「Ⅴ 師とのコラボレーターについて」のまとめ

「イサム・ノグチ エッセイ」(イサム・ノグチ著 北代美和子訳 みすず書房)の「Ⅴ 師とのコラボレーターについて」のまとめを行います。この章では日系アメリカ人彫刻家イサム・ノグチが青年時代に師事したり、または影響を与えられた5人が登場します。コンスタンティン・ブランクーシ、バックミンスター・フラー、マーサ・グレアム、北大路魯山人、ルイス・カーンの5人ですが、頁を一番割いているのは彫刻家ブランクーシです。私もブランクーシの生活ぶりや考え方に興味があり、若かったノグチの師に対する印象が鮮明で、楽しく読むことができました。「すべてが白。その服はいつも白く、その髭はすでに白く、大理石のブロックがおかれたアトリエを白い埃がおおっていた。石膏製の巨大な円卓二台が台座の役を果たし、白いレンジがあって、ブランクーシはそれで有名なステーキを焼いた。それから二匹の白い犬がいて、ブランクーシは水盤に入れたミルクを餌にしていた。アトリエは広く、天井は高くて大きな天窓と窓があった。小さな隣室。ブランクーシはそこで眠る。壁際には《無限柱》のウッド・バージョンがいくつか並び、そばに大きな木製の葡萄搾り器と古い家の梁が数本あった。石膏製の建築学的要素、《キスの円柱》の柱頭とその部分があった。」これがノグチの記した当時のアトリエの情景で、現在はパリのポンピドー・センターに再現されています。次に仕事への姿勢が述べられた箇所がありました。「ブランクーシは全力をつくして、ぼくに退屈でやっかいな仕事の必要性をしつこく繰り返した。怒鳴ったものだ。『集中するんだ。窓の外を見るのはやめなさい!』あるいは『きみがなにをするにしても、それは楽しみや学習のためではない。きみはそれを、きみが将来にわたっておこなうなかで最高のものとしなければならない』」ブランクーシが自らの形態の純粋性を探り、やがて抽象化に至った過程がこんなところに表れているような気がしました。「ブランクーシにとって、イメージは抽象であると同時に抽象ではなかった。孤立して存在する幾何学を信じていなかった。ブランクーシがプレートを溶接して《無限柱》を製造するのに反対した理由は理解できる。それは、そのように扱われるのには十分に抽象であると同時に十分に抽象ではなかったのだ。」ブランクーシの彫刻はあまりにも理想的だったと考えられ、私には羨望しかありません。他の4人は紙面の都合で省略させていただきます。

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