態は、空間を演出する作品を作ろうとしている自分には決して退屈なモノではありません。思いがけない発見もあるのです。ただし、ここでこの時間帯に制作をしようとは思いません。昼間の疲れがあるせいかもしれませんが、ガランとした倉庫建築には憩いを拒絶する雰囲気があるのです。100度になっていた窯から大きな四角錘を取り出して、次に控えている作品を入れました。窯の扉を開けるときにドキドキして夜の工房にいることを一瞬忘れます。何とか無事に終わってホッとしています。また次に窯出しするのは日曜日あたりです。
コトバのもつ曖昧と明快
2011年 1月 25日 火曜日
日本人である自分は日本語で思考したり、感情を表現したりしています。単純な伝達ならば外国語でも可能ですが、感情の機微となると、外国語と母国語の間に温度差が生じます。日本語特有の表現に、日本的趣向や詩情が表れるのは自然なことです。コトバは曖昧さを持っていて、その曖昧さも外国語と母国語の間に差異があると思います。どんなに論理的に話題を進めてもその曖昧さから逃れることはできないと感じることがあり、その曖昧さも日本語特有の曖昧さで、外国語のそれとは若干の違いがあると考えます。翻訳された論文がどんなに優れたものでもしっくりこないのはそのせいかもしれません。もちろん自分の読み解きが甘いせいもあろうかとは思いますが…。論理的な曖昧さとは別に日本人である自分には、日本語特有の感情表現を明快に理解できることがあります。それは心象、というか気分が一緒と言った方がピッタリくる現象で、コトバのワンフレーズに全てが理解できてしまうのです。自分が詩を意識するのは、そんな傾向があるからだと思います。
通勤時間内の芸術学
2011年 1月 24日 月曜日
公務員と彫刻家の二束の草鞋を履いているせいか、ゆっくりと本を読む時間がありません。通勤途中の僅かな時間の中で本を読んでいるので、同じ本をずっと鞄に携帯していて表紙が擦り切れています。帰宅すればRECORDを描いたりブログを書いているので、読書を一番犠牲にしていると言っても過言ではありません。ですが、僅か10分程度の通勤電車の中で妙に頭が冴える習慣が出来つつあります。アンドレ・ブルトンや瀧口修造、カンディンスキーやその他諸々の芸術評論を読み解いているからかもしれません。行きの10分で数ページ、帰りの10分で数ページ。これがなかなかいいのではないかと思うこの頃です。一単元読んで、じっくり頭で醸成させ、また次に読み進む、このペースが自分の創作活動に鑑みると、結構効果的かもしれないと思っています。モノ作りには思索が付き纏います。作品を前に物思いに耽るときなど、この通勤時間内の芸術学が心に沸きあがってくるのです。
「構築~楼閣~」制作続く
2011年 1月 23日 日曜日
7月に発表する新作「構築~楼閣~」の制作が佳境に入ろうとしています。大きな四角錘4つのうち最後のひとつを窯入れしました。小さな四角錘は全部で6つあり、最後のひとつの加飾が終わって、あとは乾燥を待って仕上げに入ります。それらを窯入れするのはまだ先です。そろそろ全体計画の調整をしなければならず、それによってまだまだ部品を作らねばなりません。全体の4割程度が出来上がったと判断しています。今日は来年の新作の成形や加飾も同時にやっていました。来年の新作は細かなイメージがまだはっきりしていませんが、大まかな全体計画で見切り発車をしています。週末の制作時間は本当に短いと感じます。しかも工房内は相変わらず寒くて水を使う作業なので難儀を強いられます。暑くてもつらいし寒くてもつらい…工房は居住空間ではないと改めて思いました。
トラ吉の去勢手術
2011年 1月 22日 土曜日
植木畑で鳴いていたトラ吉は、まだ手のひらに乗るような子猫でした。アトリエにしていた自宅の一室を片付けて飼うことになって、そろそろ1年が経とうとしています。春が来る前に去勢手術をした方がいいと知り合いからアドバイスを受けて、昨日家内がかかりつけの動物病院に預けに行きました。今朝引き取りに行ったのですが、とくに変化もなく返されてきました。術後の傷口を舐めないようにとカラーを付けられていましたが、自宅ではカラーを取りました。トラ吉はどこでいつごろ生まれたのかわからないまま自宅に飼われています。何の血統もない野良猫ですが、じっと人のやることを見ていて興味を示します。鳴き声が喋っているように聞こえます。人格ならぬ猫格があるように思えます。猫を題材にした小説や芸術作品が数多くあるのがわかるような気がします。
