先日成形が終わった3点の陶彫土台に、今日は加飾を加えました。陶彫土台は8点必要で、現在のところ今日の3点を含めて6点が乾燥待ちの状態になっています。あと2点。また座布団のようなタタラを数枚作りました。ところで、今日は職場でちょっとした用事があって、工房と職場を出たり入ったりしました。土曜日のたびに雑用があって、制作が途切れ途切れになってしまいます。RECORDも新しいテーマで昨日から描き始めました。陶彫と併行してRECORDの彩色もやっていました。このところ涼しい日が続きましたが、今日は汗ばむくらいの陽気でした。でも工房内は真夏の暑さとは違い、快適な気温で過ごしています。制作が確実さをもって前へ進められるように、貴重な時間を有効に使いたいと考えています。
10月 実り多い1ヶ月に…
2010年 10月 1日 金曜日
10月になりました。実り多い1ヶ月にしたいと願っています。創作活動には最適な気候になりました。昨年の今頃は「構築~瓦礫~」のための石膏型を作っていました。今年の陶彫部品は曲面がないので、石膏型に嵌め込んで成形する必要がありません。ただ今年は部品の体積が大きく、窯にひとつずつしか入らない部品が多いことが不経済であるし、効率も悪いところかなぁと思っています。だんだん作品が大きくなっていくところが自分の癖です。今年は三角錐や四角錘をベースにした緊張感のある作品を作りたいと考えています。新作のタイトルも考えなければなりません。昨年は昨年の作品を「瓦礫A」とブログに公表していました。そして今年の作品を「瓦礫B」にするつもりでした。というのは今年の作品と昨年の作品は2対になるものとして考案しているためです。でも、やはり今年は今年で発想の源に立ち返って、新たにタイトルを考えようと思います。今月は新作をどこまで進められるか、それによって来年の個展までに余裕が生まれるかどうかが決まります。頑張りどころの最初のハードルかもしれません。
涼しさ増す9月の終わり
2010年 9月 30日 木曜日
「猛暑続く9月の始まり」というタイトルで始まった9月ですが、「涼しさ増す9月の終わり」というタイトルで締めくくることができます。今月初めに懸念していた長く工房に留まれるかという問題は、気候があっという間に変わってあっさりクリアしてしまいました。まさに秋は駆け足でやってきました。陶彫の成形は今のところ順調に進んでいますが、焼成が無事終わるまで何とも言えません。葛飾北斎の浪図を下敷きにしたRECORDも今日で終わります。北斎の亜流とも思えるRECORDになってしまいましたが、自分にしては面白く充分に楽しめました。また気になる巨匠の表現を下敷きに、RECORDをやってみたいと考えています。来月もこの調子で制作できたらいいなぁと思っています。
久しぶりに北斎漫画
2010年 9月 29日 水曜日
久しぶりに北斎漫画全三巻(岩崎美術社)を見ています。たしか北斎漫画がまとまって発売された時に、どうしても欲しくなって購入した記憶があります。随分前のことで全三巻がダンボール製の箱に入っていました。箱は黄ばんでしまって、書籍も古くなっていますが、購入した当時のまま書棚に仕舞い込んでいました。あの頃は頁を捲っては感嘆していました。書棚から取り出し埃を叩いて、久しぶりに北斎漫画を堪能しています。この北斎漫画と鳥獣戯画は自分にとって日本美術史上最高の傑作と思っているのです。北斎漫画と鳥獣戯画のことを自分は「線描二大巨頭」と呼んでいます。または「線のバイブル」、「描写 虎の巻」とも勝手に名付けています。毛筆によるタッチの抑揚は、現代の劇画世代をも魅了すると自分は思います。手馴れた線、カタチを表すために立ち止まる線、素早く一気に走る線、雄弁な線、無言で沈黙する線、どれをとっても豊かな表情をもって描かれています。これは洋の東西を問わず突出した作品集であるのは間違いありません。
北斎の表現に学ぶ
2010年 9月 28日 火曜日
