ゴーギャンの木版画

自分が中学生の頃に親しんだゴッホよりだいぶ遅れて、ゴーギャンを理解したのは高校時代でした。ゴッホとゴーギャンの同居は有名な話ですが、自分が作品を理解した過程からすると、キュービズム時代のピカソがアフリカの仮面から発想を得たことと前後して、タヒチで平面性をもった絵画を描いていたゴーギャンにようやく辿りついた感じでした。ゴーギャンもピカソ同様原始的なモチーフを扱っていたことが興味を感じた理由です。ゴーギャンにはその頃作られた木版画があって、それが何とも新鮮に見えました。彫り跡を大胆に残した木版画は、命の逞しさを謳いあげているようで、また原始的な宗教性も感じられて印象的でした。それがいづれドイツ表現派の木版画に興味を移す契機になるのかなと自分なりに自分の絵画学習史を考えてみました。Yutaka Aihara.com

見慣れたゴッホの絵

中学時代に知ったゴッホの絵画。うねるようなタッチに魅了され、それを真似ると劇画のようになってしまい、私はついぞ自分の絵が気に入ることはありませんでした。それでもゴッホの骨太のデッサンが大好きでした。高校に入って油絵を描き始めた頃には、私はもうゴッホを卒業していましたが、フォーヴィズムやキュービズムや表現派に心酔していても、ゴッホには親近感を持っていました。20代後半ヨーロッパに暮らすようになって、アムステルダムにあるゴッホ美術館に行ってきました。昔慣れ親しんだ絵画やデッサンの数々を見て、懐かしい人に会えたような気がしました。自分の精神状態がまだ幼かった頃の香りがしました。ゴッホの絵画史に残る斬新な表現や精神性の深さは知識として、また感覚としてわかっていても、自分の辿った美術の道と照らし合わせると、自分の拙い中学時代が甦ってくるようでした。Yutaka Aihara.com

写生はゴッホのように…

最近ブログに高校時代に学んだフォーヴィズムやキュービズムについて書きました。さらに遡って中学時代の話です。中学生の頃はかなり記憶が薄れているのですが、美術の授業でただひとつ覚えていることはベテランの美術科女性教師が、私の写生を見て「ゴッホのようね」と言ってくれたことです。絵画について熱く語る彼女の話につい引き込まれて、そこで美術の素晴らしさを教わった気がしています。当時はよく授業で風景を描きに外に出かけました。自分の通っていた中学校は横浜の新興住宅地に出来たマンモス校で、周囲にはまだ雑木林が残っていました。自分はうっそうとした緑の立木を、水彩絵の具を使って鉛筆で描くようにザクザク塗り重ねていました。それを「ゴッホ」と言われ、名前だけは知っている有名画家と自分をダブらせて有頂天になってしまいました。それから図書室でゴッホの画集を見ました。まだ美術の専門家になるなんて考えも及ばなかった頃の話です。      Yutaka Aihara.com

ポストカード制作

美術館に行くと必ずギャラリーショップに寄ります。アートの香りが漂うグッズが好きなのです。その中でも手軽なものがポストカードです。展覧会の図録に掲載されている作品がポストカードになっている場合でも、図録の他にカードだけ買い求めてしまうこともあります。それだからこそ自分の作品がポストカードになるのは昔からの憧れでした。自分も図録が2冊出来て、そのために撮影された作品も増えてきました。そこで自分の作品をポストカードにすることにしました。5種類の写真を選び、今日ポストカードが出来上がってきました。これは販売用ではありません。こちらから手紙を書いたり、また人から求められれば差し上げる目的で作りました。何とも嬉しい限りです。でも最近は手紙を書く行為がめっきり減りました。この機会に手紙を見直そうかとも思います。                     Yutaka Aihara.com

