旅立ちに向けて

最近工房によく出入りしている若いアーティストが2人います。時にはスタッフとして私の作品を手伝ってくれますが、通常は創作活動をやっています。一人は中国籍の子で都内の美大に副手として勤務しています。もう一人は大学院先端芸術表現科に籍を置く学生で、染織を媒体にした作品を作っています。今日の話題はその学生に纏わる留学のことです。彼女は板染めという伝統技法を現代表現にアレンジした作品を作り続けていますが、半年間のインドネシア留学が決まり、日本から今日旅立ちます。当面ジョグジャカルタにある宿舎付きの工房に身を寄せる予定だそうですが、バリ島を初め各地を回って染織について学ぶ計画があるようです。彼女の留学が実り多い成果を生むことを願ってやみません。留学はネットの普及から現在では特別なことではなくなりました。語学を海外で学びたい学生は大勢います。留学が単なる旅行気分の延長で終わるのか、それとも深く文化や民族に触れ、やがて国際社会の中で生きていく糧となるのかは本人次第です。私も1980年から85年までヨーロッパにいました。自分のことを鑑みると留学が実効に結びつかなかった点を言えば成功とは言えません。空虚な時間が流れていっただけという印象が拭えません。それでも記憶の蓄積が現在の創作活動に結びついていると考えれば、無駄ではなかったと思えるのです。彼女の旅立ちに向けてエールを送ると共に、留学経験が今後の豊かな人生観を培ってくれるなら、絶好の期間に恵まれたと言っても過言ではありません。

開港記念日は美術館へ

6月2日は横浜の開港記念日です。今日は勤務を要する日ですが、休みをもらって美術館に行くことにしました。連日混雑が報道されている「鳥獣戯画展」は、ウィークディならば多少余裕を持って鑑賞できるかなぁと思っていましたが、これは大きな間違いでした。朝10時に家内と上野の東京国立博物館平成館に到着しましたが、既に入場まで80分待ち、さらに入場した後「鳥獣戯画」を見るまでに160分待ちという表示がありました。東京国立博物館で今まで人気のあった展覧会を数多く見てきましたが、今日ほど混雑している展覧会は初めてでした。それでも修復の終わった「鳥獣戯画」は面白く、本物を見に来た甲斐があったと思いました。詳しい感想は後日にします。東京国立博物館を出た後、東京都美術館に向かいました。画家の友人が「新象展」の会員で、今回も大きな抽象絵画を出品しているので見てきました。相変わらず補色を使った非具象絵画で迫力がありましたが、例年と違うのは明快な幾何学的パターンが、新作は茫漠として面と面の境界線が消えつつあることです。作家の内部で何か変化があったのかもしれません。それはいずれ本人に確認したいと思っています。今日はさらに予定を組んでいましたが、「鳥獣戯画展」に時間がかかったため、今日はこの2つの展覧会で帰途につきました。

6月 創作の充実を願う

6月になりました。今年の7月の個展の準備で言えば、まだ「発掘~群塔~」の撮影が終わっていないことが上げられます。今月の7日(日曜日)が撮影日になります。7日に向けて細かな修整作業をしています。今回の図録完成は個展直前の7月になります。撮影日が例年より遅くなっていることで、撮影後の梱包作業が厳しくなることが予想されます。今月は夏の個展に向けて頑張らなくてはならない1ヶ月になりそうです。見たい展覧会や映画もあります。週末に制作ばかりしていると疲労が溜まり、精神が病んでくるので、鑑賞を入れてリフレッシュするつもりです。RECORDは相変わらず厳しい中で一日1点制作を続けていますが、夜の工房通いがあって時間的な遣り繰りが大変です。眠気に襲われながらRECORDの下書きをするのは日常のことなので慣れてきたとは言え、創造活動の身体的限界を感じているこの頃です。読書は通勤時間帯にマイペースでやっています。6月にやるべきことを並べ立てると、なかなか厳しいスケジュールですが、充実した創作生活をしたいと願うばかりです。

週末 今月末の日を迎えて

今日は5月最後の日でした。今月はゴールデンウィークに「発掘~丘陵~」が完成し、案内状の撮影を「発掘~丘陵~」を使って行いました。追って「陶紋」が完成し、カメラマンに野外撮影をお願いしました。「発掘~群塔~」は今日でほぼ完成で、番号を付けた印を厚板と陶彫の両方に貼りました。陶彫部品によってはまだ修整が必要ですが、それはまた今週のウィークディの夜に毎晩工房に通ってやっていきます。そういう意味では今月は相次いで作品が完成し、一応の成果を上げました。まだ5月と言うのに真夏のような気温が続き、毎晩通う工房で、忽ち汗が流れてシャツがびっしょりになりました。今日も印を貼るだけの作業なのに額から汗が滴り落ちていました。作品を床置きにしているので、印を貼るために立ったり座ったりして、まるでスクワットを繰り返している状態になり、脚がヨレヨレになるまで疲れてしまいました。夕方になって、若いスタッフが来月大きな展覧会に出品することに決まったので、作品の額装を手伝いました。先週は塗装作業を彼女に手伝ってもらったので、今回は私が手伝いました。持ちつ持たれつの関係がいいなぁと思っているのです。今月のことを言えば、美術館等にはよく出かけました。京都国立博物館、京都国立近代美術館、東京のBunkamuraザ・ミュージアム、東京都庭園美術館に行って、刺激的な展覧会を見て来ました。その他では海老名文化会館に出かけ、家内の胡弓による「おわら」同好会の演奏を聴いてきました。若いスタッフと横浜動物園ズーラシアにも行ってきました。作品制作に追われている時間を掻い潜って、よくもいろいろなところに出かけたものだと思っています。RECORDは反省すべきことが多いのですが、読書は相変わらず哲学に絡めたドイツロマン派の美術評論を読んでいます。まずまず充実した1ヶ月だったと思っています。

