P・クレーによる建築学雑感

現在読んでいる「クレーの日記」に建築に関するクレーの考えが述べられている箇所があります。長い文章ですが引用します。「イタリアで建築芸術の理解を深めてくると、ものを見る目が肥えてくるのが、自分でもすぐわかるのであった。どの建物も実用のために建てられたのに、そこにあらわれている芸術は、ほかの芸術分野の作品にくらべて、はるかに調和のとれた純粋さを保っている。この空間の有機的構造というのは、どんな先生にならうのよりも大きな収穫であった。私のいうことは、さぞ抽象的に思われるであろう。しかし、高い次元へと精神が成長するときには、だれでも専門家ぶった難しい口をきくものなのだ。絵画や『自然』と違って、建築作品では、個々の部分の相互関係を目でみて計算することができる。だから、愚かな初心者にとっても、建築物は手っとり早く卒業できる速成学校のようなものなのだ。数的なものを有機体という概念で理解できるようになれば、自然画もはるかに易しく、また正しく描けるかと思う。また、建築物は無限に複雑になりうるから、建築という宝庫のいずみはおよそ尽きることを知らないのである。はじめて建築物を前にしたとき、どうしてよいか、ただとまどうばかりかと思う。これは、末端の梢ばかり見て、太い枝や幹を見ないためである、と言いたい。太い枝を一度見れば、先の先の小枝の葉にも、全体の法則が顕現しているのがわかり、またこの法則を利用できるであろう。」(訳:南原実)

パソコンが不調で…

自宅にあるパソコンは自分のホームページを立ち上げた6年前に購入したもので、何度か調子が悪くなりました。ここにきてついに不調の極みになり、立ち上がるのにとても時間がかかるようになりました。バージョンアップするより、一気に新しいパソコンを購入した方がいいと判断しました。現在、家電店で売り出しているパソコンは容量も大きく、今使用しているパソコンみたいに画面がフリーズすることもなくなりそうです。自分は毎晩NOTE(ブログ)を書いている関係で自宅でも必ずパソコンを開きます。職場ではなくてはならないモノであり、自宅での使用頻度もあって、気づくとパソコン漬けの一日です。少なくても週末くらいは土を練ったり、木を彫ったりして、実体を伴う世界に遊びたいと思っています。新しく購入したパソコンは18日に届きます。クリアな画像、スピーディな変換が楽しみですが、本来の自分はアナログなスローライフが好きだったはずです。現代の魔物に染まっている自分に気づきながら、そこから離れられない生活にため息を漏らしています。

日記の公開

20世紀を代表する画家パウル・クレー。今、通勤時間帯に「クレーの日記」を読んでいます。これはクレーのご子息が編者を勤めていることから明らかなようにこれが公開されるとは生前のクレー自身はわかっていなかったと思います。整理好きだったクレーは19歳から日記をつけ始め、あくまでも日記は自分の意思確認としてやっていたので、当然歯に衣着せぬ文章になっています。これが読者には面白いと感じるところです。かなり皮肉屋であり、若い頃は無頼をしたクレーでしたが、イタリア滞在を契機に造形表現に立ち向かい、音楽家としてもオーケストラの演奏活動に参加しています。生前は内面を明かすことが少なかったクレーでしたが、日記が公開され、全世界で読まれることになろうとは努々わからなかったと思います。自分もこうして日記代わりのNOTE(ブログ)を毎日書いていますが、これは公開されることを意識した上でやっているので、他者に対して配慮や考慮をしています。その分つまらないものになっているのは否めないと思います。自分には非公開メモはありません。でも「クレーに日記」を読んでいると、こんなふうに感じたことを感じたまま書いたメモがあってもよさそうなものだという思いに駆られます。

