このNOTE(ブログ)は日記の役割もあって、その日に起こったことも書いています。いわば公開日記ですが、先々NOTE(ブログ)を読んだ時に自分を戒めることもあるので、あえて自分に起こった事故は書いているのです。今朝は6時頃に自宅を出ました。自宅は小高い丘の上にあり、自宅の前は急な坂道になっていて、昨日の出勤時も帰宅時も雪上を十分注意して歩きました。今朝は雪掻きもしてあったので大丈夫と思い、さっさと歩いて降りていきましたが、雪のない道の濡れた路面が凍結していて、そこで後ろ向きに転倒してしまいました。背中を強く打ちました。昨日から鞄をリュックに替えているおかげで、リュックがクッションになり背中以外打ったところはありませんでした。不幸中の幸いで、そのまま職場に向かいました。職場で湿布薬をもらい、自分で貼りました。不注意が招いた事故です。以後注意をしていきたいと思います。
雪の朝 夜明け前に出勤
2013年 1月 15日 火曜日
昨日積もった雪が凍結しているのを心配して、今朝はいつもより早く自宅を出ました。通常も6時くらいに出ているのですが、今日は駅まで歩くつもりで6時前に出ました。雪に覆われた自宅を出てみると、昨晩窯入れした様子が見たくなり、雪を背負った木々の間を歩き、ふと工房に立ち寄ってしまいました。昨晩FMラジオから横浜市旭区で停電という情報が流れていて、幸い自宅は停電していなかったのですが、工房はどうなっているのか心配でした。結果、窯は着実に温度を上げているので安心しました。この窯が自分の原動力となって駅までひたすら歩き、何とか職場に辿りつきました。家内は今日東京ドームに行って胡弓の演奏をすることになっています。胡弓は舞踊に比べ、演奏する人が少ないため休めないのです。駅までの道の状態を家内に電話で伝えながら凍結した道を歩きました。雪はいつ消えるのか、雪国に比べれば対応に慣れていない首都圏で右往左往してしまうのは自分だけではないと思います。職場はさすがに横浜駅周辺とあって道路は通常通り。でも主幹道路は渋滞しているようでした。明日も同じように自宅を出ようかと思います。
三連休最終日は大雪の日
2013年 1月 14日 月曜日
三連休最終日は成人の日で、驚いたことに大雪が降りました。横浜では初雪で、しかも大雪警報が出るほど積もりました。今日の工房はさすがに自分一人でスタッフは来ていませんでした。朝から木彫に掛かりきりで荒彫りを進めていました。昨日と同じで遅々として進まぬ作業でしたが、工房の周囲が雪に覆われていくのを見るにつけ、早めに切り上げようか考えていました。家内が和楽器の演奏で外に出ていたので、スマホやFMラジオから流れる交通情報を聞いて心配になりました。夕方木彫作業がようやく乗ってきたところで、家内から連絡が入り、最寄の駅まで何とか帰ってこれたとのこと、でもバスは動かず、タクシーは長蛇の列で乗れそうにないから、駅から自宅まで歩くと言ってきました。家内は和服の上、和楽器を二丁持っているのです。自分が歩いて駅まで行って楽器を一丁持つから、そこで待つよう連絡して工房を出ました。雪靴を履いて駅まで行って家内と合流し、来た道を再び歩いて戻ってきました。自分だけは途中工房に寄って後片付けをしてきました。今日は疲れました。駅に行った際、晴れ着を着て成人式に参加した数人の若者に会いました。大変だなぁと思いつつ、今日は忘れられない日になるだろうと思いました。
遅々として進まぬ荒彫り
2013年 1月 13日 日曜日
三連休の中日です。朝から工房に篭って木彫の荒彫りをやっていました。なかなかイメージ通りにならず、何度も木材に鉛筆で線を書き込んでは消していました。蔓のような木の根のようなモノが蛇行して這っていく状況を作ろうとして苦戦しています。複雑に絡んだカタチではなく、蛇行するカタチを抑揚をつけて決めたいのですが、それが上手くいきません。やや太くなる箇所、細くなる箇所が今ひとつしっくりこないのです。RECORDでも幾度となく木の幹のようなモノが蛇行している作品を作っていて、訓練はしているつもりですが、遅々として進まぬ木彫に焦りを感じます。夕方なって休憩をとり、自宅に戻っていましたが、気になって再度工房に出かけました。夜9時を過ぎていたので、近所迷惑を考え、音の出る木彫は止めにして、陶彫の化粧掛けを行いました。明日、もう一度木彫に挑みます。何としても6点屏風のうちの2点の荒彫りを終えたいのです。
三連休 まず木彫2点
2013年 1月 12日 土曜日