週末 「群塔」色彩処理

今日は午前中に職場に隣接する施設に用事があって出かけてきました。週末に仕事が入るのは立場上仕方ないことです。今日は真夏のような暑さで、そろそろ熱中症を心配しなければならない季節かなぁと思っていました。午後は工房に行きました。油絵の具の臭いが充満して、息苦しい空間になっていました。早速窓を開け、外気を通しました。先週は7点の屏風を床に置いて、工房に出入りしているスタッフたちが下塗りとドリッピングをやってくれました。スタッフと言っても全員が創作活動を展開する若きアーティストで、彼女たちがバランスを見ながら塗装した画面はとても美しい効果を齎せています。その後、ウィークディの夜に自分一人で工房に通って、ドリッピングした画面の上から油絵の具を霧吹き状に撒いて、画面を落ち着けました。この度合いが難しく、また楽しい瞬間でもあります。あまり霧吹きをしてしまうと、美しい斑点が消えてしまう可能性があるからです。その兼ね合いが大切で、どこまでやって完成とするか、判断に迷うところです。この作業に長時間は禁物です。1時間程度作業したら翌晩にまわし、再び全体を確認していく方法を取りました。毎晩通ううちに完成が見えてきました。今日はその画面に陶彫部品を全部配置して、さらに陶彫の色合いと油絵の具の色合いを確認することにしました。これもあまり同化させてしまうと陶彫による造形が目立たなくなる可能性があって、どこまでやって完成とするか、繰り返し判断に迷うところです。明日もう一度確認することにしました。それを決めてから陶彫部品に番号をつけた印を貼ります。いよいよ完成が近づきました。

「非ー自我としての無意識」

表題にある「非ー自我としての無意識」というのは、近代的な自我や内面の成立のことを言います。現在読んでいる「風景の無意識 C・Dフリードリッヒ論」(小林敏明著 作品社)はフリードリッヒに代表されるロマンティック絵画が、当時の時代背景や近代の物質的・思想的発展から生じた人の内面に向けられた眼に対し、それが絵画を評論する上で欠かせない要素になっていることを論じています。文中のコトバを借りれば「いわゆる『内省』とか『反省』と呼ばれるものが自然観察の対現象のようにして生じてくる。ただし、これにはひとつの条件がなければならない。それは離れる『社会や人間関係』がすでに自然と明確なコントラストをなすほどに発展していなければならないということである。鄙びた農漁村のように、人間関係やその生活形態がいまだ自然と密接に関わりを保持しているところでは、たとえ豊かな自然を前にしても、そこに『孤立』が生じる余地がないからである。言い換えれば、こうした自然を前にしての孤立が可能となるのは、その逆に社会や人間関係がすでに自然から乖離した都市化をこうむっていなければならないということである。その原因は言うまでもなく産業資本主義の発達である。」というのは、「非ー自我としての無意識」を自然の中で感じ取るのは、近代都市として発展してきた社会構造が成熟するにつれ、人が内面に向かうことが出来るというものです。そこから崇高という概念が生まれたり、芸術を取り巻く思索が生まれる契機になったことを知りました。

造形意欲を刺激する仮面

東京都庭園美術館はアール・デコ建築による独特な雰囲気を持つ美術館ですが、同館で開催している「マスク展」は如何なものだろうと思って、先日同館に出かけました。自分は昔から仮面が大好きで、その民族が有する原初的で生命感溢れる表現に、自分の創作意欲が刺激されてきました。とりわけアフリカの黒い木彫の仮面に強く惹かれます。20世紀初頭にピカソを初めとする多くの芸術家を魅了してきたアフリカ系プリミティヴ・アート。そこに新しいダイナミズムと美的価値を見いだした当時の芸術家に改めて感謝です。図録で気になったコトバを拾ってみます。「美術館で展示される仮面は、文化的な栄養分を絶たれてしまったという意味で、もはやもとの仮面とは似ても似つかぬものであるのかもしれない。けれども外部の世界からやってきた仮面を目の当たりにすると、見る側は多少なりとも混乱に陥る。この瞬間、展示室の壁は期せずして、西洋と非西洋、自文化と他文化というたがいに異なる世界が出会う界面になっている。その界面の上で、仮面はおそらく、ふたつの世界をつないで橋渡しをしているのである。(川口幸也氏著)」「ピカソがアフリカの仮面に注目した一方で、ブルトンは、特にオセアニアの仮面に対する賛辞を惜しまなかった。~略~パプアニューギニアの住民にとっては、~略~自然との逢瀬における存在のダイナミズムにおいて、異次元の〈境界〉を行き来することとは、彼等にとって実に容易い仕草であったに違いない。ブルトンはそこにこそ、シュルレアリスムが指向した痙攣すべき美の世界を認めていたのではなかったか。(神保京子氏著)」芸術家の造形意欲を刺激し続ける仮面群。アール・デコ建築とも相性の合う仮面群。美術館を後にした自分は精神的な充実を得られました。