今月は葛飾北斎の怒涛図「男浪」「女浪」や富獄三十六景「神奈川沖浪裏」に見られる波頭の表現を、何とか自分のものにしようと模倣を続け、また模索を繰り返してRECORDにしてきました。襲いかかる波頭を、線による輪郭で巧みに描写した北斎の観察力・表現力には驚くばかりです。象徴主義の考え方や感じ方が初めから根付いているのが我が国の絵画表現だと言えます。大学受験時代に西洋絵画の基礎を学んだ自分は、西洋的写実のもつ遠近法や陰影の考え方をたっぷり知った上で、自国の文化遺産に触れ、その凄さに目を見張ってきました。いわば西欧の印象派の画家が日本の浮世絵を見て驚いたのと同じ道筋で、自分も北斎の大胆な構図や表現に魅せられたのでした。北斎が80歳を過ぎた頃に、ようやく絵が解ったと言ったことを何かの本で読んだことがあります。見習うべくは北斎でしょうか。こんな1ヶ月のRECORDで何が解ると言うのか、たどたどしい模倣に終わってしまう自分を恥じるばかりです。
疲労残る週初め
2010年 9月 27日 月曜日
先週末の頑張りが影響して、やはり今日は微妙に疲れを感じます。職場での仕事は、週末の創作活動と比べると神経の使い方が違います。職場は職場で施設面や人事面で山積する仕事があって大変です。何十年も公務員と彫刻家の二束の草鞋を履いてやってきているので、気持ちの切り替えは簡単に出来るのですが、ただ最近は双方の疲労を持ち越すことが多くなりました。創作活動で凝縮した一日を過ごすと身体に応えます。とくに土練りやタタラ作りをした翌日はつらいものがあります。また先々の話ですが、年度末を迎える職場の圧倒的な仕事量の前には、創作活動の入り込む余地がありません。加齢のせいとは思いたくないのですが、しばらく休養していないのも確かで、この自転車操業がいつまで保てるのか自信を失いかける時があります。双方の仕事を適当にやり過ごせない不器用さと生真面目さが短所であり、またはひょっとすると長所でもあるかもしれないと思うこの頃です。
週末 工房に9時間
2010年 9月 26日 日曜日
作業がやりやすい気候になりました。夏の猛暑で遅れた工程を何とかしようと、今日は朝8時から夕方5時まで9時間の制作をしました。まず昨日作っておいたタタラを使って成形を3点。今日は肉体労働ではなく精神労働です。タタラの強度を確かめながら斜めに立ち上げてドベで接合し三角錐を作ります。ヘラできちんとカタチを整える作業には神経を使います。先日出来た3点に加えると陶彫土台は、ようやく6点になりました。何とか乾燥が上手くいけば、残り2点で土台は完成です。今回の成形の加飾は次回にします。さらに今日は土台以外の陶彫部品のための板定規を作りました。幅45センチ、高さ75センチの四角錘を数点作ろうと思っているのです。今回の土台もそうですが、板をカットして作品のためだけの定規を作っておかないと同じものが複数出来ません。板定規は役目を終えると再びカットして小さめの定規になります。3時を過ぎた頃からRECORDの彩色をしました。5時を過ぎたところで作業終了。今日は充実しましたが、陶彫は窯から出すまでは予断を許さないので、充実はしていても喜べない日が続きます。
週末 タタラ&スイム
2010年 9月 25日 土曜日
雨が上がると気持ちの良い青空になりました。工房のある畑の木々に陽が降り注ぎ、久しぶりに緑が美しいと感じました。先日まで新作の陶彫土台の成形が3点出来上がり、今日は新たな成形のための準備に入りました。また座布団くらいの大きさのタタラを10枚程度作りました。すべて手のひらで叩いて陶土を伸ばしているので、シンドい作業です。土練りとタタラ作りは肉体労働、成形と加飾は精神労働です。肉体労働ついでに、近隣のスポーツクラブに行って水泳をしてきました。水泳は午後1時過ぎと夜7時過ぎの2回行きました。1回で1.5キロくらい泳ぐので合わせて3キロくらいは泳いでいるのかもしれません。タタラを3枚作っては泳ぎに行って、また3枚作って…という具合にやっていたので、ブログを書いている今は身体がクタクタです。明日に疲れが残らないといいなぁと思っています。タタラの乾燥具合を見て明日成形が出来れば最高です。
急に涼しくなって…
2010年 9月 24日 金曜日
