昨日アップしたNOTE(ブログ)にチェルノブイリ原発事故に触れた箇所がありました。昨年の福島原発の事故と相俟ってチェルノブイリのことが自分の頭を一気に駆け巡ってしまい、昨日のNOTE(ブログ)は長い文章になってしまいました。今日改めて昨日の文章を2つに分けて、自分の中に居座り続けている不安や憔悴のことを書こうと思います。自分が30年前に滞欧生活を引き上げた後で、チェルノブイリ原発事故が発生しました。自分は1980年から85年の暮れまでヨーロッパにいたので、1986年4月のチェルノブイリ原発事故には遭遇していません。正直に言えば、自分はチェルノブイリ原発事故前に帰国できて安堵していました。不安や憔悴の起因として考えられるのは、その後何年も経過しているにも関わらず、あの時の環境汚染が将来に及ぼす漠然とした影響です。自分だけではどうにもならないものですが、昨年フクシマで発生した原発事故に対する恐れが30年前の記憶を呼び起こしてしまいました。今度ばかりは対岸の火事とは言えず、汚染された環境とどう付き合っていくのか日々自問しています。チェルノブイリ原発事故の検証は進んでいると思いますが、そこから見えてくるものは何でしょうか。フクシマは今後どうなっていくのでしょうか。不安や憔悴が自分の中に居座り続けているならば、作品をイメージする深層心理にその影が落ちないとは言えません。造形美術は時として現代に警鐘を鳴らすことがあります。意図せずとも時代を反映するのが個々の表現活動だからです。
工房で黙祷を捧げた日
2012年 3月 11日 日曜日
昨年の今日は未曾有の東日本大震災に襲われ、一瞬にして私たちの意識が変わってしまいました。昨年は金曜日だったため自分は職場にいました。幸い横浜は被害は少なかったものの、テレビの報道を見るにつけ、やりきれない気持ちでいっぱいになりました。あれから1年が経ちました。復興支援や身の回りの危機管理等で職場はもとより自宅でも有事のときはどうするかを話し合いました。東京の美術館や画廊に出かけた時、ここで震災に見舞われたら帰宅難民だなと思うこともあります。今日の14時46分には工房にいました。7月の個展に出す作品を作っている最中でしたが、手をおいて黙祷を捧げました。FMラジオから命の尊さを歌うメロディが流れていました。現在作っている「発掘~混在~」は、明確に意図したものではありませんが、原発によって環境に不安を感じている心境が多少反映されています。「発掘」シリーズは、滞欧生活の終わりに欧州最古の遺跡を巡った印象がイメージの中核を成していますが、「発掘~混在~」を作り始めようとする時に起こった震災や原発事故を思うと、感情の襞のどこかに何かが引っかかっているのです。工房で黙祷を捧げながら、そんな考えが脳裏を過った一日でした。
週末 久しぶりの美術館巡り
2012年 3月 10日 土曜日
作品の制作工程が厳しい中、3月になって初の美術館巡りをしました。東京に出かけていくのは久しぶりでした。ギャラリーせいほうにも立ち寄って7月個展の打ち合わせを行いました。まず最初に訪れたのは東京上野の国立科学博物館の「インカ帝国展」。マチュピチュを空から捉えた3Gの映像に魅せられてしまいました。詳細の感想は後日改めます。その後、竹橋の国立近代美術館の「ジャックソン・ポロック展」。絵画の概念を破ったアメリカ人アーティストの生誕100年を記念した展覧会で、アクション・ペインティングはあまりにも有名です。この感想も後日改めます。最後にギャラリーせいほうの「北川太郎展」。ペルーに留学していた石彫家の個展で池田宗弘先生を介して知り合った人です。巨大な石をざっくり彫った骨太な作品に意欲と充実を感じました。今後、日本での活躍が期待される彫刻家で、同じ画廊で取り扱われている縁もあってお互い頑張っていければと願っています。自分の個展は7月なので時間が差し迫っているのですが、今日は3つの展覧会を見てヤル気が出てきました。弾みをつける意味では良い一日だったと思います。明日は制作三昧の予定です。
年間最大のイベント・ディ
2012年 3月 9日 金曜日
昨年のNOTE(ブログ)を読むと、昨年の今日も大きなイベントがあったと書いています。私たちの職場では、必ずこの時期に最大のイベントがあるのです。普段は部署ごとに活動していて全体で大きなイベントに取り組む機会が少ない職場ですが、年間何回かあるイベントでは全職員が万全の協力体制を組んでいます。今日のイベントで働く職員集団を見ていると、災害等の有事でも私たちの職場はかなりのパワーを発揮するのではないかと頼もしく思えます。私は縁の下で支える立場で、私自身何もしていない気でいましたが、やはり今日は疲れました。昨年も同じ事を書いているので、毎年この時期は大きなイベントの成功を祈りつつ来年も過ごしているのではないかと思っています。それにしても今週は長く感じました。ようやく週末がきたという感じです。週末の2日間は職場の仕事から完全に離れて美術のことだけ見つめていたいと思っています。
フォルムとは何か?