ボッティチェリの聖母子像

先日、東京渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ボッティチェリとルネサンス フィレンツの富と美」展を見てきて、勤務中の緊張感が消え、ほっと和んだ瞬間がありました。キリスト教美術で思い出すのは、自分が20代にヨーロッパで暮らしていた頃に、教会建築や堂内を飾る荘厳な宗教画に辟易していた時期があり、自分の生育歴にない異文化の胎内で、やりきれない嗚咽感に襲われたことがありました。そんな若かりし頃の記憶からは想像も出来ないのですが、現在の自分はキリスト教美術によって癒やされています。本展に出品された宗教画のうちボッティチェリの作とされる聖母子像4点に、自分は静かで深い感動を受けました。羅列すると「聖母子と二人の天使(ワシントン・ナショナルギャラリー)」「開廊の聖母(ウフィツィ美術館)」「聖母子と二人の天使、洗礼者聖ヨハネ(アカデミア美術館)」「聖母子と二人の天使(ストラスブール美術館)」の4点です。注文主は当時フレンツェで富を成していたメディチ家とも考えられ、青年だったボッティチェリのスタイルにはリッピやヴェロッキオの影響が見て取れると図録にありました。経済の繁栄と密接だったそれぞれの画家の工房に思いを馳せながら、丁寧に描かれた宗教画をじっくり見せていただきました。

新しい印を作り始める

陶彫による集合彫刻を作っていると、作品によっては同じような陶彫部品が複数出来上がってしまう場合があります。まして過去の作品と混同することだってあり得ます。この部品はどの作品の一部なのかを明確にするために、新作には新しい目印が必要です。そこで考えたのが小さな和紙に印を押して番号を付記する方法です。印はその作品によって異なるので、部品を取り違えることはありません。木彫された厚板屏風にも陶彫部品と同じ番号を貼り付けておけば、どの位置にどの部品を接合するのか明確になって、自分以外のスタッフがやっても作品が組み立てられるというわけです。そこで新作が出来上がる度に、新しい印を彫っています。今回の作品にも新しい印が必要になり、ようやく印を手がけ始めました。印を作るために印刀や印床を持ち出してきて、いよいよ今晩から始めます。印はこれだけでも立派な作品です。篆刻の厳密なルールを自分は知りませんが、文字をテーマにした小さな抽象絵画だと勝手に思っていて、陰刻陽刻の織り成す迷路のような世界に自分は魅了されるのです。そんな自由気儘な印をこれから作っていこうと思っています。

古都で現代美術を考えた日

今月の初旬に関西に出張で行ってきました。京都にある京都国立近代美術館で開催していた「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」は現代の生活と美術の関わりを改めて考える機会になりました。現代美術というカテゴリはあるにしても、自分は現代作られている作品は全て現代美術ではないかと思っています。ならば現代という時代が作らせている美術を定義するとすれば、現代美術とは、現代という時代を美術を媒体にして表現する行為ではないかと思っているのです。これは前時代的な額縁に納まっている美術ではなく、現代とはこういうものだと美術を窓口にして作家が提示しているものだとも言えます。その中で自分はドイツ人造形作家のゲルハルト・リヒターの数点の絵画に注目しました。フォト・ペインティングという技法で名を成した作家ですが、写真のブレやボケを絵画にすることによって生じる不思議な感覚が印象に残ります。突き放した絵画表現と言うべきか、極私的な写真表現と言うべきか、誰もが知る写真特有な画像が絵画に模されて、その両媒体の関係性を鑑賞者に提示されていて、その面白みや可笑しさが伝わってくると自分は解釈しています。現在生きていて、私たちを取り巻いていて、皆が共有している現象が、視点を変えることで楽しくなって豊かな世界に導いてくれるもの、これが現代美術かもしれないと思っています。そこに難解なものは微塵も無いと思います。

週末 「群塔」塗りワザのチーム

今日は日頃から工房で創作活動を展開する若いスタッフ3人がやってきました。加えて家内と私の計5人で「発掘~群塔~」の下塗りとドリッピングを行いました。全員が美術系の大学出身で、普段から絵の具の扱いには慣れている面々です。言わば塗りワザを持った子たちで、今回はそれが証明された結果になりました。油絵の具の数色をバケツで混ぜて、溶剤で塗り易くしてから刷毛で7点の屏風を塗っていきました。彼女たちのその手際のよさと早さはこちらが驚くほどで、7点の画面は見る見る塗られていきました。薄く塗られた箇所を再度塗る拘りもあって、昼ごろには下塗りが終了していました。この塗りワザのチームが力量を発揮したのは、寧ろ午後のドリッピングで、単一に塗られた画面にさまざまな色彩を振りまいて斑点をつけていく作業です。これは所謂職人には不可能な作業ではないかと思っていました。「自由にやっていいよ」と自分は指示を出しましたが、彼女たちの絵画やデザインで培ったバランスが働いて、美しいドリッピングが完成していきました。全体を見通して適度に絵の具を散らせる感覚が一人ひとりにあって滅茶苦茶な状態にはならないのでした。それだけでも充分に作品になりうるような斑点が重なり、作業している子たちも楽しんでいました。今日の作業は計画より早く終わり、そのお礼として彼女たちを工房から車で15分のところにある横浜動物園「ズーラシア」へ連れていきました。自分も家内も久しぶりの「ズーラシア」でしたが、スタッフの中には初めて訪れる子もいて、楽しく充実した一日を過ごせたのではないかと思っています。陶彫部品と色彩の調整は明日の晩から始めようと考えています。