急に涼しくなって上着を着て出勤です。あの暑さはどこへいったのか、喉もと過ぎればの境地です。創作へ向かう意欲は高まっていますが、秋が深まればその気持ちは一層強くなります。気候によって人の感情が左右され、自分くらいの年齢なると、この時ばかりとひたすら創作の炎を燃やしていますが、工房に通ってくる若いボランティアはメランコリックな気持ちになっているようです。自分も学生時代はそうだったのかもしれません。シトシト降る雨の中をギャラリーや美術館に一人急ぐ当時の自分自身の姿が今でも思い出せるのが不思議です。こんな泥臭い彫刻ばかりやっていて、女の子に本当にモテるのか真剣に思っていた時期がありました。今思うと滑稽ですが、それでも女々しい絵や詩は書くまいと決めていたのです。あの時の気持ちはどこへいったのか、今年の暑さと同じ、喉もと過ぎればの境地です。
制作合間の墓参り
2010年 9月 23日 木曜日
大雨の秋分の日です。朝7時に工房に行って、先日成形が終わった3点の陶彫作品に加飾を施しました。三角錐に穴を空ける作業ですが、創作に直結する工程なので緊張する反面、楽しい作業でもあります。昼ごろ制作を中断し、実家の母と墓参りに行きました。祖父母の代には、あまり墓参りに積極的ではなかった自分ですが、父が他界してからは事あるごとに墓参りに行っています。墓が先祖代々からある小さな土地から菩提寺に移ったことが墓参りによく行く契機となっていますが、墓地周辺の環境が良く、菩提寺の庭園にある大きな百日紅を眺めるのも楽しみのひとつになっているのです。午後は再び工房で作業再開。今日の工房内は肌寒く、ちょっと疲れも出たので早めに切り上げ、RECORDに使うアクリルガッシュを買いに出ました。父が残してくれた土地に工房を建て、その恩恵に与っていることを墓参りを通して実感した一日でした。
10‘個展評壇より
2010年 9月 22日 水曜日
『木・陶による「構築」シリーズ。「陶」は錆びた鋳物か古代の土器の趣。「木」は漁具の銛のような形。双方組み合わせての「構築」オブジェ。今回は巨大なテーブル状に仕立てて、壮観。』(美じょん新報 9月20日付)この月の彫刻の個展はギャラリーせいほうでの個展ばかり3つが取り上げられていました。実際、彫刻の個展は数が少ないように思います。立体作品は素材の扱いや制作場所の確保等に難しい面があり、かかる費用や手間暇のわりに関心が高いとは言えません。それでも立体作品を作っていたいと思っています。批評は真摯に受け止めて、次の作品に生かしたいと思います。批評の中で「漁具の銛」という表現がとても好きになりました。見に来てくださった方々からもいろいろなご意見ご感想をいただきました。改めて感謝申し上げます。
相原工房の1年間
2010年 9月 21日 火曜日
そろそろ工房を使い始めて1年くらい経つかなぁと思って、ブログのアーカイブを開いたら、まさにその通りでした。「相原工房の出発」というタイトルで、先ず手始めに「構築~瓦礫~」の木彫荒彫りをやっていたことがわかりました。併せてボランティアの子が来て、旧作の壊れた梱包を解き、梱包材のダンボールを畳んでゴミ処理をしてくれていたこともわかりました。昨年7月に建設が始まった工房ですが、収納棚や作業台、陶芸窯等が入って、ちょうど1年前に現在の環境になりました。あれから1年間…倉庫として建てた工房なので、夏の暑さ、冬の寒さは大変厳しいものがあります。それでも自分にとっては愛着のある素敵な空間で、たかが1年間でも、ここで悩み苦しみ、またリラックスもしていました。もっとこうしたい、ああしたいと思うところは工房内にいっぱいあります。時間に追われる今はこのままで制作をしていかねばなりませんが、時間が出来たら、もっと今より効率よく作品保管が出来る配置と、展示に適した内部空間を作り上げていきたいと願っています。
連休最後は成形3点
2010年 9月 20日 月曜日