2012年 3月 8日 木曜日
色彩のことを考えているうち学生時代から拘り続けているフォルムについてもボンヤリと考え始めています。色彩感覚に合わせれば形体感覚と言うべきでしょうが、フォルムというコトバが一般的なので今後フォルムというコトバを使います。自分にとってフォルムの認識は外界にある対象物を写し取る作業から始まりました。いわゆる塑造で、そのねらいとするところは表面より内部の構造を把握する学習でした。核となる心棒から粘土をつけて形体を膨らませていき、その量を捉えながらプロポーションのバランスや動きを表現する手法です。最初の塑造では、いかに正確に対象物を捉えることができるかが評価されました。表面処理ばかりに気がいくと、構造があやふやになって立体を成さなくなるという彫刻の基礎基本です。そのうちしっかりした構造をもつ立体は美しいと感じるようになり、やがて立体性を追求する姿勢が芽生えてきました。塑造や彫造という手法から離れて空間を解釈するようになり、そこから現代彫刻の扉を開けることになります。フォルムとスペースは一体化されたものと感じました。それは何もない空間(スペース)に物体(フォルム)を配置することによって空間の質が変わるというものです。そこでの空間体験は人の心理に何らかの影響を与えます。現代彫刻が街に進出し、建築との共存を試行するのはそんな理由によるものです。自分もギャラリーの空間を自己流に解釈する作品を毎年提示しています。フォルムとは何か?まだまだ考えたいテーマですが、自分のことを振り返ってフォルムとの出会いや認識を述べてみました。
色彩感覚について考える
2012年 3月 7日 水曜日
以前のNOTE(ブログ)に「色彩感覚とは何か?」という題名で書いた一文があります。学生時代より自分は色彩表現が苦手で、自分の作品が美しいと思ったことはありませんでした。絵画やグラフィックデザインを選ばなかった理由のひとつが色彩に対するコンプレックスがあったと思っています。「クレーの日記」にチュニジア旅行の様子があって、こんな一文があります。「色は、私を捉えた。自分のほうから色を探し求めるまでもない。私には、よくわかる。色は、私を永遠に捉えたのだ。私と色とは一体だ、これこそ幸福なひとときでなくて何であろうか。私は、絵描きなのだ。」北アフリカの風物に接し、そこで色彩の何たるかをクレーは取得し、その後の眩く輝く絵画の扉を開けることになるのは美術史の伝えるところです。色彩感覚は理屈ではなく、色彩の組み合わせによって感情の襞に引っかかってくる個人的な感性によるものです。個人によってその感受する強弱はあるものの美しさを感じ取る絶対的多数の原理は存在するのではないかと考えます。チュニジア旅行以後、クレーの絵画が美しい色彩にあふれ出すのは万人が認めるところであり、翻って学生時代に自分の色彩感覚の乏しさを嘆いた自分も色彩感覚の何たるかが理屈抜きでわかっていたことになるのではないかと思うのです。RECORDで色彩に改めて立ち向かっている自分は、自分がイメージする色彩を得たいがためと思っています。色彩という魔術を何とか取り込んでいきたいと自分は切に願っています。
3月RECORDは「増殖」
2012年 3月 6日 火曜日
一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けて6年が経過しています。総称をRECORDとしたのは、この作品はまさに日々の記録(RECORD)であるからです。ただ、その日によってなかなか構成や表現が決まらない時があります。じっくり考えている暇がないため1ヶ月のテーマを予め決めておいて、さらに5日間で構成が展開する方法をとっています。これによって1点ずつの作品がもつ精神性に課題が残り、また実験的な方法も敬遠してしまう嫌いがありますが、継続を主として考えればやむを得ない選択かもしれません。現在の二束の草鞋生活が終わったらRECORDも大きく変化していくと考えます。時間があればやりたいことはいっぱいあります。失敗を恐れないでRECORDを作りたい欲求があって、あるいは平面に拘らない作品が生まれるかもしれません。ただし、今のRECORDは定型の中で勝負するより方法がありません。そこで今月のテーマは「増殖」に決めました。何かが増えていく状況を作品にするのは比較的やりやすいし、変化に富む展開ができると判断しました。今月も休まず焦らず黙々と頑張っていきたいと思います。
ギャラリー「構築~楼閣~」アップ
2012年 3月 5日 月曜日
私のホームページにひとつの作品を物語風にアレンジしたフォルダがあります。ギャラリーと名づけていて過去制作した作品を見ることができます。ギャラリーは部分から全体に展開する方法をとっていたり、暗黒の画面から薄靄が立ち込めた情景が出現する方法をとっていたりします。視点を変えることにより自分でも発見できなかった作品の一部を見ることもあります。これは気心の知れたカメラマンとのコラボレーションによって作られたものなのです。カメラマンはただの撮影者ではなく、絵画を作っていくようなビジュアルな構成力をもって作品に立ち向かっています。自分はそうしたカメラマンの仕事を歓迎していて、お互いが楽しみながら能力を出し合えることの幸せを感じています。今回はギャラリーに昨年夏に発表した「構築~楼閣~」をアップしました。陶彫(土)と木彫(木)の組み合わせによる作品です。ギャラリーでは土の部分と木の部分を並立させて展開する方法をとりました。ご高覧いただけると幸いです。なお、ホームページにはNOTEの左上にあるアドレスをクリックすれば入れます。よろしくお願いいたします。