三連休になりました。朝から工房に篭って、「発掘~地殻~」の木彫部分をどうやっていこうか思案していました。昨日のNOTE(ブログ)で6点屏風のうち3点を、この三連休で荒彫りしたいと書きましたが、それは無理だということが今日になってわかりました。2点の陶彫部品は完成しているのですが、3点目の陶彫部品はまだ焼成が終わっていないためで、陶彫は焼成すると1割程度小さくなり、木彫との関わりの見通しが立ちません。結局、陶彫の完成している2点の木彫部分の荒彫りを三連休でやることにしました。柱材を鋸で切断し、何本か束ねて、そこに彫り込みを入れていきます。鑿の刃こぼれが多いので、夕方になってグラインダーを買いに出かけました。荒彫りは仕上げ砥石まで必要はないと判断し、刃こぼれを直したら、すぐ彫り始めることにしました。仕上げに近くなったら、鑿を仕上げ砥石でしっかり研いでいこうと思います。この作品は彫り跡を残していく予定です。滑らかにはせず、彫り跡で立体感が強調されるようにしたいと考えているのです。一日中、鋸を引いたり鑿を振るったりして身体がオーバーヒートすることを防ぐため、夜は近隣のスポーツ施設で泳ぎました。身体を整えながら作業するのが得策なのです。明日も頑張っていこうと思います。
三連休をどう過ごすか…
2013年 1月 11日 金曜日
明日から三連休です。現在佳境を迎えている「発掘~地殻~」の制作だけに関わって三連休を過ごしたいと考えています。とりわけ木彫部分の制作になりますが、まだ荒彫りが始まったばかりです。「発掘~地殻~」は畳大のレリーフ状の作品を6点作って屏風仕立てにする予定です。1点ずつに陶彫部品が集合したものをボルトで留めていく計画で、その周囲を木彫で覆っていく予定です。陶彫部品の方は、ある程度出来てきていて見通しが立っています。問題は木彫で、かなり時間がかかりそうなのです。ウィークディの夜間制作は、菩提寺の住職逝去の通夜や昨年より始まっている歯科治療、運転免許更新等の私事が今週は多くて、夜工房に行く元気が起こらず、まったく進んでいない状況です。明日からの三連休に期待するしかないのですが、作業の上で心身の限界もあり、とりあえず屏風6点のうち3点の荒彫りをやっていこうと思っています。あくまで目標ですが、頑張っていこうと思います。
運転免許更新の日
2013年 1月 10日 木曜日
今日の午後、年休を取って最寄りの運転試験場に免許の更新に出かけました。神奈川県では横浜市旭区の二俣川駅近くに運転試験場があります。実は自宅から30分も歩けば到着する距離なのです。休日は混むことが予想されるのでウィークディにやってきました。管理職になったばかりの頃、免許を失効させてしまったことがありました。車通勤から公共交通機関の通勤に変わったこと、仕事が忙しすぎて免許更新を忘れていたことが原因でした。今回はしっかり更新しましたが、自分は違反運転者であるため時間がかかってしまいました。彫刻をやっていると車は必要不可欠です。加えて自分は車のデザインが好きなので、免許はずっと持っていたいと思っています。思えば高校生の頃は工業デザイナーを目指していました。車のデザインをやってみたいと思っていた時期があるのです。そんなことを思いながら更新の講習に参加していました。一歩間違えば取り返しのつかない事故を起こす車の運転です。講習内容を真摯に受け止めたいと思います。
壁彫の夢 再び…
2013年 1月 9日 水曜日
壁のイメージについては何度もNOTE(ブログ)に書いたことを、また繰り返して書きます。またもや壁が自分の前に立ち現われて、壁と壁に挟まれた一本の道を自分が歩いていく夢を見ました。この時期では初夢というには遅すぎるのですが、以前にもこれに近い夢を見ています。ただし、双方の壁が緊張した空間をもって道を形成している夢は初めてでした。壁は錆びた鉄のような、または黒陶のような材質で、横須賀美術館に野外設置されている彫刻家若林奮による「Valleys」を彷彿とさせますが、向かい合う壁は「Valleys」よりももっと接近し、全体的に幾何学的な彫り込みがされていました。道は曲がりくねりって迷路のようで、行きつく先が見えず、目くるめく壁彫の中で自分は立ち往生してしまいました。目覚めた時に、これは何とか作品として具現化できないものか考えました。作品のイメージは現行の制作が佳境を迎えた時に湧きあがることが多いので、今回もそうした要因でイメージがやってきたものだと思います。こうしたイメージは自分の中で熟成させますが、エスキースとしてメモを残す場合と、あえてメモを残さない場合があります。自分はメモを残さない方が彫刻として具現化していくことが多いのです。メモがあると先延ばしする傾向があるのかもしれません。