今日で三連休が終わります。朝から工房に籠もって制作をやっていました。タタラを立ち上げてドベで接合し、成形を始めました。陶土の乾燥具合を確かめながら作業しているので、まったなしの作業になり、3点の三角錐を基本とした成形を終わらせました。これは合計8点作ります。木彫を施した柱を支える土台になる部品で、ピラミッド型である四角錐とは違います。加飾仕上げは次回に行いますが、このカタチがこのまま保てるのかどうかはわかりません。ヒビが生じれば再考しなければならないのです。かなり苦しい作業で、陶彫による無理なカタチがどこまで保てるのかわからないのです。努力が無駄に終わることもしばしばあって行きつ戻りつの作業です。何年やっていても、そのつどカタチが変わるので経験が生きない場合もあります。今日は暑いというより、自分の精神的な緊張から汗が噴き出し、シャツを何枚も替えました。成形した3点はビニールをかけて、徐々に乾かしていきます。次は木曜日に作業再開です。
タタラ・祭礼・土練り
2010年 9月 19日 日曜日
タイトルだけ見ると何のことだかわかりません。今日は日記としてブログを書いています。朝早く工房に行って、昨日作っておいたタタラの乾燥具合を見てきました。土を柔らかい状態のままタタラにしたので、成形するのにはもう一日待った方がよいと判断しました。次にタイトルにある祭礼と言うのは、職場近くの杉山神社で祭礼があったので、挨拶がてら見てきました。神輿が威勢よく繰り出していました。自分の町内会の祭礼にはほとんど顔を出したことがないのに、職場がある地域にはご挨拶に出かけています。そこで仕事している以上仕方がないかと思っています。次にタイトルにある土練りと言うのは、祭礼から帰ってきて、再び工房に行って新たな土作りを行ったのです。秋の釣瓶落としとはよく言ったもので、工房の周囲は真っ暗になりました。網戸から心地よい風が入ってきて気持ちよく土練りができました。夜、自宅でRECORDを描いて今日は終了。今日はちょこちょこと細かいことをやっているなぁと思いながらブログを終わることにします。
三連休はタタラから
2010年 9月 18日 土曜日
三連休はタタラから始めることにしました。いよいよ秋めいてきて、気温は高いものの湿度が少なく凌ぎやすい一日でした。工房では朝8時過ぎから午後4時過ぎまで、たっぷり制作ができました。これは久しぶりです。予め練っておいた陶土をタタラにして、新作の土台作りの準備をしました。タタラにする時は、さすがに汗が流れましたが、土の感触を確かめながら作業するのは気持ちのいいものです。座布団くらいの大きさのタタラを10枚程度作りました。全て手のひらで叩いて棒で伸ばします。タタラにはビニールをかけて暫く置きます。成形は明日以降やる予定です。工房の周囲は親戚の方が草刈を丁寧にやっていてくれて、さっぱりした印象になりました。何て快い環境&気候でしょう。身体中がリラックスをしていて、まずまず新作へ向けての良い幕開けとなりました。作品は順調に仕上がったことは今まで一度もないのですが、困難が生じることを百も承知で、今回の幕開けを歓迎したいと思います。
筋肉痛と睡魔
2010年 9月 17日 金曜日
ここ数日のブログは彫刻の話題ばかりで、まさに秋の深まりが芸術への誘惑を高めているように思います。そろそろ気楽な話題にしなければ、自分自身を追い詰めてキツくなってしまいます。今宵ブログを書いていて、身体に感じるものがあるとすれば筋肉痛と睡魔です。たまに夜行くスポーツクラブで1時間程度水泳をやってきますが、その疲れが自分は2日後くらいに出てくるのです。筋肉痛の原因はこれです。水泳は身体全体の筋肉を使うらしく、心地よい疲労が身体全体に広がっています。それに加えて睡魔が襲います。もう何もヤル気が起きないほど眠くなります。そんな中でRECORDを描くのは至難の業と言わざるをえません。いくら小さな画面でも緊張感を持たせるなど不可能です。それでも美術家のサガがあって何とかしようと苦闘してしまいます。瞼が落ちてきて、ついでに鉛筆もコロンと落として万事休す。今晩はこれでお開きです。おやすみなさい。
20世紀の彫刻は…
2010年 9月 16日 木曜日