週末 「群塔」下塗り準備

いよいよ「発掘~群塔~」の最終工程である塗装の準備を始めました。大量の油絵の具が必要になるので、早めに購入しておきましたが、実際どのくらいの量が必要になるのか今も見当がつきません。明日、厚板の下塗りは複数のスタッフが手伝ってくれることになっています。全員が美術系の大学の在校生や卒業生で、油画やデザインを学んできた人たちなので、安心しているだけではなく細かな注意も要らないと思っています。下塗りした上にドリッピングを行います。いわゆるアクション・ペインティングで、さまざまな色彩を散らせます。斑点になった画面の上から、さらに時間をおいて霧状に絵の具を散らせて完成に近づけます。これは厚板の色合いと接合する陶彫の焼き締めた色合いを融合するために、油絵の具で工夫を凝らすものです。彫刻された木材全てに色彩を施す作業は、どちらかと言えば絵画的な表現です。絵の具を使って筆で描写をしないだけで、色彩の斑点に抑揚をつけるのはまさに絵画と言えます。私の作品は彫刻的な要素と絵画的な要素が共存する世界で、しかも部品を組み立てる集合彫刻であり、加えてスタッフが複数で協働する手間のかかる作業があります。それでも自分のイメージを具現化したいので、人的支援や施設面での環境をフルに使ってやっているのです。今日は7点の屏風の裏側に木材の補強を行い、さらに防腐剤を塗りました。明日の下塗りに備えて、まず自分一人で出来ることから始めて、仕事の外堀を埋めていきました。明日に期待です。

講演会「不揃いの木を組む」

今日も昨日に続いて一日出張で、神奈川県相模原市橋本で会議がありました。今日は神奈川県の管理職による総会で、午前中は昨年度の会務報告やら会計決算報告があり、今年度の計画や予算等が話し合われました。今日も自分は職場ではなく、直接開催場所である「杜のホールはしもと」にやってきていました。今日の会議・協議会の中で特筆できることがあったので、今回はこの話題を取上げます。午後から記念講演がありました。講演者は斑鳩の宮大工小川三夫氏。奈良県法輪寺三重塔再建工事や薬師寺復興工事に携わった人で、演題と同じ題名の著書もあるようです。職人の資質や修行に触れた講演で、自分は過敏に反応してしまいました。鑿を研ぐこと、鉋を扱うこと、もの作りの心得が、ものの道理というより感覚的な切れ味で自分の中に飛び込んできました。小川氏の許に集まった工舎の職人たちは集団生活を余儀なくされ、その逃げ場のない中で、お互いを知り、支えあう関係作りが成されるそうです。中途半端な知識を持って入舎してくる若者は、知識が邪魔をして成長を妨げる、器用不器用は関係ない、意欲の継続がその後の職人技を確かなものにする、細工だけの技術ならカタチが変わっていくはず、1300年前に建造された法隆寺のような寺院が変わらないのは、執念の技術があったればこそ、ホンモノを作っておけば解体された時にその真意が分かる等々、講演中の自分の走り書きを気の向くままに綴ってみましたが、何かものを作っていく上で大切な魂をいただいたような気がしました。さらに珠玉と自分が思ったコトバを綴ると、「煎じて煎じ詰めれば、最後は勘」、「木組みは寸法で組まず、木の癖で組め」、「木は生育の方位のまま使え」が挙げられます。何か心にズシンとくる講演会だったと思っています。

出張の後で美術館散策

今日は全国自治体の管理職が集まって会議を行いました。職種はここでは言えませんが、北は北海道から南は沖縄までの管理職が東京代々木のオリンピック記念センターに集まりました。自分も今日は職場ではなく、直接東京代々木に出かけました。会場にはキャリーバックをもった人も多く、やはり全国から集まっていることを実感しました。会議が早く終わって、そこから職場へ帰ると勤務時間をオーバーしてしまうので、これは神が与えてくれた珠玉の時間と考えて、せっかく東京に来ているので、自分は美術館に行こうと決めました。これは自己研鑽だと自分に言い聞かせ、参宮橋から渋谷に移動しました。渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ボッティチェリとルネサンス フィレンツの富と美」展を見て来ました。イタリアのルネサンス期の工芸や美術に久しぶりに触れたので心が弾みました。詳しい感想は後日改めますが、若い頃イタリアで見たボッティチェリの「ビーナス誕生」や「春 プリマヴェーラ」を回想し、懐かしい思いを抱きました。次に目黒に移動し、東京都庭園美術館で開催中の「マスク展」を見て来ました。仮面は自分が大好きな世界で、自分にもアフリカ仮面を中心にした収集があります。それだけにアフリカの仮面は見慣れていますが、やはりフランス国立ケ・ブランリ美術館所蔵の仮面は、質量ともに素晴らしく感銘を受けました。庭園美術館はアール・デコ様式の独特な雰囲気をもつ美術館ですが、その空間の中で仮面がなかなか映えて心地よい空気を感じました。これも詳しい感想は後日にします。今日は充実した一日でした。

「桃山時代の狩野派展」を振り返って

既に閉幕した京都国立博物館の「桃山時代の狩野派展ー永徳の後継者たちー」は、時代の権力者をパトロンとした狩野派の真摯に立ち向かった絵画史が垣間見れて、大変面白い企画でした。つい時間が経つのを忘れるほど見入ってしまったのは、その権力者が求める美に命がけで対応した一派が時代と共に変遷していく様子に興味がそそられたからです。織田信長や豊臣秀吉の、天下人の力を世に知らしめるために作らせた豪奢な建造物を飾った狩野永徳。その永徳亡き後に、狩野派は時の覇者を見極め、やがて徳川好みの華麗な美へと移行していったのでした。狩野派のしたたかな生き延び方に、一門を絶やしてはならないという並々ならぬ意志が見て取れました。その力作ばかりが並ぶ中でも、狩野孝信筆による「洛中洛外図屏風」や狩野内膳筆や狩野山楽筆による「南蛮屏風」に自分は惹かれました。展示の最後に狩野探幽の金地大画面が控えていて、狩野派の太く長い伝統を堪能できました。襖絵や屏風に見られる構成が時を追って微妙に移り変わっていく様子や、各時代を彩るそれぞれの画家を眺めていると、決して権力をバックに狩野派は胡坐をかいていたわけではないと痛切に思いました。

