久しぶりの夜間制作

仕事から帰って工房に出かけ、陶彫制作をするのは至難の業です。新年度の準備が立て込んで、疲労が溜まっていることがウィークディに工房から足を遠のかせている原因です。漸くこの1週間で新しい人事体制が動き始め、自分が与えた役職にある職員たちが、自らの仕事に取り組み始めました。自分は安堵した気持ちになり、これから心身の疲労が出てくるのではないかと心配しているところです。こうした職場関係の精神的なストレスは、創作活動で抹消できるのではないかと思い、今晩は久しぶりに夜の時間帯に工房に行ってみました。思いは的中し、自宅ではぐったりしていた身体が引き締まるような感覚を持ちました。照明に照らされた制作中の作品の数々。自分の制作の痕跡に我ながら小さな感動を覚えました。よし、やろうと思い立ち、陶土を手で叩いて座布団大のタタラを5枚ほど作りました。これは明日の成形で使う予定です。既に成形と彫り込み加飾が終わった作品にヘラで仕上げを施しました。乾燥の具合も確かめました。乾燥の進んだ成形部品は、かけてあったビニールをはずしました。本来なら毎晩ここにやってきて陶土の状態を確かめるのがいいと思っています。なかなか工房に来る気分にならないのが辛いところです。今晩みたいに来てしまえば、1時間以上は制作に取り組めるのですが、理想通りにはいきません。明日から週末で丸2日間は制作に明け暮れることが出来ますが、来週もウィークディの夜間制作に挑みたいと思っています。

4月RECORDは「うごめく」

今年のテーマはひらがな4文字で考えるようにしています。4月のRECORDのテーマを「うごめく」にしました。漢字で書くと「蠢」で、春になって虫が大地から這い出して動き始める様子がイメージされます。所謂生命の萌芽とも言うべきか、殻を破って大気に踊る生命体を描いていこうと思いました。具体性のあるイメージをそのまま写実的に描いても面白くないと考えていて、象徴化や抽象化をしながら、生命体がうごめく状況を捉えてみたいのです。四季の中で、春はモノの始まりをイメージしやすいと思います。イメージとしては定番ですが、周囲の芽吹きだす木々を見ていると、その匂い立つ若葉青葉にこちらも胸が弾みます。時間的な余裕があれば、春を愛でに山野を歩きたいところです。流行の花粉症もありますが、そうした現代病は最近のもので、自分が幼い頃から記憶にすり込まれた春のイメージは、うごめく生命に溢れた爛漫な風景です。春を満喫できれば、RECORDの内容も変わってくるのでしょうが、都会に住んで職場と自宅を行き来する生活では、春は昔のイメージでしか甦ってきません。幸い工房の周辺は新緑に噎せ返り、土から小さな虫たちが這い出してくる様子を観察できます。今月は春めく景色を眺めながら、うごめく生命を表現したいと思います。

「夢の仕事」(h)と全体のまとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第六章「夢の仕事」の(h)「二次加工」のまとめと第六章全体のまとめを行います。まず、夢における二次加工とはどんなものか、文中より拾ってみました。「表面的に見ると、非の打ち所なく論理的で適正に見える夢が成立することもある。それらの夢はありうる状況から出発し、その状況に矛盾のない変化を加えてさらに進行させ、そしてーこんなことは滅多にないがー奇異ではない結末にまで至る。こうした夢は、覚醒時の思考に似た心的機能による加工を、最深部にまで受けたのである。それらの夢はある意味をもつように見える。しかし、その意味は、夢のほんとうの意味とは、実際まったくかけ離れているのである。それらを分析すると、ここでは夢の二次加工が何の制約も受けずに好き放題に素材を扱ったため、その本来の関係はまったく残っていないと確信できる。」ここでは一度解釈された夢に二次加工が施されることがあることを述べています。第六章全体のまとめでは、今まで論考してきた夢の仕事の要約が述べられています。少々長くなりますが引用します。「今、夢の仕事に関するこの広範囲にわたる論究の要約に取りかかることにする。私たちが直面したのは、心は、いっさい抑止を受けずに、その能力すべてを発揮して夢の形成に取り組むのか、それとも、その働きのうち抑止を受けた断片的な部分だけでそれに取り組むのかという問題設定であった。~略~夢を形成する際の心の仕事は、二つの働きに分かれる。つまり、夢の想念を作り出す働きと、それを夢内容に変換する働きである。夢の想念は完全に適正で、私たちにとって可能な限りの心の力を費やして形成される。夢の想念は、意識化されなかった思考に属しており、また、意識的な想念も、そうした意識化されなかった思考から、ある種の転化を通じて生じるのである。~略~夢の仕事は、覚醒時の思考とは質的にまったく異なっており、それゆえ、覚醒時の思考とはさしあたり比較しえないのである。夢の仕事は思考、計算、判断はまったくしない。それはただ作り替えのみに専念する。それによって産出されるものが満たさねばならない条件を注視すれば、そのことで夢の仕事について語り尽くすことができる。この産物、すなわち夢は、何より検閲を免れねばならない。そして、それを目的として夢の仕事は、心的強度のずらしを用いて、すべての心的価値を転換する。また、想念は、もっぱら、あるいはおもに視覚的、聴覚的な想起痕跡という素材のみによって再現せねばならず、そして、こうした要求ゆえに、夢の仕事は描出の可能性を顧慮せねばならなくなる。そして、夢の仕事はこれに新たなずらしをもって対応する。こうしたとき、夢の想念において夜中に提供されるよりもさらに高い強度が(たぶん)必要とされるのであり、それに奉仕するのが、夢の想念のさまざまな構成部分に対してなされる大規模な圧縮である。」

28年度の式典イベント

今日のタイトルを見て理解した方は同業者です。私たちの仕事は式典的なイベントが年2回、祝祭的なイベントが年2回あります。通常は専門分野で分かれて仕事をしている全職員が、お互いの範疇を超えて連携し、ひとつのイベントを成功に導くために努力する場面が、前述したとおり通算4回あるわけです。職場を異動してきた職員や新人を加えて、平成28年度に初めて行う式典が、まさに今日ありました。今年度の職場は極小規模になっていて、職員は最小人数で対応していました。準備から片付けにいたるまで若手職員がよく動いてくれました。心より感謝です。自分が現在の立場になってみると、式典が滞りなく終えられることの有り難さを感じることが暫しあります。自分は目立つところにしかいないわけですが、陰で支える職員の目立たない力が、目立つ私を支えていると言っても過言ではありません。イベントとはそういうものかもしれません。個展も同じで、作品を作り上げていく苦労は忘れてしまって、出来上がった結果だけを見て評価されるのです。そんなことを思いながら、今日のイベントの結果はなかなか良かったのではないかと自負しています。