キュービズムに対する親近感

高校時代にフランス人画家ブラマンクを真似てフォーヴィズム紛いの油絵を描いていました。そのうち近・現代美術史に興味が出て、あれこれ調べるうち、やはりピカソの巨大さに気づかされました。自分が表現主義や抽象に興味・関心が移る前の話ですが、ピカソやブラックのキュービズムには初めから親近感を持っていました。自分にとって絵画理論が解り易かったことがキュービズムに近づきやすかった原因のひとつと思っています。構成的な作風が好きだったのでしょうか。でも自分はキュービズムを真似ることはありませんでした。その頃はもう絵画をやめていて、建築やデザインに将来の夢を描いていたのです。大学の彫刻科に入って具象彫刻を学んでいた時も、やはり初めにキュービズムに親近感を持てたことがずっと頭にあって、それを出発点にして構成主義やドイツ表現主義に近づけたのかもしれません。   Yutaka Aihara.com

「構築〜解放〜」の柱完成

週末になると朝から夕方まで制作三昧ですが、新作の完成予定を考えると焦ります。今日は34本の柱がようやく彫り上がりました。ただ彫り跡を整える必要があるので、よく研いだ鑿で最終的な仕上げをしなければなりません。作品はこれで完成ではなく、きちんと組み立てられるかどうか個々の部分で試します。それは次の機会。同時にテーブルになる厚板をどんな仕上げにしようか全体を予想しながら考えます。集合彫刻の場合はこれが最も難しいところです。初めに全体を考えながら作り始めても、実際に仕上がった部分を組み合わせてみないとわからないところが結構あるのです。ともあれ柱が何とか彫り上がって、集合体にする前の段階としてはまずまずの滑り出しです。

フォーヴィズムの思い出

高校時代に油絵を描き始め、最初に影響を受けたのが佐伯祐三でした。鋭く素早い筆致で描かれた風景画を見ながら、どうしてこんな空気を感じさせる雰囲気が出せるのだろうと思っていました。佐伯祐三画集にあったフランス人画家ブラマンクにも興味が出て、その周囲の画家グループを調べ、そこからフォーヴィズムという名称を知ったのでした。マチスの激しい色彩にも興味を持ったのですが、自分は色彩感が乏しく、何を描いても泥臭くなってしまうので、あえて色彩を表現の主流にしている画家を避けるようになりました。でも高校に通っていた当時、激しい筆致や色彩が自分の心情にあっていたようで、描けるものならこんな絵画が描きたいと思っていました。ただ画家になろうという気持ちはなく、建築家や工業デザイナーを希望していたことは確かでした。本格的にデッサンの勉強を始めてから油絵はまったく描かなくなってしまいました。デッサンはデザイナーになるための勉強と考えていて、その少し前までやっていたフォーヴィズム絵画の真似事とは結びつくことがなかったのです。アートという大きな括りの中で考えられるようになるのはもっと後のことです。

油絵の具との出会い

油絵の具は結構好きな画材で、自分の立体作品にもよく使っています。今年の新作「構築〜解放〜」にもテーブルになる厚板に砂マチエールを貼り、油絵の具を染み込ませていこうと思っています。油絵の具は高校時代に初めて手にして、まずは入門書通りの扱いをしていました。イーゼルを戸外に立て画布に下塗りをして風景を描き始めました。初めの一歩は白い校舎の壁を描いたように記憶しています。かなり厚塗りをしました。壁のざらついた感じが油絵の具で表せるので、楽しんでやっていました。そんな時に佐伯祐三画集が目にとまり、パリの街角を鋭く描いた絵に感銘を受け、真似してみようと何度か試みたのを覚えています。筆よりパレットナイフを多用して絵の具を画布に擦りつけてベタベタやっていました。油絵の具がすっかり気に入っていましたが、その頃はきちんとデッサンを習っていたわけではないので、全体の構図もモノの捉え方もすべて自己流でした。           Yutaka Aihara.com

動物画による表現主義

ロシア人画家カンデインスキーについては度々ブログに書いてきました。当時進歩的だった刊行物「青騎士」についても触れたことがあります。「青騎士」の翻訳が出版され、さっそく読んで感想を述べたこともあります。(07.7.25)ところでカンデインスキーの絵画はよく知られていても、その協力者であり、表現主義の推進者でもあったフランツ・マルクの絵画は日本ではほとんど見る機会はありません。自分もヨーロッパ滞在中に、たしかミュンヘンの美術館で見たような気がしていますが、意識してはいませんでした。キルヒナーのようにそこで感銘を受けたわけでもありませんでした。ただ今思い返してみると、原色に近い色彩で彩られた動物と一体化した背景が何となく印象に残っていて、あれがマルクの絵画だったのかと思うばかりです。もっとじっくり見ておくべきだったと後悔していますが、いずれまた海外に出かけていって、マルクの世界を味わおうと思います。

