週末 ロダンに思いを馳せた夜
2017年 12月 10日 日曜日
今日は制作に関してはとりわけ新しいこともなく、大きなタタラを数点作って、陶彫成形を1点作り上げたくらいでした。彫り込み加飾は後日にして、夕方早めに作業を切り上げました。冬の寒さが到来し、風の強い一日になりました。昼頃スポーツ施設に水中歩行に行くついでに、工房のストーブ用の灯油を購入して来ました。いよいよ工房も寒くなってきて、朝は野外工房のコンクリートが凍てついた氷で覆われていました。周囲は霜だらけでした。どうも横浜は東京の都心より寒いような気がしています。夜はNHKの「日曜美術館」を見ました。夜8時からの番組は再放送で、先週の日曜朝9時に放映したものですが、私はこの時間は工房に行っているので、いつも再放送しか見られないのです。今晩取上げられていた芸術家はオーギュスト・ロダン。19世紀から20世紀にかけて生きた近代彫刻界の巨匠です。今年が没後100年だそうで、生涯を扱った映画も作られています。私が彫刻を学び始めた10代の終わり頃、上野の西洋美術館にロダンの代表作を見に行くたびに、その凄さに驚嘆していました。体内から盛り上がる肉塊、ドラマチックなポーズ、どれをとっても習作の域を出ない自分には遠く及ばない表現力を感じていました。ヨーロッパ生活を始めた20代の頃に、私はパリのロダン美術館を訪れました。ロダンにも人間臭い一面があって、その苦悩が理解できたのはずっと後になってからでした。ある年齢から私はロダンが目に留まらなくなりました。情緒に流れる肉付けや行き過ぎたポーズに逆上せあがった自分が、20世紀以降の大きな彫刻の流れの中で、ロダンの世界観から距離を持ち始めたのでした。ロダン晩年の大作バルザック像の本質そのものを捉えた抽象性が気になって仕方がなかった私は、ロダンの許を離れていったブランクーシにその答えを見出そうとしていました。現代彫刻の扉を開けたブランクーシを追って、私はブランクーシの出生地ルーマニアにも出かけました。それでもロダンの偉大さに抗えない自分がいます。上野の西洋美術館の前を通ると、ついロダンの野外彫刻を見てしまうのです。「地獄の門」は今でも磁石のように私を引っ張るのです。