デ・キリコによる「吟遊詩人」

キュビズムやシュルレアリスムを初めとする新しい価値観を持つ造形作品を経験している現代なら、ジョルジョ・デ・キリコの作品はごくありふれた作品に見えますが、当時では大変な変革をもたらす絵画であったことでしょう。デ・キリコはイタリア人の両親のもとギリシャで生まれました。一時ミュンヘンに移り住んだ時に、北方系のロマン主義やニーチェの哲学に触れ、神秘的な作品を手がけます。さらにパリで詩人アポリネール等の支持を受けて「形而上絵画」を推し進めていきます。デ・キリコは古典にも傾倒していきますが、再び「形而上絵画」に戻ってきます。汐留ミュージアムで開催されていた「ジョルジョ・デ・キリコ展」ではデ・キリコの写実と幻想を行き来した作品が網羅されて、見応えのある展覧会になっていました。自分はマネキンと製図用具を描いた要素で構成された「吟遊詩人」に眼が留まり、架空な都市に佇む無機質な人体像に、静寂や孤独を見て取りました。「吟遊詩人」は最もデ・キリコらしい雰囲気をもった作品ですが、徹底した古典画法を学んだ画家であるからこそ、画面隅々に至る表現に真実があるように思えて、不思議な説得力をもっているように感じました。この頃の絵画に自分は音を感じません。光も人工的で、全てが演出された劇を見ているように思えます。そうした作為は自分の好みに合います。都市空間の残像は自分も追い求めている世界だからです。

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