異文化がもたらすもの

クレーのチュニジア旅行のことをブログに書いていたら、自分の過去を再び思い出してしまいました。このブログに何度となく書いているウィーン滞在のことです。1980年から5年間暮らしたヨーロッパの古都は、今の自分の感性や思考を形成する上で大きな足跡を残し、その財産で今も作品を作り続けていると言ってもいいかもしれません。昨今多くの日本人が海外に出かけ、見聞を広めたり、レクリェーションに興じたりしています。自分も気楽に行くつもりが、滞在は5年間になり、その中で彫刻を学んだりしました。自分は渡欧前から創作活動の真っ只中にあり、「自分自身の表現とは何か」「自分は何をするべきか」という課題を抱えてヨーロッパに出かけたので、その影響も大きかったと思っています。異文化に触れる時は、自分がそれをいかに受容できるかで、その後の自分のあり方が変わってきます。クレーのチュニジア旅行も自分のウィーン滞在も作家のレベルこそ違えど同じ質のものではないかと理解しています。

クレーのチュニジア旅行

法律文化社「ドイツ表現主義の世界」を読んでいたら、画家クレーとマッケがチュニジアを旅行し、そこから絵画表現が大きく変わったことが書かれていました。北アフリカの風土から受けた影響は、とくに色彩に表れているようです。色面構成が中心となり、ほとんど非対象化したクレーの絵画は色彩の深みと広がりがあらゆるイメージを想起させ、自分が絵画と戯れられる感じがして、とても好きな表現です。たんなる表面の処理ではない哲学的な思考が感じられると言っても過言ではありません。これもチュニジアで得た色彩あったればこその表現の到達点とも言えます。わが身を振り返ってみれば、今だに昔暮らしたヨーロッパの風土が根付いて、それが自己表現の一翼を担っていると思っています。異文化の中で得るものは感性そのものに働きかけて、芸術家の一生を左右するものだと改めて思います。       Yutaka Aihara.com

ステンレスという素材

ステンレスという素材には学生時代からいろいろな思いがあります。当時は野外彫刻展がブームになって、自分が学んでいた大学の先生たちも新しい工業用の素材を使った大きな野外彫刻を作って展覧会に出品していました。そうした中でひときわ目立つ素材がステンレスでした。故・井上武吉先生や保田春彦先生が作り出すステンレスの幾何抽象の世界に、すっきりした空間を発見し、都会的なセンスに憧れた時期もありました。自分がクールな抽象になかなか辿り着けないことがわかって、次第に自分は土を使った作品になっていきました。つまり泥臭い素材で現代的な思考をする方法を選んだのでした。しかし、またここにきてステンレスの作品に取り組もうとしています。「RECORD」の一連の小作品の中で、ステンレスの幾何抽象彫刻をイメージした作品を作り続けているのです。ステンレスという素材を意識してから30年が経っています。思考の振り子が戻っていくような感覚に襲われながら、今ステンレスの板を手にとって作業している自分がいます。 Yutaka Aihara.com

木を彫る楽しさ実感

先週末は陶彫ランプシェードの照明配線をやっていたので、「構築〜解放〜」に手がつけられず、このところずっと木を彫っていませんでした。今日ようやく再開し、改めて木を彫る楽しさを実感したところです。土を練るのもそうですが、木を彫る行為は大昔から人間がやってきたことで、そのためか木を彫っていると素朴で健康的な精神状態になるように感じます。追われて山積みになった公務の仕事から解放されて、鑿の先を目で追いながら木の彫り跡を確かめていると気分がよくなります。人間はこうして偉大な森林から恵みを受けて、住居を立て集落を形成し様々な伝承を生み、木に細工を施したものと考えます。今自分がやっている木彫もそうした一貫した営みの中から生まれてきたもの、たとえば信仰の対象だったり、生活に彩を加えるモノだったりして、それが発展して芸術としてのポジションを与えられたのだと思っています。そんなことをあれこれ思いながら過ごした一日でした。
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07年を締めくくる1ヶ月