案内状の画像打ち合わせ

今晩、カメラマン2人が工房にやってきました。先日撮影した「発掘~丘陵~」の画像を個展の案内状にするため、いくつかの画像を持参しました。自分はその中で1点選び、案内状のフォームを決めました。個展の案内状の宣伝効果は抜群で、その画像を見て、人は個展に足を運ぼうかどうしようか決めるのです。出来るだけ興味関心を惹くような画像を選び出さなければなりません。ただし今回の画像のイメージは初めから決めていて、自分の思った通りの案内状になりました。写真は予め自分でイメージを持っている場合とカメラマンに完全に委ねる場合があります。どちらでも自分の感覚を刺激するものであれば、選択の対象になります。幾度かNOTE(ブログ)に書いていますが、撮影された作品とリアルな作品とは違う効果が期待でき、これはもう別の世界を形成していると言えます。デジタルな世界とアナログな世界との相違です。その双方とも優れた点があって、補い合っているとも言えるし、対峙しているとも考えられます。これは自分にとって大変面白く、刺激を受けるもので、日頃は素材に立ち向かっている自分はデジタルな画像を見て、ハッとする驚きがあるのです。今後も双方の世界を大切にしていきたいと思います。

代休 「群塔」緩やかな確認作業

今日は土曜出勤の代休で、「発掘~群塔~」の最終確認作業をやりました。ただ、妙に疲労感があって、通常のように朝から夕方まで工房に篭ることはなく、時折自宅に帰って休憩をとっていました。「発掘~群塔~」がようやく完成に近くなり、張り詰めていたものが緩んできた按配です。今日は若いスタッフが誰も来ず、自分はマイペースで過ごせたため、日頃の疲れが出てきたのかもしれません。自分が頑張らなければならない時は、若いスタッフはアーティストとして自分の課題に立ち向かっているので、私は彼らから大いなる刺激をもらっています。その関係は意欲を保つために大変効果的と考えています。長い制作工程の中には緩急があって、今日は緩やかな作業を行った日になりました。7点の厚板材を壁に並べて細かな修整を行いました。厚板材にはそれぞれ木彫した木材が貼り付けられています。小さな隙間をパテで埋めて、鑿跡のささくれを直しました。午後は陶彫部品を厚板材に接合するためのボルトナットや7点の厚板材を屏風にするための蝶番を買ってきました。来週末は塗装を行います。ついに制作工程の最終作業を迎えます。新作に貼る印を新しく作らねばならず、それはウィークディの夜にやろうかと思っています。

週末 「越中おわら節 第16回発表会」

家内は縁あって胡弓奏者として、越中おわら節を神奈川県や東京都の各地を回って演奏しています。家内と胡弓との出会いは、それほど昔のことではありません。家内は幼い頃からバイオリンをやっていて、さらに成人してから始めた三味線がありました。このバイオリンと三味線という東西の楽器の融合したものが胡弓だったわけです。音感や楽器演奏の下地があるため、胡弓の上達は早く、富山県八尾の生まれでなくても弾き熟せる要因がありました。また、家内は美大で舞台美術を学んでいました。声楽家の叔父がオペラの舞台に立っていた影響があって舞台美術家を目指していたようです。そんな家内が胡弓奏者として、また舞台美術家として、その双方の仕事を同時に担当する機会がやってきました。 「越中おわら節 第16回発表会」は家内が所属する団体が行っている発表会ですが、今日神奈川県海老名市文化会館の大ステージで、家内の舞台装置による演奏会が幕を開けました。装置は極端な遠近を取り入れた抽象形態を左右に吊り下げ、スケールを広げる効果を齎せていました。照明は場面ごとに情感を変える役目を果たし、踊り手やジカタを生かしていました。出演と裏方の両方をやる困難さと多忙さに一時は疲労していた家内でしたが、やはり舞台は面白かったらしく今日は溌溂とした姿でいました。早朝から2tトラックをレンタルして、相原工房から装置を搬出し、また搬入する手間を振り返っても家内は人一倍大変だったと思います。自分は若い工房スタッフ2人を連れて発表会を観に行きました。海老名市文化会館の大ホールは、ほぼ満員でフィナーレは大盛況でした。

休日出勤日に思うこと

今日は休日出勤日です。月曜日と差し替えて仕事を行いました。私の職場では年間1回土曜日を出勤日にしています。他の職場ではさらに多く休日出勤をしているところもあります。仕事の性格上、年間1回は休日に出勤した方がメリットが多いのです。現役で仕事をしている間、具体的なことは言えませんが、職場環境を周囲に理解してもらえる効果は抜群なのです。週末、自分は工房に籠もって制作に明け暮れています。今日の仕事に関して言えば、創作性のある個人的な仕事から業務としての組織的な仕事に変わっただけと考えていて、自分が必要とされる仕事を怠りなくやるだけです。仕事と休憩をONとOFFの切り替えと考えるとすれば、自分のOFFは公務や制作をしていない夜だけに限られます。一日中OFFだったことは病気で伏った以外はありません。これは幸せなことで、常に社会との繋がりを感じさせてもらえるこの頃です。今日は休日出勤日で電話応対が少なかったおかげで、いろいろなことが頭を過ぎりました。