上野の「ボッティチェリ展」

既に終わってしまった展覧会を取上げて恐縮ですが、私も東京都美術館で開催されていた「ボッティチェリ展」に閉幕3日前に飛び込んだのでした。結果として見てきて良かったと感じています。画家サンドロ・ボッティチェリは15世紀にイタリアのフィレンツェで活躍し、有名な「春プリマヴェーラ」「ヴィーナス誕生」を描いた巨匠として知られています。自分は20代の頃、イタリアに出かけてこの有名な絵画を見て、その均整のとれた人物像や色彩の淡い輝く美しさに惚れ惚れした記憶があります。ボッティチェリはメディチ家のロレンツォ・イル・マニーフィコ(豪華王)の注文に応えて名だたる秀作を世に送りました。ボッティチェリの画家としての成育歴には、師であるフィリッポ・リッピとボッティチェリの弟子となったフィリッポの息子フィリッピーノの関わりが深く、とりわけフィリッピーノとボッティチェリはいずれ画業の好敵手になっていったようです。今回の展覧会にもリッピ親子の作品が多く来日していました。聖母子像を比べると、よく似た構成でありながらボッティチェリとフィリッピーノの間に表現の違いが見られます。ボッティチェリの表現はやはり秀逸で、女性の容貌ひとつとっても静謐で肌理の細かい描写が際立っていました。とりわけ「美しきシモネッタの肖像」は理想化された美の規範であり、いつまでも眺めていられる肖像画であろうと思いました。

週末 陶紋制作を始める

4月最初の週末をどう過ごすのか、今日は意地でも作品を作り続けたいと思っていました。朝から工房に篭って、陶彫部品の成形を行いました。集中する時間がやってきて、周囲の状況が眼に入らなくなりました。この瞬間を待っていました。取り組んでいる成形を少し乾燥させたいと思い、そのままの状態で近隣のスポーツ施設に出かけ、1時間ほど水中ウォーキングをやってきました。今日は作業に集中しているので、敢えて緩急をつけたいと思ったのでした。長く制作するためには集中したパワーを一度リセットしなければならず、そのためには軽いスポーツが最適です。水中ウォーキングの後、作品に必要な材料を買ってきました。午後になって再び集中し制作に没頭しました。家内に夕食に呼ばれ、その後もう一度工房に出かけました。作業が終わったのは夜7時半になっていました。工房への出入りはあったにもかかわらず、今日は朝から晩まで陶土に触れていたせいで、手がガサガサになりました。今日から始めた作品は陶紋です。陶紋は個展のたびに形態を変えますが、ずっと通し番号で作り続けている小品です。今回は太く短い円柱を基本として、そこに文様を彫っていきます。今日は基本形を5個作りました。サイズが小さく持ち運びが容易なため、図録では野外で撮影をしています。今回もカメラマンにお願いをして野外に持ち出していただこうと思っています。窯入れをしていなければ、陶紋の彫り込み加飾はウィークディの夜にやろうかと思っています。明日から新年度の職場体制が本格的に動き始めます。今週末は明日からの激務に備えて身体を休めたかったのですが、創作活動も佳境を迎えているため、身体を酷使してしまいました。これが一生続くわけではないと自分に言い聞かせ、何とか来週も凌いでいこうと思っています。

週末 4月制作の第一歩

今日は4月になって最初の週末で、今後の制作を考える第一歩になりました。陶彫による大きな新作2点のゴールを見定めて、今月中にどこまで完成に近づけるか、制作時間を見て判断していきたいと思います。まず絵画的な平面性の強い新作は、今月を完成の目標とします。表面の木材による凹凸とそこに置く陶彫部品は出来上がっています。凹凸部分に砂マチエールを施すことと、砂に油絵の具を滲み込ませること、表面をギャラリーの床から多少離すため台座を作ること等、まだやらなければならないことがあります。擂り鉢型の新作は、これから陶彫部品を作っていかなければならず、完成は来月末になりそうです。小さな陶紋は今月中に完成させる予定です。今月は多少無理をして制作を進める予定です。今日は擂り鉢型の新作の窯出しを行い、成形と彫り込み加飾のおわった陶彫部品に修整を加えて乾燥に回しました。午後から土錬機を回して土練りを行い、夕方には平面性の強い作品の台座を作りました。相変わらずウィークディの疲れは残っていましたが、それを言い訳に休む余裕はありません。気持ちが完成に向かって変化しているように思えます。気力が甦ってきたように感じます。このまま突き進みたい欲求に駆られます。夜には家内と鍋の食材を買いに出かけました。月曜日に新しい職員が職場にやってくるので、大鍋コミュニケーションをやろうと計画しているのです。二束の草鞋生活双方が活発に動き出そうとしています。明日も制作続行です。

4月 再任用管理職として…

4月になりました。私はいつものように職場に出勤して新年度の準備を始めていました。しかしながら今日から自分は再任用管理職として勤務しているのです。まったく変わらない仕事内容で、しかも管理職としての責任もそのまま、給与は大幅に下がることを知っていながら、この職場を他の管理職に委ねられなかった自分がいて、そうした己の気概みたいなものが自分を突き動かしていると言えます。何とか極小規模であっても平成28年度を乗り切っていきたいという思いで一杯です。今年度の人事はほぼ決定しました。あとは職員が動いていくだけですが、少人数ゆえの不測の事態も発生するかもしれません。これからは1年ごとに自分が管理職をやれそうかどうか自分自身で自問自答しながら勤務していきたいと思います。創作活動の方は、いよいよ切迫してきました。先月はまずまず頑張ったつもりでしたが、制作工程を確認すると、やはり厳しいと言わざるを得ません。果たして5月に撮影ができるかどうか微妙なところです。1ヶ月以上も続いた人事が一段落したところで、今日は夕方から東京に出かけました。職場に自分と同じ二束の草鞋生活を送る職員がいます。その人が東京都立美術館で開催されている「モダンアート展」に絵画を出品しているので見てきました。仕事の合間に大きなキャンバスに向かうのは大変だろうと察しています。毎回出品を続ける継続力に敬意を表します。ついでに同美術館で開催中の「ボッティチェリ展」も見てきました。これはなかなかの水準の作品が来日していて見応えがありました。詳しい感想は後日改めます。上野公園は桜が見ごろを迎えています。美術館を出ると、夜桜を見物する人で混雑していました。外国語が飛び交っていることが、ひと昔前とは違うなぁと思いました。今月も創作活動に頑張ろうと思います。

