無意識が関与する創作動機

「たぶん私たちには、知的で芸術的な創作についても、その意識的な性格を極端に過剰評価する傾向があるのだろう。しかし、ゲーテやヘルムホルツのような幾人かのきわめて創作力に富んだ人々の報告から私たちが聞き知るところでは、むしろその創造における本質的で新たな部分はふと思い浮かぶといった具合に彼らに与えられ、ほとんど完成したものとして知覚へと来るのである。それと違って、すべての精神力が精力を傾ける場合に、意識的活動も助力するのは何らいぶかるべきことではない。しかし、意識的活動が関与するにしても、そのせいで他の活動すべてが私たちから隠蔽されてしまうならば、それは意識的活動の大いなる特権濫用というものだ。」(「夢解釈」フロイト著 金関猛訳 中央公論新社より引用)フロイトにとって「無意識」は重要な精神分析学的なテーマでした。創作活動における無意識が果たす役割として、創作動機がどこから来るのか、私個人としてはイメージの源泉を辿りたい意向があり、無意識に対する理解を深めたいと考えているところです。前述の引用は、創作イメージは無意識の範疇で齎らされるものというフロイトの主意が書かれています。私は新作の造形イメージは天から舞い降りてくるように感じられ、それは夢ではなく覚醒している時間帯に現れるモノなのです。イメージは意識的に意図して降ってくるモノではありません。文中の「ふと思い浮かぶ」という表現が何気なくていいのですが、天から降るのは「降誕」というコトバに憧れる私の個人的な要因があることも確かです。特定の宗教を持たない私が「神の降誕」という多分にキリスト教的イメージに支配されていて、どこかで見た図像が印象に刻まれてしまっているのだと思っています。それがイメージ出現にも無意識な反映をしていることが、フロイト流に自己分析すれば思い当たる節があるのです。今日は土曜出勤日の代休で、朝から工房で制作に没頭していましたが、「発掘~環景~」が来月中旬までに完成するかどうかの厳しい局面を迎えています。そんな時に次なるイメージがやってきています。フロイトが例に出した偉大な芸術家と自分は比較対象にならず、彼らの足元にも及ばないのですが、私ですらイメージは無意識のうちにやってきていて、意識的活動の中にスルリと入り込んでいると思っているのです。

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