1月RECORDは「起」
2013年 1月 8日 火曜日
昨日のNOTE(ブログ)に次いで、今月のRECORDのテーマを決めました。年の初めに相応しいものとして考えたのが「起」です。起源、起動、発起等々、これは具象・抽象双方でイメージがもてるテーマだと思っています。簡潔なカタチが展開していくのは自分の常套手段ですが、「起」も定番になってしまうのではないかと思います。繰り返し展開を考えることで、新境地が見えてくれば、それに越したことはありません。その都度、自分になり上手くいったと思える作品があるので、その時の制作の精神状態を思い起こしながら、今後もやっていこうと思います。7年目に入り、生活習慣として定着したRECORDを地道に確実に進めていこうと思います。
2013年のRECORDについて
2013年 1月 7日 月曜日
一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けて、今年で7年目に入りました。過去6年間分をざっと見積もれば2100点以上の作品が手元にあります。目指す10000点の5分の1に達しました。80代の母の年齢まで作り続けられれば目標に到達するのですが、果たして自分はそこまでもつかどうか…。ホームページに過去の作品をアップしていますが、オリジナルの作品は工房のケースに入れて保存しています。毎年乾燥材を入れ替える時に過去の作品を出して眺めています。今年のRECORDは昨年のビジョンを踏襲することにしました。昨年は月ごとに漢字2文字によるテーマを掲げていました。今年は漢字1文字にしています。年末に今年を表す漢字が発表されます。昨年京都清水寺で住職が書いた文字は「金」でした。ロンドン五輪を象徴するようなイメージを持ちました。今年はRECORDに漢字1文字を月ごとに掲げて、それをテーマとしてやっていきたいと思っています。いつも年の初めは意欲をもって取り組みます。道半ばで微妙になり、それでも奮起して自分を脱皮しようと務めます。その繰り返しでやってきました。今年も頑張っていこうと思っています。
週末 木彫の荒彫り
2013年 1月 6日 日曜日
昨日から「発掘~地殻~」の木彫を始めています。幅広の鑿を使って木材の面取りをしました。まだ1点目も出来上がらずに夕方になってしまい、鑿と木槌を置きました。思っていたより時間がかかります。どうしていこうか思案しながら工房を後にしました。加えて今晩から窯入れをしているので水曜日まで工房は使えません。今月は日曜ごとに窯入れを予定しているので、ウィークディの制作は木曜と金曜に限定されます。週末をフルに使い、今月に3点の荒彫り、来月にもう3点の荒彫りができれば何とかなりそうですが、仕上げにも同じくらいの時間がかかると判断すると、図録撮影をする5月まで余裕はありません。実践あるのみですが、何が何でもやっていこうと思っています。木彫は初めに取り掛かるときが一番疲れます。木彫制作のリズムが甦ってくるまでの辛抱です。幅広の鑿は細かな刃こぼれがあって、研ぎにも時間を要します。陶彫とは違う心身の使い方をするので、新作を初めから作っている気分になります。来週の三連休でイメージをさらに明確にしたいと考えています。
週末 「発掘~地殻~」の木彫開始
2013年 1月 5日 土曜日
昨年発表した「発掘~混在~」は厚板にレリーフ状の彫り込みを入れた直方体を作り、それを6点縦に並べて屏風仕立てにしたものです。今回の「発掘~地殻~」も屏風仕立てにしようと考えています。ただ厚板は使用せず集積材を使います。つまり無垢の木材で、そこに彫刻をしていこうと思っているのです。陶彫部品が甲羅を纏った生命体のようなモノになったので、根を張ったような大地を木彫で表そうとしています。まず、屏風の1点目は陶彫部品が出来上がっているので、そこの木彫に今日から取り掛かりました。鋸を引き、大きめの鑿で余分な部分を削ぎ落としました。まだ荒彫りまでいかず、カタチを彫り込むことも出来ていません。やっと木彫まで工程が進んだのですが、作業を始めてみると木彫は木彫なりの時間が必要で、暫し唖然とした後、焦る気持ちが湧き上がってきました。決して今までもサボッていたわけではないのですが、思わず図録撮影の5月までの時間を計算してしまいました。今回は砂マチエールはありませんが、木彫の彩色は考えています。陶彫も仕上げていない部品が数多い中、木彫も始めざるを得ない状況になって、幾度か困難を乗り越えてきたギリギリの感覚がようやく芽生えてきました。こんな綱渡りを10年も続けているのです。背中を押されて煽られるような感覚。この張り詰めた緊張なくして創作は有り得ないと自分に言い聞かせながら、苦しまぎれの全体構成の船出となりました。