退職の日 辞令交付式

私は20代の頃は海外にいたので、橫浜市公務員になったのは30歳でした。大学時代の就職活動組からすれば、随分遅れをとったことになりますが、あれから30年が経ち、今日定年退職を迎えることになりました。私たちの職業は氏名が新聞に掲載されるので隠しようがないのです。30年の間にはいろいろなことがありました。困難な課題と正対することも多く、周囲から助けられたことも多々あり、忘れられない思い出もあります。後半の7年間は管理職になり、職場に対する視点が変わりました。7年間は責任のある立場としてやってきましたが、やはり自分の職業人生を彩るのは、管理職ではなく、身体を張って仕事に邁進した30代から40代の頃かなぁと述懐しています。今日は某公会堂で辞令交付式があり、退職の辞令を壇上で受け取ってきました。ただ、自分の中で仕事を辞める意識がありません。今の職場は極小規模になって人的配置が難しい職場です。僅かな人数でも職場を運営していく方策を、ここ数週間かけて考えてきました。来年度を見届けなければ円満退職はできないと思っているのです。退職の線引きは自分でやります。たとえそうであっても、今日のような辞令交付式は自分にとって区切りとなるため必要なことだと思いました。創作活動には区切りがありません。夏の個展までが区切りと言えますが、毎年作品に不満を残すため、さらに内容を展開させることが目標となり、そのまま継続していってしまうのです。慌しかった今月を振り返ることもなく、新年度に突入していきます。健康あっての仕事なので、身体には充分留意していこうと思っています。

「いま生きているということ」

谷川俊太郎作詞、小室等作曲による「いま生きているということ」というフォークソングがあります。昨日NOTE(ブログ)を書いていて、ふと頭に浮かんだ唄です。…「♪生きているということ いま生きているということ それはミニスカート それはプラネタリウム それはヨハン・シュトラウス それはピカソ それはアルプス すべての美しいものに出会うということ そしてかくされた悪を注意深くこばむこと♪」…このフレーズは歌い出しではありませんが、自分はこのフレーズが大好きです。何気ない雰囲気に、ふと映像が入ってくるのです。生きている実感がさまざまなコトバで語られ、曲は大きく畝った後に長い間奏があります。原詩を詩集から探すと、唄との間にちょっとした違いがあります。唄ではコトバを増やしてボリュームをもたせています。繰り返しも効果的に入れています。最後に唄も詩も…「♪生きているということ いま生きているということ 人は愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ♪」…で締めくくられます。単純で朴訥なコトバの繰り返しがあり、でもそこに心の隙間に入り込んでくる大切なものがあると感じてしまいます。人間は生きていく上で喜怒哀楽を伴う経験を重ね、フロイトが唱える闘争欲望と愛する欲望を矛盾させながら、主体的に生きようとする動物だろうと私は考えています。私なりに、いま生きているということとは何だろうと、自作の詩を試みたくなるのです。今晩も自宅の食卓で「いま生きているということ」を聴きながらRECORDを制作しています。

自分を取り戻す時間

私は一日1点ずつ小さな平面作品を作っていて、RECORDと名づけています。言わば毎日の記録です。日記のように作品を作っていくコンセプトで始めたRECORDでしたが、気楽に作品を作れない私の性格のせいで、毎晩苦しむ羽目になりました。それでも習慣というのは大変なもので、RECORDを制作している夜の時間帯が、自分を取り戻す至福の時になっているのです。就寝前の1時間がその時間帯で、自宅から離れた工房に行く余裕がないので、夕食後の食卓が制作場所です。絵の具を使う時は、飼い猫のトラ吉を部屋から閉め出します。制作時間帯はいつも音楽を流しています。私は既に古い世代となっているので、若い頃夢中になったフォークソングや映画音楽を聴いています。毎晩同じ音楽を聴いていて、よく飽きないものだと思っていますが、傍らで流れる音楽なので、寧ろ同じ曲の繰り返しがいいのです。しかも最近珍しいカセットテープで聴いているのです。ダイニングに置いてあるコンポはカセットが聴けるもので、自分には愛着のある家電です。朝食の時はコンポからFMヨコハマが流れています。夕食の時は家内の好きなジャズを流しています。就寝前のRECORD制作時間は、専ら私の青春ソングです。谷川俊太郎作詞、小室等作曲による一連のフォークソング、それからオリジナル盤による戦前欧羅巴映画主題歌集というのが定番です。私は古いドイツ映画やフランス映画が大好きで、質の悪い録音をカセットにしたもので聴いているのです。自分を取り戻す時間、週末の創作活動以外に、毎晩自分と向き合うひと時がホッとする時間です。

「夢の仕事」(g)まとめ

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第六章「夢の仕事」の(g)「夢におけるさまざまな情動」のまとめを行います。暫く「夢解釈」から離れていたので、再度ざっと読み直して、要点になる箇所にラインを引きました。夢の情動発現はどんな状況で起きるのか、本文より引用いたします。「覚醒時の思考においてならば、ある表象内容によって、一定の情動作用が惹き起こされるのは必定だと私たちは期待する。しかし、夢では、そうはならない。~略~つまり、情動の放散のきっかけにはなりそうにない内容であるのに、強烈な情動発現が起こることもある。」覚醒時に恐怖や嫌悪を感じる事態でも夢はそうならず、逆に無害なことに夢で恐怖を覚えることがあることを言っています。「抵抗による検閲の影響を被った心的複合体において、情動は検閲に抗う部分である。そして、私たちにとっては、この部分のみが正しい捕捉をするための手がかりとなりうる。精神神経症では、夢におけるよりもずっと明瞭にこの関係が明るみに出る。」フロイトは精神医として、夢の分析に取り組んでいました。最終的にはそれを医療に生かすことが目的だったと改めて思います。本文ではいくつかの事例を載せ、そのつど論考を加えています。「取り消し、減衰、逆転の行程が複数に絡み合って、ついに夢の想念の情動から夢の情動が生成する。こうした複雑な絡み合いは、完全に分析された夢の適切な統合においてうまく概観できる。~略~私は、夢自体の中で、それにともなってしかるべきおぞましさを感じていない。これは複数の意味での欲望充足である。~略~同じ情動を供給しうる複数の情動源泉が集結し、夢の仕事がなされる際にその情動が形成されるようにするのである。」細かな説明を省いて、本文の引用をすると、意味が通じなくなることもあり、後で読み返すと何のことやらわからないのですが、自分なりにまとめをして先に進めたいので、敢えて要所だけ取り出させていただきました。