週末 「発掘~場~」制作開始
2012年 3月 4日 日曜日
現在「発掘~混在~」の制作が佳境に入っていますが、今日から「発掘~場~」の制作に入りました。ひとつの作品を終えてから、次の作品を作ることを自分はしません。作品は時間をずらして同時に始めていくのが、昔からやっている常套手段です。複数の作品の制作工程が同時に存在するのがいいのです。一息を入れるときは、作品が終わったときではなく制作途中のときで、そうすることによって長く制作を休むことが出来なくなります。常に中途半端な作品を抱えながら生活をしていると、イメージがどこからともなくやってきます。今日から作り始めた「発掘~場~」もそんな状況の中で生まれてきました。イメージの源泉は庭園ですが、作り始めると庭園への拘りはなくなります。あくまでも彫刻を作っているので、意識としてはフォルムが全てになってきます。「発掘~場~」の陶彫部分はかなり以前に出来ていたので、今日は厚板を使って陶彫の置かれる「場」を考えました。午後は先日窯出しをした「陶紋」5点に印(作品ナンバー)を貼って梱包をしました。砂に作品を配置した風景の撮影をお願いしているので、そのラフスケッチも描かなければなりません。工房にいくつか拾ってきた流木があって、それらも演出に使えるかもしれないと思いました。ともかく昨日と今日は制作で始まり、制作で終わりました。また来週頑張ります。
週末 寒さ緩む工房
2012年 3月 3日 土曜日
まだまだストーブは点けていますが、寒さがしだいに緩んできたように感じます。「混在」の表層部分はまだ終わりません。今日もひたすら制作です。電動工具の刃先を何時間も見つめています。少しずつ出来上がっていくのを確認しながら木屑まみれになっています。こうしている時間が幸せと感じるのは、ウィークディに多忙感があるためです。今週末も制作に忙しいのですが、同じ忙しさでも質が違います。そろそろ「発掘~場~」の構想も具体的にしていこうと考えています。やや小さめで考えているので、構想がまとまれば制作時間はそれほどかからないような気がします。あれもこれもと手をつけ始めようとしているのは、気分的にノッてきているのかなと思います。明日も頑張ります。
色彩感覚とは何か?
2012年 3月 2日 金曜日
画家が捉える色彩とは何か?デザイナーが捉える色彩とは何か?自分が高校生の頃、工業デザイナーを目指してデッサンや色彩構成の勉強をしていて、自分の色彩感覚が極めて鈍いことを知りました。隣り合う色彩の関係が醜く眼に映り、それだけで色彩構成は苦手という意識を持っていました。だからといって形態感覚が良かったわけではないのですが、まだ形態の方がましなので、フォルムを捉える勉強に精を出していました。自分が工業デザインから彫刻に意識が移った理由のひとつが色彩感覚の乏しさによるものです。色彩感覚は磨けるのか?学んで色彩感覚が身につくのか?20代後半の5年間のヨーロッパ滞在は、もちろん彫刻の勉強が全てでしたが、自分なりには色彩感覚も多少身についたのではないかと思います。とくに今読んでいる「クレーの日記」の著者であるパウル・クレーや「青騎士」や「バウハウス」のカンディンスキーの作品に触れた時に色彩の何たるかが多少わかった気がしました。彼らも他国を旅して色彩感覚を磨いた記録が残されています。アフリカやアジアの風物によって、また南国の自然によって色彩感覚が齎され、それを自己表現に凝縮し、色彩に溢れた作品が残されているのです。自分もようやく色彩に眼が向きはじめました。色彩感覚を磨くことを生涯学習として取り組んでみたいと思っています。
年度末の1ヶ月
2012年 3月 1日 木曜日
3月になりました。気温が少しずつ上昇して昨日の雪が融けていきました。今月は職場的に言えば年度末の1ヶ月になります。多忙を極める1ヶ月ですが、制作も遅れ気味なのでこちらも多忙を極めます。「混在」の表層部分は今月必ず終わらせて、砂マチエール貼りに進みたいと思います。砂マチエール貼りは工房スタッフが手伝ってくれる手はずになっていますが、これもかなり時間がかかるのは承知しています。そこに油絵の具を染み込ませていきますが、表面に砂があるため絵の具が乾くのに相当な時間を要します。そんなことを考えると今月中には何とか砂マチエール貼りまでは終わらせたいと思います。新作「発掘~場~」の制作にも入りたいと思っています。これは間に合うかどうかわかりませんが…。「陶紋」5点の焼成が無事終わったことは何より幸運でした。RECORDは今月のテーマを考えながら初めの1作を作ります。盛り沢山な1ヶ月ですが、今月も頑張っていこうと思います。
うるう日は雪の朝
2012年 2月 29日 水曜日
