ボスとブリューゲルについて

私が滞欧していた1980年代は、ウィーン幻想派の流行がやや下火になっていた頃でした。ウィーンの旧市街はゴシックやバロック時代の建造物が軒を並べていて、その装飾に富んだ建物の面構えは、異文化の中で彷徨う東洋人を圧迫するのに充分な迫力がありました。昼間は情緒がある街角でも、夜の帳が降りると建物はさながら怪物のような容貌に変化するのでした。そんな環境なら魑魅魍魎が入り込む余地がありそうで、幻想絵画が登場する素地があったように思います。ウィーンには美術史美術館があり、ブリューゲルのコレクションが有名です。ブリューゲルの絵画は宗教性より風俗性が目立っていて、農民生活の風習や諺も隠されていて、私は飽きることなく眺めていました。美術館に行くと、ブリューゲルの絵の中に入り込み、絵画空間を散歩することが当時の私の密かな趣味でした。その先達のボスも私が大好きな画家で、在籍していたウィーン国立美術アカデミーに隣接する付属美術館に「最後の審判」がありました。ボス(私にとって馴染みがあるのは独語のボッシュです。)は渡欧前に知識を仕入れていたわけではなかったので、美術館で初めて見たときは本当に驚きました。ウィーン幻想派と見違えるくらいでしたが、これが中世に描かれたことを知って興味津々になりました。スペインを旅行した時に、どうしてボスのコレクションに気を留めなかったのか悔やみました。東京では閉幕してしまった「バベルの塔」展にもボスの「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」の2点が来日していました。時代的には宗教画としての伝統が見て取れますが、それ以上にボスは奇妙な創意をつけ加えていて、ボス特有の怪物たちが跋扈する世界に、現代に通じる幻想世界を認めるのは私だけではないでしょう。幻想絵画を生み出したウィーンの美術館で見たボスとブリューゲル。あまりにも合致する環境の中で私が魅了されたのも自然だったのではないかと振り返っています。

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