「旅の絵師は悪魔と出会った」雑感

昨日、東京六本木にある国立新美術館で開催している「自由美術展」に出かけ、師匠の彫刻作品を鑑賞してきました。池田宗弘先生から私は学生時代に彫塑の指導を受け、その時に東京都美術館の大規模な企画展に出品されていた池田先生の作品を見て、彫刻を始めたばかりの私はその作品がずっと印象に残っていました。あちらこちらから痩せた猫が魚の骨を目指して忍び寄る大きな作品は、今も長野県東筑摩郡麻績村にある先生の工房兼住居「エルミタ」に置かれています。「エルミタ」にお邪魔する度に、私は当時の思い出が甦り、長く彫刻の道を歩んでいる自分のことを振り返る機会にもなっているのです。今回出品されていた「旅の絵師は悪魔と出会った」は、先生がデビューの頃から続けられていた真鍮直付けによる人物像を含む風景彫刻で、私にとっては馴染みのある技法を駆使した作品でした。悪魔が登場する契機になったのは、あるキリスト教会の神父の心に棲む邪悪を、先生が悪魔に見立てたのが始まりでした。連作を続けて見させていただいて、悪魔が徐々に可愛らしくなっているのに気づきました。親しげに近づく者に注意をするように先生に促されているようにも思えました。先生の彫刻は細長くて、一見するとジャコメッティのようですが、内容はかなり違います。ジャコメッティは対象を正確に捉えようとした結果、あんなに針金のように細くなっていったわけですが、先生は構造の面白さを示すために量感を削り取っていったように思えます。それは人物だけではなく、周囲の情景さえも構造そのもののような風景になっています。であるからこそ、照明に当てられた彫刻の陰影が美しく映えていると私は感じています。また素材だけを提示しているのではなく、そこに物語性を盛りこんでいます。労働者の憩いや公園に集う人々、猫の生態やら宗教性の強いテーマもあります。社会風刺や日常を切り取って、あたかもスケッチでもするように彫刻するのが池田宗弘ワールドなのです。陶の素材感を全面に出し、抽象化を図る私の世界とは異なりますが、私の作り出す世界も先生に認めていただいていることに感謝しています。先生にはいつまでも作品を作り続けていただけるよう願うばかりです。

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