2013年の年賀状顛末記
2013年 1月 4日 金曜日
今年は巳年です。年賀状のために昨年RECORDで「蛇」を登場させて、蛇に見えながらリアルにならないように描いていました。これでも蛇が苦手な家内に気に入られず、このRECORDの「蛇」画を撮影して、年賀状にすることが憚れました。2013年は年賀状をやめようかと思っていたところ、懐かしい人やお世話になっている人から年賀状が届き、これは何とかしなければと思っていました。そこで、自分の彫刻をポストカードとして作ったものがあることを思い出し、これを今年は年賀状にすることにしました。例年より遅ればせながらの年賀状投函。年賀状はご無沙汰している方々に挨拶をする絶好の機会と心得ているので、やめるわけにはいかないと常々私は思っていたのでした。今日は仕事始めで職場に出勤しているにもかかわらず、自分は別室で年賀状を書いていました。その人の顔を思い浮かべながら書く年賀状。来年こそ干支の年賀状を準備して、年の初めに創作する心を届けたいと思っています。
休庁期間の最終日
2013年 1月 3日 木曜日
今日まで6日間あった休庁期間でしたが、あっという間に最終日となってしまいました。今日も家内の親戚が集まるため東京六本木まで出かけていたり、あれこれ雑務があって、なかなか制作一辺倒という訳にはいかない6日間を過ごしましたが、例年こんなものかと振り返っています。それでも朝のうちは工房に行って、新作陶彫の彫り込み加飾をやっていました。午後、自分の不在の間に若いスタッフが工房にやってきて、自らの課題を進めていて、若い世代のパワーに圧倒されています。休庁期間での成果は、陶彫の成形加飾が「発掘~地殻~」「発掘~連築~」「陶紋」の全てで終わり、只今乾燥に入っているところが成果と言えます。今週末に木彫部分に入れるかどうか…。次の日曜日には今年になって初めての窯入れを考えています。明日は仕事始め。短かった休みに、思ったとおりに進まなかった制作、ともかく週末もあるので、何とか「発掘~地殻~」の全体構成を煮詰めていきたいところです。
新年の点景より
2013年 1月 2日 水曜日
2013年になって2日目です。今朝から工房に行って制作を再開しました。窯の上にお供えをして、今年1年間の無事を火の神にお願いしました。昨日は朝早く母の実家で雑煮を食べて、昼ごろから東京赤坂まで初詣に行きました。家内も私も、家内安全・心身堅固・芸道精進の祈祷をしていただいて帰宅しました。驚いたことに元旦から工房に若いスタッフが来ていて制作をしていました。周囲が暗くなっていたので、スタッフを車で家まで送り届けましたが、スタッフの底知れない創作意欲に脱帽しました。そんなこともあって今日は朝から制作をし、午後は母の実家で妹夫妻や姪夫妻と新年を祝いました。毎年この時期は、昔住んでいたオーストリアのウィーンに思いを馳せます。昨夜も例年のごとくウィーンからニューイヤーコンサートの模様が衛星中継されて、ワルツの調べに聴き入りました。ヨーロッパは遠くになりにけり…そんな感慨が胸にこみ上げてきます。近いうちにその思いをNOTE(ブログ)に書こうと思いますが、単なる旅行ではない生活の記憶が今だに脳裏を過ぎるのです。正月はそんな仄かで複雑な思いが交差する時でもあります。明日で休庁期間が終わります。明日も朝から制作です。
2013年のイメージ
2013年 1月 1日 火曜日
