上野の「顔真卿」展

先日、東京上野にある東京国立博物館で開催中の「顔真卿」展に行ってきました。この展覧会の売りである「祭姪文稿」を見るために70分の待ち時間があり、私は多くの鑑賞者の狭間からこの作品を垣間見てきました。途中乱れた筆跡や書き直した部分があって、中国の歴史に疎い自分にはこの作品の価値を理解できずにいましたが、図録を読んで漸くこの作品の持つ重要さが分かりました。鑑賞者は中国から来た人たちが多くいて、この「祭姪文稿」を見るためにわざわざ日本にやってきたことを、この時になって知りました。私は今まで書展をしっかり見たことがありません。どうしても造形美術に目が移ってしまうのです。台北の故宮博物院を訪れた時も、書の展示は見飛ばしていました。今回は殷時代の甲骨文から始まり、秦の始皇帝が確立した篆書、その篆書を簡略化した隷書、さらに草書、行書と進み、現在でも標準になっている楷書と、それぞれの時代の書体の変遷が見られて興味を持ちました。それでは顔真卿とはいかなる人物なのか、活躍したのは唐の時代で、図録には「王朝の危急存亡に身を挺して奮闘し、終生にわたって皇帝の権威を護持するために尽力した」とありました。生まれは現在の山東省で、顔家は代々名家であり、学問を重んじていたようです。顔真卿が生きた唐の時代は「栄華を極めた王朝が一転して衰退に向かう時代」だったようで、それでも顔真卿は安史の乱で唐軍の勝利に貢献しました。ただし、「朝廷の腐敗や統治者の矛盾は唐軍の戦機を奪い」と図録にあるように顔真卿の人生は紆余曲折を繰り返し、左遷も余儀なくされたようです。ここで顔真卿の書について図録から拾います。「顔真卿はあえて隷書や篆書に見られる復古的な筆法を八世紀後半の楷書に盛り込み、『顔法』と呼ばれる特異な筆法を創出したのである。血なまぐさい安史の乱での体験、権謀術数が渦巻く朝廷での政争と、度重なる地方での左遷を経て、顔真卿の楷書は民間に行われていた書法をも取り込みながら、成熟の色合いを濃くしていく。」さら話題の「祭姪文稿」とはどんなものなのか、図録の解説を引用いたします。「祭姪文稿は、五十歳の顔真卿が、安史の乱で非業の死をとげた若き顔孝明を悼んだ祭文の草稿である。書き出しの数行は冷静を保っているが、書き進むにつれて感情が昂って行はうねり、各所に現れる訂正の痕跡が生々しい。この二百三十五文字の祭文で、顔真卿はあるいは文字を誤って訂正し、あるいは脱字をした箇所が、十六にも及んでいる。」(図録引用は全て富田淳氏の文章)

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