昨年のブログを見たら「師が走る12月」というタイトルがついていました。慌しい1ヶ月になりそうだと昨年も予感していて、その通りになっていました。きっと今年・今月もあっという間に過ぎていくんだろうなと思っています。さらに来年もそうかな…。確かなことは今年の公務の多さは昨年以上で、制作の方も木彫によるテーブル彫刻「構築〜解放〜」、365点による連作「RECORD」、陶彫によるランプシェードと昨年以上にバリエーションが増えています。よくやっているなと自分を褒めたいくらいですが、まだまだ完成している訳ではないので、今月も気を引き締めてやっていこうと思っています。全部計画したものをやり終えたら、自分を振り返ってみることにします。朝晩寒くなってきました。何とか健康に留意して今月を乗り切りたいと思います。                        Yutaka Aihara.com

帰宅途中に思うこと

昨日のブログには職場に向かう時の気持ちを書きました。今日は帰宅する時のことを書きます。帰宅拒否症でもない限り、帰宅する時の気分はとてもいいものです。一日の仕事を終え、とくに問題がなかった日は安堵感があります。家は休むところだと脳にすり込まれていて、家に帰ると何もできなくなってしまいます。家にも小さなアトリエがあって、小品なら制作できるのですが帰るとしばらくは何もしません。気を取り直して「RECORD」の仕上げやらブログやらをやり出すのは10時を過ぎてからです。ただ帰宅途中に創作のことを考えるのは、朝の通勤以上であって、これはきっと心が解放されている証拠だと感じます。表現派、幻想絵画、空間造形などなどが頭に去来し、イメージの虜になっていることがあります。せっかく浮かんだイメージも帰宅してぼんやり過ごすうちに忘れてしまうこともしばしばあります。また車で通勤していると浮かんだイメージをすぐに書き留められないデメリットもあります。 Yutaka Aihara.com

通勤中に思うこと

朝6時には車に乗って職場に向かっています。最近はすっかり寒くなり、周囲も暗くヘッドライトを点けて走っています。横浜市港南区あたりの環状2号線を走っている時に夜が白々明けてきて、車がやや渋滞気味になります。それでも屏風ヶ浦に着くのは6時半。このひと時が自分は結構好きで、ラジオを聴きながら今日一日をイメージします。公務のことだけでなく、「RECORD」の発想であったり、「構築〜解放〜」の工程であったりして、少しでも創作に関わる時間が持てないか思案しています。とりあえず職場に着いたら何をやろうか、仕事が始まる前の「ちょい創作」のことを考えながら車を走らせています。職場は8時をまわると忙しくなります。通勤時間から職場での仕事が始まらない前の時間が自分にとっては楽しい時間帯で、このわずかばかりの時間を有効に充実して過ごしたいといつも願っています。 Yutaka Aihara.com

深夜のショッピング

自宅に車が1台、それを自分が通勤に使っていて、しかも週末は作業場に行ってしまって家にいることがない、家内も週末は胡弓演奏が組まれて身動きがとれないとあって、日々の食料や雑貨に事欠くことがあります。そこで週に1回くらい深夜に駅前のオールナイト営業をしているスーパーマーケットに買出しに出かけます。11時を過ぎたというのに、帰りがけの会社員や素性のわからない人々が買い物をしています。自分たちも素性のわからない方に入るかもしれません。ずっと家に引きこもっていて、深夜に買い物にきたのかなと思われる人にも遭遇します。「引きこもり時間帯」と自分たちは命名していますが、何とも開放感のあるゆったりとした時間が流れているのです。いつもこんな時間帯に出かけるので、たまに夕方スーパーマーケットに行くとあまりにも人が多くて驚いてしまいます。            Yutaka Aihara.com