朝起きて窓を開けたら雪が積もっていました。窓から見える梅の枝に積もる雪。「きれい。」と家内、「日本画家が描きたくなる気持ちがわかる。」と私。でもこれから出勤をしなければならない自分は胸中穏やかではありませんでした。交通が乱れてはいないだろうか、自宅が丘の上にあるので急坂を無事降りることができるだろうか、雪国に比べれば何でもないようなことが、雪に慣れていない横浜では大変です。4年に一度のうるう年。今日はさしずめうるう日ですが、こんな雪になるとは思いもよらず、滑らないように神経を使いながらの出勤になりました。午後は曇り空で、雪はいっこうに消えず、それでも帰る途中に雪深い植木畑の路を歩いて工房にたどり着きました。窯から「陶紋」を出してみると今回は成功していて、雪の中を歩いてきた甲斐があったと思いました。
新聞の誌面より 定年について
2012年 2月 28日 火曜日
たまたま職場で開いた読売新聞に「公務員65歳定年 見送り」という記事がありました。自分は年齢からいうと62歳から共済年金が支給されることになり、定年が62歳に延びると思っていました。彫刻家と公務員との二束の草鞋は結構厳しいので、自分は60歳で勧奨退職して年金のない2年間を何とかしようと考えていたところでした。どうやら高い給与水準が維持される定年延長より、安い給与で雇い入れる再任用制度がよいとする公務員法改正案が今秋の臨時国会に提出されるようです。そうなれば自分は60歳定年で、あとは年金の支給を受ける62歳まで何とかすればよいわけです。自分は管理職として60歳まで働けば充分という気がしています。経済的に何とかなれば自分は彫刻家でいたいのです。これは20歳の頃からの念願で、食えない彫刻家に社会的な後ろめたさを感じながら、それでも横浜市公務員をしながら彫刻を作り続けてきました。定年になれば晴れて彫刻家一本でやっていきたいと願っています。今の財政難のままの60歳定年を歓迎するわけではないのですが、本音を言えば早く彫刻だけを見つめて生きたいと思うばかりです。
クレーの交遊録
2012年 2月 27日 月曜日
短い通勤時間で「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)を読んでいます。ようやくクレーの経歴の中で、自分がよく知っている画家の名前が出てきました。カンディンスキーやマルクです。彼らの「青騎士」も登場してきました。表現主義から非対象絵画に向かいつつある時代で、自分が今まで幾度となくNOTE(ブログ)に書いてきた興味の尽きない時代です。クレーもその中で頭角を現してきたようです。日記から時代の雰囲気を読み取ろうとしていますが、やはり日記だけあって個人的な記述が多く、時代そのものを網羅することはできません。それでも新時代の芸術は多くの大衆に認知されないものの、新しい傾向の作品を扱う画廊や書店が出てきたことが伺えます。クレーが日記でアルプを売名家と書いているところは生々しくて面白いと思います。また、ベルリンの「シュトルム」のヴァルデンをこんなふうに記述しています。「彼は片ときも口から煙草をはなしたことがない。参謀のように走りまわっては、命令を下している。彼はたしかに非凡な人間だ。が、どこか片端なところがある。彼は、画など少しも好きではないのだ。ただ、画を嗅ぎ分ける才能がある。」クレーの交遊録はますます楽しくなってきました。
週末 「陶紋」の再窯入れ
2012年 2月 26日 日曜日
今日も制作三昧の一日でした。「混在」の表層部分の彫り込みと同時に、前に作った「陶紋」の仕上げ、化粧掛けと窯入れを行いました。今度の個展の図録に昨年から発表を始めた「陶紋」の新作を入れる予定で、撮影をお願いしているカメラマンに「陶紋」の撮影に関する要望を言っていました。それは砂丘に「陶紋」が点在している情景を作りたいということで、我ながらやっかいな要望だったなぁと今更ながら思っています。実は前にNOTE(ブログ)に書いた記憶がありますが、「陶紋」の新作は焼成時に割れて再度作り直しているのです。撮影の条件があるため「陶紋」を早めに預かりたいとカメラマンから連絡があったので、成形したままの「陶紋」数点を慌てて仕上げて窯に入れました。今度こそ割れないように願うばかりです。このところ木彫ばかりやっていたので、今日は久しぶりに陶彫に触れました。陶彫はやはり面白いと再確認しました。それは窯に入れる最後の工程があるからです。自分の手を離れたところで作品に最後の息吹を注入する行為は、神のみぞ知る神聖な儀式です。そこで炎をくぐりぬけて石化していくのです。作品が別のモノに生まれ変わるので成功すれば楽しい限りです。3日後に窯を開けますが、今度はどうなるのか、割れた原因を突き止めて今度は手立てをしたつもりですが、窯を開けてみないとこればかりはわかりません。
週末 制作に没頭
2012年 2月 25日 土曜日