「20世紀の彫刻はさまざまな局面と立場からはじめられていて、それはひとつの彫刻の理想というよりも、いわば『彫刻』という古典的な名をかりた、現代の『物体』の研究であり、空間の探究であり、複雑な次元の検証であるといってもいい、全く新しい技術と材料と形態の結合したものである。彫刻とは何か、いまはその定義を極度に単純なものに還元するところから出発して、そのあらゆる可能性を試みているのであろう。なぜなら彫刻という立体物にはあらゆる時間・空間的な付属物がこびりついているからで、それを剥ぎとることが同時になされているのである。~略~」(瀧口修造全集Ⅷ・みすず書房)現在、日本の多くの美術館の所蔵品にヘンリー・ムアを初めとする欧米の現代彫刻作品があります。自宅から近い美術館では、横浜美術館や箱根彫刻の森美術館があって、そこに行けば、いつでもムア、アルプ、カルダーやイタリア現代彫刻の数々の作品を見ることができます。そんな手を伸ばせるところに存在する現代彫刻は、ひと昔前までは情報が少なく、海外から紹介される僅かな機会でしか現代彫刻に触れることができませんでした。確かに今を生きる私たちの周辺の環境が急激に変わり、彫刻にとっては幸福な時代と言えるかもしれませんが、また同時に情報過多で造形が生まれる地域性が失われ、理論ずくめの作品になっていくことも否めません。定義を極度に単純なものに還元することを繰り返しやってみることが必要だろうと思います。
陶のピラミッド
2010年 9月 15日 水曜日
制作への思いが募っているところに、今日の涼しさ…。まさに制作しやすい環境になってきたようですが、この涼しさはずっと続くのでしょうか?猛暑に慣れてしまった身体には寒ささえ感じる涼しさです。いよいよ秋が到来した気になって、新作の木彫による柱を支える陶彫土台を考えることにしました。前のブログに書いた通り来年発表する新作の陶彫は、四角錐を基本にした集合体で構成する予定です。いわば小さなピラミッドが密集しているイメージです。何年か前に陶彫で小さなピラミッドを作ったことがあります。それを「発掘~遺構~」の一部に使いました。ピラミッドは構造的にタタラでいけるはずです。ピラミッドが大きいと焼成でタタラがへたることがあるかもしれません。そうなれば内部に陶で支柱を作らねばなりませんが、窯に入る程度の大きさなら大丈夫だと思っています。今回は若干柔らかめに土練りをしているので、タタラの状態でしばらく放置して表面がやや硬くなるのを待つしかありません。ピラミッドは好きなカタチです。週末から作る予定ですが、楽しみながら作業できればいいなと思います。
陶による集合彫刻を考える
2010年 9月 14日 火曜日
陶彫に関わって10数年が経ち、改めて現在やっている陶による集合彫刻を考えてみたいと思います。集合彫刻を始める動機は、もちろん集合彫刻が自分の感性に合っていたことが一番でしたが、集合彫刻にはさらに付随するものが多くあります。まず素材が陶であり、陶土を焼成するための窯の容積が決まっていて、単体作品であれば作れる大きさに限界があること。そこで単体を組み合わせる集合体にすれば大きさにある程度の幅ができて、よりイメージに近づけると思ったのです。もうひとつは自分は公務員であり、制作時間の制約を受けることが挙げられます。仕事の具合によって作品のパーツの数に影響して、集合体が大きくなったり小さくなったりするのですが、それでも未完で終わることはありません。それは当初のイメージ通りではなくなることを意味し、何度もイメージを描き変える必要が出てきます。イメージを一旦壊し、新たな模索を余儀なくされて、さらに締め切り時間とのギリギリの攻防によってパーツを作ります。これは時に緊張感を生んで結果的にはいい展開をすることがあります。もちろん、その逆もあります。余計なパーツを多く作ってしまい、作品が散漫になってしまうのです。陶による集合彫刻は、自分の感性と生活サイクルから生まれた表現方法で、もうしばらくはこの方法にこだわっていきたいと思っています。
制作への思いが募り…
2010年 9月 13日 月曜日