「発掘~場~」について

現在、「発掘~混在~」の制作を進めている途中ですが、次なる新作のイメージが湧いています。亡父が生業としていた造園を、自分は中学生の頃より手伝っていました。学校の長期休業中は毎日仕事に駆り出され、自然石や植木の運搬で身体が悲鳴をあげるほどでした。決して楽しいと言えなかった造園の仕事でしたが、自分の中にその空間解釈が叩き込まれたのは事実です。それが後になって空間を演出する集合彫刻として出てくるとは思ってもみませんでした。次なる新作は石庭がイメージの根底にあります。配置する自然石と敷き詰めた白砂をどう表現しようか、自然石は陶彫で、白砂敷に流紋をつけた部分は木彫レリーフでやってみようかとも思っています。タイトルを「庭園」としなかったのは、新作がそれほど広い面積を占めず、庭園の一部分を切り取ったような空間を考えているので、敢えて「場」としたのです。石庭を含む日本庭園は歴史的な成り立ちから見て、様々な思想を経て現代に至っています。庭園全体を現代の造形空間に置き換えるには、自分自身が考えなければならないことが多いと感じます。亡父が命をかけた造園を、自分の新解釈によって再構築したい欲求はありますが、それにはまだ時間が必要です。新作「発掘~場~」が小さな一歩になればと考えます。

「難波田史男の15年」展

一昨日、東京オペラシティギャラリーで開催中の「難波田史男の15年」展に行って来ました。現代絵画で大きな世界を切り開いた難波田龍起は史男の父にあたります。難波田龍起の絵画は前に何回か見たことがあり、その形象の無くなった茫洋とした世界観に魅かれていました。難波田龍起の次男にあたる難波田史男のまとまった作品を見るのは今回が初めてでした。一言で言えば自己の内面を捉える苦しさに満ちた世界が広がり、そこから紡ぎだされる線描や色彩が才気をもって自分に迫ってくる感覚を持ちました。一見P・クレーのようでいて、でもその線描は難波田史男独特のもので、他の追従を許さないほど奥深い世界があると感じました。心の在り処を軽いタッチで表現し、思惟を重ねつつ次から次へと生み出していく作品群は、短い生涯を予見しているようでした。自分が単純に美しいを思った作品は「不詳(10点組)」と「無題(4点組)」です。グラフィックな要素もあって、その構成に眼が奪われました。心理的な描写では、それに続く小品が秀逸で、しかも多作なのに驚きました。享年32歳。普通ならまだ画学生といってもおかしくない年齢です。お恥ずかしいながらこの歳に自分には発表できる作品がありませんでした。夭折な作家は誰でも初めから作品に深い精神性を湛えています。非凡な才気が漂うのです。自分のような凡人は長く制作を続けて、ひとつのものだけを構築するしか方法がないと思えます。

週末 「混在」木彫下書き完成

今日は朝から工房に行って制作三昧でした。昨日書きかけていた「発掘~混在~」の木彫部分の下書きをしました。木を彫る作業は来週末からになります。最終段階の制作工程の中で、この木彫下書きが一番面白いところです。漠然としたイメージから全体構成を捉え、6つのボックス内を陶彫部分と木彫部分に分けて区切りをつけました。土練り、成形、乾燥、化粧掛け、焼成を繰り返し、陶彫の部品は全て完成。次は木彫で厚板に彫り込みを入れ、陶彫部品が設置されるところ以外は全て木彫された厚板で囲む予定でいるのです。先日、区切りに従って厚板を切断、その厚板に今日下書きを施しました。正方形を基本とした彫り込みを考えています。上空から碁盤の目のようになった都市空間が見えるようにイメージしています。表層として在る木彫と奥まったところに在る陶彫。この組み合わせが今回の作品の見せ場です。来週から彫り込みの作業になります。来週末が楽しみです。

週末 AM制作、PM美術館巡り

今日は午前中に「発掘~混在~」の木彫レリーフの下書きを行い、午後は家内と東京の美術館巡りに行きました。制作工程では今日から木彫の予定ですが、意欲に弾みをつけたかったことと、彫刻家の池田宗弘先生から「DOMANI・明日展」のチケットを頂いていたので、六本木の国立新美術館まで出かけたのでした。池田先生はかつて文化庁在外研修員としてスペインに行かれたので、今回の記念展に出品されていたのです。自分は海外生活をしてきていますが、こうした機会は訪れなかったので、研修をされた方々が羨ましい限りです。研修をされた方々の表現は十人十色で、実力から言っても今後の活躍が期待できる人たちばかりと思いました。国立新美術館の後、東京オペラシティアートギャラリーに行きました。「難波田史男の15年」展を見ました。史男は夭折の画家、しかも父の難波田龍起は現代絵画に大きな足跡を残した人だったので、親子2代にわたって興味関心を持ちました。32歳で船から転落して亡くなった画家は、創作生活15年の間にどんな作品を残したのか、詳細は後日改めて感想を述べますが、痛ましく衝撃的な作品を見て、自分は何とも言えない気持ちになりました。明日は今日の鑑賞を糧にして工房に籠もり、制作続行の予定です。

