「状況-木彫」について

「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第5章 タヒチ滞在(1891~1893年)とパリ帰還(1893~1895年)」の「1 状況」と「2 木彫」をまとめます。いよいよタヒチに出かけるゴーギャンに対し、画家ルドンは引き留めようとしたようです。「彼の地で私は私自身のために、原始的で野蛮な状態の中でそれ〔芸術〕を育てたいのです。そのために私は静けさを必要とします。他人に対しての栄光などどうでもいいことです。〔…〕タヒチの私の小屋で、約束しますが私は死などを考えず、逆に永遠の生に思いを馳せるでしょう。生の中の死ではなく、死の中の生を。」とゴーギャンは返答しました。「ゴーギャンは自らの原始的『自我』を見いだすために内面の奥深く分け入ったのであったが、今や彼は人類の起源の追究を始めるのである。そのためには自らが野蛮人として再生する必要があった。」しかしながら西欧の植民地であったタヒチは、ゴーギャンの理想とはかけ離れた環境だったようです。「タヒチはもはやゴーギャンが求めていた地上の楽園ではなかった。オセアニアのフランス植民地の首都であったパペーテでは、当地の伝統的な住居や風習を見いだすことはほとんど不可能であった。~略~期待はずれの状況に直面してゴーギャンは、昔日のタヒチを再発見し、種族の先祖の神秘を感得しようと努めた。彼の冒険譚と経験は『ノア・ノア』に語られているが、そこでは悲惨な現実は省略され、美化されながら、文明人である彼自身と野生的なタヒチの民族の対比が強調されている。」またモデルに選んだ女性に関してこんな文章もありました。「(ゴーギャンは)13才のテハマナと出会い、ついにポリネシアの種族に典型的な性格を把握し、幸福を得るのである。彼女との生活はゴーギャンに、民衆の迷信じみた信仰を理解し肌で感じることを可能にした。」木彫偶像に関しては「ゴーギャンの作品の最大の特質は、古代の神々を人格化し、彼らに姿を与えることにあった。タヒチでは神々が形象化されなかったので、彼は自らそれらを創造しなければならなかったからである。」とありました。結局、タヒチは彼に何を齎せたのか、こんな文章でまとめられています。「人類の起源に遡及し、そこから生命の源泉を汲み取り、人間の推論の最初の形態であるさまざまな宗教の中に共通の根源を見いだすこと、それこそがこの南の島での彼の関心事であった。~略~また形態論的に見れば、これらの木彫は中空の壺彫刻と同様、表面上で展開する彫刻であり、鑑者は周囲を回って作品を見ることを促されるのである。これらは二次元の視覚によって捉えられ、表現された三次元のオブジェである。~略~木の素材がもつ物理的潜在力は、とりわけこの熱帯の地にあっては宗教と結びついたアニミスム的な精神性をゴーギャンに理解させた。」

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