「群塔」床置き再考

今晩も工房に来ました。目の前に置かれた陶彫部品の数々と木彫が貼り付けられた屏風7点、彫り始めた床置きの木彫の厚板。もう一度新作「発掘~群塔~」の全体像を整理して、完成のイメージの把握を試みました。カタチの取捨選択をどうするか、思えば過去の作品にもここの部分は無くてもよかったのではないかと思える箇所がありました。力み過ぎが、作品のもつ世界観や主張を妨げているとその時個展会場で感じたのでした。失敗ではないので鑑賞者にはわからない部分ですが、作者だけが拘るカタチの取捨選択です。では新作「発掘~群塔~」をどうするか、床置きの厚板を用意しているにも関わらず、そこを削除する決断、丸一日かけて作り上げた下書き、それらは無駄ではなかったと自分に言い聞かせながら、やはりここは無くしていく方向で仕上げていこうと決めました。自分の世界観を最大限に生かす配置方法を考えると、床には陶彫の塔だけが点在する方が良いと判断しました。因みに最後の窯出しも終わりました。全ての陶彫部品と「陶紋」が揃いました。残る制作工程は彩色です。彩色のために今後は準備をしていきます。「発掘~群塔~」の撮影日6月7日を目指して頑張っていこうと思います。

「群塔」床置き木彫の迷い

先日「発掘~群塔~」の床置きになる木彫のカタチをデッサンしたのですが、あんなに苦労して決めたにも関わらず、どうしても納得がいかず、今晩も工房で木彫の下書きを眺めていました。いっそのこと木彫を置かない方がいいのではないかと思いはじめています。高さのある床置きの陶彫が13点あり、それらを点在させるだけで充分ではないか、敢えてステージを作る必要があるのかと悩んでいます。陶彫13点がそれなりの存在感を示していて、寧ろそこに何もない方がすっきりするのではないかと考えました。床置きの木彫は既に彫り始めているのですが、全てを彫り上げてから不必要だったと考えるより、変更するなら今しかないと思っています。小さな修正は今までも再三行っていますが、初めに浮かんだイメージを変えていくのは決断が必要です。イメージの源は変えていませんが、より効果的に見せるために取捨選択を迫っているのだと自分に言い聞かせているのです。とりあえず木彫は置かない方向で考えてみようと思っています。そうなると先日の全体構成にかけた時間は何だったのかと思うところですが、あの日があったればこその変更だと考えるようにしました。未だ煮え切らない自分は、明日も帰宅後に工房に来て再考しようと思っています。結局今日の結論になるとは思いますが…。

日常から生み出されるモノ

朝が来て目覚め、夜に床に就く日常の繰り返しに、ふと我に返って考えることがあります。自分は創作活動をやっていて、自分の生きた証を残してきました。振り返れば毎年制作している作品に、その時の自分の思考や心理状態が反映していて、この作品を作っている時の自分はこんな事を考えていた、職場ではあんなことで悩んでいた、作品自体にも技術的に不満な箇所があってイメージ通りに作れないことを嘆いていたことを思い出します。それは現在も続いていて、創作活動は決して日常から切り離されているわけではないと熟々思うこの頃です。時間は何もしなくても過ぎていきます。その時の刹那に満足していれば、苦労して自分の心情を刻むことなど必要ないと思えるはずですが、浮き足立つ多忙感の中で、自分の今を刻む意思は自分自身が驚くくらい頑ななものがあって、それをして創作活動に立ち向かわせているのだろうと思います。日常から生み出されるモノ、それは表現として非日常のカタチをとってはいるものの、やはり今を反映させるモノであることに変わりはありません。

代休 床置き作品の全体構成

今日は関西出張の代休2日目になります。朝から工房に行って、昨日完成した「発掘~群塔~」屏風部分を確認しました。まだ焼成が終わっていない陶彫部品が3つありますが、木彫は接着まで終わりました。僅かな隙間はパテで修整して、今月終わりにある塗装に備えます。そこで今日は屏風の前に点在させる床置きの木彫に取り掛かりました。床に置く陶彫部品は13個あります。いずれも背が高く先端を尖らせたカタチを作りました。ひとつの塔を上下に分けて窯入れし、上下をボルトナットで接合するカタチです。その配置を考える上で、木彫部分を併用しようと思っているのです。木彫した面をを床全面に置くことは初めからやめようと思っています。木彫面を少なくすることで広がりを持たせようと意図したいからです。ちょうど大地が洪水にあって、所々突起している面が僅かに見えているイメージです。そこに突き出た群塔の荒廃した風景。あまり仔細にイメージを説明するのは無粋なので、このくらいにしておきますが、その木彫の全体構成に今日は神経を使いました。木材にデッサンを書いては消して、また書き加える繰り返しに嫌気がさしてきたこともありました。いっそのこと木彫が無くてもいいのではないかとも思いました。何とか妥協できるところを探して全体構成をまとめましたが、実際に彫り進んでみないと分からないというのが実感です。あとは時間との闘いになりますが、木彫部分を最小にしてみたいので、時間がきたらそこで終了という制作姿勢をとりたいと思います。今日は昨日より元気に動けました。ただ前述した通り床置きの木彫がしっくりいかない未解決な気分が残ってしまいました。