2月RECORDは「種子」

一日1点の作品制作を自分に課しているRECORD。ポストカード大の平面作品ですが、毎晩自宅の食卓で作っています。今年は月ごとに漢字2文字のテーマを決めて作ることにしました。1月のテーマが「萌芽」。今月のテーマは「種子」にしました。展開を考えたら先月と今月のテーマが逆の方がよかったかなぁと思いましたが、1月は「萌芽」でやってしまったので、今月は「萌芽」の源となる「種子」でやっていきます。冬の間に養分を蓄えた種子は、命の源になります。植物が発芽する前の種子の状態は神秘的です。そんなイメージを今月は考えていきます。具象的な傾向も取り入れていこうと思います。RECORDは継続し続けることが、ともかく大切です。途切れないようにイメージを繋ぎとめていきます。

強烈に足がつった日

昨日のことです。体調も回復したので仕事から帰ってから近隣のスポーツ施設に行きました。水泳をやっていたら、突然足がつってプールの縁につかまったまま動けなくなりました。以前にも水泳中に何回か足をつったことがあって、少し休んでいたら回復していました。今回は手ごわくて痛みも強烈でした。水泳をやめて更衣室まで痛む足を引きずっていきました。更衣室で休んだら、どうにか普通に歩ける程度になりましたが、痛みは今日も残っています。ネットで調べてみると、足がつる(こむら返り)のは、ミネラル不足による筋肉の異常収縮で、その時の筋肉の使い方が筋肉や関節に負担をかけているのだそうです。「初動負荷理論」に合致したトレーニングをするように書かれていました。それはストレッチや針治療が良いとありました。ストレッチの大切さを思わないではいられません。日頃の疲労もあるのかなぁとも思います。ウィークディは座ってパソコンに向かうことが多く、週末は足腰に負担を強いる姿勢での彫刻制作。夜、たまに行く水泳で身体のバランスをとっていましたが、やはりどこかに無理があったように思えます。自愛するということを身に沁みて感じた一日でした。

2月にやるべきこと

2月になりました。今月は三連休がないのが残念ですが、貴重な週末を出来るだけ充実させます。制作では「発掘~混在~」の木彫部分の完成を目標にしたいと思っています。この木彫部分に砂マチエールをつけるのは来月かなぁと考えています。木彫も作業量からすれば相当なもので、6畳分のレリーフを作り上げる予定でいます。鑿や電動工具を駆使して、イメージを網羅しつつ楽しみながら作っていきます。ある意味ではここが一番面白いところかもしれません。RECORDは2月の季節感に相応しい漢字2文字を考えます。工房が少しでも暖かくなることを祈りながら2月を過ごしたいと思います。さらに欲張れば庭園をテーマにした新作にも取り掛かりたいと思いますが、これは無理があるかもしれません。気持ちとしてはイメージが出た時に即刻カタチにしたいという欲求があるのです。庭園は来月以降にまわすとして、今月は「発掘~混在~」の木彫部分の完成を目指したいと思います。

今月の制作状況を振り返る

今日は1月最後の日です。今月は正月の休庁期間から始まりました。その後に三連休が続きましたが、今月の制作目標に届かず、週末の制作はかなり奮闘しました。結局は7割程度の目標達成になりましたが、振り返ればまずまずの制作状況だったように思えます。今月は体調を崩しました。無理が祟ったのかもしれません。工房は木材を加工し続けたので埃が舞い上がり、それを吸い込んだせいか咳が止まらなくなりました。今までの疲労もあると思っていますが、二束の草鞋のどちらも休めずに、日々身体を騙しながら現在に至っているのです。公務も創作も過激な中で睡眠だけはよく取っていました。これが唯一の楽しみとなり、早い時間から床に就きました。仕事を休めないとなれば長い睡眠を取る、これが健康の秘訣だと思います。ただ、早い時間に寝てしまうとなるとRECORDの制作時間が厳しくなり、作品の密度がなくなるのを恐れました。そのため数日前の作品に手を加えることもしました。何とか今月は乗り切れましたが、来月はどうなるのでしょう。春の息吹を待ちつつ、来月も健康に気遣いながらやっていきます。制作目標はほどほどに…。

