新聞掲載のフロイトの言葉より

昨日の朝日新聞にあった「折々のことば」(鷲田清一著)に興味関心のある記事が掲載されていました。全文書き出します。「百パーセントのアルコールがないように、百パーセントの真理というものはありませんね。ジークムント・フロイト」という言葉に対し、「オーストリアの作家、ツヴァイクは、友人でもある精神分析家がふと口にしたこの言葉が忘れられない。《無意識》という暗部にメスを入れたフロイトにとって、不快だ、危険だという理由でそれに蓋をすることはありえなかった。人は認知も制御もしえないものを内蔵するからこそ、つねに覚醒を心がけねばならないのか。作家の回想録『昨日の世界 Ⅱ』(原田義人訳)から。」ジークムント・フロイトはユダヤ系オーストリア人で、19世紀から20世紀にかけて生き、精神医療の世界で偉業を成し遂げた人として記録されています。ウィーンでヒステリー治療を行なった開業医であり、その治療法は精神分析と名づけられました。精神分析は無意識に関する科学とされ、私も著書「夢判断」を読みました。そうした動きはシュルレアリスム運動の理論的基礎とも位置づけられて、私も彼の理論を齧ってみたくなったのでした。因みに私の興味は彼の「宗教論」に注がれました。この書籍の面白さは、それが真実かどうかはともかく印象には残りました。彼にとって真理とは常に覚醒を伴って更新されるものだったと私は理解しています。フロイトの言葉を記憶したシュテファン・ツヴァイクもフロイトと同時代に生きた作家でした。私は20代でウィーンに滞在するまでツヴァイクの名を知らず、ウィーンで彼の業績を知ったのでした。原語で読めるほどドイツ語の知識がなかった私は、日本から「マリー・アントワネット」(上下巻)と「ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像」の和訳版を送ってもらい、夢中で読んだ記憶があります。2冊ともウィーンで読む伝記は、格別な趣向を伴い、時代錯誤に陥りそうな街角を、私は何度も彷徨い歩きました。ウィーンの旧市街に見られる路地が入り組んだ街角は、精神分析という学問を生んだ風土が良く分かるなぁと思いました。それは理屈ではなく、何となく立ち込める空気感のようなものでした。新聞掲載のフロイトの言葉によって私には個人的にさまざまな記憶が甦ってきましたが、実はこのコロナ渦の不安定な時代に一石を投じた記事だったのかも知れず、私の深読みが記事とは異なる方向にいってしまったように感じました。失礼をいたしました。

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