「夢は欲望充足である」まとめ

一度中断した大著を再度読み始めるのには結構労力がいるものだと思いました。栞が挟んであるにも関わらず、どこまで読んだのか見当がつかなくなって、その前後を眼で追い始めて、漸く中断していた精神世界が見えてくる按配なのです。今読んでいるのは精神分析の道を開かんとする医学関係の大論で、唯心論的な哲学書と異なり、論拠に具体性を伴うので、内容の捉えが比較的楽に出来ることがまだ救いと言えます。「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)は、既に第三章を読み終えていて、現在第四章に入っていますが、ここで読み終えた章論のまとめをしておきます。第三章で取り挙げているテーマは「夢は欲望充足である」というもので、対象とした患者に見られた夢やフロイト自身の夢にも欲望充足の一面が見られた記述がされています。フロイトの家族、とくに幼い娘や息子の憧れを補う夢にも触れて、微笑ましいエピソードとして論考を寄せています。最後に諺を取り挙げた文章を引用いたします。「言語の宿る知恵は、確かにときおりは夢について軽蔑的に語るー言語の知恵は『夢はうたかた』と言い切るのだから、言語は科学が正しいと認めているではないか、と言う人もいるだろう。しかし、慣用的な言い回しにおいては、ほとんどの場合、夢がやさしく欲望を充足するものとされている。自分の期待以上のことが実現したとき、人は大喜びで『まったくもってこんなことは夢にも思わなかった』と叫ぶのである。」

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