寒波が襲う日々

毎日、寒い日が続いています。それでも横浜は他の地域に比べれば、何ということのない寒さですが、横浜しか知らない自分にとっては耐え難い寒さです。このところアフターセブンの工房には行かず、暖かい自宅で過ごしています。ニュースで見る日本海側の降雪の状況は大変なもので、屋根の雪下ろしにも御苦労があるだろうと察します。自分は1月生まれなので、そのおかげか寒さには若干強く例年薄着で過ごしていましたが、今季はとても無理で自宅でも厚手の靴下を履いています。少し前まで風邪が治らず難儀をしておりましたが、今は回復しています。それでも週末の制作は身にこたえるようで、咳がまだ止まりません。この寒波はいつまで続くのか、工房の窓から見える梅の古木には蕾がつき始めて、確かな春の足取りを感じることが出来るのが救いです。

週末 「混在」表層土台の完成

昨日から作り始めた「発掘~混在~」の表層ですが、まだ木彫は出来ないとしても、その土台部分は何とか完成しました。土台は木枠の大きさに合わせてカットするだけなので、たいして難しい作業ではありません。むしろこれから土台部分に木彫を始めるので、下書きから彫りにいたるまでが結構面白く、また大変な作業になります。今日は全体が見えたところでワクワク感が出てきました。工房の壁に6点の作品を立てかけて、具体的な完成予想をイメージするのが楽しいのです。畳大のボックスが縦に6点。それを屏風にしたところを想像しています。どんな彫り込みを入れようか、枠に囲まれていない部分は陶彫部品をボルトナットで留めますが、陶彫に刻んだ文様を意識しながら彫り込みを考えたいと思っています。また来週。「発掘~混在~」の制作は佳境を迎えます。

週末 「混在」表層作りに着手

今日から「発掘~混在~」の次なる工程に入りました。6つのボックス内の木枠で囲ったところに浮き彫りにした厚板を張り付けていく作業です。この浮き彫りが最後の造形となり、いよいよ全体が見えてくるはずです。同じボックス内にボルトナットで留めていく陶彫部品と厚板の浮き彫りが絡み合って世界を形成するので、浮き彫りは陶彫を見ながら、ところによっては反発しあうカタチにしたり、また融合するカタチにして全体を作り上げる予定です。あくまでも造形はボックス内で収まるようにして、大きさは一畳、深さが15cmの内部で鬩ぎあうのです。これが後半のヤマ場になります。今日は木枠に応じた厚板の切断を行いましたが、6点全ては終わらず、また明日に持越しです。工房は相変わらず寒く朝の温度は0度でした。自分の体調も少しずつ回復してきたので、明日も頑張ろうと自分に鞭を入れました。

09‘RECORD12月アップ

今年は2012年ですが、2年前のRECORD12月分をホームページにアップしました。ホームページにアップを待つ作品は、RECORDの他にもありますが、作品をアップする際にコトバをつけているので、そのコトバを頭からひねり出すのに時間がかかるのです。現在読んでいる「クレーの日記」では、パウル・クレーが日記のあちらこちらに詩を散りばめているので、生まれながらにして詩人であったクレーが羨ましい限りです。自分がRECORDや彫刻作品に添えるコトバは、とりわけ造形作品に関するものではありません。発想の源は同じであっても造形作品とは表面的には異なります。コトバで内容の解説をしようとは思っていないので、コトバはコトバとしての作品と考えています。ホームページを覗くとコトバもいつの間にか増えてきました。造形作品の時よりもコトバを作っていた時のほうが当時の心情が読み取れるように感じます。これは言語の持つ力かなぁと思っています。私のホームページにはNOTE(ブログ)の左上にあるアドレスをクリックしていただくと入れます。ご高覧いただけると幸いです。

日記から読み解く青年クレー

画家として特異な作風をもつパウル・クレー。その人となりを現在読んでいる「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)から読み解くことができます。まだ第一の日記を読んでいるところなので、子どもから青年に至る成長過程で恋や性に関することが多く書かれています。女性に対しては本能に忠実というか、在りのままの心理が描かれていて、悶々とした時期があったり、鬱々として羽目を外したりする鬱積した青春時代が読み取れます。その中でクレーは生まれながらにして詩人だなぁと思わせるところが度々出てきます。ヴァイオリンを演奏し、造形美術では師匠のもとで他の画学生から賞賛の的となっていたクレーですが、詩人としての資質に自ら気づいていたようです。日記に詩がいくつも出てきて、それによって自分の気持ちを吐露しています。自分が他の書籍からイメージしていたクレーとは違う一面が見られて読んでいて楽しいと感じます。なるほどと思うところもあります。通勤時間帯に読む「クレーの日記」に只今夢中です。