「RECORD」の継続

先日「RECORD」の途中経過の撮影をしていただいたカメラマンから「面白かった」という感想をもらえて嬉しく思いました。さらに1ヶ月ごとにテーマが変わること、計画があるようでないような微妙な流れがあることなどを指摘されました。それに答えて、まず月が変わると気持ちにケジメをつけるようにしています。月末に来月はこんなテーマでいこうと考えるようにしています。でもそれも長くは続かず、その日その日の気分で変わってしまいます。暇があれば計画を練り、全体としてのバランスを考えたいところですが、そんなことをせず成り行き任せに制作を始めます。ポストカード大の小さな平面作品ですが、毎日やろうと決めた時から、これはなかなか厳しいものだと認識しました。最初は毎日異なる世界に挑戦し、表現の実験的な試みをしようとしたのですが、すぐ挫折。前日に作ったものが頭にあって、つい繰り返しのテーマになってしまうのです。二番煎じにならぬよう構成を煮詰めて、たとえ気に入らない作品が出来ようともやり直す時間がないので、何とか工夫してやりきってしまう毎日です。それが作品を展開させる要因だと思います。限られた時間で、毎日無理やり作る姿勢が身についたように感じます。                            Yutaka Aihara.com

365点の「RECORD」

昨日途中経過を撮影した365点の連作。ポストカード大の平面作品ですが、絵画的な表現もあれば立体としての捉えをしている表現もあります。毎日作っては日付と落款をつけています。日記のようなものですが、日々のイメージの蓄積にもなっています。もう習慣化していて、このブログ同様に毎日の予定に組み込んでいます。これに相応しいタイトルを数日前から考えていました。いろいろ考えた挙句、結局明快で平易なタイトルにしました。「RECORD」〜365点の連作〜というタイトルです。つまり記録するという意味です。イメージの記録、表現の記録、思考の記録をもって全体を通したタイトル「RECORD」に決めました。そのうちホームページにアップいたします。                          Yutaka Aihara.com

ホームページ用写真撮影

今日は自分の作品をずっと撮影してくれているカメラマンが来て、ホームページにアップするための作品を撮影していきました。陶彫「球体都市」をギャラリーにアップするために場面設定を変えた撮影、365点の連作の2月1日から10月31日まで200数十点の途中経過の撮影、最後に自分にとっては初めての試みである陶彫ランプシェードの撮影。ランプシェードは角度や場面を変えて雰囲気を出しながらの撮影になりました。さらに今まで撮り貯めたものを使って作品のポストカードも作ることになりました。撮影は自分にとっては特別な日です。実材とは異なる表現が生まれるからです。それは自分とカメラマンの共同制作とも言えます。そんな広がりが見たくて場面設定はカメラマン任せにしているところがあるのです。撮影日が特別な日というのは自分は何も出来ないのに作品がフラッシュを浴びながら撮影されると何故か緊張してしまうからです。展覧会場に搬入した時もそうですが、撮影日も作品が自分の手を離れて一人歩きを始める瞬間と心得ているためかもしれません。                             Yutaka Aihara.com

照明器具の配線

この週末は「構築〜解放〜」の制作を休んでいます。木を彫ることはしていません。今日は陶彫ランプシェードの照明器具の取り付けをやっていました。配線して明かりがともるようにしました。一応計算どおりの朴訥とした明かりが演出できたように思います。ランプシェードは全部で3点。ひとつは実験的な試みをしたもので、間接的な光を意図しました。光は陶彫をぼんやりした雰囲気にしてくれます。こんな表現の広がりがあってもいいのかなと感じました。                           Yutaka Aihara.com

絞り染めの思い出

NHKのテレビ番組「美の壺」を見ていたら、絞り染めを扱っていました。絞り染めと聞くと、自分は苦い思い出が甦ってきます。小学生の頃、授業で絞り染めをやりました。自分は糸を上手く縛ることができず放り投げていたところ、母親が深夜にしっかり糸を巻いてくれていました。その丹念な仕事ぶりが子どもながら印象に残ったのですが、それを当日忘れていって、ついに絞り染めをやれなかったのです。自分が情けなく、また母親に申し訳なく感じていました。その後もずっとそれが思い出に残ってしまいました。廊下に飾られたクラスメートの絞り染めを直視することができず足早に廊下を通り過ぎたことも覚えています。しっかり糸を巻かれた布はいつか消えて、今も思い出だけが去来します。                     Yutaka Aihara.com

