家電製品に関しては我が家はかなり遅れています。パソコンもXPをずっと使っていて、数年前に動かなくなり、仕事に差し支えるので新製品に替えました。洗濯機も冷蔵庫も長く使っていて、いつ壊れてもおかしくない代物です。電話も子機が壊れたまま放置している状態です。とくに不便を感じなければ、そのままにしてしまうのです。先日テレビが映らなくなって、大手家電量販店に行って相談したところ、今どきブラウン管テレビを使っている家はないと言われました。家電に関しては流行を追うことはないのですが、テレビは新しい薄型を購入することにしました。今日、その58V型テレビがやってきました。大きな画面に暫し見惚れました。とくに最近はBSでやっている国内外の旅番組を見ることが多いので、これからは結構楽しめると思います。映像技術の進化は凄いなぁと思いつつ、視覚情報の多さに慣れてしまっている自分に気づきました。テレビが壊れている間は、新聞を隅々まで読んだり、家内と会話をしたり、じっくり音楽を聴く時間がありました。RECORDも進みました。パソコンやスマホを含めた情報機器は自分の生活にとって良いのか悪いのか、改めて高画質のテレビを前にして、ちょっと考える場面もありました。
週末 工房を避けて自宅で制作
2014年 7月 27日 日曜日
工房に行きましたが、あまりの暑さのため工房での制作を断念しました。昨日ギャラリーから搬出してきた木箱を確認して、毎年呉服屋さんの女主人から個展用に贈っていただいているランの花を、搬出荷物の中から取り出し、自宅に持ち帰ってきました。自宅玄関に見事なランが咲いていて玄関を明るくしてくれています。今日は本来なら来年の新作用に土練りをする予定でした。暫く土練機を使っていないので手入れをしながら、土を練ろうと思いましたが、強烈な暑さのため持ち越しです。代わりに自宅でRECORDや来年の作品のイメージをまとめることをしていました。来年の作品は陶彫で作った塔が群を成して点在しているイメージがあります。新作は木彫を併用するので、鑿の手入れをしておかねばならず、これも一仕事だなぁと思っています。以前より自分は暑さには人一倍強いと自負していましたが、最近の熱中症報道で、少しばかり腰が引けています。スタッフがいない工房で倒れたら、誰も助けに来ないので、そこは自制していこうと思いました。
2014個展の最終日
2014年 7月 26日 土曜日
東京銀座のギャラリーせいほうでの9回目の個展が、今日最終日を迎えました。今年展示した「発掘~層塔~」の陶彫部品は今までの最大数を誇り、評判もまずまずでした。「発掘~層塔~」と「発掘~増殖~」を合わせると100以上の陶彫部品をこの1年で作ったことになります。蓄積してきた労働の成果に我ながら驚きますが、それでも目指すところはまだ遠く、作品は多くの課題を残しています。この作品で全てを出し切れたと言えず、まだまだイメージは尽きません。来年こそ燃え尽きるまでやると決意を新たにしているところです。最終日にも多くの知人友人や職場関係の方々が画廊に足を運んでいただきました。本当に深く感謝しています。1年1回のコミュニケーションですが、大切な時間を与えていただいているなぁと痛感します。来年もギャラリーせいほうで個展をさせていただくことになりました。来年は10回目の節目の個展になりますので、またご高覧いただけると幸いです。さて、搬出作業ですが、懇意にしている運搬業者3人とスタッフと家内と私の合計6人で行いました。解体、梱包、運搬とも陶彫部品の数の多さ、困難な状況にも関わらず、額に汗してテキパキとやりました。トラックが横浜の工房に帰ってきたのは夜9時になっていましたが、自分はやり遂げた満足感を持ちました。また来年、創作の炎を燃やし続けていきたいと思います。
「表象の多面体」を読み始める
2014年 7月 25日 金曜日
「表象の多面体」(多木浩二著 青土社)を読み始めました。「視線とテクスト」に次ぐ評論家多木浩二の著作です。本書では4人の芸術家、写真家、建築家を取り上げて、敢えて異なる世界観を持つ作品を大学で論じ、学生たちに刺激を与えようとしたものです。多面体という表題はそこからきていると思います。取り上げられている4人は芸術家キーファー、写真家ジャコメッリ、写真家アヴェントン、建築家コールハースです。それぞれ画像もあって比較的分かりやすい論文になっています。この4人の作家のうちキーファーの作品は、以前箱根にある彫刻の森美術館で見た記憶があります。藁を積んだ作品や木材を焦がして炭化させた巨大な作品が印象に残っています。他の3人の作品についても頭の片隅にありますが、本書を通じて理解を深めたいと考えています。本書は図版が多いため短時間で読めるのではないかと思います。
「視線とテクスト」読後感
2014年 7月 24日 木曜日