代休 屏風木彫の完成

金曜日から日曜日にかけて関西出張だったため、今日と明日は代休をとることにしました。朝のうちに職場に電話をして仕事の状況を聞き、何とか休めそうなので、今日は工房に篭ることにしました。芸大大学院の子が工房に来ていました。彼女は半立体の画面に象徴性の強いイメージで描写をしていました。来月からの短期留学が決まり、心の準備も怠り無くやっているようで、若い世代の中で彼女は大変な努力家ではないかと思っています。私は「発掘~群塔~」の屏風部分に当たる木彫の仕上げ彫りが完成し、厚板材に接着をしていました。これで屏風部分の木彫は終わりました。明日から床部分の木彫制作に入ります。床部分は大きく広がるので、室内ではなく野外工房を使おうと思っています。それに伴う材料を夕方買いに出かけました。昨日までの関西出張の疲れが残っていて、今日一日は身体が思うように動かず、作業は頻繁に休憩を入れながら進めましたが、何とか制作工程の中の今日のノルマを果たすことが出来ました。明日は気力が甦ってくることを期待したいと思います。

関西出張 第三日目

一昨日から関西に来ています。今日は日曜日ですが、関西出張のため明日と明後日は代休をとります。今日は大阪の道頓堀界隈にいました。休日の道頓堀は大変混雑をしていて、しかも夏のような気候で、とてもスーツを着ていられる状況ではありませんでした。実は昨日の京都からクールビズになってネクタイをとりました。今日は関東と関西の文化の違いをあらゆる場面で堪能しました。夕方には横浜に帰ってきましたが、一緒に出張した職場の人たちと仕事の疲れを労いながら、夜遅くまで杯を酌み交わしていました。ゴールデンウィークの後の2泊3日の関西出張で、仕事のペースが乱れがちになっています。週の後半は少しずつペースを取り戻していきたいと思います。今回スマートフォンの充電器を忘れていったので、バッテリーが切れて通信手段が使えなくなりました。利便さがなくなっても何とかなるものと思っていましたが、帰宅が遅くなったので家内は心配をしていたようでした。それにしても2泊3日の出張は疲れました。全体責任者として出る幕がなかったのは良かったことと思いましたが、何もせず美術館散策をしていたにも関わらず、神経は使っていたようで妙な疲れが残っています。

関西出張 第二日目

昨日から出張で関西に来ています。今日は京都にいました。毎年京都には来ているので観光地巡りではなく、仕事の合間には博物館や美術館を見るようにしています。社寺や庭園は京都全市に点在しているので、なかなか見に行く余裕が持てないのです。ちょうど京都国立博物館で「桃山時代の狩野派ー永徳の後継者たちー」と題された展覧会をやっていたので見て来ました。京都で見る狩野派の襖絵や屏風は格別で、質量ともに素晴らしい大作を集めた見応えのあるものでした。週末の土曜日ということもあって混雑はしていましたが、それでもじっくり鑑賞できたのは、作品の持つ迫力が大勢の鑑賞者に負けない強さを持っていると感じたからです。作品によっては極めて印象深いものがありました。詳しい感想は後日改めたいと思います。次に訪れたのは京都市立美術館別館でした。「モダンアート展」が東京から京都に巡回していたので見て来ました。職場に自分と同じ二束の草鞋生活をしている人がいて、彼は公務員をやりながら抽象画家として同会に所属しているのです。金属が腐食されたような趣きをもつ背景に、太い筆で青色が一気に引かれた画面、そこに微妙な擦れがあって凹凸を錯視させる世界が広がっていました。昨年以上に今年の作品に発展性を見てとりました。今後に期待しています。最後に同館の近くにある京都国立近代美術館で開催されている「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」を見て来ました。台湾のヤゲオ財団によるコレクションを展示したもので、欧米とアジア諸国の代表的なアーティストによる作品が来日していました。詳しい感想は後日改めますが、久しぶりに現代美術に接したので、自分としては新鮮さも手伝って空間の斬新さが印象に残りました。

関西出張 第一日目

今日から2泊3日で関西方面に出張です。毎年この時期に泊りがけの出張があります。当然仕事ですが、仕事の合間に時間が出来るので、研修を予ねてあちらこちらを見て歩くことにしています。第一日目は奈良に行きました。奈良公園で目に入ったのは「春日大社 第六十次式年造替記念 国宝御本殿 特別公開」の横幕でした。以前、春日大社に来たときは修復工事の最中でした。今回は特別参拝で普段足を踏み入れられない奥まで見ることができると案内にあったので、拝観料を払って入ってみました。春日大社の御本殿は四棟が横一列に並んだ建築様式で、獅子や神馬などが壁に描かれていました。屋根は檜皮葺で、柱は鮮やかな朱色に塗られていました。神社建築は僅かに反り返る屋根に特徴があって、切れ味のよい屋根の角度が心地よく感じられます。拝観時に頂いた「春日之竹柏(かすがのなぎ)」という小袋の中に竹柏の葉を模したものが入っていて、竹柏の木は古くから榊の代わりに神事に用いられた神聖な木とされているようです。これは古来から人々の信頼と愛情を得るお守りとされてきたと、袋裏の解説にありました。仕事の合間に良い機会を得ることも多いのですが、近鉄奈良駅から春日大社まで歩く参道がとても長くて、暑さでへとへとになりました。

