「形式論理学と超越論的論理学・付論1」第6節~第14節について

「形式論理学と超越論的論理学」(エトムント・フッサール著 立松弘孝訳 みすず書房)には本論の後に付論1.2.3がついていて、今回はこの付論1の中の第6節から第14節までを読み解いていこうと思います。この14節をもって付論1は終了になります。まず最も広範囲の範疇的領域への移行が論じられていました。「今後の研究は、カテゴリーの領分全体(最も広い意味での判断の、しかも価値論と実践の領域との並行的な統語論的な形成物も含めた)いっそう広大な一般性をもちえて、問題のノエマ的な理想的形成物の領野全体において非常に重要な記述的諸課題が指示されているが、しかし広大な一般性への見通しも不足していない。」また構文論の諸形式についてこんな論考がありました。「命題論の統一性の純粋な全体形式について、その統一性自身に含まれる純粋かつ特殊な諸形式を包括して、われわれが言えることは〈命題論の統一性はさまざまな統語論の統一性であり、それによってそれらの統語論が捨象された後に残る同じ素材が統語論的に形成されている。それゆえ主語形式、目的語形式などは構文論的な諸形式である〉ということである。」次に統語体と分肢について。「われわれが再び構文の各素材をそれらの諸形式について、したがって具体的に一様に扱おうとすれば、われわれはこの統一性を統語体と名づける。それゆえこの統語体は、文の中の文肢の統一に他ならず、この分肢は形成された素材であり、さまざまな諸分肢は同じ形式をもちながら、異なる素材をもち、しかも他方では異なる諸形式と同じ素材とをもちうるのである。」複雑化への移行について。「文の内容(構文の素材としての《文》の意味での)は、変動する主要範疇としての名詞性の範疇と単独で成立する文の範疇とを所有しており、その中の一面では構文的な形式が示され、そして別の面では〈その形式を形式化と一緒に《名詞性》の中で共有している〉。この形式によって、どの名詞化の場合とも同様、構文の変化も一緒に行なわれているのである。」今回はここまでにします。次回は付論2に入ります。

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