「茶室」について

「藤森照信建築」( 藤森照信著 増田彰久写真 TOTO出版)を読み始めて、というより写真を眺め始めて、その斬新な茶室について興味が出ました。書籍に取り上げられている藤森流の茶室は「一夜亭」、「矩庵」、「高過庵」、「茶室 徹」、「薪軒」、「炭軒」、「松軒」の全部で7つあって、どれも空間造形として刺激を受けるほど面白いなぁと感じました。「小さいこと、豊かであること、火があること、この三つからして茶室は、人類の建築の一つの結晶体といっていい。~略~こうした茶の世界を確立した人物を千利休(1522~1591)という。ミケランジェロが47歳の時に、日本で生まれている。利休は、茶の世界のミニマル化に挑み、面積においては畳二枚(1.8m四方)まで推しすすめ、茶の美の中核となる茶碗においては、ロクロによって作る色付の茶碗を捨て、手びねりの黒一色の”黒楽茶碗”に到達している。」次に「一夜亭」を解説した文章から拾います。「独立系の茶室は、客を招く座敷の回りに広がる庭の一画に庭木に少し隠れながら、点描のようにチョコッと置かれることが多い。草庵ふう茶室の原型は、京の市街地の町家などの裏庭の一画に設けられた”市中の山居”たる庵と考えられているが、独立系の茶室はその伝統を引く。」次に「高過庵」。「茶室は、衣服に近いというか身体の延長に展開する小空間であり、住宅の私性をさらにつきつめた極私的建築にほかならない。茶室は、本来、自分のために自分で作るものなのである。自分のための茶室を作ろうと思い立ち、作ったのが、この高過庵である。~略~思わぬ光景があった。田畑で働く村の人々の光景が、まるでブリューゲルの絵のように見えるのだ。ブリューゲルの野外光景の絵は、人間よりは高く神よりは低い視点で描かれていることに思い当った。」ここに登場する「高過庵」は高い柱の上に建つ茶室で、ちょっとシュルレアリスム的な空間造形にも見えます。これはたしかテレビ番組の中で紹介されていたと記憶しています。最後に「松庵」。「茶は、日本に入ってきた当初から”文”との結び付きが強かった。喫茶の習慣は禅宗寺院にまず入り、さらには、利休をはじめ茶人は鴨長明などの中世の歌人、文人が世捨て人として生きた庵に、茶室の基本を見出した。いつも茶と文は切れない関係を保ってきた。」茶室は、茶会をするだけではなく、そこで書籍と向き合い、じっくり読書をする小空間として考えるならば、この隠れ家的な趣は清楚な贅沢と言えるでしょう。この余裕に羨ましさを感じるのは私だけではないはずです。

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