牟礼の地に思いを馳せて…
2021年 6月 17日 木曜日
東京都美術館で開催されている「イサム・ノグチ 発見の道」展。この表現の多様性に富む芸術家が歩いた「発見の道」を辿る本展は、彼の最終的な到達点はどこにあるのか、私は薄々到達点を感じながら展覧会場を見て回っていました。その到達点は香川県牟礼にあるイサムノグチ庭園美術館にあることが分かっていたからです。私は過去に二度、イサムノグチ庭園美術館を訪れ、石壁サークルに足を踏み入れています。その時の何ともいえない解放感と空間に対する高揚感は決して忘れられるものではなく、自分の創作活動が暗礁に乗り上げてしまった時に、度々石壁サークルを思い出しています。本展企画に関わったと思われる学芸員の文章が図録にありました。「四季それぞれの味わいのなか、天候によって環境の印象は大きく変わる。雨の日は空間全体の静寂がより一層深まるようで、その風情は格別である。石の彫刻も、光の変化にあわせ、驚くほどの変貌をみせる。地面には象牙色の粒子の揃った砂利が撒かれており、天気の良い日はその穏やかな反射する光が心地よい。~略~瀬戸内の気候は穏やかで、夏の野外での制作こそ難儀だったが、千変万化する自然の要素は制作に無限のニュアンスを付け加えてくれるようで、自然と同化する感覚を与えてくれる環境は桃源郷に等しいものに思えた。彫刻の本質とは、空間の認識であると考えていたノグチにとって、自然と照応しあいながら調和する可能性を秘めた環境こそ、長年求めていたものであった。牟礼は『約束の地』のような場所だったのである。~略~自然との対話の要諦は、自分に向かう意識ではなく、世界へと眼を向けつつ、己が消えていくことにある。ノグチは強烈な自我の持ち主であり、そのことへの自負もあった。だがときにそれが創造への足枷になることも理解していた。牟礼の空間を自然との対話に相応しいー自らが消えてしまうことのできるー自立した器にすることが何よりも重要だったのだ。素晴らしい条件は揃っている。しかし自然が自然のままであるうちは何も始まらない。ノグチにとって環境を整えることは制作と同義である。自然と交わり、新しい命を育むための母胎というべき作品=アトリエをノグチはつくりあげた。」(中原淳行著)そこで作り上げた石彫の数々は素材を生かした表現を探り、石材の割れ肌をそのままにした作品が並んでいます。しかも石壁サークルに存在する全ての作品がひとつの宇宙を形成していて、お互いが響き合う関係は、不思議な境地に私を導いてくれます。牟礼の地に思いを馳せる時、私には創造行為の活力が沸いてくるのを感じるのです。