昨日の夕方、長野県から帰宅して工房に行きました。昼間、自分は不在でしたが、ボランティアが来ていて土作りをやっていました。そこで僅かばかりの時間を使って制作をすることにしました。夕方から夜にかけて工房内は過ごしやすくなります。もっと涼しくなれば長く工房に留まり、制作に拍車をかけたいと思っています。そろそろ来年発表予定の新作の土台作りに着手したいのです。先週末からやっている土作りは、すべて新作のためです。来年は今年発表した「構築~瓦礫~」に関連した作品を発表する予定です。既にイメージは固まっていて、あとは作業するだけなのです。「構築~瓦礫~」は曲面を使った陶彫部品による集合彫刻でしたが、来年の新作は四角錐を基調に部品を作ります。今年の作品に比べると鋭利な雰囲気になると思います。「構築~瓦礫~」は、球体が壊れた状態をイメージしましたが、来年の作品は立方体が壊れたイメージです。来年は陶彫部品の空間配置が楽しくなりそうな気がしています。いつも搬入が楽しめる作品でありたいと願っているのです。気候がよくなれば制作への思いが募ります。うずうずしている心を抑えながら、週末が来るのを楽しみにしています。
石臼で挽いた蕎麦
2010年 9月 12日 日曜日
信州と言えば蕎麦です。自分は親譲りで蕎麦に目がありません。今日は長野県を後にするので、何としても蕎麦が食べたいと皆に所望しました。白い蕎麦の花が畑に咲いているのを見るにつけ、昼食は本格的な蕎麦と決めていました。昨夜旅館で出た蕎麦も美味しかったのです。昼食の前に原村にある農協の野菜販売所に立ち寄り、新鮮野菜を購入しました。酒蔵にも立ち寄りました。念願の蕎麦屋は山梨県にありました。「十割蕎麦」という看板の店で、石臼で挽いた蕎麦を充分堪能しました。大盛りを注文したら、「うちは量が多いけど大丈夫?」と主人から言われ、それでも大盛りを完食しました。2日間充分楽しんで帰途につきました。
車山高原を歩く
2010年 9月 11日 土曜日
自分や家内を含めて総勢11名で自然を満喫しに長野県に出かけました。向かったのは白樺湖。まず八子が峰を散策、湖畔で昼食をしたあと、車山の頂上まで行きました。自分は10数年前に何回か車山に行ったことがあります。懐かしくて当時を思い出しながら歩きました。快晴だったので頂上では360度の展望が開け、清々しい気分になりました。山々に囲まれた盆地にある集落と湖が眼下に見えました。箱庭のような美しさ。高山植物をひとつひとつ確認しながら、ゆっくりした時間が流れていました。ススキの穂が秋の到来を告げているようでした。
自然を満喫するために…
2010年 9月 10日 金曜日
明日から長野県に出かけます。長野県と言っても、たびたびブログに登場する麻績の師匠宅に行くわけではありません。美術館巡りでもありません。美術と離れて、ただただ自然を満喫してこようと思って出かけるのです。今回は一緒に行く仲間がいます。毎年シュノーケリングで海に行く仲間です。今年は7月のスケジュールが合わず、海から山歩きに変更になったのです。仲間と言うのは、近隣のスポーツ施設で知り合った仲間です。職場関係でもなく、美術関係でもない、もうひとつの気のおけない遊び仲間です。仲間の中で自分は最年少です。最近定年退職されたばかりの先輩たちと自然の中を歩き、夜は旅館で語り合うひと時は、自分にとって申し分なく楽しいひと時なのです。自分は職場人間で終わりたくないと思っています。週末は創作活動をやり、その延長として美術館を巡り、師匠に会いに行っています。また、一方で美術とは縁のない仲間がいて、海や山に遊びに出かけます。普段の仕事とはまったく違う別の世界を複数もっていることは幸せなことだと思っています。何も考えず自然を満喫する、自分にとってはこれも貴重な時間です。
秋の虫が鳴く夜
2010年 9月 9日 木曜日
あの猛暑が信じられないくらいの涼しさになりました。また週末は暑くなるそうですが、秋は確実にやってきているようです。周囲に緑が多い我が家は、夜ともなれば虫の合唱が始まります。このブログを書いている時も、外ではさまざまな虫が鳴いています。自分は眠くて眠くて仕方がありません。毎年この時季は眠いのです。RECORDを描きながら、うつらうつらしています。通勤の時だけではなく、こんな夜も手ごろな本でも読みたいところですが、睡魔に勝てそうもありません。こんな時は、何も考えず深い眠りに落ちていきたいと思います。
どしゃぶり ひさしぶり
2010年 9月 8日 水曜日