「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)を読み終えました。著者である評論家多木浩二は3年前に他界し、本書は遺稿集として出版されたものです。知の遺産の継承として編集され、主に建築や家具についての評論が編者によってピックアップされて掲載されています。数人の建築家を取り上げた作家論もありますが、ほとんどが建築や都市に纏わる意味論が中心です。思索の中には難解な箇所も多く、読み砕くのに時間がかかりましたが、人間の意識を建築や都市計画によって変容させ、そこに新しい価値や意味を込めることが、豊かに生きていく道標になることを思い知らされました。デザインの目的、発想構想、その役割等々が論じられている箇所にも注目しました。私がやっている彫刻とは異なり、扱っているテーマが常に生活と関わりのあるモノだけに、その意味を考え、価値を見いだすことに大変な労力を費やした評論であることを、本書を読み終えてから実感しました。度々登場する記号論については、再度自分の中で記号の持つ象徴的な意味合いを整理しておく必要を感じました。何かまとめになる文章の引用を考えましたが、内容が凝縮されているため、これぞまとめという文章が見つからず、というよりいっぱいありすぎて、敢えて引用をせずに終わりたいと思っています。
個展&展覧会鑑賞
2014年 7月 23日 水曜日
今日も昨日と同じで午前中職場に出勤し、午後は年休を取りました。午後はギャラリーせいほうの個展会場に向かう予定でいましたが、ちょっと寄り道することにしました。職場では数社の新聞を取っていますが、そのうち日本経済新聞の美術欄が目に留まり、バレエに使われた衣裳の展覧会があることを知って、寄り道することにしたのでした。場所は東京六本木の国立新美術館。当館に到着すると、まず混雑している展覧会が目に付きました。これは「オルセー美術館展」でした。確か有名な作品が来日しているはずと思って、ここにも入ってみることにしました。なかなか優れた作品が来ていて、成程これは混雑するわけだと思いました。詳しい感想は後日にします。肝心の「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」は期待通り楽しい展覧会でした。色彩とカタチの斬新さに目を奪われました。画家のブラックやデ・キリコも参加していたようで、バレエの衣裳だけで見せられる展覧会はなかなかあるものではないと思いました。これも詳しい感想は後日にします。午後3時頃になって銀座のギャラリーせいほうに到着すると、芳名帳にやはり知人友人の名前があって、自分が不在のため申し訳ないことをしたと思いました。来てくださった方々に感謝いたします。因みに明日は職場の仕事があって銀座には行けません。
個展&いとこ会
2014年 7月 22日 火曜日
個展2日目になります。午前中は職場に出勤して、午後は年休を取り、東京銀座のギャラリーせいほうに行きました。自分の個展とは言いながら、静寂した中で自分の作品をずっと眺めているのは精神的にキツいものがあります。昨日のパーティーのように人が大勢来てくれた方が気楽に過ごせます。こうした作家としての息苦しさは家内やスタッフでもわからない感覚だと思います。個展開催は誉れある喜ばしいことですが、一方で早く終わってほしいと思っている自分がいます。今日は家内のいとこがギャラリーに集合して銀座で飲み会をしたいと言っていました。いとこの一人が三井物産に勤めていて、今日アメリカの営業会社から一時帰国するというので急遽飲み会になったのです。彼は現地で社長に就任していました。例年正月にやっているいとこ会ですが、今日も楽しいひとときを過ごしました。個展期間中はよく銀座に通っていますが、銀座には素敵な店がたくさんあるなぁと改めて思いました。
個展9回目のオープニング
2014年 7月 21日 月曜日
今日から東京銀座のギャラリーせいほうで私の個展が開催されます。今年で9回目の個展になります。初めての時のようなワクワク感は自分にしては半減したもののオープニングにはいろいろな知人友人が訪ねてくれました。高校時代の友人は40年ぶりに会いました。輸入ワイン会社の取締役をやっている方は、自分がウィーンで学生をやっている時代に知り合った方なので、この人は30年ぶりの再会でした。例年来てくれる鎌倉彫師の安斉文隆さん、懇意にしているカメラマンや現在の職場の方や橫浜の行政の方も来てくれました。夕方から企画したオープニングパーティーには師匠の池田宗弘先生をはじめ、紀行作家のみやこうせいさん、建築家の大脇晋平さん、芸大大学院生や多摩美大学院生たちが来てくれて盛大なパーティーになりました。改めて来ていただいた方々に感謝申し上げます。ギャラリーせいほうは企画画廊なので、作品販売を目的としていますが、自分としては知人友人と会える機会として大切なコミュニケーションスペースなのです。個展はこうした要素もあって毎年続けたいなぁとつくづく思います。