週末 制作&軽スポーツ

五十肩になってから暫くスポーツをやっていません。以前は近隣のスポーツ施設へ行って水泳をしていました。まだその施設の会員のままでいますが、会費を収めても1年以上放ったままでいるので、休会するか止めるかしようと思っていました。五十肩は次第によくなってきていますが、まだ腕を回すと痛みがあって、水泳は無理だろうと思っています。今日は朝から工房で制作をしていましたが、昼ごろスポーツ施設に久しぶりに行って、1時間程度水中ウォーキングをしてきました。最近筋肉が衰えているのではないかと感じていたので、肩に負担のない水中ウォーキングなら大丈夫と考えました。これはなかなかいいかもしれません。大股で歩いたり、腿上げをして軽く走るようにして歩いたり、後ろ向きに歩いたりして、何回か繰り返すうちに僅かに汗が出てきました。これなら継続できそうです。施設から帰って、再び制作に戻りました。それによって制作が滞ることもなく、寧ろ気分がよくなって効果的でした。ウィークディの精神的疲労、そして週末の陶彫の追い込み、RECORDやNOTE(ブログ)といった日々の取り組み、そんな日常の中で1時間の水中ウォーキングがストレス発散になれば幸いです。

週末 疲労困憊の日 その2

週末になりました。ウィークディは来年度人事を巡って職員一人ひとりと面接を行い、交渉やら微調整があって精神的な負担を感じる日々を送りました。これが自分の役目なのだと割り切って、職員には私の立場で意見する場面が多く、職員一人ひとりから聞く苦しい事情はよくわかっていました。職場は来年度に極小規模になることがわかっていて、職員一人の抱える仕事量は他の施設に比べて圧倒的に多いのです。苦しい台所事情をわかってくれる職員もいて、何とか人事が固まってきました。まだ来週も非常勤職員との面接が残っていて最終調整が続きます。そんなこともあって、週末になると疲労が出て、なかなか創作活動に気が向かないのです。先週もそうでした。NOTE(ブログ)のタイトルを「疲労困憊 その2」としたのは先週と同じ気分になっていたためで、それでも制作工程を何とか進めていました。来週末は4月になります。新年度となって新しい人事が動き出しているはずです。来週末には元気が甦ってくれることを期待したいと思っています。新作の制作状況は、どう考えてもやはり遅れていると言わざるを得ません。毎年のことですが、遅れている制作工程を補うため、何とか最後に頑張って帳尻を合わせてきましたが、今回も苦しい綱渡りが続いている現状があり、結局今年も改善はされていません。毎年慣れているようで厳しいことに変わりはなく焦りを感じます。こんな時に次なるイメージがやってきていて、制作にどっぷり浸かっていたくなります。ともかく今日のノルマを果たし、明日へ繋げていきます。

大型版画の思い出

横須賀美術館で開催されている「嶋田しづ・磯見輝夫展」を見てきて、とりわけ大型木版画を制作していた磯見輝夫氏の作品に、自分の若かりし頃の思い出を重ねてしまうことがあります。20代の頃、自分は大学で具象彫塑を学んでいて、その傍ら大型版画を作っていました。畳大のシナベニアを使って、具象的な人物像を彫っていました。版画といえども複数摺るものではなく、たった1点のみの制作で、言わば版を使った平面作品となっていました。ドイツ表現派のK・コルヴィッツ、R・キルヒナーや棟方志功、そして磯見輝夫氏等に影響されて、壁画のような効果を木版画によって作り出そうとしていましたが、暫く時が経つと気に入らなくなり、版画や版木は全て廃棄してしまいました。手元に残っている当時の作品はありません。師匠である彫刻家池田宗弘先生が丁寧に保管してくださっている木版画による絵本が現存する唯一の作品です。あの頃、評価をしてくださったお礼に、先生に贈った手製絵本で、数冊あったうちの一冊です。この絵本はオーストリアのウィーンでも展示したことがあり、また国立ウィーン美術アカデミーで教壇に立っていた芸術家F・フンデルトワッサーにも見ていただいた記憶があります。自分にとって大型版画は何だったのか、若い時代の感情の吐露だったのか、消えていった表現を再び思い出す機会を持てたことに、複雑な感情が交差しました。昨年はワインのラベルを作成する機会を持ち、久しぶりに木版画に挑戦しましたが、当時熱病のように作っていた木版画とは明らかに意識が異なり、ザクザクと版を彫ることは出来ませんでした。これから版画を試みるとしたら、銅版画をやってみたいと思っています。自己表現の変遷とともに忘却の彼方にある大型版画。たとえ脳裏を横切っても自分はもう当時の表現はしないし、出来ないと思っています。

「嶋田しづ・磯見輝夫展」雑感

先日、横須賀美術館で開催されている「嶋田しづ・磯見輝夫展」に行ってきました。現存する画家・版画家の旧作から新作まで含めた大がかりな展示は、その作家の歩んだ道を達観できる良い機会でした。画家嶋田しづ氏は長年パリで暮らし、西欧の画壇の中で自己表現を培ってきた人のようです。図録によると海外生活での苦労を厭わず「サロン・ドートンヌ」に出品を重ね、キャリアを積んでこられたことが分かりました。抽象性のある形容しがたい構成と色彩は「キャンバスを前にして自然に湧いてくる」そうです。さらに「とにかくシンプルな空間とかたちを通して心の底のエスプリを表現したいのだ」と本人の弁が図録にありましたが、作品から豊かな世界が広がり、中間色の組み合わせが快く響いていると感じました。一方、モノクロの版画家磯見輝夫氏の大型木版画に、私は学生時代に多大な影響を受けました。図録によると私が当時憧憬の的であったドイツ表現派とは縁はなく、杉板に「彫り進み」という技法で直接挑んだことで、異界の世界に存在する女性像を表現するに至ったようです。「『彫り進み』の技法で制作してきて、摺りを重ねるということは間接的になりすぎる気がだんだんとしてきました。やはり木版は一版じゃないと駄目だと思って、少しずつそれに近づけていったのです。版の重なりの表現よりも、一版での力強さの方に興味が移りました。」という本人の弁が図録に掲載されています。木のもつ素材感を引き出し、原始的生命感を版画に宿す磯見流スタイルがここから見えてきます。展覧会をざっと見渡して、自分は女性像のいなくなった最近の木版画に興味を覚えました。集中する視点が曖昧になったことで、さらに微妙なニュアンスが感じ取られ、木版画は抽象とも具象とも説明のつかない不思議な空間に支配されていました。その美しさに感動しました。