朝から夕方まで制作に没頭しました。「混在」の表層部分は、それでも終わらず明日に持ち越しです。きっと明日も終わらず来月中旬に表層部分が完成すると見通しています。工房は前より寒さが和らぎましたが、今日は雨模様で底冷えがするためストーブを点けています。今日も夢中で作業を続けていますが、一日があっという間に過ぎていき、朝から晩まで頑張っていても、こんな程度しか出来ないのかと改めて思ってしまいます。創作活動は時間が必要で、完成に向かうほど作品を見つめる時間が欲しいのです。遅れ気味の制作工程に振り回されて、作品を見つめる時間が少なくなることを内心恐れています。それは作品全体を見て、何が足りないのか、削除すべきものがあるのかどうかを自分自身に問いかける時間です。ひとつの作品に長く関わっているため、次の工程に進むたびに作品をじっくり見つめているのです。表層部分が終われば、次は砂マチエールに進みます。明日はどこまでやれるのか、また朝から工房に篭る予定です。
週末の制作に向けて
2012年 2月 24日 金曜日
先週末に用事が入り、制作時間が少なかったので、今は制作がしたくて仕方がありません。制作工程が遅れていることもありますが、未消化のまま制作欲を抑えていることが大きな理由です。「混在」の表層の彫り込みは結構面白いと感じます。それは作品が完成に向けて具現化していく過程で迷いが生じ、それをどう自分の中で処理をしていくのか、行きつ戻りつすることが苦しくも、また面白いのです。作品に凝縮したエネルギーを吹き込むのは、この試行錯誤しながら思索を繰り返す工程に他なりません。最初のイメージの振り返りをよくやっているのは、ブレることを恐れるからです。いきおい作品を破壊したくなる衝動に駆られることもあります。たまに自惚れることもありますが、次の瞬間には自分の能力の無さを嘆いていたりします。創作とは自虐的な苦しみの中から、たった一粒の珠玉を探すことかもしれません。それでも創作がしたいのです。週末の制作に向けて心は膨らみます。苦しみを知りつつ何かを得んがために週末があると思っています。
職場における地域協働
2012年 2月 23日 木曜日
私の職場では地域の会合に2ヶ月に1回の割合で出かけています。今日がその会合で夜7時から9時ごろまで会議が行われていました。地域との協働を模索している職場では、これは大切な会議です。今年度は今日がラストになりました。今日は次年度に向けてのご意見を頂きました。地域住民の思いや意見を聞き取り、仕事に反映する姿勢は、未曾有の大震災で益々重要になった気がしています。有事の支援は地域とどのように連携して行うのか、常日頃から連絡を取り合っていなければならないと感じます。施設等の運営に地域の人が参画するシステムが私の職場にはあります。常に顔が見える関係を続けていることが有事に幸いすると信じています。今日は長い勤務時間でしたが、有効な時間だったと思っています。
頭はクレーのことばかり…
2012年 2月 22日 水曜日
通勤途中で読んでいる書籍に、頭が左右されるのは今に始まったことではありません。今「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)を読んでいるので、頭の中はクレーのことばかりです。パウル・クレーはスイス生まれの画家で、ドイツを舞台に活躍した芸術家として近現代美術の世界では避けて通れない人です。自分がクレーの作品を知ったのは高校生の頃ですが、初めはホワン・ミロと混同していました。ミロに比べるとクレーは気難しい雰囲気がして、これはスペイン系のミロとスイス・ドイツ系のクレーの民族的な違いかなと思ったりしました。クレーの造形思考の概略を知り、哲学的と捉えるにはまだ高校生だった自分には無理がありました。24歳の時、初めてドイツ(当時は西ドイツ)のミュンヘンに降り立ち、レンバッハ・ギャラリーでクレー初期の怪奇な銅版画を見て驚きました。クレーの心に眠る魑魅魍魎に自分の心は浸されました。クレーが子どものような絵を描いても、何か思索的な要素が隠されていたり、ただの落書きに終わらないのは、こうした初期の試行錯誤があったればこそと思いました。
就寝は至福のひと時
2012年 2月 21日 火曜日
仕事で疲れているせいか睡眠を貪ることを楽しみにしています。今の生活では夜更かしなど到底出来ません。若い頃は、何故あんなに夜更かしが好きだったのか、深夜ラジオに耳を傾けていた時期があったことが今となっては信じられません。確かに夜のしじまには、自分だけの物語を綴れそうな何かが潜んでいると感じたこともありました。心の開放はもっぱら夜でしたが、彫刻を学び始めてから夜のしじまと縁を切りました。彫刻は制作工程において、昼間の日差しや明るさを必要とするからでした。絵画やグラフックデザインをやっていた友人の中には、昼夜逆転をしている人もいましたが、自分は昼間の制作に精を出して、夜は疲れて眠る生活を送っていました。今もそれは同じです。公務員としての仕事も朝が早いので、早寝早起きが基本です。だからこそ就寝は至福のひと時なのです。朝はあっという間にやってきて至福のひと時が、本当にひと時しかないと実感しています。ましてこの季節は春眠暁を覚えずで、目覚ましが鳴るのを毎回恐れています。仕事をしているからこそ、組織人間だからこそ、勤務時間があるからこそ、就寝に至福を感じるのだと思います。夜は安らかなる休息の時。自分自身に戻れる時間帯なのです。
春はいつ来るのか?
