「自己の探究1」について 

「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第4章 陶製彫刻と木彫浮彫(1889年と1890年)」の「2 自己の探究1」をまとめます。これには「感じ易い『自我』とその過去」という副題がついていて、ゴーギャンが自らの内面を見つめ、自己表現を確立するために奮闘していく過程が描かれていました。「1889年に六点の自画像と二点の自刻像を集中して制作したということは、彼にとって当時、自らの内面の追究が大きな問題となっていたことを示している。それは芸術家としてのアイデンティティーと自らの人としての運命の考察であった。その思索は彼に、『インディオ』的なものと、『感じ易さ』という拮抗する二つの本性、すなわち彼の内的矛盾の原点を認識させた。」ゴーギャンはペルーの征服者側に母方の祖先を持っていたので、自分の中にインディオの血が流れていると信じていたようですが、インディオは被征服者側だったので、あるいは誤解があったのかもしれません。感じ易さは父方の祖先であるフランス人の性格に由来していたようです。また、宗教的なテーマでは、元牧師であったファン・ゴッホの造詣にも感化していた傾向が見られました。「信仰のために身を捧げ、捕らえられて斬首された預言者聖ヨハネに対し、音楽の創造行為によって、またトラキアの娘たちに殺された後も歌い続けたオルフェウスは、自己犠牲の芸術家像に容易に結びついた。自刻像壺において確かにゴーギャンは、自らの芸術的信条についての問いかけを行い、芸術家の運命について考察していたと考えることができ、そのとき彼は『殉教した芸術家』像の系譜に連なることを選んだのである。~略~選ばれし人のためのインディオの壺と組み合わされた殉教の芸術家を象徴する自刻像には、一方では英雄的行為を遂行する『自我』の高貴さを、他方では自らのペルー起源の貴族的意識が含意されているであろう。現実世界に生きる人間としての考察と、過去の追憶の支配する想像世界がこうして融合しているのである。」創作活動をする上で、芸術家の端くれである私も自分の生育歴や思考の方向性を考えながら、自己表現に辿り着いた経緯があります。どの芸術家もそうした自分の内面に向かっていくことが少なからずあると私も信じています。作品が説得力を持つのは、単なる思いつきのアイデアや趣向だけで解決できる問題でないと思っています。ゴーギャンのように美術史に残る作品を作り上げた芸術家であるならば尚更自ら問いかけ、悩んだ経緯を持っていると私は考えます。

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