週末 個展搬入日
2014年 7月 20日 日曜日
いよいよ個展搬入日になりました。例年頼んでいる運搬業者2人、工房スタッフ3人、家内と私を含めて総勢7名で搬入展示作業を行いました。朝9時半に工房のガレージを開け、トラックに木箱35箱、箱に入らず垂木で組んだ梱包作品1個、シートで梱包した板材15個、加えて工具箱を積み込み、一路東京銀座に向かいました。渋滞もなくギャラリーに到着したのが11時前。荷物をトラックから降ろし、梱包を解いて設置を始めました。昼食はいつものように銀座ライオン。最終的に照明まで終わったのが15時半くらい。工房スタッフと家内と私は横浜に帰ってから早めの夕飯をレストランでとりました。今回はアクシデントもなく…と言いたいところでしたが、「発掘~増殖~」の小さな陶彫部品が見当たらず、再度工房を探すことになりました。結局工房では発見出来ず、きっと木箱の中で置きっ放しになっているのではないかと思って、夜になって運搬業者宅を訪ねることになりました。これが的中し、思っていた通り木箱の中に小さな陶彫部品がありました。木箱の中に複数の陶彫部品をエアキャップに包んで入れたので、見過ごしてしまったのでしょう。今年の教訓になりました。明日の初日に陶彫部品は鞄に入れて持って行きます。何だか今年も搬入でひどく疲れましたが、気を取り直して明日から個展開催です。
週末 搬入準備のためギャラリーへ
2014年 7月 19日 土曜日
今日はギャラリーせいほうへ行き、鍵を預かってきました。画廊主の田中さんと会って、明日の段取りを説明してきました。銀座大通りは外国人観光客が多くて、いろいろな国の言葉が飛び交っていました。いよいよ明日が搬入日になります。工房スタッフにも連絡をして、搬入の手伝いをお願いしました。明日持って行く道具は明朝早く確認したいと思います。昨年は忘れ物があって、横浜と銀座間を2往復してしまいました。幸い首都高速が混雑していなかったので助かった記憶があります。工房ではボルトナットを余分に黒く塗装したり、インパクトドライバーやら螺旋釘やらを工具箱に入れました。果たして今回はどんな展示状況になるのでしょうか。明日のことを考えて、今晩は早めに休みたいと思います。
ガーデンテラスの慰労会
2014年 7月 18日 金曜日
職場でビアガーデンを楽しもうという企画が持ち上がり、幹事が屋上ビアガーデンに連絡したところ、どこも予約でいっぱいでした。三連休前の金曜日とあっては場所を見つけるのにも一苦労で、2階のガーデンテラスのついたレストランを見つけてきた幹事には頭が下がりました。私たちの職場には正規職員の他に非常勤や大学生アシスタントが数多くいて、安価で楽しめるのが条件になっているのです。場所は横浜中華街で食べ放題・飲み放題がついていました。職場の面々はよく喋り、よく飲みます。日頃の苦労を吐露し、親睦を深め、また来週からの仕事に邁進する、そんなコミュニケーションを持つことが大切と思います。中国籍の大学生アシスタントが、実は横浜中華街に初めてきたというエピソードもありました。昼に私が味噌汁を用意し、大鍋コミュニケーションをやったところですが、その時に味噌汁は駄目だけど味噌ラーメンなら食べられるという不思議なニュージーランド人職員がいて、楽しいひと時を過ごしたところでした。他にも精神医学を学びながら仕事を手伝ってくれている医大生もいて、ともかく我が職場はバラエティに富んだ職員構成になっているなぁと、職員全体を見渡してつくづく感じました。
記録の蓄積癖
2014年 7月 17日 木曜日
自分はこのNOTE(ブログ)の他に、小さな手帳に毎日の記録や予定を書き込んでいます。小さな手帳は公務員としての仕事内容に関するもので、出張や提出書類の期限、職員の動き等々も自分なりに書いています。管理職になる前から記録は続けていて、手帳は既に10冊以上が手元にあります。ある部署の長を仰せつかった時から始めたので、もう10年以上の記録を残しているのです。NOTE(ブログ)も日々綴っていて、これには彫刻の制作状況や美術館での鑑賞、読書の感想等々を書いています。RECORDもそうですが、記録の蓄積は自分にとって大切なもので、定年退職後もNOTE(ブログ)だけではなく、アナログな記録をしていくように思えます。母も日記をつけるのが好きなので、そこが似たのかもしれませんが、母は日記によってボケ防止にも繋がっているように思います。彫刻に関して言えば、自分の彫刻は労働の蓄積で成り立っています。日々蓄積すること、これはもう自分の癖と言うより他ありません。
ヒトラーの都市