「作らない」と「作れない」
2011年 1月 21日 金曜日
週末だけ彫刻制作をしている自分は、今は「作らない」も「作れない」もなく、ひたすら作り続けることのみです。二束の草鞋で制作時間が充分に確保できないので、流暢なことを言っていられないというのが本音です。毎日創作活動に埋没していた若い頃は、慣れのせいかモノ作りに感動を失い、「作らない」と決めた時期がありました。意図的にモノ作りから距離をおいて、自分を見つめ直そうとしたのです。それでもずっと「作らない」宣言をしていたわけではなく、安易に再開して再びスランプに陥ってしまったこともありました。海外の美術学校に入ってから「作れない」時期がありました。何を作っていいのかわからない、本当に自分がモノ作りをしたいのかわからない、という経験は彫刻家としては危機的状況でした。自分を失いつつあった時には散歩ばかりしていました。意図的に「作らない」と自然発生的に「作れない」、どちらも苦しいのです。創作活動に関わらない人にとっては、どうでもいいような拘りですが、人生の意義をそこに求める自分は「作れる」という現在を大切に生きたいと願うばかりです。
日常化したもの
2011年 1月 20日 木曜日
職場に行く時は、朝5時半に起きて、背広を着てネクタイを締め、いつも同じ時間帯のバスや電車に乗ります。帰りの時間はまちまちですが、どんなに職場で右往左往したことがあっても、帰路の途中で気分も落ち着いて自宅に辿り着きます。日常化したものがそこにあって気分的には楽だと思うことがあります。公務員の中の管理職という立場は、民間経営者とは違って、利益に絡まないところで人的な服務管理や施設管理をしているわけです。自分自身と向き合うことも多々ありますが、組織の中にいるため週末の創作活動のように常に自分自身と向き合っているわけではありません。公務員と彫刻家とではまるで異なる世界を持っていて、それだからこそ二束の草鞋と割り切れるのかもしれません。ただ、公務員の自分に通勤社会があるように、彫刻家としての自分にも時間的な制約を自ら与え、まるで職場に居るように創作活動を行えたらいいなぁと考えています。創作活動の日常化。公務員とは内容は違えども同じ時間帯に工房に出勤し、また退勤する習慣ができることを理想としています。
生活空間と制作空間
2011年 1月 19日 水曜日
職場から帰宅してから工房に出かける時があります。当然夜になっていて、植木畑に建っている工房の周囲は真っ暗です。懐中電灯で前を照らしながら、大きくなった植木の合間を縫って工房に辿り着くのです。工房に入ると、やはり倉庫として建てたものなので、ひんやりとした素っ気ない空間があるだけです。作業台や窯、無造作に置いた作りかけの作品。ガランとした空間には生活臭を拒絶する厳しさがあります。のんびりとお茶を飲むような余裕を与えてくれない雰囲気です。自宅とは正反対の異空間。自分はこれを求めて、こんな工房を建てたのだと自分に言い聞かせています。夜を通して制作をするには、あまりにも厳しい環境です。音響ではラジオだけが備えてあります。くつろぐところは自宅の生活空間、自分自身と向かい合うのは工房の制作空間、こんな使い分けをしているのです。工房にも一箇所くつろげる空間を作ったらどうかと家内に言われたことがあります。定年までは今のままでやっていくと答えました。工房にいる時間が少ないので、このままの状態でやっていきたいと思っています。
人体塑造からの転位 Ⅱ
2011年 1月 18日 火曜日
