「日本のモダニズム住宅」について

「建築とは何か 藤森照信の言葉」(藤森照信他著者多数 エクスナレッジ)の「日本のモダニズム住宅」と「丹下自邸の謎」についてのまとめを行います。日本のモダンデザインの住宅導入には独特な現象があると著者は言います。西洋のような保守と革新の対立構造がなかったことと、日本の伝統である数寄屋が意外にもモダニズムと結びついているためと著者は洞察しています。「欧米のよう歴史主義の保守陣営とモダニズムの革新陣営の対立があり、苦闘(一番の苦闘は、ナチスとバウハウスの対立)の果てについにモダニズムが勝ったわけではなく、(日本としては)ほぼスムーズに、あたかも世代の自然更新のようにして歴史主義からモダニズムへと移行していることだ。社会的、思想的、政治的な試練を経なかった日本のモダニズムはきわめて感覚的な存在かもしれない。」さらに日本の数奇屋は世界の建築史の中で奇妙な存在と著者は言っています。数奇屋をネットで調べてみると「虚飾を嫌い、内面を磨いて客をもてなすという茶人たちの精神性を反映し、質素ながらも洗練された意匠となっている。」とありました。茶の湯から発想された数奇屋作りに、私は日本人独特の芸術観を感じ、そうした意匠に誇りさえ持っています。本書の中で数奇屋を近代と結びつけたのは、私にも意外でしたが、モダニズムが日本古来の簡素の美にあったかもしれず、ちょっと楽しい気分になりました。次に建築家丹下健三の自宅についての話が続きます。「丹下の《丹下自宅》への扱いは冷淡としか言いようがない。発表しないのである。53年に完成したにもかかわらず、雑誌に出したのは2年後の55年で、丹下によると『川添登に言われたからしかたなく出した』が、発表されるやいなや、戦後の木造モダニズムの代表作となった。」名を成した建築家は自宅を思うがままのデザインで建てていることが多く、以前見に行った前川國男邸もそうでした。丹下健三は日本を代表する話題性のある大型建造物をいくつも作っているのに、自宅を作るような建築家になりたかったわけではないと言っていて、他案をそのまま自宅に応用したのでした。建築家の考え方も人それぞれだなぁと思いました。

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