再び「夢解釈」を読む

「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)を途中で止めて、「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)を読み始めて暫く経ちました。先日「フロイト入門」を読み終えたので、ここで久しぶりに「夢解釈」に戻ることにしました。まず中断した「夢解釈」を読破しなければ、フロイトの提唱した理論は先に進まないので頑張ってみようと思います。「フロイト入門」で扱っていた「幻想の未来」や「人間モーゼと一神教」を書店で見つけ、即刻購入しました。これを早く読みたいと気もそぞろですが、ちょっと我慢して夢の解釈と分析を行っている濃厚な理論に戻ります。はて、「夢解釈」をどこまで読んだか、頁を捲ってみると、栞が挟んである箇所を見つけました。第六章「夢におけるさまざまな情動」を読み終えたところに栞が挟んでありました。この小節のまとめをしないまま「夢解釈」から離れてしまったのでした。パラパラと前に戻って所々目を通すと、少しずつ内容が甦ってきました。夢における情動が起こりうる具体例を挙げて、どんな起因で夢の情動が始まるのか、詳しい論考がありました。もう少し読み込んでから次の小節に進みたいと思います。昨年から今年にかけてまだまだフロイトに拘っていきます。精神分析学は哲学に比べて自分のツボに嵌るようで、のめりこんでしまう可能性があります。近いうちに第六章「夢におけるさまざまな情動」のまとめを行います。

フロイト流の戦争回避論

このところの国際情勢で気になることと言えば、北朝鮮の核実験や長距離弾道ミサイルの発射強行を受けて、米韓の軍事合同訓練の規模が大きくなっていることです。どうも近隣諸国の動きに目が奪われますが、人類史を精神分析の視点から捉えると、攻撃欲動の抑制が人間社会を支えてきたことになり、元々人間は戦争を起こす欲動を持っているというのがフロイトの理論です。先日読み終えた「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)の文を引用します。「社会が人間たちに求めるのは、こうした性的な欲望の抑圧だけではない。人間にそなわる別の深い欲望として、他者を攻撃し、破壊したいという欲望がある。~略~人々は社会のうちに生きながら、たがいに愛しあうエロスの欲動と、他者を攻撃しあう攻撃欲動の両方を満たすという困難な課題に直面することになる。」こうした人間の欲動をコントロールするためにはどうしたらよいのか、戦争を回避する道としてフロイトは以下のような提案をしています。「戦争による他者の殺害という破滅的な方法で発揮しない道も必ずあるはずである。『この欲動を別の場所に向けて、戦争においてその表現をみいださないようにすればよい』はずなのである。~略~一つは破壊的な欲動と対立するエロス的な欲動を育てることである。~略~第二の道は、指導者となる人々のうちに、『自律した思考をすることができ、威嚇されても怯むことがなく、真理を希求する人を養成する』ことである。~略~第三の道は、社会のすべての人が平和主義者となることである。フロイトは、文明が発展すると、知性の力が強まり、理性的に判断する人が増えることを指摘し、戦争というものに『体質的に不寛容に』なっている人が、そして戦争にたいして『生理的な嫌悪感』を感じる人が増えていることを指摘している。」これはフロイトが唱える戦争回避の道です。フロイトが生きた時代は、ナチスドイツによるホロコーストがありました。そんな時代背景の中で、フロイトが精神分析学を通して、戦争を回避するにはどうしたらいいのかを示唆しています。平和主義に関しては甚だ単純ではありますが、もっともな意見だと感じます。世界が第三の道に気づくのはいつの日か、ひょっとしたら永遠にないのかもしれません。それでも私はフロイトの意見を支持したいと思います。

三連休 終わってみれば…

今日で三連休が終わりました。年度末の時期のせいか三連休であっても、リフレッシュが出来ず、来年度の人事が頭から離れることはありませんでした。それでも若いスタッフを連れて美術館に出かけたり、家内と墓参りや横浜中華街に夕食に出かけたりしました。制作は三連休でここまでやろうと考えていた工程は終わりました。終わってみれば制作が充実していたことに気づきました。初日の疲労困憊の中でやっていた制作は、自分一人でいたら作業を早めに切り上げていたところを、スタッフ2人がいて、自分も彼女たちに負けまいと頑張ったおかげで、ノルマは達成しました。中日はスタッフ2人と美術館に行く約束をしていたので、それを張り合いにして頑張りました。結局この日もノルマを達成していました。今日は家内と横浜中華街で夕食をしようと約束していたので、それを張り合いにして頑張り、3日目のノルマも達成しました。美術館散策や中華街での外食を自分への褒美にして、何とか頑張れたと思っています。でもウィークディの仕事のことが気になっていたことは確かです。制作目標を達成しても喜んでいない自分がいて、人事が落ち着くまでは心休める日がないのかもしれません。こればかりは現実逃避はなく、自己責任上どうあってもやっていくしかないものです。明日からまた課題に正対していこうと思っています。

三連休 気分転換の制作&美術館

三連休の中日です。今日は昨日のような疲労はなく、早朝から家内と菩提寺に出かけました。朝7時に墓参りをするのは初めてでしたが、清々しい空気に触れて心が軽やかになりました。9時に2人の若いスタッフが工房にやってきました。制作は順調に進んで、とりあえず午後の2時には今日予定していた作業を終えました。それから私の運転でスタッフ2人を連れて横須賀美術館に行きました。下りの横浜横須賀道路はスムーズに流れ、予定していた時間に美術館に到着しました。美術館では現存する芸術家2人による大がかりな展覧会「嶋田しづ・磯見輝夫展」をやっていて、色彩(嶋田)とモノクローム(磯見)を対比した企画で、大変楽しめる展覧会でした。私は学生時代に彫刻を学ぶ傍らで、木版画を作っていました。ドイツ表現派に影響された大型版画を作っていましたが、その時に磯見ワールドに触れて、日本にもこうした表現主義的な人物をテーマにした版画を作る作家がいることを知りました。随分昔のことになりますが、それが頭の片隅にあって、今回磯見ワールドのまとまった作品が見られることが嬉しくて横須賀美術館に出かけたのでした。詳しい感想は後日改めます。その後、横浜のみなとみらい地区にあるBankARTに行くため、車を飛ばそうとしましたが、上りの渋滞にハマってBankARTに到着したのは夜7時になっていました。ギリギリのところで展覧会場に滑り込みました。急いでいたのは多摩美術大学卒業制作展を見るためで、出品者の中に相原工房に出入りしていた子がいたのでした。彼女の大きな油絵は「水のもり」と題して、水中の世界を象徴的に表現したもので、珊瑚のような、また魚鱗のような要素が組み合わさり、瑞々しい雰囲気を醸し出していました。色彩もよく練られて中間色が豊かでした。彼女の絵画的な成長に拍手を送ります。昼間は国家公務員として働いていて、夜は美術大学に通う二束の草鞋生活が、漸く彼女に終わりを告げようとしています。彼女は工房で実技の受験勉強をしていましたが、入学後の4年間はあっという間に過ぎていったように感じます。次なるステージを彼女はどう考えているのでしょうか。今後も絵画制作を続けるなら相談に乗りたいと思っています。

