版画集「予感の帝国」について

先日、大きな企画展を見に行った東京都現代美術館で、「Tokyo Contemporary Art Award2019-2021受賞記念展」が開催されていて、風間サチコ氏の代表作となる巨大な木版画が数多く展示されていました。私はその大きさにも圧倒されましたが、テーマとしている現代社会の虚飾やブラック・ユーモアにも心を震撼させる表現があり、強く印象に残りました。早速、私はギャラリーショップで風間氏の版画集「予感の帝国」を買い求め、折に触れこの独特な世界観を味わっております。私は木版画には思い入れがあり、彫刻を学び始めた20歳の頃に木版画もやっていました。私はドイツ表現派のモノクロ木版画を見て、その表現の強さに惹かれましたが、風間氏の木版画で描かれる世界観はさらに進んでいて、社会的なテーマの中に毒を含んだ辛辣な表現が見受けられます。それは独裁主義的な傾倒表現があったり、宗教を連想させる大きなものから、寂れ鄙びた下町の横丁を連想させるものがあったりして、描かれた世界の幅の広さにも驚かされます。版画集に寄稿された論考から引用いたします。風間氏の世界観をニーチェの超人思想から読み解き、永劫回帰に至るところで、こんな文章がありました。「今この瞬間ばかりではなく、何度も回帰することを前提に、風間は作品を制作している。それは、作品の中で愚行の歴史が繰り返される有様を描いてきたからだろう。自らも歴史の舞台に回帰しつづける、そして人々の忘却の後に作品が発見されたときにはもっと大きな爆発となるのだという信念が窺える。~略~日本近代の歴史を振り返ると、芸術のテロリストたちは、いずれもその人生の間に失敗してきた。軍国主義化する時代に抗して、自由を訴えることは、誰もできなかった。そして、狂信的な愛国心を持った人々や格差や差別を推し進める人々が、大きな影響力を持ち、不穏で息苦しい社会を作り上げる、というのは現在進行形の話だ。それでも、風間は、この社会に対してトンチや知恵をきかせた『高度な戦い』が必要だと前向きに言う。」(足立元著)風間サチコ氏の木版画は今後どのような思想を展開していくのでしょうか。私は注目し続けていきたいと思っています。

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