2014年 7月 16日 水曜日
都市に纏わる論考が続きますが、「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)の中に次々と自分の興味を掻き立てる箇所が出てくるのでご容赦願います。ヒトラーと言えば20世紀の独裁者として最大の禍根を残したことで有名です。そのヒトラーが政権の担い手として登場してくる背景は「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)に掲載されていて、当時の情景を想像しながら私は興味深く読みました。当時ヒトラーが政治的威力をモニュメンタルな建造物を通じて表示したいと願っても不思議ではありません。「ナチズムは男性原理だけから成っていた。以前に指摘したように『原都市』とはもともと女性的なものを原基に成り立っていたのである。そこにさまざまな時間的、空間的象徴をうみだすことで『都市』は姿を現してきた。この女性的なるものは、大まかに無意識と言い換えてもいい。とすれば『ヒトラーの都市』は、ある瞬間、もっとも『都市』から遠い虚構になるわけである。巨大性症候群とよんだものは、むしろこの無意識から、都市をできるだけ引き離す虚構化の仕掛けであったかもしれない。~略~ニューヨーク・タイムズの記者は『筆舌につくしがたい美しさ』を讃えたが、この恍惚は抑圧された衝動の現われという、ある意味ではグロテスクなものにほかならない。~略~ほんとうにグロテスクなのは、大衆とヒトラーとのあいだに成立する関係であろう。~略~ヒトラーは救世主のように現われ、イエスかノーかという単純な答えでしか応じられないような問いを投げかける。それにイエスかノーで応答するにつれて大衆はひとつになる。~略~ヒトラーが聖書のレトリックを巧みに使ったとしても、救世主というより、むしろ、殺された原父の記憶によびかけているようには見えないだろうか。~略~ヒトラーがいかにおぞましかろうと、それは伝統を一歩も出ていないのであり、その父性原理を内部からもっともグロテスクに戯画化したとは言えないだろうか。ヒトラーの都市はある意味で西洋の都市に潜んでいたものではないか。」
都市について Ⅱ
2014年 7月 15日 火曜日
昨日のNOTE(ブログ)の続きです。現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)に「原・都市」というコトバが出てきます。都市誕生の契機が述べられていて注目しました。「まだ定住地をもたない人間が大地の上にひとつの領域を描きはじめたときにすでにこの原・都市はうまれていたのである。『原・都市』は自然と文化との対立をうみだすというより、自然を経験する人間の生の形式化であったように思われる。移動する生活の中心に神話的なしるしが立って空間をうみだすようになり、またマンフォードが指摘しているように、生きた人間の定住に先立って『死者の都市』(埋葬地)が生じ、墓は移動する人間にとって、時をおいて帰ってくる動かぬ目印になることもありえたかもしれない。自然と死は、いまの都市の観点からみると都市の反対物のように見えるが、その経験によって、はじめて、原・都市の空間はかたちをとりはじめたのである。自然と死、そして性が都市を成り立たせたマトリックスである。女性の性的な力、女性による農業の発明などは、狩猟者のとがった武器に象徴される男性的なものよりも根深いということもできよう。『原・都市』は死や性的欲動の空間を、神話的な知のなかに組みこみ、それを大地に象徴的空間として描きだすエクリチュールから生じていたのである。」
都市について
2014年 7月 14日 月曜日
自作が発掘された都市景観をイメージしていることから、とりわけ都市についての論考が気になるところです。私は西欧都市の廃墟を見て、その外観だけではなく人々が住まうコスモロジーとしての原風景にも思いを寄せています。現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)に興味を持った箇所があったので引用します。「現在のとりとめもなく拡散した都市に比較して、かたちをもち、閉じた空間であった時代の都市を解読する面白さも、たんに廃墟の懐かしい安心感に誘われるからではない。それは都市の記憶を思考によってよびさますことが、比較的容易に行なえるからである。都市の原風景、母型、場所などを回復することである。~略~都市の解読を通じて私たちが理解するのは、それが古代都市であっても19世紀の都市であっても、その空間を構成している道路や建物の配置、祭りの日の出来事、日々の生活の細部ばかりではない。~略~街路が子供たちを追い払うまでは、都市はざわめいた血が循環する生きた宇宙の混沌と別の秩序ではなかった。それをとりこんで形象化していたものである。細部が明らかになればなるほど、脈絡なく渦まくさまざまな事象が、ある象徴的な体系によって全体として調節され、統合されていることが見えてくる。具象のヴェールを透かし、都市というかたちをとってはじめて見えてくる無形の知がある。」