三連休 疲労困憊の初日

三連休になりました。職場の仕事から解放されて、制作に邁進できると思っていたところ、今週の仕事の疲労が残っていて、なかなか辛い一日を過ごしました。今週の仕事というのは、来年度人事の手詰まり感があって、おまけに職員と面接をしても一部断定できず、厳しい局面を迎えていることです。二束の草鞋生活を今まで憚らずやってきましたが、ここにきて切り替えが難しいことを実感しました。こんな気分になったのは初めてです。ともかく今日は若いスタッフが2人来ていて、工房内の雰囲気はとてもよく、気持ちの上では制作に没頭出来る条件が揃っていましたが、精神的な疲労困憊が祟って、いつものように制作を進めることが出来ませんでした。明日以降は気持ちの持ち直しがあると期待しています。明日は制作の後、スタッフを連れて美術館に行こうと思っています。そこで気分転換が図れるのではないかと思っているのです。気分転換に制作は向きません。制作は自分を追い詰めていくので、精神的負担が多いのです。寧ろ美術館での鑑賞が有効なのです。家内から言われた墓参りも気分転換になりそうです。朝早く家内と菩提寺に墓参りに出かけ、夕方に若いスタッフ2人と美術館に出かければ、きっと気分はよくなると思います。この三連休は一週間の仕事の疲れを解消し、制作に対する意欲を取り戻す機会にしたいと思っています。

エディプス・コンプレックスについて

「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)を読み終えたところで、昨日NOTE(ブログ)に書いた、さらに探求したいフロイトの理論が私の脳裏に残っています。それはフロイトの精神分析学の中枢を成すコトバ「エディプス・コンプレックス」のことです。エディプス・コンプレックスとは何か、中断している「夢解釈」にも登場してきて、前にNOTE(ブログ)に書いた記憶があります。ここで改めてフロイトが拘ったエディプス・コンプレックスを取り上げたいと思います。「フロイト入門」の中から文を引用します。「(原始的な大家族は)『すべての女を独り占めにしながら、成長した息子たちを追放する暴力的で嫉妬深い父親』によって統率されると考えた。~略~『父を片づけてしまったあとでは、勝ち残った息子たちがたがいに激しく争い、そのためにその群族が崩壊してしまう』というのである。」これは何を意味するのでしょうか。人類の原初の家族の中で、両親に対する子どもの欲動的葛藤が、即ちエディプス・コンプレックスというわけで、これを克服することによって道徳等を司る超自我が生まれるのです。「フロイトはすべての人類に共通するタブーとして三つのタブーと、それら背後にある三つの欲望を挙げている。~略~これら秘められた三つの欲望とは、父親を殺害すること、すなわち近親の殺害、母親と交わること、すなわち近親相姦、そして死者の肉を食べること、すなわちカニバリズムである。~略~これら三つのタブーを守ることで、共同体は崩壊せずに存続することができるのであり、こうした禁止の力は非常に強いものである。フロイトはそこに強い罪悪感と不安の存在をかぎつけている。そしてそこから社会的な良心と道徳性が生まれると考える。」これがフロイトの精神分析の基礎となる論理であり、人類史まで視野を広げた秩序を持った人間社会の発現と言えます。逆に言えば人間社会は、攻撃欲動や性欲動の抑制であり、例えば宗教がその一翼を担ったと言っても過言ではありません。フロイトが晩年執筆した宗教に関する理論の契機になったものがここにあります。この晩年に書き上げたフロイト理論を自分は読んでみたくて仕方ありません。人間社会の成立を精神分析の立場から論じる方法に、自分の興味関心は高まるばかりです。

「人類の精神分析」まとめ

「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)第七章「人類の精神分析」のまとめを行います。これが最終章になります。「(フロイトは)個人の精神分析だけでなく、人類の精神分析の可能性を信じていた。それにはユングの影響もあっただろうが、フロイトの思想的な枠組みにおいて、すでにこうした取り組みを促すいくつもの要因が存在していたからでもある。」「民話や童話を手掛かりに個人の精神を分析しようとするユングに対抗して、フロイトは個人の精神分析を手掛かりにして、文化人類学の未解決の問題を解決しようとするのである。」この引用から分かる通りフロイトの考察は、もはや個人を超えて人類全体に対する精神分析を行うようになっていったようです。次の引用は人類の原初の段階に於けるタブーの問題に触れています。「強迫神経症の禁止の考察から、フロイトは原始的な民族のタブーも同じような強い欲望の働きと、その禁止というメカニズムによって発生したと考えた。~略~集団の象徴である特定の動物を殺すことと、トーテム集団の内部で婚姻を行うことである。」さらに次の引用は、宗教や軍隊といった集団が、秩序維持のためにやってきたことを、集団心理学として捉えています。「一つはイエス・キリストや軍の司令官のように、集団の頂点にカリスマ的な人物が存在し、率いていることである。『集団のすべての個人をひとしく愛する首長がいるというまやかし(錯覚)が通用している』のである。~略~こうした指導者に服従することで、集団の成員のうちには平等な関係と仲間への愛情が成立することである。」「フロイトは晩年に『幻想の未来』という書物で、西洋の資本主義社会がいかに人々の欲動の充足を妨げているか、そしてそれがどのようにして人々を戦争へと導くきっかけとなっているかを指摘している。~略~この『幻想の未来』という書物では、宗教が秩序を維持するために果たしてきた重要な役割を認めながらも、それは神経症が抑圧に役立っているのと同じであり、こうした疾患は治療する必要があることを訴えていた。」ここまでで文中の引用を控えますが、晩年のフロイトは宗教批判も厭わない論文を発表して、世間の酷評に晒されました。フロイトが精神分析の立場から人類史を総括したことに、私は興味が尽きません。「幻想の未来」それに続く「人間モーゼと一神教」という論文が読みたくなりました。近いうちに書店で探してみようと思います。これをもって「フロイト入門」のまとめとさせていただきますが、フロイトが提唱したものをさらに追求したい欲求に駆られます。それは稿を改めますが、そろそろ中断している「夢解釈」に戻ろうかとも思っているところです。