木材と金属による試行作品

365点の連作が実材を使ってレリーフ化していることは先日のブログに書いています。実際に使っているのは薄く板状にした木材(ナラ)と金属(銅、ステンレス)です。小さな平面の中で異質なコラージュをどう処理するか。ペンで描く立体感をもったイメージではなく、立体そのものを認知できるような発想でいこうかと思っています。数ヶ月前にもそんな傾向の作品を厚紙を使って作っています。アクリルガッシュ(絵の具)も使いますが、描くというより絵の具でマチエールを作ることを心がけました。絵の具を描く媒体としてでなく、絵の具を絵の具として認識し、これもひとつの実材として扱うようにした訳です。今回もこんな処理を考え、木材や金属との融合を試みようと思います。                       Yutaka Aihara.com

光と闇の演出

立体作品は照明をどう当てるかで見え方が変わります。穴だらけの陶彫から光がこぼれ、あるいは壁に投影されると空間はさらに広がりを感じさせます。陶彫ランプシェードは作品に光源が内蔵されるので、そこから放たれる光が雰囲気を出してくれると思っています。今作っている作品がまさにその光と闇の演出を計算したものです。日曜日にカメラマンが来て撮影することになっていますが、自分にとっては初めてのことで仕上がりが気になるところです。果たしてどうなるのか、うまくいけばホームページにアップする予定です。併行して取り組んでいる木彫もテーブルに穴が開いていて、照明が当たると床に影を落とし、それが空間を広げてくれると信じて制作しています。ただ木彫作品はあらかじめ光と闇を計算している訳ではありません。あくまでも構造体としての強さと軽やかさを求めていますが、ギャラリーに持ち込んだ時に光を演出できれば幸運くらいの気持ちでいます。      Yutaka Aihara.com

レリーフ化する連作

365点の連作はポストカード大の平面作品ですが、再びレリーフになって絵を描く作業から実材をコラージュする作業に変わってきています。再びと言うのは数ヶ月前もレリーフ状の作品が2週間ほど続いたので、今回もまた振り子のように絵以外の表現に戻っていく感覚になったからです。ここ1週間ばかりは平面と立体の狭間にあって表現方法が揺れ動くのを楽しんでいます。絵の具で立体感を表現するのが平面世界であるならば、立体世界は実材そのもので立体としての空間を演出しています。昔から絵画が常に優位に立って鑑賞者を喜ばせてきました。彫刻を初めとする立体作品は絵画のように特別視されることはなかったのですが、現在はボーダレスになり、どちらともつかない新たな表現が登場してきました。365点の連作はそこまで表現の幅は広げられませんが、少なくとも平面と立体の表現の差異を毎日出来ていく作品を通して見られると思っています。              Yutaka Aihara.com

夜明け前の小さな制作

今や午前5時といえば外は真っ暗です。5時過ぎに起床して朝食をとり、職場に到着するのが6時半。誰一人いない職場。パスワードを入れ警備会社に連絡をするのは自分です。それから仕事が始まるまでの時間帯は小さな制作をする時間と決めています。主に365点の連作をやっていますが、たまに違う作品に取り掛かっている時もあります。ところが仕事が立て込んで追い立てられている昨今は制作が出来ず、仕事の準備を始めてしまうことが多くなりました。夜明け前に起き、職場に真っ先に出かける理由は、朝一番の制作のためと決めていたのですが…。もう一度趣旨を考えて制作をしようと思います。そうでもしないと労働時間の長さに辟易してしまうからです。朝一制作が出来た日は気持ちよく一日を過ごせるのです。          Yutaka Aihara.com

