「ライゾマティクス_マルティプレックス」展の図録より

4月13日に見に行った東京都現代美術館の「ライゾマティクス_マルティプレックス」展の図録が郵送で自宅に届きました。随分時間が経っていたので、私は同展会場で図録を注文したことを忘れていましたが、届いた図録はライゾマティクスという電脳集団が関わったさまざまなイベントや取り組みが、多くの画像によって紹介されていて見応えのある図録になっていました。美術館という器の中で、ライゾマティクスがアートとして取り組んだ表現活動は、メディアを通した一つの可能性を提起していて、情報機器の扱いが苦手な私としても興味関心を持たざるを得ない分野と言えます。「誰が顧客(コレクター)か、画像の鑑賞者かも定まらない未知の市場、従来のアート市場の価値体系の危機、暗号化にかかる膨大な電力消費へのエコロジカルな批判ーすべてが不確定なままに膨大な情報と欲望が動いている。メディアアートの歴史家であるティナ・ライアンは、『NFT(※ノン・ファンジブル・トークン…非代替性仮想通貨のこと)の構造そのものが、コンピュータやインターネットを使って美的なモノの定義を拡大してきた何世代にもわたるアーティストたちの遺産を無効にしてしまった』と言う。さらにライアンは、NFTは分散したり、インタラクティブだったり、偶発的だったり、刹那的だったりするデジタルプロジェクトの厄介な現実より、安定した単一の芸術作品という理想を優遇しており、非物質的なものに価値を見いだしてきた現代芸術の歴史と真逆な方向にドライブする、と批判する。『永遠に単一の資産』たらんとするデジタルアートの転身、その固定した姿を、ライゾマ(※ライゾマティクスの略称)は分散、偶発、刹那的な仮想空間の現実論のなかに描く。まさに今生成しつつある現実に目をむけよ、とライゾマは言う。半歩先の未来から警鐘を鳴らす。そして彼らは独自のOpenSeaプラットホームのあり方をすでに考えている。」(長谷川祐子著)私は唯一無二の物質を信じ、彫刻と言う西洋古来の概念に囚われて表現活動を行う者です。図録の解説によれば、さまざまな消費的で社会的なシーンに関わってきたライゾマティクスも、「永遠に単一の資産」たらんとするデジタルアートの転身を考え、それ故に展覧会場での立方体や球体を使ったオブジェ的な要素を登場させたのが理解できます。私はそこにホッと胸を撫で下ろした感覚を持ちました。あの時、展覧会場で体験した肌感覚はとても気持ちの良いものだったと思い返しています。

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