先日のブログ「人体塑造からの転位」の続きです。現在自分の彫刻作品は、ロシア人画家カンディンスキーが提唱した非対象という意味で言えば非対象でも抽象でもありません。形態の基本となる要素を抽出している点では、確かに抽象化をしているのですが、自分のイメージでは具象的な世界を描いているのです。造形する対象が人体から他のモチーフに転位したというのが正確なところだと思います。自分の学生時代は人体塑造に明け暮れていましたが、海外に出かけていったことが契機になって方向が変わりました。それでもウィーン美術アカデミーに学んでいた最初の頃は人体塑造を作っていました。ウィーンは街中にバロック彫刻があふれ、自分が作っている人体が少なくても日本より自然な状態で存在していることに伝統の重みを感じていました。逆に日本人なのに何故西洋の伝統表現をやっているのか、自分にはギリシャやルネサンス以来脈々と続く人体表現をやる必然性があるのかを考え始め、その時からウィーンでの試行錯誤が始まったと言っても過言ではありません。それが彫刻を通して自分自身と向き合った第一歩だったと述懐しています。
「構築~楼閣~」について
2011年 1月 17日 月曜日
今年7月の個展で発表する木彫と陶彫による作品の題名を「構築~楼閣~」にしました。「楼閣」とは高い構えの建物という意味です。現在制作中のこの作品は、昨年発表した「構築~瓦礫~」のように割れた球体をいくつも作って散在させるのではなく、大小の四角錘や三角錘で構成する集合彫刻です。これは高さを誇るように建造物が点在する架空の都市空間を出現させる意図があります。昨年の「構築~瓦礫~」とは異なった印象になると考えていますが、木材による柱8本を円形に配置して1本ずつを陶彫土台に接着するところは同じです。その柱を斜めにして中心から広がるように配置するので、ちょうど昨年の逆のカタチになります。昨年「構築~瓦礫~」とともに発表した「構築~包囲~」は、柱を円錐状に立ててそれぞれが中心に向くように構成しましたが、今年は中心から広がる構成「構築~楼閣~」になり、それとともに発表する「構築~解放~」は、ちょうど「構築~包囲~」と対峙するものと考えています。上に広がる複数の柱でギャラリーを空間演出するというのが今年7月の個展の内容です。
週末 来年の作品の成形
2011年 1月 16日 日曜日
今日は風が強く寒い一日でした。工房の窓から畑の埃が舞い上がっているのが見えました。今日は7月に発表する新作の陶彫部品の加飾をやっていましたが、途中から来年の作品のイメージが頭を過って、先日作っておいたタタラで来年の新作を作り始めました。来年は「発掘シリーズ」に戻す予定です。全体としてはデビュー作の「発掘~鳥瞰~」のレリーフ屏風に近いものになります。ただレリーフではなく、屏風になった壁に張り付いた彫刻作品です。横壁から立ち上げていく作品のイメージです。6点の厚みのある直方体に作品を埋め込んで、それを屏風のように見せようと考えています。まだしっかりイメージが固まっているわけではありません。変更もありますが、今のところ今年の7月発表の作品と共に来年の作品を同時併行で作っていこうとしています。もちろん今年発表する作品を中心にやっていきますが、来年に繋げていくために、こんな方法をとっているのです。
週末 変わらない制作風景
2011年 1月 15日 土曜日
今日は寒い一日で、工房は冷蔵庫の中にいるような按配です。窯はまだ300度あるので開けられず、窯出しと次の窯入れは明日になりそうです。今日は成形とタタラ作り。相変わらずの週末の制作風景ですが、午後思い立って近隣のスポーツクラブに出かけて水泳をしてきました。2キロ以上泳いでフラフラになって帰ってきました。夕方再び工房へ。制作は単調な繰り返しです。でもここに自分の満足と達成感があるのです。作品は行きつ戻りつの制作工程ですが、変わらない作業を繰り返せることが、自分の気分を高めてくれます。明日も繰り返しの作業です。
人体塑造からの転位
2011年 1月 14日 金曜日