2012年 2月 20日 月曜日
2月も半ばを過ぎて、やっと紅梅が咲き始めました。それでも朝晩はまだまだ寒く、とくに週初めの月曜日は仕事に向かう足取りが重いのです。一昨日と昨日は工房での制作がままならず、週末に休んだ気がしません。もっと創作がしたいなぁと願いつつ勤務時間を全うしました。次の1回で2月の週末は終わりです。この分では「混在」の表層部分の木彫は終わらないと思います。どんどん制作工程が押せ押せになっています。春になって暖かくなれば、ウィークディの夜に工房に出かけることも可能ですが、この寒さではまだ無理です。最近、鼻がむず痒くなってきていて、いよいよ花粉症の季節かなぁと思います。春はいつ来るのか?花粉症とともにやってくる春ですが、もう寒さは御免蒙りたい気分で、くしゃみをしながらでも工房で制作をしたいなぁと思います。
週末 人前結婚式
2012年 2月 19日 日曜日
職場の人から結婚式の招待を受けました。今日挙式した彼は、職場では情報担当でコンピュータ関係のネットワークを管理運営する部署に属しています。仕事一途ですが、人に優しく信念をもった優秀な人材です。奥さんになる人は美大でグラフィックデザインをやっていたそうで、センスのよい素敵な人でした。絵に描いたようなカップルでしたが、今後は彼に仕事ばかりではなく家庭とのバランスをとっていけるように助言していきたいと思います。自分は初めて人前結婚式に参加しました。簡単で明快、しかも心が篭った式でした。今はこの方法が主流なのかもしれません。自分の時のような晩酌人もいなければ、親戚代表の挨拶もありませんでした。自分は仲人を師匠の池田宗弘先生にお願いしたり、誰彼に挨拶をお願いするのに右往左往したことを懐かしく思い出します。こんなことは時代遅れなのかなぁと改めて思った次第です。自分の歳になると冠婚葬祭でも葬が増えてきて、なかなか婚には出会えません。やはり結婚式はいいものです。週末のいつもの制作は来週にまわして、来週は今週の分まで頑張ろうと思います。
週末 新しいパソコンが来た日
2012年 2月 18日 土曜日
6年前に購入して、自分のホームページを立ち上げたパソコンがついに駄目になり、今日新しいパソコンに換えました。画面が大きく変換も早い新型のパソコンは、やはり快適です。画像がクリアで自分の作品の見栄えも変わってしまうのは、デジタルのもつマジックのようなものです。しばらくはこのパソコンで遊んでしまいそうです。パソコンを起動した手初めに米国NASAにアクセスして宇宙の画像を見てみました。太陽の動画が美しく、また宇宙ステーションのCG映像も楽しめました。自分は彫刻というアナログな世界に生きて、土を練ったり木を彫るのが大好きな人間ですが、いつからかコンピュータにどっぷり浸かって作品を画像化するようになりました。専属カメラマンの撮影した画像が大変気に入ったのが契機になったようです。職場ではエクセルやワードが必需ソフトで、頻繁に書類作成や表計算をやっています。世界中どこからでもアクセス可能で、また公開されている情報は、危険を孕む一方で利便性を与えてくれます。ネット情報と上手に付き合っていくには情報を見分けるモラルが必要だろうと改めて思います。新しいパソコンの前で、そんなことを考えました。
休んでばかりいた日々
2012年 2月 17日 金曜日
家内との会話の中で、自分が10代の頃にズル休みしたことを思い出しました。高校生だった自分は嘘の体調不良を訴えて、自宅で寝て過ごしていました。窓から空を眺めていて流れる雲をいつまでも目で追いかけていました。なんとなく罪の意識がありましたが、ずっと空を登っていく自分をイメージしていました。そんな光景が浮かぶ谷川俊太郎の詩があります。こんな気持ちのいい状態をコトバに出来るなんていいなぁと感じていました。また別の日にズル休みをしていて、春の暖かい日差しの中で、自宅の前に広がる田んぼを眺めていました。田んぼの蛙が泥の上を跳ねるのを見て、蛙になったら窮屈な思いをしなくていいのにと思ったりしました。これは草野心平の詩が頭にあったのでした。当時はズル休み=心の開放=詩作への憧れといった図式があったように思います。二束の草鞋生活で暇のない生活をしている現在では、詩作など到底無理な環境にあります。何にもせず気苦労もなく心配事もない生活になれば、周囲の情景に心が動かされていくのでしょうが、そんな生活が果たしてやってくるのか今の状況では考えられません。休んでばかりいた日々。今でいう心の病から発する不登校ではなく、たまに学校をサボる程度の緩い日常。周囲にバレることもなかった時間と時間の狭間。でもサボりを今でも覚えているのは不思議です。頑張ったことなど忘れているのに…。