週末 工房の片付け Ⅱ
2014年 7月 13日 日曜日
今日も朝から工房に行き、来週に迫った個展搬入のための片付けを行いました。倉庫部分はかなり整理が進みました。工房に時々来ている若いスタッフの絵の具やら薬品が結構大量に見つかって、それもダンボールに入れて整理しておこうと思っています。おそらく若い子たちも自宅の部屋では手狭になるので、制作用具を全て工房に運んできたのでしょう。搬入業者が昼ごろ工房を訪ねてきました。下見をしていきましたが、ガレージの外側にある大きな樹木の枝がトラックの邪魔になると言っていました。午後は梯子と鋸を持って樹木の枝払いを行いました。何とか今回の搬入搬出の準備は整いましたが、倉庫が一杯になるのは時間の問題かなぁと思います。彫刻家は誰でも作品の保管場所に頭を悩ましていると思います。池田宗弘先生は真鍮の作品なので自宅兼工房エルミタの周囲の森の中に置いてあります。自分も陶彫は野外に置けるかなぁと思っていますが、今のところ何とかなっています。野外工房に作品を点在させる日はそう遠くはないように思えます。次の週末は最終確認を行って日曜はいよいよ搬入です。
週末 工房の片付け
2014年 7月 12日 土曜日
工房は半分が制作場所、半分が倉庫になっています。倉庫部分はガレージがあって作品の搬入搬出が楽に出来るように設計しました。作品の収納が最近増えてきて、倉庫部分の模様替えをしないと収納しきれなくなるのではないかと懸念しています。陶彫作品は部品を作って組み合わせるため、陶彫部品一つひとつを木箱に入れて収納しています。そのため作品の体積が増えて、倉庫には箱詰めされた作品が大量に積んであります。今年の夏に発表する作品は、既に梱包を終えていますが、今までになく大量の箱に収まっています。今年の作品の個展後の収納場所を確保するために、今日は工房内の片づけを行いました。昨年の作品の箱がガレージ近くに置いてあったので、それを中に収めるため、小品や消耗品を整理して昨年の作品を奥へ移動しました。昨年の作品も10箱以上あったので、忽ち汗が噴出し、シャツを替えながら作業をしました。うっかり箱を落としそうになって足をくじいてしまいましたが、大事には至っていません。細かな整理は明日に回します。暑い中での作業は長く続けず、夕方早めに終了しました。
台風一過の暑い一日
2014年 7月 11日 金曜日
台風8号が夜明けに関東地方を通過し、幸い横浜は交通機関の影響はなかったものの、今日はうだるような暑さに見舞われました。私は早朝職場に行って施設を確認し、その後すぐに別の場所での会議に出かけました。午後も場所を変えて会議があって、職場に戻ったのは夜でした。移動中の暑さは尋常ではなく、職場関係者の熱中症を心配しました。まだ横浜の梅雨明け宣言はありませんが、真夏の暑さがやってきたなぁと感じています。明日は工房で倉庫の片づけを予定していますが、この暑さは明日まで続くのでしょうか。職場や出張先の会議場にはエアコンがありますが、工房は大型扇風機のみです。毎年うだるような暑さの中で制作をやっています。それが常態化しているので、暑くないと制作をしている気にならないと感じるほどです。20年前ならともかく今年は大丈夫かなぁと思います。無理のないところで週末の作業をしたいと考えています。
7月RECORD「溝と溝を繋ぐもの」
2014年 7月 10日 木曜日
人との日常的な関係の中で自分は心理的な相違を感じることがあります。正直に言えば人付き合いは骨が折れるなぁと思います。たとえ親兄弟と言えども別個の人格であるため、それぞれが孤立した感は否めません。人間は社会的集団として生きて組織を作りますが、他者との共有感情は敢えて意識をしなければ持続できるものではありません。高度に分業され構築された社会システムの中で、私たちは日々生きて、常に他者との摩擦の渦中にあると言っても過言ではありません。前述した心理的な相違、または摩擦を「溝」として視覚化するのは難しい課題かもしれませんが、そんなに難しく考えず、人と人を繋ぐ「絆」を表せばいいのではないかとも思います。震災があって共有感情が芽生えました。震災を経験したという意識があってこそ関係を持続しなければならない「絆」ですが、契機はどんなものであれ「溝と溝を繋ぐもの」を今月のRECORDのテーマにしたいと思います。
「図」の誕生について
2014年 7月 9日 水曜日
