芸術家の生きざま
2009年 10月 9日 金曜日
瀧口修造著「幻想画家論」に出てくる芸術家は、幻想的な作風を確立した人ばかりなので、その生きざまも常軌を逸しているようです。昨日ブログに書いたピエロ・ディ・コジモは「かれは人間よりも動物に近い生活をしていた…決して室内を掃除させず、食事も飢じいときにとる…葡萄はのび放題で、地を這うままにうちすてて置いた…しばしば動物や植物などの畸形のものを見に出かけ…病人が唾を吐きかけたしみだらけの壁を立ちどまって凝視しながら、そこに騎馬戦争の場面や見たこともない幻想的な都市が見え…かれはゆで卵を常食のようにして…50も煮て置いて、籠のなかから一つずつ取り出して食べる…」といった生活ぶりが、常人ではない偏狭ぶりをよく表しています。また、ゴーギャンは「散歩しているところを…水兵と大喧嘩になり踝を砕かれた…パリで最後の夜、影のように寄り添ってきた街の女から有毒の接吻をうけた…くじいた足は僕を極度にくるしめ、二つの傷は口を開けたまま医者も閉じる術を知らない(於タヒチ)…パリの最後の夜にうけた梅毒に加えて、湿疹は脚の半分を侵し、夜も眠れなかった。」という記述があります。そんな生活のあれこれが作品と共に印象に残って、それでも芸術を求めて生きた彼らは、凄まじい孤独と戦った生涯と言えるでしょう。 Yutaka Aihara.com
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