立体の構造を理解し把握するために粘土による具象的なモチーフを作り始めたのは、自分が20歳になるかならないかの頃でした。それは自分が初めて彫刻という表現分野に足を踏み入れた時で、覚えているのは10代後半に小さな野菜を粘土で模造したことです。大学ではもっぱら人体ばかりを作っていて、それによって解剖学的な骨格や彫刻としての動勢を学んでいたのです。夭折した明治時代の彫刻家荻原守衛の塑造に惚れ惚れしたのもその頃のことです。当時、自分は人体が面白くなっていて、池田宗弘先生の許で習作に励んでいました。人体以外のモチーフに転位したのは、いつだったのか、どんな思いが自分の中にあったのか、改めてじっくり考えてみようと思っています。人体を作っていた時に、この人体の彫刻を発表しようとは思っていませんでした。それはあくまでも立体把握のための習作として自分は認識していて、発表するのは何か別のモノと考えていたのです。画家カンディンスキーに関する書籍の影響で、自分の振り返りをしたくなり、人体塑造からの転位が何であったのか自分なりに考え始めました。今日は動機付けのみに留め、また別の機会を持ちたいと思います。
窯出しと窯入れ
2011年 1月 13日 木曜日
初窯入れを行ったのが月曜日で、今日炉内が100度台に下がっていたので窯を開けました。何とか成功していて、ホッと胸を撫で下ろしました。前のブログにも書きましたが、窯出しはどんな場合でも緊張します。理由は自分の作品といえども最後は自分の手の届かない窯の中で、火の神様に委ねていくことがあるからです。逆に作品が自分の手を離れて一人歩きを始めるのに、窯入れは最適とも言えます。窯から出てくる作品は、本当に自分が作ったものなのか疑うほど他人行儀な雰囲気を漂わせているのです。面白いと言えば、これほど面白いことはありません。窯の中で何時間も焼成されて、しかも温度は1250度にもなり、やがて少しずつ冷めていく過程で作品に変化が生じるのです。これは炉内に神様がいるとしか言いようのない感動を齎せてくれます。今日は次の作品を窯に入れました。これから次々と窯出しと窯入れを繰り返していくことになります。その度に窯に向かって祈りを捧げる自分がいます。自然と合掌してしまうのです。
非対象絵画探求への道
2011年 1月 12日 水曜日
昨日に続いてロシア人画家カンディンスキーの辿った非対象絵画探求の道を考えます。それは近代から現代へ美術界で大きな価値転位が行われた事件と言えます。カンディンスキーの絵画にはよく宗教的な題名がつけられています。「カンディンスキー研究」(西田秀穂著 美術出版社)を読み進んでいくと、カンディンスキーが宗教的感情によって芸術における精神性を唱え、「ヨハネ黙示録」等からのモチーフを、やがて記号化させていく過程が詳細に述べられています。時系列を追いつつ非対象化させていく世界は、その契機として「コスミックな悲劇性」の表現が芸術の目標とすることを念頭において、やがて到来するであろう神の救済「新しい精神の王国の建設」を祈念して描かれたものと論じています。現代絵画への価値転位が、そうした宗教的なモチーフによって成されたことに自分は新鮮な驚きを持っています。自分に置き換えれば、自分の創作活動にどんな探求が存在するのか、何によって自分は創作に興ずるのか、そこに何を求めているのか、カンディンスキーの非対象絵画探求の道を辿ると、自分のやっていることが浮き彫りにされてきます。この書籍を読むことで、自分自身の辿った道を見つめなおす機会となれば幸いと考えます。
「芸術における精神的なもの」
2011年 1月 11日 火曜日
1912年にロシア人画家カンディンスキーが著した「芸術における精神的なもの」は、2011年の現在からすれば100年も前に出版されたことになります。その中に「…容貌や身体の各部分が、芸術上の理由から置きかえられたり、デフォルメされたりすると、ひとはやはり純芸術的な問題のほかに、絵画的意図を妨げたり二義的な計算を押しつけたりする解剖学的な問題にぶつかる。ところがわれわれの場合だと(比較的抽象的な形態や純抽象形態を用いることによって)、非本質的なものは自然と脱けてなくなり、ただ本質的なものー芸術的な目標ーだけがのこっている。この一見気まぐれな、しかし実は厳格に規定することのできる可能性、形態転位の可能性こそは、純粋芸術創造の無限の系列が湧きでる源泉のひとつなのである。…」(西田秀穂著「カンディンスキー研究」美術出版社より抜粋)という一文があります。自分も学生時代に人体塑造をやっていて、解剖学上の正確な形態把握に努めてきましたが、その巧みさを学ぶことと、芸術的な本質を捉えることは違うと考えていました。正確な人体塑造が居並ぶ権威ある公募団体展に出かけた折、心に響く感動がなかったことで、創造行為とは何だろうと考え始めたのです。「芸術における精神的なもの」は100年も前から芸術創造の本質に迫ろうとしたもので、たかだか30年前の自分に照らし合わせると、この著書をもっと早く読むべきだったと思わないではいられません。近現代美術史を自分なりに振り返ることは現在でも有意義と考える所以です。