次なる新作は石庭のイメージ

現在作っている「発掘~混在~」の次に作る新作のイメージが湧いています。まだ「発掘~混在~」が完成していないのに、次は床置きした作品が頭に浮かんでいて、そのイメージは石庭です。点在する石は陶彫で作ります。石庭は自然石を使うものですが、陶彫にするため造形的に手を加えていきたいと考えています。空間的にはそれほど大きくなく、さしずめ坪庭のようなイメージです。間に合えば今年の7月の個展に出したいと思っています。庭の広がりは厚板で作ろうと思います。石庭に見られる白砂敷に流紋がつけられる状態を、厚板に木彫を施して摸してみようと考えています。「発掘~混在~」を作っている最中に、こうした次なる新作のイメージが湧くのは今回に限ったことではありません。むしろイメージが出やすい心理状態なのかもしれません。あとは7月に間に合うかどうかです。「発掘~混在~」と併行して作ってみようか思案中です。

「解放」ベン・シャーン

自作にも「構築~解放~」という作品がありますが、ここで取り上げるアメリカ人画家ベン・シャーンによる「解放」は、象徴的な名作です。これは第二次世界大戦中のフランス解放をテーマにして描かれたガッシュによる絵画で、内容は瓦礫の中で遊ぶ子どもたちの情景です。図録によると、子どもたちは仮面のような表情をしていると書かれています。確かに子どもに表情はありません。楽しく遊んでいるはずが、絵に近づいてみると孤独を湛えた無表情な子どもの顔に異様さを覚えます。これが本当の意味の「解放」なのか疑問に感じるのは私だけではないはずです。「解放」されても楽園がくるとは限らないと頭の隅で私も考えて「構築~解放~」を作ったように記憶しています。ベン・シャーンはもっと直接的で具体的です。「象徴とは…戦争が私に与えた虚無と荒廃の意味を形にし、戦争の非道さをくぐりぬけて生き抜こうとする人間の小ささを形にする、たった一つの方法になっていた」とベン・シャーンは語っています。大きな悲劇の中で、それでもなお生きていこうとする人間の意志、それが人間の心の「解放」なのかもしれません。

「混在」木枠部分の完成

「発掘~混在~」は今年の夏の個展で発表する三双屏風からなる半立体の作品です。つまり畳大のボックスを縦に6つ、屏風のように置いてみようと考えているのです。ボックスには陶彫部分と木彫部分があって、それを仕切る木枠があります。木枠は作品の表面に出てきませんが、割合を決定する重要な役目があります。その木枠部分が昨日完成しました。木枠は所々曲面があります。厚板を鑿で彫って曲面を作りました。この木枠の上にレリーフした木彫の板をのせて固定するのです。私のHPのギャラリーページに「住居」と「棟」という床置きの作品がありますが、「混在」はこの「住居」「棟」を壁に立たせた作品と考えると、現在作っている「混在」のイメージが掴みやすいかもしれません。木彫と言っても表面には全て砂マチエールを施すので木材には見えなくなります。陶彫と一体化を図るために砂で表面を覆うのです。今のところ60パーセントの制作工程まで辿り着きました。図録撮影の日まで精一杯やっていかないと間に合わなくなります。毎年こんな綱渡りをやっています。締め切りまでの緊迫感に慣れはしたものの作業の多さには一向に慣れません。

週末 エッチングプレス機が来た日

朝早く業者から連絡があり、エッチングプレス機が工房に届きました。新品ではありません。不要となった古いエッチングプレス機を頂いてきたのです。修理代は少々かかりますが、新品を買うより安上がりです。学生時代、ドイツ表現派の影響で木版画に手を染めていた私は、ほとんど銅版画をやったことがありません。でも銅版画をいつかやりたいと思っていて、その頃から30年も経ってしまいました。当時自分の後輩が手の込んだ技法を使った銅版画をやっていて、それを自分でもやってみたいと思っていました。後輩に技法を真似てもいいかと言ってみたところ、OKという返事が返ってきました。それはエッチングとアクアチントの併用による不思議な世界が表現できる方法です。あと数年で定年になる私は、現在の陶彫や木彫に加えて銅版画をやりたいのです。30年越しの念願を叶えるために以前からエッチングプレス機を探していました。ようやく手に入れたエッチングプレス機です。制作できるその日がくるまでイメージを貯めておこうと考えています。