超絶技巧の「宮川香山」展

先日、東京六本木に移転したサントリー美術館に行ってきました。東京ミッドタウンの5階にあって、大変気持ちのいい展示スペースになっていました。陶芸家宮川香山は、明治時代に活躍した人で、超絶技巧の「高浮彫」で知られています。その技巧が見たくて展覧会に行ったのでした。最初の部屋に「褐秞高浮彫蟹花瓶」がありました。器に蟹が貼り付いていて、その造形や質感は本物と見紛うほどでした。ポスターになっている「高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指」もあって、猫のポーズが印象的でした。鳥、蛙、花や枝、どれを見ても驚くばかりの超絶技巧を舐め回すように見ました。ひとつずつ丁寧に作品を目で追っていた私は、ひどく疲れてソファに蹲ってしまいました。宮川香山は図録によると、京都の真葛ヶ原(東区円山公園)の陶工の家に生まれたそうです。家督を継いでから京都を離れ、橫浜にやってきます。明治政府は外貨獲得のため陶磁器の輸出を奨励し、香山も海外を視野に入れた陶磁器を制作していきます。超絶技巧の高浮彫はそうした中で生まれました。もともと橫浜には陶土の産地はなく、工房を構えるにあたって相当苦労したようですが、常軌を逸した高度な造形が生まれるまでに紆余曲折があったのだろうと察しています。田邊哲人氏というコレクターがいたおかげで、初代宮川香山から二代目以降の貴重な作品群を見ることができます。同じ陶を扱う端くれの私としては、作品が全て焼成されたものだという陶芸には至極当たり前なことが、まず驚きでした。陶土または磁器土の性質を熟知していないと超絶技巧は不可能で、しかも写実の色彩を求めて釉薬の研究も必要です。陶磁器にかけた生涯、その追求にかけた情熱がヒシヒシと伝わってくる鬼気迫る展覧会でした。

イメージはどこから?

作品を作っていると、ふと湧いてくる作品のイメージがあります。私の場合は結構苦しんでいる時に、新たなイメージが上空から降ってくるのです。この瞬間が訪れるうちは、表現が涸れることはないのではないかと思っています。フロイトによる「夢解釈」にある睡眠中の欲望充足とは、ちょっと違うように思えますが、それならば覚醒した時間帯の欲望充足と言えばよいのでしょうか。イメージはどんな経路で自分に降ってくるのか、自分ではよくわかりません。経験の蓄積なのか、記憶の断片なのか、ただ自分が考えることなので、自分という域を出ないことだけは確かです。イメージを捕まえるためのトレーニングは必要と考えます。何か作品を作りたいのだけど、何を作っていいのかわからない、創作活動から暫く離れていると、そうした制作欲求がどこかで頭を擡げます。自己圧迫のような強制だったり、義務感だったり、妙な焦りが常にあるのは、学生の頃に受けた専門教育に要因があるように思えます。その時は創作の素晴らしさを知り、これを生涯の友にしようと決めたはずでした。日常の雑多に追われ、創作活動から距離を置いてしまうと、作品のイメージはいっかなやってきません。とにかく動機はどうあれ作品に着手し始めると、イメージがどこかで目覚め、次から次へと自分を制作に追い立てます。イメージはどこからやってくるのでしょうか。参考になる書籍があれば読んでみたいと思います。

27年度最大のイベント

私の勤める職場では、年間に式典系のイベントが2回、祝祭系のイベントが2回あります。この職種が何なのか、察しのついている方もいらっしゃいますし、同業の方もこのNOTE(ブログ)を読んでいるので、隠しようがないところもありますが、ネットによる拡散を恐れて、職種は私が退職するまで伏せさせていただきます。今日は式典系のイベントがありました。私が壇上で述べる式辞は先週出来上がり、週末に自宅で声を出して練習し、時間を計りました。私の式辞は5分程度で、聞く方にしたらちょうどいい時間かなぁと思いました。今日のイベントは専門職である職員の協力・協働によって大成功を収めました。実労働した職員に感謝です。何かひとつのことを成し遂げるために組織として連携をしていく職員の姿を今まで何度も目にしてきました。私たち職種の仕事にかける日本の風土は、世界に誇れるほど素晴らしいと感じています。その分、超過勤務時間が発生し、その対応ができていない現状があります。意識の高い職員集団に支えられて、私のような者でも管理職が勤まるんだなぁと改めて感じました。

週末 傘寿記念リサイタル

今日は週末ですが工房へは行かず、朝から家内と東京上野の東京文化会館へ向かいました。叔父で声楽家の下野昇リサイタルがあったためです。「下野昇テノールリサイタル 傘寿記念 日本の抒情を歌う」と題されたポスターが小ホール入口を飾っていました。開演は午後1時半でしたが、早くから大勢の観客が並んでいました。叔父は小澤征爾指揮によるオペラや劇団四季にも出演していて、前のNOTE(ブログ)にも書いた通り、芸術を語れる唯一の親戚です。豊かで迫力のある声量が叔父の持ち味ですが、傘寿(80歳)となって、このリサイタルが最後になるのではないかと思っていました。ところが、歌曲が始まると、とても80歳とは思えない声量と表現力があって見事でした。テノール歌手は身体が楽器です。加齢による衰えはあるはずですが、それを補って余りある発声に驚きました。規則的な生活とスポーツによる体力温存、そして緻密に積み重ねてきた発声練習の賜でしょうか。伴奏者の無駄を省いた巧みなサポートにも拍手を送りたいと思いました。先日のNOTE(ブログ)に書きましたが、音楽は音だけが聴こえてはいけない、音が空間を作り、その中で風景が見えたり、深淵を覗いたり、そうしたイメージを紡げることが感動を齎すものと私は思っています。今回のリサイタルでも日本の情景が眼に浮かぶような瞬間が何度も訪れました。叔父は山田耕作、橋本国彦、團伊玖磨、尾高惇忠という4人の作曲家が作った歌曲を歌いましたが、私は現代性を持った尾高惇忠氏の音楽に面白さを感じました。作曲家ご本人も会場にいて、叔父に促されてステージに上がりました。立原道造の詩を朗読するような不思議な旋律に心が覚醒しました。濃密な時間を過ごせたことを幸せに感じた一日でした。

