信仰に関する私見
2018年 11月 9日 金曜日
昨日のNOTE(ブログ)に書いた件をもう一度取り上げます。私は数十年にわたって続けている創作活動が、自分の行動ながら何かに憑かれたように感じていて、自分なりに腑に落ちるものは何かを考えていました。近くで見ている家内が、まるで宗教見たいだねぇと呟いたのが契機になり、昨日のNOTE(ブログ)にその思いを書いたわけです。これは私独自の信仰だと考えるようにしましたが、確か前にも信仰についてNOTE(ブログ)に書いた記憶があり、アーカイブを調べてみました。2016年6月7日と8日に「信仰とは何かを考える」というタイトルで、宗教との関連による信仰について述べているのが見つかりました。フロイトの「宗教論」に触発されて書いた内容ですが、特定な宗教信者でない者が、己の内面の脆弱さを補うものとして、何かを信仰することはあるのではないかと書いたのでした。キリスト教に関しては、神に従う代わりに救済を求めて、善い行為が死後に報われるという西洋的弁証法を礎に、人間を超えた存在が希望を叶えてくれるかもしれないという他者依存の現れだろうと自己解釈をしています。今回は創作活動に絡めた信仰に関する私見なので、以前の文章とニュアンスが異なります。そもそも信仰とは神仏を信じ、その威徳に頼ることですが、私は内面の脆弱とは別に、神仏以外のパワーの源になるものに頼っていると思っているのです。社会的ニーズがない創作活動で、しかも命が絶えるまで打ち込んでいこうとする意志は、信仰心以外には考えられないと思っています。それは特定宗教のような弁証法や戒律があるわけではなく、個人的な求道に過ぎませんが、何かが最終ゴールとして存在すると信じて疑わずに邁進していくのは信仰そのものではないかと感じているのです。
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Tags: 創作, 書籍
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