週末 大寒の工房にて

今日は大寒で、その名の通りの寒い一日になりました。今日は制作三昧とはいかず、昼ごろに職場に出かけて行きました。職場近くの地域での賀詞交換会に出席するためで、工房に帰ったのは午後2時過ぎになりました。制作は遅々として進まず、明日に期待をかけたいと思います。それにしても工房の寒さは凄いもので、仕事着を重ねて着ています。ストーブの傍を離れられず、少し作業してはストーブの傍に暖を取りに戻る繰り返しです。工房は断熱材はなく内装もしていないので、気温は外と変わりません。雨風が凌げるだけの建物です。農業用倉庫として建てたものなので、仕方がないのですが、寒い日が続くと身体に負担がかかります。思い出せば夏も暑くて耐えられない日がありました。定年になれば時間が出来るので、気候の厳しい時は制作を止めるのですが、今はそういうわけにはいきません。身体を気遣いながら制作を進めたいと思います。

雪の降る一日

横浜では雪は滅多に降らず1年のうちでせいぜい数回程度です。その雪が今日降っていました。早朝の出勤でバスを待っていた時に寒くて手が悴んでいました。明日の工房は相当な寒さを覚悟しなければなりません。自分は体調がなかなか戻らず、この1週間はマスクをして過ごしました。喉にまだ違和感があるし、咳が止まりません。寒さなのか疲れなのかよくわかりませんが、仕事は休めず、制作は佳境に入るという按配です。公務や創作活動の調子が良いような気がしているので、何とか体調を戻したいところです。身体を冷やしてはいけないという当たり前なことを、体調不良になってようやく気付いたのです。明日からの制作で思い切り頑張れるように今晩は早く寝ようと思います。

「至福」ベン・シャーン

画面の下半分には麦穂がたわわに実っている様子が描かれ、農夫がそれを眺めながら一人佇んでいる絵があります。アメリカ人画家ベン・シャーンによる「至福」という題名のついた絵です。「至福」はテンペラの他に同じテーマによるデッサンや版画等がありますが、自分は大きな画面に広がる世界とパステルカラーのような微妙なニュアンスをもつテンペラが一番気に入りました。先日出かけた神奈川県立近代美術館葉山館で開催されている「ベン・シャーン展」で、自分の印象に強く残った作品を何点か挙げるとこの「至福」が入ります。まるでドライポイントで描いたような線描。塗り残しのような淡い色彩。FSA(農村安定局)の写真家ドロシア・ラングの撮影したものがイメージの土台になっているようですが、「至福」という題名がついているにも関わらず、農夫の表情はどことなく不安な面持ちをして神妙な雰囲気を与えています。麦穂はデザイン化されて気持ちのよいリズムを感じます。そうしたグラフィカルな画面が一瞬にしてその世界に誘いこむ効果を上げていると思います。図録によると「一旦取りかかったがその後3年放っておいた」とシャーンは言っているようですが、未完成と思しき部分も全体の中で生きていて、これで良しとする説得力があると私には思えました。

「クレーの日記」再読開始

このところ書店で新しい書物を買うことはせず、自宅の書棚に眠っている数々の書物を取り出して再読することにしています。その中にはもう既に書店で売られていないものもあって、今となっては貴重な本があるかもしれません。今日から読み始める「クレーの日記」は再版を続け、今も書店で扱っています。ただし、私の手元にある「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)は1985年に購入しているので、やや黄ばんだ古書になっています。当時どこまで読んだものか見当がつかず、最初から読み始めることにしました。P・クレーは自分のNOTE(ブログ)で度々扱っている、言わば自分にとってお気に入りの芸術家です。自分のイメージを広げたい時や創作に迷う時に、P・クレーの画集を開いて雁字搦めになった自分を解放しています。自分は若い頃からクレーが好きで、塑造で具象的な彫刻を作っていた時代もクレーの絵をよく見ていました。この「クレーの日記」は自分が滞欧生活を切り上げて帰国した年に購入しているので、海外で得たものの裏づけとして読んでいたのではないかと思います。今、再び手にとって読み始めた特異な芸術家の日記は、どんなことを自分に齎せてくれるのでしょう。楽しみつつ時間をかけて読んでいきたいと思っています。