2011年初窯の日
2011年 1月 10日 月曜日
三連休最終日です。今日は昨日と違い効率よく作業ができました。成形加飾した作品6点に仕上げや化粧掛けを行い、そのうち2点を窯に入れました。今年初めての窯入れです。2年前の夏に工房に築窯して、昨年1月に試運転を行いました。ちょうど1年前になります。昨年の個展で発表した「構築~瓦礫~」はこの窯で焼成した作品です。今日入れたのは今年の個展で発表する作品です。今年の作品はひとつずつの部品が大きいのが特徴です。窯から鏡餅を降ろして、夕方スイッチを入れました。果たしてどうなるのか。窯入れは何回やっても期待感と心配する気持ちが交差します。これが面白いと言えば言えるのですが…。実は今年制作中の作品ばかりではなく、来年の作品がイメージとして浮上しています。一部作り始めていて焼成も終わっているのですが、少しずつ全体イメージが出来上がりつつあります。上手くすれば今年の作品と併行して来年の作品も成形していきたいと願っています。
三連休 作業進まず…
2011年 1月 9日 日曜日
なかなか思う通りに作業は捗ってくれません。三連休でここまでやろうとしていた制作計画を見直さなければなりません。成形加飾が終わった陶彫部品の仕上げは、明日に持ち越しになりました。身体が思うように動かない分、RECORDのイメージは先々まで出来上がっています。カンディンスキー関連の書籍は暇があれば読んでいます。頭が先行する連休になっています。カンディンスキーが100年も前に提唱した「芸術における精神的なもの」のワンフレーズが頭の中で繰り返されていて、自分の作品をじっくり見てしまうことが原因の一つと言えますが、それはそれとして計画的に作らなければならないものが今目の前にあるので、願わくは職人に徹したいと思っています。明日こそ制作に精を出したいと思います。
三連休 二代目土錬機始動
2011年 1月 8日 土曜日
初代土錬機は昨年暮れに業者に引き取ってもらい、レベルアップした二代目土錬機が同じ日にやってきました。陶土もクリスマスの時に益子から届いていたので、今日は二代目土錬機を始動しました。土錬機の構造は簡単なので、道具の良し悪しは変わりませんが、モーターがやや大きくなったことで、いい具合に陶土が練られているような気がします。三連休の初日は、この土練りで始まりました。1月に入ってから毎晩工房に出かけ、落款を作ったりRECORDを考えたりしています。制作工程では昨年暮れから途切れることがなく今年が始まっていて、やはり7月個展が一区切りという按配です。今年の窯も10日に始動させるつもりです。ボランティアの子がやってきて、今年の仕事始めだと言っていました。工房は大型ストーブが1台あるだけなので、朝はかなり冷え込んでいます。ボランティアの子がストーブの前を陣取って、通常の制作が始まった感じです。明日は今まで成形加飾が終わって乾燥を待っている作品の仕上げと化粧掛けを行う予定です。
カンディンスキーの初期絵画
2011年 1月 7日 金曜日
非対象絵画の創始者として有名なロシア人画家カンディンスキーは、自分が最も注目している芸術家の一人です。カンディンスキー関連の展覧会は、時間や場所が許すならば必ず見に出かけています。最近では東京丸の内の美術館で開催していた「カンディンスキーと青騎士」展がありました。その展覧会にも出品されていたカンディンスキーの初期の油彩画に自分は特別な愛着を持っています。油彩画はいずれも小さく、童話のような風景が広がる画面です。そこには20代の自分が初めて暮らした南ドイツの村々が描かれていて、自分の思い出と重なるのです。現在読んでいる「カンディンスキー研究」(西田秀穂著 美術出版社)の中に、初期油彩画の考察が載っています。加えてテンペラ画や版画も扱っていますが、完成度が高いとされるテンペラによる代表作を自分は見たことがありません。機会があれば、ぜひ見たいと思っています。木版画も同様です。ドイツ表現派の木版画に、自分は学生時代から影響を受け続けてきました。同書の図版で見る限りテンペラ画は、木版画に似ていて黒一色の画面の中に大きな点描によって人物や風景を浮かび上がらせ、画面構成の強さを感じさせます。次第に対象がなくなっていく過程で、カンディンスキーの心情にどんな変化が起きたのか、同書の展開が楽しみになっています。