新しい年になりました。横浜は穏やかな天候に恵まれ、自宅から富士山が鮮やかに見えました。2013年をどういう一年にしたいか、新年にまずイメージを持とうと考えました。小さな目標はそのつど設定しますが、時間を大きく捉えるにはイメージを持つことが最善と思っています。公務員としての仕事は、経営力を高めるために自分には何が必要か、自分が楽しみながら仕事をしていくには、また職場で働く人たちが楽しみながら仕事をしてもらうために、どうしたらいいのかを見つけたいと思っています。彫刻家としての仕事は、自分ひとりで全ての責任を負うので、これは研鑽あるのみです。工房という環境があり、素材と設備が整ったので、あとは追求と深化しかありません。この両方の仕事をやっていくためには健康にも気遣っていこうと思います。職場は何事も組織でやっていくので人と人との関わりは最も大切なものですが、創作活動にも若いスタッフの力が大きく働いていると感じます。心理学でいう社会的促進というもので、ひとつの空間の中で、複数の人によって創作活動が行われているという関係が、作業に活性化を齎すのです。昨年以上に作業を進めるために若いスタッフを大切にしたいと思っています。二束の草鞋生活は今年も続くので、時間的な制約があるため革新的な実験制作をすることは難しいのですが、夏の個展の後で、次なる制作に挑む時に表現力をステップアップすることは自分次第でどうにでもなることだと考えます。空間設計でさらに飛躍するつもりです。今年こそ、という自分脱皮に向けて2013年を過ごします。今後ともホームページともども、よろしくお願いいたします。
2012年 NOTE(ブログ)のまとめ
2012年 12月 31日 月曜日
2012年の大晦日となりました。月日が経つのは本当に早いものだと感じます。一昨日から始まった休庁期間をずっと工房で過ごしました。新作の陶彫に追われ、今年は年賀状の準備も自宅の掃除も出来ずに年を越しそうです。例年大晦日の夕方まで制作しているので、こんな時でも気持ちの改まりはありません。ただし、ホームページのNOTE(ブログ)については2012年の振り返りをしてみたいと思います。1年間のアーカイブを読むと、4月に転勤して職場が変わったこと、7月個展に向けて精一杯頑張ったこと、「西洋の没落」という大作を読破したこと等、とにかく病気もせずに前向きに歩いてきた自分が見えてきて、自分を支えてくれた周囲に感謝をしたいと思います。制作や仕事で多少の困難を感じることがありましたが、それは表面的な戯言で、自分を揺るがすようなことではなく、いろいろな場面で今年は幸せだったと言えます。来年もこのまま過ごせたらいいなぁと思っています。自分のホームページを見てくださっている方、拙いNOTE(ブログ)を読んでくださっている方に今年も感謝申し上げます。どうぞ、良い年をお迎えください。
「美術にぶるっ!日本近代美術の100年」展
2012年 12月 30日 日曜日
東京竹橋にある国立近代美術館全館を使って大がかりな展覧会が開催されています。「美術にぶるっ!」というキャッチコピーが目にとまったので見てきました。いわゆる所蔵作品を選抜した展示で、学芸員の企画力と頑張りによるところが大きく、所謂店舗で言う「庫出し」にあたる展覧会だと思いました。中高美術科教科書に掲載されている作品が軒並みあり、以前見た作品も多くて秀作をあまねく堪能できた感があります。個人的には横山大観の「生々流転」や川端龍子の「草炎」や福田平八郎の「雨」に再び会えたのが嬉しかったし、海外作品ではアルプの大理石の抽象彫刻が軽やかに見えました。クレーやカンディンスキーの抽象作品も美しいものでした。収蔵作品の中にドイツ表現派のペヒシュタイン「われらの父」があるのが驚きでした。「実験場1950s」では工藤哲巳や荒川修作の立体オブジェがありました。河原温の浴室シリーズもそうですが、図版で知っていたものをオリジナルで見られたのが良かったと思いました。何しろ作品数が多いので、いささか疲れましたが、美術史を網羅する機会としては最高ではないかと思います。
スマートフォン奮闘の日
2012年 12月 29日 土曜日
携帯電話のバッテリーの蓋が壊れて、新しい機種を買うことになりました。数年前は家内の携帯電話が壊れて、その年の暮れに携帯電話を新しくした記憶があります。また、今回も年の暮れに新しい機種に変更しました。自分は携帯電話を文字通り電話とメールくらいしか利用しないタイプですが、家内は以前から様々なアプリを利用しているので、夫婦でスマートフォンにしてみました。店頭で説明を聞いたにも関わらず、電話帳を預かりセンターから取得するにも四苦八苦、電話は辛うじて出来たのですが、メールが出来ずにあれこれ悩みました。どうもこうした機器が自分は苦手です。昨日購入したスマートフォンですが、今晩になってやっと工房スタッフにメールを送りました。返信がきたので通信は成功しました。使いこなせれば楽しい機器だと思いますが、この薄っぺらな板状の機器から発する情報に驚くばかりです。工房で陶土を練っている原始的な行為の隣に、こんな小さな情報機器があることが、いろいろな意味で現代生活なのかもしれません。