「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」の読後感

昨年暮れから通勤鞄に入っている「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)をやっと読み終えました。ずいぶん長く携帯していた書籍です。当時フランス領だったタヒチを初めとする島々で、彼の地を統治していた憲兵と原住民の間に入って、ゴーギャンはさまざまな感想や思索に耽り、また白人社会に抗議を繰り返していた様子を伺うことができました。島の生活がどんなものであったのか、ゴーギャンの眼を通して具体的に語られていて興味は尽きません。ゴーギャンの色彩や画面構成に高校時代から惹かれていた自分は、彼の地に行って身体を張って培ってきた表現力に感銘するばかりです。ただ、本書は芸術家としてのゴーギャンばかりではなく、当時の社会や西欧文明に対する批評家としてのゴーギャンをも感じさせます。こうしたゴーギャンの文献が表に出るのには相当な時間が必要だったようですが、在りのままのゴーギャンを捉えたいという編者の意思が感じられる一冊だと思いました。また、明日から新たな書籍の扉を開きたいと考えます。まだまだ自宅の書棚に眠っている書籍は数多くあります。

葉山館の「ベン・シャーン展」

昨日、「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」展を見に神奈川県立近代美術館葉山館に行ってきました。ベン・シャーンはアメリカの下町やそこで生きる人々を丹念に描き、それによって社会的な背景までも炙り出した画家です。自分は大学生の頃にK・コルヴィッツやE・バルラッハというドイツ表現派の芸術家に心酔していた時期がありました。社会的なテーマを扱うリアリスムの作家の彼らと併行してベン・シャーンにも興味を抱き始めたのでした。アメリカの禁酒法や大恐慌の時代で、労働者階級の移民を写真に収め、それを独特な色彩で絵画に転換するベン・シャーン。また水爆実験の被害を受けた第五福竜丸を扱った一連の絵画は、日本では有名で絵本にもなりました。社会的な主張はメディアを問わず、絵画や写真の他にグラフック・アートにも表現を求めた、当時としては類稀な作家と言えます。特異な画風という印象を持ちますが、よくよく見ると構成から描写に至るまであまりにも巧みで、計算されたというより天性の表現力を見につけた作家ではなかろうかと感じました。画面がキマッているというのか、全て描ききれていないところもそれで良しとする説得力がありました。個々の作品で気になるモノはまた機会を改めますが、見れて良かったと思えた展覧会でした。

週末 制作の後、葉山へ

今日も寒い一日でした。朝から工房で制作をしていましたが、あまりにも寒くて中断をしました。数日前から風邪気味なので身体を休めようと思ったのです。若い工房スタッフも手が悴んで絵が描けないようで、中断には同意してくれました。朝の工房内温度は2度で、ほとんど外と変わりません。自分は昨日より体調が少し回復しているものの大事を取ることにしました。午後、ゆっくり休むはずが家内と美術館に出かけてしまいました。神奈川県立近代美術館葉山館でアメリカ人アーティストの「ベン・シャーン展」が今月29日まで開催しているのを思い出し、今日しか行ける日がないと思ったのでした。葉山館は休日のせいか混んでいました。鑑賞者には若い人が目立っていました。社会問題を扱い、日本にも縁のあるアメリカ人アーティストは、日本人には馴染みがあるのかもしれません。工房より緩やかな美術館という環境の中で、ゆっくり鑑賞して帰路につきました。「ベン・シャーン展」の詳細については別の機会に書きます。

週末 新作の印のデザイン2つ

体調が芳しくないのを押して朝から工房で制作をしていました。今日の工房内はとても冷えて、ストーブ1台では物足りない状態でした。「発掘~混在~」の木を削ったり彫ったりする作業はまだまだ続きそうです。夜は「発掘~混在~」と今年のRECORDに押す印のデザインに入りました。集合彫刻では陶彫部品が数十点あり、ましてや毎年のように集合彫刻を作っていると前に作った部品と新作部品の区別がつかなくなる嫌いがあります。それを避けるために毎年作った部品に印をつけているのです。印は新しく作ります。それを和紙に押印して番号をつけて部品の裏側に貼っていきます。印で彫刻の制作年がわかるようにしてあるのです。今回は「発掘~混在~」の陶彫部品に貼る印と、今年のRECORD用の印を作りました。自分はきちんと篆刻を学んだわけではないので、印と言っても自己流のデザインです。意識としてはP・クレーの抽象絵画に出てくる象形文字のようなものを作っています。これは結構楽しんでやっています。印も新作ごとに作っているので次第に増えてきました。これだけ揃うと印だけで展示をしたくなります。書家の印とはまるで異なる世界で、印という媒体を通した絵画作品と考えています。