「たとえば三万年以上も前の人間のはじめての図示表現は、リズミカルな刻みであった。またピアジェは、幼児にみる感覚運動的シエマの初期の形態も『いろいろリズム構造』であることを発見している。このふたつのリズムは交わりあっているのだろうか。そうだとしてもそのリズムはどこからきたのか。われわれの身体の内部、筋肉の動きや心臓の鼓動という生物的な構造からきたかもしれないし、天体や季節の周期性からきたかもしれない。とにかく『図』は単純に知覚を道具に世界を反映しているというだけのものではなく、その構造にわけいって、先をたどりはじめると、ほとんど人類の誕生や宇宙の生成というところまでつづく時間のトンネルのなかをくぐりぬけていくことになろう。」引用は現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)からです。「図」と「ことば」についての関わりをさまざまな資料から多面的に論じたもので、「知覚と表記(理性)のたわむれ以上の総合的構造」を求めた著者の意図がよく伝わります。
椅子に関する考察 Ⅱ
2014年 7月 8日 火曜日
昨日のNOTE(ブログ)の続きです。「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)の中に椅子に纏わる論考があり、興味深い箇所がありましたので、引用いたします。「作法と空間全体との相関性は、たとえばユカ…人間の足下にあるユカのちがいをうみだしている。それが南方から大陸を経て日本に渡来した高床とどれほど関連があるかわからないが、日本にしろ中国にしろ建築の様式はユカと地面とをはっきり切りはなしている。そして日本のユカはユカ全体が人が座るための席のようなもので、家に入るとはユカに上ることである。日本の空間ははてしない自然との連続性だけがとりあげられやすいが、それは壁や柱によって全体から分節されていないだけであって、地表とユカの関係からいえばはっきり不連続な分節構造をもっているのである。~略~一定の高さとして生じる椅子は地面に座っているものに対して威圧的な造型である。高さはつねに象徴的な価値をおびるのであるが、日本のユカの場合、ユカのレベルを変えて象徴的価値を付与しているところからいっても、行為の分節表に照合してみると、日本のユカと西洋の椅子が等価にあらわれてきて、空間の構造のちがいはあきらかになる。」甚だ長い引用になりましたが、日本の作法と建築様式の関係がよく表されているところではないかと思います。
椅子に関する考察
2014年 7月 7日 月曜日
現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)に椅子に関する論考が掲載されていたので、興味を持って熟読しました。私は椅子やテーブルに学生時代から関心があり、若い頃は工業デザイナーを目指した時期もありました。本書には椅子の座る機能と同時に意味論まで総括されています。椅子を文化として捉えた背景が伺える箇所を引用します。「北欧の森のなかでは人間は枝のついたままの幹を切り、幹を二つに割って下面に出た三本の枝を脚としたスツールをつくっていたといわれる。このハンドワークとしてはもっともプリミチーフなもののなかにもはや単なる転用をこえた道具の制作がみられる。それはもはや自然物ではない。このような道具は自らがそのなかにいるあらたな人工物による世界を開示している。はっきり、人工物としての椅子、道具としての指示性の記号を身におびた道具=椅子がうまれ、これに座るようになったとき、自然物をそのまま転用した〈野蛮〉に対して〈文化〉と見なすことができるし、そのころから、座ることの文化的ーつまり社会的、制度的な意味が生じてくるのである。」
週末 梱包完了&おわらの夕べ
2014年 7月 6日 日曜日
今日は工房に篭って梱包の最終作業に追われました。木箱に入らない陶彫部品が1点あり、垂木で直方体の骨組みを作り、そこに収めました。来週は工房の片付けと接合部品の確認を行います。やっと梱包が完了しました。運送業者の手配も行いました。業者も毎年やっていただいている方々で搬入搬出に慣れているのですが、来週下見に来て荷物の量を確認するようです。今日は工房に新しいアーティストの卵がやってきました。2年前に中国から日本に留学してきた女性で、現在は美大の大学院でグラフィックデザインを学んでいます。エスキースを見ると大陸的な雰囲気を感じさせる一方、生真面目に現代デザインに取り組んでいて好感を持ちました。中国の一人っ子政策のため自分は一人っ子なので、いずれ両親に介護が必要になれば帰国しなければならない、きちんと就職しなければビザが切れてしまうので今は就職活動をしている、でもアートを日本で続けたいので相原工房を使わせてほしい等々の話題が飛び出し、その他日中の政治的な微妙な関係やら文化の共通理解やらで、暫し時間を忘れてしまいました。外国籍のアーティストはグローバルな感覚を持ち、また目標に対して貪欲で、自分も教わることが多々あります。夕方、近郊の商店街で「おわら風の盆」を行うので、家内が胡弓の演奏に出かけました。中国からの留学生は「おわら風の盆」を見たいと言うので一緒に出かけました。彼女は中国の二胡に似た胡弓に興味を持ったらしく、真剣な眼差しで踊りや演奏を見ていました。