週末 昨夜のライブ雑感

週末になり、朝から工房で制作三昧でした。若いスタッフが2人来ていて、いつになく工房は賑やかでした。私は昨夜遅くライブに行った関係で疲れが残り、作業は今ひとつ乗りませんでした。昨夜は家内の従兄弟がライブに出演することがあって、横浜の中心地にある地下のライブハウスに出かけたのでした。家内の従兄弟は仕事をしながら、若い頃よりバンドを組んでロックから弾き語りまでやっています。彼は20代の頃にアメリカに学んだ経歴があって、自作の歌は英語が多いのです。英語の方が音が取りやすいのかもしれません。19時過ぎから始まったライブでしたが、彼の前に3組の人たちが30分程度演奏を発表していました。ギター1本で歌うシンガーや3人編成のロックバンドもあり、音楽のジャンルに幅がありました。彼はドラムとギターの人を従えて、持ち前の歌を披露していました。ライブハウスは、時として爆音で耳に後遺症が残るのではないかと思う演奏があります。自分も若い頃は爆音に身を投げ出して鬱憤を晴らしていた時期がありましたが、さすがに今は違います。それは音の羅列であって音楽ではないと思うようになったからです。歌であれ楽器であれ、演奏は音だけが聴こえてはいけないと思うのです。音が紡ぐ空間が広がって欲しいと願っています。音楽を聴いているのに近景や遠景を感じさせる空間、つまり楽想ですが、どんな音楽のジャンルであれ、そうした心地よさを感じさせるものが欲しいのです。造形美術と異なるのは、音楽は時間芸術で、それは人間の脈拍と関係するリズムがあることです。さらにピアノッシモからフォルテッシモまでの抑揚、それらが縦横無尽に繰り出される演奏力に観客は高揚を覚え、演奏者としては説得力を持つことになると考えます。最近の従兄弟の演奏に漸く説得力がついてきたと私は思っています。彼のリズム感と歌詞の間の取り方で、小さなライブハウスに収まりきれない空間が広がっていきました。

防災意識を確認する日

未曾有の東日本大震災が起こってから今日で5年目を迎えました。徐々に当時の記憶が薄れていく中で、いつ起こるかわからない災害に備えていこうと意識を高め、確認し合う日があってもいいと考えています。職場では14時46分に施設内外に向けて、私が弔意をこめた黙祷の放送を流しました。職場での備蓄も確認しています。防災に関しては、どの国よりも日本は進んでいるのではないかと自負するこの頃ですが、いかがなものでしょうか。何故そう思うのかと言うと、自宅に備蓄してある食糧を、このところ夕食で食べていて、その美味しさに驚くことがあるからです。備蓄期限は5年なので、当時購入した食糧を買い換える時期にきています。防災備蓄用レトルトカレーは、とても美味しくて備蓄食糧はまずいという先入観を覆します。最近、日本以外でも地震や津波の被害に見舞われている国々があります。日本の防災グッズを役立ててもらう取り組みもあるでしょうが、日本にショッピングに来る外国人観光客が、防災グッズを爆買いして、それぞれの国で備蓄する日もあるのではないかと思います。防災商法は不謹慎でしょうか。いずれにせよ自然災害に備える態勢は、各個人の意識において継続していくべきと考えます。

「社会という『檻』」まとめ

「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)第六章「社会という『檻』」のまとめを行います。「人間は社会の中で生きるかぎり、何らかの形で欲望の充足を抑圧せざるをえなくなる。社会は『檻』となって、人々を監禁し、抑圧する。そのため社会で生きる人々の間にはつねに、この檻を破壊したいという破壊欲動が存在している。~略~社会という『檻』に閉じ込められた人間たちは、ニーチェが指摘したように、檻の格子に体当たりして自己を傷つけるしかないのである。人間は良心というものを発明し、自己の内部に檻を作りだしてしまったからである。この罰する審級としての超自我は、自我を罰し、ときにはその人を破壊してしまうこともあるのである。」このような社会の檻による欲望の抑圧を考えた時に、フロイトは人類史を遡り、社会を形成するに至った動機を解明しようとします。「ヒトが猿から進化して人類になるために必要であった条件として、直立歩行をあげている。直立歩行をすることによって何が可能になるだろうか。それはまず手を使うことができるということである。~略~そして労働する人間は、他者と協力することの意味をみいだした。孤立していた人間では生産性が低いこと、そして他者と協力することによって、多くの富を生みだすことができることは、原始時代からすでに明らかになっていたことである。~略~それまで大地の匂いを嗅いでいた人間たちは、その匂いの刺激よりも、眼でみる異性の美しさという視覚的な刺激に強く反応するようになったとフロイトは考える。~略~フロイトは直立歩行して性器が他者のまなざしに暴露されたことに、別の意味で革命的な変化の原因をみいだしている。これは羞恥心の始まりであるとともに、他者のまなざしを意識し、自分のまなざしで他者を愛撫する行為の始まりだった。人間の愛情関係がこうして育まれ、家族が形成されるのである。」これ以降の論点は、宗教の発生や戦争が起こる根拠を、心理学的分析によって挙げています。この分析は私個人として興味関心が沸く対象なので、稿を改めたいと思います。

「フロイトの欲動の理論」まとめ

「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)第五章「フロイトの欲動の理論」のまとめを行います。「超自我という審級は、第一局所論の意識、前意識、無意識という審級によっては説明することができないものである。~略~心の構造は新たに自我、エス、超自我という三つの審級で構成されるようになった。」これは以前のNOTE(ブログ)に書きましたので説明を省略させていただきます。「自我は現実を吟味して欲動の充足を抑える現実原則にしたがい、エスは欲動を満たそうとする快感原則にしたがうのである。~略~この二つの原則に対応する形で、初期のフロイトは自我として快感自我と現実自我を対比させ、欲動としては性欲動(リビドー)と自己保存欲動を対比させた。」これは初期の欲動論からの引用で、フロイトはこの頃に二元論を展開していました。「『わたしたちの心の中で作用する器官的な欲動はすべて〈空腹〉か〈愛〉に分割される』のである。そして愛の欲動を担う自我と、個体の維持のための欲動を担う自我を、それぞれ快感自我と現実自我として対比したのである。」これはもう一つ別の論点からの対比構造です。次は思考の発生に関する論考です。「思考が発生するのは、生体がつねに快感を満たすことができる状態からではなく、快感をみたすことに失敗し、そのような失敗を繰り返さないことを学ぶ過程からだということである。そしてこのような失敗の後に、赤子のうちに知覚と幻覚を区別する思考が発生し、赤子は思考する主体となり、そこに自我が発生していると考えることができる。この自我が、現実性の判断を下すようになるのである。」その後、性欲動と自己保存欲動の二元論は崩壊し、「死の欲動」が登場します。その契機となったのが第一次大戦における戦争神経症によるものでした。最後の引用です。「病気などの何らかの理由があれば、対象に向けられたリビドーは、自己に戻ってくると考えられた。この自己に向けたリビドーは、自我欲動と同じものだと考えられる。すると性欲動と自我欲動は同じものだと言えるだろう。欲動は二元論ではなく、一元論にまとめられたのだった。」今回もNOTE(ブログ)は引用ばかりになってしまって論点が定まりませんが、自分なりのまとめとしてアップしたものです。ご容赦いただければと思います。