いつまで猛暑が続くのかと思っていたら、台風接近のニュースが流れて横浜でも大雨が降りました。まさに、どしゃぶりひさしぶりの語呂合わせとなりました。これで暑さは一段落なのでしょうか。我が家は自宅も工房も畑の中に建っていて、雨が降らないと土埃が舞い上がる環境なのです。私たちは近隣に住む親戚に畑の手入れをお願いしています。一雨来ないと土埃が舞い上がり草刈が出来ないと言われ、雨を待っていました。これでようやく自宅や工房周辺の草刈をやっていただけると期待しているところです。自分も退職すれば、自宅や工房周辺の手入れをしますが、いかんせん今は時間がないので親戚にお願いしているのです。このまま涼しくなってくれれば週末の作業も捗るのに…と思いつつ夏から秋へ気候が変わる時に猛暑の疲れが出て、体調不良にならないように気をつけたいと思います。
ロシア・アヴァンギャルド
2010年 9月 7日 火曜日
自分の学生時代はロシアは旧ソビエト連邦で社会主義体制の閉塞感の強い国でした。ソ連を中心とする東欧諸国はどれも社会主義国家で、ハンガリーやルーマニア、チェコスロバキア、ユーゴスラビアに出かける際にビザを取得しなければなりませんでした。それでもオーストリアに住んでいた頃に、よくハンガリーやルーマニアに出かけました。当時ポーランドや東ドイツに行けなかったのは残念でしたが、オーストリアにいても遠くの国というイメージがありました。自分はチェルノブイリ原発事故のほんの少し前に帰国したので、惨状はわからずじまいですが、そういう事故があると、自分がいたオーストリアとソ連は地理的には近い国なんだという意識がもてました。美術的には当時のソ連は社会主義レアリスムばかりで、ロシア・アヴァンギャルドが存在した実感はありませんでした。ロシア・アヴァンギャルドのことを知ったのは帰国してからの話で、日本の書籍を通じてロシアの革新的な芸術運動のことを知りえたのでした。考えてみればシャガールにしろカンディンスキーにしろロシアを亡命した芸術家たちで、彼らが生まれ育った風土に新しい美の息吹があっても不思議ではありません。しかも彼らはどこかにロシアの血を残した作品を作り、それが美術史の中で近代から現代に通じる役割を果たしているのです。ロシア・アヴァンギャルドについて自分なりにもう少し拘ってみたい欲求に駆られているところです。
「シャガール」展 夢と前衛
2010年 9月 6日 月曜日
先日、東京上野にある東京芸大美術館で開催されている「シャガール」展を見てきました。副題に「ロシア・アヴァンギャルドとの出会い~交錯する夢と前衛~」とあるように、展示内容はシャガールの絵画だけでなく、同時代を生きたロシアの芸術家の作品やシャガールの舞台美術も網羅していて、内容の濃い展覧会になっていました。自分の学生時代のことを振り返ると、自分はシャガールの作品にあまり関心がなく、実際に彫刻的ではない絵画世界に馴染めなかったように思います。画業の偉大さは認めていたにも関わらず、感覚的なところで受けつけなかったのでした。シャガールの作品が好きになったのは、自分に滞欧生活があったおかげです。作品の中に自分の血縁を塗りこめ、故国から離脱できない心情が常にあったことが自分に感動をもたらせました。自分の滞欧生活なんてシャガールの故郷を追われた身に比べれば、ほんの一時の気の迷いかもしれません。それでも孤独な魂の僅かな部分が自分には理解できたような気がしました。展覧会ではカンディンスキーの初期の具象絵画がまとまって見られたことが、自分にとって大きな収穫でした。この風景画が次第に非対象絵画になっていくことを美術史で知っている自分には、具象の中に潜む構成世界を勝手に想像して楽しむことも出来ました。
週末 汗の滴る菊練り作業
2010年 9月 5日 日曜日