週末 みやさんのサイン会
2014年 7月 5日 土曜日
フォトエッセイストみやこうせいさんはウィーン滞在時代からの知り合いで、当時ルーマニアやギリシャによく連れて行っていただきました。みやさんが出版した写真集や随想集はほとんど持っていて、自分はみやさんの人柄に強く惹かれています。みやさんは東京に定住し、もちろん家族がいるにも関わらず、主に東欧諸国を放浪し、彼の地の民俗芸能を写真に収め、さまざまな雑誌に写真と文を掲載しています。先日もメールが届き、ルーマニアから帰った報告と東京丸の内にある丸善でのサイン会のことを教えていただきました。絵本作家のスズキコージ氏のワークショップとともにサイン会を開催していましたが、みやさんは相変わらず軽妙な喋り口と独特な雰囲気で、自分は忽ち昔のヨーロッパ暮らしに戻された気分がしました。自分が通った1980代のルーマニアは共産圏真っ只中で、街は物資に乏しく暗雲立ち込めるイメージでしたが、状況は一変したようで、最近のルーマニア事情も知りたいと思っていました。ただ、サイン会という落ち着かない空間の中で、たいした話も出来ず、またの機会にしたいと思いました。今日は朝から工房に篭って個展の準備に追われ、午後は東京駅まで足を伸ばし、旧知の作家に出会うという充実した一日を過ごしました。明日は個展準備の続きをやります。
アンフォルメルについて
2014年 7月 4日 金曜日
アンフォルメルはフランス語で「非定型芸術」を指します。第二次大戦による破壊や大量虐殺で人間性を失い、不安定な状況の中で登場したものです。所謂広義な意味での表現主義で、1940年から50年に至り、芸術家はデビュッフェやフォートリエ、ヴォルスに代表されます。日本でも影響を受けた画家もいました。有名なところではフランス在住の画家今井俊満ですが、自分が高校時代にデッサンの手ほどきを受けた佐々木四郎先生もその一人でした。佐々木先生は鋭利な黒い太線が画面下方から立ち上がる明快な絵画構成で知られた画家です。一部アンフォルメルの影響が残る部分があったことを記憶しています。アメリカではJ・ポロックに代表される抽象表現主義があって、フランスのアンフォルメルとの前衛争いがあったとどこかで知りました。いずれにせよ自分がまだ生まれていない時代の活気に満ちた芸術運動で、迸る絵の具をエネルギーの発散と看取る若々しい精気に溢れたものであったことは疑う余地がありません。
ホームページによる個展広報
2014年 7月 3日 木曜日
今月の21日から東京銀座のギャラリーせいほうで開催する私の個展ですが、案内状をギャラリーと私個人の双方から発送しています。その案内状をホームページの扉にも掲載しました。「発掘~層塔~」の一部を画像にしたもので、自分としては大変気に入っています。画像は数ある中で私自身が選びますが、撮影時の指示は出しません。カメラマンのセンスに任せているのです。これは思わぬ効果を生みます。私以外の視点があるということで、作品の世界が広がるのです。自分はデジタルな効果を考えて作品を作っていないので、出来上がった画像に驚くことが多々あって、アナログとデジタルの双方の世界に満足感を覚えます。ホームページにどのくらいの方々が入ってきていただいているのか、または別のところからヒットしているのか実態はわかりませんが、より多くの方に個展を見ていただければ幸いと思っています。
「台北 國立故宮博物院 神品至宝」展
2014年 7月 2日 水曜日
連日賑わっている「台北 國立故宮博物院 神品至宝」展が夜遅くまで開催していることをネットで知って、日曜日の夕方6時過ぎに東京上野の国立博物館に到着するように自宅を出ました。やはり人気だったのは本館に展示されていた「翠玉白菜」で、天然の緑色から白色に移り変わる翡翠で白菜を彫り上げ、その葉に取り付いたイナゴとキリギリスが絶妙な構成の中に配置されていました。さらに磨き上げられた輝きに内部が透かして見えるのではないかと思えるほどの超絶技巧に驚きを隠せませんでした。平成館では書聖である王義之の卓抜さ、漆芸の彫技に見られる巧緻さ、どれをとっても秀逸な作品ばかりでした。その中で自分は「荷葉玉杯」のカタチの美しさ、「梅花彫彩漆輪花合子」の文様の心地よさ、「刺繍仙人図軸」の種別の楽しさに触れて、時が経つのを忘れました。有名な作品はまだまだありましたが、鑑賞者がつい見飛ばしてしまう中に自分のお気に入りを見つける楽しさを堪能しました。