「小野元衛」展
2012年 12月 28日 金曜日
小野元衛という画家を自分は展覧会を見るまでは知りませんでした。28歳という若さで世を去った画家は、とくに今まで話題になることもなかったので、美術館での展覧会としては初めてだったのでないかと思いました。先日、神奈川県立近代美術館鎌倉館別館で開催されていた「小野元衛」展に行って、夭折の画家の魂に触れてきました。貝殻のモティーフ、風景や仏像をテーマにした連作、走り書きしたスケッチ等を見て、もう少し長く生きられれば大作も生まれたであろう可能性に無念を感じました。自分は教会や東京のニコライ堂を描いた作品が好きです。画家はどんな思いでこうした建物を描いたのか、心が命じるままにデフォルメされた建物は、何か炎に揺らめいた情感を感じさせます。小品絵画に込められた思い。一時は朱や黄色を主調にした激しい表現の吐露は、画家がその宿命を知っていたかのような感があります。
「江口週 彫刻/デッサン」展
2012年 12月 27日 木曜日
木彫家江口週は、いわゆる日本の伝統的な木彫とは異なる世界観を持つ彫刻家です。木材を構成する造形作家と言った方がいいかもしれません。難波し大海を漂った巨大な木造船の残骸が渚に打ち寄せられて、その大いなる櫂が空間に投げ出されたような、そんな衝撃的な空間構成が、江口ワールドと重なるのは私だけでしょうか。または突如出現した巨木に刻まれた古代の住居跡か、何かの祭壇か、江口ワールドにはイメージを刺激してやまない何かが潜んでいると感じます。先日、神奈川県立近代美術館鎌倉館で開催中の「江口週 彫刻/デッサン」展に行って、こんなことを思いつつ、同展には80歳になった造形作家の最新作を含めた作品群がありました。東京銀座ギャラリーせいほうでも見たことのある最新作を身近に感じながら、自分が彫刻を志した時から刺激を与え続けてくれた作家の足跡を見直し、涸れることのないイメージの源泉に触れたように思います。自分もこうありたいと願いながら、同展を後にしました。
「シャガールとマティス、そしてテリアード」展
2012年 12月 26日 水曜日
先日、神奈川県立近代美術館鎌倉館で開催中の「シャガールとマティス、そしてテリアード」展に行ってきました。シャガールやマティスの色彩の美しさに改めて感動しました。展示されている作品は美術出版・編集者として知られたテリアードによるものです。色彩の巨匠であった2人の芸術家の多色刷りによる豪華な版画集は、時代の変遷により豊かな生活を求める人々のニーズに応えることを目的に作られたものでした。リトグラフ(石版)やステンシル(孔版)によって鮮やかな色彩を獲得した表現は、今になっても美しさは変わることがありません。自分はマティスの「ジャズ」に昔から惹かれていましたが、オリジナル版画を見るのは初めてでした。切り紙絵による大胆な構成と明快な色彩。人も文字も象徴化したカタチも踊るように跳ねるように描かれた軽快さに、身体が衰退しても感覚が若返っていくマチィスの巨匠たる所以を見る思いがしました。
クリスマスに思いを馳せる
2012年 12月 25日 火曜日
25日になるとクリスマスの話題を何年もNOTE(ブログ)に書いています。アーカイブを見ると、やはりルーマニアで過ごしたクリスマスが印象深くて何度も取り上げています。当時自分はオーストリアに住んでいたにも関わらず、その牧歌的なルーマニアのクリスマスが忘れられないのです。ルーマニアのマラムレシュ県にある小さな村ポエーニで村人たちと過ごした一夜は、自分の脳裏にすり込まれた異教の輝きです。ルーマニアはカソリックでもプロテスタントでもないオーソドックスと言われる東方系キリスト教が主流の国です。ロシアやギリシャと並んでルーマニア正教も、礼拝時の人々の合唱が素晴らしいハーモニーを生み出し、背筋がゾクゾクするほど感動した記憶があります。当時ルーマニアは社会主義国家でしたが、今はどうなっているのでしょうか。ポエーニ村のクリスマスは昔ながらの行事として継続しているのでしょうか。この時季になると思い出す珠玉の場面なのです。
三連休 創作に捧げるクリスマス・イヴ
2012年 12月 24日 月曜日