イメージ源泉の蓄積
2012年 2月 16日 木曜日
昨日のNOTE(ブログ)に西欧の古都に思いを馳せる文章をアップしました。公務員と彫刻家の二束の草鞋生活を定年まで送ろうとしている今の自分にとって憧れは募るばかりです。しかしながら実際にヨーロッパに旅立ってしまうと、そこで気持ちが入り込んでしまい、現在の仕事に戻れなくなるかもしれないと思っています。ヨーロッパ以外なら単純に旅行として扱える気分はあります。ヨーロッパは自分が20代後半を過ごした場所であり、そこで美術的なイメージを培い、感覚を磨いてきたところです。テレビのBS番組で流れるヨーロッパの古都を見ていると、そこの空気や匂いまで甦ってきます。街の人々は微笑を浮かべて日本人を接待してくれましたが、一方で頑固なご老体からあれこれ注意を受けたこともありました。理屈を押し通されて理不尽な目にも会いました。それでも長い歴史の中で保ってきた街の情緒は、どこまでも魅力的です。もう一度、イメージの源泉にあふれた場所に出向いて、自分の心の貯蔵庫にカタチの蓄積をしたいと願っています。今の立場から開放された時に必ず再訪の機会を持つつもりです。
西欧の古都に思いを馳せる
2012年 2月 15日 水曜日
最近テレビのBS番組で、海外の街の様子を紹介する番組が数多くあります。自分も1980年から85年までの5年間をドイツ・オーストリアで過ごしているので、西欧の古都には特別な思いがあります。煉瓦や石で構築された街は、狭い路地裏にも情緒があって散策が楽しかったことを思い出します。この頃は現在と違って時間が沢山ありました。毎日夕方になると市街を歩いていました。自分が最初に住んだドイツ・バイエルン地方の小さな街は、山々が連なり、湖があって絵本の世界のような美しさでした。山荘風の家々のベランダには色とりどりの花があって緑があふれていました。次に長く住んだオーストリアの首都ウィーンは、ハプスブルグ家の帝国時代の遺産に囲まれた古都でした。旧市街を散歩していると鍛冶屋の様子がウィンドゥ越しに見えて、自分はいつも散策の途中に立ち寄っていました。同時にオットー・ワーグナーの20世紀初頭に作られた華麗でモダンな建物にも注目していました。自分が学生として登録していたウィーン美術アカデミーは環状道路沿いにある装飾のついた古い建物でした。アカデミーの石造りの廊下にはカマボコ型の大きな窓があり、制作の場になっているマイスタークラスには重い木製の扉を開けて入っていきました。自分の生育とは異質な文化を噛み締めながら、そこで毎日を過ごしていました。近い将来、再び西欧に行って古都を散策したい願いがあります。テレビを見ていると、今度は南欧のイタリアやスペインに行きたいと思います。彼の地の美術学校はどんな学生が学んでいるのか、興味が尽きないところです。
描写に飢える
2012年 2月 14日 火曜日
幾何抽象的な作品ばかりやっていると、具象的な傾向に引き戻されていきます。これは10代の最後になって美術家を志すために精一杯やっていたデッサンの影響です。ギリシャ彫刻の模造である石膏像や静物を木炭や鉛筆で描いていました。その狭い世界の中で紆余曲折して10代から20代初めまで過ごしていました。彫塑も同じです。紙が空間に代わり、鉛筆が粘土に代わっただけで、デッサンの勉強には変わりはありませんでした。巧く描ける友人を羨んだり、蔑んだりしながら自分自身を見つめる時間を持ちました。良くも悪くも人生の過敏な時期に、自己表現の術の何たるかを考えていたことは、その後の人生に何らかの影響が出ると思っています。最近、描写がしたいと思うようになりました。こうした願望が出るのは、自分がずっと美術の世界の中に浸っていた証であると思います。今の自分にはRECORDという小さな創作活動があって、幸い描写を試みる機会があります。鉛筆ではなく描き損じが出来ないペンを使って、描写の欲望を満たしています。造形的な計画の具現化ではなく、こうした欲望もあって、それらを全て含んだものが創作行為なのだと思います。描写に飢えるのは自分にとって幸せなことで、これが続く限り創作活動は大丈夫と自負しています。