5月RECORDは「舞」

今月のRECORDのテーマを「舞」にしました。「舞」には風に舞う軽やかなイメージがあります。花びらや蝶が舞う春爛漫の風景が目に浮かびます。「舞」には嬉しさ溢れる情景とともに儚さも感じられ、刹那的な美しさを表現するのも一興かもしれません。そうは言っても今夏発表する予定の彫刻作品が佳境を迎えていて、先月に続き相変わらず苦しい中でRECORDは制作を余儀なくされています。一日1点という自分に課した条件は、気持ちのムラを与えてくれず、毎晩眠気と闘いながら、下書きの鉛筆を動かしています。彩色は5日間でまとめて行いますが、それすら時間的な厳しさがあって、なかなか捗りません。気持ちの上で軽やかになり、天空を舞うような作品が生まれることを祈願して、今月も継続していきます。

連休5日目 「丘陵」撮影日

ゴールデンウィーク最終日を迎えました。制作に次ぐ制作の5日間でしたが、充実した時間を過ごせました。初日に工房の電源アクシデントがあって窯の状態を心配しましたが、何とか危機的状況を回避して「発掘~丘陵~」に設置する陶彫部品は全て無事に焼成できました。今日を迎えることが出来たのは幸運としか言いようがありません。今日は「発掘~丘陵~」の撮影日で、工房には最近それぞれ創作活動を展開している若手女性スタッフ2人と、自分の後輩にあたる男性彫刻家、加えて家内と自分の5人が揃いました。カメラマンは2人。午後から計7人で「発掘~丘陵~」の撮影が始まりました。初めに野外工房に作品を設置して、自然光による撮影がありました。4分割された「発掘~丘陵~」に筒状の陶彫部品を40点置いて、上空から狙った撮影に暫し見惚れました。それから室内に4つの直方体をひとつずつ運び込み、1点ずつの撮影になりました。撮影時間は3時間くらい。撮影の最後に自分のポ-トレイトは猫のトラ吉と一緒に撮っていただきました。「アーティストが愛した猫」(エクスナレッジ)に倣って、表紙のピカソになりきった自分に可笑しさを感じながら、ピカソが抱いている猫にトラ吉は引け目を感じさせない堂々とした猫であることがわかりました。連休5日間を通して全体としての印象は、前半ドキドキで、後半ワクワクの苦しく楽しかった5日間だったと思い返しています。次は「発掘~群塔~」の完成に向かって頑張ります。

連休4日目 「群塔」「丘陵」「陶紋」の制作状況

今日は連休4日目になりました。こどもの日ということで各地で楽しいイベントがあったようです。工房にあるFMラジオからイベントや渋滞情報が発せられていました。今日も朝から夕方まで制作に追われました。「発掘~群塔~」は7点の屏風のうち木彫を厚板に2点接着し、昨日の2点と合わせると4点になりました。残り3点ですが、最後の1点の仕上げ彫りがまだ未完成です。今日の午後は最後1点の仕上げ彫りを行いましたが、夕方までに完成せず、次回の持ち越しになりました。7点の屏風に接合する陶彫は全て出来上がっていますが、これから焼成する作品が大小6点あります。容量を見ると2回分の窯入れです。「発掘~群塔~」は明日の撮影に間に合いませんが、あと1ヶ月あれば何とかなりそうです。「発掘~丘陵~」は昨日窯出しをして、40体の陶彫部品が全て完成し、明日の撮影に間に合って胸を撫で下ろしました。金曜日に電源のアクシデントがあって焦りましたが、間一髪で完成の運びになりました。精神的には厳しい綱渡りで、心臓がドキドキしました。「陶紋」は8点出来上がり、あとは窯入れするばかりです。これも明日の撮影に間に合いませんが、「発掘~群塔~」の残りの陶彫部品と一緒に窯に入れる予定です。今年の夏に発表をする作品は、今まさに大詰めの工程を迎えています。因みに自分の疲労もピークです。工房にいる時、私は元気に動き回っていますが、自宅に帰るとソファにひっくり返って、そのまま暫し眠ってしまいます。連休になってから筋肉痛が取れません。明日はいよいよ「発掘~丘陵~」の撮影日を迎えます。

連休3日目 工房内外で制作

連休3日目を迎えました。今日ほど相原工房が賑わったことはありません。室内工房では若いアーティスト2人がそれぞれ平面作品に取り組んでいて、私は昨日から継続している木彫制作に挑んでいました。野外工房では家内が「おわら同好会」の人を連れて、舞台装置の制作をしていました。朝9時に中国籍の子から連絡があって、2人を二俣川駅まで自家用車で迎えに行きました。2人を乗せて工房に戻ってくると、既に家内たちは野外工房に材料を運んでいて、制作に入るところでした。海老名文化会館の大ステージにのせる装置は巨大で、その木組みされた抽象形態を黒く塗る作業に入っていました。私たちも朝のお茶を飲んでから、それぞれの作業に取り掛かりました。私は屏風になる7点のうち木彫が終わった2点に対し、厚板と木彫部分の接着を行いました。クランプで接着した箇所を押さえました。それから屏風6番目の木彫仕上げ彫りに入りました。家内を手伝っている「おわら同好会」の人は、もともと表具師で、たまに私の木彫を見にきて興味深そうにしていました。私が愛用している幅広の丸鑿は、表具や大工仕事には使わないので、初めて見る道具ばかりでそれが珍しいと言っていました。建築業に比べれば、彫刻家は滅多にいない存在であることは確かです。室内工房で制作をしている私たちは、通常通り午後4時に作業を終えました。野外工房で制作をしている家内たちはまだ作業が終えられず、あと2時間くらいやると言うので、私は2人を駅まで送りました。木彫、平面作品、舞台装置が同一空間で展開した充実の一日になりました。