三連休最終日はクリスマス・イヴです。工房には若い女性スタッフが2人来ていて、持参のケーキやチキン等でちょっと特別な食事会を工房で行いました。日本のクリスマス気分に少しでも浸りたいと思ったのです。街の賑わいはFMラジオから流れていて、クリスマスソングを聴きながら制作に励みました。今日は自分もスタッフもそれぞれ制作に集中していました。自分は相変わらず陶彫の成形に苦労していました。スタッフの一人は画家ですが、今回は新作の人形原型作りをやっていました。もう一人は染織専攻の美大生で、染を生かした平面作品を作っていました。ケーキを囲む時は3人で話が弾み、若いスタッフ2人はアーティストとして将来に向けた固い決意を表明していました。スタッフの一人は、作品だけでなく自分自身もその作品世界の一部になりたいと主張していました。身体表現も想定した展開に意欲的で、性別を超えた世界が見え隠れしていることが覗えました。相原工房から個性的な世界観が生まれることを願ってやみません。自分も野外風景や環境を考えた空間設計に思いを寄せています。今日は創作に捧げたクリスマス・イヴを過ごしました。
三連休 制作と散策と…
2012年 12月 23日 日曜日
三連休の中日です。朝から工房に篭って制作三昧でした。先日購入した陶土を土錬機にかけて、新しい陶彫部品のための準備をしました。窯入れしていた陶彫部品も取り出しました。先週は夜間制作ができなかったので、その分これからが若干苦しくなります。「発掘~地殻~」の全体を見るには、まだ陶彫部品が足りず、さらに新たな成形と加飾をしなければなりません。結局、全体を考えるのは休庁期間になりそうです。今日は材料の買い物があって、工房に来ていたスタッフを連れて街へ出かけました。夕方の街はクリスマスのイルミネーションに飾られて美しく変貌していました。横浜中華街に立ち寄り、夕食をとりました。中華街のメインストリートもキラキラと照明で輝いていました。明日も制作三昧です。
三連休 師走の美術館巡り
2012年 12月 22日 土曜日
彫刻の制作もさることながら、自分は美術館に行くのが無上の喜びです。創作行為には制作と共に鑑賞が欠かせないと思っています。今日は生憎の雨模様でしたが、鎌倉と東京の美術館を駆け巡り、全部で4つの展覧会を見てきました。今日は家内も文句を言わずに付き合ってくれました。このところ仕事関係の懇親会が立て続けにあって、昼夜を問わず自分自身に戻ることが出来ないでいることを家内は察したのかもしれません。美術作品の鑑賞は自分と向き合うことでもあるのです。午前中は神奈川県立近代美術館鎌倉館で開催させていた「シャガールとマティス、そしてテリアード展」、「江口週展」、鎌倉別館で開催されていた「小野元衛展」と見て、東京に移動しました。昼食を東京駅エキナカで済ませ、竹橋にある東京国立近代美術館で「美術にぶるっ!日本近代美術の100年展」を見てきました。いずれも鑑賞の視点からすれば一言では言えない濃い内容だったので、今日見た4つの展覧会とも詳細な感想は後日にしたいと思っています。東京駅ではホテルの地下に、若いテキスタイルデザイナーによる斬新なハンカチや手ぬぐいを扱う小さな店舗があって、そこでお年賀にする贈り物を買いました。自分もそこのブランドの手ぬぐいをバンダナ代わりに頭に巻いて制作をしているのです。今日は朝から晩まで動き回って帰ってきました。心は充分満たされたので、明日からの制作を頑張りたいと思います。
風景の中で生きる造形
2012年 12月 21日 金曜日
現在、自分のホームページのリニューアルを進めているところです。新しくなるホームページに、「LANDSCAPE」(風景)が加わる予定です。現在画像としてアップできるのは、陶彫による「球体都市」を風景の中で撮影しているもので、カメラマンの意図によるところが大きい画像です。風景の中で融和し、時に対峙する造形作品の在り方に、自分は大きな期待を寄せています。風景の中で生きる造形は、光や影を取り込んで本当に美しいと感じます。自分が彫刻の素材として扱っている陶や木は、大地に息づく自然からの恵みに由来するものです。自分はそうした素材に造形したモノを再び大地に還すような感覚を持って野外に置いているのです。野外への夢は膨らむばかりです。本来、彫刻は自然の中で息づく創作活動で、文明発祥ととも野外に石造された像や装飾が発端になっています。そうしたことからも風景の中で生きる造形を今後も考え続けたいと思います。
忘年会続きで夜間制作出来ず
2012年 12月 20日 木曜日