週末は貴重な時間なので、とにかく工房に居て作業をしたいと思っています。今日も決して涼しくはなく、朝から太陽が照りつけていました。陶土に水を打って土錬機にかけ、さらに菊練りをしてビニールで密封する作業は、結構身体を酷使するので楽ではありません。ざっと見積もって今回は100キロ程の陶土を作りました。これは創作活動ではなく単純労働です。この暑さの中ではボランティアの子も倒れてしまうかもしれないので、これは自分がやることにしました。陶土は自分にとって造形の基本となる素材です。ブレンドされた自分の陶土に愛おしさを感じる時があります。陶土の無駄を作らないように手間をかけます。焼成で失敗したもの以外は全て元に戻します。乾燥した陶土はハンマーで砕いて水を何度も打って、しばらく放置した後、再び土錬を行います。今日は最後の菊練りに汗を流しました。室内温度が高いので多少柔らかめにした陶土を練りました。練っている陶土に汗がポタポタ落ちました。一体いつまでこの猛暑が続くのでしょう。2時半まで頑張って、それ以上の作業は厳しいと判断しました。
週末 土作りと美術館
2010年 9月 4日 土曜日
工房に長く留まりたい週末ですが、8月からの猛暑はいっこうに衰えず、工房内は作業が出来る気温ではありません。それでも朝7時から2時間工房に居ました。硬くなった陶土に水を打って土錬機にかける機械的な作業をやっていました。9時に動物病院に飼い猫「トラ吉」を引き取りに行って、また工房で作業再開。午後1時をまわったところで今日は止めにしました。暑さのせいでボーとすることが多くなったので、ここで止めておいた方がよいと決めました。午後は恒例の美術館回りに出かけました。東京上野の東京芸大美術館で「シャガール展」を見た後、六本木の国立新美術館に移動して「二科展」を見てきました。「シャガール展」の感想は機会を改めます。「二科展」は後輩が入選したので見に行ったのです。「二科展」は公募展の中でも出品者が多く集客率が高い団体です。女流タレントの油彩が特選になっていたりして、会場には人だかりがありました。後輩の作品は厚い合板に非具象のカタチを彫り込んだ力作でした。今後、彼がどんな展開を見せてくれるか楽しみです。明日は工房での作業に明け暮れたいところですが、まだまだ猛暑が続きそうな気配です。無理をしないでやっていこうと思います。
9月RECORDは「逆巻く」
2010年 9月 3日 金曜日
来る日も来る日も小さな平面作品を作り続けて4年目。RECORDはポストカード大の絵画で一日1点のペースで作り続けています。最近の洒落れた表現に絵手紙というものがあって入門書も販売されていますが、楽しみながらスケッチした絵を相手に送る絵手紙は大変いいものだ思います。初めの頃はRECORDもそんな具合に気軽に作ろうと考えていました。ところがタブローや彫刻の雛型のような存在になってしまい、日々イメージを捉える訓練の積み重ねです。それはそれでいいのですが、悩み苦しむ時もあって、いつかやめようと思っています。それでも意地があって、いまだ継続中です。先月久しぶりに葛飾北斎の怒涛図「男浪」「女浪」を図版で眺めて、改めてその表現の凄さに心が奪われました。そこで今月のRECORDのテーマに北斎の「逆巻く」浪のイメージを持ってきました。北斎の画筆に迫りたい思いで今月はやってみます。2月のRECORDのテーマは「渦巻く」で、若干似た表現になるかもしれませんが、今月は波頭がぶつかるイメージがあるので、作品としては2月のRECORDと異なるものになると考えています。
家内が富山県八尾へ
2010年 9月 2日 木曜日
家内は胡弓奏者です。幼い頃からバイオリンを習い、成人してから三味線を習い始めました。この2つの異文化楽器がテクニック上で融合し、胡弓に至ったのだと思います。家内の出身は私と同じ神奈川県ですが、毎年この時季に富山県八尾で行われる「おわら風の盆」を見に出かけています。胡弓は中国の二胡とも異なり、この「おわら風の盆」のために作られた楽器と聞き及んでいます。家内はいつも自分の楽器を携えていくので、本拠地で機会があれば演奏するのかもしれません。私も何年か前に家内と一緒に八尾に行きましたが、風情ある町がこの時ばかりは観光客であふれ、情緒のある踊りを見るために何時間も町の中を彷徨いました。「おわら風の盆」は観光客がいなくなった深夜がとてもいいと聞いていましたが、当地に宿泊しなければ、そうした本当の意味での風流な姿にはお目にかかれないと思いました。家内は胡弓仲間の伝で宿泊場所を確保しているのです。家内の帰りは土曜日になると書置きがあります。ついでに猫の「トラ吉」は行き付けの動物病院に預かりとなっています。