クモの巣の美しさ

自宅の門を横切るように左右にクモの巣が出来ていました。その立派なこと惚れ惚れするくらいで、ちょっと取ってしまうにはもったいない造形です。クモの巣は大変美しいカタチをしています。まったくの抽象作品です。カンデインスキーかクレーかと言わんばかりの非対象絵画です。そこにあの足の長いクモ。これは具象的なオブジェのようです。しばらく見とれて、クモの巣の向こうに広がる空を、クモの巣がフワリと揺れる時は、肌にあたる風を感じていました。クモの巣を通して空や風を意識することができました。こんなふうに美術作品もあるべきだなと思いました。            Yutaka Aihara.com

タイトルについて

週末は木を彫って一日が過ぎていきます。今週も来週も同じことをやっていると思います。今作っている作品は「構築〜解放〜」というタイトルをつける予定です。昨年発表した作品が「構築〜包囲〜」だったので、関連のあるタイトルでいくことに決めました。木を彫りながらぼんやり思ったことは、木彫と同時に制作している365点の連作のタイトルです。「365点の連作」というタイトルでもいいのですが直接的すぎるので、もう少し考えてみようと思い始めました。365点の連作は1年間の日記です。「ダイアリー」と言ってもいいのですが、これは日々のイメージの蓄積なので、単なる記録とは異なります。連鎖したイメージもあり、何か日常を切り取って見せたものもあり、今日を象徴するものはこんなカタチだといったものもあります。これは考えどころです。実は今までのタイトルはふと思い浮かんだものばかりで大して気を使っていません。コトバを操るのも作品のうちと思いつつタイトルを考えています。 Yutaka Aihara.com

イメージが浮かぶ時

どんな時にイメージが浮かぶのか。自問自答してみると、何気なく見ている風景の記憶や寝る前に布団の中で思い描く一日の振り返りの時だったりします。即座に書き留める作家もいますが、自分はそんなにマメではないので、イメージが浮かんでも夢うつつの彼方に消えてしまいます。それでもなお残るイメージが作品になっていくのです。それは今のところ自然の情景ではなく、人工の産物だったりします。作品が都市のイメージを持っているのはそのせいです。工場にも魅力を感じてしまいます。首都高湾岸線を横浜から羽田空港に向かう途中に工場があり、その建物が何ともいいのです。円柱形の建物が赤と白に塗り分けられていて、手前の緑の自然の中にそれが現れると嬉しくなります。イメージが浮かぶ時は、視界に入ったもののうち何に感じるかにより、それが記憶にすり込まれて現れてくるものだと思っています。Yutaka Aihara.com

快い空間の夢

自分がリラックスしている時はどんな時か。夢の中では快い空間の中でお茶を飲んで本を読んだりしてぼんやり過ごしている情景が浮かびます。空間は白っぽいガランとした部屋の中です。古木で作られた重厚な家具があります。天井にも古木の梁があって、古い民家をモダンにリニューアルした趣きです。奥の方に大きな陶芸窯と作りかけの陶彫作品、乾燥した木材や鉄、溶接や道具の数々。う〜ん、これは自分が理想としている工房なのかもしれません。こんなところで制作したいという願望があるのです。でも環境に満足してしまうと作品に集中できるのかしらと思うこともあります。環境がなければ作業はできませんが、願望や野心を抱いているうちが一番乗っている時期なのかもしれません。

街角の具象彫刻

ヨーロッパで5年間生活して日本に戻ってきた時、日本も変わったなと思ったのは、新しく作られた街には広場があり、街路樹が植えられていたことでした。ショッピングモールにもベンチがあり、オブジェが設置してありました。ガラス張りの最新の建築には、石や金属や硬化プラスチックなどによるオブジェがよく似合います。でもやはり馴染めないのが街角に佇む人体による具象彫刻です。昔からある銅像もそうです。街の美観としては美しく感じないのは私だけでしょうか。彫刻のもつテーマや置く環境によってはしっくり馴染んでいる彫刻もありますが、ビルを背景に見る立体作品としては人体以外の作品の方が映えるように思います。街の中に出てきた彫刻。でも場所を選ばずというのではありません。それなりの環境があってこそ鑑賞できる美術作品です。ヨーロッパのように建築の一部として人体彫刻があったわけではないので、日本の人体による具象彫刻はまだまだ模索の時代なのかもしれません。