気持ちの切り替え
2012年 2月 13日 月曜日
横浜市公務員として20年以上勤めてきました。彫刻を作り続けて30年余り、修行時代も含めれば制作歴はさらに長くなります。自分は公務員と彫刻家の二束の草鞋でずっとやってきたことはNOTE(ブログ)に度々書いてきました。工房に出入りしている若い世代のスタッフの中にも、二束の草鞋で画業を続けようとしている子もいます。二束の草鞋には気持ちの切り替えが必要で、自分にはそのキャリアがあります。それでも新作が佳境に入る時期の気持ちの切り替えは苦しいものがあります。たかだか週末2日間の制作ですが、気持ちが入り込み過ぎて、ウィークディの仕事になかなか戻ってこれない時があります。2日間は造形感覚をギリギリまで働かせ、手許の制作状況に埋没しています。そうなると今日のような週初めは頭がボーとしています。月曜日は毎回どうしようもなく疲れているのです。ただ、ウィークディは逆に造形感覚や作業を休むので、週末に向かって徐々に元気を取り戻します。でも昼間の仕事で神経を使うので、別の部分が疲れ始めるように感じます。気持ちの切り替えは習慣として身についたものですが、案外このバランスがいいのかなぁと考えることがあります。定年までこれでいくしかありません。濃密なスケジュールだと頭で認識していますが、実際は慣れもあってそれほどキツさを感じない日常です。
週末 「混在」の表層彫り込み
2012年 2月 12日 日曜日
今日は朝から夕方まで工房で制作三昧でした。朝は相変わらずの寒さでしたが、昼ごろから暖かくなり、久しぶりにストーブを消して窓を開けました。彫り込みは順調に進みましたが、時間がかかるので一体いつ彫り込みが終わるのか見当がつきません。彫り込みをやっている時に次のイメージが湧いてきました。この彫り込みを厚板ではなく木材そのものでやってみようと思ったのです。集成材を使えば、かなり厚みも増すことが出来るし、そこにさまざまな曲面を彫ることも可能になります。陶彫部品を集成材に埋め込んで、木材の表面に陶彫が出現したイメージです。現在の厚板に矩形の彫り込みを入れるより、さらに時間がかかるのは承知です。現在進行中の作品のように屏風にするのか、また丸彫りをして完全な立体にするのか、まだイメージは煮詰めていませんが、現在の作品の先にある発展的な作品であることは間違いありません。「混在」は以前作った「住居」や「棟」の発展形ですが、今日イメージした次なる作品は雛形を作ったほうがいいかもしれません。今まで試したことがないからです。ともかく今日はあれこれ考えながら、夕方遅くまで作業をしていました。来週末は用事が入って制作三昧とはいきませんが、出来るだけ時間を見つけて「混在」を先に進めようと思います。
週末 後輩たちのグループ展
2012年 2月 11日 土曜日
今日の午前中は工房で制作。「発掘~混在~」の表層の彫り込みに四苦八苦していました。時間がかかるのは承知していましたが、こんなにも時間がかかるとは思いもよらず、この調子でいくと畳大6点が今月中に終わるかどうか怪しくなってきました。来月に持ち越すことも想定に入れる必要がありそうです。それでも午後になって、自分の後輩たちがグループ展をやっているので、横浜市民ギャラリーまで行って来ました。横浜市民ギャラリーのある教育文化センターは昨年の震災の影響で、来月31日をもって閉館となります。市民ギャラリーはそのあとも1年間だけは継続しますが、今までここで多くの展覧会を見て、または自分も陶によるインスタレーションをやらせていただいた由緒あるギャラリーがなくなってしまうのはつくづく残念に思います。自分が作家として育まれた場所であるだけに思いも一入です。グループ展に出品している後輩の一人は二科展に彫刻を出している気鋭の作家です。厚板を構成的に扱った木彫をやっていました。もう一人は同じ職場で働いている人で、西欧の風景を具象で表現している画家です。2人ともそれぞれ公募団体に出品していますが、地元で発表できる機会がこのグループ展なのです。はたしてこのグループ展はどうなってしまうのでしょうか。来年までは作品を見ることができそうですが、この先も近い場所で発表の機会が持てることを願ってやみません。