個展を開催する7月です。
2014年 7月 1日 火曜日
7月になりました。毎年7月に個展を開催しているので、また夏の訪れと共に大きなイベントがやってきます。最初の個展は4月でしたが、こちらの都合で途中から7月に変更してもらいました。今はもう7月の個展はすっかり定着した感じがします。暑い中で搬入や搬出をしています。個展開催日までの2週間は、梱包作業や工房内の片付けに費やされますが、新作も始まっているので、これは来年7月を見据えて頑張っていかなければなりません。ペースが出来ているのは楽しい反面、身体を壊さないように気遣っていかなければなりません。今月は個展ばかりではなく、新作イメージの展開もあって、レベルアップを図れる1ヶ月です。塔が群立するイメージをどう具現化していくか、床置きと屏風の間で揺れるイメージをどうしていくか、今月は腰を据えて考えていこうと思います。もうひとつは彫刻と台座の新たな関係作りが自分の頭を過ぎります。さらにややもすると遅れるRECORDにも気を入れていこうと思っています。欲張りな1ヶ月になりますが、毎月今月こそと思って頑張っていく所存なのです。
画家J・フォートリエについて
2014年 6月 30日 月曜日
先日、東京ステーションギャラリーで開催されている「ジャン・フォートリエ展」に行ってきました。フォートリエと聞くと自分はアンフォルメルを代表する画家として、ペインティングナイフで厚塗りした非対象絵画を思い起こします。第二次大戦後の不安定な社会情勢を表現した数多い絵画のうち「人質」と題されたシリーズは学生時代に美術雑誌で見た記憶があります。まとまった展覧会は今回が初めてと聞いて、フォートリエの全貌が知りたいと思い、東京駅まで足を運びました。かつてフォートリエは南画廊で個展をした経歴がありますが、その頃の自分はまだ現代美術を理解するには幼過ぎました。フォートリエは厳密な具象から出発して、やがて形態が消え、そのうち絵の具の素材そのものを取り込んだ非定型な絵画に辿り着きます。自分は壁のようになった絵の具の肌合いが大変美しいと感じました。東京ステーションギャラリーの古い煉瓦壁を使った展示場が、フォートリエの絵画に風合いを与え、こうした空間で鑑賞できる幸福感を味わいました。
週末 梱包に飽きて博物館へ
2014年 6月 29日 日曜日
今日は朝から夕方まで個展に出品する作品の梱包作業に追われました。板材で作った箱は35個、そのうち20箱に作品を詰め込みました。残り陶彫部品は3分の1くらいかなぁと見積もっているので、15箱あれば何とかなるように思えます。今日はさすがに梱包作業に飽きて、夕方から東京上野の国立博物館に行くことにしました。「台北 國立故宮博物院 神品至宝」展をやっていて、翡翠で白菜を彫った「翠玉白菜」の人気で連日大変な混雑ぶりが報道されています。調べてみると今日は20時まで開館していると知って、夕方の遅い時間帯に出かけることにしました。東京国立博物館に到着したのは18時を過ぎていました。本館には待ち時間なしで入ることが出来て、たっぷり「翠玉白菜」を堪能することが出来ました。平成館でも展示品があって、優れた書や工芸品の数々を見ることが出来ました。その中でも自分が美しいと感じたのは刺繍でした。詳しい感想は後日にしますが、夜の時間帯は比較的人が少なく、ゆっくり観られるのではないかと思いました。
週末 図録を届けに…
2014年 6月 28日 土曜日
ようやく完成した今年の図録。個展の数だけ作っているので、今回の図録で9冊目になります。よくやったなぁと思う気持ちがある反面、作品の表現力の足りなさを悔やむ気持ちもあります。力不足と感じている分、まだまだ自分の求める世界は深まっていけるかなぁとも思います。ともかく図録は完成しました。今日は図録100冊と案内状1000部を携えて、東京銀座のギャラリーせいほうに行きました。図録の追加は個展搬入日にもっていこうと思います。二束の草鞋生活をしていると、なかなかギャラリーには足を運べず、久しぶりに画廊主の田中さんにお会いしました。今年もこの季節がやってきたなぁと思いました。個展は自分の内面を見せる羞恥な部分を秘めたイベントです。過去8回もやっていると、発表に慣れてきて厚顔にもなりますが、それでも毎回ドキドキする気持ちになるのは、どうしたものでしょうか。今日はギャラリーせいほうで打ち合わせた後、東京ステーションギャラリーに足を運びました。フランスの画家ジャン・フォートリエの展覧会をやっていたので見てきました。アンフォルメルの旗手と称されたフォートリエのまとまった画業が見られました。詳細な感想は後日にしますが、今日は梱包が気になりながら過ごした一日となりました。明日は朝から梱包作業をやる予定です。