新しい落款を作る
2011年 1月 6日 木曜日
RECORDの新シーズン、それから陶彫新作が出来つつある中で、新しい落款を作らねばならなくなりました。先日印材を買いに行って、いろいろな色の石材を選んできました。陶彫は集合体で見せるため、ひとつひとつの部品に番号を付けます。長い間に多くの作品が保管されることになり、作品同士の部品が混ざらないようにするため番号付けを工夫しています。それがこの新しく作る落款なのです。彫り上げた印を和紙に押して番号を付けます。それを部品に貼り付けているのです。印によって作品の制作年が判別でき、部品の混乱を防げます。RECORDも同じです。まず、今日のところはRECORDの落款を作りました。昨年に続きイニシャルをデザインしたものにしました。RECORDの印はモダンに、陶彫は篆刻風に作っています。きちんと篆刻を習ったわけではなく、我流でやっているので文字というより抽象絵画のように印を扱っています。今年の年賀状に押印したものも同じで、文字を解体してほとんど解読不能な平面構成になっています。今日作ったものもアルファベットを解体して非対象絵画(非文字と言うべきか)になりました。
RECORD1月のテーマ
2011年 1月 5日 水曜日
RECORDとは、ポストカード大の平面作品を一日1点ずつ作り上げていく総称です。自分に課して5年目を迎えています。10年続ければ3650点の作品が手許に残ります。1万点以上になるのに30年かかりますが、果たしてそこまで気力が持つかどうか…。ともかく現在はひたすら作り続けています。RECORDは1年間を一纏めにして、大きく方向性を出していきます。昨日のブログに書いた通り、今年は抽象傾向の作風でやってみようと思っています。昨年は月ごとに、たとえば「絡みつく」とか「渦巻く」というコトバのタイトルをつけていました。描写による具象表現をやっていたので、月ごとのテーマを明確にする狙いがありました。以前抽象的な傾向で作品をやっていた時も、「三角形」とか「正方形」というカタチで月ごとのテーマを決めていた年がありましたが、今年はテーマをコトバにせず、構成的なイメージの成すがままにやってみようと思います。現在は1センチの正方形の集合体をベースにして造形しています。都市を上空から眺めたような鳥瞰的な視点をもった構成画面をイメージしています。
2011年RECORDの方向性
2011年 1月 4日 火曜日
2010年のRECORDは描写的な要素を取り入れた作品をやってきました。月々のテーマも具象絵画を喚起するものを選んでいました。ペンによる陰影表現は結構楽しんで出来ました。一方で技巧に流れて、ややもすると小手先の上滑りになってしまった反省もあります。表現を掘り下げることは、たとえどんなアプローチをしても精神性が失われると薄っぺらな表現しか出来ず、それは具象抽象に限らず極めて困難なことを知りました。そこで今年のRECORDですが、一昨年の表現方法に戻すことにしました。構成的な要素で再び作品を始めています。陰影をつけた描写から平塗りの構成へ。ちょうど振り子のように具象と抽象を行ったり来たりしています。でも同じところを振られる振り子ではなく、スパイラルを描いて表現が深まればいいなぁという理想はあります。また1年間の長丁場。1ヶ月ごとにテーマを決めて、さらに5日間の展開として毎日RECORDを描いていこうと思っています。たかが葉書大の平面作品ですが、されど日々の蓄積があって、行きつ戻りつ自己を見つめ続けていきます。今年のRECORDはどんなふうになっていくのか、自己発見が楽しみでもあります。