風邪気味の一日

職場では風邪気味の人が多く、自分も喉に違和感があります。先日まで家内が風邪をひいていました。昨日は家内が胡弓奏者として東京ドームに出かけ、全国各地から集まった祭りに「おわら」の一員として参加してきました。「おわら」は総勢90名で参加したようですが、どんな人数であれ、胡弓はたった一人で、家内の演奏がドーム中に響いたと言っていました。この時の気分の高揚が家内の風邪を吹き飛ばしたのではないかと思います。私は喉だけなので通常に出勤していますが、例年この時期に寝込むことがあるので、今は大事をとりたいと思います。職場ではインフルエンザも流行ってきています。ちょうど週末がかかるので、職場では多少風邪の蔓延が収まるのではないかと思います。ただし、自分は週末に制作が待っています。これは休むわけにはいきません。何とか今日のうちに体調を戻したいと思います。

自家用車のトラブル

昨晩、用事があって車庫に止めてあった車を動かそうとしたらエンジンがかかりませんでした。一瞬、嫌な予感が頭を過りました。何年か前にクライスラーのPTクルーザーに乗っていた時のことです。道の途中でエンジンが止まり、そのままディーラーに運び、修理に数週間かかりました。日本に部品が無くてアメリカから取り寄せる期間があって長く待たされたのでした。今乗っている車はミツオカのビュートです。ミツオカも小さな会社ですが、ビュートは日産マーチをベースにした車なので、自宅の近隣にある日産ディーラーに電話をしました。今日の夕方6時に日産から整備士が2人でやってきて、原因がバッテリー切れということがすぐ判明しました。今日のうちに日産ディーラーに運び、すぐにバッテリー交換をやって一件落着。あっけなく車はもとに戻りました。国産車でしかも売れ筋のファミリーカーだったので、こんなに早く対処ができたのだと思いました。それでも自分は今だに外国の希少価値のついた車が好きで、日本では滅多に見られない車に乗りたい願望があります。日産マーチではなくミツオカのビュートにしたのもそんな願望の現れです。再び外車に乗る機会がくるのでしょうか。クライスラーのデザインに対する憧れが心の中でまだ光彩を放っています。

ゴッホとゴーギャン

表題は言わずと知れた後期印象派を代表する2人の画家です。自分は中学生の時にゴッホの絵に惹かれ、高校生でゴーギャンの絵が好きになりました。ゴッホの炎のようなタッチが10代前半の自分にとっては解りやすく感受できたのだろうと述懐しています。年齢が上がるにつれゴーギャンの構成的な色面描写に魅せられるようになりました。その頃は絵だけではなく2人の画家の生涯にも関心がありました。ゴッホが発狂して自ら耳を切り落としたエピソードは映画になったほど有名です。「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)には、そのエピソードがゴーギャンの目を通して語られています。「私たちの家の入り口に着いて、山高帽の紳士から、おそろしくきびしい口調で、だしぬけに『あなたは、友達に対して何をしたんです?』と言われたとき、私は、こうしたことについて、まるで気付いていなかった。『知りませんよ。』『いや、あなたはよく知っているはずだ。彼は死んだんですよ。』そんな瞬間が、ほかの誰にも訪れないことを私は望む。考えることができ、胸の動悸をしずめることができるようになるには、長い何分かが必要だった。怒りや、憤激や、苦しみや、体中に突き刺さるすべての人々の視線に対する恥ずかしさが、私の息をつまらせた。そしてしどろもどろになりながら言った。『よろしい、上がりましょう、そして上で話し合いましょう。』ヴィンセントは、シーツでしっかり体を包み、ちぢこまって、寝台の上に横たわっていた。死んでいるように見えた。そっと、とてもそっと、私は体にさわった。そのぬくみは、命のあることをあきらかに告げていた。私にとっては、知性と精力とがよみがえってくるような思いだった。」長い引用になりましたが、伝説にもなっている一場面がリアルに自分の脳裏を巡りました。