今週は仕事関係の忘年会が多く、先週のような夜間制作が出来ていません。でも、ここにきて新作の陶彫制作は「発掘~地殻~」、「発掘~連築~」とも陶彫部品がある程度出来上がってきているのではないかと思っています。そろそろ全体を見ながら制作をしていきたいところですが、夜間制作では照明等の関係で近視眼的にならざるを得ないので、これは週末の昼間の光の中でやっていきたいと思います。忘年会が続くため今週は窯入れをしています。窯のスイッチを入れると窯以外のブレーカーを落とします。つまり焼成をしている間は照明が使えず、夜間制作ができないというわけです。ちょうど化粧掛けして十分に乾燥した部品があるので窯入れには好都合です。作者が忘年会で楽しんでいる中で、窯内は一所懸命働いてるのです。炎の神の怒りに触れないように忘年会もほどほどにしたいと思っています。
「一銭五厘の旗」を読み始める
2012年 12月 19日 水曜日
「一銭五厘の旗」(花森安治著 暮しの手帖社)は今夏、東京世田谷美術館で開催されていた「花森安治展」を見に行った際、そこに掲げられていた詩に感動して購入したものです。画家としての花森安治は、雑誌「暮しの手帖」の表紙を描き続け、人気雑誌だった同誌の看板となっていたのでした。その表現は多義に亘り、時系列で追った展示はユーモアに溢れて、また継続しながら深化していった画業が羨ましくもありました。本書は戦時中、召集令状の葉書が一銭五厘で届いたため、命の重さを一銭五厘として、戦中戦後の思いを書き綴った随筆であり、また詩のような珠玉の世界観を持つ文章をまとめたものです。作者は編集長として「暮しの手帖」に携わっていました。同誌は絵画や文章を通して時代を反映し、将来を見据えた羅針盤のように感じられます。夥しい情報雑誌が書店の店頭に並ぶ現状を見ると、同誌の水準の高さが窺えます。
「ブルトン シュルレアリスムを語る」読後感
2012年 12月 18日 火曜日
「体系をも人間をも容赦しない石化過程を今日まで免れてきているのは、ただシュルレアリスムだけだとわれわれには思われる。いまだ失語症に陥っていないものに絶えず警戒をうながすこと、人類に数百年来の抑圧を加えている経済的・倫理的教条をつねに激しく攻撃すること…、そして最後に、悪の広がりと毒性とに見合った新薬を捜し求めること、これらのことが、瞬時たりともシュルレアリスムのものであることをやめなかった諸原理から導き出される、われわれの至上命令なのである…心的生活意識的側面と無意識的側面とのあいだに、革命行動と欲望の昂揚とのあいだに、唯物論と観念論とのあいだにつねにあなたが定めてきたこの軌跡、まさしくシュルレアリスムのそれに他ならないこの軌跡、われわれにはただ、あなたがこの軌跡をなぞることができた地点から、一挙にこれを踏破し、そのすべてをわれわれ自身の軌跡とすることができるに過ぎない。」この引用はブルトンの影響下にある若い世代が表明したもので、ブルトンを喜ばせ、価値ある証言と言わしめたものです。ここに永年にわたるシュルレアリスムの真髄があるとも言えます。「ブルトン シュルレアリスムを語る」(アンドレ・ブルトン著 稲田三吉・佐山一訳 思潮社)を読み終えて、シュルレアリスムを体系化し、生涯をかけて擁護してきたブルトンの強靭な意志と、時に不条理を生んだ状況に正対した苦悩が読み取れました。
飼い猫とのケンカごっこ
2012年 12月 17日 月曜日
捨て猫だったトラ吉は、この2年間で結構大きくなり、抱き上げるのも重くなりました。自分が帰宅すると、短い鳴き声を発しながら自分のところに走ってきます。足元にじゃれついて、そのうち自分が座る食卓に飛び乗って、前足で自分の手をパンチしてきます。いわゆるケンカごっこです。自分が応戦するとトラ吉はしだいに興奮してきます。それが面白いのか、毎晩同じ行動になって飽きもせずケンカごっこを繰り返しています。私が面倒になって、家内に押し付けることもありますが、トラ吉は何度も自分の方に擦り寄ってくるのです。私は小さい頃から猫に好かれることが多く、実家で飼っていたタマもよく自分に擦り寄ってきました。当時、実家は亡父が営んでいた造園業との兼業農家で、タマはほとんど野生化していて、木造だった母屋の縁の下に住んでいました。縁側に自分が佇んでいると、タマはそっと忍び寄ってくるのでした。そんなタマとのケンカごっこもありましたが、自分がふざけて思い切り遠方にタマを放り投げたことがありました。それでも健気にタマは自分のところにやってきました。猫にあらゆる悪戯を仕掛けた自分でしたが、タマが死んで、母親が畑に穴を掘って埋めた時に、目頭が熱くなった記憶があります。今はトラ吉がいて、タマへ過激な悪戯をした自分が、トラ吉を構うことで猫族に懺悔していると勝手に思っています。